A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 月瀬小夜音 誕生日・掌編

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0





 月瀬小夜音の誕生日記念、掌編小説。
 蔵人と小夜音の間に子供が生まれて三年ぐらい経った、春の日差しが温かいある日の午後のお話。構想2週間、執筆1日。多少の事は大目に見てください。

 注意) やたらと甘ったるいお話なので、背中がかゆくなるかもしれません。



 登場人物。
 丸目蔵人……いわずと知れた、本編の主人公。
 月瀬小夜音……蔵人の妻にして、2児の母。夫婦別姓制度を使って、旧姓を名乗っている。
 月瀬弦一郎……小夜音の父。ラブラブカップルの夫婦。
 月瀬夕貴……小夜音の母。ラブラブカップルの夫婦。
 月瀬観影……蔵人と小夜音の娘。姉。
 月瀬夕人……蔵人と小夜音の息子。弟。


   幸せな一日 〜Dear Kiss〜


――――――――――

 ……私は、今、幸せですか?
 貴方の温かい手が、私の手を包む。
 ……私は、今、幸せですか?
 貴方の優しい声が、私の名を囁く。
 ……私は、今、幸せですか?
 貴方の澄んだ瞳が、私の顔を見つめる。
 ……嗚呼、それらのものを失おうとしている私は、今、本当に、幸せだといえるのでしょうか?

――――――――――
 
 月瀬邸のリビングで、蔵人は卓上に置かれていた小説を読んでいた。ページを捲る手が随分と遅い。まるで、読むのが苦痛であるかのように。

 「……駄目だな」

 蔵人はそう呟くと、手に持っていた栞を元のページに戻して、そっと本を閉じる。

 「あら、駄目ですか?」

 背後からの小夜音の声が、蔵人の耳に届く。その声に軽く肩を竦め、程よい温度に冷めた紅茶を啜ってから、蔵人は振り向いて答えた。

 「恋愛小説は肌に合わない。……悲恋ものは特にな」

 苦虫を噛み潰したような声に、小夜音は声を押さえて笑うのだった。

 蔵人が振り向いた時、小夜音はソファーに眠る幼い子供たちにタオルケットを掛けているところだった。
 蔵人と小夜音は子供と居る時間を多く取るようにして生活していたが、それでも、仕事が忙しくて中々会えない時もある。今日は久し振りに一家が揃い、両親と全力で遊んだ子供たちは、昼を過ぎた辺りで疲れて眠ってしまったのだった。

 「しかし、小夜音がこんな種類の本を読むってのは、意外だな」

 「そうでしょうか?」

 蔵人の問いかけに、小夜音は軽く首を傾げる。

 「最近は、外に出られなくなる事が多くなったので、自然、本を読む機会が増えましたからね……」

 出産を経て体が衰弱した事が原因ではあるが、小夜音の病は進行していた。勿論、後悔は微塵も無い。医者から宣告された小夜音の時間はとうに過ぎている。
 今はそう、人生における余暇のようなものだから。だからこそ、この『余った時間』を少しでも子供たちと居る事に費やしたい。そう考える小夜音だった。
 すやすやと眠る二人の子供を見ていると、蔵人から声が掛かる。

 「なあ……。小夜音も、その、こんな風に思うのか?」

 質問の意味が不明瞭だった。小夜音は少し考えて、栞を挟んでいたページの文章の事を言っているのだと気が付く。

 「さあ、どうでしょうか」

 「さあって、お前……」

 背後から呆れるような声が響くが、小夜音は振り向かず、何でもない事のように答えた。

 「分かりません。まだ、その時ではありませんから。そういう事は、もっと切羽詰った状態になってから考える事にします」

 「そうか。……そうだな」

 蔵人は納得したように頷くと、自分の方に振り向かない小夜音の顔を見る為に、その隣へと足を向ける。

 「何してんだ?」

 「寝顔を見ているのですよ。ふふっ、ほっぺがプクプクで、可愛い」

 小夜音は指先で子供たちの頬を軽く突く。起こさないように気を遣いながら、何度も頬をへこませていた。

 「あ〜、そりゃ柔らかいだろうなあ。どうせ、俺の面の皮は厚いよ」

 蔵人の声に、若干の嫉妬らしきものが混じっていた。その声を聞き逃さず、小夜音は傍らの蔵人を見る。蔵人はそっぽを向いていた。

 「あら? 蔵人ちゃん、ヤキモチでしゅか〜?」

 「何で赤ちゃん言葉なんだ」

 「ふふ、御免なさい。蔵人さんとゆっくり過ごす時間も、久し振りですものね」

 小夜音はそう言って笑うと、蔵人の頬を突いた。

 「別に、同じ事をしてくれとは言ってないだろ」

 拗ねたような蔵人の言葉に、小夜音は呆気に取られて目を丸くした。暫く考えてから、蔵人の顔に手を添える。

 「では、愛しい夫に相応しいものを」

 小夜音は蔵人の頬に手を添えると、顔を近づけて啄ばむようなキスをする。

 「物足りないな」

 「……っ、もう、蔵人さんたら」

 蔵人の『おねだり』に苦笑すると、小夜音は蔵人の正面に回りこんだ。その首に両腕を絡ませてから、唇にキスをする。

 「先のことは兎も角、今の私は、胸を張って言えますよ。『幸せだ』って」

 「そうか。……そうだな」

――――――――――

 「う〜ん……入り難いな。孫の顔を見ながら紅茶でも、と思ったのだが……」

 扉越しに室内の様子を窺いながら、弦一郎は呟いた。

 「遠慮しなくても良いではないですか。ああいうのは、他人に見られて恥ずかしがるところまでが、1つのお約束ですよ?」

 弦一郎と同じように室内の様子を窺っていた夕貴がそっと答える。

 「いやいや、それでは蔵人君が可哀想だろう。……同じ男として、それは勧められんな」

 夕貴は素直に扉を離れると、廊下の反対側に身体を動かして夫を手招きした。弦一郎はそれに従って移動し、徐に廊下の窓を開けて風を入れた。優しい春の風が、二人の気配を扉の前から散らす。

 「それにしても、懐かしいですね」

 「うん? 何がだね?」

 窓の外を眺める弦一郎の隣に立った夕貴が、窓の外の景色に目を細めながら言う。

 「小夜音が産まれた時の私たちも、あのような感じでしたから」

 「……さて、どうだったかな」

 弦一郎は首を傾げた。懐かしい記憶を呼び覚まそうと、目を閉じて考える。

 「あら、お忘れですか? 私が小夜音ばかりを構うものだから、弦一郎さんは随分と拗ねてしまって……」

 「……さて、どうだったかな」

 弦一郎はそらとぼけた。妻の言葉にその時の事を思い出してはいたが、それだけに妙に気恥ずかしい。しかし、夕貴はそれを見透かしたかのように、可笑しそうに弦一郎の顔を覗き込む。

 「仕方がありませんね。では、思い出して差し上げます」

 親子だからというわけではないだろうが、先程の小夜音と同じように、夕貴は弦一郎の顔に両手を添えて、その頬に顔を近づけた。

 「……ふふ、お髭がくすぐったいですよ、弦一郎さん」

 「……剃らんぞ」

――――――――――

 「なあ、小夜音……」

 「ええ、気が付いています」

 蔵人が小夜音に問いかけると、小夜音は困ったように肩を竦めた。

 「どうする?」

 「放っておいて良いのではないですか? 娘夫婦をダシにして、いちゃついているだけですから」

 母の事を『世界一尊敬する』と言って憚らない小夜音だが、流石に睦言の邪魔をされれば怒りもするのである。

 「しかしなあ、折角来てくれたのに」

 「……では蔵人さんは、『あの状態』の母を止められますか?」

 「……邪魔しちゃ悪いな」

 「ええ、そう思います」

 蔵人が月瀬の家に来てからも、気にすることなく目の前でいちゃつく親夫婦である。見てみぬ振りをするのが最も無難な対処法だった。

 「ま、仕方が無い。紅茶を淹れ直して待つとしようか。そんなに長くはならないだろ」

 「分かりました。蔵人さんは、座って待っていてくださいね」

 小夜音はもう一度軽いキスをすると、身体を翻してキッチンへと歩いていった。蔵人は小夜音の姿が見えなくなってから、子供たちの脇に腰を下ろしてその顔を覗き込む。

 「……」

 そっと指を伸ばして、頬を突く。確かに柔らかい。

 「平和なもんだ。……そうだな。今は、この幸せを享受するか……」

 蔵人は娘の頬を突きながら、そっと呟いた。



 この後、蔵人が頬を強く突きすぎた所為で、痛さで目を覚ました子供たちが大泣きをして騒ぎとなるのだが、それはまた別の話である。



 おわり
 目次へ戻る


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

月瀬小夜音 誕生日・掌編 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる