A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 誕生日・中条姉妹編〜次の物語へのインテルメッツォ〜

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

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 幼い頃は、よく星空を眺めていた。
 別段、星が好きだったわけではない。星々を線で繋いで形を想像するのは、眠れない夜には丁度良い暇潰しだったからだ。
 夜空を眺め続けて何年か経つと、自分の誕生日が近づく頃に、流れる星が多くなるのを知った。
 流れ星が消えるまでに願いを三回唱えられれば、その願いは叶う。
 その話を知った時、誕生日の頃に流れる星は、きっと自分へのプレゼントなのだろうと思った。
 これだけ多くの流れ星があれば、一つぐらいは自分の願いを叶える星もあるだろうと。――残念ながら、ただの一度も三回唱える事には成功しなかったが。
 やがて彼女は成長して、その頃に流れる星々が『オリオン座流星群』という名前である事を知り、願いが叶う流れ星の話は、他愛の無い御伽噺と知った。
 そして彼女は、今年の誕生日も星空を眺める。幸せを守る為に努力する事を、流れる星に誓う為に。


 蔵人、白衣、黒衣の三人は、黒衣を中心にして身を寄せ合い、満天の星空を眺めていた。
 「あっ、また流れた!」
 「何っ、どこだ?」
 「え〜、またお姉ちゃんなの?」
 10月23日、日曜日。
 六花と冬芽を交えての、双子の誕生会が終わった後の事。
 アルコールが入って興が乗っていた事もあったのだろう。白衣の「流れ星を見たい」という言葉に従い、三人は寮の屋上に来ていた。
 白衣の誕生日が終わるまであと数分。星の輝く夜空の中に、流れ落ちていく星が目立つようになった。
 オリオン座流星群。10月20日頃に極大となるこの流れ星たちは、ベテルギウスの見える方角から、夜空に拡がるように流れていく。
 本来は東京の夜空でそれほど多くの流れ星を見る事は出来ないのだが、今年は状況が違っていた。
 天空へ打ち上げられた重力波が、東京近辺の大気に含まれる塵(大気汚染の成分)を一緒に吹き飛ばしたのだ。
 大気の澄んでいる東京の夜空に浮かぶ星は、地上の灯火に負ける事無くその存在を主張している。後2ヶ月もすれば元の汚い空気に戻ってしまうのが、残念といえば残念だった。
 「あ、また見つけた!」
 「くそう、これじゃ白衣の1人勝ちだな」
 「……賭けなんてするんじゃなかった」
 流れ星を一番多く見つけたら、他の二人にお願いを聞いてもらう。誕生日の余興として、白衣はそんな賭けを提案していた。
 白衣は酔っているせいで、流れ星の発見が『自己申告制』であるという事を、すっかり忘れているようだ。
 蔵人は二人の為に、黒衣は姉の為に、流れ星を見つけられない『ふり』をしていた。
 「……首が痛くなった」
 呟いた蔵人が、視線を降ろして腕時計を見る。日付が変わっていた。
 黒衣に気が付かれないように腕を伸ばし、白衣の肩を突付いて知らせる。二人で息を合わせて、隠し持っていたクラッカーを鳴らした。
 「「ハッピーバースデー、黒衣」ちゃん」
 パンパン、という派手な音と共に、祝福の声を上げる。
 「わっ!? ……もう、驚かさないでよ」
 憎まれ口を叩きながらも、嬉しそうに笑う黒衣。その頬に、両側からキスがプレゼントされた。
 「さて、そろそろ部屋に戻るか。明日は学校だしな」
 「そうですね。遅刻したら大変ですから」
 蔵人が照れ隠しに呟き、白衣が応じる。誰からとも無く立ち上がって、階段に向かって歩き始めた。
 「……そういえばさ。お姉ちゃん、何か願い事とかしたの?」
 黒衣は名残惜しそうに夜空を一瞥しながら、白衣に向かって尋ねた。
 「したよ。……みんなで幸せになれますようにって」
 「そっか」


 幼い頃は、よく星空を眺めていた。
 別段、星が好きだったわけではない。修行で痛めた身体が眠るのを拒否するので、姉に付き合って眺めていただけだった。
 夜空を眺め続けて何年か経つと、姉が流れ星に願い事をしている事を知った。
 流れ星が消えるまでに願いを三回唱えられれば、その願いは叶う。
 その話を知った時、そんな事はあり得ないじゃないかと鼻で笑った。直ぐに落ちるだけの星に願っても、願いも一緒に墜ちるに決まっているだろうと。ひねくれた子供心でそう思った。
 本当は、姉が自分以外のモノに心を許すのが気に喰わなかっただけ。あんなモノに願うより、自分に願ってくれた方が良いのに、と。――残念ながら、盗み聞いた願いはどれも叶える事は出来なかったが。
 やがて彼女は成長して、姉の願いを乗せた星々が『オリオン座流星群』という名前である事を知り、願いが叶う流れ星の話は、他愛の無い御伽噺と知った。
 そして彼女は、今年の誕生日も星空を眺めた。姉の願いを叶える事を、流れる星に誓う為に。
 今年こそは叶えられるだろう。今の自分には、心強いパートナーが居るのだから。

 だが、世の中には、どんなに努力をしても変えられない事がある。
 結論から言おう。客観的に見て、白衣は幸せになれなかった。秋の夜風に当たりすぎて、風邪を引いたからである。



 〜次の物語へのインテルメッツォ〜



 「……けほっ、けほっ……」
 白衣は咳き込みながら思う。流れ星さんの意地悪、と。
 「……38℃。風邪だね、お姉ちゃん」
 白衣から体温計を渡された黒衣が、神妙な面持ちで言った。
 「うん……そうみたい」
 白衣は身体をベッドに横たえて、黒衣の顔を見ながら言葉を続ける。
 「朝御飯、作れなくて御免ね。今日は蔵人さんと二人で食べて」
 「え、お姉ちゃんはどうするの?」
 「うん、私、今は食欲が無いから……」
 「駄目だよ、ちゃんと食べないと」
 黒衣は台所に立ち、冷蔵庫や鍋の中を物色し始める。
 「あ、味の濃いのとか、駄目だから……。それより、タオルを濡らしてくれないかな」
 黒衣の料理の腕前を知っている白衣は、さりげなく黒衣の意識を逸らした。
 「あ、そうだった」
 黒衣はタオルを濡らすと、ベッドの傍に戻って白衣の額にそれを乗せる。
 ひんやりとした感触が気持ち良い。口元を緩めながら白衣は言う。
 「それより、蔵人さんの所に行かないと。黒衣ちゃんが行かないと、蔵人さん、いつまでも待ちぼうけだよ?」
 「……分かった」
 反論しても時間の無駄と悟った黒衣は、素直に頷いて立ち上がる。
 「何かあったら電話して。直ぐに戻ってくるからね」
 枕元に置いてあった自分の携帯を掴むと、軽く身嗜みを整えてから扉を開ける。廊下に出て、そっと扉を閉めた。
 暫く、部屋の中の様子を窺う。白衣が起きだす気配は感じられない。
 「……よし」
 黒衣は軽く頷くと、蔵人の部屋に向かって全速力で駆けていった。

 『ざしゃあああっ』と横滑りしながら、蔵人の扉の前で止まる黒衣。ドンドンと扉を叩きながら蔵人を呼ぶ。
 「ほら、さっさと起きなさいよ、一大事なんだから!」
 ややあって、寝ぼけ眼の蔵人が扉を開けた。
 「……なんだよ、朝っぱらから」
 黒衣は、眉を寄せて咎める蔵人の声を無視して、その腕を引っ張った。
 「お姉ちゃん、風邪引いちゃったのよ。ほら、さっさと食堂に行くわよ。早く食べて、早く部屋に戻らなきゃ」
 「ちょっと待て。白衣が風邪を引いた? 何で?」
 蔵人は黒衣の腕を引っ張り返して尋ねた。たたらを踏んで後ろに倒れる黒衣の背中を、蔵人が受け止める。
 「何でも何も、昨日の夜が原因でしょ」
 蔵人の両腕の中に納まった黒衣は、振り向いて一気に言った。
 「せめて、コートか何かを羽織ってくれば、夜風を防げたのに」
 「あ〜、そうだったな……。気が回らなかった」
 「そんなこたどうでも良いのよ。ほら、さっさと行くわよ」
 蔵人はポケットに財布が入っているのを確認すると、開いている手で自室の鍵を閉めた。そうしながら、思い出したように尋ねる。
 「ところで、白衣の朝食は?」
 「食欲が無いからいらないって。駄目だって言ったんだけど」
 「そうか。……よし、予定変更だ。俺がお粥でも作ろう」
 「………………」
 眉を寄せて、胡散臭げに蔵人の顔を見る黒衣。
 「ちょっと待て、何だその顔は。お粥ぐらいちゃんと作れるぞ」
 「……あたしへの当て付け?」
 「そんなわけあるか。ほら、コンビニに行くぞ」

 30分後。双子の部屋で鍋を振っていた蔵人は、完成した粥を黒衣に見せた。
 「どうだ。俺だって、これぐらいは出来るぞ」
 自信満々に言う蔵人に対し、黒衣は「何コレ?」といった顔をする。
 「……これ、本当に食べられるの?匂いは、まあ、悪くないけど」
 それを見慣れない黒衣にとっては、白の中に茶色の浮かぶ、見た目の悪いスープもどきにしか見えない。
 「失敬な奴だな。……まあ良い。白衣、身体を起こせるか?」
 蔵人はお盆の上に鍋を乗せて、ベッド脇へと向かう。
 「はい、なんとか。あ……これ、ポリッジですか? 蜂蜜の匂いがする……」
 ベッドの上で身を起こした白衣は、蔵人の持ってきた鍋を見て声を上げる。
 「名前は忘れたが、オートミールのミルク粥だ。察しの通り、蜂蜜入りだぞ。熱いから気を付けてな」
 蔵人は鍋から椀に粥を移し、白衣に差し出す。だが、何故か白衣は椀を受け取らない。
 「どうした?」
 「……あ〜ん」
 大きく口を開ける白衣。
 「……は?」
 「ですから、あ〜ん」
 「いやいやちょっと待て。何故そんな事をしなきゃいかん。ほら、黒衣も見てるぞ」
 「昨日の賭けの結果、ここで使わせてもらいます。……あ〜ん」
 「むう……」
 蔵人は、黒衣の恨めしそうな、それでいて羨ましそうな視線を背後に感じながら、不承不承レンゲで粥を掬い、白衣の口元に運ぶ。
 「……あは、美味しいです。甘くて、優しい味」
 「まあ、気に入ってもらえて良かったよ。それよりも、ほら……」
 後は自分で食べろと、レンゲを差し出す蔵人。
 「仕方が無いですね。この辺で勘弁してあげます」
 白衣の言葉にほっと胸を撫で下ろす蔵人だった。
 「お姉ちゃん、あたしも食べてみて良い?」
 黒衣が遠慮するような声で言う。黒衣が始めて見るソレは、どんな味なのか想像出来なかったらしい。
 「うん。はい、あ〜んして」
 先ほど僅かに覗かせた嫉妬心への配慮なのか。白衣はレンゲを差し出して黒衣を促した。黒衣は素直に口を開け、ソレを頬張る。
 「……ホントだ。美味しい」
 「はっはっは、恐れ入ったかね黒衣クン。これが俺の実力だよ」
 「偉っそうにまあ……」
 そんな二人の会話を聞きながら、白衣はそっと微笑む。
 (不思議だな……。蔵人さんが居るだけで、風邪を引いた事も愉しく感じるなんて)
 「あ、お姉ちゃん、何笑ってるの?」
 「ううん、何でも無いよ。それより、二人の朝御飯はどうするの?」
 「あ〜、そうだな。とりあえず食堂に行くよ」
 「そうね。あたしもそうする」
 取り急ぎ、粥の材料だけ買って帰ってきた二人は、弁当を買うというところまで思考が回らなかったらしい。黒衣の 言葉に、蔵人は顎に手をやりながら考える。
 「黒衣。とりあえずお前だけ、先に行ってこいよ」
 「え? 何で?」
 「白衣の傍に、一人付いていた方が安心だろう」
 「……そうだね。でも、病人相手に変な事しちゃ駄目だからね?」
 「俺を何だと思ってるんだ」
 「もう、黒衣ちゃんたら。……そんなに心配なら、早く食べて早く帰ってくればいいでしょ?」
 苦笑しながら言う白衣。
 「解った。30分で帰ってくるから」
 言うが早いか、黒衣は部屋を飛び出していった。

 食堂へ着いた黒衣は、並んでいる料理を選びながら、トレイへと乗せていく。
 (お粥か……。蔵人の作ったやつ、結構美味しかったな)
 味比べでもしてやろうと思い、粥の椀を手に取って、テーブルの方へと向き直る。空いている席を探そうと視線を巡らすと、知った顔が手を上げているのが見えた。
 「あれ……。圭に小夜音じゃない。何でここに?」
 この場に居ない筈の二人が、仲良く並んでお茶などを飲んでいる。他に席を探すのが面倒な黒衣は、招かれるままにそちらへと向かった。
 「おはようございます、黒衣さん」
 「おはよう、黒衣ちゃん。久しぶりだね」
 「ん、おはよ。……で、なんだって二人はここに居るわけ?」
 「再会の挨拶がそれかい? 酷いなあ」
 黒衣のあっさりとした物言いに、圭は肩を竦めて苦笑する。
 「僕と小夜音さんは……まあ、仕事でね。折角東京に来たんだから、皆に会っていこうと思って待ってたのさ」
 「この時間になっても皆さんの顔が見えないものですから、連絡せずに来たのは失敗だったかと考えていたところです」
 「そう。……急いでるんで、食べさせてもらうわね」
 トレイを置いて椅子に座った黒衣は、頂きますと手を合わせてから、食事を平らげていく。
 「ところで、白衣ちゃんや蔵人は? 喧嘩でもした?」
 「そんなわけ無いじゃない。お姉ちゃん、風邪引いちゃってさ。今は蔵人が面倒見てるの」
 「まあ……具合の方は?」
 「ん〜、お粥は普通に食べていたみたいだから、それほど酷くないと思う」
 黒衣の説明に、圭と小夜音はホッとした様子を見せる。
 「それにしても、風邪か。珍しいね。……何か、妙な事でもしたのかな?」
 「「妙な事?」」
 圭の言葉に、黒衣と小夜音が揃って首を傾げた。にやりと笑って言葉を続ける圭。
 「ほら、昨日は誕生日だったんでしょ。……誕生日プレゼントだ〜、とか蔵人が張り切っちゃって、みんな裸で眠っちゃたりとかしたせいで、とか」
 「不潔ですわ、二人一緒にだなんて……」
 「……! あ、危ない、吹き出すとこだった」
 慌てて口を抑えた黒衣は、口の中のものを飲み込んでから、圭と小夜音を睨んだ。
 「朝っぱらからする話じゃないでしょ! 大体、もっとちゃんとした理由があるわよ!」
 他人に聞かれたんじゃなかろうか、と周囲を見回しながら、昨夜の顛末を説明する黒衣だった。

 「ふうん……。なんともまあ、ロマンチックな原因だねえ」
 「なるほど。流れ星への願い事を、人に聞いてもらおうという事ですか」
 説明を聞いた二人は、それぞれ感想を口にする。
 「でも、主観的に見ると、白衣ちゃんは幸せじゃないのかなあ」
 「そうですね、私もそう思います」
 「え、何で?」
 「だって、今は蔵人が付きっ切りで面倒を見ているんでしょ?」
 「む、そういえばそうね。蔵人が作ったお粥、美味しそうに食べていたし。……ご馳走様」
 説明と同時に食事を終えた黒衣は、もやもやとした気持ちを抱えながら、お茶を飲んで一息吐く。
 「ふうん。どんなお粥を作ったの?」
 蔵人の作った、というのに引かれたのだろうか。圭が尋ねる。
 「オートミールのミルク粥」
 「へえ……。ハーファーフロッケンズッペなんて、蔵人、そんなの知っているんだ」
 圭が意外そうな顔をした。地元である欧州と違い、日本の食事の風景ではあまり見かけていなかったからだ。
 「え? 何それ。お姉ちゃんは、ポ……何とかって言ってたけど」
 「直訳すると、オーツ麦のスープ、って意味なんだけど。そっか、どっちかと言うと、アメリカ流なのかな」
 うんうん、と一人で納得している圭。
 「でも意外ですね。こういう時は、黒衣さんがお粥を作りそうですが」
 「う」
 小夜音の何気無い問いに、黒衣の動きが止まる。
 「ああ、なるほど。黒衣ちゃん、料理が苦手なんだ」
 「うん……。全然駄目。今までお姉ちゃんに任せっきりだったから」
 圭の言葉に素直に頷く黒衣。その態度に、圭と小夜音は顔を見合わせた。
 「何か、ありましたか?」
 小夜音が優しく問い掛ける。
 「ん……? 大した事じゃないの。ただ、ちょっと……」
 「なるほど。自分で面倒を見てあげられないのが悔しい、とか思ったわけだ」
 「うん……そうなのかな?」
 自分の中で纏まっていなかった考えが、圭の言葉で形になった。
 「なんで私はこうなのかなって思っちゃうのよね」
 「う〜ん……、強いて言うなら、やっぱり経験の差かな」
 「それは良く分かってるわよ」
 聞かなきゃ良かった、と呆れ顔になる黒衣。
 「圭さんたら、上がった株を直ぐに自分で下げるなんて………」
 苦笑した小夜音が、黒衣に向き直って言葉を続ける。
 「まあ、圭さんは直接的な助言は言いませんから」
 「助言以前の問題だと思うけど」
 ぶすっ、と不貞腐れて言う黒衣。
 「ふふ……。それでは、僭越ではありますが、私から一言。……黒衣さん。座して流星に願うだけでは、幸せは訪れませんよ」
 「……忠告は聞いておくわ。要するに、努力しろって事でしょ。じゃ、あたしは部屋に戻るから」
 溜め息を吐きながら席を立つ黒衣。
 「あら、一言で纏められてしまいました」
 「小夜音はさ、真正面から一刀両断するような物言いの方が似合うわよ。……もうちょっと待ってたら、蔵人が来ると思うから」
 「ああ、そうそう。今日は時間に余裕が有るから、昼間は白衣ちゃんのお見舞いに行くよ」
 圭は思い出したように手を打って提案する。
 「そうね。一人だと寂しいだろうから、ぜひお願いするわ」
 黒衣は二人に軽く手を振ってから、トレイを片付ける為にカウンターに向かう。その途中、歩きながら考えた。
 (幸せになる為に努力する、か……そうだよね)

 「ただいま〜」
 「お、早いな。本当に30分で帰ってきた」
 「のんびりしてたら、蔵人の食事時間が無くなるでしょ」
 部屋に上がった黒衣は、鍋の中が空になっているのを確認する。
 「へえ、全部食べられたんだ。薬は?」
 「今飲んだところ」
 答える白衣の顔は発熱で赤くなっているが、黒衣に微笑んで見せる余裕はあった。調子は悪くないようだ。
 「……」
 そんな白衣の顔を、何も言わずにじっと見る黒衣。
 「黒衣ちゃん、どうかしたの?」
 「……え? ううん、なんでも無いよ」
 黒衣は言葉を濁した。白衣から逸らした視線が、ちらりと蔵人の方を見る。
 「……。蔵人さん、そろそろ学校に行く用意をしないと。遅刻しちゃいますよ?」
 「お? おお、そうだな」
 目配せをしながらの白衣の言葉に、蔵人は素直に立ち上がった。
 「あ、そうだ。蔵人、食堂に小夜音と圭が居たわよ。仕事のついでに寄ったんだって」
 「へえ、珍しいな。話してたらこっちに戻る余裕は無いか。……それじゃ、飯を食ったらそのまま学校に行くから。黒衣、また学校で」
 「うん、じゃあね」
 「行ってらっしゃい」
 軽く会釈をして蔵人を送り出す。扉が閉まったのを見届けてから、白衣は黒衣の方に向き直った。
 「さて。黒衣ちゃん、お粥を食べて汗かいちゃったから、着替えたいんだ。汗を拭いてくれるかな」
 「OK。ちょっと待ってね」
 黒衣はタオルを濡らすと軽く絞り、電子レンジの中に入れてダイヤルを回す。電子音が鳴って、蒸しタオルの完成を知らせた。
 「あちち……! 水分が多かったかな。はいお姉ちゃん、服脱いで」
 「うん、お願いね」
 白衣は手早くパジャマを脱いでから、手を差し出す。
 黒衣はその手にタオルを乗せると、白衣が身体の前を拭いている間に着替えを用意した。
 「黒衣ちゃん、背中の方お願い」
 黒衣に蒸しタオルを渡して、背中を向ける。黒衣がタオルで背中を拭き始めてから、そっと尋ねた。
 「……で? 蔵人さんにも聞かれたくない話って言うのはなあに?」
 「う。やっぱり気が付いてた?」
 「勿論」
 黒衣は軽く溜め息をつくと、不承不承、話を始める。
 「……何て言うか、悔しいなって」
 「悔しい?」
 「あたし、ずうっとお姉ちゃんに家事を任せてきちゃったから、こんな時には何の役にも立てないなって。蔵人が美味しいお粥を作ったのも、ちょっとショックだった」
 「そう……? まあ確かに、蔵人さんは、お米と一緒に搾菜を煮込んだりはしなかったものね」
 「う……。お姉ちゃんの意地悪。……はい、背中拭き終わったわよ」
 過去の出来事を引き合いに出されて、そっぽを向いてしまう黒衣。服を着替えた白衣は、その横顔に優しく言った。
 「黒衣ちゃん、お料理の勉強をしようか」
 「え?」
 驚きながら振り向いて、白衣の顔を窺う黒衣。
 「前にも言った事があるでしょう? 私、黒衣ちゃんのお料理が食べたいなって」
 「うん、それは、そうなんだけど……」
 「駄目かな? 私の風邪が治ったら、教えてあげるから」
 「うん、それも良いんだけど……。もっと、即効的というか、今日の晩御飯は私が作る、みたいな……」
 白衣の言葉に頷きながらも、そんな無茶な事を言う黒衣。
 「ええ? それはちょっと、無理かな」
 「やっぱり……」
 「そんなに焦らなくても良いじゃない。……とりあえず、そのお話は学校が終わってからにしようか。ほら、遅刻しちゃうよ?」
 うなだれた黒衣を気の毒に思いながらも、白衣は時計を指し示して登校を促す。
 「あ、やば」
 黒衣は慌てて立ち上がり、鞄を掴んだ。
 「今日は大人しく寝ててよ? なるべく早く帰ってくるから」
 靴を履きながら、白衣に釘を刺す。
 「行ってらっしゃい。私の事は気にしないで良いからね。お昼まで寝ていれば、少しは良くなると思うから」
 「そんな訳にはいかないって。それじゃ、行ってきます」
 黒衣が部屋を出る。扉の鍵が掛かったのを見届けてから、白衣はベッドに横になった。だが、何かに気がついたように直ぐに身体を起こす。
 「しまった、忘れてた……」


 授業が終わり、昼休みの開始を告げるベルが鳴る。
 「はあ……」
 黒衣は大きな溜め息を吐いた。結局、白衣の体調や朝の出来事を考えていて、ろくに授業の内容も覚えていなかった。
 「蔵人誘って、お昼食べなきゃ……あ、しまった」
 鞄の中を覗きこんでから、有るべきものが無い事に気がつく。
 「お弁当無いんだった……」
 ガックリと肩を落とす。今になってそんな事に気が付く辺り、今日の自分は相当に参っているようだ。そんな時、教室の扉のところから、クラスメイトが黒衣に声を掛けた。
 「中条さん、彼氏さんが迎えに来てるわよ」
 黒衣が慌ててそちらを向くと、蔵人の姿が見えた。一年教室初登場の蔵人に、クラス中がざわめく。
 「げっ!」
 仰天した黒衣は猛ダッシュで蔵人に近づくと、その身体を押して、共に教室の外に出た。
 「何でいきなり……!」
 それだけ言って、後は言葉にならない。
 「いや、何でって……。白衣から電話が有って、弁当が無いからお前と学食に行くようにって言われてな」
 廊下の壁に背中を押し付けられる蔵人。見方によっては、黒衣が蔵人に抱きついているようにも見える。そんな様子を、扉の影からクラスメイトたちが見ていた。
 「と、とにかく、学食に行くわよ」
 黒衣は慌てて蔵人の腕を掴むと、引き摺るようにして学食へと向かった。

 二人は学校の屋上に居た。どうしても人目が気になるという黒衣の言葉に、菓子パンを買い込んで逃げて来たのだ。
 「絶対、明日から噂になるわ……」
 黒衣は頭を抱えた。知る人ぞ知る三人の関係が、誰もが知る関係に変わってしまったからだ。
 「大げさだな、黒衣は。どうせいつかはばれる事なんだぞ」
 黒衣とは違い、至極平然としている蔵人が宥める。
 「何でそんなに落ち着いているわけ?」
 「俺のクラスでは、周知の事実だからかな」
 「……そういえば、そうだったわね」
 付き合い始めた直後に関係が公になっている所為だろう。あるいは、もう感覚が麻痺しているのかもしれない。
 (それって、なにげに末期症状ってやつ? ……最悪だ。あたしは常識人で居たいのに)
 黒衣は諦めたように肩を落とす。自分の存在が常識外だという事は、しっかり棚に上げているようだ。
 「とりあえず、食べようぜ。話したい事もあるしな」
 パンを口に持っていきながら、黒衣を促す蔵人。マナーを指摘する白衣が居ないので、黒衣もそれに倣った。
 「話? なにそれ」
 「白衣に頼まれてな。相談を聞いてやってくれって」
 「うえ……お姉ちゃん、蔵人に話したの?」
 「どんな内容かまでは聞いていないさ。話すようだったら答えてやってくれ、と言われた。まあ、朝に言いかけた事だろうとは思うけどな」
 その言葉に、黒衣は大げさに肩を竦めて見せる。
 「全く、こういう時は鋭いのよね、蔵人は」
 「何言ってんだ。誰が見たってバレバレだぞ」
 「はいはい、あたしが悪うございました。……そのね、料理の勉強をしたいなって」
 軽くおどけて見せながら、なんでもない事のように言う黒衣。
 蔵人の手と口が止まった。ペットボトルのお茶を飲んで、口の中のものを流し込む。
 「……そんなに驚かなくても良いじゃない」
 「いや、だってなあ。……何だってまた、唐突にそんな事を言うんだ」
 黒衣は暫く悩んだが、蔵人の様子を窺うように上目遣いになりながら、小さく言った。
 「蔵人に任せっきりじゃなくて……あたしだって、お姉ちゃんの為に何かしたいもの」
 気弱な感じで囁く黒衣の様子は可愛かった。無意識の内に頭を撫でそうになって、慌てて手を引っ込める蔵人。誤魔化すように言葉を紡ぐ。
 「あ〜、成程な。ようはアレだ、今まで白衣におんぶ抱っこだったのが、それじゃ駄目だと気が付いた訳だ」
 「ハッキリ言うわね。まあ、その通りなんだけど」
 肩を落としながら言葉を続ける。
 「あたしはさ、もっと、その……。お姉ちゃんの傍に立って、きちんと支えて上げられるようになりたいのよ」
 「支える、か……」
 「うん。今までは、外敵からお姉ちゃんを守れれば良い、って思ってた。でも、その役目は蔵人が代わってくれるからね」
 「そう……だな。それは俺の役目だろう」
 「そうなるとさ。……炊事、洗濯、掃除に買い物。み〜んなお姉ちゃんに頼りっきりでさ、こんな時に何も出来ない自分が嫌になっちゃって」
 自嘲気味に笑いながら、胸に宿った小さな決意を語る。
 「こんなザマで、今までお姉ちゃんを守っているつもりだったなんて、自分で呆れちゃうわ。甘えるだけ、頼るだけじゃ、嫌だから。だから、蔵人にも協力して欲しいの」
 誠意を込めて、蔵人の瞳を見ながら話す。
 暫くの間、蔵人と黒衣は見詰め合った。不意に、蔵人の口元が持ち上がる。笑ったのだ。
 「良いぜ。その決意、信じてやる。……但し、基礎だけな? 料理は白衣も教えたがっていたみたいだし」
 言いながら、黒衣の頭をクシャクシャとかき回す。
 「きゃ、ちょっと……。もう、真面目にやってよね?」
 「解ってるよ。とりあえず、今日の晩飯からだな」
 「うん。……それと、もう1つ頼み事があるの」
 この話はコレでお終い、と気を改めた黒衣は、今度は真直ぐ背を伸ばして蔵人に向き直る。
 「蔵人、あたしに剣術の稽古をつけてほしいの」
 真剣な様子で口調を改め、頭を下げる黒衣。
 「……それもまた、唐突な話だな。大体お前、剣術は好きじゃないんだろう?」
 先ほど以上に驚いた蔵人は、何とかして言葉を搾り出す。
 「それは……」


 夜。
 食後、双子の部屋でくつろいでいた蔵人は、クッションの上で丸くなっている黒衣を見てそっと呟く。
 「流石に、疲れたみたいだな」
 「仕方が無いですよ。本格的な料理は初めてだったんですから。……それにしても、蔵人さんって結構スパルタだったんですね」
 黒衣の身体に毛布を掛けながら、苦笑して蔵人を見る白衣。
 「そうかあ? 料理ってのは理屈じゃなく舌と手で覚えるもんだって、姉貴に教わったんでさ」
 「それは、そうかもしれませんけど……」
 間違いではないが、極端すぎるのもどうかと思う。察するに、蔵人も同じようにして覚えたのだろう。今までの蔵人の話を考えると、蔵人の姉というのはかなり『手強い』女性のようだ、と思う白衣だった。
 「蔵人さんのお姉さん、会ってみたいな……」
 思わずポロリと呟いてしまう。
 「それはまあ、いずれ……な。年末には帰省するから、もし良ければその時にでも」
 「はい。お願いしますね」
 「しかしまあ、料理といい剣術といい、何だってまあ、一時に纏めて始めようとするかなあ……」
 「剣術、ですか?」
 蔵人の言葉に、不審な顔をして聞き返す白衣。
 「あれ、白衣は知らないのか? ……しまったな、コレ、内緒の話だったのか」
 そんな様子に、蔵人は舌打ちしてしまう。
 「どういう事か、話してくれますか?」
 尋ねるような態度を取るが、白衣の視線は詰問に近い。
 家に帰らない事を決めた時に、そういったものとは距離を置きたいと思っていた白衣には、寝耳に水の話だった。黒衣もそう考えていると思っていたのに、と。
 「まあ、ばれたんなら仕方が無い。……その、お前たちの家の話だけどさ。東京に来てからこっち、連絡してこないんだって?」
 やれやれと首を振った蔵人は、黒衣から聞いた話を纏めながら、ゆっくりと話し始めた。
 「はい。もう帰らないって行った時以外、一度も」
 「父親が自分たちに跡目を継がせるのを諦める筈が無い、って黒衣が言ってな。家柄と剣術を守る事に執着していたくせに、何も言ってこないのは怪しいって」
 黒衣の考えは正しいだろう、と白衣は思う。父が自分たちに剣術を教え込んだのは、宗家の娘という血筋に技を伝える事に固執した為だ。
 でなければ、お世辞にも才能溢れるとは言えない自分たちに拘らずに、早々に分家の男子を養子にでもしていた筈だからだ。
 「それは……分からなくも無いですけど。でも、それでどうして、黒衣ちゃんが一人で?」
 どうして、それで剣術修行という事になるのか、と白衣は首を傾げる。そもそも、二人一組の術理で修行をしたのだから、黒衣一人では意味が無いだろう。
 「それは……あ〜、怒るなよ? 黒衣が言った事、そのままだから」
 何故か、言い難そうに首を捻る蔵人。白衣は無言で先を促す。
 「『相手があの男なら、殺すつもりで戦わなきゃ勝てないから。お姉ちゃん、アイツが正面に立っただけで身を竦めちゃうんじゃ、戦う以前の問題だもの』って言われたよ」
 「……!!」
 白衣は、その言葉に強い衝撃を受けた。図星を刺されて動揺し、視界がぐらぐらと揺らぐ。過去の風景が、脳裏に浮かんだ。
 蔵人はそんな白衣の様子を見て、支えるように腕を伸ばす。
 「すまん、やはり言わなきゃ良かったな。……俺には想像も出来ないが、お前をずっと見てきた黒衣が言うんだ。間違いは無いだろうよ」
 そのままひょいっと抱き上げて、自分の膝の間に白衣を移動させた。両腕で抱き締めて白衣の身体の震えを止める。
 蔵人の暖かさを感じて、白衣は落ち着きを取り戻していく。それと同時に、蔵人の腕に、やけに力が入っているのに気が付いた。
 (あれ……。蔵人さん、怒ってる?)
 そう。黒衣から話を聞いた時、蔵人は怒ったのだ。
 無意識に身体が萎縮するほど、修行で痛めつけられたというのなら。それは、ただの虐待と変わりないではないか、と。
 「簡単に慰めの言葉を言えるほど、お前たち家族の事情を知っているわけじゃない。俺が出来るのは、精々、こうやって抱き締めてやる事ぐらいだ」
 それで良い、と白衣は思う。傍に居てくれる事で救われる心もあるのだ。無駄に言葉を重ねない優しさが今は嬉しい。
 暫く抱き締め合っていると、むにゃむにゃと黒衣の寝言が聞こえた。
 「……う〜ん……お姉ちゃん、ずるい………」
 タイミングピッタリな黒衣の言葉に、思わず身体を離してしまう二人。
 「ふふ、嫉妬してる……」
 「どんな夢を見てるんだよ……」
 顔を見合わせて苦笑する。黒衣の顔を覗き込んで眼が覚めていないのを確認してから、白衣は再び蔵人に身を寄せた。身体を回して、胡坐を掻いている蔵人の身体の中に納まる。
 「えへ、もうちょっとだけ……。それで、話の続きですけど。黒衣ちゃんが父と戦うって言うのは、どういう事なんですか?」
 蔵人の胸に背中を預けながら、蔵人に話の続きを促した。
 「お? ああ。……まあ、要するにだ。いずれ、父親が迎えに来るかもしれないから、その時に実力を示して、家に帰らない事を認めさせる、とか何とか」
 遠慮の無い白衣の行動に苦笑しながら、蔵人は簡単に説明する。
 「認めさせるって言っても……」
 「つまり、力ずくで追い返そうって事らしい」
 「……。何て言うか、黒衣ちゃんらしい強引さ、と言うか……」
 白衣は呆れると同時に、思っていたよりも深刻な話では無いので胸を撫で下ろす。黒衣の事だから、実家に討ち入りに行く、なんて言い出すのではないかと思ったのだ。
 「だな。まあ、方法論はともかく、真剣に頼まれちまったからな。誠意を込めてお相手しようと思ってる」
 「そうですか。……本当は、私こそ修行するべきなんですよね」
 「うん?」
 そっと囁いた白衣の言葉に、蔵人は首を傾げた。
 「いつまでも、怖がっているわけには行きませんから。本当に自立したいと思うのなら、あの人の呪縛から逃れないと」
 「そうか。……そうだな」
 「それとは別に……その……」
 真剣な表情から一転、白衣は言い難そうに言葉を濁す。
 「どうした?」
 「えと……最近、お腹周りがちょっと危ないので、ダイエットを兼ねて、とか……」
 「ぶっ……くくっ……」
 「わ、笑わないで下さい」
 「いや、だって……。どこが太ってるって?」
 腕の中に居る白衣の脇腹を突きながら、笑いの止まらない蔵人が尋ねる。
 「女の子にそんな事聞かないで下さい……。とにかく、そういう事なので。私の修行にも付き合って下さいね」
 (蔵人さんと黒衣ちゃんの二人っきりっていうのも……ちょっと嫌だし)
 もう一つの理由には、触れないままでおく事にした。
 「ああ。……ところで、だ」
 話が一段落したところで、蔵人は白衣に尋ねた。
 「はい?」
 「さっきの話、仮に父親が迎えに来たとして、白衣はどうするつもりだったんだ?」
 「………………」
 「おい、黙らないでくれよ」
 「……既成事実を作っちゃおうかな、と」
 白衣のその台詞に、ギョッとして背を引く蔵人。白衣が足の上に居るので動けないが。もぞもぞと身動きする蔵人の様子に、白衣は声を上げて笑う。
 「んあ……」
 笑い声で意識を呼び起こされたのか、猫の様に顔を擦りながら黒衣が目を覚ます。眠そうな顔が、蔵人と白衣を見た途端に引き締まった。
 「な、な……!何してんのよ、蔵人!」
 「待て、俺か? 俺なのか!?」
 「相手が病人なのを良い事に、あんな事やこんな事とか、あまつさえそんな事とか……!?」
 「落ち着け、そんな事してないって!」
 慌てふためく蔵人の膝に座りながら、何事かに気が付いたように『ぽん』と手を鳴らす白衣。
 「そっか、その手があった。……風邪は、他人に移すと直りが早いって言うものね」
 にやり、と意地悪そうに笑う。内緒話に対する意趣返しも含めて、黒衣に見せ付けるようにしながら蔵人と唇を重ねた。
 「口移しです、蔵人さん。……あれ、キスで移るのって、虫歯だったっけ?」
 「な、な、な、お姉ちゃん!?」
 慌てて詰め寄ってくる黒衣と、呆気に取られて声も出ない蔵人。そんな二人に挟まれながら、白衣は愉しそうに笑うのだった。

 蔵人が帰った後、二人は大人しくベッドに横になった。白衣の体調を考えての事だ。
 「……黒衣ちゃん」
 消灯して暫くしてから、白衣が話しかけてくる。
 「何?」
 「私、今、幸せだよ」
 「……うん。あたしも」
 「家族が居るって、良いよね……」
 ポツリと洩らす白衣。
 「蔵人の事? 別に、本当の家族ってわけじゃないでしょ」
 一応は黒衣にも解っている。この場合の家族とは、血縁という意味では無く、自分たちを中心としたコミュニティの事だろう。
 「……今はそうかもしれないけど」
 「分かってるよ、お姉ちゃん。……いつか、本当にそうなれば良いよね」
 「……うん……」
 微かに頷いた気配がして、直ぐに寝息が聞こえてきた。
 「寝ちゃったか……。全くもう、はしゃぎ過ぎるから……」
 裏を返せば、それだけ嬉しかったのだろう。昼間には小夜音と圭が見舞いに来た、と言っていた。良く考えれば、 友人が白衣を見舞うのは初めてではなかろうか?
 寂しい生活だったんだなと、今更ながらに思う。家族という言葉は知っていても、実家での生活は、それには当て嵌まらなかったのだから。
 (家族か……。まあ、確かにちょっと世間の常識とは違うけど。今はまだ、それで良いよね)
 血が繋がっているだけの他人もあれば、血縁で無くても家族になれる事もある。そういう事なのだろうと、黒衣は思う。
 手を伸ばして、ベッドの脇のカーテンを開けた。よく晴れた夜空には、今日も多くの星が流れるのだろう。
 (願うだけじゃ駄目だって小夜音は言うけど。願うのが悪いわけじゃないものね)
 クスリと笑って、月を見上げる。
 「星に願いを、月に祈りを、だったかな……。まあ、どっちでも良いや。明日も良い日でありますように、っと」
 子供の頃に聞いた旧い歌を思い出しながら、呟きに乗せてそっと祈った。



 おわり

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