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zoom RSS 小鳥遊圭の○○な一日・前編

<<   作成日時 : 2007/01/01 00:00   >>

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 小鳥遊圭の一日は、鳥の鳴き声と共に始まる。

 ピピピピッ、ピピピピッと、時計のアラームを真似た声で、田村麻呂が朝を告げた。
 「……おはよう、田村麻呂。相変わらず、いいタイミングだね」
 圭は枕元の時計を眺めてから、ゆっくりと身を起こした。時刻は6時1分前。アラームが鳴り始める前にボタンを押す。
 ベッドの上で胡坐を掻いて、暫くの間放心する。最近は書類整理の仕事が続き、精神が疲れても体が疲れない日々だ。そのせいで、どうにも眠りが浅い。
 「……おっと、早く用意しなきゃ」
 そう呟いてベッドから降りると、シャワーを浴びるために服を脱ぎ始める。その背中に、田村麻呂が声を掛けた。
 「ケーサン、オナカスイター。ケーサン、オナカスイター」
 苦笑しながら、服を脱ぐ手を止める。
 「そんな言葉、教えた覚えは無いんだけどなぁ……」
 その口調は六花にそっくりだった。どこかで聞いていたのかもしれない。
 大きく口を開けて、餌をねだる田村麻呂。その隣で大きく口を開けて、餌をねだる六花。
 「ぶふっ……」
 その想像に、思わず吹き出した。
 「みんな、元気にしているかな……?」
 昨年出会った、大切な友人たちを思い浮かべる。そのうちの1人とは、今日の午後に会う予定だ。
 「さて、今日も一日、頑張りますか!」


   〜小鳥遊圭の○○な一日・前編〜


 深夜、とある港の倉庫街。
 2人の女性が息を切らせて駆けてくる。
 道なりに駆けてきた2人は、道路脇に高く積まれたコンテナの隙間に入って身を隠すと、乱れた息を整えた。
 片方の女性――男装した小鳥遊圭――は、コンテナに背を預けながら、手鏡を使って背後を窺う。
 直後、ドオォォン!と音がして、2つ後ろのコンテナが崩壊した。衝撃で地面が揺れる。
 手鏡の中の景色には、土煙の中を這い進む、人の形をした『何か』が見えた。
 「やれやれ、大変な事になっちゃったなあ…」
 圭は嘆息しながら首を振った。
 「そ、そんな事を言って、いる場合じゃ、無いでしょう! アレ、一体どうするの?!」
 共に駆けてきた女性が、息を切らせながら非難する。
 「どうする、って言われても……斃すしかないよね、ああなっちゃうと」
 圭はそう言うと、手に持っていた拳銃を女性に手渡す。
 「貴女は、ちょっとこれを持っていて下さい。そうそう、僕の背中を撃たないでね?」
 呆気に取られた女性に笑いかけると、圭は丸腰で道路に出た。
 「ちょ……ちょっと待ちなさい、圭!」
 慌てて後を追った女性は、圭の後姿――その右腕――を見て足を止める。
 「圭、貴女、その腕……」
 「時間が無い。一気に片付けるからアンタは下がっていろ」
 『サマエルの焔剣』。右腕に魔術の炎を纏いながら、圭は化け物に笑いかけた。
 「さあ、来いよ化け物。灰も残さず灼き尽くしてやる!」



 「……とかいう展開はどうだ?」
 丸目蔵人は、黙って話を聞いていた圭に笑いかけた。
 「どうって言われても……有り得ないよ。それじゃあまるで、ジェームス・○ンドじゃないか」
 悪党、美女、潜入捜査と、三拍子揃った物語。圭は首を振りながら、有名な映画のキャラクターを上げて苦笑する。
 「むう、駄目か。力作だと思ったんだがな」
 「大体、いくら僕が『財団』の理事で、世界を監視する役目を持っているからって――」
 圭は目の前に置かれたカップを取ると、冷めてしまった紅茶を啜る。
 「そんなに頻繁に、世界の危機になったりしないって」

 ここは、お台場にある『財団』の事務所。圭の仕事の為に用意された、圭専用のオフィスだ。
 「なんだよ。時間があるから少し話でもしよう、って言ったのは圭の方だろ」
 久し振りに会った圭が「本題に入る前に、旧交を温めようよ」などと言ったので、「普段はどんな仕事をしているんだ?」という話になったのだが。
 折角の『力作』を貶された蔵人は、少しむくれながら言葉を続ける。
 「じゃあ圭は、普段はどんな仕事をしているんだ? こ〜んな立派なオフィスまで持って」
 ぐるりと手を回しながら指し示す。ビルの最上階であるそのフロアは、どの方向を見ても外が見える。1フロアぶち抜きの、展望台のような部屋だ。
 ぽつりぽつりと、浮島のようにテーブルが配されている。フロアの4隅の柱には、給湯室や階段、エレベーターなどがあるようだ。
 「いや……これは別に、僕の趣味って訳じゃないんだよ?」
 開発途中で放棄されたビルを買い取って、自分専用のオフィスにしただけなのだが――言葉とは裏腹に、圭はこの部屋を気に入っていた。
 「サラリーマンと似たようなものさ。書類に目を通し、判子を押し、次の部署に回す。それでギャランティを得ているんだから」
 「そんなもんかね……。それより、そろそろ本題に入ろうぜ。こっちにも、今日中に済ませる用事があるんでな。それで、潜入捜査の協力って、俺は何をすればいいんだ?」
 「そうだね、資料も届いた頃だろうし。ああ、そこのキミ。例の資料を持ってきて」
 圭は手を上げて自分専属の秘書を呼ぶと、仕事の資料を持ってくるように告げる。
 「う〜ん……圭って、人を使い慣れているよな」
 「あはは、もう何年も理事をやっているしね。それに、彼女たちはこれが仕事だから、遠慮する方が失礼なんだよ」
 そんな事を言っている間に、秘書が仕事の資料と、代わりの紅茶を持ってくる。圭は資料を机に並べると、1つずつ指差しながら説明を始めた。
 「まずは、と。この男が、今回の調査の対象だ」
 圭が指差した写真は、どこかのパーティー会場だった。中央に、貧相な中年男が写っている。
 「名前は『桐馬』。もちろん偽名なんだろうけど、便宜上そう呼んでいる」
 「へえ……なんか、普通に見えるな。で、こいつは何をやらかしたんだ?」
 「正確には、これから『やる』んだよ。ここ1年ばかり姿を見せなかったけど、ようやく尻尾を掴んだんだ」
 蔵人は、圭の「ここ1年」という言い方に眉を顰めた。
 「おや? 鋭いね。そう、散花蝕がらみ。つまり、1年前の仕事の残りって事さ」
 「なんだよ……また、『交喙機関』とか、そこらが関係しているのか?」
 圭は首を振って、蔵人の疑問を否定する。
 「いや、今のこの男は、個人で動いているみたいでね。今回姿を見せたのは、活動資金を得るのに新しいスポンサーを探す為だと、僕たちは考えている」
 「何事も、まずは金か。切ない話だねえ」
 しみじみと呟いた蔵人に苦笑しながら、圭は言葉を続ける。
 「折角の機会だからね。ここで彼の住処を突き止めるか、最悪でも彼を処分しておきたい、というのが『財団』の決定だ」
 「処分? 殺せって事か。……おい、俺を呼んだのって、まさか」
 「あははっ。蔵人に人殺しなんてさせないよ。蔵人の仕事はもっと別のものさ」
 蔵人の不安を笑い飛ばしてから、圭は次の写真を指差す。
 「この写真に写ったもの、見覚えが有るでしょ?」
 「見覚えも何も、こりゃ、あの『鏡』じゃないか。残っていたデミウルゴスは、圭が分解して持っていったんだろ」
 その写真には、自分たちが『ダイブ』する為に使用していた鏡が、2枚並んで写っていた。
 「これはね、デミウルゴスの起動実験に使用して、その後撤去されたものなんだ」
 「へえ、そんなものがあったのか。もしかして、予備とかだったのか?」
 「いや。本当はね、デミウルゴスシステムには、『8枚』の鏡が必要だったんだ。世界を形作るには、8つの要素が要る――まあ、この辺りの説明は省くけど」
 蔵人が首を捻り始めたので、圭は途中で説明を止めた。結論だけを述べる。
 「あの事件の後、八方手を尽くして探したんだ。本来あった筈の、真西と真東に置かれていた鏡をね。結果的には、この鏡を探していたお陰で、『桐馬』を見つける事が出来たんだけど」
 「『桐馬』ってのをぶちのめして、この鏡を確保するのが、俺の仕事って事か?」
 「基本的には、蔵人が言った事で間違いないよ。ただの鏡として使うには物騒な代物だし、何某かの実験をするのは間違いない。そうなる前に『桐馬』の身柄を押さえて、鏡を押収する」
 「荒事になる可能性が有るって事だな」
 「誤解してもらっちゃ困るけど、荒事は最悪の場合だからね。蔵人の仕事は別にあるよ」
 「ふうん。で、結局、俺は何をするんだよ」
 蔵人は首を傾げながら、再度圭に尋ねた。圭が口を開きかけた時、専属の秘書が2人の元に来た。
 「お話中失礼します、理事。仕立ての準備が整いました」
 「うん、ありがとう。……さ、蔵人、いくよ」
 仕立てって何だ?と首を傾げる蔵人を促しながら、圭が立ち上がる。
 「お、おい、ちょっと待てよ。何が始まるんだ?」
 「それは後のお楽しみ。今は、彼女に付いていって」
 圭は悪戯っぽく笑うと、蔵人を秘書の1人に預ける。
 「それじゃ、また、着替えの後でね」


 30分の後。
 蔵人はオーダーメイドされた上等なタキシードを着て、圭が着替えをしている部屋の前を行ったり来たりしていた。
 (早く出てこいよ……女性用の更衣室の前でウロウロするって、まるで変質者みたいじゃないか)
 時折廊下を通り過ぎる人に頭を下げながら、圭が出てくるのを待つ。
 「おーい、まだなのか?」
 「そんなに焦らないでよ。女の子は、着替えに時間が掛かるんだから」
 (う〜、くそっ)
 何をするのかも聞いていないのに、こんな格好をさせられて、待ちぼうけさせられるなんて。蔵人はいらいらしながら廊下を往復する。
 「お待たせ」
 扉が開いて、圭の声が聞こえた。蔵人は直ぐに振り向いて、文句を言おうとしたが。
 「圭、おそ…い…ぞ……?」
 蔵人の言葉が途中で消える。目の前にいる女性が、誰だか判らなかった。
 「どう? 似合うかな?」
 圭は、パーティーに出席する為のドレスを着ていたのだ。初めて見る『女性』の圭に、蔵人の口は塞がらなかった。
 「……?」
 そんな蔵人の様子に圭は首を傾げていたが、やがて蔵人の腕を取ると、長手袋をした自らの腕を絡める。そのまま蔵人を引き摺ってきて、開いたままだった扉の前に立ち、部屋の奥の姿身に2人を映した。
 「うん、なかなか良いね。背の高さのバランスも、バッチリ」
 圭はそう言ってから、傍らの蔵人を見上げる。
 「どうしたのさ、そんなに緊張して」
 「い、いや、何でも無いぞ、うん」
 圭の何気ない問いに、動揺しまくって裏返った声を出す蔵人。圭は「ニタリ」といやらしく笑うと、蔵人に言った。
 「はは〜ん、成程。蔵人は、僕に女を感じた訳だ。道理で、胸元に視線を感じると思った」
 「な?! 見てない、見てないぞ! 胸の谷間なんて見てない!」
 圭のドレスは、胸元が大きく開いていた。2人の身長差の関係上、寄り添って立った蔵人が下を見ると、当然バッチリ見える訳で。
 「あはははは。誰も『谷間』とは言っていないけどなあ。……まあ、その位なら、役得だと思って存分に見て良いよ」
 「だ、だから、見てないって!」
 「まあまあ。時間も押し迫ってきたし、早く行こうか」
 圭は絡めた腕を抱き寄せるようにして、廊下を早足で歩く。
 「うぉわ? 圭、離せ! 胸が当たる、胸が!」
 「いいから、いいから。ほら、急いで」

 地下に向かうエレベーターの中、鼻歌を歌いながらパーティーバッグを回す圭に、蔵人は憮然とした声を掛けた。
 「俺をダシにして楽しむ為に呼んだんじゃないだろうな」
 (ゴメン、実はちょっとした憂さ晴らしも兼ねているんだよね)
 事務仕事が続いて退屈していたのは確かである。圭は心の中で謝ったが、口から出た言葉は別のものだった。
 「蔵人には、僕のエスコート役をお願いしたいんだ。日系人のスタッフで、僕の歳に見合うような相手が出払っていてね」
 圭は蔵人の方を振り向くと、真面目な表情になって言葉を続ける。
 「これから行く所は、ある金持ち爺さんの誕生パーティーでね。若い女が1人で行くと目立つんだ」
 「……なんだよ、俺は虫除けって事か? いやでも、俺は社交界とかマナーとか判らないぜ?」
 蔵人は自信が無さそうに呟いた。
 エレベーターが止まり、扉が開く。圭は駐車場へと足を踏み出しながら、蔵人へ声を掛けた。
 「心配しないで。蔵人には、無理な事はさせないから」
 無数に駐車されている車の中から、赤いフォルクスワーゲン・ビートルに向かって歩く圭。
 圭は運転席の扉を開けてシートに座ると、蔵人に助手席に座るように促す。
 「え? 圭が運転するのか?」
 「だって、蔵人は免許を持ってないでしょ?」
 「……まあ、いいけど」
 蔵人は、長い足を折り畳むようにしてシートに座る。その膝に「これ持ってて」と、圭のパーティーバッグが放り投げられた。
 「で、無理な事じゃなかったら、何をやるんだ」
 「僕と腕を組んでいてくれれば良いよ。どこぞの金持ちの不良娘と、その恋人の遊び人って設定だから」
 その台詞を聞いて、蔵人は複雑な顔をする。キーを回してエンジンをスタートさせながら、圭はクスクスと笑った。
 「なんだい? 僕の恋人って役柄は、気に入らないかい?」
 「まあ、いいさ。さっきみたいに、悪戯をしなけりゃな」
 「りょ〜かい。さ、出発するよ」
 圭は右手を額に当てて、軽い敬礼をしてみせる。蔵人が肩を竦めて嘆息するのを見てから、ゆっくりとアクセルを踏んだ。


 「到着〜。さ、ここが今日の『戦場』だよ。蔵人、準備は良いかい?」
 車を走らせる事、約1時間。圭は駐車場に車を止めると、目の前に在る平屋の建物を見ながら言った。
 土地勘の無い蔵人には、目黒辺りのどこかだろうという事しか判らなかった。シートベルトを外しながら、圭に囁く。
 「なあ、ホントに俺で大丈夫なのか?もの凄く、敷居が高いような気がするんだが……」
 目の前にそびえるパーティー会場に気後れしたのか、圭にバッグを渡す手が緊張していた。
 「大丈夫、大丈夫。ほら、見てごらんよ」
 圭が指差す方向を見る。頭を金色に染めた若い男女が、パーティー会場に入っていくのが見えた。
 「……成程」
 蔵人はなんとなく納得する。
 「これからは、誰かが見ている可能性が有るから、それなりに注意して。まず、車を降りたら運転席側に回って、僕が車を降りるのに手を貸す事」
 「解った」
 蔵人は車を降りると、圭の指示通りに運転席側に回り、その扉を開けて手を差し出す。
 圭は満足そうに頷いてから、その手を取って車を降りた。蔵人の腕に自分の腕を絡ませながら、現在時刻を確認する。18時00分。パーティーが始まってから、約30分が経っていた。
 「さあ、行こうか」
 蔵人に声を掛けてから、会場に向かってゆっくりと歩き始める。
 圭は顔を動かさないまま、目だけで周囲を見回した。こちらに注目している人間が居ないのを確認する。
 「怪しい所が無いか、それとなく見ておいて」
 圭はそう呟くと、バッグから招待状を取り出した。蔵人と腕を組んだまま、パーティー会場の受付に歩み寄る。圭が 招待状の名前で記帳する間、蔵人は圭の真似をして周囲を探った。
 「待たせたわね。それじゃあ、行きましょうか」
 女言葉で話す圭に面食らいながら、蔵人は大人しく歩を進めた。暫く歩いたところで、口をほとんど動かさずに圭が尋ねてくる。
 「どう、何か不審な点は有った?」
 「いや。少なくても、こっちに注目している奴は居なかったな。どう見てもSPにしか見えない奴とかは居たけど」
 「そう。それじゃ、中に入るよ」
 蔵人と圭は寄り添って歩きながら、ゆっくりと会場の中に入った。
 (うお……こりゃあ凄い)
 蔵人は漏れそうになる感嘆を抑えながら、周囲をゆっくりと見る。あちらこちらに、蔵人でも知っている政治家が居た。
 「どうやら、まだ来ていないみたいだね」
 『桐馬』の姿が無いのを確認してから、2人は適当なテーブルに近づく。豪華な食材をふんだんに使った料理が、テーブル一杯に並んでいた。
 組んでいた腕を離した圭が、給仕から2人分のカクテルを受け取る。
 「おい、良いのか?」
 「何も飲み食いしないままじゃ、不審に思われちゃうからね」
 2人は顔を近づけて囁き合いながら、カクテルに口を付ける。傍から見れば、仲の良い恋人同士に見えるかもしれない。
 「あっちのローストビーフ、旨そうだな」
 緊張感の無い蔵人の言葉に、圭は思わず苦笑してしまう。
 「これが終わったら奢るから、今は我慢していてよね」
 「これより旨そうな料理が出るんならな」
 「最高級のフレンチを約束するよ。でも、蔵人はテーブルマナーを守れるのかい?」
 その言葉に、今度は蔵人が苦笑してしまう。
 「あ〜……取り消す。吉○家の牛丼で良いや」
 「りょ〜かい。付き合うよ、この格好で良ければね」

 恋人の真似事をしながら待つ事、約15分。件の人物が現れた。
 先に気が付いたのは圭だった。背中が粟立つような感覚に、内心で慌てながらもゆっくりと振り向く。
 (いた――けど、何だ?この感覚。どこかで……)
 蔵人の袖を引いて注意を促す圭。この15分で要領を覚えた蔵人は、自然な様子で周囲を一瞥してから圭に顔を向ける。
 「いたな。間違いないのか?」
 「うん。その筈、なんだけど」
 圭の口調がハッキリしないのは珍しい。蔵人は、その口調が気になった。
 「何か変なのか?」
 「ん……。蔵人には、『桐馬』はどんな風に見える?」
 圭は、蔵人が自然にそちらを向けるように、『桐馬』に背中を向けてから尋ねた。
 「どうって、普通の中年親父にしか――アレ? ちょっと待て」
 蔵人は、再度『桐馬』の姿を見る。注意深く観察して、身に纏っている雰囲気を以前にも感じた事に気が付いた。
 「もしかして、レムナントか?」
 圭は眉を顰めた。自分の想像と当たっていたからだ。そう、男が身に纏っているのは、ある種の歪みのようなものだった。
 圭はその場で空中に小さく文字を書き、指を鳴らした。
 「うん? 圭、今のは何だ?」
 「『印』を付けたんだよ。詳しい事は後で話す。とりあえず、会場を出るよ」
 「……解った」
 蔵人は一瞬躊躇したものの、大人しく圭と腕を組んで会場を後にした。
 急ぎ過ぎない程度に歩いて車に戻ると、蔵人は圭の為に運転席の扉を開ける。圭がシートに座ってから扉を閉め、助手席側に回ってから車に乗り込んだ。
 「で、どうしたんだ。説明してくれ」
 「うん。僕の想像が正しければ、『桐馬』はレムナントに『憑依』されている。あの実験の最中に現れた女みたいに」
 蔵人は暫く考え込んでから、ハッと目を見開いた。
 「ストレーニアン!」
 「当たりだ。さて、これは結構まずい事になったな」
 圭はそう呟くと、おもむろにカーラジオに手を伸ばす。AM/FMのスイッチをその中間に合わせると、チューニング用のダイヤルを押し込んでから、スピーカーに話しかけた。
 「こちらCP。目標が会場に現れた。レベルAで対応しろ」
 『A班了解』『B班了解』『C班了解』
 スピーカーから聞こえてくる声に、蔵人は目を丸くする。
 「なんだそりゃ。無線機だったのか?」
 「うん。一応、作戦指揮車だから」
 そう言いながら携帯電話を取り出した圭は、どこかへと電話を掛ける。
 「もしもし、鴻上さんですか。小鳥遊です。ちょっとお願いがありまして……」
 蔵人が『鴻上』って誰だっけと思っている間にも、圭は話を進める。
 「はい…はい。必要であればLISAUを使ってもらっても構いません。僕から手を回しておきますので。宜しく」
 圭は電話を終え、通話ボタンを押す。そのままの体勢で「ふう」と息を吐いた。
 「圭、解るように説明してくれるか」
 「ちょっと待ってね。今、調べてもらっているから」
 圭がそう言い終わる前に、手に持ったままの携帯電話が鳴る。圭は直ぐに通話ボタンを押した。
 「流石、速いですね。はい…はい。……!」
 電話向こうの声を聞いた圭は、一瞬だけ動きを止めた。その顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。
 「解りました。……はい、ありがとうございました」
 電話を切ってから、蔵人に向き直って言った。
 「結論から言うと、だ。可能性としては、レムナント――重力波による『歪み』が残っていてもおかしくないそうだ」
 「じゃあ、アイツは?」
 「うん。まず、間違いないと思うよ。そうだね……!?」
 口を開いて説明しようとした矢先、自分の付けた『印』から、反応が返ってこない事に気が付いた。
 それはすなわち、『桐馬』がこちらに気が付いたという事だ。慌ててカーラジオのダイヤルを押し、部下たちに指示を送る。
 「こちらCP。目標がこちらの存在に気が付いた。各員レベルSで対応しろ」
 そう言ってダイヤルから指を離す。直後、「あれ?」と首を傾げた。
 「おかしいな。パーティー会場に入ったって事は、この駐車場に車を止めた筈。そんな連絡は無かったのに」
 圭の疑問を聞くと、蔵人は、さも当然とばかりに答えた。
 「『桐馬』ってのはVIP待遇なんだろ? それなら、一般客と同じ所から入ったりはしないんじゃないのか」
 圭は呆気に取られて蔵人の顔を見る。直後、パーティー会場をぐるりと囲んでいる植え込みの1部が『開いて』、ベンツが飛び出して来た。
 「ええい、もう!」
 圭は慌ててキーを回し、エンジンに火を入れる。蹴りをアクセルに叩き込んで、ビートルを猛発進させた。
 「全く! こうも後手に回るなんて、予想外だよ!」
 悪態を付きながらも、見事なハンドル捌きを見せる圭。急スピードでカーブを曲がるビートル。
 車の中で左右に振られながら、蔵人が叫ぶ。
 「おい、どうする気だ!?」
 「アレが予想通りの存在なら、いつ無差別に人を襲うか判らない! 今のうちに止めないと!」
 圭は蔵人に叫び返す。
 「何なんだよ、一体! 展開が速すぎるだろ!?」
 蔵人は思わず、場違いな感想を言った。
 「美女、悪党、潜入捜査! これで一波乱有るんなら、俺の考えた話と大差ないじゃないか!」
 「美女って、誰さ!?」
 その言葉に、蔵人は黙って圭を指差した。

 ビートルが道路の段差を飛び越える。勢い良く跳ねた車は、中に乗っていた人間をシートから持ち上げた。
 ゴン、と天井に頭をぶつけた蔵人は、「おぐっ!?」と呻いてから、恨めしそうな目で圭を見る。
 「ゴメン! ちょっと荒っぽいから、しっかり掴まってないと怪我するよ!」
 「そういうことは、もっと早くっ……言えよ!」
 追いかける車は、どうやら都心に向かっているようだ。道路を行く車が増えてくると自然とスピードが落ちてきた。
 「うん? 無理矢理に行くかと思ったけど。案外、理性が残っているのか?」
 ここで無理に相手を止めても、周りの人間を巻き込んでしまう。そう考えた圭は、自分もスピードを落とした。付かず離れずの距離を保つ。
 「なあ、アイツ、一体何処に向かっているんだ?」
 蔵人が頭の天辺を擦りながら尋ねてくる。
 「僕の勘では、新東雲だと思う」
 「え? なんでだ?」
 あの場所には、自分たちの友人が居る。嫌な想像に駆られる蔵人。
 「新東雲は、簡単に言うと『特異点』なんだ。重力波の揺り戻しによってレムナントが現れるように、大きな事件が起こった場所は、別の大きな事件を起こして、世界に対する影響を緩和しようとする」
 圭は相手の車から目を離さず、説明を続ける。
 「抑止力、影響力。呼び方は何でも良いんだけどね。大きな力が発生すると、それに対応する力が生まれるのは間違いない。まして、あの事件の最後に何が起こったのか、誰一人として解らないんだから」
 「じゃあ……新東雲に、大きな事件が起こる可能性があるって事か?!」
 蔵人は唖然として、圭の横顔を見た。
 「それに対抗する為に、僕は日本に戻って来たんだ。『財団』が人手不足なのは、消えてしまった散花蝕の揺り戻しに対応する為に、世界中に人を派遣しているからなんだよ」
 「何てこった」
 そんな会話をしている間にも、道路にはどんどんと車の数が増えてくる。圭は舌打ちした。
 「参ったな。なんでこんなに渋滞しているんだ?」
 とうとう、視界からベンツの車体が消えてしまう。
 「いくら週末の東京だからって、いつもはこんなに渋滞しない場所なのに。ちょっと普通じゃないな」
 圭の言葉を聞くと、蔵人は車窓を開けて外に身を乗り出した。
 「事故が起こった訳じゃないみたいだな」
 背伸びをして遠くを窺っても、原因になるようなものは見えない。見えたのは、ずらりと並んだ車の列だった。
 「こいつぁ空でも飛ばないと、追いつけそうにないな」
 シートに腰を下ろしてから、圭に報告する蔵人。その目が、圭を通り越して背後のビル――そこにある大型のデジタル時計を見た時に、大きく見開かれた。
 「しまった、そういう事か! すっかり忘れてた!」
 思わず、顔を手で覆って呻く蔵人。
 「蔵人、何か心当たりが有るのかい?」
 そう呟いた圭の視界にも、その原因が飛び込んで来た。彼方から「ドンッ」と重い音が響き、赤・黄・緑などの、カラフルな光の花が開いた。
 呆気に取られた圭の耳に、蔵人の声が響く。
 「今日は、東京湾の花火大会だ」
 夕暮れから藍色へと変わる空の下、光の花が次々と咲く。
 時刻は19:00。小鳥遊圭の一日は、まだ終わらない。


   続く

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