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zoom RSS 伊集院観影SS 「夢物語」1

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

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 なんとなく書き始めた、観影先生視点のお話です。
 姉妹の会話+謎に満ちた本編開始前の状況を、自分なりの解釈で書いたものですが、宜しければどうぞ。
 とか書きつつ、出だしはあの場所からだったりします。



**********



 「運命の必然としてシステムは『鍵』に委ねられた。それは即ち2つの『諾』、2つの『否』、そして2つの『無』……6人の剣士たちだ。だがそれでは足りない。世界を司る数は『[』だ。運命は、残り2つの『鍵』に私たち2人を選んだのだ」
 私は刀を携えたまま、目の前に立つ2人に対して語りかける。
 「そして世界は対称性によって支えられ、あらゆるものがバランスの上に立っている。姉さんがこの世界を照らす光(カミ)になると言うなら、私は喜んでこの地を這う影(アクマ)となろう……そう決めた。それがどうだ、この態は」
 「観影さん……」
 目の前の男――丸目蔵人――が、表情を歪めるのが見えた。私と姉さんの事を知っている奴から見て、今の私はどう見えるのだろうか?
 「まあ良い。あと20分程でデミウルゴスは過負荷を引き起こす。偏倚立方体がエネルギー飽和で自壊すれば、奪われた姉さんの魂が還ってくる……」
 「貴女も、私たちも……それでは救われない」
 目の前の女――月瀬小夜音――が、搾り出すような声で言った。だが、それが何だと言うのか。全てが救われないと解ったところで、最後に姉さんに会うことが出来るのなら。
 「構わないさ。誰が縦容と運命などに従ってやるものか。邪魔はさせない!」
 「っ……先程、蔵人さんに偉そうな事を言いましたが、私も相当、鶏冠に来ているようですわ」
 「小夜音……」
 「貴女は姉が助からない事を知って尚、姉の命を無駄に散らせるつもりなのですか……自分の利己の為には、姉の心を虐げることすら厭わないというのですかっ!」
 「くっ……お前に、姉さんの何が解るというのかっ!」
 「解っています。ソフィアーが、いいえ、光璃さんが私たちの剣に未来を託した、その訳が! この太刀は、貴女のお姉さんである光璃さんの分身、彼女の心の欠片なのです」
 月瀬が、私に向かって自らの太刀を差し出しながら言う。
 「私たちが闘う時、彼女はいつも私たちと共にいるのです……そして感じている。私たちの痛みを、そして希望を!」
 私は冷笑をもってその言葉を受けた。姉さんといつも一緒に居たのは私だった。その姉さんが、何故お前たちに未来を託すのか? 託されるべきは、私だったはずなのに。
 「……世迷言を」
 「そう思うなら勝手になさい。但し言っておきます……私たちの邪魔をする貴女は、決してお姉さんと同じレールの上になど居ないと言うことを」
 「もう聞き飽きた……抜け」
 私は刀を抜いた。それを見て、月瀬も刀を抜く。
 「縁無き衆生は度し難し。貴女には最早、お姉さんの光明すら届かないのですね」
 月瀬の言葉を聞きながら、私は抜いた刀を構えずに一歩前に進み出る。相手まで約5m。私にとって必殺の間合い。私の技を見ていないことをアドバンテージとして、一撃で切り倒してみせる。
 「姉さんが事故ではなく、進んでその身を捧げたというのなら、尚更に私は姉さんを決して……決して許さないっ! ツェヤァァアアアーッ!」
 私は声と共に刀を振り上げ、雲耀の速さに届けとばかりに、月瀬に向かって振り下ろした。
 が、しかし。刃金を打ち付ける高い音が廊下に響き渡り、私は僅かに動揺する。
 「く……っ……!」
 月瀬は歯を喰いしばりながらも、受け止めた私の刀と鍔迫りを続ける。レムナントとの戦いをモニターしていた私は、月瀬の腕前をよく知っていた。今の一撃は、防ぎようの無い速さだったはずなのに。
 「小夜音っ!」
 「これは私の闘い。手出しは無用ですわ、蔵人さん!」
 「……解った」
 「自慢の『蜻蛉』も、抱えた迷いの元では『一撃必殺』とは行かないようですわね? 観影先生……」
 「っ……黙れ……!」
 内心の動揺を自らの言葉で押さえ込み、力を籠めて月瀬を押しかえす。
 「よもや示現流ほどの剣術を修めた人間が、冥府魔道に落ちるとは……残念なことです、観影先生」
 「……何とでも言うが良い。お前には私の心など理解できない……永久に」
 「そうでしょうね。だからこそ、貴女のその願い……この私が阻みます」
 私の構えに応じて、月瀬が車の構えを取った。私の速さに対して、速さで対抗する気らしい。
 「やってみるが良い……征くぞ」
 「……どうぞ」
 二の太刀は無い。私の刀を受け止めた月瀬の速さを考えれば、次の一撃で勝負は決まる。先程身をもって感じ取った月瀬の間合い。その円の内側に、一歩、足を踏み入れる。
 「はぁぁあああっ!」
 私は渾身の力で踏み込み、刀を振り下ろし。

 身体に衝撃。

 「……っ……」
 目の前が暗くなる。
 「姉……さん……」

 冥府魔道に落ちる。『何時から落ちていたのか』と問われれば、やはり、この手で人の命を絶った時からなのだろう。だが、自らを影(アクマ)と定めたのは、本当に正しかったのだろうか?
 姫君を捕らえて閉じ込めるのは、どんな話だって、アクマの役割で。
 囚われの姫君を助け出すのは、どんな話だって、王子様の役割なのだから。
 つまり、それは――アクマとなった私では、姉さんを助けられないということ――。



   夢物語



 2021年。私が東京湾第19号埋立地――通称、中央防波堤――に在る新東雲量子科学研究所に勤務するようになってから、一年の時が経った。
 散花蝕に関するありとあらゆる事を研究する為に作られたこの研究所は、世界中から優秀な研究者を招聘して実験を繰り返している。己の才覚でこの研究所の一員として迎えられた事は、私にとって名誉な事だった。

 「伊集院さん、疋田研究主任から呼び出しがあったよ」
 同僚の男性からそんな言葉を聞かされたのは、3月も終わりを迎えようとしている、ある春の日の事だった。
 「呼び出し? 個人研究室にですか?」
 「ああ。……良かったじゃないか。これで君も、疋田博士のプロジェクトに参加決定だな」
 若干の妬みを感じさせる口調で同僚が言う。
 妬まれるのは仕方がない。この研究所に所属する研究職の中では、私が一番の年下だ。出るものは叩かれるという言葉通り、この程度の話は何処に居てもある事で、こんな時の対処法も解っていた。つまり、無視。
 私は同僚に軽く会釈して、無言のままに部屋を出た。照明の抑えられた廊下を歩き、上級研究職の個人研究室が在る一角に進む。
 ……私への用事と言うのは、一体何だろう。先頃提出した論文が、博士の目に留まったのだろうか。
 そんな事を考えながら歩く間に、博士の研究室の前に着く。インフォメーションを確認すると、どうやら在室しているようだ。私はインターフォンを押した。
 「疋田博士、伊集院です」
 『おお、待っていたよ。入ってくれたまえ』
 私は促されるままに部屋に入った。軽く部屋の中を一瞥し、私以外の来客――マーシュ博士――が居る事に気が付いた。
 「お話の途中でしたか?」
 「いや、構わんよ。君にも関係のある事だ」
 疋田博士はそう言いながら、椅子に座るように促してくる。私が椅子に腰掛けると、マーシュ博士が珈琲を差し出した。
 「早速だが、話を始めようか。伊集院君、先日提出された君の論文、中々に面白かったよ。流石は、筑波で神童などと呼ばれていただけの事はある。君を引き抜いたのは正解だったな」
 「は、有難うございます」
 私は、この研究所に来る以前は、筑波研究学園都市に所属していた。故郷を離れた大学に進んだのは、親の七光りと言われるのを嫌ったからだ。尤も、我武者羅に勉強して主席卒業したのが仇となったのか、その場所でも散々妬まれる事になったが。
 「さて、そこでだ。私が来年度から立ち上げるプロジェクトに、主任補佐として参加してもらいたいのだよ」
 「主任補佐ですか?」
 私は思わず聞き返して、疋田博士の隣に居るマーシュ博士を見た。今までその席に居たのは、このマーシュ博士だからだ。疋田博士の愛人とも噂されるマーシュ博士は、優秀だがヒステリックである事でも知られていた。
 「あら、私の事が心配? 大丈夫よ、私は副主任という事になっているから。噂くらいは聞いていると思うけど、今回のプロジェクトは大規模なものでね。今までの体制では、とてもやっていけないの」
 可笑しそうに笑うマーシュ博士。その笑い声に被さるように。
 「どうかね、引き受けてくれないか?」
 疋田博士が私に尋ねた。
 「……お話は大変ありがたく思いますが、私のような若輩者を選ばずとも良いのでは」
 私は暫く逡巡した後、ゆっくりと首を振った。
 「ふむ、駄目かね。君には、引き受けなければいけない理由があるのだがね」
 「理由、ですか?」
 「うむ。実は、今回のプロジェクトは、今まで繰り返してきた実験の集大成でね。その実験には、特別な才能を持った人物が必要不可欠なのだよ。……率直に言おう。その人物が君であり、君のお姉さんの光璃さんなのだ」
 自分の耳を疑った。私と姉さんが、特別な能力を持った人物?
 「機密保持の関係上、詳細を話す事は出来ないのだが。……既に、お姉さんの了承は取ってある。君も、大事なお姉さんを、他人の手に任せたくはないだろう?」
 脅迫めいたその言葉に、私は戦慄を覚えた。「機密保持の関係」なんて言葉を口にするならば、最悪の場合、既に参加を決めてしまった姉さんとは、二度と会えないかもしれない。私に、否と言う事は出来なかった。



 後にして思えば。この時点で既に、私たち姉妹は疋田博士の罠に嵌っていたのだ。


 
 「さて、伊集院君。このプロジェクトについてどう思うね?」
 「はっきり申し上げて、胡散臭いです」
 プロジェクトの概要を示した書類を読んだ私は、はっきりと言い切った。真っ当な科学者としては、考慮するに値しない話だからだ。――運命を、改変するなんて。
 「率直に言ってくれる。だが、この実験に、君と光璃君の存在は不可欠だ。長い間手を尽くして探していた、精神昂揚力者なのだからね」
 精神昂揚力者――古流剣術の修行を積んだものは、高い精神力を有す――と言われても、実際にその自覚があるわけではない。真っ当に修行をして皆伝を得た自分よりも、嗜んだ程度である姉さんの方がより優れた素質があると言われては、尚更である。
 「古流剣術の遣い手など、他にいくらでも候補者がいるでしょう。何故、私たちなのですか? ましてや、この研究所に来て日の浅い私を、マーシュ博士と同列に扱うなんて」
 マーシュ博士が副主任。席次で言えば、主任補佐となった私がNo.3と言うことになる。
 「精神昂揚力者である光璃さんも、実験を行なう上で大切だが…・・・君の場合、研究者として十分な能力がある事も理由でね。対外的……いや、政治的と言うべきか。そういったものの為に、権力が1極に集中するような人事は避けろと、国からの通達があってね」
 どんな組織にでも言えることだが、権力の集中は澱みと不正を生む温床になる。国家プロジェクトともなると、そういった要素を排除する為に横槍が入ることもあるのだろう。つまり、組織外部の人間を中枢近くに据えて、研究が閉鎖的なものではないことをアピールするわけだ。
 「それで、私を筑波から強引に引き抜いたわけですか」
 「苦労したよ。あちらでは、君を手放すつもりはなかったようなのでね」
 「ここで働いた一年の実績を理由にして、新参者の私を主任補佐に推す……私に、スポークスマンをやれと仰るのですか?」
 外部との橋渡し役と言えば聞こえは良いが、面倒事を押し付けられるようなものである。その見返りとして、ヒラの研究者では知りえない情報も扱えるのだろうが。
 「有体に言えばそうだ。その若さで博士号も取った君だ、政治力というものの大事さも、良く解っているだろう?」
 確かに、良く解っている。博士号を取るなり、教授になるなりする為には、勉学が出来るだけでは駄目なのだ。弁が立ち、金や人の力を利用し……。
 「君にとってもそう悪い話ではあるまい。それに、お父上にも意趣返しが出来るのではないかね?」
 「……父は関係有りません」
 「まあ、それは兎も角、君がプロジェクトに参加する以上、この人事は既に決定事項だ。君には光璃さんのメンタルケアも担当してもらうが、仕事の内容からいっても、一介の研究者に任せるわけにはいかんのでね」
 「……つまり、研究の詳しい内容については、プロジェクトの参加メンバーにも伝えていないという事ですか」
 「理解が早くて助かる。海外から招聘された研究者も多いのでね。研究が軌道に乗るまでは、情報が外部に漏れるのを防がねばならん」
 私は大きく溜め息を吐いた。勿論、疋田博士に解るようにだ。
 「損な役回りですね。対外交渉、妬まれ役……」
 「無論、十分な報酬は約束する。それに、陳腐な言い方になるが……君になら、この役を任せられると思っているのでね」
 『君になら出来る』、か。使い古された褒め言葉だ。その言葉に踊らされて、過去、どれだけの人間が破滅してきたか。どうせ私が失敗しても、貴方が責任を取ることは無いのだろうに。
 「解りました。どちらにしろ、私たちに選択の余地は無いようですから」
 実際のところ、今から筑波に戻っても、あちらの研究室には私の居場所は無いだろう。疋田博士は周到に時間をかけて引き抜きをしたようだから、そのぐらいの手回しはしているはずだ。
 「それでは、私はそろそろ失礼します。仕事の引継ぎなどを考えなければいけませんので」
 内心で舌打ちをしながら、疋田博士とマーシュ博士に挨拶をして部屋を出る。まあ良い。私も、簡単に捨て駒になるつもりは無いのだから。

 私は愛車を運転して、埋立地の外れに在るマンションへ着いた。家庭を持った研究者用の宿舎として用意されたマンションである。主な家具は全て備え付け。産業スパイ対策の為か、セキュリティも万全。おまけに家賃はただ同然。税金の無駄使いと言われても仕方の無いところだろう。
 私は未だ独身だが、この場所で働いている家族がもう1人居る為、特別にこの場所に住まわせてもらっていた。私の姉さん、伊集院光璃が、新東雲学園の教師だからだ。――いや、教師だった、と言うべきか。

 「みーちゃん、何か嫌な事でもあったの?」
 自宅の扉を開けて部屋の中に入ると、姉さんは開口一番、そんな事を言ってきた。
 「そんなに顔に出ていますか?」
 「ううん、出てないよ。みーちゃん、そんな弱みは見せたがらないものね」
 なんとも答えようがない。他人にも、たとえそれが姉さんにでも、弱っている姿を見せたくないというのは、私の本音だ。
 「……姉さん。私に、何か隠し事をしていませんか」
 話を切り返すように、姉さんに尋ねる。
 「そんなお話は後だよ、みーちゃん。先に、うがいと手洗い。風邪が流行ってるって、ニュースで言ってた」
 姉さんが指差した先には、大インチの壁掛けテレビがあった。ニュースが映されている。
 「……はいはい」
 「小学生じゃあるまいし」と呟きながら、言われたとおりに洗面所へ向かう。化粧を落とす気力が無いので、軽く口を漱いで手を洗った。ふと、正面にある鏡を覗き込む。……表情に出ていない不機嫌を悟られたのは何故だろう。
 疲れた身体を引き摺るようにしてリビングへ戻り、ソファに腰を下ろす。
 「はい、珈琲」
 ニュースを垂れ流しているテレビを見ていると、姉さんが珈琲を差し出した。礼を言って受け取り、一口啜る。
 「……姉さん。コーヒーメーカーで淹れているのに、どうしてこんな味になるんです?」
 「あれ? ……おかしいなあ。ブレンドを間違えたかなあ」
 「まあ良いです。……今の気分には」
 姉さんに聞かれたくなくて、言葉を濁す。内心の苦い気分を誤魔化すには、苦い珈琲は丁度良いだろう。酒を飲む気分でもない。
 『次は、散花蝕関連のニュースです』
 テレビから聞こえた声に注意を向ける。また1つ街が消えたようだ。こんな世の中だからこそ、『世界を救う』という研究に参加することは意義のあることだと、理性では解っているのだが。
 「姉さん」
 私はテレビに視線を向けたまま、キッチンでコーヒーメーカーを弄っている姉さんに話しかける。
 「な〜に?」
 「何で私に内緒で、疋田博士のプロジェクトに参加する事を決めたんですか?」
 「そっか、ばれちゃったんだ」
 「当たり前です。私にもプロジェクトの参加要請が来ました」
 「あはっ。それじゃあ、一緒にお仕事できるね」
 姉さんの笑い声が聞こえた。私がプロジェクトに参加しないとは考えもしないらしい。まあ、その通りではあるが。
 「姉さんはそれで良いんですか? 教師の職は、好きなんでしょう?」
 私より2年も早く、教師としてこの場所に来た姉さん。傍から見ていた私でも、実に楽しそうに仕事をしていたのに。
 「うん。でも、もう決めたの。私は、そうしなきゃいけないんだよ」
 「どういう意味ですか?」
 「ん? 上手く説明出来ないなあ。最初っから決まっていたとしか言えない」
 私は頭を振った。
 姉さんは時折こんな事を言う。これから起こる出来事を、既に知っているかのように。或いは、幼い頃によく言っていた、『女神様』に教えてもらったのかもしれない。
 「後悔はしていませんか」
 「何で?」
 「姉さんも感じたはずです。この研究は、不審な点が多すぎる。魔術、遺失技術、人の精神を動力とするオーパーツ」
 「確かにそうなんだけど」
 姉さんは、僅かに間を空けてから言った。
 「でも、みーちゃんは、やってみたいと思っているんでしょう?」
 「……はい」
 見透かされてしまった。そう、正直に言えば。私は、このプロジェクトに興味があった。科学者としての考えとは別に、知的好奇心が疼いたのだ。
 「なら、問題無いよ。私はお姉ちゃんだから、みーちゃんの力になれるのは嬉しいもの」
 「姉さん。ありがとう……」
 「それに、これがきっと、最後だから」
 「え?」
 微かに聞こえた呟き。振り向いて聞き返そうとした時に、いつの間にか私の背後に立っていた姉さんが、ソファの背もたれ越しに抱きついてきた。私は珈琲がこぼれないように、慌てて持っていたカップを押さえる。
 「みーちゃんは生真面目で頑張り屋さんで、自分1人で何でも出来ちゃうから、私なんかじゃ頼りないとは思うけど。たまには甘えて欲しいなって思うよ」
 この体勢では、甘えているのは姉さんの方でしょうとは思ったが、口には出さないでおく。その代わりに、出来る限りの優しさを込めて返事をした。
 「そんな事無い。姉さんは、とっても頼りになるお姉ちゃんですよ」
 「えへへ、そうかな? そうだったら良いな」
 姉さんの顔は見えないが、はにかんだ微笑を浮かべている事が想像できる。どんな時でも、この微笑が私を守ってきてくれたのだ。
 「それじゃあ、頼りになるお姉ちゃんが、苦い珈琲に魔法をかけてあげましょう」
 「え……」
 持ったままだったコーヒーカップの上に、姉さんの握り拳が突き出された。何をするんだろうと見ていると、その手が開いて、角砂糖が3個、コーヒーカップの中に落ちる。
 「……」
 「どう? これで、美味しく飲めるでしょ?」
 私は空いている手でこめかみを押さえた。その体勢で首を後ろに倒し、姉さんの顔を下から覗き込んで言う。
 「前言撤回です、姉さん。私が無糖ブラックしか飲まないの、知っているでしょう?」
 「うぇあ? え、えっと、今日の晩御飯は私が作るから、みーちゃんはゆっくり休んでいてね!」
 キッチンへと逃げていく姉さんを、上下逆さまの視界で見送る。「やれやれ」と首を振って身体を起こし、冷めかけた珈琲を一口啜る。

 甘くて、苦かった。

 上手く話を誤魔化された、と気が付いたのは、床に就いた後の事で。私は結局、そんな会話があった事も忘れてしまった。


   続く。
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