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zoom RSS 誕生日・六花編 

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

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     誕生日・六花編 〜秋の卒業式〜

 時は8月中旬。新東雲学園都市内の図書館。

 「さて、それじゃ始めるぞ」
 蔵人は閲覧室の奥にある机を占拠すると、勉強道具を机に広げ、六花に向かって差し出す。
 「イエッサ! 頑張ります!」
 ビシッと敬礼して、ノートを広げる六花。教科書を開いて、鉛筆を手に取る。だが……。

 「う…う〜ん……」
 「だからここは、この式を代入してだな……」

 「ぼえ〜……」
 「だから、shouldは普通「〜すべきである」か、って…これ、1年の問題だぞ」

 「ぬは〜……」
 「年表の暗記ぐらい、高校入試でもやっただろう?」

 「駄目だな、こりゃ」
 蔵人は両手を上げた。文字通り、お手上げである。その隣には、机に突っ伏して唸っている六花が居る。
 「あ〜、どうしたもんかな、こりゃ」
 「……さっきから見てたけど、一体何をやっているわけ?」
 「うおっ?」
 突然、後ろから声がかかる。机を回り込んで正面に立ったその人物に、蔵人は笑いかけた。
 「よお、久し振りだな、黒衣。それに、白衣も」
 「お久し振りです、蔵人さん」
 「ふ〜ん。割と元気そうじゃない」
 黒衣が机に突っ伏した六花を見て、皮肉っぽく言った。
 「う〜……へるぷみ〜」
 顔も上げずに唸る六花。
 「奇遇だな、白衣たちはどうしてここに?」
 蔵人の問いかけに対して、白衣は優しく、黒衣は呆れたように笑う。
 「蔵人さん、私たちはここの大学生ですよ。別におかしくは無いと思いますけど」
 「そっちこそ、何で図書館なんかに居るのよ。どう見たって、似合わない組み合わせよね」


 そもそも、何故、六花と蔵人は図書館に来たのか?
 簡単に言えば、テスト勉強の為である。

 観影の計らいで、六花は休学という形で学校に籍を残してあった。
 出席日数も観影が旨く細工して、六花が入院している日数を、そのまま『実験に参加してもらっている』日数として数えて、出席日数を誤魔化していた。
 だが、5年も経って高校2年生からやり直すのは、流石に可哀想じゃないかと相談した結果、テストを受けてある程度の水準に達すれば、卒業という事にしても良いという話になったのだ。
 ただし、そのテストの実施時期が9月12日なのである。残り時間は1ヵ月も無い。


 「……って訳で、勉強に来ているんだよ。でもなぁ」
 向かいに座った白衣たちに理由を話し終えて、苦笑しながら隣を見る蔵人。六花はまだ机に突っ伏していた。
 「六花の実力を舐めていたって訳ね」
 黒衣が鼻で笑う。
 「はっきり言うなよ……まあ、直ぐにどうこう出来る訳無いんだけどな」
 「蔵人さん、卒業に拘る必要はあるんですか? 時間をかけても良いなら定時制があるし、大学に入るのなら大検(大学入学資格検定)という手もありますけど」
 白衣の質問は尤もだった。
 「ん? まあ、将来の選択肢を広げるという意味でも、なるべくなら卒業の方が良いんだよな。ぶっちゃけ、給料の面で大分差が出るし」
 実際に社会人として仕事をしている蔵人は、白衣の上げた2種の方法と通常の卒業では、待遇に差があることを知っているのだ。
 「……随分と庶民的な理由ね」
 「そうか? ……まあ、その事を脇に置いておくとしても、やっぱり、ちゃんと卒業させてやりたいじゃないか。それに、観影さんに卒業証書を渡してもらいたいしな」
 「ふふ……恋人思いなんだ、蔵人さんて。ちょっと妬けちゃうな」
 白衣が羨ましそうに言うと、蔵人は照れたように目線を逸らしながら頭を掻いた。
 視線の先の六花がもぞもぞと動いて、顔だけを蔵人に向ける。横顔を机につけたまま情けない声を出した。
 「そのお気持ちはとっても嬉しいけど……無理ッス。絶対」
 「別に、3学年分を全部勉強しなくても良いんだぞ? 平均60点以上で良いって、観影さんも言っていたし」
 「でも〜、蔵人さんだって仕事があるし、ワタシ1人で毎日図書館に来て勉強なんて、出来っこないですよ〜」
 「おいおい、いきなり諦めるなよ。まだ初日だろ」
 六花と蔵人のやり取りを見ていた白衣が、仲裁するように声を掛ける。
 「あの……良かったら、私が勉強を教えましょうか?」
 「「「え?」」」
 その場に居た3人の声が重なる。
 「私、これでも教育学部ですから。それに、勉強を教えるのは、ちょっと自信が有ります」
 えっへん、と胸を張る白衣。
 「まあ、黒衣が白衣と同じ大学に入っているんだから、そこらへんは解るんだが……」
 「どういう意味よ、それ」
 「任せても良いのか? ……そっちも色々と忙しそうだけど」
 「無視すんなコラ」
 「構いませんよ。黒衣ちゃんで慣れていますし、他人に勉強を教えるのは、自分の復習にもなりますから」
 「ちょ、お姉ちゃんまで……」
 「スマン、宜しく頼む。俺は教師には向いていないらしい」
 「人の話を聞け!」
 話が終った時を見計らったように、ボーン・ボーンと時計が鳴り、12時を告げた。六花がむくりと身を起こす。
 「蔵人さ〜ん、栄養補給させて下さ〜い……糖が足りなくて、脳の活動が停止しました〜」
 「停止したら死んでるだろ……2人も一緒にどうだ?」
 「え? 良いんですか、蔵人さん」
 「ああ。これでも社会人だからな、ちょっとは余裕がある。……勉強を教えてもらう、ささやかな礼って事で」
 「ありがとうございます。ほら、黒衣ちゃん。いつまでも拗ねてないで、一緒に行こう?」
 「ふん、だ。……いいわよ、おもいっきり食べて、財布を空にしてやるんだから。ほら、六花も行くわよ」
 「ういっす。あ〜、お腹と背中がぺったんこ〜」
 六花と黒衣が、連れ立って歩いていく。その背中を見送りながら、白衣はさり気無く蔵人の隣に立った。
 「蔵人さん、質問なんですけど」
 蔵人を横目で見上げながら、小声で質問する。
 「ん? 何だ?」
 「急いでいる理由、他にもあるんですよね?」
 「……何で解った?」
 蔵人が、不思議そうに白衣の顔を見た。その顔が面白かったのか、白衣がクスクスと笑う。
 「さっき、『観影さんに』渡してもらいたいって言ってました。……観影先生、なにかあるんですか?」
 「……ここで仕事をするのは、来月の20日で終わりなんだと。アメリカの研究所に転勤だってさ」
 「そうですか……想い出、作ってあげたいですね」
 「ああ」


 あっという間に、9月12日。早朝に校舎の前で集まる一同。
 「良くここまで頑張りました、我が弟子よ! 貴女に教える事はもう何もありません!」
 「イエッサ! 今日までありがとうございました、教官!」
 「……なんだ、ありゃ」
 軍隊式で声を掛け合う六花と白衣を、呆れた顔で見る蔵人と黒衣。
 「蔵人は夜勤だったから知らないか。2人とも、昨日はあんまり寝てないみたいよ」
 「大丈夫かよ……てか、白衣でも、あんなにはじける事があるんだな」
 「ふ……あんなの、たいしたもんじゃないわ」
 自分達が大学入試をした時の事を思い出し、遠い目をして空を見る黒衣。
 「……そうなのか?」
 「お姉ちゃん、あれで結構押しが強いのよ。見知った相手だと特にね。そう、まさしくスパルタのような……」
 身震いする黒衣。深く突っ込んではマズイと悟った蔵人は、すかさず話を変える。
 「六花、忘れ物は無いか?」
 「うん、問題無いよ」
 六花が返事をして校舎の方を向くと、ちょうど、扉を開けて観影が出てくるところだった。
 「お早う、みんな。随分と早いな」
 「お早うございます、観影さん」
 「お早うございます。待ちきれなくて、来ちゃいました」
 「早く来たって、試験の開始時間は変えないんだがな……まあ、やる気があるのは良い事だ」
 観影は一同の顔を見渡して苦笑する。
 「よし、それじゃあ生徒指導室に行くか。準備は良いか?」
 「はい。それじゃ、行ってきますね」
 「おう、頑張れよ」

 それぞれに時間を過ごした蔵人たちが、日が沈みきった頃に再び集まる。そのまま暫く待っていると、刻限ちょうどに校舎の扉が開いた。
 「ただいま〜……」
 ふらふらになった六花が、足を引き摺りながら出てきた。その背後に観影が続く。
 「よう、お疲れ様」
 「やっぱり、1日で全教科を受けるのは無理があったみたいね」
 さすがの黒衣も、ふらふらになった六花の様子を見て、同情した声を上げた。
 「すまんな。こちらの都合に合わせてもらって」
 観影が軽く頭を下げる。蔵人は慌てて首を振った。
 「いや、無理を言ったのはこちらも同じですから」
 「まあ、さっと目を通した限りは、平均点を超えているようだからな」
 「えっ、本当ですか?」
 「結果は後日、正式にな。……今日はご苦労だった」
 観影はそれだけ言うと、背を向けて校舎に入っていった。
 「相変わらず、あっさりしてるわね」
 「六花さん、お疲れ様でした」
 「ふっ…燃えたぜ、燃え尽きた……真っ白にな……」
 「そうか。……さて、とりあえず、打ち上げにでもいくか」
 蔵人は、その場にへたり込みそうになる六花の腕を取ると、自分の肩に回す。職業柄か、随分と手馴れている。
 「ワタシ、ストロベリーフェアを希望します!」
 蔵人に寄りかかりながらも、元気一杯に主張する六花。
 「太るわよ〜。エネルギーの吸収効率、10代とは違うんだから」
 「う……」
 「あは。そういえば六花さん、この間の食事でも小食でしたよね」
 「そうなんだよね〜。5年も寝ていた所為か、胃や内臓がすっかり小さくなったというか……」
 「ドラム缶体形よりは良いんじゃない? くびれが出来てさ」
 「でも、今日は食べるのです! な〜に、多少食べ過ぎたって、夜に蔵人さんといっぱい運動すれば……」
 「下ネタ禁止!」
 黙って聞いていた蔵人が、六花の脳天にチョップを落とした。


 明けて、13日の夕刻。
 『丸目か? 私だ』
 「観影さん。……結果、出たんですか?」
 『ああ。合格だ。なかなかに頑張ったじゃないか』
 その言葉に、後ろに擦り寄ってきていた六花と、軽くハイタッチする。
 『そういう訳だから、次の日曜日…19日か、その日にでも証書を渡そうと思う』
 「あ、観影さん。実は、その件で1つお願いが……」

 「ふう……丸目も、相変わらずだな」
 通話を終えて携帯電話を畳んだ観影は、1人愚痴る。
 「だが、まあ……最終日だしな。多少の無理は利くか」
 アメリカに転勤と言えば聞こえは良いが、内容的には左遷と大差が無い。
 自分が管理・運営するプロジェクトで、意識不明の人間1人、重傷者2人を出したのだ。(しかも当時は、全員が未成年だった)責任を取らされるのは当然の事だった。
 今日まで職にしがみ付いていられたのは、誰かが自分の処分に異議を唱えたからだ。だが、心配事であった六花が目覚めた以上、ここに居る理由も無くなった。
 結果的に、自分への風当たりは強くなり、新東雲から追い出される事になってしまった。だが、その事に後悔は無い。今更、平日の夕方に教室を貸し切るぐらいは、どうとでもなるだろう。
 タバコに火を点け、深く吸い込む。
 「世話の掛かる教え子ほど可愛いと言うが……觀興寺には、ろくに勉強も教えていないんだが、な」
 苦笑して、紫煙を吐き出しながら呟いた。


 そして、9月20日の夕刻。
 「呼ばれたのは別に構わないけど、何だって月曜日な訳?」
 校舎の前で待ち合わせていた黒衣が、開口一番に質問した。
 「まあ、なんだ。……どうせなら、めでたい事は一緒に済ませちまおうと思って」
 「いやあ……実は、今日はワタシの誕生日でして」
 「そうなんですか? わあ、おめでとうございます」
 そんな事を言い合いながら、校舎に入って職員室へと向かう。
 「勝手知ったるなんとやら、っと」
 歩きなれた廊下を通り、職員室へと辿り着いた。ノックしてから扉を開け、返事を待って入室した。
 何人か見知った教職員がいる。その中に、転勤の挨拶周りをしている観影もいた。こちらに気がついて、声を上げる。
 「悪いがもう少しかかるんでな、先に教室へ行っていてくれるか?」
 「あれ、良いんですか?」
 「ああ、今日は早く帰るように言ってあるからな」
 「解りました」
 廊下を歩いていると、時折、遅くまで残っていた生徒とすれ違う。
 「う〜ん、懐かしいなぁ」
 「そうかなあ?」
 蔵人の言葉に、六花は首を傾げる。
 「そりゃ、六花の主観では、夏休み分位しか時間が経っていないもんな」
 「そうなんですよね。………実はワタシ、あの制服って着てみたかったんですよ」
 「……今着るのは止めておきなさいよ。水商売の人みたいだから」
 「それはそれで、蔵人さんが喜んでくれるかも……いえ、冗談です」
 蔵人に睨まれて、小声になる六花。
 「お、ついたぞ」
 蔵人が教室の前に立ち、扉に手をかけて一気に開く。
 夕日に照らされて赤く染まる、誰も居ない教室。
 妙な寂寥感を覚えた3人をよそに、六花が1人教室に入っていく。迷う事なく自分の使っていた机に向かい、椅子を引いて…そこで、そのまま動きを止めた。
 「どうした?」
 蔵人が近くによって、六花に声を掛ける。
 「うん……当たり前の話だけど、やっぱり『ここ』は、ワタシの席じゃないんだなって、思って」
 蔵人には判らない。だが、見慣れている場所の椅子を引いた六花には、やはり、その違いが判ったのだろう。
 「こういう、何でも無いところで気が付くんですよね……なんかワタシ、浦島太郎みたい」
 しんみりと呟く六花。
 蔵人は無言のままで、六花の頭に手を乗せた。
 「蔵人さん?」
 蔵人は、六花の声を無視すると、おもむろに六花の頭をかき混ぜ始めた。
 「うひゃ? 何ですか蔵人さん! セットしてきたのに乱れちゃいます!」
 蔵人は手を動かしながら、怒ったように言う。
 「浦島太郎が地上に戻ったときには、知り合いは誰も居なかった。六花はどうなんだ?」
 「う……ごめんなさい、もう言いません。だ、だから、手を止めて〜」
 「ったく。罰当たりな事を言うなよ。ほら、白衣と黒衣も困ってるだろうが」
 六花がそちらに目をやると、確かに困惑した表情をしている。
 「ち、違いますよ〜。蔵人さんの奇行に驚いているんですってば〜」
 「何が奇行だ!」
 「白衣ちゃんも、黒衣ちゃんも、とっても素敵なオトモダチです〜。だから、手を止めて〜」
 ふんっ、と鼻息を鳴らして、手を離す蔵人。
 苦笑した黒衣が2人に近づく。手に持った鞄の中から櫛を取り出すと、六花の後ろに回って髪を整え始めた。
 「全く持って奇行よね。女の髪はもっと優しく扱いなさいよ」
 「なにい?」と声を上げた蔵人を無視して、手を動かす黒衣。
 「……それと六花。少なくともアンタには、こういうことをしてくれる人間が居るって、覚えておきなさいよ」
 夕日以外の理由で赤くなった顔を誤魔化す為か。黒衣は、驚いて動きを止めている六花の髪を梳き続けた。
 「ふふ………。そうだ、良い事を思いつきました」
 そんな様子を微笑ましげに見ていた白衣は、黒板の前に移動して、チョークを手に取る。背を伸ばして、黒板に大書した。



     觀興寺六花 卒業式



 「うわ……それ、恥かしいよ〜」
 「良いじゃないですか。写真を取るのなら、それなりの背景が必要でしょ?」
 六花の抗議もどこへやら。白衣は愉しそうに笑いながら、黒板に絵を書いていく。
 白衣と黒衣の手は、観影が教室に入ってくるまで動き続けた。
 「待たせたな」
 扉を開けて入ってきた観影は、黒板に書いてあるモノを横目で見たが、軽く肩を竦めただけで何も言わなかった。
 「ほら、席に着け……と言うのも、変な感じだな」
 それはそうだろう。教師1人、卒業生1人、列席する父兄は3人。なんとも寂しい。
 「まあ良い、始めるとしよう。……觀興寺六花」
 「はい!」
 観影の呼びかけに、元気良く返事をして立ち上がる六花。教壇を回りこんで、観影の前に立つ。
 「觀興寺六花殿。貴女は高等学校の課程を修了したので、これを証します」
 観影は主文を簡潔に読み上げると、証書を反転させて六花に差し出す。六花は、右手・左手と差し出して、その証書を受け取った。
 「はいそのまま。写真を取るわよ」
 黒衣がデジタルカメラを構えて、その瞬間を撮った。
 「む? なんだ、写真を取るのだったら先に言っておいてくれ。そうすれば、化粧なり服装なりを、もう少し良いものに……」
 観影の呟きは蔵人と白衣の拍手によって掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 何枚か写真を取った一同は、部屋を整理してから廊下に出る。
 「今日は、本当にありがとうございました」
 六花が観影に頭を下げる。
 「なに、構わないさ。私にとっても良い想い出になった。……ふふ、ようやく肩の荷が下りた」
 「う……重たい荷物で申し訳ありませんでした」
 「うん? そうでもないぞ。何しろ、觀興寺の重さは、丸目が1人で背負っていたようなものだからな」
 観影の脳裏に、進路相談で訪れたときの、思い詰めたような蔵人の姿が浮かぶ。その重さに潰されずに済んで良かったと、心から思っていた。
 「……さて。私はそろそろ行こう。もう会う事も無いだろうが、皆、元気でな」
 観影は簡潔に言って、一同に背を向ける。
 「あっ、観影さん!」
 蔵人は、「これで終わり?」と思った為か、反射的に声を掛けていた。だが、怪訝な顔で振り向く観影に、掛ける言葉が見つからない。
 暫くの沈黙の後。
 観影は何を思ったか、右手の人差し指を立てて、「チッチッ」と左右に振って見せた。
 「丸目には、前にも教えたな。……学校内では、観影セ・ン・セ・イ」
 「……ははっ。……観影先生、今まで、お世話になりました!」
 昔、そんな会話があった。場所も同じ、この教室の前だった。そんな事を思い浮かべたら、自然と頭が下がった。六花たちも、蔵人に倣って頭を下げる。
 「……ああ、こちらこそ。……では、な」
 観影はそれだけ言うと、背を翻して、颯爽と歩いていった。

 「ハア……観影さんは、クールで格好良いですよね……」
 うっとりとした表情で呟く六花。
 「真似しようったって、六花には無理よ。なによりもまず、背が足らないもの」
 「酷いっ! 夢を一瞬で砕かれた!」
 そんな会話を交わしながら、校舎を出る。日は完全に沈み、周囲は暗くなっていた。
 「食事はどうする?」
 蔵人の問いかけに、黒衣を手で制してから、白衣が答える。
 「私たち、今日はこれから用事があるんです。それは、次の機会にお願いしますね」
 「そうか。じゃあ、ここでお別れだな」
 「はい。……写真のデータは、メールで送っておきますので」
 「ああ、宜しく頼む。それじゃあな」
 「白衣ちゃん、黒衣ちゃん、またね〜」
 白衣たちは軽く会釈して、歩いていく蔵人たちを見送る。
 「……お姉ちゃん、用事なんて無かったよね?」
 「うん。でも、気を遣ってあげなきゃ。今日は誕生日だって言ってたじゃない」
 「そうね」
 蔵人たちの背中が見えなくなってから、白衣たちも歩き始める。
 「……結婚式に着ていく服装、用意しておかなくちゃ」
 白衣の発言に、驚いて足を止める黒衣。
 「な、なに、お姉ちゃん。結婚って、誰とするの?」
 「もう……私じゃないよ、蔵人さんと六花さん」
 「え?」
 「気がつかなかったの? 黒衣ちゃん、写真を取っていたのに」
 白衣はそう言いながら、鞄の中のデジカメを取り出して、目的の写真を液晶に写す。
 「ほら、これ」
 それは、証書を受け取ったときの写真。向かって左が観影、右が六花である。両手を差し出して証書を受け取る六花。その左手の薬指に。
 「あ……」
 「ね?」
 「なるほどね。……って事は何? 蔵人の奴、誕生日とプロポーズと卒業式、全部纏めちゃったわけ? ムードってもんを考えなさいよね」
 「でも、3つも素敵な事があったら、きっと一生覚えていられるよ」
 「……まあ、インパクトはあるわよね」
 嬉しそうに言う白衣に、肩を竦めながら同意してみせる黒衣。
 「卒業式か……あ〜あ、蔵人さんへの思いも卒業しなきゃ……」
 夜空を見上げながら、溜め息と共に思いを吐く白衣。その言葉に、黒衣は先ほど以上に驚いた。
 「ええっ? お姉ちゃん、蔵人、えっ、マジで?」
 黒衣の慌てぶりを横目で眺めながら、クスクスと笑う白衣。
 「ほら、早く帰ろう? お姉ちゃん、お腹がすいちゃった」
 「ちょ、待ってよ。その前に、今のって本当なの?」
 「さ〜て、どうでしょうか?」
 「お姉ちゃ〜ん!」


 「にょふぉふぉふぉふぉ……」
 「変な笑い声だな……」
 手を繋ぎながら歩いていると、六花が気味の悪い笑い声を出した。
 「いや〜。こうやって手を繋いでいると、結構判るものなんですね。指輪の感触って」
 今日嵌めたばかりの指輪は、まだ、指に馴染んでいない。きっと、結婚するという実感と共に、少しずつ馴染んでいくのだろう。
 「うぇっへっへっへっへ……」
 「やめろって」
 頬が勝手に緩む、というやつである。簡単に止まるものではない。
 「とりあえず、お袋さんに挨拶に行かなきゃな」
 蔵人の言葉に、六花の足が止まる。
 「どうした?」
 「や、まあ……今更かな〜なんて。今だって、蔵人さんと一緒に生活しているわけだし」
 「必要な事だろう? 退院してから、一度しか会って無いじゃないか」
 「うん……でもね、なんていうか、一度絡まった糸は簡単に解けないというか。なんて言えばいいか、良く分からなくって」
 「そんなに気にするような事じゃ無いと思うけどな。拘りは有るだろうけど、お袋さんだって同じ思いの筈だぞ」
 蔵人は六花が入院中の間、何度も見舞いに訪れている六花の母親と顔を合わせている。似たもの同士の親子なのだと蔵人も理解していた。……お互いに気を遣うところも含めて。
 「何を言うかなんて、簡単だよ」
 「え?」
 にやりと笑う蔵人を見て、六花が不思議そうな顔をする。
 「ほら、言わなきゃいけないだろ? 『お嬢さんを俺に下さい』ってやつをさ」
 ぽかん、と呆気に取られる六花。蔵人は、六花と繋いだままの手を軽く握る。
 「……あはは、そうですね。私も見てみたいな。お祖父ちゃんが居れば、『お前になんぞ孫はやらん!』とか言われてたかも」
 六花は軽く苦笑しながら、蔵人の言葉に乗った。蔵人は、「俺も一緒に会いに行くから」と言ってくれているのだ。
 六花は蔵人の手を軽く引いて、歩を進める。一緒に歩いてくれるなら、これほど頼もしいことは無い。
 「……ああ、それなら大丈夫だ。爺さんには、前もって了承してもらってる」
 「なんと? いつの間にか、ワタシは蔵人さんに売却済み?」
 「わはは、爺さんには、洗いざらい喋らされちまったからな。あんな事とか、こんな事とか」
 「ど、どんな事ですか?」
 蔵人は、空いている左手で六花の頭を撫でながら、言葉を続ける。
 「はは……まあ、いつまでも、同じところに留まっては居られないんだ。これからは、2人3脚でゆっくりと行こうじゃないか」
 「……そうですね。ゆっくりと、確実に。一歩ずつ進みましょうか」
 『ぐう〜っ』
 六花の腹が、ものすごい音を出した。思わず顔を見合わせる。
 「はは……本当、シリアスが続かないなあ、六花は。……それじゃあ、まずは、ファミレスに向かって」
 「えへへ……一歩ずつ、進みましょうか!」

 そう。どこまでも、どこへでも。
 2人で笑い合いながら、仲良く手を取り合って歩いていく。
 
 



 おわり

 ひとことあとがき。

 「一度絡まった糸は簡単に解けない」
 逆に考えると、簡単には解けないほどの絆が結ばれているってことで。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 ああ、いい感じですねえ。
 りっちゃんとは、友達のような感覚で付き合えそうです。でもしっかり恋もすると。

 未来へ向けて一歩ずつ。微笑ましくて、心の温かくなるお話ですね。(^^;

 ……しかし、私本家様の方で確か、「観影センセはカッコいい」てな感想を書き込んだと記憶してるんですけど、よく考えたらこのときのセンセの年齢はすでに三……おやこんな時間に誰か来たようだ。(爆)
aki
2008/11/29 23:42
 月の出ている夜ばかりだと思うなよ……と観影さんが言ったかどうかは分かりません(笑)

 
A-O-TAKE
2008/11/30 16:58
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