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zoom RSS 妃宮さんの中の人 1-4

<<   作成日時 : 2010/10/17 11:07   >>

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 筆が遅い……。



**********

「ごきげんよう、騎士の君」

 夕闇に沈みつつある桜並木。日没よりも暗くなるのが早いのは、ビルの陰に夕日が隠れたからだ。
 数歩先に立つ人の表情が陰になって窺えない。そんな、誰彼時という言葉がぴったりな時間帯に、その女の子はそこに居た。
 君原春美さん。親爺の会社に金を借りて、返せなくなった人の娘。そんなことでもなければ、あたしとは接点がなかっただろう女の子。
 不意に、ぶるっと体が震えた。
 それは寒さのせいでなく、怖さのせいでもなく。中学時代には良くあった有象無象の悪意を思い出して、武者震いに近いものだった。要するに、体が勝手に身構えたのだ。
 考え込みながら歩いていたりしなければ、ここまで近付かれずに気付く事ができたのに。愚痴ったってどうなるものでもないけれど、そう思わずにはいられない。
 二人して止まったまま、じっと、互いの視線を交わす。
 とりあえず何か云わなくては、と思ったのは、何秒後だっただろう?

「ご、ごきげんよう。……随分と遅くまで残ってるんだね?」

 あ、余計な一言だったかな? 緊張して硬くなったあたしの声は、詰問のようにも取れるだろう。
 す、とお嬢様らしい静けさで、君原さんがあたしに近付く。
 歩数にして五歩ぐらいの距離で、あたしと君原さんは正対した。
 これでも剣道三段、不意打ちにだって対応できる……そんなことを考えながらじっと動きを見ていると、その表情に苦笑が浮かんでいるのが見えた。

「……なにも、しませんよ。信じてもらえないかもしれませんが」

 あ、あれ?
 なにか、想像してたのと違うなあ。

「その様子だと、私の事は知っているみたいですね」
「え、あ、うん」


 ごく普通に、知り合いに話しかけるような口調の君原さん。
 その云い方からすれば、君原さんの方でも、あたしが親爺の――金貸しの――娘だってことは分かっているはずなのに。
 今の状況であたしに文句を云うならまだしも、こんな穏やかな対応をされるなんて思ってもみなかった。
 あたしの戸惑う様子が可笑しかったのか、君原さんは、今度は口元を押さえて深く笑った……ように見えた。

「……名残を惜しんでいたんです。もう直ぐ、転校しますので」

 遅くまで学院に居たことの理由なのだろう、そんな言葉と共にあたしを見詰める。

「そっか。その……」
「云わないで下さい。自分でも、まだ気持ちの整理ができていないので」
「ん……」


 表情が分かる距離に立ち、先程と同じに互いを見る。
 なにか、不思議な時間だった。ゆっくり、ゆっくりと暗くなっていく世界のなかで、恨み恨まれる二人が向かい合って立っている。

「……明日」
「え?」


 呟かれた言葉に慌てて聞き返す。あたしの促しに励まされたのか、君原さんははっきりと云い直した。

「明日、もう一度お話させて頂けますか?」
「うん、良いよ」


 即答してしまったのは、きっと、この子の瞳が『憎くて堪らない』なんて色をしていなかったから。
 君原さんはちょっと驚いたような顔をした後、苦笑とは違う微かな笑みを浮かべて頭を下げた。
 君原さんがあたしに云いたい事は、きっと一杯あるんだろう。でも、この場では何も云わずに、ゆっくりとあたしの脇を通り過ぎて校門へと去っていく。
 明日、か。明日は色々と正念場になりそうだ。

 ふと腕時計に目をやれば、僅か十分程度の邂逅だった。



 君原さんと入れ違うように戻ってきた史ちゃんに気が付いたのは、やたらと大きめなスポーツバッグを両手に抱えて、あたしの目の前に立った時だった。

「お待たせしました、薫子お姉さま」
「うん、お疲れ様……」
「……? とりあえず、準備を済ませてしまいましょう。時間に余裕が有りませんので」


 なんとなく気の抜けたあたしの返事に首を傾げながら、史ちゃんが促す。

「そうだね。門限までもう直ぐだし」

 史ちゃんと共に昇降口へと早足で進むと、ちょうど警備員さんが扉を閉めるところだった。隣にはシスターも居て、それを確認している。
 ここで駆け足をしたり大声を出したりすると、シスターに怒られて余計な時間を取られちゃう。焦れる気持ちを抑えて足早に進む。
 あたしたちが昇降口へ辿り着いた時は、三つある入り口の二つには鍵が掛けられていた。

「すみません、シスター」
「はい、なんでしょうか?」


 あたしの声に振り向いたのは、眼鏡を掛けた年嵩のシスター。あたしも何度か怒られたことのある、校内のシスターの取り纏め役だ。
 思わずうっ、と怯んだあたしに、シスターも目を細めて表情を曇らせる。こういうとき、有名人は辛い。

「七々原さん。こんな時間にどうしました?」
「あ、えっと、教室に課題を忘れてしまいまして……」


 とっさに出た云い訳にしては、まずまずのものだったろう。何故なら、以前にも同じ理由で校内に舞い戻ったことがあったから。

「……またですか。七々原さん、貴女はもう三年生なのですから、もう少し落ち着きを持って行動すべきですよ」

 案の定、シスターは呆れ顔をしながらも、特に疑うことなく体を避けてくれた。これも日頃の行いの賜物(?)だ。

「はい、申し訳ありません」

 手を抜いて謝ると余計に時間を取られるので、丁寧に頭を下げる。シスターはあたしの隣に居る史ちゃんに目を移すけれど、特に何も云わなかった。

「待っていますので、早く戻るように。良いですね?」
「はい、失礼します」


 シスターと、苦笑している警備員さんの間をすり抜けて、史ちゃんと一緒に靴を履き替えて階段を上る。

「全く……先程の生徒たちといい、春も終わったというのに気の抜けている子が多いこと……」

 なにやらブツブツと云っているシスターの言葉に足を止めそうになったけれど、今はそんな場合じゃない。

「急ご、史ちゃん。見回りの人に見つかると面倒だし」
「そうですね。走らない程度に」


 蛍光灯の灯った廊下の中を、競歩のようにセカセカと歩く二人。外から見るとかな〜り怪しく見えたかも。

 既に明かりの消えていた教室に辿り着き、中へと入る。

「薫子お姉さま、史は急いで準備しますので、見張りをお願いします」

 あたしが教室の明かりをつけている間、史ちゃんは抱えていたスポーツバッグから荷物を取り出して準備を始めていた。
 ノートPCや薄手の鞄などを次々に取り出して、あたしには良く分からない手際で段取りを済ませていく。
 あたしは教室の入り口で、呆気にとられながらそれを見ていた。

「は、速いね……慣れてるの?」
「侍女ですから」


 え、侍女関係あるの?
 史ちゃんは、鞄を教室の後にある棚(生徒が荷物を入れておく場所)の上に置くと、位置を調整している。

「薫子お姉さま、その画面にきちんと聖お姉さまの机が映っているか、確認して下さい」

 そう云われてノートPCの画面に目を向けると、なるほど、聖さんの机が中央に映っていた。

「大丈夫だよ、史ちゃん」
「分かりました」


 位置調整が終わったのだろう。棚の上に置いてある鞄は開口部が確りと閉じられていて、中にカメラが仕込まれているなんて全く分からない。

「凄いね……その鞄のドコで撮影しているんだろ」
「御屋敷で使われている監視カメラの予備を拝借してきました」


 なんでも、ピンホールカメラとか云う物らしい。
 鞄に小さな穴を開けて、その穴にカメラのレンズを固定する。外から見るとカメラだなんて誰も気が付かないだろう。
 んん? これもしかして、監視カメラじゃなくて盗撮用なんじゃ……。

「……えっとさ、頼んだあたしが云うのもなんだけど、そんなの持ってきちゃって大丈夫なの?」
「はい。史は、御屋敷で監視カメラなどの保守点検などもしておりますので」
「ええ? 史ちゃん、そんな仕事もしてるの?」
「侍女ですから」


 侍女すげー。

「完了しました」

 そう云ってノートPCを閉じる史ちゃんは、どことなく『良い仕事をしました』と云っているようだった。

「カメラで撮影された映像は、自動的にこのノートPCに録画されるようになっています。明朝、昇降口が開く時間に合わせてタイマーを合わせましたので、何かありましても見逃す事は無いと思います」
「お、お疲れ様……」


 あたしは別に機械オンチとかじゃあないけれど、史ちゃんの手際を見ていると、自信が無くなってくる。今の世の中、あれぐらいの操作はできなきゃいけないんだろうか?

「さあ、早く戻りましょう。シスターが見回りに来る前に」
「そうだね。忘れ物は?」
「ありません」
「じゃ、撤収」


 明かりを消し、もう一度だけ教室の中を見回す。

「正直な話、こんな努力が無駄になる事が一番良いんだけどね」
「そうですね。ですが……いえ。戻りましょう」


 史ちゃんが云いかけたことは、あたしにも想像が付く。
 何も無いのが一番なんだろうけれど、きっと、そうはいかないだろう。
 怪我をした聖さんは、茉清さんと一緒に保健室へと行った。香織理さんの見立てが合っているとすれば、あの悪戯は全くの逆効果だったということになる。
 今日だって、茉清さんやあたしたちと一緒になって、寮の中で勉強会なんてしている。そんな心算はなかったけれど、結果的には悪戯した子の神経を逆撫でするようなことをしたわけだ。
 こういった悪戯の犯人は、望む結果が出るまでは意固地になって同じことを繰り返す。あたしが中学時代に学んだ事だ。
 だから、きっと。

 なるべくなら証拠の映像だけじゃなく、悪戯している現場を押さえたいところだ。時間が経って登校してくる人が多くなれば、それだけ騒ぎも大きくなってしまうのだから。
 ……大事になる前に、事件が解決しますように。
 傷付くのは被害者だけじゃない。事件が明るみに出た時は、加害者も同じように傷付くんだから。





 ま、あたしが早起きできるかどうかっていう、大きな問題があるんだけどね。

「史にお任せ下さい、薫子お姉さま。快適な目覚めをお約束します」

 なにそれ、ちょっと怖いんだけど。





「朝でございます、薫子お姉さま。お起きになって下さい。……薫子お姉さま」
「……む……ぅむぅ……」


 なんだろう……誰かが体を揺すってる……。
 この揺れ……良い気分だなあ……。

「薫子お姉さま、お起きになって下さい」

 ……。

「仕方がありません。香織理お姉さまに教わった方法を試してみましょう」

 ……。

『さあ、朝なのですよ、薫子ちゃん。早く起きないと、ご飯を食べ損ねてしまうのですよ?』
「うひゃあ!? お姉さまっ!?」

 懐かしい声が聞こえたと思ったら、いきなりあたしの布団が剥ぎ取られた。

「……あれ、史ちゃん」
「効果は抜群です」
「え?」


 ベッドの脇に、剥ぎ取った布団と携帯電話を持った史ちゃんが、冷ややか〜な目であたしを見下ろしていた。
 手に持った携帯電話から聞こえてくるのは、奏お姉さまの声。どうやら録音されたものらしい。

「な、なにそれ? なんで史ちゃんが、お姉さまの声なんか……」
「香織理お姉さまから頂きました。目覚めの特効薬だそうです」
「は、はあ」


 一体いつの間にこんなものを……。
 と、云うか。こんな音声が有るという事は、お姉さまはこういう事態を想定していたって事だよね。
 至らぬ妹で申し訳ございません!!

「あのう。反省する事は大変結構なのですが、そろそろ準備をするべきだと思うのですが」

 ああ、そうだった。
 早めに準備を終えて、朝食を食べたら直ぐに登校しなきゃ。

「……まあ、快適な目覚めというわけにはいかなかったけど」

 久し振りの声を聞いて、気合は入ったかな。



 朝食を終えて、本来ならば食後のお茶を楽しむ時間。
 あたしと史ちゃんは、ささっと準備を済ませて登校した。勿論、隠しカメラと接続されているノートPCも忘れない。

「どこで待機しましょうか?」
「そうだなあ……」


 屋上まで行ってしまうと現場を押さえる時に大変だし、階段の踊り場当たりが適当だろう。
 朝の時間帯は中央階段を利用するのが普通で、校舎の両端にある階段は滅多に使われないし。

「とりあえず、校舎の端の階段のところに行こうか」
「分かりました」


 こそこそっと、3−Cの教室前を通らないように迂回しながら、階段脇に腰を落ち着けた。

「少々お待ち下さい。直ぐに準備致しますので」

 云うが早いか、史ちゃんは鞄からノートPCやアンテナらしきものを取りだして、手早く組み立て始めた。

「おお……結構距離があるのに、綺麗に映るもんなんだね〜」

 監視カメラって云うから、もっとこう、TVで見るようなノイズの入った映像かと思ってたけど。

「学校内でも、教師用にアクセスポイントが設置されておりますので、それらを利用すれば比較的楽に受信できます。……不正利用ですが」

 ……え〜っと。今、不正利用って云ったよね。
 うん、あたしは何も聞かなかった。あたしはPCには詳しくないのだ。

「ところで……もし悪戯するとしたら、どのくらいの時間帯だと思う?」

 こんな早い時間に登校した事が無いから分からないけれど、あたしの教室(3−C)に限って云えば、全員が集まるのは結構遅い。早く来る人は部活の朝練習がある人ぐらいで、そういう人は直接部室に行くからだ。
 ちなみに、用も無いのに早く登校するのは好ましくない、という校則もあったりする。

「そうですね。あと三十分が限度でしょう。それ以上は人が多くなりますし、用も無いのに三年生の階をうろついていれば目立ってしまいますから」
「そうだね。あと三十分か……」


 む〜、眠たくなってきたあ。夜更かししないで寝たっていうのに、なんだってこんなに眠いのか。やっぱり、朝食を食べてお腹が満たされているからだろうか。

「薫子お姉さま、寝てはいけません」
「んっ、ああ、大丈夫」


 とはいえ、あたしはトコトンこういう事(監視とか)には向いてない。
 お姉さまにも云われて、喧嘩っ早いところは極力抑えるように頑張ったけれど、それでも我慢するよりは体を動かす方が楽なのだ。
 なにより、体を動かしていれば、頭を使わなくてすむ。……イカン、悲しくなってきた。何もする事が無いから、余計な事を考えてしまうんだ。
 だからといって、何も考えずに黙っていると眠くなってしまう。

「そ、そういえばさ。史ちゃん、千歳さんに説明してきたの?」
「説明ですか?」
「うん。早く登校する事に関してとか、その辺りのこと諸々」


 「妹」である前に侍女である史ちゃんのことだから、いくらなんでも千歳さんに黙って出てきたという事は無いと思うけれど。

「あまり詳しくお話しすると、千歳さまの精神衛生上良くないことだと思いましたので、薫子お姉さまと先に登校するとだけ」
「え、それってちょっと拙い」


 千歳さんは好奇心旺盛な人だ。一人で置いてけぼりという事になったら、周りに引き止める人が居なければ、きっと……。

「あ〜、二人ともこんな所に居た! ずるいよ、私だけ除け者にして〜!」

 や、やっぱりいぃ!!
 慌てて振り向くと、そこに在ったのは、腰に手を当てて仁王立ちしている千歳さんの姿。

「あ、いや、別に除け者とか、そういうわけじゃないんだよ?」
「む〜。……? あれ、それ何?」


 あたしの云い訳にぷくっと頬を膨らませたのも束の間、上体を傾けて、あたしと史ちゃんの間に鎮座しているノートPCを覗き込む。別に本気になって怒っているわけじゃないみたいだ。
 しかし、怒りの気配が飛んでいくのは良いとして、肝心の見せたくなかったモノに興味を持たれてしまうのは拙い。

「あ……薫子お姉さま、動きがありました」
「ん? げっ!?」


 慌てて、再度モニターへと目を移す。そこに映っていたのは、クラスメイトではない女の子の二人組みだ。

「ああっ、もう! あっちもこっちも!」

 聖さんの机の中に手を入れてごそごそとやっているその姿は、確実に『クロ』だ。映像は録画してあるからいいとして、人目の少ないときに解決してしまった方が楽なのも確かな事。

「史ちゃん、後、任せた!」
「えっ? あ、薫子お姉さま――」


 映像を見て眉を顰めている千歳さんと、おろおろとあたしと千歳さんを見比べる史ちゃんをを置いて、ダッシュで教室へと向かう。
 今この時ばかりは、校則なんてぶっちぎりだ。マリア様、ごめんなさい!

「そこまでよ、貴女たち!」
「「きゃっ!?」」


 あたしが教室に飛び込むと同時に怒鳴った声で、二人の女の子が動きを止めた。ご丁寧にも、聖さんの机の中に手を突っ込んだ状態で。

「貴女たち、一体何をしているのかな。そんな格好で」
「あ、あの……これは」


 小さな二本結び(お下げ)をした女の子が、おどおどしながら机から手を引っ込めた。その手に何も持っていないことを確認したあたしは、二人の間に割って入る。
 中学時代の経験を生かし、聖さんの机の端に注意しながら手を入れて、掌を横に滑らせる。すると案の定、小指に小さな物が当たった。
 人差し指と中指で画鋲の針を挟み、薬指の爪で引掻いて、貼り付けられていたセロハンテープを剥がす。

「さて。何か云い訳があるなら聞こうか」

 机の中から手を引いたあたしは、ソレを二人の眼前に突き出して、思いっきり睨みつけた。
 自然と低くなってしまった声のせいで、お下げの女の子は既に涙目。

「い、いきなり何ですか、騎士の君。事情が良く分かりませんが」

 だけどもう一人、ちょっと吊り目な女の子は、逆に反発してしまったみたいだ。……と、云うかだね。事情を知りたいのはあたしの方なんだけど。
 僅かな沈黙の後、パタパタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。開いたままの扉から顔を覗かせたのは、千歳さんと史ちゃんだ。

「薫子ちゃん、喧嘩は駄目だよ!」
「おっとと……」


 両手を広げてあたしと女の子たちの間に割り込んだ千歳さんは、どういうわけかあたしに対して頬を膨らませる。

「いや、別に喧嘩しているわけじゃないよ。この二人が悪戯をしていたから、ちょっとばかり絞めようかと」
「し、絞め……」


 あ、やば。本音が出ちゃった。女の子たちがビクッとしてる。

「悪戯って、何?」

 ま、ここまで来てしまっては仕方が無い。千歳さんにも事情を話さないと、この場が余計混乱するだろうし。

「簡単に云えばね……」

 人気のある茉清さんと、ぽっと出の聖さんが仲良くしてるのに嫉妬したこの子たちが、机の中に画鋲を入れていた事を話す。

「そうなの?」

 きょとんとした千歳さんが女の子たちに声を掛ける。あたしの鉾を和らげる様なその言葉に勢いを得たのか、吊り目の子が勢いを取り戻す。

「い、いえ、違います!」
「云い逃れするんだ」
「云い逃れではありません。私たちは、その……この話を噂で聞いて、便乗しようかと思っただけです」
「……ふ〜ん。便乗ねぇ」
「そうです!」


 あたしの冷たい声にも臆することなく、声を張り上げるけれど。

「説得力、無いね」
「な、何故ですか」
「悪戯の日から今日で二日。噂になるぐらいの出来事なら、貴女たちだけじゃなくて、あたしたちにも聞こえてきている筈よ。ところがどっこい、あたしは勿論、千歳さんも知らないし史ちゃんも知らない。どうしてかしらね?」


 腕を組んで見下ろす感じに話すあたしの態度が怖いのか、二人は視線を彷徨わせる。

「そ、それは……お姉さま方の耳に偶然届かなかっただけです」
「……ふ〜ん。生徒会長である初音や、『御前』とも知り合いのあたしに聞こえてこない噂ねぇ」
「あ……それは、その」


 ああ、自分でも嫌らし〜い笑みを浮かべているのが分かる。
 あたしは別に正義の味方ってわけじゃないけど、悪いことをした相手を云い籠めるって、結構楽しい。

「ついでに云っておくけどさ、あたしの教室でさえ、聖さんの怪我は単なる事故って事になってるんだよねぇ。さてさて、一体、貴女たちはどこで噂を聞いたのやら」
「あ……う……」

「さあ、キリキリと吐いてもらいましょうか。どこで聞いたのか、誰から聞いたのか。本当に噂になっているんだとしたら、その話をした人が『犯人』なんだろうし、さ」

 あたしの話を聞いて驚いている千歳さんの横を抜けて、庇われるような状態だった女の子たちの前に立つ。
 普段は嫌だけれど、こういう時、背の高さは武器になる。顎を逸らして見下ろすようにしていると、観念してしまったのか、二人は肩を震わせ始めた。

「全く……泣くぐらいなら、こんな事しなきゃいいのに」
「薫子ちゃん、やり過ぎだよ」
「う……」


 珍しく、千歳さんの低い声が聞こえた。不思議と耳に残る、冷たさを含んだ声だ。

「ねえ、貴女たち」

 あたしの袖を引いて後に下がらせた千歳さんは、二人の前に立って優しく声を掛けた。

「どうしてこんな事をしたのか、ちゃんと、答えてくれるかな?」
「は、はい……」


 女の子たちは、泣きながらも素直に答え始めた。それはまあ結局のところ、香織理さんの予想通りに嫉妬から来るものだった。

「貴女たちが今泣いているのは何故? 薫子ちゃんが怖いから? 違うよね。悪い事をしたからだって、自分でちゃんと分かっているからだよね」

 千歳さんの諭すような声に、只、頷く事で答える二人。

「貴女たちは、茉清ちゃんに望んだように、一人ぼっちの学校に居ることに我慢できる? 聖ちゃんにしたように、机の中に画鋲を入れられても我慢できる?」

 無理だろう。それはどちらも理不尽なもので、普通の人は嫌だと感じるものだ。それに耐えられるのは――自分が正しいと信じる事ができる人だけだ。

「貴女たちは、自分がされたら嫌なことを、他の人にしようとしていたんだよ。それはとても良くないことなの。分かるよね?」
「「はい……」」


 やれやれ。こんなに素直になれるなら、もっと穏便な方法で止めても良かったかな?
 あたしの中学時代のように、拳が飛んでくるような事にならなくて良かった。

「はあ……もういいや。さ、貴女たち、もう自分のクラスに戻りなさい」
「えっ?」
「今回は見逃してあげる」
「で、でも……」


 う〜ん。罪悪感から来るものだろうけれど、無罪放免が納得できないのは、お嬢様らしい潔癖さ故ってことかな。

「貴女たち、自分が何をしようとしていたか、よく分かったでしょ? なら、同じ事は二度としないだろうって信じてあげる。……ただし、『騎士の君』の信用を裏切るような事をしたら――分かるわね?」
「もう、薫子ちゃん、脅しちゃ駄目! 貴女たちも、どうせウチのクラスに来るなら、悪戯なんかじゃなくて遊びに来るようにね。そうしたら、喜んで迎えてあげるから」

 やれやれ。千歳さんは優しいなあ。

「は、はい。ありがとうございます」
「その、本当に申し訳ありませんでした!」


 何度も頭を下げながら、それでも急ぎ足で去っていく女の子たち。
 ……とりあえず、これで一件落着かな。

「それでは、史も後片付けをして撤収します」

 悪戯した子と同じ二年生同士という為か、ずっとあたしたちの後で控えていた史ちゃんが、鞄やノートPCを両手に抱えながら尋ねてくる。

「ああ、ありがとう史ちゃん。一応、録画した映像は残しておいてね?」
「承知しました」


 ま、あの子たちもかなり堪えたみたいだから、証拠は必要無いかもしれないけれど。

「史、またお昼にね」
「はい。千歳さま、今回は申し訳有りませんでした」


 先程二人を置いてけぼりにした時に何か云われたのか、史ちゃんが千歳さんに謝る……けど。

「ああ、いいのいいの。悪いのは薫子ちゃんだしぃ?」
「えっ!?」
「それもそうですね。それでは、失礼します」
「ええっ!?」


 ちょ、人を悪人みたいに云わないで!

「……薫子ちゃん、さっきの見下し目線、悪人みたいだったけど?」
「う……それは、ねえ?」


 うわあっ! こっちを向いた千歳さんの顔が! 私、怒ってますって顔がぁ!

「いい、薫子ちゃん。そもそも――」

 千歳さんがあたしに説教を始めようとした、正にその時。

「あら、おはようございます、二人とも。今日は早いのね?」

 天の助け、クラスメイトのこよりさんが登校してきてくれた。

「こよりさん、おはよう!」
「……おはよう、こよりちゃん」

「習慣って怖いわね。朝練が無い日でも、ついつい早く学校に来ちゃうんだもの。……あら、二人とも、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない。大丈夫」

 あたしがヒラヒラと手を振ると、こよりさんは首を傾げながらも、さして気にする風でもなく自分の机へと歩いていった。
 いや、うん。ホント助かった。

「……薫子ちゃん。後でお話しようね?」

 ……ですよね〜。



 実際のところ。
 この一件にはもう一幕、カーテンコールが残っていたんだよね。




**********
 次回、第一話ラスト。

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