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zoom RSS 伊集院観影SS 「夢物語」4

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

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 観影先生のお話、その4。

 長い休暇は続いている。

 私は上泉との話し合いの末、疋田博士たちを排除してプロジェクトの責任者となる事を了承した。だが、いくら時間が無いとはいっても、直ぐに事に及ぶわけにはいかない。色々と準備が必要であったし、デミウルゴスシステムの安全性も確認しておきたかった。
 そこで上泉は、疋田博士に起動実験を行なわせてシステムの安全性を確認し、実験が成功して油断しているであろう時を見計らって事を起こすように、と提案してきた。自分が状況を逐一連絡するので、その機会を待て、と。
 休暇中の私が何度も研究所に顔を出すと怪しまれるので、もろもろの段取りは上泉に任せて、私は自宅で待つ事にした。
 
 尤も、私としてもただ待っていたわけではない。
 これ以上、状況も解らないまま流される事態は避けなければならない。私は引越しの準備を進めながら(一人暮らしになってしまった私は、研究棟に隣接する職員寮へ移動するように言われていた)、上泉の話を様々な角度から検討していた。 
 奴が私に提案した話は、私にとってのデメリットが殆ど無かった。自らの手を汚せと言っている事くらいだ。では、交喙機関にとっては、疋田博士から私に乗り換える事にメリットが有るのだろうか?
 疋田博士から対外交渉を任されていた私は、自らの端末から様々なデータベースにアクセスする権利を持っている。それを利用して情報収集し、得られた結論は――誰であっても問題は無い、というものだった。
 疋田博士がデミウルゴスを使って自分の願いを叶えるといっても、即物的な願いを叶えるようなシステムではない。であれば、交喙機関にとっては誰が責任者であっても問題無いはずだ。交喙機関の望みは、散花蝕を研究する上で発展するであろう科学技術を利用して、利益を得る事なのだから。
 懐に入れてある携帯電話が鳴った。私は端末を捜査する手を止めて、電話に出る。
 『よう、元気か?』
 「問題無い。少なくとも、意気消沈して動けないという事は無いさ」
 『どうしてそう嫌味っぽい言い方をするかね。……まあ良い。起動実験の日程が正式に決定した』
 「いつだ?」
 『予定通り、明日の――いや、正確には明後日だな、午前一時だ。実験そのものは30分も経たずに終わるから、午前二時過ぎには、連中は自分の研究室に引っ込むだろう』
 「解った。では、その時に」
 『ああ。時間に遅れるなよ?』
 「解っている。……上泉」
 『何だ?』
 「……いや、何でも無い。そちらの準備こそ、しっかりと頼むぞ」
 口元まで出掛かった質問を、無理矢理に飲み込む。
 『はいよ。じゃあな』
 交喙機関にとって意味の無い事であるのなら、上泉が私を選んだのは、奴がそうしたかったからという事になるが……とりあえず、今は知らなくてもいいだろう。
 表向きの利害関係でもそれが一致している間ならば、奴は私を切ったりはしないだろうと思えた。胡散臭い事に変わりは無いが、今は、自分の人物評価を信じるしかない。

 そして、当日。
 私は目的の時間より少し早めに、デミウルゴスの管制室に顔を出した。研究棟に訪れた表向きの用事を終わらせる為だ。
 「まだ残っているのか。こんな時間まで、ご苦労だな」
 何気ない顔をしながら、オペレーターたちに話しかける。
 「あ、主任補佐、こんばんわ。実験が成功しましたからね。早いうちにデータを整理しておかないと」
 「あれ? 主任補佐、確か休暇の途中じゃありませんでしたか?」
 オペレーターたちが私に会釈してから、不思議そうな顔をする。どうやら一息入れていたらしく、その手元には珈琲が淹れられていた。
 「ああ、私も家で休んでいたんだが、今日の実験が成功したと聞いて、居ても立っても居られなくてな。……ああ、そうそう、これは差し入れだ」
 私は内心で深呼吸しながら、オペレーターの1人に紙袋を手渡した。
 「わあ、ありがとうございます!」
 「それで、だ。疋田博士から、実験データに目を通しておくように言われたのだが、今の時点で何が用意できるかな?」
 「え? そうですね。実験開始から終了までの、各数値データくらいですかね」
 「そうか。まあ、それで構わない。用意してくれるか?」
 「はい。……あ、こら仁美。1人で食べるな!」
 オペレーターの1人が、差し入れの紙袋から取り出した缶入りクッキーを開封し、中身を物色しながら取り分けている。
 「ははっ、食べるのは構わないが、今の時間にそんなに食べると……太るぞ?」
 「ングッ」
 咽喉を詰まらせたオペレーターの背中を軽く叩いてから、もう1人のオペレーターが用意してくれたデータを受け取る。
 「では、私は帰る。お前たちも、今日くらいは程々にしておけよ? ……間食もな」
 「は、はいっ」
 「お疲れ様でした」
 私は踵を返して、部屋の外にでる。扉が閉まる直前、オペレーターたちの会話が微かに聞こえた。
 「主任補佐、今日はやけに明るかったわね。吹っ切れたのかしら」
 「そうですね。……きっと、色々複雑なんですよ」
 ……確かに、少し軽口が過ぎたかもしれない。自分が緊張しているのを意識しながら、上級研究職の個人研究室が在る区画へと足を向けた。
 
 「よお、遅かったな」
 私が疋田博士の研究室近くまで来ると、刀を持った上泉が待っていた。今までの態度と変わらずに、飄々とした雰囲気を身に纏っている。これから人を殺そうというのに――実際に殺すのは私だが――何でこんな態度が出来るのだろう。もしかすると、この程度の修羅場には慣れているのかもしれない。
 「お二方は研究室で打ち上げの最中だ。もうじき出て来るんじゃないかな」
 「何でそんな事が解るんだ?」
 上泉に近寄って、小さな声で尋ねる。
 「中の話を聞いていたんでね」
 「なに? この研究棟は、盗聴対策はしっかりとされているはずだぞ」
 研究棟の建材には、電波を感知する素材が使われている。一定時間以上同じ場所から電波が発信されている場合、無人のセキュリティシステムがそれを感知して、自動で警備部に連絡するようになっていた。
 「ふふん。無線を使っていれば、そうだろうな」
 「有線だとでも言うのか?」
 「おっと、これ以上は秘密だ。今は余計な事は考えるなよ」
 上泉は肩を竦めて追求を受け流し、持っていた刀を私に向けて差し出した。
 「コイツが得物だ」
 「これは……!」
 それは、本実験で姉さんが使用する予定だった刀だ。気を利かせたつもりなのかもしれない。
 「俺は、周囲の見張りをしながら、『犯人』の用意をしてくる。……後はお前さん次第だ。奴らを殺るのも、ここから逃げ出すのも」
 私が返事をするのを待たずに、上泉は姿を消した。

 ――正直に言えば。私はここまで来ていながら、いまだに迷っていた。
 感情は、姉さんはまだ生きていると言う。姉さんを助ける為に、疋田博士を殺せ、と言う。
 理性は、姉さんは既に死んでいると言う。疋田博士を殺したところで、姉さんは帰ってこない、と。
 理性と感情が矛盾無く両立するのは70代になってから、と言ったのは孔子だったろうか? 勿論の事ながら、私にはそこまで待っている時間は無い。
 「こんな時、格好良い王子様でも居ればな……」
 思わず口に出して呟いていた。肩を竦めて苦笑する。姉さんの言葉が移ったのかもしれない。
 幼い頃、行方不明(神隠しと言われた)になった事のある姉さんは、独特の雰囲気を持っている事もあって、親戚中から疎まれていた。再婚をしたばかりの親は、自分たちの研究を行なう為に、私たちを親戚に預けてアメリカに渡ってしまった。疎まれているのを知っていながら、その親戚に私たちを預けて。
 幼かった私は、そんな事情が解らずにいた。家人から冷たい目で見られたり、周囲の子供たちから仲間外れにされたりする度に、姉さんに泣きついたものだった。
 そんな時、姉さんが語ってくれたのだ。――もう、ずっとずっと昔の事。

 「ねえ、みーちゃん。私には、すてきな王子様が居るのよ」
 「王子さま?」
 「うん。どんなピンチになっても必ず守ってくれる、格好良い王子様なんだよ」
 「ふ〜ん。そうなんだ」
 「だからね、今がどんなに大変でも、未来には幸せが待っているんだよ。どんな物語も、悪い人はやっつけられて、ハッピーエンドになるんだから」
 「いいなあ。わたしも王子さまが欲しい。その王子さま、わたしにちょうだい」
 「え〜? 駄目だよ。お兄ちゃんは、私の王子様なんだもの」
 「やだ〜。ほしい、ほしい〜」
 「う〜ん……。それじゃあ、みーちゃんも、みーちゃんだけの王子様を見つけないと」
 「どうやって見つけるの?」
 「簡単だよ。みーちゃんがすてきなお姫様になれば、王子様がいっぱい集まってくるんだから」
 「おひめさまには、どうやってなるの?」
 「みーちゃんはね、もうお姫様なんだよ。女の子は、生まれた時から、みんなお姫様なんだから」
 「え〜? でも、王子さま居ないよ?」
 「みーちゃんが、『自分はお姫様なんだ』って忘れなければ、いつかきっと、すてきな王子様が見つかるよ」
 「わたし、すぐに王子さまがほしいな〜」
 
 嬉しそうに語る姉さんを見て思ったものだ。羨ましい、と。
 でも結局、姉さんが『お兄ちゃん』と呼んだ王子様は現れず……まあ、私にも、王子様と呼べるような男は現れなかった。自分たちを守ってくれる存在が居ないなら、自衛するしか手段は無い。私は自分の王子様探しに見切りをつけて、姉さんと自分を守るために刀を取った。
 そう、私が剣術を始めたのは、姉さんを守るためだった。親の再婚相手の実家に頭を下げて、必死に学んだものだ。
 「……皮肉なものだな」
 深呼吸して心を落ち着かせながら、1人ごちる。
 姉さんを守る為の力だったのに――結局は姉さんを守る事も出来ず、仇を討つ為に刀を振るう事になるなんて。
 「仇を討つ、か……」
 私は理性を納得させた。姉さんが既に死んでいるのなら、仇討ちを行なう事は是である、と。考えが破綻しているような気もするが、それこそ、今更である。
 私は受け取った刀を抜いて、刀身を確認する。特に問題は無いようだ。返り血を浴びないように用意した白衣を纏い、その内側に刀を隠した。
 廊下の壁に寄り掛かりながら、疋田博士たちが現れるのを、じっと待つ。

 「さて、少しは仮眠をとらないといかんな」
 「そうね、流石に少し疲れたわ。あの主任補佐も、居ないよりは居た方が良いわね」
 疋田博士たちの声が聞こえた。
 私は刀を隠したまま、ゆっくりと歩を進める。マーシュ博士が私の存在に気が付いた。
 「あら? 伊集院さん。こんな時間にどうしたの?」
 どうやら、2人とも酔っているのだろう。突然現れた私を見ても、不審がる様子は無い。
 「……起動実験が成功したとの連絡が有りまして、祝辞を述べに参りました」
 「おお、そうかね。やっと、と言う感じだよ。これで私も、肩の荷が下りるというものだ」
 「おめでとうございます。……お2人とも、随分とお疲れのようですね。これからの事は私に任せて、ゆっくりお休みになってください」
 私は、隠し持っていた刀を表に出し、ゆっくりと鞘から抜く。刀身に反射した照明が2人の顔に当たり、そこでやっと、2人の顔色が変わった。
 「い、伊集院さん? 貴女、それはいった……」
 私はマーシュ博士に最後まで言わせずに、一気に踏み込んで斬りつける。鮮血が吹き上がり、マーシュ博士が崩れ落ちた。
 「ひ……っ」
 マーシュ博士の返り血を浴びた疋田博士が、引きつった顔をして後ずさり、廊下の壁にもたれかかる。
 「ま、待ちたまえ。一体何が……」
 私は無言のまま、疋田博士に向かって刀を振り下ろした。僅かに浅い。が、致命傷だろう。疋田博士は、壁に背中を預けたまま、ずるずると尻を着いた。
 「こんな……理不尽な……」
 微かな断末魔の声。私は疋田博士を見下ろして、その息が絶えるのを待つ。やがて、疋田博士の身体から、力が抜けた。
 「疋田博士。……死とは、いつだって理不尽なものです。貴方の順番が回ってきたというだけの事ですよ」
 死に方は色々と有るだろうけれど、その殆どが、納得のいかないものだろう。……姉さんは、どんな事を思ったのだろう。それとも、考える時間も無かったのだろうか。
 私は頭を振って、2つの死体に背を向けた。身体と心の両方が、『やり遂げた』という高揚感で満たされる。私はその熱を失いたくない一心で、早足で上泉の元に向かおうと、
 「なる……ほど……かた…き…うち…か……」
 「……!」
 私は、声にならない声を上げて、振り向く。
 「だが……む…いみ……」
 「……っ! ああああっ!!」
 その頭を、断ち割った。

 熱が、冷めた。
 冷静になった私は、変わり果てた姿になった疋田博士を見下ろす。
 胸を斬られた死体なら、まだ、人としての原形を留めているだろう。だが、頭を割られた死体は、人間には見えない。
 「っ……はぁ……」
 私は吐き気を堪えながら、廊下の壁に背中を預けた。必死になって呼吸を整えようとするが、辺りに満ちる血臭が、咽喉の奥まで絡まってくる。刀を握っている手が小刻みに震える。
 馬鹿な事をした。疋田博士は、確かに息絶えていたはずだ。幻聴に惑わされて刀を振るうなんて。
 人を……命を斬った事に、酔っていた。これが、殺めるという事。鶏を絞めるのとは違う。ただ、殺す為だけに殺す。
 「こりゃまた、派手にやったなあ」
 「っ!?」
 不意に背後から声が聞こえた。私は慌てて振り向いて、刀を構える。
 「おいおい、俺だよ。……無理かもしれんが、少し落ち着け」
 上泉が『犯人』を連れて歩いて来た。凄惨な現場を見て、僅かに眉を顰めている。私は刀を下げて、上泉の傍に寄った。
 「上手く誤魔化せるか? 自失している人間が、人間2人を切り倒すというのは有り得ないと思うが」
 私は血染めの白衣を脱ぎながら上泉に質問する。狂人が刀を振るったという『設定』を、すっかり忘れていたのだ。
 「まあ、何とかなるだろ。ああ、刀もそのままで良い」
 上泉は、受け取った白衣を『犯人』に着せる。『犯人』は催眠術にでもかかっているかのように、視線を宙に彷徨わせたままである。
 「おい、その男、大丈夫なのか?」
 「何言ってんだ。大丈夫じゃ無いから、こうなってるんだろ?」
 上泉は顎で『殺人現場』を指し示しながら、器用に肩を竦めてみせる。
 「あ……そうだな」
 馬鹿な事を聞いてしまった。私は抜き身の刀を上泉に渡す。上泉はそれを受け取ると、男の片手にしっかりと握らせた。
 「よし。……お前さん、後は適当に歩き回れ。それと、何も喋るんじゃないぞ」
 「……」
 男は軽く頷くと、ふらふらと頼りない足取りで歩き出した。
 「さて、と。それじゃあ、俺たちも場所を変えるか」
 「あ、ああ」
 一連の作業を見ていた私は、こんな事が出来てしまう上泉に対して、戸惑いを隠せずにいた。
 「どうした? いくぞ」
 数歩前を行く上泉が、私に声をかける。
 「……解った」
 「ふむ、とりあえずは、血の臭いを落とさなきゃな」
 上泉は、隣に並んだ私に顔を近づけて、その鼻を動かす。
 「嗅ぐな」
 その顔を、力一杯押してやった。
 「何だよ、その、つれない態度は。これから、ベッドの中までお供するって言うのに」
 「お前、どうしてそんなに軽いんだ。今はそんな場合じゃないだろう」
 私は、上泉の顔を思い切り睨みつける。
 「……深刻になってもらいたかったのか? 手が震えているじゃないか」
 上泉はいきなり私の手を掴むと、顔の前まで持ち上げてみせた。
 「お前には、これくらいで潰れてもらっちゃ困る。俺の期待を裏切るなよ」
 「……そうだな」
 私は上泉の手を振り解いてから、大きく深呼吸をする。どこまでが演技で、どこからが本音か。この男の真意を見抜くのは、それなりの経験が必要らしい。
 「上泉」
 「何だ?」
 「……これから、宜しく頼む。スマンが、とても眠れそうに無い」
 上泉はニヤリと笑った。何とも言いようの無い、スケベったらしい顔だ。――どう間違っても、コイツが私の王子様という事は無いだろうな。
 「お前、結構女好きなのだな」
 「そりゃ、美人を嫌いな男は居ないさ」
 「……ああ、それと。私の事は、観影で良い。いつまでも、お前とかアンタとか呼ばれたくは無いのでな」
 「良いぜ。……じゃあ、俺の事も信綱で良いぞ」
 「断る。男を名前で呼ぶのは好きじゃない」
 突き放すように言った私の言葉に対して、上泉は、何も言わずに肩を竦めた。
 私がこの言を翻す事になるのに、たいした時間は掛からなかった。



 ――転章――



 7月11日の夜。場所は――信綱と初めて会った、この中庭。
 「……やっと、ここまで来たわ」
 「……」
 「何故、何も言ってくれないの? これが、あなた方の望んだ事でしょう」
 盗み見た横顔には、曖昧な笑みが浮かんでいる。
 「俺の望みではない……『彼ら』の望みだ。だが」
 「……」
 「そうだな……俺の望みでもあるのかも知れないな」
 「『N』……」
 「なんだ、いつものように名前を呼んでくれないのか?」
 「貴方が……そんな名前であるはずがないわ。そうでしょう?」
 「……ホント、科学者ってのは融通が利かなくていけないよな。まあ良い、後はお前次第だ……俺は俺で、好き勝手にやらせてもらう」
 「……」
 信綱は、身を翻して一歩を踏み出す。そして、唐突に振り返った。
 「お前の望みは……なんだ」
 「『N』……私は……っ……」
 私が答える前に、否、答えを迷っている間に、信綱は去っていった。私はシステムに振り返り、偏倚立方体に向かって声をかける。
 「……ごめん、取り乱した……でも、もう少しだから」

 「もう少し……だから」



   終わり。
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