A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 伊集院観影SS 「夢物語」2

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0




 観影先生のお話、その2。


 私と姉さんが疋田博士のプロジェクトに参加してから、一年が過ぎようとしていた。
 「……ちゃん。ねえ、みーちゃん。起きて。もう朝だよ?」
 「ん……?」
 自分の身体が揺り動かされているのを感じて、私は顔を上げた。重い瞼を無理矢理開いて周囲を見る。目の前の机の上には、昨夜に配布された研究資料が散らばっていた。
 ……ああ、そうか。研究資料を読んでいるうちに、睡魔に負けてしまったのか。
 「やっと起きた。お早う、みーちゃん」

 運命改変装置・デミウルゴスシステムが完成し、プロジェクトはシステムの起動実験を行なう段階に進んでいたのだが……そこから一歩も進まないままで、既に三ヶ月が過ぎていた。
 本来、システムの起動には6人の精神昂揚力者が必要になるのだが、現在プロジェクトに参加している精神昂揚力者は、姉さん1人しか居ない。私はガス欠のエンジンを無理矢理動かす為に、睡眠時間を削って資料を読み漁っていたという訳だ。
  私は、口元からこぼれた涎を拭くという女性らしからぬ行為をしながら、傍に立つ姉さんの顔を見上げた。不覚、みっともないところを見られた。
 「まだ明け方は冷えるんだから、こんな所で寝ていると風邪を引いちゃうよ?」
 言葉では心配しているのだが、何故だか笑っている姉さん。私の心を癒してくれる、屈託のない笑顔だ。
 「お早う、姉さん。……私の顔に、何か付いてる?」
 「うん。インク」
 頬に向かって指を差された。
 「そういうことは早く言ってください!」
 研究資料のインクが涎で溶けて、顔に付いていたらしい。安物の紙とインクは使うべきではないと思いながら、慌てて洗面所へ駆け込んで鏡を覗き込む。鏡の中の自分の顔には、目の下のクマと、頬に転写された文字がある。情けなくて泣きたくなった。
 デミウルゴスの起動実験が佳境に入っているとはいえ、こうも睡眠が削られては疲れが溜まるのも当然だろう。携帯用の簡易食では、栄養の補充も満足にいかない。
 食事の事を考えた為か、『くうっ』と腹が鳴いた。私はリビングに向かい、ぼうっとソファに座っている姉さんに尋ねた。
 「姉さん、朝食は?」
 「ん、まだだよ。みーちゃんが作ってくれるのを待ってたの」
 私は着けたままだった腕時計を見る。午前7:30。姉さんは早起きだから、随分と空腹になっているはずだ。
 「先に食べていても良かったのに」
 「だって、私が作るよりみーちゃんが作った方が美味しいもの」
 「だからって」
 「文句はいいから早く作って〜。『ソフィアー』のメンタルケアも、みーちゃんのお仕事の一環でしょ〜?」
 「はいはい、解りました。但し、何が出てきても文句を言わないでくださいね?」
 やれやれと頭を振って、私はキッチンに向かった。冷蔵庫を覗き込み、間に合わせの材料を使って料理を始める。買い物もまともにしていないので、手抜きになってしまうのは仕方のないところだ。
 「姉さんも早く着替えてください。何時に起きたのか知りませんが、パジャマのままであちこちウロウロしていたら、それこそ風邪を引いてしまいますよ?」
 「は〜い」

 「では、実験前の最終ブリーフィングを始める。マーシュ博士、説明を」
  「はい。では、前回の実験の結果から。『ソフィアー』と偏倚立方体の奏合率は、システムの起動に必要な値まで……」
 私はマーシュ博士の顔を見ながらも、話そのものは聞き流していた。今話している内容は、今朝方に改めて読み直した資料の中身と同じだからだ。同席している研究者たちも同様に聞き流しているのだろう。あからさまに欠伸を噛み殺している者もいるが、まあ、その気持ちは私にも解る。
 「……以上の結果を踏まえて、今回の実験では、管理者システムと偏倚立方体を接続するラインの見直し、及びシステム起動に使うプログラムを修正する事により、システム全体の効率化を図る事になります」
 「ここまでで、何か質問はあるかね?」
 マーシュ博士の説明が終わり、疋田博士が部屋の中を見回しながら尋ねる。特に返事は無かった。今更、実験を中止出来るわけでもなし、意見など出ようはずもない。だが、私はその立場上、挙手せざるをえなかった。
 「なにかね、伊集院君」
 「『ソフィアー』のメンタルケア担当としては、これ以上、1人でのシステム起動実験には反対です。前回の実験後における彼女の消耗状態を見れば、せめて1人だけでも、サポートする者を付けるべきかと」
 「……また、その話しかね」
 やれやれ、といった感じで疋田博士が首を振った。
 「何度も話しているとおり、現状、実験に耐えうる精神昂揚力者が1人しかいない以上、彼女に頑張ってもらうしかないのだがね」
 「しかし、今のままでは、『万が一』の可能性も捨て切れません。貴重な精神昂揚力者を失う事態にならない為にも、お嬢さんに参加していただく訳にはいかないでしょうか」
 「伊織のことかね? 残念だが、それは出来ん。君の言うとおり、システムの安全性がこれ以上確保出来ないからな。倫理上・道徳上の観点から、未成年を参加させることは出来ん」
 「しかし……」
 「君も、昨今の制約の多さは知っているだろう? 伊織を参加させて、君の言う『万が一』が起こった場合、プロジェクトそのものの存亡にもかかわるのでな」
 「ならば、私を参加させてください。私も、思弁能力のチェックはクリアしています。多少なりとも、『ソフィアー』の助けになると思いますが」
 「あら、それは駄目よ」
 私と疋田博士の会話に、マーシュ博士が割り込んだ。
 「貴女の才能は認めているけれども、貴女は……そう、『純粋』ではないから」
 「な……っ」
 人を小馬鹿にしたような態度で吐かれた台詞に、羞恥と怒りで頬が赤くなるのを感じた。同席している研究者たちから、失笑が漏れる。
 「ああ、御免なさい。まだ日本語の語彙が少ないものでね? ええと……」
 良い言葉を探しているのか、首を傾げるマーシュ博士。それだけ流暢に日本語を話していて、何を言うのか。
 「止めたまえ、マーシュ博士。……伊集院君。君も知ってのとおり、没入する人間には必要な資質がある。精神昂揚力が高いだけでは、偏倚立方体に正しい『目的』を入力する事はできない」
 「それは……知っています」
 「没入する人間に年若い者が選ばれるのは、世界を救う事ができると強く信じる気持ちが必要だからだ。良く言えば『純粋』な、悪く言えば『青臭い』人間だな」
 良く解っている。そもそも、年齢に似合わず『世界を救う』という目的を確と持つ事ができる姉さんが、奇跡のような存在なのである。人は、年を取るにつれて妥協する事を覚え、諦める方法を覚えるのだから。
 「私は、君が『純粋』でないとは思わんよ。……だが、その若さで博士号を持ち、筑波では助教授も務めていた君だ。人並み以上の出世欲はあるだろう?」
 「そうそう。その為に、色々と根回しをしていたんでしょう?女を武器に、とかねえ」
 「っ……!」
 それは貴女のことじゃないのか、この年増! と言いかけた文句を飲み込むには、かなりの精神力が必要だった。
 「マーシュ! んん、……ともかく、この件については今回の実験の結果を見てからだ。どうしても1人での起動が無理だというのなら、君の意見も考えよう」
 「解りました。……私は、『ソフィアー』の体調管理が残っているので、これで失礼します」
 逃げるようになってしまったのは気に入らないが、この場ではこれ以上話しても無駄だろう。私は席を立つと、忍び笑いを続けている研究者たちを睨みつけてから、部屋を後にした。

 研究棟の地下部分は、地上部分とは異なった様相を見せる。照明の抑えられた廊下は、旧いSF映画の中のひとコマのようだ。私は滅入った気分を置き去りにするように、姉さんの待っている医務室へと早足で歩く。
 階段を上がって1階に出る。窓から差し込む陽光が、暗さに慣れた目を刺激する。目を細めて廊下の先を見ると、医務室の前で姉さんが手を振っているのが見えた。
 「姉さん、もう検査は終わったんですか?」
 「うん。後は、検査結果を見るだけだよ」
 私は姉さんの返事を聞きながら、医務室の扉を開けて中に入る。机の上に、検査結果をまとめた書類が置いてあった。私は椅子に座って書類に目を通す。
 「ご苦労さま。検査結果に問題はないわ、姉さん」
 書類に目を通しながら、隣の椅子に腰掛けた姉さんに話しかける。
 「みーちゃんの方は、問題があるみたいだね」
 「え?」
 思わず振り向いた私の眉間に、細くてしなやかな人差し指が触れた。
 「そんなに皺を寄せていると、そのまんまになっちゃうぞ?」
 「……そうですね」
 眉間を揉み解す指をそのままに、目を瞑って苦笑する。メンタルケアをする側が慰められてどうする。しっかりしなくては。
 「何か、嫌な事でも言われたんでしょう」
 「いつもの事よ。まあ、真正面から言われたのは久し振りだけど。……もう慣れたわ」
 女性である事と20代半ばの年齢である事、この2つはどこに行っても付いてくる私のハンデだ。今更、心に引き摺るような事ではない。
 それにしても、私が精神昂揚力者として実験に参加しようとすると、マーシュ博士が必ず口を挟んでくるようになった。何故だろう。私が参加してはいけない理由があるのだろうか。それとも、お得意のヒステリーだろうか?
  「みーちゃん。慣れるという事と、平気であると言う事は違うよ?」
 そんな事を考えていた私は、突然の忠告に、思わず眼を見開いて姉さんの顔を見た。……姉さんの言うとおりだ。言われる事が平気であるなら、そもそも『慣れた』なんて考えない。
 「……敵いませんね、姉さんには」
 「だって、お姉ちゃんだもん。えへん」
 姉さんは、参ったかと言わんばかりに胸を反らす。……私は机の上に眼を向けて、姉さんの検査結果が書かれた資料を見た。いつの間にか、私よりも大きくなっている。ちょっと悔しい。
 「どうしたの?」
 「え? いえ、何でもありませんよ?」
 「そう?」
 「兎も角、今日の実験が1つの山場です。頑張ってくださいね、姉さん」
 私は強引に話を変えた。まあ、いつまでも考えるような事でもなし。
 「心配性だなあ、みーちゃんは。……でも、そうだね。そろそろ時間かな」
 「はあ? どういう意味ですか?」
 ……最近、姉さんが『先読み』する回数が増えてきた。まるで、おぼろげだった記憶が徐々に甦ってくるように。実験が精神に影響を与えているのだろうか。今回の実験が終わったら、休暇を取って休ませた方が良いかもしれない。
 「つまりね、実験が次の段階に進むっていう事」
 私の気も知らず、姉さんは、はっきりとした口調で断定する。
 「そうですか……。良い方向に変わればいいのですが」
 「それは大丈夫だと思うよ。世界は救われるようになっているから」
 突拍子もない言葉に、驚いて言葉が出なくなる。実験の成功やその課程を飛ばして、いきなりそんなところまで話を進めるとは。
 「……それは、まあ、その為に実験をしているわけですから、結果が出るのは嬉しいですが」
 思わず、そっけない返答になってしまった。そんな私の顔をみて、姉さんは真面目な顔になる。
 「いい、みーちゃん。……『世界が救われる』という結果が決まっているのなら、そこに至る道筋をきちんと考えなきゃ駄目なの。言っている意味、解るかな」
 私は軽く首を傾げた。
 「私的には、どんなルートを通っても結果が同じならば、特に拘りはしないですが」
 「ううん、それじゃ駄目だよ。極端な話、世界が救われても誰も残らない結末と、世界が救われてみんなが幸せになる結末。どちらが良いかは解るよね?」
 それはまあ、考えるまでもなく、後者だろう。
 「みーちゃん。……何があっても、未来に絶望しちゃ駄目なんだよ?」
 「尚更、意味が解らないんですが」
 「つまり、諦めずに努力する事が、良い結果に繋がるというお話」
 「……はあ」
 ごく普通の、常識的な話だと思うのだが――何故か、心に残った。

 照明を抑えたデミウルゴスシステムの管制室内には、適度な緊張感が満ちている。液晶画面の光に顔を浮かび上がらせたオペレーターたち。その中の1人が声を上げた。
 「博士、実験開始の時間になりました」
 「よし。では、デミウルゴスシステムの起動実験を始める」
 疋田博士がそれに応えて、制御室内の人間に宣言する。
 「デミウルゴスの全回路、『ニトクリスの鏡』への接続部、チェックを終了しました。システム全正常です」
 「被験者観察用の生体モニタ、接続を確認。『ソフィアー』の状態も正常です」
 疋田博士の視線が制御室内を一周し、最後に私のところで止まる。軽く頷いて、私に進行を促した。
 私は疋田博士に頷き返すと、外部へと繋がるマイクを手にした。1度、2度と深呼吸をした後に、マイクのスイッチをONにする。
 「管理者システムの起動を開始する。――今君は、数多の並行する世界が服らう天地へと、その身体の生きたままで導かれる」
 私が発した言葉は、被験者を一種の催眠状態にする為の文言だ。本来はこの後にも言葉が続くのだが、没入する人間が1人しかいない現状、そちらは省略している。
 「……没入!」
 私の言葉と共に、姉さんはシステムへと没入した。
 「『ソフィアー』と偏倚立方体の奏合率は?」
 「デミウルゴスの起動に必要な想定値まで、75%……80%……85%を超えます」
 疋田博士の問いに、若干興奮した調子でオペレーターが報告する。常とは違って好調な実験経過に、『このまま起動に成功するのではないか』と、そんな空気が室内に満ちた。
 「想定値、100%を超えました」
 「……! デミウルゴスシステム、起動を確認!」
 「よし!」
 オペレーターたちの報告に、私は思わず拳を握った。
 「どうやら、予定通りに事が運びそうだな」
 「そうみたいですわね」
 疋田博士とマーシュ博士も、お互いを見合って何事かを話している。数年前に計画を立ち上げた2人にしてみれば、ようやくといった感じなのだろう。

 「システム起動から3分を超えます。疋田博士」
 システムの起動が安定していることを確認した私は、疋田博士に注意を促す。これ以上姉さんを没入させておくと、必要以上に精神を消耗させてしまう。
 「うむ、もう良いだろう。システムを停止させたまえ」
 「解りました。鴻上、頼む」
 「はい。デミウルゴスシステム、停止させます。……あれ?」
 オペレーターが怪訝そうな声を上げる。
 「どうした?」
 「はい、システムが停止信号を受け付けなくて。……駄目です、再試行も失敗しました」
 私は疋田博士に向き直って尋ねる。
 「疋田博士、緊急停止マニュアルの一番から始めますが」
 「ああ。緊急停止を認める。鴻上君」
 「解りました。デミウルゴスシステム、緊急停止します」
 オペレーターがキーボードを操作し、システムを緊急停止させた時――それは起こった。
 「っ!? 『ソフィアー』の脳波、脈拍が停止しました!」
 「なんだと!? まさか、ショック反応!?」
 私は声を荒らげた。理論上では想定されていた事だったが、まさか、最初からこんな事態になるなんて。
 偏倚立方体に没入して奏合するのは『鏡』によって複写された精神だが、いわゆる『強い思い込み』が肉体にダメージを与える事があるように、複写された精神が負った傷は本体にも返ってしまう。
 複写された精神がシステムの緊急停止によって消されてしまい、精神体の『死』のショックが、本人にフィードバックされたのだ。
 「医療班、『ソフィアー』を『鏡』から降ろすな! 鴻上、システムの再起動準備を!」
 私はマイクを掴んで医療班に告げ、オペレーターに指示をする。
 「え、再起動、ですか?」
 「そうだ。システムの緊急停止が原因なら、システムを再起動させて『ソフィアー』と偏倚立方体を接続すれば、蘇生するかもしれない。……疋田博士、宜しいですね?」
 「ああ、君の判断に任せる。それよりも、ここは私に任せて、君は現場に行きたまえ」
 「はい、失礼します!」
 私は返事もそこそこに、制御室を飛び出した。全速力で廊下を駆ける。
 「お願い……無事で……!」
 
 だが……姉さんが目を覚ます事は、無かった。


   続く。
目次へ戻る


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

伊集院観影SS 「夢物語」2 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる