A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 1-3

<<   作成日時 : 2010/10/08 12:54   >>

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 話が全然進展しませんね〜。

 この感じだと、一話が終わるまであと3回ぐらい?


**********


「失礼します」
「わっ?」


 漫才のような会話を続ける香織理さんたちに気を取られていると、背後から史ちゃんの声が聞こえた。
 気配を感じさせずに食堂の中に入ってくるとは。扉の開く音がしなかったんだけど……。

「申し訳ありません。お風呂が空きましたので、お知らせに来ました」

 ぺこりと頭を下げる史ちゃん。相変わらずの無表情にももう慣れたなあ。

「史ちゃん、もう上がったの?」
「はい、お先に頂きました」


 寮の中では、お風呂の順番は決められている。
 初音は優雨ちゃんと最初に入るし、次は史ちゃんが千歳さんと一緒に入るから、後はあたしたちだけだ。

「さて、それじゃあ私も入ってしまいましょうか」
「あ、香織理お姉さま、ご一緒して良いですか?」
「あら、また? まあ、構わないけれど」


 陽向ちゃん弄りを終えた香織理さんが席を立つと、弄られていた陽向ちゃんも後に続く。こういうところを見ると、本当に仲が良いなって思う。
 寮の中での香織理さんは面倒見の良いお姉さんで、たった一ヶ月ですっかり打ち解けてしまったみたい。
 陽向ちゃんは一人っ子で姉妹に憧れているって云ってたし。これは良い出会いだったんだろう。
 香織理さんもこういう姿を前面に出せば、学院の中でも人気が出ると思うんだけどなぁ。

「薫子はどうするの?」
「え? ああ……もうちょっと後にする。あたしは陽向ちゃんと違って、自虐趣味は無いから」


 主に胸の大きさ的な意味で。

「違いますよ、薫子お姉さま。これは将来の為の研究なのです!」
「はいはい、馬鹿なこと云ってないで、行くわよ?」
「ああん、待ってくださいよお!」


 あたしはパタパタと騒がしく出て行く二人を苦笑で見送ってから、寝る前のお茶の準備をしている史ちゃんへと足を向けた。

「史ちゃん、ちょっと良い?」
「はい、なんでしょうか」


 薬缶に火を付けようとしていた手を止めて、史ちゃんが向き直る。

「今日の千歳さんのことで、三人で話がしたいんだけど」
「……千歳お姉さまは随分とお疲れのご様子でしたので、就寝なさるようにお勧めしましたが」
「えっ?」


 もう寝ちゃったのか。それはまた、随分と早いなあ。

「……薫子お姉さまは、千歳お姉さまの疲労の原因をご存知なのですか?」
「え、ああ、うん。今朝、ちょっとね」

「もし宜しければお教え下さい。私は、御屋敷に千歳お姉さまのことを御報告する義務がありますので」

 あ、やっぱりそういう仕事もしているんだね。

「今、お茶をご用意致しますので」
「あ、待った待った。あたし、もうお腹いっぱいだから」


 ついさっきまで、香織理さんたちとお茶を飲みながら話してたんだし、さすがにこれ以上はお腹に入らない。

「……。そうですか」

 史ちゃんは軽く頷いて、食堂へと戻っていく。
 ……なんだろ、今の間。もしかして、お茶を淹れられなかったのが残念だったのかな?



 かくかくしかじか。



「……由々しき事態です」

 あたしから一通りの説明を聞いた後、史ちゃんの放った一言は、深刻な響きを含んでいた。表情があんまり変わらないので分かり難いけど。

「そんなに大変なの?」

 何気なく尋ねた一言に、史ちゃんの目が細まる。

もしや、と思いますが。薫子お姉さまは、今の千歳お姉さまの状態が、正常なものであると認識しておられるのでしょうか」

 うっ、変なスイッチが入った?

「そもそも、千早さま――男性に幽霊が憑いて女性になるなどという話、史は寡聞にして存じません。史が知らないだけならば兎も角、前例の無い荒唐無稽な話なのですから、何が起きても不思議ではないのです」

 怯んだあたしを気にすることなく、史ちゃんの追撃は続く。

「そもそも――」
「分かった、分かったから! 話の途中で悪いけど、そのあたりの話はまた今度で、ねっ」
「――仕方がありません」


 ちょっとムッとした(あたしにも分かったくらい)史ちゃんは、それでも矛を収めてくれた。
 失礼、と云ったかと思えば、音も無く席を立って厨房へと向かう。戻って来たその手には、ビスケットサンドアイスが有った。史ちゃんの好物だ。

「いいですか、薫子お姉さま」

 そう云うと、袋からアイスを取り出して、綺麗に二つに割ってみせた。
 はて、どういう意味? あたしに分けてくれる……とかじゃないよねえ。

「このように、物体の形を変えるためには、力が必要になります」
「は?」
「男が女に変わるということは、つまり、それだけの力――エネルギーが必要になるのです」


 あー、アイスを例にした意味が分からないけれど、なんとなく云いたいことは理解できた。

「史には理解不能な、何等かの力。おそらくそれは千歳お姉さまの『心』の力なのでしょうが、それが消耗するということは、つまり――」
「――つまり、千歳さんが消えてしまうかもしれない。そう云うことね?」
「はい」


 確かにそれは、少々困った事態だ。幽霊である千歳さんは、意志の力でこの場所に留まっているようなもの。
 そして、それは千早さんに取り憑いている間、常に消耗していることになる。男の体を女の体にする為のエネルギーが。
 今朝、千歳さんは『結構あるんだよね、こういうこと』と云った。これはちょっとヤバイんじゃないの?

「更に云えば、そもそもの体は千早さまのもの。体が創り変わるほどの力を受けて、平気でいられるはずがありません。表には出しませんが、千早さまも大分お疲れのご様子。今のままでは共倒れになってしまいます」
「うっ……」


 そうか。
 千歳さんと出会ってからそろそろ一ヶ月。
 すっかり馴染んでしまった日常だけど、それは幾つもの偶然と奇跡の上に成り立っているんだ。安穏としていられる状況じゃないんだ……。

「ねえ、史ちゃん。千歳さんはこれだけの長い間、ずっと憑きっぱなしで居た事ってあるの?」
「……いえ。史の覚えている限りは、ありません」
「そっか」


 そうなると、回復させる一番良い方法は、休ませる事だよね。
 でも、見た目も行動も元気一杯の千歳さんだから、休めって云って素直に休むとは思えない。
 『友だち百人計画』だって、全然進んでいないんだから。

「とりあえず、史の方で何か対策を考えておきます。薫子お姉さまは、千歳お姉さまのフォローをお願いします」
「あ、うん。それは構わないよ」
「それと、これを」
「あ、ありがと」


 史ちゃんは手にしたアイスを眺めた後、半分をあたしに差し出した。目の前で半分にしたのに両方とも食べるのは気まずかったのかもしれない。
 あたしは史ちゃんから差し出されたアイスを頬張りながら、厄介事の多さに先行きの不安を感じていた。
 ……このアイス、買収って意味じゃないよね?





「うあぁ〜……」

 翌朝。
 呻きながら掴んだ目覚まし時計の数字は、タイマーよりも三十分ほど早かった。こんなに早く目が覚めたのは久しぶりだけど、ちっとも爽やかじゃない。
 千歳さんのこと、性質の悪い悪戯のこと、家業の客に関するアレコレのこと。
 悩ましい問題を抱え込んでしまったあたしは、床に就いてからもウジウジと考え込んでしまい、碌に眠れなかったのだ。

「でも、二度寝すると起きれないしなぁ」

 自慢じゃないけど、絶対に起きられない。
 そういえば、こんなに寝不足状態なのって久し振りだ。奏お姉さまが居た時は、そもそも夜更かしなんてしなかったし。
 ……そうか。昨夜の就寝前のティータイム、千歳さんが休んでいたから中止して。いつもの夜と違いすぎたから、良く眠れなかったのかも。
 なんにしても、制服に着替えて食堂に行くとしよう。温かいお茶でも飲んで、目を覚まさなきゃ。

「おはよう、みんな」

 若干フラフラしながらも食堂へと辿り着き、扉を開けて挨拶する。

「あ、おはよう薫子ちゃん。今日は一人で起きれたの……ね……?」

 厨房からお茶を持って現れた初音が、挨拶の途中で動きを止めた。なんだろ?
 周りを見ると、みんなも唖然とした顔をしてる。はて、どこか変な格好をしているかな。

「……薫子ちゃん。顔が酷いことになってるよ?」

 ……えっと。

「初音ぇ、ソコはせめて、顔色って云ってくれない?」
「『顔』で合っているわよ。薫子、貴女、鏡をちゃんと見た?」

 やれやれと肩を竦める大仰なジェスチャーと共に、香織理さんが、部屋の壁に掛けられた鏡を指差す。

「へ? ……うっわ」

 思わず声が漏れた。鏡の中のあたしは、目の下にはっきりとクマが出来ている。
 あたしよ。いくら寝不足だからって、これを見逃すのは女としてどうなのよ。

「薫子お姉さま、朝食の後で、軽くメイクを施して誤魔化しましょう。史がお手伝いしますので」
「あ、うん。宜しくお願いします」


 思わず敬語になって頭を下げる。
 食卓に着いて、初音の入れた紅茶を飲んで、ふっと一息。そんなあたしを余所に、史ちゃんがみんなの分の食事を取り分けていく。
 あたしの前に用意された分量は、いつもより少ない。体調を見て配膳を調整するって、本当なんだ。

「主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え。アーメン」
「アーメン」


 お決まりの文句と共に朝食が始まる。
 みんな、あたしに何か聞きたそうな感じだったのは、仕方の無いところなんだろうな。ある程度の事情を察したのか、香織理さんや陽向ちゃんはちょっと呆れ気味だったけど。
 こういうときに、遠慮しながらでも確りと自分の意見を通すのは――

「薫子ちゃん、なにか、悩み事?」

 ――親友である初音。

「ん〜、悩みって云えばそうなんだけど」

 千歳さんの事は相談なんてできる筈もなし、家業の事にしてもそうだ。だからといって悪戯の話を打ち明けようものなら、それはそれで思い悩むだろう。
 初音は余計な問題まで背負い込んだりしないけど、一度背負ってしまったものは絶対に降ろしたりしない。問題解決まで駆けずり回るだろう。
 生徒会長と寮監ってだけで大変なのに、これ以上余計な手間を増やさせるわけにもいかないしなぁ。
 そういうわけで、結局は無難な云い訳になってしまうのだ。

「ほら、昨夜にテストの話をしたじゃない。それでなんとなく、教科書を眺めながらベッドに入ったらさ、寝付きが悪くなっちゃって……」

 いや、下手な云い訳だと思うよ?
 だからってさ、ソコの二人。「ハァ? ナニソレ?」みたいな顔しないでくれないかな。

「……薫子ちゃん、その……あんまり無理しないでくださいね?」

 ああっ!? 同情混じりの初音の視線が痛い!

「――初音、それって、遠回しに『やっても無駄』って云ってる?」
「そ、そんなことはありませんよ? でも、ほら、一人では効率が悪いと云うか、ねっ?」


 なにが「ねっ?」だ。全くもう。
 そりゃあ、あたし一人じゃ勉強出来ないのは確かなんだけどさ。

「は〜い、私、良いこと考えました!」

 突然、今まで黙っていた千歳さんが手を上げた。

「良いこと?」
「うん。みんなで勉強会をしよう!」


 勉強会!? これ以上厄介事を抱え込むなんて、冗談じゃない!
 ……と云いたいところなんだけど。

「図書室は人が一杯になっちゃうから、ココに集まって。良いでしょ?」

 千歳さんの目がキラキラしてるぅ……。こんなの断れないよ……。
 友だち同士で集まって勉強会なんて、いかにも、千歳さんの好きそうなイベントだもんね。

「……駄目かなぁ?」

 上目使いは卑怯だぁー!!



「薫子お姉さま、色々と申し訳有りません」
「いや、半分は自業自得みたいなものだし」


 朝食後に自分の部屋に戻り、史ちゃんに手解きを受けながら化粧中。
 やっぱりと云うか、史ちゃんもあたしの寝不足の原因はなんとなく分かってたみたいだ。

「ところで、薫子お姉さま。もう少し肌の手入れに気を使った方がよろしいのではないでしょうか?」

 うっ。あたしだってそれなりに、奏お姉さまから教わって色々としているんだけど。

「駄目です。駄目駄目です」

 一刀両断!?
 史ちゃんは化粧水と美容液、専用の化粧下地などで手早く準備を済ませ、薄くファンデーションを塗る。その後、ファンデーションとコンシーラーを混ぜたものでクマを目立たないように隠していった。
 その間、あたしは頤を支えられたまま、史ちゃんにまかせっきり。ていうか、そもそもクマとかできることって殆ど無いから、こういう誤魔化し方も知らないんだよね。いや、色々と勉強になります。

「……これで、よろしいでしょう。本日は体育の授業もありませんし、汗が多くならなければ問題は無いと思います」
「ありがと、史ちゃん。遣り方も一通り覚えたし、何とかなると思う」
「はい」
「さて、と。本当なら、今日は早めに教室に行って、悪戯の犯人を現行犯で捕まえるつもりだったんだけどな」


 鞄を持って立ち上がりながら、なんとなく愚痴ってしまう。史ちゃんが悪いって訳じゃないんだけど……多分これ、甘えだなあ。
 この一月で、史ちゃんが妹であることに、随分と慣れたってことなんだろう。
 寮を出る準備を終えていた史ちゃんも、あたしに続いて部屋を出た。

「もしかして、ずっと見張りをされる心算だったのですか?」
「うん。他に方法も無いし」


 二人して、きしきしと鳴る階段を下りる途中。

「……よろしければ、史に任せてくださいませんか?」

 え、と思わず振り向く。

「放課後まで待っていただければ、準備できますので」

 その時の史ちゃんは、相変わらずの無表情。だけど、どこか自信のある口調だった。





 神経を磨り減らすあたしを余所に、その日は何事も無く授業が終わった。
 いや、何も無いわけじゃなかったけど。
 
「しかし、寮で勉強会か。薫子さんの口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」
「はいはい、どうせあたしは勉強嫌いですよ」
「自分で分かっているのなら、改善もできると思うんだけどね」
「あ、あの、やっぱり茉清さんには迷惑でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。確かに図書室は一杯だし、どこか別の場所で勉強しなくてはいけないなと思っていたんだ」
「他のみんなも参加できれば良かったのにな〜。ちょっと残念」


 そう、千歳さんが登校して早々、寮で勉強会をやります、なんて宣言してしまったのだ。
 お嬢様らしい(?)慎み深さなのか、外部参加する人間はたったの二人、茉清さんと聖さんだけなんだけど。
 放課後になって一人になった聖さんが嫌がらせをされるかも、なんて考えで、あたしの方から聖さんを勉強に誘ったのだ。まさか、茉清さんまで釣れるとは思わなかった。
 一人で勉強することもできるだろう茉清さんが、どうして付いてきたのかは分からないけれど。もしかするとあたしと同じように、聖さんのことが気になったのかもしれない。

「そういえば、寮に入るのも久し振りだね」
「あ、実は私、初めてなんです。今まで縁が有りませんでしたし」


 茉清さんは、付き合いで何回かあたしの部屋に来たことがある。でもまあ殆どの生徒は、聖さんのように話に聞く程度だろう。元々、住む人間も少ないのだし。
 両開きの大きな玄関を開けて、二人を中へと導く。きょろきょろとする聖さんの様子が可愛い。

「それじゃ、私は参考書とか色々取ってくるね。薫子ちゃん、案内をお願い」
「ん、分かった」


 二階に向かう千歳さんを見送ってから、あたしは二人を促して食堂へと足を向けた。

「……いつも思うんだけど、まるでウグイス張りだよね」

 茉清さんが呟いたのは、廊下を歩く時の音のこと。

「何回かリフォームしているらしいけど、階段も廊下も音が鳴るんだよねぇ」
「あ、でも私、こういうの好きですよ。日本人のわびさびというか……」


 う〜ん、そういう感じ方もあるのか。

「ふむ。ではここで、一つ勉強だ。本来、侘・寂というのは良い意味ではなくてね。『わび』は『わぶ』の名詞形、つまり立派な状態に対する劣った状態という意味なんだ。端的に云えば貧乏ということだね」
「え、そうなんですか?」
「うん。ちなみに『さび』の方は『さぶ』の名詞形で、本来は経年変化のことを云う。それが転じて、人が居ない、つまり『寂しい』という意味にもなった。つまり……」
「「つ、つまり?」」


 茉清さんの語り口に、思わず息を呑むあたしと聖さん。

「この寮の雰囲気は日本人の美意識には訴えかけるものがあるが、実際には、人が立ち入ることの少ないおんぼろ屋敷ということさ」
「それ、身も蓋もないじゃない」


 確かに、築100年にもなる古い建物だけどさっ!

「ふっ……くくっ……だ、駄目ですよ、茉清さん。そんな云い方しちゃ……」
「聖さ〜ん、笑いながら注意しても説得力ないよ〜」


 三人で笑いながら食堂へと入ると、

「あら、随分と賑やかなのね。……お帰りなさい、薫子。それと、御二人ともいらっしゃい」

 食卓に着いて紅茶を飲む香織理さんの姿があった。

「あれ、香織理さん、今日は随分と早いんだね?」
「ん、まあ、折角の勉強会なのだし、一人で勉強するよりは楽しいかなと思って」


 こっちにどうぞ、なんて茉清さんと聖さんを案内しながら、何でもないことのように云う。朝はあんまり乗り気じゃなかったのに。
 あたしがそう尋ねると。

「だって、ねえ? 千歳さん、あんなに楽しそうにしていたから」

 む……香織理さんも、あの上目遣いにヤラレたのか。ま、仕方が無いよね。

 夕食の準備が始まるまでの二時間ほどの勉強だったけど、あたしが考えていたよりもずっと捗った。途中からは初音も合流して、教師役の人間が増えたのが良かったんだろう。
 ちなみに、ノートの見易さでは千歳さんが一番だったけれど、教師役としては落第点だった。ここをこうすればこうなるでしょ? みたいに、答えが出るのは当たり前みたいな云い方しか出来なかったのだ。
 あたしなんかは、どこが分からないのか分からない状態だけど、千歳さんは、どうして分からないのか分からないとのたまった。
 天才なんて嫌いだ!

「は〜い、みんなおまたせ〜!」

 教師役を降ろされた千歳さんは、厨房に篭ってなにやらデザートを作っていたらしい。勉強が終わった後の軽いティータイムに、勉強を頑張ったみんなへの御褒美なんだそうな。

「おお、これは……」

 あたしは思わず唸ってしまう。
 何故って、先日行ったケーキ屋で売られていたものと遜色ない、立派なケーキが出てきたのだ。
 小振りのカップケーキは、チョコチップの混じったバナナのケーキ。生クリームでデコレートしてある。

「千歳ちゃん、もしかして、予め準備していたの?」
「うん。材料買って、今日ぐらいに作ろうと思ってたんだ」


 初音の質問に、えっへんと胸を張って答える千歳さん。

「さ、遠慮しないで」

 夕食前ではあるけれど、これくらいならば平気だろう。それに、勉強して甘いものが欲しくなってるのは事実だし。

「あら、薫子は勉強に関係なく、甘いものが好きでしょうに」
「そ、それを云わないでよ、香織理さん……」


 生クリームが手に付かないように気を付けて、そっと一口。ふわっとしたバナナの味と、微かに香るアルコール。

「ラムが入っているのね。大人の味、かしら?」

 厭味にならない程度のラムの香気が、鼻の奥へと抜ける感じ。うん、美味しい。

「あ、千歳ちゃん、他のみんなの分は……」

 ケーキを食べ終えた初音が、ふと気が付いて声を上げた。

「大丈夫、優雨ちゃんたちの分の材料も取ってあるから」
「そ、そっか……良かったぁ。私たちだけで食べちゃ悪いものね」


 食べ終えてから気が付く辺りが、なんともかんとも。

「……そういえば、今日はいつもの侍女さんが居ないね」

 茉清さんが、紅茶のカップを傾けながら、何気なく尋ねる。史ちゃんは監視道具を持ってくるって云って、千歳さんの家に帰っちゃってるのだ。

「史のこと? 史は、家に色々と報告する事があるからって、ちょっと帰ってるんだ」
「あら、そうなんですか?」
「うん。お仕事だからね。史はあれでも、ちゃんとした侍女さんだし」


 初音の問いに、千歳さんは当たり前のように頷く。

「あら、ちゃんとした侍女ってことは、アルバイトとかではないの?」
「違うよ。雇用契約を結んでいる、れっきとした侍女さんだよ。史は社会人なのだ」
「そ、そうなんだ……」


 知らなかった。……ん? ということは、実はあたしたちの誰よりも『大人』ってこと?

「ある意味、卒業後の進路は安泰ということになるのかな」

 ああ、確かに。もう就職しているんだから、思い悩むことは無いよね。

「進路かぁ……みなさんは、どうするか決まっているんですよね?」

 ふうふうと、両手で持った紅茶のカップを冷ましていた聖さんが洩らす。……取っ手を持とうよ聖さん、湯飲みじゃないんだから。まあ、仕草は可愛いけど。

「そうねえ。私はこのまま、上にスライドするかしらね」
「私もそうですね。外部に進学するのは、両親が嫌がっていますし」


 初音のところは大変だよね。そもそも寮に入ったのだって、親の過保護が原因だし。まあ、入学当初の姿を知っているあたしとしては、納得できる理由だったけど。

「私もそのつもり。外の学校で何か興味を引く事があれば、志望校を変えるかもしれないけどね」

 茉清さんは流動的みたい。まあ、外部を受けて仮に落っこちたとしても、そのままスライドは可能だし。

「あたしも、今の所はみんなと同じかなあ」
「あら、薫子はそもそも学力が足りてないから、外部は無理なのではなくて?」
「う、ひどいよ香織理さん! ……まあ確かに、それを認めるのは吝かでないですけれども」
「あらあら、何を云っているんだか」
「もう、あたしのことはいいじゃない。……そ、そうそう、千歳さんはどうなの?」


 あたしは香織理さんのからかいをかわす為に、目が合った千歳さんに話を振った。……って、まずい、千歳さんは!

「え? 私は……まだ決めていないかな。やりたいことは沢山あるけど、どれも難しい事ばかりだし」
「そうなんですか? 千歳ちゃんなら、大抵のことは上手くやれそうですけどね」


 初音の言葉に、千歳さんは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
 でも、それが肯定の笑みではなく、諦観の笑みだって理解できたのは、あたししか居なかった。





 はぁ……と吐き出した息は、黄昏時の赤色の中へと溶けていく。
 茉清さんと聖さんを学校の門まで見送ったあたしは、桜並木をウロウロと行ったり来たりしながら史ちゃんが帰ってくるのを待っていた。

「失敗したなぁ」

 もう一度、溜め息交じりの声が出る。
 先が無いことが分かっている人に、あんなことを云っちゃうなんて。普段の千歳さんがあんな感じだからって、普通の人じゃないってことは良く知っているのに。
 鬱々と考えながら、ゆっくりと暗くなっていく桜並木の中を歩いていく。
 ……ふと、誰かの気配を感じて顔を上げた。

「ごきげんよう、騎士の君」

 順一さんに渡された写真に写っていた顔が、そこにあった。



 ホント、失敗したなぁ。




**********

適当すぎるプロットのせいで、どうにもこうにもまとまりが付かない。
番外的なもので千歳視点とか書かないと、理解不能になりそうです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
・なにがしかの力→何がしかの力
・大仰なゼスチャー→大仰なジェスチャー

報告させて頂きました
Leon
2011/11/06 08:34
Leonさん、ご指摘有難うございます。
こちらも修正完了です。


A-O-TAKE
2011/11/06 21:42
再び報告です


・ついさっきまで、香織さんたちとお茶を→ついさっきまで、香織理さんたちとお茶を
Leon
2011/11/18 13:27
度々すみません

・外部参加する人間はったの二人→外部参加する人間はたったの二人
Leon
2012/01/18 21:13
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