A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 1-5

<<   作成日時 : 2010/10/24 16:34   >>

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 今回で終わらなかった……。

**********


 長かった午前中の授業が終わり。

「……さ、薫子ちゃん。ちょっとお話をしに行こうね〜」

 気が付くと、目の前に千歳さんが居た。

「ああ……うん……せめて、食堂でお願いします」

 のろのろと椅子から立ち上がり、項垂れたままで千歳さんに従うあたしを見て、茉清さんが不思議そうな顔をしている。

「ねえ、茉清さん。千歳さんと薫子さん、何かあったんでしょうか?」
「さあ、どうなんだろうね。聖さんも知らないの?」
「はい」


 ま、仲良くやっているあの二人の為だと思えば、千歳さんに説教されるくらい……とは思うけど。普段ニコニコ笑っている人が怒ると怖くなるのは、奏お姉さまで体験済みだ。
 どなどなど〜な、と引き摺られて扉へ向かうと。

「す、すいません! 蒔田聖さんはいらっしゃいますでしょうか!」

 やたらと威勢の良い声と共に、今朝も見た顔があたしたちの前に立った。そう、悪戯をした二人組みの女の子だ。

「あれ、貴女たち……」
「あ、お、お姉さま方……」


 あたしたち四人は、思わず気拙くなってしまう。なんだってこの子たちはウチのクラスに来たの? まさか、早速遊びに来たとかじゃ……無いよねぇ。

「はい、蒔田は私ですが。どちらさまでしょう?」

 驚いて固まっているあたしたちを余所に、聖さんが対応に出る。けどまあ当然、聖さんは彼女たちの事を知らないわけで。

「あ、あの……すみませんでしたぁ!」
「え? はいっ?」


 そんな彼女たちにいきなり謝られたって、何がなんだか分からないのだ。
 あたしと千歳さんも、この二人は十分に反省していたと思っていたので、どうにも反応が出来ない。

「先日の画鋲の件、あれは、私たちが悪戯したことなんです」
「悪戯……?」
「私たち、茉清お姉さまと仲良くしているお姉さまのことが羨ましくて、それで……」
「羨ましい……って……じゃあ」
「本当に、申し訳ありませんでした!」


 戸惑っている聖さんを置いてけぼりにして、再度、深々と頭を下げる二人。
 あたしとしては、たんなる事故としてこのまま有耶無耶にして欲しかったところもあるんだけど、この子たちの心情を考えれば良くなかったかなあ。
 でも、何も知らない人間に対して一方的に謝ったって、それはただの自己満足なんだけど……。
 突然の事態に、聖さんの周りに人が集まってくる。
 聖さんはそんな人たちに視線を向けるけれど、そもそも事情を知っている人なんてあたしと千歳さんぐらいしか居ないので、みんな首を傾げるだけだ。
 ああ、いや、もう一人居たっけ。

「どうやら、私が原因だったみたいだね。そうではないかと薄々感じてはいたけれど……」

 あたしの傍に寄って低い声で囁いた茉清さんは、そのまま、聖さんを囲む人垣の中に足を踏み入れた。

「あ、茉清さん……」
「ごめん、聖さん。間接的には、私の所為ってことになるんだよね……」
「や、止めてください。茉清さんが悪いわけじゃないんですから!」
「でも……」


 更に何かを云い募ろうとする茉清さんに、聖さんは笑って首を振った。

「確かに茉清さんは人気が有ります。どこの誰とも知らない人がくっついていれば、焼餅を焼いてしまう人たちだっていると思います。私にも、そういうのは分かりますから……」

 聖さんの言葉に、女の子たちは居心地が悪そうに肩を寄せた。

「でも私は、そういう事があるかもって知ってても、それでも茉清さんとお友だちになりたいと思ったんです。ちょっと気難しくてぶっきらぼうですけど、とっても優しい人ですから」
「……や、まさか、目の前でそんな風に云われるとは思ってもみなかったけど……」


 茉清さんは、照れと呆れが混ざったような微笑を浮かべて、聖さんから女の子たちへと視線を移した。

「私は、私の我が侭で、聖さんと友だちになりたいと思う。貴女たちには悪いけれど、考えを改める気はないよ」

 友だちを作る事に誰の許しを得る必要も無いのだけど、茉清さんはしっかりと意思を示してみせた。貴女たちの願いは受け入れられないと。
 勿論、女の子たちは文句を云える立場ではない。でも、自業自得とはいえ、茉清さんの厳しい言葉に対して素直に頷くのは難しいだろう。
 沈黙が嫌な空気を招きそうになったとき、不意に、聖さんが手を打った。

「それじゃ、こうしましょう。私は貴女たちの悪戯を許します。ですから、私が茉清さんの友だちになる事を許してください。ねっ、これでお相子です」

 お相子って。そういう問題じゃないと思うけど。

「そ、そんな。私たちが悪かったのに」
「そうです。ご迷惑をお掛けしたのはこちらなんですから。許して頂けるだけで……」
「良かった。茉清さん、これからも宜しくお願いしますね」


 何度も頭を下げる女の子たちを宥めながら、聖さんは茉清さんに微笑んでいる。

「え、ああ。……そうだね。これからも宜しく。……ほら、貴女たちも、そんなに何度も謝らないで。聖さんも許してくれたんだし」

 ――これで手打ち。悪戯をした女の子たちを笑って許せるなんて、本当、聖さんは優しい人だなあ。
 過去の自分と比べてみて、いかに自分が突っ張って生きていたか分かるってものだ。
 今の私はどうだろう。……そんなに変わっているようには思えないな。

「ところで、だけど。何で貴女たちは、わざわざ謝りに来たの? 黙っていれば分からなかったことなのに」

 自省の思いに落ちそうな時、茉清さんが女の子たちにそんな質問をしているのが聞こえた。

「そ、それはその……」

 女の子たちが一瞬だけ、あたしと千歳さんに目を向けたのが分かった。

「叱って頂いたのです。騎士の君と、千歳お姉さまに」
「……へえ。それは……」


 こっちを向いた茉清さんの口元が、ニヤリって感じに歪んでる。
 あたしはとっさに視線を逸らしたけど、向いた方向には、何かを期待するかのようなクラスメイトたちの目。
 こ、これはもしかして四面楚歌!?

「あはは……別に、大した事はしてないよね、薫子ちゃん。悪い事を、悪い事だって教えてあげただけなんだから」
「あ、うん。まあそうだね」


 実際、一番働いたのは史ちゃんだし、千歳さんは最後に出てきただけだしね。

「そうだったんですか。ありがとうございます、薫子さん、千歳さん」

 なにやら感動したらしい聖さんが、瞳を潤ませながら頭を下げるけど。
 ううっ、背中が痒い! あたしはこんな空気は苦手なのに!

「ほ、ほらほら。もう話は終わりでしょう? お昼の食事をする時間が無くなっちゃうから、解散解散!」

 何度か手を打って解散を促すけど、どういうわけか、肝心の女の子たち二人が動こうとしない。あたしたちの前まで来ると、モジモジとしながら見上げてくる。

「なあに、まだ何か話があるの?」
「は、はい。その……」
「騎士の君も千歳お姉さまも、凄く素敵でいらっしゃいます! 私たちの、『お姉さま』になって頂けないでしょうか!」
「はあっ!?」


 マジで? 『お姉さま』って、アッチの意味でのお姉さまだよね?
 このタイミングで告白とか、頭のネジが吹っ飛んでるんじゃ……って、ああ、目を見れば分かるね、うん。完全に空気に酔っちゃってる感じだわ。
 隣に視線を移すと、千歳さんも大いに戸惑ってる。そりゃあそんなこと云われたこと無いだろうしね。

「え、ええっとね、お姉さまって云われても、私は、ほら、その、アレだし、なんだか……」

 何云ってるか分かんないです、千歳さん。
 完全に当事者になってしまったあたしたちを中心に、クラスの中はおろか、廊下まで人が詰め掛けて見物している。
 衝撃の告白を聞いて黄色い悲鳴が飛び交ってるし、さっきまで当事者だったくせに、茉清さんと聖さんは、完全にお客さんになってるし。
 この騒ぎ、どうやって収めればいいのよ。シスターが怒鳴り込んで来るまで?

「――一体何の騒ぎですか、これは」

 ホラ来た! ……って思わず声の方を振り向くと、そこに居たのは。

「あ、史!」
「史ちゃん! 助かった!」
「はい?」


 話の流れが理解出来ていない史ちゃんが首を傾げるけど、あたしはそんな史ちゃんと千歳さんの手を握って、一気に告げた。

「あ、あ〜っと。あたしたちはもう食事に行くから。みんなも、シスターが来て怒られる前に解散しなきゃ駄目だよ。それじゃ!」

 あたしたちに残された最後の策。それは――逃げる!

「ああっ、お姉さま〜!」





「いや、ホントに助かった……ありがとうね、史ちゃん」
「いえ、史はただ、お迎えに上がっただけですので」


 所変わって、食堂。
 さすがにこの場所まで来れば、騒ぎ立てるような無作法な生徒は居ないというのが聖應女学院なのだけれど。それでもやっぱり、周囲からの視線がいつもより多かったりする。
 それもそのはず。この食卓には、あたしと千歳さん、史ちゃんの他に、

「そうだね。私たちを置いていったりしなければ、もっと良かったんだけどね」
「ま、茉清さんてば……でも、相席させてもらって助かっているのは本当ですよ? さすがにあの騒ぎの中でお弁当を食べるのは、ちょっと……」


 些か憮然としている茉清さんと、苦笑してそれを宥める聖さんも居たりするのだ。

「実際のところ、私たちの為に動いてくれた事には感謝しているよ、薫子さん。……本当なら、私が気を使うべきところなのにね」

 珍しいというべきか。茉清さんが肩を落としながら呟いた。

「何云ってるの。茉清さんが悪いところなんて何一つ無いじゃない」
「そうですよ、茉清さん」


 ところが、茉清さんは軽く首を振って。

「悪い、悪くないの問題じゃなくてね。……例えば。力の強い人が、自分の力強さを知らないで他人に怪我をさせてしまったとしよう。その時、この人が『相手が怪我をするなんて思ってなかった』と云ったとして、それが理由になると思うかい?」
「それは……だって……」
「どんな力であれ、それが自分から発するモノであれば、責任は自分に帰結するものさ。……これはまあ、薫子さんと二年間付き合った上での、私なりの考え方なんだけれどね」


 二年前にあたしが困っていた時、「自分で『私は人気があるんだ』なんて説明しろとでも云うの?」なんて云っていた茉清さんが、そんな事を云うなんて。

「ほら、薫子さんが『騎士の君』と呼ばれるようになった一件もそうさ。薫子さんにとっての奏お姉さまは、寮で生活するうえでのお姉さまだった。でも、他のその他大勢の生徒にとっては、『白菊の君』としてのお姉さまだったんだ」

 ああ、そういえば……そうだよね。私の中のお姉さまと、みんなの云うお姉さまは違う。

「人の評価というものは、その人が望む形ではなく、周囲の人々が個々人の感情でもって決定されるものだ。そこに本人の意志は関係なく、しかし、周囲からの評価は自分を映す鏡となって自分に返る。なぜなら、その評価を決める為の行動は、間違いなく自分が起こしたものなのだからね」

 長広舌を披露した茉清さんは、これで終わりとばかりに紅茶を啜った。

「はあ……前々から思ってたけどさ。茉清さんって結構捻くれてるよね」
「それは、今更云うことなのかな?」


 肩を竦めるあたしだけど、茉清さんはどこ吹く風だ。

「……でも、その論でいきますと、私が茉清さんを友だちだと思うのは、茉清さんの行動が原因ってことになりますよね?」
「「えっ?」」


 あたしと茉清さん、二人が同時に振り向いたのが面白かったのか。聖さんが笑っている。

「保健室に連れて行ってもらったとき、本当に嬉しかったんです。あの時から、茉清さんは優しくて素敵な私のお友だちですよ」
「あ……うん……どうも……」
「……照れてる」
「……ご想像にお任せする」


 それ、白状しているようなものでしょ。さわさわと、その場に居るみんなが笑う。
 照れている茉清さんを見る機会なんてそうそう無いだろう。それは、この事件の終わりを告げるのに十分なものだ。

「んんっ……ところで、なんで千歳さんは、そんなにふくれているのかな」

 終わってませんでした。
 茉清さ〜ん、話を変えるためとはいえ、そっちに話を振らないでよ〜。
 千歳さんは食卓に着いてから、ずっと子供みたいに頬を膨らませている。それはどちらかというと、怒っているというよりは拗ねているみたいだった。

「千歳さん?」

 ツンとしてそっぽを向いている千歳さんだけど、聖さんの心配そうな声に漸くこちらに向き直り、

「ふ〜んだ、薫子ちゃんのバカ」

 ぼそっと小さく呟いた。
 バカって。子供か。……ああいや、千歳さんはある意味子供なのか?

「一体どうしたんだい」

 茉清さんにも促されて、しぶしぶといった感じで口を開く千歳さん。

「薫子ちゃん。私のこと友だちだって云ったのに。史と二人で頑張っちゃって。私仲間ハズレ。ズルイ」
「……はあ。さっきの女の子の話じゃあ、千歳さんもその場に居たみたいだけど?」


 途切れ途切れに話す千歳さんの言葉を『翻訳』した茉清さんは、あたしの方にちらっと目を向けて(面倒なことを、と云っている目だった)から、相槌を打った。

「私、飛び入り参加だよ。二人でこそこそしてるな〜って思って、驚かそうと思って後をつけていったら、ああなったってだけ」
「なるほどね。……で、薫子さん、弁明は?」


 そ、そんな責めるような目で見なくても。と、茉清さんから視線を逸らすと、聖さんにも目を細められてしまった。

「う……いや、千歳さんに心配を掛けさせたくなかっただけだし。ねえ、史ちゃん?」

 あたしは頭を掻きながらそんな云い訳をして、史ちゃんにバトンを渡す。

「……はい。主人の手を煩わせないようにするのも侍女の務め。千歳さまの手を借りずとも、何とかなる事柄でしたし」

 おおっ、流石は史ちゃん、それっぽい理由付けをしてくれる!
 実際、千歳さんに余計なストレスを与えたくないから史ちゃんと二人で行動したのだし、間違ったことは云ってないよね。うん。
 でも、千歳さんはそれでは納得できないようだ。

「ねえ、薫子ちゃん。私と薫子ちゃんは友だちだよね?」
「え? うん」


 あたしが直ぐに頷くと、千歳さんは俯いて何かを考え込んでいた。その格好のままで、自信無さ気に声を搾り出す。

「私ね。友だちっていうのは、良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、一緒になって感じるものなんだって思うの」
「千歳さん……」
「それは勿論、云いたくないことや云えないことだって有ると思うよ? でもね、友だちが一人で悩んでたり、一人で泣いてたりするところを見るのって、嫌なんだよ。頼ってもらえないの、悲しいよ」


 しん、とその場が静まった。
 それは耳の錯覚かもしれないし、本当に周囲の音が全部消えてしまったのかもしれない。あたしには分からない。
 でも、グスッと千歳さんが鼻を啜った音だけは、やけにはっきりと聞こえた。

「……ねえ、史ちゃん」
「なんでしょう、薫子お姉さま」
「あたし、悩んでるのって丸分かりだった?」
「はい。薫子お姉さまはとても分かりやすい方ですので」


 即答か。ま、それはともかく。

「……ゴメン、千歳さん。そんな心算は無かったんだけど、心配掛けさせちゃったんだね。……今度から、云えることはちゃんと相談する」

 きっと、千歳さんにとっての『友だち』というのは、あたしたちの考えるそれとは別のものなんだろう。
 それは、仲良くお話ができるとか、一緒に遊びに行くとか、そういうこととは別の話。もっと難しい、千歳さんの基準があるんだ。
 千歳さんが『友だち』認定をしたのは、あたしに初音と香織理さん、聖さん、後はこよりさんだけだ。
 そりゃあ確かにこれだけ難しい条件なら、友だちなんて早々出来ないだろう。むしろ、どうやってみんなが『友だち』になったのか知りたいくらいだ。
 目尻を指で拭ってからもう一度鼻を啜った千歳さんが、ちらっとあたしを見上げた。

「ホントに?」
「……うん、勿論」


 うあ。なにこれ。
 目尻に涙を溜めながら上目使いする千歳さん。すげー可愛い。

「ホント〜に、ホント?」
「……うん、勿論」


 萌え〜。





 まあ、残念ながら。
 千歳さんにはああ云ったものの、誰にも云えない、云いたくないことというものはあるわけで。

 時は過ぎ、放課後。
 連れ立って帰っていく茉清さんと聖さんを見送った後、あたしは千歳さんたちに先に帰ってもらってから、桜並木へと足を運んだ。
 時間も場所も取り決めたわけじゃない。だけど、ここで待っていれば下校する人たちの目に留まるわけで、あたしは適当な桜の木に寄りかかって彼女が来るのを待った。
 ゆっくりと、ゆっくりと日が傾いて。
 辺り一面が淡いオレンジに包まれる頃、彼女は現れた。

「ごきげんよう、騎士の君」
「やあ、君原さん。待ってたよ」


 丁寧に頭を下げる君原さんに対し、あたしは友だちを迎えるように片手を上げて挨拶する。

「時間も場所も決めていなかったのに、待っていて下さったんですね。……私が約束を放り出して待ちぼうけになってしまうとか、考えなかったんですか?」
「ぜ〜んぜん。……ちょっと、場所を変えようか」


 柔らかく微笑んで問い質す君原さんに肩を竦めることで返し、あたしは中庭の方へと足を向ける。僅かとはいえ他の人も居るし、そういう場所で話すような穏やかな内容じゃないことはあたしにも分かる。
 君原さんは何も云わず、ただ黙って付いてきてくれた。

「さて、それで、話っていうのは?」

 中庭にあるベンチに並んで腰を下ろしてから、君原さんに声を掛ける。向き合うように座らなかったのは、きっと、あたしも君原さんも怖かったからなんだろう。

「……なにから、話しましょうか。云いたいことは一杯あったはずなんですけれど……」

 口を濁すその態度からは、戸惑いが伝わってくる。

「……ああ、そうそう。騎士の君、今日も大活躍でしたね」
「へっ!?」


 昨日の様子から、恨み言が飛び出るような話じゃないとは思っていたけれど、君原さんが選んだ話の内容はあたしの想像の斜め上だった。
 思わず上げた声が面白かったのか、君原さんがクスッと笑う。

「今日会う場所と時間をお伝えしようと思って、お昼に会いに行ったんです。そうしたらあの騒ぎで」
「あ、ああ、そうなんだ。あはは……」


 ううっ。改めて語られると恥ずかしいっ。

「実は、ちょっと心配していたんです。昨日の放課後、あの子たちが悪戯のことを話しているの、聞いてしまいましたから」
「え……」


 あ、そういえば。昨日シスターがそんなことを云っていたっけ。あの時間になっても『何人か』の生徒が残っていたって。

「昨日の帰りにお会いしたのは、騎士の君の教室に寄っていたからなんです。気になってしまって」
「そっ……か。でも、どうして? 君原さんには関係の無いことでしょう?」


 悪戯のことを心配してくれたというのなら、昨日の帰りにでも話してくれればよかったはず。
 逆に、どうでもいいと思っていたのなら、あたしの教室に寄ったりなんてしないだろう。どちらにしても中途半端だ。

「……そうですね。悩んでいたというのもあるのですが」

 君原さんは、唇に人差し指を当てながら考えた後。

「きっと、彼女たちの顔を見てしまったからだと思います」

 奇妙にさっぱりした顔で、そんなことを云った。

「顔?」
「ええ……そうですね。今なら分かります。誰かのことを、妬んで、憎んで。……傍から見ると、そんなことを考えている人の顔は、とても醜くて。だからきっと、今の私は落ち着いていられるんです。あんな風になりたくないって、思っちゃったから」
「君原さん……」
「それに、騎士の君はやっぱり素敵でした。あの子たちを諌めて、悪戯を止めさせて。私の憧れている騎士の君、そのままの姿でした」
「それはどうも……照れるね」
「ふふっ」


 身体の向きを変えてあたしの顔を覗き込む君原さんは、なんかとっても嬉しそうだ。
 君原さんはそのまま立ち上がり、あたしの前で体を回す。

「それで気が付いたんです。私が騎士の君に憧れることと、家の事情で騎士の君を恨むことは、差が無いんだって」
「……え?」


 その二つは、どう考えても別のものだと思うんだけど……。
 座ったままのあたしは、君原さんを見上げながら首を傾げると、彼女はちょっと困ったように目を伏せる。

「私の気持ちを押し付けて、勝手に憧れて、勝手に憎んでいるだけなんですよ。騎士の君には全く関係の無いことなんです。ただの思い込みなんです」
「そんな! そんなこと」


 あたしは思わず立ち上がって、君原さんに詰め寄るけれど、

「だって、私は昨日まで、騎士の君と話をすることもありませんでした。私の知っている騎士の君は、私の想像でしかないんですよ」
「……」


 君原さんの真っ直ぐな瞳に見詰められて、何も云えなくなってしまった。

「こうして直接にお話できて良かったです。本当の『薫子お姉さま』を知る事が出来ましたから」

 でも、だって。

「……それで良いの? 貴女には、あたしを責める理由がある。あたしに憧れるのも、あたしを憎むのも、それはあたしの行動の結果からくるものでしょう?」

 昼間の、茉清さんの話を思い出す。
 他人が自分をどう思うかは、自分の行動の結果が反映される。伝聞であろうと誤解であろうと、そうなるだけの理由があるんだ。

「そんなこと、ありませんよ。先入観で人を見誤ることだってあるんですから」
「うっ……」


 それも、正しい。
 まっさらな状態で他人に会えば、まず始めに外見で人を判断する。
 あたしが千歳さんを見て理想の女性だと思ったように。あたしが奏お姉さまを見て同い年だと思ったように。
 先入観で、始めから嫌いだと思っていれば、仲良くなるのは難しいだろう。会う前から憧れていれば、話をするのにも気後れするだろう。
 でも君原さんは、そんなモノを乗り越えて、今、あたしの目の前に居るんだ。

「きっと騎士の君は、私の事情を知って気を揉んでいらっしゃる。だから今日は直接会って、こう云いたかったんです。『貴女に責任は有りません』」
「……っ」


 ズルイ。
 そんな、透き通った綺麗な笑顔で云われて。あたしは息を呑むしか出来ない。

「えっ? な、なんで薫子お姉さまが泣かれるんですか? ええっ?」

 涙が頬を伝うのが分かる。
 君原さんが慌てたようにハンカチを取り出すのを、俯いて、ぼやける視界の中で眺めていた……。



「卑怯です。先に泣かれてしまっては、本当に文句も云えなくなっちゃうじゃ有りませんか」
「……ゴメン」


 ベンチに座って涙を拭かれていたあたしは、ずびーと鼻を啜りながら呟く。名前の刺繍が入った上品なハンカチなのに、申し訳ないなぁ。
 自分の感情の揺れ幅が大きいことは知っていたけれど、こんな風に不意の一撃で泣いてしまうのなんて、本当に久し振りだ。

「薫子お姉さまは、泣き虫さんだったんですね」

 はうっ。面白そうに云われてしまった。

「……面目無い」

 いつの間にか、君原さんの言葉から騎士の君は消えて、普通に名前で呼ばれている。
 そりゃあ、こんな状態では、とても騎士とは呼んでもらえないだろうけど。下級生に慰められる騎士ってどうなのよ。

「もっと早く、こうしてお話できれば良かったです。そうすれば、お友だちになれたかもしれないのに」
「……もう、友だちだよ」
「えっ?」
「仲の良い友だちじゃなきゃ、こんな風に、泣いてるところを慰めたりしないよ」
「……ふふっ」
「笑わないでよ……もう」


 拗ねながら呟くと、君原さんはもう一度だけ笑って。

「そろそろ行かなくちゃ。本当に離れられなくなっちゃいます」
「ん……」


 お互いにもう話す事は無く、心地良くさえ感じる静けさを抜けて、桜並木へと足を向ける。

「……ここで、いいです」

 通りへ出た処で君原さんは足を止め、あたしに振り返った。

「そう? 門の所まで一緒に行こうかと思ったけど」
「焼餅、焼かれてしまいますから」
「うひゃっ」


 君原さんは悪戯っぽい光を瞳に溜めて、あたしの耳元で囁く。くすぐったさで思わず飛び退くと、君原さんはそんなあたしを見て笑った。

「それでは、ごきげんよう。薫子お姉さま」
「うん。ごきげんよう、君原さん」


 綺麗に身を翻して、赤く染まった桜並木を歩いていく君原さん。
 ゆっくりと名残惜しそうに、でも真っ直ぐに前だけを見て歩いている。

「……強いなぁ」

 痩せ我慢かもしれないけど、そうして真っ直ぐに歩く姿は、文句無しにカッコイイと思う。
 あ、そうだ。

「お〜い!」

 あたしは大きく声を上げる。周りに残っていた生徒たちが何事かと視線を寄越し、君原さんもこっちを向いた。あたしはもう一度、息を大きく吸って。

「春美さ〜ん! 頑張ってね〜!」

 出来たばかりの友だちに手を振りながら、大きなエールを贈った。

**********

 長くなりすぎるのでエピローグを分割。
 読みにくいと指摘があったので、台詞文と地文で行間を空けてます。
 HPだったらもっと綺麗に行間を分けられるんですけどね。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
・君原さんの真直ぐな瞳→君原さんの真っ直ぐな瞳
・うつむいて、ぼやける視界の中で→俯いて、ぼやける視界の中で
・真直ぐに前だけを見て→真っ直ぐに前だけを見て
・真直ぐに歩く姿→真っ直ぐに歩く姿

「真直ぐ」or「真っ直ぐ」に関しては言葉遣いの問題かもしれないので自信はないですが…
Leon
2011/11/06 08:37
修正終了です。
「真直」に関しては、真っ直ぐにしておきます。一応、公式HPでは真っ直ぐと表記されているので……気分の問題ですが(笑)
A-O-TAKE
2011/11/09 23:16
再び報告です


・改めて語られると恥かしいっ→改めて語られると恥ずかしいっ


「あご」は「頤」より「顎」が良いのでは?
Leon
2011/11/19 12:49
取り合えず、1-5まで修正終了です。

>頤&顎
これは私の癖でして。偶に、「あご」ではなくて「おとがい」で文を書いてしまうのですよ。読みとしては頤を「あご」と読めますけど、「おとがい」は頤だけで顎の字は当たらないんですよね。
ご指摘の場所は、「唇に人差し指を」と変えました。これなら間違えないし、こっちの方が可愛いかな、とも思いますので。
A-O-TAKE
2011/12/18 22:35
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