A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 1-2

<<   作成日時 : 2010/09/28 00:03   >>

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 上手く書けないのはブランクがあるから、だと思いたい。
 元から上手くもないけどね。



**********

 聖さんの声が始業前のざわついた教室の中に響いた時、あたしは千歳さんや茉清さんと一緒に、昨日行ったケーキ屋の話をしているところだった。

「痛っ!!」

 高く鋭い声の方を向くと、聖さんが右手を抑えて顔を顰めていた。
 ポタリ、とその足元に落ちたのは、赤い色の液体。

「ちょっ……大丈夫!?」

 あたしは慌てて立ち上がり聖さんの元へと向かう。当然のように、千歳さんと茉清さんも後に続いてくれた。

「つ、机の中に……」

 聖さんは顔を顰めながらも、戸惑ったように机と床を見遣っている。
 その視線を追ったあたしは、床の上に転がっている画鋲を見つけて、それを摘み上げた。針の先端に血が付いている。

 「ちょっと見せて」


 あたしが画鋲を拾い上げている間。
 意外と云っては失礼かもしれないけれど、真っ先に動いたのは茉清さんだった。戸惑っている聖さんの右手を取り、傷口を顕にする。
 遠巻きに見守っていたクラスメイトが、軽い悲鳴と共に口を押さえた。
 傷口を見るとそうでもないが、結構な量の出血がある。画鋲の針で引掻いてしまったみたい。こういう傷は痛みも残るし、血もなかなか止まらないんだよね。

「これは、ちゃんと手当てしないと駄目だな」

 茉清さんは直ぐにそう判断して、懐から出したハンカチで傷口を押さえた。

「えっ……あの?」
「血が出ている時は、傷口の上を押さえないと駄目よ。さ、保健室に行こう」
「えっ、えっ?」

 聖さんが戸惑うのも無理ないなあ。茉清さんが積極的に動こうとする事って少ないから。
 これはやはり、昨日のケーキ屋に一緒に行ったのが関係してるんだろう。茉清さんの機嫌が良かったせいか、聖さんともそれなりに話していたし。

「ああ、ハンカチは綺麗なものだから、安心して――」

 いや、聖さんが戸惑っているのはソコじゃないから。
 茉清さんは、どことなくピントのずれた事を云いながら、聖さんを促して保健室へ歩いていった。後に残ったのは、茉清さんの行動に呆気に取られたクラスメイトの面々だけ。
 あたしはそんなクラスメイトの姿に苦笑しながら、聖さんの机の中を覗き込む。

「……やっぱり」

 あたしの視線の先。机の中に有ったのは、セロハンテープの切れ端。
 この手の悪戯は、あたしも中学生の頃によく仕掛けられたから分かる。針をただ指に刺しただけなら、あんなに沢山の血は出ないのだ。
 普段のあたしなら、声高に誰が悪戯したかを問い質しただろうけれど。

 脳裏に、先日の順一さんの言葉が蘇る。同時に、中学生の頃のあたしの姿も。

 騒ぎを大きくする事で困るのは当事者だ。この場合は聖さんということになる。
 明らかに性質の悪い悪戯。ならば、それをしたのは聖さんに悪意のある人間だ。訳の分からないことで怪我をしたうえ、心労まで掛けさせたくはない。
 このセロハンテープは、真実と一緒にあたしのポケットの中に入れておこう――な〜んてちょっと不謹慎ながら格好良いことを考えつつ。
 それを剥がしてポケットに入れたあたしは、その時漸く、千歳さんが何も云っていないことに気が付いた。

「千歳さん、どうかしたの?」
「……」

 帰ってくる言葉が無い。いつもは賑やかな千歳さんが、こんな状況で静かにしているのは変に思える。真っ先に聖さんの心配をしそうなものだけれど。

「千歳さん?」
「……」

 返答の無い千歳さんの顔を覗き込む。

「あ……れ……?」

 あたしは、亡羊とした千歳さんを想像したんだけれど。そこに居たのは、怜悧な瞳を思慮深く細めて、何事かを思う千歳さん……じゃ、無い?

「もしかして、千早さん?」
「えっ? あ……っ」

 今気が付いた、というように体を震わせる。この反応からすると、やっぱり千早さんなんだろう。

「ちょっ……大丈夫なの?」

 あたしは小声で問いかける。女の子がいきなり男の子になったら大変なんてもんじゃない。と、視線を胸元に落とすと。
 あれ?
 ちゃんとある?

「すみません、薫子さん。とりあえず屋上まで……」
「あ、うん、分かった」

 一体、何がどうなってるの?





 きい、と軋んだ音を立てて、屋上に繋がる扉が開く。
 聖應女学院の校舎屋上は、取り立てて何も無い空間だ。立ち入り禁止にされているわけではないが、ベンチも無ければ鉢植えも無い、それどころかフェンスさえ無い場所だ。
 安全性という点で考えれば、赤点間違いなし。よくこのまま放置されているなあと思うけど、そもそも立ち入る人間が殆ど居ない場所だ。
 だからこそ、こうして内密の話ができるんだけれど。

「それで……千歳さんはどうなっちゃったの?」

 あたしの後に続いて屋上に出た千早さんは、周囲に目を向けて誰も居ないことを確認してから、徐に口を開いた。

「千歳さんは、今、失神しているみたいです」
「はあ!?」

 いや、幽霊が取り付いて男が女になる現実が目の前に在るんだから、そういうこともあるかもしれないけれど。幽霊が失神って。

「なんと云うか。……千歳さんは、いわば精神だけの存在で、ストレスなどに弱いんです」
「……そうなの?」
「出血などを見て気持ちが悪くなる人って居るでしょう? こんなことを云うのもなんですが、千歳さんは……初潮もまだでしたので」

 あたしは千早さんのその言葉に、あ、と声を漏らす。
 あたしたちぐらいの年齢になれば、血にはそれなりに慣れるものだけど。それを知らない千歳さんにしてみれば、さっきの事件はさぞかしショッキングな光景だったはず。

「今は体がこうなっているとはいえ、元々が男ですし。そういうのはありませんから」

 多少顔を赤くしながら、千早さんが居心地悪そうに云う。まあ、ある意味セクハラ発言だし。
 そうだよね。そもそも、どういう理屈で身体の性別が変わるか分からないんだから、どんな不都合があるかも分からないよね。
 そう考えると、やっぱり今の千歳さんの立場って、かなりのタイトロープなんだ。

「……って、そう、それよ。何で今は千早さんなのに、女の体なの?」

 『中身』は千早さんなのに、ちゃんと膨らんでいて丸みも有るボディライン。それは間違いなく女性のものだ。

「え? ああ。これですか」

 千早さんは、自分の胸を指差しながら苦笑して。っていうか、その結構なモチモノを「これ」って云うな。

「千歳さんが意識を失っていても、憑依している状態なのは変わらないので。……っと、千歳さん、目を覚ましそうですね」
「えっ?」

 そんなこと分かるの?
 あたしが息を呑んで千早さんを観察していると、千早さんは目をそっと閉じて、かくん、と居眠りする人のように膝が落ちた。

「わっとと。危ないなあ」

 直ぐ傍に居たのが幸いして、なんとか体を抱き止める。

「んっ……あれ? 薫子ちゃん?」
「千歳さん。大丈夫?」

 あたしの腕の中の人は軽く身動ぎして、その時にはもう、千歳さんになっていた。

「ココどこ?」

 さっきまで意識が無かった千歳さんにしてみれば、瞬間移動みたいなものだろう。

「屋上だよ。さっきまで、千早さんが『表に出ていた』の」
「そっか。また迷惑かけちゃったなあ」

 千歳さんはちょっと困ったように苦笑する。肩を貸して教室まで戻る間、「結構あるんだよね、こういうこと」と打ち明けた。
 えっ? それってちょっと聞き捨てならないんだけど。もしかして、その度にあたしがフォローする事になるの?
 ……なるんだろうなぁ。



 教室に戻ってきてみると、何故か妙にぎこちない茉清さんと聖さんが居た。
 顔が赤いんだけど、何か有ったのかな?





 放課後。
 結局、あたしは聖さんや茉清さんに、画鋲が誰かの悪戯であると云うことが出来なかった。
 聖さんのような優しい人にこの事を教えたらどんな精神状態になるか、あたしにも分かる。
 更に、ストレスで『失神』した千歳さんがこのことを聞いたらどうなるか、というのも心配事の一つだ。寮に帰ったら史ちゃんに相談しなきゃ。
 既に人影が疎らになってきた教室。
 あたしは皆が帰るまで、のんびりと座って待っていた。

「薫子ちゃん、帰らないの?」
「え? ああ、ちょっと用事があるんだ。先に帰って」
「む〜……」

 ありゃ、千歳さん拗ねちゃった?
 でも、あの悪戯のことをちゃんと考えるには、あたし一人の方が都合が良さそうだし。
 あたしが片手で拝むようにして(幽霊の千歳さんにすると冗談にならないかも……)謝ると、千歳さんは渋々といった感じで鞄を持つ。

「それじゃ、先に帰ってるね」

 軽く手を振った千歳さんは、扉に手を掛けて横に引く……その前に、廊下側から扉が開かれた。

「わっ?」
「おっと、これは失礼」

 バランスを崩してよろける千歳さんを支えたのは、背の高い女の子。

「ケイリじゃない。どうかしたの?」

 ケイリ・グランセリウス。
 昨年の頭に聖應に編入してきた、一風変わった女の子。
 日焼けとは色合いの違う褐色の肌に、柔らかい色のブルネット。千歳さんの肩越しにこちらを見る瞳の色は、綺麗なエメラルドグリーンだ。

「やあ、薫子。久し振りだね」

 ケイリは軽く会釈すると、腕の中に居る千歳さんに視線を落とす。

「貴女とは初対面だね。始めまして。……私は、ケイリ・グランセリウス。夜に在り、数多星々を司る星の王女だ」
「ふえっ? 王女?」

 ……やっぱり驚いた。そうだよね、初対面でアレじゃ。

「って云うか、まだその挨拶してたんだ」
「勿論。これは私の挨拶の常套句だからね」

 呆れて呟いたあたしの声を拾ったケイリは、澄んだ笑みを浮かべて千歳さんを見た。

「え、えっと、ハウ・ドゥ・ユー・ドゥー?」
「いや、千歳さん、日本語でいいから」

 さっき日本語で話してたじゃん。まあ、あの綺麗な目で至近から見詰められたら、戸惑うのも仕方が無いけど。

「あ、うん。私、妃宮千歳です。宜しくお願いします!」

 何故敬語か。
 綺麗に頭を下げる千歳さんを見たケイリは、ちょっと戸惑ったような表情から、一転。

「……貴女は、面白い人だね」

 いつもの微笑とは違う、心底楽しそうな笑顔を浮かべた。

「それで? 今日はどうしたの?」
「おや。私と薫子の仲なのに、用事が無くては会いに来てはいけないのかな?」
「えっ? まさか、薫子ちゃんとケイリちゃんって」

 ガーン! という擬音が聞こえそうな表情で、千歳さんがあたしとケイリを交互に見る。

「いや、違うから。恋人とかじゃないから」
「ふふっ。まあ、私たちの仲は千歳の想像にお任せするよ」

 ちょ、何云ってんの。千歳さん、マジで信じちゃう人なんだよ!?
 いや〜ん、と妄想を拡げながら頬に手を当ててクネクネとする千歳さんを、優しい表情で見るケイリ。……なんだろ、姉が妹を見るような、そんな感じ。

「もう……。そういう冗談、感心しないよ? それで、ただ会いに来ただけなの?」

 とりあえず千歳さんのことは置いておいて、あたしはケイリに会話を向ける。

「まあ、最初はそれだけだったんだけどね。新学期になってから挨拶してなかったし」
「そうだね。寮に遊びに来たのも随分と前だし。……ん? それだけだった?」

 あたしは首を傾げてから、ケイリを促す。

「薫子が困っているようだったから、アドヴァイスしようかってね」
「……占星術?」
「いや。女の勘、かな?」

 あたしには、その二つの違いが分からないんだけど。

「Redcapが居るようだから気をつけるように、と忠告をしにね」
「は? レッドキャップ?」
「そう。独りで居ると危ないから、気を付けてね?」
「……」

 独りで居ると危ない、か。なんて返答すべきか困るところだ。

「ま、それはそれとして」

 神妙な顔をしていたと思ったら、ケイリはまだクネクネしていた千歳さんの体を軽く押さえて、一言。

「千歳が薫子の友だちだというのなら、私も千歳の友だちだ。これからも宜しくね、千歳」

 ちゅっ、と。かつてあたしにそうした様に、千歳さんの頬にキスしてみせた。

「ひゃ!?」
「そうそう。薫子、また今度泊まりにいくから、初音に云っておいてくれるかな?」

 ケイリは相変わらずのマイペース。あたしが頷くのを確認してから、颯爽と教室から出ていった。

「ふわあ……」

 うわあ、千歳さん、真っ赤になっちゃってる。

「千歳さん、大丈夫?」
「どうしよう、薫子ちゃん」
「ん?」

 呆けっとした千歳さんの顔を覗き込む。

「三角関係になっちゃった……」
「うん、とりあえずその考えから離れようね」

 なんか気が抜けちゃった。ケイリに忠告もされたことだし、もう帰るかな……。

「で、なんで恋人だとかそんな考えが出てきたのさ?」
「だって……昨日、薫子ちゃんから借りた漫画に、そういうのがあったから」
「あ、あれはあたしの趣味じゃないよ!? あれは陽向ちゃんから置いてったやつだから!」
「ホント〜?」

 戯ける千歳さんだけど、その表情は明るい。ケイリが自分から友だちだと云ってくれた事が嬉しかったのかな?





 本日の夕食はジャケットポテト。アメリカではベイクトポテトと云ったりもする。
 名前の由来は、ジャガイモの皮をジャケット(服のこと)に見立てているからなんだとか。
 皮と云っても、日本の料理のように綺麗に剥くわけじゃない。大きめのメークインの真ん中をスプーンで刳り抜く感じ。
 オーブンで焼いたジャガイモを半分に切り、その中央を刳り抜くのだ。
 そうやって刳り抜いたジャガイモを潰して、様々な具やチーズで味を調えたら、刳り抜いた場所にそれを戻し、再度オーブンで焼いて出来上がり。
 ……日本人の感覚からすると、メインの料理じゃなくて軽食なんだけどね……。
 ちなみに、あたしの好みは潰したジャガイモに明太子とチーズを混ぜて、オーブンで焼いた後にマヨネーズをかけたもの。
 本場では作られることの無いだろう、和風テイストの一品だ。カロリーが高いのには目を瞑るべし。

「薫子、今日は小食なのね?」
「そうですね〜、いつもはもっと、こう、ガッツリいきますもんね〜」

 食事を粗方片付け終わり、紅茶で一服していると、香織理さんと陽向ちゃんが虐めてきた。

「嫌だわ、薫子。私は薫子の心配をして云ってあげてるのよ?」
「……それなら、もうちょっと誠意のある声で云って貰いたいんですけどね」

 不貞腐れるあたしの声に、食卓に着く皆からクスクスと笑いが漏れる。
 香織理さんがあたしを弄る遣り取りは日常会話と同じ程度のもので、換気扇のような扱い(場の空気を入れ替えるってこと)だ。弄られるあたしとしては、甚だ不本意ではあるけれど。
 この場合、あたしの口を軽くする為というのが理由なんだろう。最初に軽口を叩いて、雰囲気を悪くしないようにしてくれているのだ。

「それで? ホントのところはどうなの?」

 幾分声色を変えて、再度の質問。でも、この場に初音とか千歳さんが居るから、話すわけにもいかないのだ。千歳さんなんて失神してるんだし。

「ん〜、あ〜、ほら、もう直ぐテストだからさ。勉強しなきゃな〜と……」

 我ながら、上手くない誤魔化し方だなあ。

「薫子ちゃん、成績悪いの?」
「はうあっ! ……千歳さん、もう少しオブラートに包んで……」

 胸に刺さる一言。誤魔化しに乗ってくれるのは助かるけど、痛い、痛いです!

「ほっほう、なるほど〜。薫子お姉さまは私と同類なんですね!」
「陽向……嬉しそうに云っていて良いのかしら?」
「大丈夫ですよ、香織理お姉さま。これでも一応、入学試験は合格してるんですから」
「一年一学期のテストは中学の復習ですから、一応、程度の点数だと宜しくないのですが」
「……わたし、大丈夫かな……」
「あっ、そ、それじゃ私と一緒に勉強しましょうか。ねっ?」
「ところで、千歳さんは大丈夫なの? ……まあ、普段の様子を見ていれば分かるけど」
「えへへ……私には、優秀な先生が居るからねっ!」


 先生? ああ、千早さんのことか。羨ましいなあ。
 なにか、話を誤魔化す心算で盛大に自爆しちゃったような……。

「あ、そうそう。初音、ケイリがまた遊びに来るようなことを云ってたよ」
「そうなんですか? それじゃ、色々と準備しておきますね」

 会話が一区切りしたところで、皆が席を立つ。夜更かし出来ない初音と優雨ちゃんは先にお風呂に入り、千歳さんと史ちゃんはその後。
 ……今朝の事を相談するのは、やっぱり香織理さんが一番かなあ。
 あたしがチラと目配せすると、香織理さんは気が付いてくれた。やっぱり、さっきのじゃ誤魔化すなんて無理だよね。

「さて、改めて聞きましょうか?」

 リビングでTVを見ている陽向ちゃんを余所に、あたしと香織理さんは食卓に着いて、再度のティータイムとなった。
 もっとも、こちらを見はしないものの、陽向ちゃんは興味津々といった感じだ。

「うん、まあ話したい事はあるんだけど。どう云ったら良いのか……」
「難しく考えないで。最初から話してくれた方が、私としても理解しやすいもの」
「う、ん……そうだね」

 あたしは、今朝の事件の顛末と、放課後のケイリの話も合わせて説明した。
 香織理さんは適度に相槌を打ちながら、あたしの話を聞き終えて一言。

「ふうん、分かりやすいといえば、分かりやすいかな」
「え、分かるの!?」
「まあ、ね。妬まれてるのよ。その、聖さんは」
「妬む? 何で?」

「薫子。貴女は昨日、その子とケーキ屋に行ったのよね?」
「うん、そうだけど」
「『騎士の君』と『王子』が、……云い方は悪いけど、『村娘』をエスコートしたのよ。分かる?」


 『騎士の君』はあたしの、『王子』は茉清さんの二つ名だ。聖應で人気がある生徒は、こうして二つ名を付けられることが多いのだ。自分で名乗ってるわけじゃないよ?
 しかし、村娘って。いやまあ意味は分かるけど。

「でも、その程度の事で……いや、そっか」

 あたしだって編入したての頃、茉清さんと仲良くしていたから爪弾きにされたんだっけ。

「友だち同士の付き合いにどうこう云いたくはないけど……迂闊だわね」
「う……でもさ」


 云いたいことは分かるけど、一々そこまで周囲に気を使うのも難しいよ。不本意ながら、あたしも茉清さんも、見られるのには慣れちゃってるから。

「――ココだけの話なんですけど」
「わっ、なに、陽向ちゃん!?」


 あたしが口篭っていると、にゅっと陽向ちゃんの頭が食卓に割り込んだ。

「陽向、TVは?」
「後で物騒な話をされていては、気になって画面に集中できませんよ。それにこっちの方が面白そうですし」
「面白いって……ま、良いけど。それで、何がココだけの話なの?」


 陽向ちゃんは椅子を引いて腰掛けると、両肘を突いて手を組み、その上に顎を乗せる。何か、妙に芝居がかった格好だ。

「実はですね、一年の間で噂になっているんですよ。昨日の放課後、ケーキ屋さんの一席で、『騎士の君』と『王子』、『お姫様』に『御前』。その中に、見たことの無い生徒が居たって」
「え、なにそれ!?」


 歩いてるところだけじゃなくて、そんなところまで見られてたの?
 あたしが声を無くしていると、香織理さんの口から盛大な溜め息が漏れた。

「あのね、薫子。貴女は一度、自分がどれだけ目立っているか自覚しなさい」
「そ、そんなこと云われても」
「去年は『白菊の君』の添え物だったかもしれないけれど、今の貴女は最上級生なんだから。……貴女、自分がエルダー候補だって分かってるのかしら」
「えっ!?」


 エルダー!? あたしが聖應の全生徒の『お姉さま』!?

「ま、この話は後でも良いか」

 ちょ、そんな簡単に流さないで!

「エルダーって何です?」

 一年の陽向ちゃんは首を傾げている。まだそんな時期じゃないし、香織理さんからも聞いてないみたいだ。

「陽向には、後で私が教えてあげるわ。ま、兎も角、さっきも云ったように原因は妬み……焼餅のようなものだから、防ぐのは難しいわね。しかも、相手は不特定多数かもしれないし」
「うっ……まあ、何か悪戯されないように、目を光らせておくしかないか」


 朝早く教室に行って、机を調べるくらいはした方が良いかもしれない。でもなあ……ケイリから、単独行動は良くないって云われたし。
 あのケイリの云うことだから、何の意味も無いってことは無いはずだけど。
 ふむ。

「香織理さん、それとは別件なんだけど。レッドキャップって知ってる?」
「『赤い帽子』? なあに、それ?」


 案の定というか、香織理さんは首を傾げてしまった。

「さっきの話で、ケイリがあたしに忠告というか警告というか……まあ、そういうことを云ったのよ。レッドキャップが居るから、独りで居る時は気を付けてって」
「レッドキャップ、ねえ。私には分からないわ」
「そっか……」


 そうだよねえ。ケイリは時々、自分にしか分からない云い方をするから。きっとこれも占星術の言葉か何かなんだろう、と思ったけど。

「あ、私それ知ってますよ」

 意外なところから助けが!

「あ、なんですかその『嘘っ!?』って顔。小説家を目指すものとして、雑学の収集は必須スキルなんですから」
「あ、あはは、ゴメンゴメン。それで、レッドキャップって何なの?」


 ちょっとムッとした陽向ちゃんだけど、それも長くは続かない。自分の知識を披露する方が嬉しいんだろう。

「それはですね〜。確か、西欧の方に伝わる悪い妖精のことですよ」
「悪い妖精?」
「はい。一人で歩いている人に襲いかかって、犠牲者の血で自分の帽子を染める……そんなところから、レッドキャップって呼ばれるみたいです」
「ひええ……なにそれ……」


 だから、独りで居ると危ないって云ってたのか。

「随分物騒ねえ」
「ちなみに、ゲームとかでは『ゴブリン』とかそういう名前で登場してます。こっちの方が分かりやすいですかね?」
「え、そうなの?」


 それは知らなかった。意外なところに意外な繋がりがあるものなんだなあ。
 しかし、そうか。悪い妖精か。

「しかし、ケイリお姉さまも面白い喩えをしますよね」
「あれ、陽向ちゃん、ケイリを知ってるの?」


 今年度はまだ寮に来てないし、面識は無いと思うんだけど。

「知ってますよ。同じ水泳部ですから」
「あら? 陽向、貴女は文芸部ではなかった?」
「はい、文芸部にも入ってます」
「掛け持ちか。陽向ちゃんは元気だなあ」


 あたしはもう三年だし、フェンシング部に顔を出すだけで十分だ。

「それで、面白い喩えというのは?」

 部活動の掛け持ちに対して肩を竦めただけの香織理さんは、陽向ちゃんに先を促した。

「ほら、良く私みたいな美少女をして『妖精みたい』なんて云うじゃないですか? だからつまり、レッドキャップが居るってのは『悪戯をする悪い女の子が居ますよ』って喩えなんですよ。妖精は人の居ない時に悪戯するものですから、早朝か放課後にでも画鋲を仕込んだんでしょうね」

 胸を張って自分の推理を披露する陽向ちゃん。なるほど、筋は通っているみたい。

「……妖精? 陽向が? ふっ……」
「鼻で笑った!? 真正面から否定されるより厳しいっ!」

 漫才のような遣り取りを聞きながら、しかし、あたしの頭にあるのは別の事。
 ケイリの忠告には、二通りの考え方が有る。
 一つは、昨日順一さんが云ってていたことに関係するんじゃないかってこと。
 もう一つは、この悪戯の犯人を懲らしめる時に、何がしかの揉め事になるんじゃないかってこと。
 自分で云うのもなんだけど、あたしは言葉で相手を遣り込めるのは苦手だから、どうしても物騒な展開になっちゃうんだよね。
 だからって、このまま放っておくわけにもいかないもんなぁ。さて、どうしたものか。

「あ、そうそう。陽向ちゃん」
「はい?」
「漫画を貸してくれるのは良いんだけどさ、百合モノを持ってくるのは無しにしてね、お願いだから」


**********
 千歳の出番がボケばかり……。
 でも、別にそれだけじゃないので。
 乞うご期待?

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・針の先端に血の付いている→針の先端に血が付いている
・聖さんの机の中を覗きこむ→聖さんの机の中を覗き込む
・悪戯であるということ→悪戯であると云うこと

あと、ケイリの自己紹介がちょっと違うような気がして…
Leon
2011/11/18 12:32
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