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zoom RSS 妃宮さんの中の人 2-1

<<   作成日時 : 2010/11/09 23:37   >>

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 ハイはハイテンションのハイ。




**********

 青春。それは悲しみと苦しみ。
 この物語は、お嬢様の巣窟・聖應女学院を舞台に、暗い過去と秘密を背負った二人の少女が勇敢にもファンに立ち向かう、戦いのドラマである。

 ……なんちゃって。




 第二話 王子様クライシス・ハイ!





「名案が浮かびました」
「は? なに、いきなり?」
「千歳さまと千早さまの疲労を回復させる、良い方法です」


 夜のお茶の時間。
 大っ嫌いなテストも終わり、悪戯やらなんやらの揉め事も終わり。
 やっと平穏な日々が戻ってきた……と思っていたその矢先、史ちゃんが変なことを云い出した。
 千歳さんが千早さんに長い間憑依していると、二人共に疲労していくというのは、ついこの間に分かったことだ。
 今までは、千歳さんが憑依するといっても精々が数時間だったので、こんな問題が起こるとは誰も思っていなかったみたい。

「……ぐっすりと眠る以外に、何か方法があるのかい、史」

 史ちゃんに尋ねたのは、千歳さんが抜けた状態の千早さん。
 明日は休日なので、一日部屋に篭ってしっかりと休息するということで、今から男の姿に戻ってしまっている。
 もっとも、着ているのは千歳さんのネグリジェなあたり、なんだかなぁって感じだけど。
 まあ、誰かが尋ねてきた時に男の格好をしていると誤魔化せないから、仕方が無いことだけれどね。
 ちなみに、胸には詰め物をしたブラを着けているらしい。

「はい。休む時間を取れないのなら、憑依している時間を少なくすればいいのです」

 やけに自信たっぷりに、史ちゃんが断言する。

「いやまあ、それは分かっているんだけど、じゃあどうするのって話なんだけど……」
「準備の為の道具が手に入るか今はまだ分かりませんので、詳細はまた後日にお話します」

『それじゃあ、史に任せちゃって良いんだね?』
「はい。お任せ下さい、千歳さま」

 むむっ。一人だけ納得して、それを云わないなんて。もの凄く気になるじゃない。
 しかし、史ちゃんが千歳さんや千早さんを心配する気持ちは間違いの無いものだし、そうそう変な提案なんてしないでしょ。

 ……って、このときは思ってたんだけどね。
 そうして、また数日後のお茶の時間。
 史ちゃんが、とんでもないものを持ってきたのですよ。



「やあ、史ちゃん。例のブツが手に入ったんだって?」
「……その云い方はどうかと思いますが。とりあえず、道具は手に入りました」
「そのダンボール箱に入っているんだ?」
「はい」


 史ちゃんがお茶の道具の後に持ってきたのは、結構な大きさの段ボール箱だった。既に開封がされているけれど、良く見ると、ダンボールの上に貼り付けられた宛名に英語が踊っている。

「あれ、もしかしてこれ、外国から取り寄せたの?」
「はい、特注品ですので」

『おお〜、それは期待できそうだね〜』
「……でも史、そうすると、結構な値段になったんじゃないのかい?」
「経費で落としましたので、大丈夫です。問題ありません」


 ……経費?
 千歳さんを学校に通わせる為の部門とか、そういうのがあるんだろうか。

『それで、それで? 早く見せてよ、史』
「分かりました。では……」

 空中でそわそわしながら急かす千歳さんに苦笑しながらも、あたしと千早さんも史ちゃんが拡げたダンボールの中に視線を移す。
 ……え? なに、これ?

『おお……これは……』
「……史。これは、何?」

 どういうわけか千歳さんは喜んでいるけれど、千早さんは、あたしと同じように呆けている。だって、ねぇ。

「見ての通り、乳房です」
「……どういうこと?」
「……史。まさか」


 あ、あたしにもなんとなく分かった。つまりこれは、

「千早さまに、千歳さまの代わりに登校していただく為の、小道具です」
『「「な、なんだって〜!」」』
「……皆様、ノリノリですね」
「いや、いやいや! ちょっと待ってよ、史! もしかして、僕にこれを付けて学校に行けと!?」
「はい」


 うわぁ。平然と云い切ったよ、この子。

「史ちゃん。それはさすがに、ちょっと無理だと思うなあ」
「勿論、毎日というわけではありません。体育などの、肌を見せて着替えなければいけないような日には、千歳さまに通っていただくことになります」

『あ〜、なるほど。それならなんとか……』
「なりませんよ!?」

 同じ顔なんだし、何とかなる……いや、良く考えたら、フォローするのはあたしなんだ。油断しちゃいけない。

「史ちゃん。出来るかどうかはともかくとして、とりあえず、それを千早に付けて制服を着させてみない? あんまり違和感があるようなら駄目ってことで」
「なるほど、一理あります。では、早速」
「え゛」
「千早さま、お覚悟を」
「やだよ、そんな覚悟!」


 あ、逃げた!

「ストーップ! どこに逃げるの? いくら千早さんでも男性なんだから、自由に女子寮を歩かせたりはしないよ」

 しかし、あたしが回り込んだ!
 扉には鍵が掛かってたけど、あたしはぴったりと扉の前に張り付いて、外への道を封じる。

「薫子さん、こんな時にそんな正論……」
「悪いね。でも駄目」


 下着姿で歩き回る香織理さんとか居るんだ。千歳さんの見たことを思い返せるというのと、実際にその光景を男である千早さんが見るのとでは、意味合いが違う。

『ちーちゃん。史は、私とちーちゃんの為に色々と考えてくれたんだよ。どうしても駄目なの?』
「うっ……」

 ふよふよと漂ってきた千歳さんが、千早さんの前に回りこんで泣き落としを始めた。
 大人バージョンの上目使いも反則気味だけど、可愛らしい子供の姿でのそれも、結構クルものがある。

「……分かりました。とりあえず、着てみるだけですからね?」

 落ちた。……ここに来た経緯といい、千早さんは千歳さんに対して随分と甘い。
 前々から不思議に思ってたけど、どうしてここまでするんだろう。
 と、あたしの思いを余所に。

「見事な決断です、千早さま。では早速、脱いでください」
「えっ?」
「脱がなければ、コレを付けられませんので」


 リアルなソレを持った史ちゃんが、千早さんに無情な言葉を放つ。
 ううむ、見るからに柔らかそう。アレを千早さんの胸に付けるのか……。

「そ、その前に……あの、薫子さん」
「ん? なに?」




「あら、薫子。なんでそんなところで立っているの?」
「……ちょっと、追い出されちゃって」


 ちっ……見たかったのに。





 自分の部屋に戻って、待つこと一時間。漸くというべきか、携帯電話に史ちゃんからの連絡が届いた。

「で、どうなの?」
「はい、なんと云いますか。……第三者の意見もお聞きしたいので、薫子お姉さまもこちらにいらして下さい」


 うん? 随分とはっきりしない物云い。なにか問題でもあったのかな?
 あたしは首を傾げながらも、千歳さんの部屋へと向かう。

「来たよ〜」
「……はい。どうぞ、お入り下さい」


 かちゃっと鍵の開く音がして、扉が開かれる。

「何か問題でもあったの?」
「問題といえば問題ですね。とりあえず、お入り下さい」


 おっと、そうだった。誰かが通りがかりに室内を見たりすると大変だもんね。
 あたしは隙間を通り抜けると、施錠を史ちゃんに任せて、鏡台に向かっている千早さんの様子を窺った。
 千早さんの肩の辺りに千歳さんが浮いていて、なにやら嬉しそうにしている。

「……どうしたの?」
『あ、薫子ちゃん。ちーちゃん凄いんだよ』
「はい?」
『ほら、ちーちゃん』
「うう……」

 なにやら呻きながら、千早さんがこちらを向いた。
 こ、これは……!

「美人だ……」
「はい。千歳さまと同じお顔なのに、大幅に美人です」


 あたしの呆然とした呟きに史ちゃんが答え、それを聞いた千早さんが項垂れた。
 千歳さんとはタイプの違うメイクを施した千早さんは、女性そのものに見える。

『も〜、二人とも。それってどういう意味なの? 大体、元々からちーちゃんの顔なんだから、私と同じはずじゃない』

 ぷっと頬を膨らませた千歳さんが文句を云うけれど、美人なものは美人なのだ。
 ただ、同じ顔とは云うけれど、厳密にはちょっと違う。
 男女の差なのかどうなのか、千早さんの方が輪郭がシャープに見えるのだ。子供らしさが抜けて、大人びた顔立ちになる。
 千歳さんの場合、その性格が顔立ちにも表れるのか、お日様みたいな美少女に見える。千早さんは……満月のような美女、と云うべきだろうか?
 同じ顔でも方向性が変わるだけで、これだけ見た目が違って見えるっていうのは大発見だ。
 ……しかし。ちくしょう、これで男だって云うんだから……!

「な、何で睨むんですか、薫子さん」
「べっつに〜。世の不公平を感じただけよ」
「どうでしょう、薫子お姉さま。身代わりは勤まりそうでしょうか?」
「ふむ……」


 あたしは千早さんの周囲を回りながら良く観察する。こうして見ても、特におかしなところは無い。

「千早さんってさ、腰、細いよね」
「そ、そうですか?」
「なんて云うか、お尻が女っぽいんですけど」
「……そんなこと云われても」


 前言撤回。
 おかしい。これが男だっていうのはおかしい。大事なことだから二回云いました。
 でもやっぱり、千早さんを千歳さんとして見るのは難しい。何故って、

「千歳さんの身代わりをするには……雰囲気が違いすぎるよね」
「なるほど」


 あたしの言葉に史ちゃんが頷き、千早さんはホッと息を吐いた。どうやら、女装して学院に通わなくてもいいと思ったみたいだ。

「では、練習をしましょう」
「史ぃ!?」


 どっこい、史ちゃんに裏切られたけど。
 史ちゃん、もしかしてこの状況を楽しんでない?

「史、もうちょっと良く考えようよ。女装して授業を受けるなんて、非常識だよ?」
「……千歳さまに憑依されて女性に変身するよりは、常識的かと」

『あはは〜、そうだよね〜』
「いや、別に比較するようなものじゃないでしょ、それ……」

 結局、千早さんは千歳さんの泣き落としと史ちゃんの説得に根負けし、とりあえず一度だけ試してみる、という事になった。
 ……勿論、あたしのフォロー付きで。前途多難だ。





「朝です、薫子お姉さま。お起きになって下さい」
「ん……む〜……」


 いい加減、慣れた感じのするローテンションな声で朝を告げられ、あたしはゆっくりと目を開ける。や、起こしてもらってるのに失礼だとは思うけど、目覚めを促す声には不適切だよね。

「おはよ〜、史ちゃん」
「はい、おはようございます。……今日一日、千早さまのことを宜しくお願いします」


 そう、今日は千早さんの初登校の日。他の人の居る前で千早さんの名前は出せないので、このタイミングで云ったんだろう。
 非常に分かりにくいことではあるけれど、史ちゃんは主人思いなのだ。……時に非常手段に訴えるほど。

「まあ、出来る限り頑張ってみるよ。千早さんは物静かな方だから、危なくなったら体調不良ってことで早退させるから」
「はい、それで結構です」


 いつもの元気一杯な千歳さんから見れば、千早さんは、いかにも元気が無さそうに見える。
 寝不足なり何なりの理由を付けて、今日は元気がありませんってことにしておけば、何とかなるだろう。なると思いたい、うん。

「では、史はまだ千早さまの化粧のお手伝いが残っておりますので、失礼します」
「早い時間から大変だね。頑張って」


 あたしの励ましに軽く頷いて、史ちゃんは部屋を出て行った。千早さんはメイクをしなくても女性っぽく見えるけれど、千歳さんに似せようと思うと、これが案外難しい。
 メイクで誤魔化せればいいんだけどななんて思いながら、あたしは大量の目覚ましタイマーを『切り』にしていった。



「おはよう、みんな」
「おはようございます、薫子お姉さま」
「……おはよう、かおるこ」
「おはよう、薫子。……今日は珍しく、一番最後じゃなかったわね?」
「も〜、なんで香織理さんは一言多いかな」
「ふふっ……おはようございます、薫子ちゃん」


 食堂には、千早さんと史ちゃん以外のメンバーが勢ぞろいしている。
 去年に比べて人口密度の増えた食堂だけど、元々はもっと大人数で生活することを前提に建てられた寮なので、狭苦しさは感じない。

「う〜ん、二人居ないだけで、結構広く感じるもんだね」
「薫子ちゃんも、今の人数での食事に慣れちゃいましたね」


 だよねぇ。去年は香織理さんが来るまでは、たった四人しか居なかったのに。

「あらあら、薫子は寂しんぼうなのね。……奏お姉さまが恋しい?」
「あはは……会いたくないって云えば嘘になるけどね。寂しいって思うほど暇じゃないよ」
「薫子お姉さま、千歳お姉さまと毎日楽しそうですもんね〜」


 確かに、忙しなくはあるけれど、楽しくもあるからね。それはやっぱり、千歳さんのあの性格のお陰なんだろう。

「みなさま、おはようございます。遅くなって申し訳ございません」

 おっと、そんなことを云っている間に、肝心の二人のご到着だ。
 史ちゃんの後から、人見知りする女の子みたいな感じで出てきた千早さんVer.千歳。

「み……みんな、おはよ〜……」

 うわ。なに、そのいかにも無理してますって感じのおはよう。

「……千歳ちゃん、大丈夫?」
「千歳さん、調子悪そうね」
「風邪ですか〜?」
「……ちとせ、元気無い……」


 うん。それが正しい反応だよね。
 ホントのところを知っているあたしとしては、コントにしか見えないけど。
 いかん、笑いを堪えるのが大変……!

「……ぶふっ……」
「……」


 いけね、吹いたら千早さんに睨まれた。
 でも……多分、今日一日はずっとこんな感じだと思うなあ。





 周囲の目を気にしながら、なんとか教室に着いたわけだけど。

「御機嫌よう、みなさん」
「み、みんな、おはよう〜」


 千早さん、懲りないなあ。

「おはようございます、薫子さん、千歳さん。……その、千歳さん、今日は元気がありませんね」

 朝一番の挨拶で、聖さんにこう云われるって……ある意味、凄いことだと思う。
 そこまで元気が無いんだったら、学校休めって云われそうだけど。

「あ、ええと、その……」

 千早さんが口篭っている間に、あたしは素早く聖さんに近付いて、こっそりと耳打ちした。

「あのね、聖さん。今日の千歳さん、結構重いみたいで……」
「え? あ、ああ、なるほど……」


 ただ単に調子が悪いって云うよりは、こっちの方が説得力があるよね。聖さんはちょっと顔が赤くなっちゃったけど、こう云っておけば、必要以上に心配はしないでしょ。
 さてさて、何も問題が起きなければいいけどなあ。



 一限目、二限目と、取りあえずは何も問題が起きなかった。
 千早さんがやたらと溜め息を吐いていたこと以外は、いつもと変わりの無い教室……だったんだけど。
 ひそひそ話を聞いていると、なにやら妙な感じになっているみたい。例えば。

「今日の千歳さん、元気がありませんね」
「そうですね。でも、いつもの元気なお姿も可愛いですけれど……」
「あ、分かります。アンニュイな感じも素敵ですよね。悩める乙女というか……」
「そうそう。いつもよりグッと大人びて見えて……」


 こんな感じ。

「やれやれ。アンニュイって云うのは、本来は良い意味では無いのだけれどね。……で、今日は一体何があったの?」

 千早さんと、彼女……じゃなかった、彼を遠巻きに見ている女の子たちを眺めていると、茉清さんが声を掛けてきた。

「いや、何があったと云うか……ほら、お客さんが来てるから」
(分からない人も居るかもしれないので説明。お客さんが来る=座布団が必要=座布団≒ナプキン。転じて、生理が来ている、となる)
「ああ、なるほど。……でも、本当にそれだけ?」

 う、流石は茉清さん、鋭い。でも、いくらなんでも本当の事を云うわけにもいかないし。

「んん、有ると云えば無いことも無いというか」
「支離滅裂だわよ、薫子さん」


 あたしが頭を掻いて誤魔化しの言葉を云おうとした、その時。
 当の問題である千早さんが、なにやら青い顔をして席を立った。そのままあたしのところへとやって来る。

「どうしたの? 顔が青いけれど……」
「そうだね。大丈夫かい?」
「あ、ええと、その……薫子さん、ちょっと」


 千早さんは、あたしと茉清さんの質問に答えることなく、あたしの手を取って廊下へと連れ出そうとする。

「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「……その。……を……に」
「何? 聞こえないよ」


 小さい声でもそもそと云われたって、こちらを窺っているクラスメイトたちの声の方が大きくて、良く聞こえない。

「その……花を、摘みに。手を貸してください」
「は?」


 ぼそぼそっと。顔を赤くしたり青くしたりしながら、それだけを云う千早さん。
 ……って。花を摘みにって。

「それ、一人で行けないの?」
「そんな心臓に悪いこと、無理ですよ……」


 いや、そんな泣きそうな顔で云われても。
 一人でトイレに行くのが恥ずかしいって、小さな子供じゃあるまいし。

「しょうがないなあ」

 心配そうな、あるいは興味深そうなクラスメイトの視線を背に浴びながら、あたしは千早さんの手を引いて歩き出した。

「男性用のトイレは、教職員室の前のところにしかないんだよね」
「……いえ、この格好で、そちら側に入るわけにはいかないんですが」
「あ、そりゃそうか。でもそうなると、人の少ない場所っていうと……」


 あたしは早足で歩きながら、渡り廊下の近くにあるトイレを思い浮かべた。
 体育館やプールにもトイレがあるので、連絡通路でしかない渡り廊下の傍にあるトイレは、使う人間が殆ど居ない。

「よし、ちょっと遠いから急ぐよ?」
「は、はい」


 校舎の端まで行って階段を降り、一階へ。幸い、生徒たちの姿は見えなかった。
 あたしはトイレの扉をそっと開けて、中の様子を窺う。

「……よし、誰も居ない。いいよ、千早さん」

 手招きをして千早さんを呼び込むと、素早く中に入ってきた千早さんは、そのまま一番奥の個室へと駆け込んだ。かなり切羽詰ってたみたい。

「……」

 沈黙が痛い。何の用も無いのにトイレに突っ立ってるのって、なんとも云えず空しいものだなあ……。
 ややあって、水の流れる音が連続して聞こえた。
 ぎっ、と軋んだ音をあけて個室の扉が開き、心底ホッとした様子の千早さんが現れる。

「あ〜……大丈夫?」
「なんとか……」


 そう云いながらも、声に張りが無い。
 なんというか、千歳さんが憑いてなくても疲れる度合いは変わってないんじゃないの、これ?

「……ん?」

 あたしは手を洗っている千早さんを余所に、なんとなく個室を覗き込んでみた。

「千早さん、便座上げたままじゃ駄目だよ。気を付けないと」
「え? あっ! そうでした……」


 立って用を足すのは男の人だけなんだから、便座を上げっ放しというのは宜しくない。あたしはソレを降ろしながら、ふと、気になったことを考えてみた。
 便座が上がっていたということは、千早さんは立って用を足したんだよね。
 ……ワンピースタイプの、裾の長い制服で。
 男の人って、両手が塞がるんじゃなかったっけ?

「……気にしちゃいけないな、うん」

 男の人が用を足す姿を想像するなんて、乙女のすることじゃないよね!
 まあ……洗面台で手を洗い、髪や服を整える姿は、どう見たって女の子そのものなんだけどね。



「あ、戻ってきました」
「千歳さん、大丈夫ですか?」


 教室に戻ると、わらっとクラスメイトが集まってくる。やっぱりみんな心配していたみたい。
 そりゃそうか、あれだけ青い顔をして教室から出て行ったんだもん。

「あ、ええ、はい……」
「朝から随分と調子が悪いようでしたし……無理をしないで下さいね?」
「そうですよ。我慢なさらず、保健室で休まれた方が……」


 千早さんは曖昧に頷くけど、それがかえって弱々しく見えた所為か、更に注目を集めてしまう。
 これは拙い。教室に居ると、無理に授業を受けているように見られてしまうかも。そうなったら、変な噂が流れかねない。

「ああ、ほらほら。みんな、そんなに一斉に詰め寄ったら逆効果だよ。あたしがこれから保健室に連れて行くから、大丈夫」
「えっ?」
「(しっ。こんな状況で落ち着いて授業を受けるなんて無理でしょ? お昼まで休みましょ)」


 あたしの言葉に驚いた千早さんだけど、耳元に囁くと、渋々納得してくれたみたい。
 四六時中周りから心配そうな視線を向けられ続けたら、誰だって参っちゃうもんね。
 そんなわけで、あたしは聖さんに先生への伝言をお願いすると、保健室へと千早さんを引っ張っていくことにしたのだった。



「失礼します。……ありゃ、誰も居ないや」

 ノックをしてから保健室に入ると、中には誰も居なかった。養護の先生は常駐しているはずなんだけど。

「その方が都合が良いです。薫子さん、ベッドを借りるのに何か必要なものは?」
「え? 特に無いよ。使う前に記名する必要があるけど。ええっと……ああ、このノートね」
「そうですか。……済みません、ちょっと横になりますね」


 あたしが手渡したノートにサインすると、千早さんは靴を脱いでベッドに横になった。
 ああ……制服が皺になっちゃうよ。まあ、それを気にしている余裕が無いんだろうけれど。朝のうちはちょっと楽しいことになるかもなんて思っていたけど、ここまでくると流石に心配だ。
 あたしはベッドサイドに在った丸椅子に腰掛けて、千早さんの様子を窺う。

「どう? やっぱり、疲れる?」
「……そうですね。慣れていませんから」
「や、女装して授業を受けることに慣れるってのは、そうそう無いかと思うけれど」
「そっちのことじゃありませんよ」


 千早さんが苦笑しながら首を振る。

「学校に通うことが、です」
「えっ……」
「以前に少しお話しましたよね? 高認(高等学校卒業程度認定試験)に合格しているって。僕は、義務教育が終わってからは、学校に通っていませんでしたから」
「そ、そうなんだ……」


 まあ、千早さんの方にも何か問題があるっていうのは、最初に話した時にも感じていたけど。
 あの時はお風呂場での出来事が衝撃的過ぎて、あんまり頭が回ってなかったしなぁ。
 ……いかん、思い出すな。あたしは何も見ていない、あたしは何も見られていない……。

「その、さ。無理に話す必要は無いからね。話したくなったら話してくれれば良いし……っていうか、あんまり重たい話だと……」

 あたしは頭を掻きながら、どういう反応をすれば良いのか困ってしまう。
 こういう人に云い難い話題っていうのは、それを口に出すだけでも結構な勇気が要る。あるいは、そんなことを考える余裕が無いほど弱っているか。
 この場合は、後者だろうなぁ。

「分かっていますよ。大丈夫です。……さ、薫子さんはもう教室に戻ってください。ちゃんと授業を受けないと、また大変なことになりますよ?」
「う……折角サボれると思ったのにな」
「駄目ですよ。ついこの間の試験だって、超低空飛行だったんですから」
「ああ、はいはい、分かりましたよっと。……超まで付ける必要ないじゃん」


 なんとなく、今の千早さんから目を放すのは嫌だったんだけど、こう云われては仕方が無い。無理して冗談交じりの云い方をしてくれたんだ。ここは乗っておこう。
 あたしは腰を上げて、廊下へと足を向けた。

「それじゃ、お昼になったら迎えに来るから。しっかり休んでてね、千早」





 他人には云い難い過去があることへのシンパシーなのか。あるいは、それ以外の何かが、あたしの琴線に触れたのか。
 千早、と呼び捨てにしたことに気が付いたのは、教室に着いてからだった。



**********

 トイレネタは女装モノの定番だと思う。


 プラモ作ってて、デザインナイフで指に穴を開けた。超痛い。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは、唯です。おとボク2SS読ませていだきましたのでコメントを投稿させていただきます。
今回は原作ルートを掠める様にストーリーを進行させていて、次回への期待を高めました。
またEXの千歳への勘違いなどとサブストーリーも楽しめ、今後、茶道(華道?)部二人がどういった関わりを見せるのかお待ちしています。

では、また期待をしていますのでよろしくお願いします。


2010/11/12 18:04
唯様、コメントありがとうございます。

原作からまるっきり乖離するほどのシナリオを書けるほど文才が在りませんので(笑)、基本的にはなぞるようにしてます。
ぶっちゃけて言えば、千早の代わりに千歳が編入してきたら、というお話なんで。
もっとも、千歳の性格が子供寄りなんで、必然的に「お馬鹿な子」扱いだった薫子が確りした役どころになるわけですが。
A-O-TAKE
2010/11/13 23:07
報告です

・幽霊千歳の会話文が青になっている→赤に
・千早さまの化粧をお手伝い→千早さまの化粧のお手伝い
・結構な勇気が居る→結構な勇気が要る


以上です
更新頑張ってください
Leon
2011/11/07 10:02
修正完了&ちょこっと文章変更。

ベッドを使った後に署名って……普通は使う前でしょ? と指摘が有ったので。
確かにその通りですww
A-O-TAKE
2011/11/10 16:23
再び報告です


・一人でトイレに行くのが恥かしい→一人でトイレに行くのが恥ずかしい


改めて読み返してみて署名の件が理解出来ました
確かに使用前が普通ですね
使用後だと忘れる可能性も高いでしょうし
Leon
2011/11/19 16:39
再び失礼します

・胸には詰め物をしたブラを付けている→胸には詰め物をしたブラを着けている
Leon
2012/01/23 21:18
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