A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 小鳥遊圭の○○な一日・後編

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0




 ドーン!
 派手な音が響いて、光で出来た花が夜空に広がる。時刻は19時30分。花火大会の真最中である。
 「花火、綺麗だ……」
 「結局、蔵人さんたちは間に合いませんでしたね……」
 「きっと、圭さんの用事が終わっていないのでしょう」
 「そんな事よりも、蔵人が圭にアレをちゃんと渡せたのかどうか気になるんだけど」
 「大丈夫だよ。蔵人さん、そういう所は真面目だから……」
 そんな事を話している女性の集団の前を、仲睦まじい恋人同士が歩いていく。
 「ああ……花火の下、恋人とデート……ワタシもしたいな〜」
 「案外さ、蔵人と圭もデートしてるのかもよ? こう、『むぎゅ〜』っと抱き合ってたりして」
 「あはははは! いくらなんでも、それは無いよ!」



 同時刻。
 蔵人と圭は、夜空に広がる花火を背景に、『むぎゅ〜』っときつく抱き合っていた。
 「そりゃ、空でも飛ばないと追いつけないって言ったけどな!」
 突風と爆音の中、蔵人は、目の前にある圭の腹に向かって叫んだ。
 「だからって、本当に飛ぶ事は無いだろうが!」
 抱き合っているというよりも、しがみ付いているといった方が良い。圭と蔵人は、『財団』所有のベル412EPヘリコプターから降ろされた梯子にぶら下がって、東京の夜空をデート(?)していた。
 「そんな事はどうでも良いから、早く梯子を上がってよ!」
 圭も蔵人に向かって叫び返す。そうしないと聞こえないのだ。
 「無茶言うなよ! こんなのは初体験なんだ! そっちがヘリに近いんだから、まずお手本でも見せてくれ!」
 「嫌だよ!」
 「何で!」
 「僕が先に上がったら、蔵人にスカートの中を見られちゃうじゃないか!」
 「そんな事言ってる場合かよー!」



   小鳥遊圭の○○な一日・後編



 数分後、2人はもつれ合いながら、ヘリコプターの中へと転がり込んだ。結局、2人同時に梯子を上がったのだ。控えていた圭の部下が、梯子を巻き上げてから扉を閉める。
 「状況は?」
 圭は直ぐに身を起こすと、部下に向かって尋ねた。
 「目標は、お台場方面へと向かう連絡橋に入りました」
 「道路の封鎖は……無理だよね、やっぱり」
 「申し訳有りません。花火大会の見物客が、お台場や新東雲の方にも向かっており……」
 圭は俯いて考え込んだ。身を起こして息を整えた蔵人が、圭に向かって言う。
 「圭の予想が当たっているんなら、研究棟周辺に相手を追い込めないのか? あそこは、一般人は立ち入り禁止の筈だ」
 「そう……だね」
 顔を起こした圭は、部下に向かって言う。
 「僕たちはこのまま新東雲に向かう。研究棟の職員に緊急退去命令を出せ。別働隊は海側から回り込んでくれ。あそこから逃走するなら、研究施設用の船着場辺りにボートでも隠してあるはずだ」
 「了解しました」
 部下は敬礼すると、指示を伝える為に操縦席に向かった。圭は蔵人の方に向き直ると頭を下げる。
 「ごめん、蔵人。正直、ここまで巻き込むつもりは無かったんだけど」
 「良いさ、もう諦めた。乗りかかった船……じゃないな。乗り込んだヘリだ。最後まで付き合うさ」
 蔵人は笑い話で誤魔化すつもりなのか、そんな事を言う。圭は蔵人の気持ちを察して、それ以上は言わなかった。
 「それじゃあ、……蔵人の得物は、そこに用意してあるよ」
 その代わりに、とでも言うように、蔵人の背後にある箱を指差す。
「得物って、これか? おい、野太刀じゃねえか。もしかして、最初からそのつもりだったんじゃないだろうな」
 蔵人は箱を開けると、中に入っていたものを見て顔を顰めた。野太刀が2本、並んで納まっている。
 「こんな事もあろうかと、ってやつだよ。ふふ、一度言ってみたかったんだ」
 「その台詞が言いたいだけで、仕込んだのかよ……?」
 圭が笑いながら言うのが聞こえて、蔵人はがっくりと肩を落とした。
 「で……これは使えるのか? 普通の刀じゃ、レムナントには通用しないかも知れないぞ」
 蔵人は鯉口を切って刀身を確かめながら、圭に尋ねる。
 「特殊合金を鍛えた上で、魔術的な要素を付加してある。…残念ながら、成功したとは言いがたいけど」
 「だから二振り入っているのか? ……いくら俺でも、野太刀二刀流なんてのは無理だぞ」
 TVゲームじゃないんだからな、などと言っている間に、ヘリコプターは新東雲の上空に侵入していく。
 「理事、追跡班から連絡です。目標は新東雲に向かう連絡橋へと入りました。研究棟側へ追い込みを開始するそうです」
 「相手は実践派の魔術師だ。追い込み過ぎないように注意するよう伝えてくれ」


 「理事、これ以上は無理です。花火大会の撮影の為に、報道機関のヘリが飛んでいますので」
 一般住民に対して目立つのは良くない、と部下が圭に報告する。
 「解った、ここで降りるよ。君たちは海側へ出て別働隊をサポートしてくれ」
 「研究棟屋上のヘリポートに降りますか?」
 部下の質問に首を振る圭。蔵人の方をちらりと見てから、話を続ける。
 「時間が勿体無い。駐車場に頼むよ」
 「は。……しかし、その装備でラペリングは無理かと」
 「着替えている時間はないから、飛び降りる。ギリギリまで降下してくれればいい。蔵人なら、3m位の高さから飛んでも平気だよね」
 ドレスの上にタクティカルベストを着込みながら、圭は蔵人に向かってウインクした。
 「まあ……何とかするさ」
 圭は蔵人の返事に対して満足そうに頷くと、いきなりドレスの裾を破った。膝上まで裾をたくし上げ、その場で縛る。
 突然現れた足とちらりと覗いたガーダーに、思わずどきりとしてしまった蔵人は慌てて視線を逸らす。圭は蔵人の視線を気にすることなく、足にホルスターを着けた。
 その場所にHK69A1(グレネードランチャー)を無理矢理入れると、はみ出ている銃身を、足ごとテープで巻いて固定する。
 その間にも、ヘリコプターは高度を下げていく。操縦席から声が飛んだ。
 「理事、追跡班から連絡! 目標は駐車場を抜け、研究棟へ向かいました!」
 「解った! 地上までどれくらい!?」
 圭はヘリコプターの扉を開けながら叫ぶ。開いた空間から、突風と爆音が飛び込んで来た。
 「蔵人、準備は良いかい?」
 「いつでも!」
 「カウントします! 3、2、1、GO!」
 部下がカウントを切る。「GO!」の瞬間、ヘリコプターが空中に止まった。蔵人は野太刀を掴むと、低い軌道でジャンプする。
 着地。
 膝で衝撃を殺し、体を前へ投げ出す。野太刀を横へ放り投げてから、体を回転させて受身を取った。下がアスファルトなのでちょっと痛い。
 「ふう。……げ!? ちょっと待て!」
 蔵人が身を起こして息を吐いた時、視界に圭が飛び出すのが見えた。
 蔵人ならいざ知らず、圭があの高さから降りて受身を取れるようには見えない。しかも足はハイヒールのままだ。蔵人は足を縺れさせながら、前方へ向かって飛び込んだ。
 圭が着地するのが見える。その膝が限界を超えて曲がる前に、蔵人は圭の体を抱え込んで引っこ抜くように投げ上げた。
 「そりゃ!」
 勿論投げっぱなしにする訳ではなく、抱えた手は離さなかった。その結果、2人揃って地面に倒れる。
 「圭、お前な……無茶は止めろ。心臓に悪い」
 「無茶は蔵人の専売特許でしょ? 僕なんか、まだまだだよ」
 2人は仰向けになったまま夜空を見上げる。花火の光に照らされながら、ヘリコプターが上昇していくのが見えた。


 「怪我は無いか?」
 「うん、蔵人のお陰でね」
 2人は体を起こすと、それぞれの得物を確認する。蔵人の得物は2本の野太刀。圭の手にはHK−Mk23。
 「よし。それじゃあ、行くよ」
 蔵人と圭は顔を見合わせて頷く。周囲を警戒しながら駐車場を出て、研究棟へと向かう階段に足を掛けた。一歩ずつ、ゆっくりと進む。
 「居ない、な」
 「でも、解るだろう? この先に、居る」
 圭の言葉に蔵人は頷いた。普段は聞こえる虫の声が無い。空気全体が恐れてふるえているようだ。体が勝手に反応して、戦闘体制に入ろうとする。
 「その割には静かだな。追跡班がくっついているんだろう?」
 耳を済ませてみても、何の物音も聞こえない。蔵人の緊張が高まる。
 (これは……もう終わった後みたいだね)
 圭は後悔した。不用意に近付かないよう、追跡班に強く警戒させるべきだった、と。
 「ああ、そうか……」
 圭と同じ考えに至ったのか、蔵人がと呟く。圭は蔵人の手を握って、その歩みを止めさせた。
 「何だ?」
 「深呼吸だよ、蔵人。その後、1、2、3であの角を曲る」
 船着場へと向かう横道を指差しながら圭が言う。蔵人は素直に深呼吸した。
 「いいね、行くよ?1、2、3!」
 圭の掛け声と共に、2人は横道に飛び込んだ。横道の先、船着場へと向かう車道の中央に、車が3台止まっている。どちらも動く気配は無く、人影も見えない。
 1台は目標の乗ったベンツ。もう1台はこちらの手配した追跡班。最後のライトバンは、おそらく『鏡』を運搬していた車だろう。
 「誰も居ないのか?」
 蔵人は目を凝らした。日が落ちきって暗くなった車道は、頼りない街灯に照らされている。ふわっとした海風が吹いて、2人の髪を揺らした。
 「蔵人。今の臭い、解ったかい?」
 「ああ。……血の臭いだ。車の下に溜まってるのは、血だな」
 ごくりと息を飲む2人。車内が見通せないのは、スモーク加工したガラスではなく、内側一面に血が付いているからだ。
 「なんだよ、あれ。車はそのままで、中の人間だけ殺されたのか?」
 蔵人にとって幸運だったのは、死体が見えない事だった。ある種の現実離れした景色は、逆に呼吸を整えさせる。もしこの場所が死体に塗れていたら、逆上していたかもしれない。
 「……とりあえず、近づいてみる。蔵人は援護を頼むよ」
 「馬鹿言え。刀で後方支援が出来るかよ」
 そう言った蔵人が車へと一歩を踏み出した時、唐突に、ベンツの扉が轟音を響かせて真横へと吹き飛んだ。一直線に街灯まで飛び、ぶつかった街灯をへし曲げる。高い位置にあった光源が、2m程の高さまで落ちた。
 「おい……冗談じゃねえぞ」
 蔵人は非現実的な光景に頬を引きつらせた。障害物の無い場所で、あんな攻撃をされては堪らない。
 「なあ、圭よ。お前、世界の危機は頻繁に起きないって言ったよな?」
 軽口を叩きながら、ゆっくりと後退する蔵人。
 「ああ、ゴメン。実はあれ、嘘なんだ」
 「おい」
 「言ってなかったけどさ。『財団』が動くのは、世界の危機に関係している事だけなんだよね。つまり、僕がこうして『仕事』をしている時点で、十分、世界の危機なわけ」
 「……危険手当、出してくれよ」
 「生きて帰れたら、考えてみる。……出てくるぞ!」
 ベンツの助手席から、赤黒い色をした腕のようなものがゆっくりと突き出された。次いで、蛸か烏賊の足のような、良く解らない触腕が出てくる。
 その全身が車外に出た。その不気味な姿に、2人の体は自然に震えだす。2人はその姿に見覚えがあった。
 「あれは、あの時の?」
 あの決戦の時、圭が六花と共に戦った怪物だった。今と以前で違うのは、以前が純粋な『歪み』だったのに対して、今回は『肉』を纏っている点である。
 「圭。考えたくは無いんだが、あいつ、あの色から考えると……」
 「うん。人間を材料にしたんだね。足りない分は、他の人間から『寄せ集めた』んだ」
 怪物がこちらを向いた。その姿からは想像も出来ないような『理性的』な声が、何処からとも無く漏れた。
 『魔術師か――旨そうだ』
 「あら〜……僕、目を付けられちゃったよ」
 「喋れはしても、説得は無理そうだな、どう考えても」
 圭の軽口に、蔵人が答える。喋る――理性があるという事は、もしこの場から怪物を逃がせば?
 嫌な想像が脳裏を占める。コイツはこの場で斃さなければいけない。2人は覚悟を決めた。
 「『桐馬』さん。そんな姿になってしまって残念ですよ。これで、貴方を殺さなければいけなくなった」
 『貴様等に……出来るか?』
 「応! やってやろうじゃねえか!」
 蔵人は気合を入れて叫ぶ。それが戦いの始まりだった。

 「蔵人! 実体があるって事は、とりあえずは切れるはずだ! 血で足を滑らさないでよ!」
 「応!」
 圭の忠告を背に受けながら、蔵人は駆ける。血溜まりを這う怪物から蝕腕が飛んだ。
 「当たるかよ!」
 蔵人は見事なステップで蝕腕をかわすと、特殊合金製の野太刀を伸びきった蝕腕に振り下ろす。その蝕腕はあっさりと切断されて地に落ちた。
 「すごい……一年前より、ずっと速くなってる」
 圭は感嘆した。蔵人と共に戦ったのは3度か4度だったし、その実力をじっくりと見ている余裕も無かった。だが、その実力が上がっている事は剣技に疎い圭にも解った。
 「どうだ!」
 蔵人はバックステップして切り落とした蝕腕の様子を窺う。結果的には、その判断が吉と出た。切り落とした蝕腕がエビの様に跳ねて、切断面にくっついたのだ。
 「な? うおっ!」
 再生した蝕腕は、そのまま蔵人を横薙ぎにする。一瞬の差で蝕腕を避けた蔵人は、足を滑らせて尻餅した。
 「蔵人!」
 圭がすかさず援護射撃をして怪物の注意を逸らす。その隙に、蔵人は圭の前方まで引き返してきた。
 「何だよ、ありゃあ……反則じゃないか」
 「そうだね。僕の銃も、豆鉄砲みたいなもんだ」
 「まあ、怪物相手に反則も何もないか」
 蔵人の呟きに肩を竦めて答えた圭は、拳銃を足元に置いた。足に巻いてあったテープを剥がし、HK69A1を持つ。
 「いてて……重たかったけど、持ってきて良かったよ。蔵人、確実に頭に当てたいんで、囮を頼みたいんだ」
 テープを剥がした部分を擦りながら、蔵人に話しかける。
 「囮って……なんだ、そりゃ?」
 圭の持っているHK69A1を見た蔵人が、呆れたような声を出した。太ももが見えた時点で目を逸らした為、何を着けていたのかは見ていなかったのだ。
 「グレネードランチャー、だよ。ドッカーンと爆発するやつさ。後ろに回り込んだら、大きく避けてね」
 「俺を巻き込むなよ。――行くぞ!」
 蔵人はそれだけ言うと、にじり寄ってくる怪物に向かって、再度突っ込む。
 「おらおら! 切って、切って、切りまくるぜ!」
 挑発するように声を上げながら、伸びてくる蝕腕を切り落とし、伸ばされる腕をかわし、伸ばされる足を蹴り返して避ける。
 その動きが癪に障るのか、怪物が吼えた。後ろに回りこんだ蔵人を追い、怪物も後ろを向く。
 (今だ、喰らえ!)
 知性のある怪物に声を掛けるような事はしない。圭は無言のまま、HK69A1を撃った。

 閃光、そして爆音。怪物の頭は見事に吹き飛んだ。

 「ふう……。何とかなったみたいだね」
 圭は構えていたHK69A1を下ろし、嘆息する。だが、圭の考えは甘かった。
 「なっ? コイツ、まだ!」
 蔵人の叫びを聞いて顔を上げる。その光景を見て、圭は言葉を失った。
 怪物の頭部があった周囲に、血煙の様なものが渦巻いていた。やがてそれが形を整え、頭となって再生していく。
 「蔵人、離れて!」
 呆然として動けなくなった蔵人に、慌てて声を掛ける。間一髪、蔵人は蝕腕をかわした。
 そのままジャンプした蔵人は、折れ曲がった街頭に飛び降りると、その先端まで走ってから再度跳躍する。
 「くたばれ!」
 そのまま、怪物の頭に野太刀を突き立てる――筈だった。再生した頭は、蔵人の攻撃を弾き返した。
 「いけない、蔵人!」
 中空でバランスを崩した蔵人に、蝕腕が伸びる。その蝕腕に野太刀を当てることで、蔵人は何とか怪物の攻撃をかわした。だが。
 「駄目だ、こんなナマクラ刀じゃ、アイツの頭には通じない!」
 野太刀は中ほどから折れていた。ソフィアーが貸してくれていた力が、いかに強いものだったか。蔵人は舌打ちしながら思い出す。とまれ、得物が無ければ戦いようが無い。蔵人は圭の所まで駆け戻って来た。
 「蔵人、無茶苦茶じゃないか! 勘弁してよ……」
 「すまん。もう、あんな事はしないさ。もっとも、したくても出来ないが」
 僅かに涙を滲ませた圭に向かって、蔵人は軽く侘びる。頭を下げたついでに、圭の足元に放り出してあった予備の野太刀を拾った。圭の拳銃も拾い、その手に向かって差し出す。
 圭は黙って拳銃を受け取った。一度だけ、深く深呼吸する。それで気分は落ち着いた。
 「さて、どうしたもんかな」
 圭が呟く。これで、物理的な攻撃手段は無くなった。後は魔術しかない。と、そこまで考えた時、上空にヘリコプターの音が響いた。
 「あれは!?」
 蔵人と圭は上空を見る。先程のベル412EPだ。その扉が開いている。
 「理事、離れてください!こいつを使います!」
 上空から、部下の怒鳴り声がスピーカーを通して聞こえた。よく見ると、その手にはパンツァーファウスト3(対戦車弾頭)が握られている。
 「うわっ? 蔵人、逃げるよ!」
 圭は蔵人の腕を掴むと、横道の入り口――建物の角まで引き返した。
 「おい、アレ何だよ?」
 蔵人が疑問の声を上げる。
 「簡単に言えば、小型のミサイルだよ!」
 圭が言った直後、大爆発が起こった。先程の爆発とは比較にならない。その閃光と轟音は、夜空に輝く花火よりも大きかった。

 「『鏡』も壊れたかもしれないけど、まあ、仕方ない。それよりも、人払いと消防車の手配を……」
 携帯電話を取り出して連絡を取ろうとする圭。その手が止まった。炎の中に、蠢く何かが見える。
 「いけない」と叫ぶ間も無く、炎の中から伸びた蝕腕が、低空を飛んでいたヘリコプターを貫いた。
 ヘリコプターは真っ逆さまに海上に落ち、そのまま沈んでいく。爆発は起こらなかった。呆然としたままの蔵人と圭に向かって、炎の中から怪物が這い出てくる。
 『賢しい真似をする』
 怪物が言う。直後、何かが爆発するような音が響き、炎が掻き消えた。後に残ったのは、血と肉が焦げる臭いと、大量のレムナントだった。
 「――なあ、圭よ。覚悟、決めた方が良いかな?」
 蔵人が軽口を叩く。だが流石の蔵人も、声が震えるのは止められなかった。
 「あ〜、そうだねえ。でも、アイツに食べられるのはゴメンだな。どうせなら、蔵人に食べてもらおう」
 圭も軽口で返す。役に立たない拳銃を捨て、魔術を行使する為の準備を始める。
 「そいつぁ遠慮しておく。浮気したら、叩っ切られるからな」
 蔵人は笑った。こんな状況で何を心配しているのか、と。
 (でも、ここで俺が死んだら、流石に泣いちまうだろうな……)
 蔵人は一瞬だけ、小夜音の顔を思い浮かべた。そして、直ぐにそれを消す。この先は死地。余計なものを背負っていては、確実に、死ぬ。
 (1度に複数の術を使うなんて、したくないんだけどな)

 圭の方も、心から余計なものを吐き出していた。
 (封印を解き、全力を出す。僕の心が壊れるのが先か、それとも、僕の体が燃えるのが先か)
 頭に浮かんだ不安を消す。喜びも、悲しみも、そして、怒りも。心の中の余分を消し、異能の力を入れるスペースを開ける。
 「蔵人、準備は良いか? 奴を斃す事だけ考えろ。――目指すのは、奴の口だ」
 空きスペースの無くなった圭は、自然と口調が変わっていた。
 「『汝が王国、そして栄光を、諸時代萬世、斯く在れかし! ――アドナイよ、力を!』」
 腕を前に突き出して、レムナントたちの動きを束縛する。
 「先に行け、蔵人! お前の背中は僕が守る!」
 「そいつは頼もしい言葉だな! 行くぞ! おらぁぁあ!」
 蔵人は圭を一瞥してから、目の前に迫ったレムナントたちを力一杯薙ぎ払った。

 幸いにして、蔵人の使う野太刀でもレムナントを斃す事は出来た。だが、蔵人の愛刀である長船兼光程の切れ味は無い。一体切り伏せる毎に、重い衝撃が両手に響く。
 「くそっ……! まだまだぁ!」
 「サマエルよ!」
 蔵人の隙を窺うようにしていたレムナントを、圭の腕から伸びた炎が灼く。
 「蔵人……っ! もう少し、急げないか!」
 圭の声に焦りが混じる。右腕に纏った炎が腕そのものを灼いている事に、圭は気が付いていた。このままでは、生きたまま松明になってしまいそうだ。
 「邪魔だ、退けぇ!」
 蔵人は野太刀を大きく振ってから、開いた空間に駆け込む。ようやく怪物の前に辿り着いた。蝕腕が伸びる。
 「でぇい!」
 気合一閃、その蝕腕を叩き切る。
 「よし、腕はまだ切れる!」
 落ちた蝕腕が跳ねる前に、圭が焔剣で焼き払う。燃え尽きて消えた腕は、さすがに再生はしなかった。
 「いける! 蔵人、切りまくれ!」
 「応!」
 瞬く間に、2本の蝕腕を切り落とす蔵人。だが。
 『賢しいと言った』
 怪物がそう言った瞬間、蝕腕の色が変わった。赤黒い血の色から、鋼の色へと。その蝕腕に野太刀を当てた蔵人は、あまりの硬さに体ごと弾き返される。弾かれた先は、圭の正面。
 「何だと? しまっ…!」
 今避ければ、圭に直撃する。蔵人は逡巡した。その隙を見逃さず、怪物は蔵人を蝕腕で薙ぎ払う。
 「ぐあっ!」
 「うあっ……!」
 結果的に、2人は同時に弾き飛ばされた。燃え残っていたライトバンの車内に叩き込まれた2人は、体中の骨が軋むのを感じた。
 何とか体を起こそうとする蔵人。だが動かない。体が僅かに震えただけ。圭にいたっては、ピクリとも動かない。
 「け…い。生き…てるか……?」
 「一応…は。でも…もう……」
 圭の右腕から、炎が消える。
 (はは、ウェルダンじゃなくて、レアで食べられる事に…なるか)
 圭は口元を歪めた。喋る力も、もう残っていない。心の中で蔵人に謝る。
 (ゴメン、蔵人。ああ、小夜音さんにも、悪い事をしちゃったな)
 強大な気配が、自分に近づいてくるのを感じる。どうやら、怪物自ら止めを刺しに来るらしい。圭は目を閉じた。

 「くそ、まだだ。まだ、終わらねえぞ……!」
 圭の耳に、蔵人の声が響く。
 (蔵人……そうだね。まだまだ、終われない)
 世界の為じゃない、友人の為に戦う。それならば、まだ動ける。圭は力を振り絞った。蔵人の為にも、せめてあの怪物だけは一緒に連れて逝かなくては。
 右腕が僅かに動く。その指先に炎が灯った。だがそれだけ。圭の右腕は力をなくして落ちた。その指先が、冷たい何かに触れる。
 「神よ! 今一度だけ、力を……っ!」
 圭は声を張り上げが、その大きさはほんの微かで、隣の蔵人にも聞こえなかった。
 しかし。
 その言葉に反応するように、圭の右腕の先にあるもの――砕けた『鏡』の破片が光った。猛烈な光が視界を満たす。その記憶を最後に、圭は意識を失った。

 圭の言葉は神に届いた。圭の信じる神ではなく、鏡を通して繋がった別の世界の神へと。

 蔵人の脳裏に、懐かしい声が響く。
 『お兄ちゃん、起きて!』
 「光璃っ!」
 蔵人は、弾かれたように上半身を起こす。右手の野太刀が輝いていた。
 その切っ先を、目の前にある怪物の頭――圭の体を喰らおうと、大きく開いていた口の中に思い切り突き出す。
 「こいつを先に喰らいやがれ! この化け物がぁ!」
 その切っ先は、怪物の口蓋から脳天に抜けて。
 次の瞬間、光と共に爆散した。



 「兄さま。これぐらいは、しても構いませんよね?」
 「『今』の私に言うな。係わり合いの無い事だ」
 「は〜い」



 誰かの声が聞こえる。
 圭はゆっくりと目を開けた。
 「また、生き残ったか……」
 呟いた圭の言葉に、隣に寝ていた蔵人が反応した。
 「よお、目が覚めたか?」
 「蔵人、無事だったんだね」
 「ああ、奇跡が起きて、な。……お〜い、だれか。圭が起きたぞ〜」
 蔵人が弱々しい声を上げる。直ぐに『財団』のスタッフ――圭の専属秘書が入って来た。
 「理事。ここは研究棟内の医務室です。何か、ご質問は?」
 圭の育てたスタッフは、ここで「ご気分はいかがですか?」などと尋ねない。そんなものは、繋がれたモニターを見れば解るからだ。
 「……状況は?」
 圭は、ゆっくりと体を起こしながら尋ねる。掛けられていた毛布が落ちた。裸の上に直接包帯が巻かれているのを見て、立ち上がらなくて良かったなどと思った。
 「412EPが墜落した後、船着場を押さえていた1隊が現場に急行し、ライトバンの中で倒れている理事と丸目様を発見しました。尚、レムナントは全て消滅。現在の時刻は23時50分です」
 テキパキと答える秘書。
 「日本支部長は、僕の代理を上手く務めてくれたようだね」
 「はい。日本政府への説明、現場の封鎖等、全て滞りなく」
 「ご苦労様、と伝えて。――それと貴女も。ありがとう」
 秘書は圭の言葉にふわりと笑った後、頭を下げて静かに退出した。
 
 「それにしても、圭もタフだよな。あれから3時間そこそこで、もうそれだけ元気なんだから」
 「蔵人だって。……で、奇跡って、一体何があったんだい? 僕はまたしてもラストシーンを見逃した訳だけど」
 「説明するのは難しいな……。光璃に助けられた、としか言えん」
 圭は暫く悩んだが、結局考えるのを止めた。知らないという事は、知る必要が無いという事だろう。主役には主役の、端役には端役の役割があるのだから。
 「そう。……今日は、本当にありがとう。助かったよ」
 「な〜に、気にするなって。結果オーライだ」
 「後で小夜音さんにも謝らなきゃ。蔵人の今日の用事って、例の花火大会だったんでしょ?」
 蔵人が言っていた事を思い出し、頭を下げる圭。蔵人は首を振った。
 「いや、間に合ったから構わないさ」
 圭は首を傾げる。自分が寝ている間に、用事は済んだのだろうか。
 「それにしても、あの衝撃でよく壊れなかったもんだぜ」
 蔵人はそう言うと、タキシードのポケットから、クシャクシャになった箱を取り出す。
 「むき出しになっちまって悪いけど。ハッピーバースデーだ、圭」
 そう言って、箱から取り出したもの。それは髪留めだった。
 「これを着けて少しは女らしい格好になれ、と有志一同からのお願いだそうだ」
 蔵人は圭の手を取ると、その上に髪留めを乗せる。
 「……」
 圭は呆然としたままで、その髪留めをじっと見つめた。
 「あは……不意打ちだよ、こんなの。ちょっと、ときめいちゃった」
 圭はそう言ってから、髪留めを蔵人に付き返す。そのまま体を反転させて、蔵人に背中を向けた。
 「腕が痛くって、頭の後ろまで動かないからさ、蔵人が着けてくれるかな?」
 悪戯っぽい声と共に、蔵人にお願いする。
 「へ? はあ、えと……すまん、着け方が解からん」
 「……締まらないなあ、蔵人は。それじゃあ、僕は口説けないよ?」
 「な……口説くつもりなんて、ねえよ!」
 「あははっ。今日1日、蔵人が何度鼻の下を伸ばしたか、小夜音さんに教えちゃお〜」
 そう言いながら振り返った圭の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 小鳥遊圭の多忙な一日が終わる。
 (とんでもない一日だったけど……最後に帳尻を合わせられたし。まあ、いっか……)
 今日はぐっすり眠れそうだ。医務室の硬いベッドの上で、圭はゆっくりと目を瞑った。



   終わり

目次へ戻る

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

小鳥遊圭の○○な一日・後編 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる