A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 1-エピローグ

<<   作成日時 : 2010/10/27 22:51   >>

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 あるいは、余計な駄文。


**********


「……行っちゃった」

 恥ずかしそうに、でもちょっと嬉しそうに手を振り返してくれた春美さんは、門の外へと消えていった。
 あたしは深く息を吐いて、体に残っていた緊張を解く。

「うん、行っちゃったね……」
「や、千歳さん」
「あれ、驚かないね?」


 後から声を掛けたのに、と呟きながらあたしの前へと回り込む千歳さん。
 まあ、ちょっとは驚いたんだけど、声を上げるだけの気力が残っていなかったというか。
 それに、千歳さんは学院の中をうろうろしてることも多いし、あれだけの大声を上げたら気が付くのも当然なわけで、ここに現れたって不思議じゃない。

「……薫子ちゃん、泣いてた?」

 あたしの顔を覗き込んだ千歳さんが、首を傾げながら問いかける。

「うん……やっぱり分かる?」

 夕日の赤色で誤魔化せるかなって思ってたけど、無理みたいだ。

「目の下が、ちょっと腫れてる。擦っちゃ駄目だよ?」
「ん……」
「……さ、帰ろっ」


 あたしが泣いていたことには触れず、千歳さんはあたしの手を取って歩き出す。あたしは手を引かれる力に逆らわず、黙ってそれに従うことにした。



 その日の夕食後。

「ふうん……それで、一応は解決したという訳ね」
「うん。これもみんなの協力のお陰です」


 相談に乗ってもらったということで、香織理さんと陽向ちゃんに事の顛末を報告した。

「ま、あれだけの大騒ぎになったんですもの。解決しないと大変よね」
「そうですね〜。一年の方まで噂が広まってきましたから」
「あ、やっぱり?」


 陽向ちゃんの云うところによると、お昼休みの騒ぎのことは、その日の放課後までには一年全体まで広まっていたらしい。
 相変わらずというか、噂の広まるのが早い学校だ。

「そうそう、千歳お姉さまにどんな二つ名を付けようか、なんて話も出てましたよ?」
「え〜っ? 私、そんなの要らないなぁ」


 下級生の間では不動の人気となりつつある千歳さんだけど、陽向ちゃんの言葉には眉を寄せた。

「あら、千歳さん。二つ名を頂くのはお嫌?」
「だって、薫子ちゃんを見てると……」


 む。確かに、あたしは騒がれるのを遠慮したいところではあるけれど。
 千歳さんのことだから、友だちを作りやすくなるだろう、こういうことには積極的だと思ったんだけどな。

「ちなみに、どんなのが候補に上がってるの?」
「そうですねぇ。『姫』とか、『白銀(プラチナ)の君』とか、そんな感じですかねぇ」
「プラチナ……」


 まあ、髪の色から取ったんだろうけれど、単純過ぎないかな?
 大抵の場合、付けられる二つ名は、容姿を表すものや花の名前を絡めたものなどになる。あたしのお姉さまが『白菊の君』と呼ばれたように。
 しかし、さすがに銀色の花を例には上げなかったみたいだ。

「今一つ、パッとしないわね。似合っていないわけじゃないけれど」
「も〜、香織理ちゃん、止めてよ〜」
「でもねえ。結局のところ、自分が名乗るのではなくて、他人がどう呼ぶかという話だから、気を揉んでも仕方が無いのよね」
「う〜……」


 千歳さんはだらしなく机に伏して、ぷっと膨れた。
 名誉の称号のようなものだけれど、千歳さんはそういうのが嫌いなのかな?





「どうしようかな、このハンカチ……」

 お風呂上りのあたしの手には、春美さんから渡されたハンカチがある。
 涙やら鼻水やらで汚れたハンカチを彼女に返すのも躊躇われたので、そのまま受け取ってしまったのだ。
 二人の友誼の縁に――なんて格好を付けるわけじゃあないけれど、遠くへ引っ越していった彼女にこれを返す機会なんて、多分訪れないだろう。
 いや、学校を卒業してから、これを返す為に旅行に行くなんてのもアリかもしれない。
 そんなことを思いながら階段を上がると、テラスに人影を見つけた。暗い中でも見間違えようの無い、ヒラヒラした夜着に銀色の髪。千歳さんだ。

「千歳さん、こんな所でどうしたの?」
「あ……薫子さん」


 テラスに出て声を掛けると、落ち着いた声が返ってきた。

「あれ……千早さんなの?」

 思わず目線を下に動かすけど、ゆったりとした夜着では、体格を確認する事ができない。
 でも近付いて良く見れば、頬の辺りが少し細くなっていたり、目元がすっきりとしているのが分かる。

「はい。千歳さんは、もう休みました」
「休んだって……まだ、調子が悪いの?」
「いえ、そういうわけでは。千歳さんも、たまには一人で休みたい時もあるらしいですから」
「そうなんだ。それじゃ、千早さんは?」
「僕はただ、ちょっと眠れなかったもので……」


 千早さんはそう云って、目線を夜空へと向けた。容姿が容姿だから、その姿はとても絵になる。
 あたしはなんとなく気恥ずかしくなって、千早さんにならって夜空を見上げた。
 ……春美さんも、夜空を見上げたりしているのかな。

「そういえばさ……千早さん、千歳さんの見ているものとかを、ちゃんと覚えているんだよね?」

 あたしは頭に浮かんだことを、千早さんに問いかける。
 千歳さんが取り憑いていても大本の体が千早さんだから、見たものや聞いたものを覚えているって話だった。
 千早さんは、以前にも少し話しましたけど、と前置きの上で。

「千歳さんが憑いている間、僕自身は夢遊病のような感じになるんです。だから、その場の情感とかが分からないので、記憶というよりは記録を見る感じになるんですよね」
「それって……客観的な見方になるってことなのかな」
「そうですね。必然的にそうなります」
「そっか。……それじゃあさ、千早さんは今日の揉め事のことについて、なにか意見とかあるかな?」
「僕の意見ですか?」


 あたしには、同年代の男の友だちなど居なかったから、男の視点から見た意見というものを聞いてみたかった。
 それに、客観的な見方になるというのなら、冷静な第三者としての言葉が聞けるかもしれない。

「そうですね。歯に衣着せない云い方をするなら――」

 千早さんは、夜空に向けた視線を動かさぬままで。

「――憧れという感情は、酷く愚かで、そして綺麗なものなんだな……ってところですかね」
「えっ……?」


 綺麗なもの、っていうのはまだ分からなくも無いけれど、愚かっていうのはどういう意味なの?
 多分、あたしは相当にマヌケな顔をしていたんだろう。視線を落とした千早さんがあたしの方を向いた時、微かに口元が歪むのが見えた。

「わ、笑わなくてもいいじゃない。意味が分からないんだから」
「ああ、ごめんなさい。ただ、薫子さんは存外、色々な表情をするんだなと思いまして」


 くっ、意地の悪い!

「そんなことより、意味を教えてはくれないの?」
「ああ、意味。……意味ですか。そうですね。……薫子さんは、憧れという字を知っていますか?」
「……え〜と。それ、バカにしてる?」
「いえ、そういうわけでは。憧れという字は、『童の心』と書きます。分かりますよね?」


 そりゃ、勿論。

「童。つまり『幼い心』です。そしてそれ故に、相手に届く事はない」

 それは……どうなんだろうか。あたしにだって、憧れを抱く相手ぐらいは居る。でも、それが相手に伝わらないなんて、考えたくは無いけれど。
 だけど、千早さんはあたしの内心を読んだかのように首を振って。

「考えてみてください。幼い子供は、相手の心情を斟酌したりはしない。ただ一方的に自分の思いをぶつけるだけです。それでは相手の心を理解する事は、相手の心を振り向かせる事はできない。憧れは――どこまでいっても、憧れのままです」
「そんな……そんなこと、ないよ」
「……幼い、真っ直ぐな心で在るが故に、綺麗で、それ故に相手には伝わらない」


 思いがけない千早さんの言葉に、あたしは首を振った。……上手く言葉に出来ないけど、それでも、何とか搾り出す。

「じゃあ、憧れを抱く人は、どうやって相手に思いを伝えればいいの?」
「そうですね……」


 千早さんは腕を組んで暫く考えた後、ちょっとだけ笑って。

「大人に、なる事ですかね」
「へっ?」
「大人になることです。そうすれば……憧れは、恋に変わるんじゃないでしょうか?」
「……」


 えっ……と。

「ふふっ……なにも、そんなに驚かなくても」
「あっ、もしかして、からかってる!?」
「いえいえ、そんなことは」


 嘘云え。口元がにやけてるじゃないか。

「まあ、僕なりの解釈ですよ。憧れているだけじゃあ、それで終わってしまいます。思いを秘めるのではなくて、表に出さなければ。でないと伝わりませんからね」
「むむむ……」


 なにか、おもいっきり誤魔化されているような気がする。

「そして、覚えていて欲しいのですが……千歳さんは、本能的にそういうことを理解しているから、憧れられるのを好まない、ということです」
「え……? どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。憧れられているだけでは、友だちになることは出来ないでしょう?」


 それは、確かにそうかもしれないけれど。でも、千歳さんにはもう、学院中にファンがいるくらいの有名人で。そういった先入観を無しにして付き合える人なんて……。
 あたしが何も云えないでいると。

「そろそろ中に入りましょう。薫子さんもお風呂上りでしょう? 風邪を引きますよ」
「え? ああ、うん。そうだね」


 扉を抜けて廊下を歩いていく千早さんを見送りながら、あたしは、云いようのない不安感を覚えていた。





 長かった一日は、これで終わり。
 千早さんに云われたことが気になって、夜更かしの末に寝坊してしまったのは、また別の話である。





「ふあ……っ、おはようございます」
「おはよう、みんな〜」


 我ながら情けないと思いつつも、欠伸と共に教室のドアを開ける。すると。

「あ、いらっしゃいました!」
「おはようございます、薫子さん!」
「え? なになに? みんなどうしたの? わわっ……」
「ふええっ……? 薫子ちゃ〜ん……」 


 どういうわけか、教室に居た子たちがあたしの方に押し寄せた。一緒に教室に入った千歳さんが、人波に押されてあたしから遠ざかっていく。
 なかでもずいっと顔を寄せてきたこよりさんは、挨拶も早々、

「薫子さん、少しお伺いしたいことが在るのだけれど、よろしいですか?」

 そんなことを云ってきた。

「え、まあ、あたしに答えられることなら」
「そうですか。それなら……」


 なにやら妙なタメを作るこよりさん。誰かが唾を飲む声が聞こえたような気がした。
 一体なんなの、この緊張感は?

「昨日の放課後、下級生の方に云い寄って振られてしまったという話、本当なの?」
「へっ!?」


 昨日の放課後って。ああ、下級生って春美さんのことだよね。なんでそんな話になってるの?

「いや、それは……」
「違いますわ、こよりさん。私が聞いたのは、妹にして欲しいと云ってきた下級生の方を、泣く泣く袖にしたという……」


 説明しようとしたあたしの言葉に被さるように、別の声が別の話を語り出す。

「いやいや、ちょっと待った! なにそれ!?」
「ほら、薫子さんが驚いているということは、それは間違いなんですわ。やっぱり私の聞いたとおり、下級生の方と千歳さんに二股をかけていた薫子さんが、それがばれて泣きながら謝ったと……」
「ちょっ!? 何その話!?」
「あら、違いました?」
「違うよ!」
「ではやはり――」


 喧々囂々。驚いてるあたしを置き去りにして、色々な噂が飛び交ってる。

「おはよう、薫子さん。今日はまた随分と騒々しいね」
「あ……茉清さん」


 掛けられた挨拶に振り向くと、登校してきたばかりの茉清さん。

「そうそう、昨日は随分と派手なことをしたそうじゃないか。引っ越す下級生の子を、大声で見送ったんだって?」
「うあ……やっぱりそれが原因だよね……」
「ああ。どうもその話に色々と尾鰭が付いたのが、アレみたいだね」


 茉清さんが、噂話で盛り上がっているみんなを指す。

「ま、これもまた自業自得というものだ。おとなしく受け入れなさい」
「いや、それとこれとは話が別でしょ」


 そんなこんなで、この噂が消えるのには随分かかりましたとさ。

「泣いている薫子さんの手を優しく引いていった千歳さんが、物影で薫子さんのことを優しく押し倒して――」
「「「きゃ〜っ!!」」」
「そ、そんな事実は無〜い!!」





**********
 EXは、薫子の知らない千歳の話。






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
・単純に過ぎないかな→単純過ぎないかな
・真直ぐな心で→真っ直ぐな心で
・人並みに押されて→人波に押されて

ちょっと自信ないですが報告です
Leon
2011/11/06 08:38
冒頭の
恥かしそうに→恥ずかしそうに

ですかね??
Leon
2011/11/07 19:12
修正完了です。
Leonさん、毎回ありがとうございます。
A-O-TAKE
2011/11/10 14:24
年始のごたごたもちょっと落ち着いてきたのでまた読み直してます


・涙やら鼻やらで汚れたハンカチ→涙やら鼻水やらで汚れたハンカチ
・「ふええっ……? 薫子ちゃ〜ん」→最後の」だけ色が変わっていない
Leon
2012/01/21 21:08
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