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zoom RSS 妃宮さんの中の人 2-3

<<   作成日時 : 2010/11/23 16:14   >>

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 いよいよ、一学期のメインイベント開始です。


**********

「う〜ん……」

 唸るあたしの前にあるのは、本日の夕食――パスタ。

「お昼にカルボナーラなんて食べなきゃ良かった……」

 パスタと云っても、ソースが一種類なんて事はない。ミートソースから始まって、様々な種類が並んでいる。
 たださ、三食の内の二食でメニューが重なったりすると、なんとなく勿体ないなって感じない?
 まあ、人によっては三食ともサンドイッチで大丈夫って人も居るけど。初音とか。

 え? パスタは英国料理じゃないって?
 そうだね。パスタはイタリア料理。でも、イギリスの家庭で食べられている料理というならば、これはイギリスの家庭料理で間違いない……らしい。
 教えてくれたのは、いつものようにケイリなんだけれど。
 なんでも、イギリスの家庭における標準的なレシピの数は一桁(少ない!)らしく、その中には必ずパスタが入っているんだって。
 なぜかと云われれば、調理が簡単だから。茹でてトマトソースをぶっ掛ける。これがイギリスのパスタだそうな。
 しかも、パスタはグデングデンになるまで茹で上げて、歯応えもなにもないんだって。ケイリ曰く、『アルデンテを理解できるのは、イタリア人と日本人だけ』らしい。本当かな? ちょっと偏見が入ってるような気もするけれど。
 ああ、勿論この食卓に並んでいるのは、日本人の好みに合わせたパスタだからね。
 以上、豆知識でした。

「……薫子お姉さま?」
「ああ、うん。あたしはそっちのボンゴレをお願い」


 スープパスタなら、まだ許容範囲かな……。



「もう凄かったんですよ〜! ブワッと飛んで、フワッと着地! 子猫ちゃんだって呆気に取られて大人しかったんですから!」

 食後のお茶の時間は、陽向ちゃんの独演会だった。内容は勿論、さっきの子猫の救出劇。

「へえ……千歳ちゃん、そんなに高く飛んだの?」
「そうですね、ええと……そう、バスケのダンクシュートぐらい」
「それは凄いわね。男性顔負けじゃない」


 ただまあ、その話の内容は、ちょっと冷や汗ものだ。
 バスケのゴールの高さは、305cm。ちょっと背の高い男性が、かなり高くジャンプしないといけない。だけど千早の身長はといえば、あたしよりも低いのだ。
 運動神経抜群と評価されているあたしだけど、さすがにダンクシュートは出来ない。
 逆説的に、千早――千歳さんの運動神経は、あたしよりも凄いということになってしまう。

「でも千歳ちゃん、今日は調子が悪いって云ってたんだから、そんなことしちゃ駄目ですよ?」
「えへへ……ごめんなさい」


 ああ、そうそう。今の返事で分かるとおり、既に千早は千歳さんに憑依されてる。朝とは違って時間のある夜のこと、千早のままで話をしていて、ボロを出さないともいえないからね。

「こねこ……かわいい……」
「そうね、かわいいわ」


 問題の子猫はといえば、生物部から借りたケージに入れられた状態で、みんなに観賞されていたりする。
 里親になりたいって子が居たらしいけど、いきなり今日、家に連れ帰るわけにはいかないからってことで、一日だけ寮で預かることになったんだって。寮生に猫アレルギーの人が居なくて良かったよ。
 ……あと、最初の可愛いは優雨ちゃんの、次の可愛いは優雨ちゃんを見ながら云った香織理さんの。
 うむ、どちらの意見にも全面的に同意するっ。

「ところで、この中で猫を飼ったことのある人って居るの?」

 あたしのなにげない質問に、みんなが動きを止めた。

「……ない……」
「私も無いわ」
「無いです〜」
「わ、私も……薫子ちゃんは?」
「いや、あたしもそんな経験は無いけど。千歳さんは?」
「私も無いよ?」


 優雨ちゃんから始まった声に、全員が首を振っていく。
 あたしからすれば、お金持ちのお嬢様は毛の長い猫(ペルシャ猫?)みたいなのを飼っているようなイメージがあるんだけど。
 ほら、膝の上に乗せて撫でているみたいな。

「あ、でも大丈夫だよ。ね〜、史?」
「はい。こんなこともあろうかと、子猫の育て方をネットで調べました」
「おお……さすがは万能メイド」
「侍女です、薫子お姉さま」


 あ、やっぱりそこは譲れないのね。

「子猫とは云っても、生後三ヶ月は過ぎていると思われます。この子は野良ですから、ノミやその他の微生物などもいるでしょう」
「あ〜、そういうのもあるのか……」
「はい。ですので、皆様には入浴をお勧めします。この子は史が面倒を見ますので」


 ともあれ、史ちゃんに任せておけば間違いは無いだろう。
 一晩面倒を見て情が移っちゃったりすると、別れも辛くなるしね。優雨ちゃんなんか、そんな感じがする。

「それじゃ、お風呂に入っちゃいましょうか。……優雨ちゃんはどうする? 私と一緒に入る?」
「……ん」


 初音の声で、背を屈ませていたみんなが立ち上がる。
 優雨ちゃんは少し名残惜しそうだったけど、素直に初音に付いて行った。

「う〜ん……優雨ちゃん、寂しそうでしたね〜」
「そうね。あの子は長く病院暮らしだったのだろうから、ペットなんて見る機会も無かったでしょうし」
「……ねえねえ、寮でペットを飼うって、出来ないのかな?」


 香織理さんの言葉を聞いていた千歳さんが、唐突にそんなことを云った。

「あれ。一応、個人でのペット持込は可能のはずだよ?」
「それ、ハムスターとかちっちゃいのでしょ? ワンちゃんとか、みんなでお世話するような大きな子は駄目なの?」


 う〜ん……。
 生物部がウサギを飼育するのとは違うんだから、ちょっと無理じゃないかなあ。

「どうなのかしらね。番犬という名目なら、飼ってもよさそうなものだけれど」
「いや〜、無理じゃないかなあ。学校の警備員さんが、ちゃんと寮の方まで見回りしているしね」


 実は何年か前の休日に、不審者が学院の敷地内に入ってきて、生徒の誘拐騒ぎを起こしたことがある。
 それ以降、ウチの学院も日本全国の学校に倣って、警備が強化されているのだ。
 女学院なので男性の警備員は普段は目に付かないけれど、それでも結構な人数が居たりする。

「それに、毎年人間が入れ替わることを考えると、大人しくて頭の良い子じゃないと大変じゃないかな」
「それもそうね。今年は薫子が居るけれど、長期休暇のときは誰も居なくなっちゃうのが当然だし……」


 そんなふうに、あたしと香織理さんが相談している横で。

「やっぱり飼うなら大型犬だよね。セントバーナードみたいな」
「あ、分かりますよ、千歳お姉さま。……ズバリ、上に乗るんですね!」
「そうそう! 『アルプスの少女』みたいに――」

「君らは気楽だね……」






『そういえばさ』
「ん?」

 波乱万丈の一日も、もう直ぐ終わりを告げる頃。
 千歳さんの部屋で就寝前のお茶を楽しんでいたあたしたちは、再び千早から抜け出した千歳さんの言葉に顔を上げた。

『薫子ちゃん、いつの間にかちーちゃんを呼び捨てにしてるよね』
「ああ、うん、そうね。なんて云うかさ、同年代の男性をさん付けで呼ぶのって、肩が凝るというか……」
『そうなの?』
「男友だちって、今まで居なかったからね」

 小学校の頃はそんなことを気にしないで遊んでいたものだし、中学に入ってからは、親爺の仕事がばれてそもそも友だちなんか居なかった。
 そうして考えると、千早はあたしが初めて『意識する』男友だち――なのかな――になるのだ。

『ん〜……私と同じ、ちーちゃんって呼べばいいのに。そうすれば、間違って出ちゃっても誤魔化せるよ?』
「いや、それは僕が遠慮したいところなんですが」

 千歳さんの言葉に、千早が苦笑しながら返す。まあその気持ちは分からなくもない。千早はかなり大人びてるし、この歳になってのちゃん付けは嫌だろう。

「実は奥様も『千早ちゃん』とお呼びになるので、男性らしく呼んでもらいたいのではないかと……」
「史、人の内心を代弁するのは良くない」


 ……暗に認めている辺りが、なんだかなって感じだけど。
 でもなあ。寝る前なので化粧は落としてあるんだけれど、それでも、ネグリジェを着た千早は男には見えないもんなぁ。
 もしこの学校に来る前に、街角などでばったり千早に会ったとして。あたしは千早を男として見ることが出来るだろうか?

『そういえば、シャツにスラックスでも、女の子と間違えられてナンパされたりしてたよね〜』
「ぶっ!?」
「……思い出させないで下さい。薫子さんも、そんなに笑わないで下さいよ」
「いや、だって……」


 性別の分かり難い服装なら、そういうこともあるだろうけど。シャツってドレスシャツでしょ?

「……胸は?」
「……ナンパ野郎曰く、胸の大きさに貴賎は無いんだそうです」


 えー、真っ平でしょ?
 そりゃ、あたしも含めて小さめの人は結構居るけれど、それでも男性と間違えるのはどうなのよ。

「薫子お姉さま。世の中にはそういう趣味の方も居るということで」
「いや、綺麗に纏めなくていいから」

『も〜、話が変わっちゃったよ。ねぇ薫子ちゃん、私のことも呼び捨てで構わないよ?』
「え、そうなの?」

 天然の気はあるけれど、お嬢様然とした千歳さんを相手にすると、なんとなくさん付けで呼びたくなるんだよなぁ。
 そういえば、同じお嬢様の初音に対しては、最初から呼び捨てだった。なんでだろう。出会った当初はウサギっぽくおどおどしてたから、なんとなく優位に立っていた感じだったんだろうか。
 千歳さんは同じ小動物系でも、スピッツみたいな小型犬って感じだよね。好奇心旺盛で、ちょっと……ゴニョゴニョ。

「自分から呼び方を指定するってのもなんだけど……まあ、良いか。それじゃこれから、千歳ってことで」
『うん!』

 なんだかやたらと嬉しそうだな。呼び捨てに憧れでもあるのかな?
 あたしが首を傾げていると、史ちゃんがそっと耳元で教えてくれた。

「(千歳さまをそうお呼びになるのは、旦那さまだけでしたので。……今は、そう呼ぶ方は居りません)」
「(そうなの?)」
「(……旦那さまは、千歳さまの存在をお認めになっていませんので)」


 そういえば、最初にそんな説明を聞いたっけ。世間体とかなんとか。そういうのも分からないでもないけれど、やっぱり、実の娘を相手にしてそういうのは……。
 なんにせよ、千歳がそれで喜んでくれるなら、あたしとしても否は無い。呼び捨ての方が、より親しい感じがするって人も居るしね。

「さてと、そろそろ寝ましょうかね。明日も色々大変だし」
『ん? そうなの?』

 そうなんですよ。主に貴女たちの所為ですけどね〜。





 翌日。
 あたしと千歳、史ちゃんの三人は、朝食を終えると早めに寮を出た。
 昼間は寮内に誰も居ないということを失念していて、急遽、子猫を学園の警備員さんに預けることにした為だ。
 何故に教師やシスターじゃ無いのかというと……や、誰だって御小言は貰いたくないでしょ?
 あたしと千歳が史ちゃんと一緒に寮を出たのは、昨日のことが噂になっているだろうから、早めに教室に入って嵐が過ぎるのを待とうということだったりする。

「それでも、視線を感じたりするんだよね……」
「それは仕方の無いことかと」


 部活動の朝練で早出している人たちは、時間が押しているのか、軽い会釈ぐらいで足早に去っていく。ケージに入れられている子猫を見て、名残惜しそうにだけれど。
 そうやって歩いていると、昇降口の辺りで見知った顔を見つけた。

「あ……」
「あ、沙世ちゃんだ。お〜い、沙世ちゃ〜ん」


 あたしが声を掛けようとしたら、先に千歳が声を掛けた。この二人、知り合いだったの?
 千歳に声を掛けられた当の本人は、こちらに振り向いた時点で既に眉が寄せられていた。眼鏡の奥の瞳が怖い!

「…………。おはようございます、妃宮さん、七々原さん。随分とお早いんですね」
「おはよう、沙世ちゃん」
「おはようございます、沙世子さん。……随分と久し振りだね」


 最初の間が気になるけど、とりあえず挨拶は確りとする。
 才媛で知られるこの人は、生徒会に在って学院内の風紀を司る人でもある。割と付き合いのあるあたしは知っているけれど、融通の利かない人なのだ。
 はっきり云おう。こういうタイプの人は苦手だ。

「そうですね。今年は生徒会の手伝いが随分と増えましたし。三年生にお手伝いを頼むのも申し訳ないので」
「あ、あはは……。ま、たいして役に立っていたとは思えないけれどね」


 先年の生徒会長が初音のお姉さまだったこともあって、去年は生徒会のお手伝いとして随分と引っ張り出されたものだ。由佳里さん、遠慮しないし。
 ま、もっとも。あたしが役に立つのは、力仕事と高いところにある物を取る時だけなんだけど……。

「ああ……そちらの方は初めてですね。私は烏橘沙世子。本年の生徒会で、副会長を務めさせて頂いています。どうぞ宜しく」
「これはどうもご丁寧に。私は度會史と申します。寮において、薫子お姉さまと千歳お姉さまの妹を務めております。今後とも、宜しくお願い致します」


 ちょっと考え込んでいる間に、沙世子さんは史ちゃんと自己紹介をしていた。相変わらず、堅苦しい話し方だこと。

「ところで、そのケージの中に居るのが、件の子猫ですか?」

 きゅ、と挨拶の時は開いていた沙世子さんの眉が、見事に寄せられる。

「あ、や、これはですね……」
「学院内に動物の持ち込みは禁止……別に学院規則に書いてあるわけではありませんが、常識として考えてもらいたいですね」


 うは、きっつ! もうちょっと云い方ってものがあるでしょうに。

「申し訳ありません。昼間の寮には誰も居りませんので、これから警備員室に預かってもらうよう、お話をしに行くところです」
「……そうですか」
「では、史はお先に失礼します」


 おお、流石は史ちゃん、落ち着いた対応だ。沙世子さんに文句を云う隙を与えないとは。
 史ちゃんはそのままケージを持って、一足先に警備員室の方へと歩いていく。
 ……はっ!? 離脱するタイミングが!

「そうそう、お二人とも、昨日は随分とご活躍だったようですね」
「うっ……」


 案の定というか、対象をこちらへと変えた沙世子さんが、冷めた目であたしたちを見る。

「エルダー選挙も近いこの時期に、学院の浮付いた雰囲気を煽るような行動は慎んでいただきたいのですが。……そういえば、つい先日も嫌がらせを受けていた生徒を助けたそうですね」

 まるでTVドラマに出てくる教育ママ(PTA会長風味)の如く、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、つらつらと言葉を並べる。
 これは、あたしたちを注意するタイミングを計っていたな……?

「七々原さんは、先代エルダーの妹でもあるのですから――」
「なっ……!?」


 ぷちっと来た。
 お姉さまを引き合いに出して文句を云う沙世子さんに思わず声を荒げようとした瞬間、くいっとあたしの袖を引いた千歳が、一言。

「薫子ちゃん、エルダー選挙って、何?」
「「……」」


 この間の外し方は、天然なんだろうなぁ。ある意味羨ましい。

「――このような人気取りを、と思ったんですけれど。良く考えると、貴女たちはそういったこととは縁が無さそうですね。熟慮よりは反射で行動するようですし」

 むっ。濡れ衣を着せられるよりはましだけれど、あたしだってそれがバカにされてるってことは分かるぞ。

「人助けするのに、時期や時間を選べって? それはちょっと無理な相談かなあ。あたしは困っている人を見捨てられるほど、冷たい人間じゃないんで」
「……ええ。それが良くも悪くも、貴女の持ち味ですからね」
「……」
「……」


 むう、何故に朝っぱらからこんな雰囲気にならねばならんのだ!
 自覚は無いんだけれど、あたしは何か沙世子さんに嫌われるような切っ掛けがあったんだろうか?

「まあ良いでしょう。さっきも云った通りもう直ぐエルダー選挙なんですから、派手な行動は控えてくださいね。……では」

 暫くあたしと睨み合った後、沙世子さんは踵を返して去っていった……と思ったら。

「ああ、そうそう。妃宮さん、私の名前は沙世子ですので、次はちゃんと呼んで下さいね」

 溜め息を吐きながらそれだけ云って、今度こそ本当に歩いていった。……なるほど、最初の沈黙はそれか。
 まあそれは兎も角として、その背中が完全に見えなくなってから、あたしは思いっきり舌を出す。

「い〜っ、だ! 意地悪小姑め」
「薫子ちゃん、メッ!」
「いたっ」


 後頭部をすぱんと叩かれる。
 いいじゃん、別にあかんべーしたって……と云いかけたけど、思ったよりも真面目な顔をした千歳を見て、言葉に詰まる。

「陰に隠れて悪口を云うようなことしちゃ駄目なんだよ?」
「あら、薫子さんが人の悪口なんて、珍しい」
「うひゃっ!?」
「あ、こよりちゃん、おはよ〜」
「はい、おはようございます、千歳さん、薫子さん」


 ビ、ビックリした……。なんか最近、後から急に声を掛けられるのって多くない?

「おはよう、こよりさん。……今日は早いんだね?」
「ええ、部活の朝練習は無いのだけれど、昨夜に電話があってね」
「はい?」


 その二つ、どういう関係があるの?





 みんなで連れ立って教室へと入った後、こよりさんに事の顛末を聞いてみると。

「はあ!? 写真とメールが回ってきた!?」
「そうなの。よく撮れているでしょう?」


 どうやらあの場に居た子の中に、携帯で写真を撮った子が居たらしい。しかも、千早が子猫を捕まえて地面に降りたところを、だ。
 銀の髪が大きく広がっていて、その中心にある顔は、両手で抱えた子猫の方を向いている。
 さすがに細かい表情まで判るほどの写真じゃないけれど、十分、絵になる構図だ。……プロですか? と思わず聞きたくなる。

「うわ〜、格好良いねえ……」
「ちょ、千歳……」
「あらやだ。自分のことでしょう、千歳さん?」
「あ、えへへ……そうでした」


 さ、流石にこの程度のことで、千早と千歳の関係が分かるようなことはないだろうけれど、心臓に悪いことを云わないで欲しい。

「それで、なんとなく落ち着いていられなくって家を早く出てきた、と。……こよりさんも物好きな……」
「あら。そんなこと無いと思うわよ? ほら」


 げっ、いつの間に?
 こよりさんが廊下の方を指し示すと、何人かの生徒たちが教室の中を覗きこみながら、なにやら話をしていた。

「みんな同じ話題で盛り上がりたいのよ。ほら、もう直ぐエルダー選挙でしょう? 我がクラスから三人も候補者が出るなんて、夢みたいじゃない?」
「いや、当の本人にしてみれば、夢でも何でもないんですが」
「またまた、そんなことを云って。……エルダーの座をめぐって、親友同士が相争う。ああ、何という運命の悪戯」
「いや、争わないから」


 何でこんなノリノリなの。今日のこよりさん、寝不足でテンションがおかしいんじゃない?
 通学に一時間は掛かるって云ってたし、逆算して考えれば朝五時くらいには起きているわけで……うわ、あたしには無理だ。

「みなさん、おはようございます」
「ごきげんよう、みなさん」


 いつもより微妙に早い時間で、クラスメイトたちが登校してくる。
 もしかして……いや、もしかしなくても、『コレ』の件で早く来ているんだろうなあ。だってみんな、教室に入ったとたんにこっちを向くんだもん。
 みんながみんな、目で語っているわけですよ。詳しい話を本人から聞きたいと。
 そんな中には、当然ながらこの二人も居るわけで。

「おはよう、千歳さん、薫子さん……聞いたよ? 大活躍だったそうじゃないか」
「おはようございます、千歳さん、薫子さん。……そうですよ、私、話を聞きたくてそわそわしてたら、茉清さんに笑われちゃって」
「ふふっ……だって、数秒おきに表情が変わるものだから、可笑しくって」


 さりげなく惚気ないで下さい、二人とも。
 まあ、茉清さんの登場で、あたしの周りに集まる人が少なくなったのは良いことだ。あのままだと息苦しくなっちゃう。
 先日までのように茉清さんに近寄りがたいって訳じゃなく、あたしと普通に話せる茉清さんに、情報収集を任せたといった方が正しいだろう。それが証拠に、みんな聞き耳立ててるしね。

「で、こんな状況になったのはどういうわけ?」

 茉清さんが、携帯の待ち受け画面になっている写真をこちらに見せてくる。
 ……しかし、改めてみてみると、ホントに格好良い。実体が女装少年だなんて信じられない。

「い、いや。ただ単に、木の上から降りられなくなった子猫を、千歳がジャンプして助けただけだよ。ね、千歳」
「そ、そうだよ? ホントは薫子ちゃんが脚立を持ってきて助ける心算だったんだけど、ほら、私は昨日調子が悪かったから、深く考えないでぴょ〜んって……」


 いやちょっと待て、その説明はおかしいって。そもそも調子の悪い人間は、あんなに高く跳べないでしょ。
 茉清さんは勿論のこと、他のみんなもちょっと首を捻って疑問符を浮かべているようだ。

「まあ、よく分からないけれど……その分だと、もう元気になったと考えて良いのかな。本当、昨日は教室が静かだったからね」
「あ、うん。今日はもうバッチリだよ」
「それは良かったです。何かもう、千歳さんが元気無いと、みなさん元気が無くなっちゃうみたいですからね」
「そうですね。……ところで千歳さん。やっぱり、そのジャンプ力を生かす為に、バレー部に入る心算はありません?」
「こらこら、こよりさんってば……ところでさ、さっき生徒会の副会長に云われたんだけど……」


 六月も終わりに近いこの時期になって三年生を勧誘するこよりさんに釘を刺しつつ、あたしは話を別の方向に変える。
 ちょっと自爆っぽいネタかもしれないけど、千早のことを突っ込まれるよりはマシだろう。

「ああ、そうか。確かに、もう直ぐエルダー選挙だね」
「そうそう。人気取りみたいになってる、なんて注意されちゃってさ」
「薫子さんも千歳さんも目立つから、歩いているだけで選挙活動になっちゃいますよね」
「うっ……ぐ、否定できないところが……」


 優雅さやお淑やかさには欠けるけど、それが却って目立つ原因になっているのが、あたしの悩みの種なんだよね。

「あ、忘れてた。ねえねえ薫子ちゃん。結局、エルダーってなんなの?」
「おや、千歳さんはまだ話を聞いてなかったの?」
「うん」


 エルダー――エルダー・シスター――選挙とは、全校生徒の手本となる生徒を最上級生の中から選ぶという、一言で云えば『理想の人』を決める選挙だ。
 その性格上、どうしても『人気投票』という一面を持ってしまうのが難しいところで、その年その年によって選ばれるエルダーに様々な色が付くのが面白いところでもある。
 例えば、あたしは縁あって71代目以降のエルダーを全員知っているわけだけど、全員が違うタイプと云っていいだろう。
 ちょっとお茶目なお姉さん、完璧人間なお姉さん、お姫様っぽいお姉さん、そして……

「私、薫子さんに投票させていただきますね!」
「えっ!?」


 あたしが考え込んでいると、不意に、クラスメイトの一人がそんなことを云った。
 その瞬間、クラス全体が――廊下まで含めて――奇妙な緊張感に満たされる。

「あ……あたしに?」
「ええ。一年生の頃から変わらぬその正義感、エルダーに相応しいと思いますもの」
「あ、や、えっと……」
「それでしたら、私は千歳さんに投票しますね。まだ聖應に来て日も浅いですけれど、持ち前の明るさで、学院内の空気も良くなったように感じますもの」
「そうそう、それにこの大活躍。自身の調子が優れないのに、子猫を助けようとする優しさ……」


 それは去年も感じたことのある独特の空気……投票宣言の始まりを告げる合図だった。

 じ、自爆どころか大爆発じゃないか……。

**********

 沙世子は薫子に嫉妬してます。




 

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。投稿日より遅れ、コメントが滞ってしまい申し訳ありません。
さて、おとボクのメインイベントであるエルダー選挙が始まろうとしていて、今後がとても楽しみな展開になってきましたね。
重要な人物も出揃い、これからオリジナルな展開になることを期待しています。
とりあえず、原作と乖離しない部分はエルダーは2人であること。…で、いいんでしょうか?ネタバレになってしまうかもしれませんが…。今後のストーリーに千早がどういった形でかかわって行くのかが、とっても楽しみです。
今後とも頑張って下さい。

2010/11/25 20:16
唯さん、いらっしゃいませ。
コメントは心の肥やしなので、急いだりしなくてもいいですよ。
手が空いた時、なんとなく書きたくなったとき、そんなもので十分ですので。

ああ、エルダーは二人です。それを外すと「タイトルに偽りあり」になっちゃうので……。
A-O-TAKE
2010/11/26 22:53
報告です

・幽霊千歳の会話文が青になっている→赤に
・濡れ衣を着せら得る→濡れ衣を着せられる
・はら、私は昨日調子が→ほら、私は昨日調子が


頑張ってください、と言いすぎると急かしているように聞こえますが…別にそんな意図はないです
頑張ってください
Leon
2011/11/07 13:53
修正完了です。
Leonさん、いつも有難うございます。
ちょっと仕事のせいで更新が遅れてますけど、細々と直していきますので、よろしくお願いします。
A-O-TAKE
2011/11/12 11:18
再び報告です


・『薫子ちゃん、いつの間にかちーちゃんを呼び捨てにしてるよね』→幽霊千歳の会話文だが色が黒のまま
・千早はあたしが始めて→千早はあたしが初めて


犬に乗るって…高校生でも可能なんだろうか…
Leon
2011/11/19 21:28
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