A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 2-4

<<   作成日時 : 2010/12/01 19:53   >>

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 今回は筆が進まなかった……

 でも、その分ちょっと増量。

**********


 あっ、という間に放課後。
 あたしと千歳は、必死の思いで寮へと帰ってきた。

「つ、疲れた〜……」
「ふにゃ〜ぁ……」


 疲れた理由なんて、今更云うまでも無いだろう。エルダー選挙の投票宣言の為だ。

 自分がエルダーにしたいと思う人に対して、他人の前で投票を宣言する。それは周囲の人間に注意を促すだけじゃない。
 なにしろ周囲の人たちの前で「貴女のファンです」と宣言するんだから、エルダー候補を周囲に注目させると同時に、自分も注目されるという事になる。
 だから、下手なことなどしようものなら、自分だけでなくエルダー候補の名前も傷付けることになるんだ。本当はとても勇気の要ることなんだ……けれど。
 投票宣言する側の人間にもそれなりの責任があるっていうことを、理解している人間は少ないんだよね。
 だからこそ、教室で、廊下で、食堂で……最終的にはトイレまで、そんなところで投票宣言してくるわけだ。
 勘弁して! と怒鳴らなかった自分を誉めてやりたい。

 息も絶え絶えといった感じで食堂に辿り着き、鞄を放り出して椅子に腰掛けるあたしたち。

「なあに、二人とも。こんな時間に寮に帰ってきて、やることが机に突っ伏すことなの?」
「あたしたちより先に帰ってきてる香織理さんに云われたくな〜い……」


 一人優雅にお茶を飲んでいた香織理さんに、文句を云われてしまった。
 同じ時間に放課になっているのにあたしたちの方が遅かった理由も、帰り道で投票宣言に捕まったからなんだけどね。

「しっかりなさい、騎士の君。件の子猫を引き取りに、下級生が来るんでしょう?」
「うん……あ、史ちゃん忘れてきた」
「あ〜……そうだね〜……でも大丈夫だよ、史だしね〜……」


 う〜む、あたしも人のことは云えないが、千歳はもの凄くだれている。何年か前に流行ったゆるキャラのパンダみたいだ。
 まあ……なんだ。史ちゃんなら大丈夫か。史ちゃんだし。

「史ちゃんはまだ良いとして……初音のことも忘れてきたのよね?」
「ああっ!? そうだった!」
「……やれやれ」


 あたしたちと同じく、生徒会長である初音もエルダー候補なのだ。
 お昼の食堂でも顔を合わせられず、孤軍奮闘していたに違いない。あの沙世子さんが傍に居る以上、ある程度は防げると思うけれど、こうしてあたしたちが帰ってきてしまった以上、残された初音に負担が……。
 慌てて携帯電話に手を伸ばし、朝に切っておいた電源を入れた。放課後は校内での電話も一応黙認されているので、あっちも電源を入れているだろう。
 早速、初音に電話を掛ける。何度か呼び出し音が続いた後、無事に電話が繋がった。

「もしもし、初音?」
『……薫子ちゃ〜ん……先に帰っちゃうなんてずるい〜……』
「は、初音?」


 なにか、初音らしからぬもの凄い声が聞こえた。

「あ、あのさ? 決して、決して初音を見捨てたとか、そういうわけじゃないからね?」

 去年もそうではあったけれど、投票宣言が始まるのは唐突なのだ。事前対応なんて出来るはずも無い。
 碌に連絡も取れなかったんだし、置いて帰っちゃったのは許して欲しい……んだけど、ダメ?

『……ぐすっ……』

 な、泣いてる! 電話の向こうで泣いてるよ! もの凄い罪悪感が!

「は、初音、確りして。今から迎えに行こうか?」
『……もしもし』


 あれ? 声が変わった?

「……誰?」
『烏橘です。……一応、云っておきますが。今から貴女がこちらに迎えにこられたとしても、騒ぎが大きくなるだけでしょうから止めてください』
「うっ……」
『貴女たちが帰った後、3−Cの教室の前で投票宣言されているところを、私が確保して生徒会室に匿っているところです。……仕事に手が付くとは思えませんが、やることはそれなりにありますので』
「そ、そう。……え〜と、それじゃ、お願いしてもいいのかな?」
『ええ。最後まで責任を持って送っていきますので。では、失礼します』


 沙世子さんはそれだけ云うと、初音の了解を待たずに電話を切ってしまった。だから一言多いんだってば、あの人は……。

「それで、あちらはどうなっているって?」

 携帯電話を机の上に放り出すと、様子を窺っていた香織理さんが尋ねてくる。

「生徒会室に篭城中だって。今日は帰ってくるのが遅くなるだろうね……」
「あらまあ、大変ね」
「……もの凄く他人事っぽいデスネ」
「そりゃあそうよ、私にはどうしようもないもの。大体、エルダー選は他薦なのだから、気を揉んだって何が変わるというものでもないでしょう?」
「そりゃそうだけど……」


 去年も奏お姉さまの護衛としてエルダー選に関わったけれど、あれはまだまだ甘かったんだ。
 本人じゃないってことがどれだけ楽だったのか……お姉さまと同じ道を歩いているかと思うと、ちょっとは嬉しいと思う反面、こんなことは知りたくなかったと思ってしまうわけで。

「まあ、投票宣言はみんなの気持ちの篭ったものなのだから、大人しく受けておきなさい。憧れられていると思っていれば、貴女も少しは女らしくなるでしょうよ」
「うう〜……」


 憧れてくれた人たちを失望させない為に、背を正そうとは思うけど。それと女らしくなれるかどうかは別だよ……。
 あたしが再び机に垂れようとすると、放り投げた携帯電話が震え出した。着信だ。

「……ん? ケイリ?」

 着信はケイリから。ともあれ、通話ボタンを押す。

「もしもし」
『やあ、薫子。今、どこに居ますか?』
「ん、もう寮に帰ってるよ」
『ああ、それは良かった。今、寮の玄関に居るので、出迎えてほしいのですけれど』
「はい?」


 寮の玄関? はて、一体何事だろう。
 あたしは通話状態のままで、とりあえず玄関へと向かう。なにやら、扉の向こうに人の気配。通話中の電話と扉の外、二重になって声が聞こえてきた。

「ほら、大丈夫だから入りましょう。薫子が出迎えてくれますから」
「で、でも……」
「古い建物だからといって……なんだったかな……そう、お化け屋敷のように、食べられたりはしませんよ」


 ……なんのこっちゃ。
 あたしは電話を切ってから扉を開ける。

「ケイリ、何を変なこと云っているの?」
「ああ、薫子。……ほら、ちゃんと出迎えてくれたでしょう?」
「う、うん」


 扉の向こうに居たのは、ケイリの他にもう一人、見慣れない顔。……ケイリと普通に話してるってことは、二年生かな。

「え〜と、どちら様?」
「あ、私、二年の早瀬淳と申します! その、子猫を引き取りに参りました!」
「ああ、貴女が……でも、ちょっと間が悪かったなぁ」
「え?」


 かくかくしかじか。

「――というわけで、まだもうちょっと時間が掛かりそうなんだよね」
「そうなんですか。どうしましょう?」


 どうしましょう、と云われてもな。待っていてもらうしかないよね。
 とりあえず寮の中に、と思って扉を開けると、丁度そこには香織理さんの姿が。

「あら、お客様?」
「うん、子猫の引き取り手」
「そう。……そうね、まだ史ちゃんは戻ってきていないし、上がって待っていてもらったら? お茶の用意ぐらいはするわよ」
「それはありがたいですね。淳、ここは香織理の言葉に甘えましょう」
「そ、そうだね」


 この淳って子、な〜んかオドオドしてるなあ。人見知りかな?
 ともあれ、香織理さんは先に食堂へ向かい、あたしと淳さんも靴を脱いで廊下へと上がる。

「……ところで、なんでケイリはここに居るの?」

 当たり前のように靴を脱いでいたケイリが、あたしの言葉につんのめった。……珍しいな、と思っていたらケイリが目を細めて不満そうな顔をする。

「薫子、それは酷い。私は以前に、テストが終わったら遊びに行くと約束していたじゃないですか」
「あ、あれ? 今日だったっけ?」
「ちゃんと初音にも話を通してあるのだけれど……もしかして、忘れていたのかな?」
「う……」
「ふふふ……」


 び、美人が口だけで笑うと怖いんだってば!

 
「あ、あはははは……だ、大丈夫だよ? ちゃんと部屋の準備はしてあるから。主に史ちゃんが
「何か聞こえたけれど……まあ、許しましょうか」


 廊下を歩きながらそんな話をしていると、黙っていた淳さんが、ケイリの袖を引いた。

「ね、ケイリ……もしかして、いつも騎士の君のお部屋に泊まっているの?」
「ん、そうですよ。それが何か?」
「いいなあ……羨ましい」


 そうなのかなあ? あたしと一緒に寝たって、羨ましいことなんか無いと思うけれど。
 いや、でも……あたしも偶に奏お姉さまと一緒に寝たりもしたっけ。アレはアレで楽しかったし……。
 そんなことを考えながら、食堂へと入る。

「あ、いらっしゃ〜い」

 お、千歳が復活してる。さすがにお客様の前でダレるわけにはいかないか。

「わ……お、お邪魔します」
「やあ、千歳。お邪魔します」


 むむ、淳さん、千歳にもビクッとした。……まあ、良く考えてみれば、寮に居る三年生ってみんな有名人なんだよね。接点の無い子からすれば、お化け屋敷と大差は無いか。
 何度も頭を下げる淳さんを促して、適当な椅子に座らせる。朝晩の食事の時以外は、特に座る場所は決めていないからね。

「ところで淳、さっきの話ですが」
「え、なに?」
「具体的に云うと、どの辺りが羨ましいのかな?」


 緊張で強張っている淳さんを気遣ってか、ケイリがそんなことを聞いた。……あたしも興味あるけど。

「ど、どの辺りって云われても……全部、かな」

 淳さんは視線をあたしの方にちょっと向けて、頬を赤くしてから――なに、その反応?――きっぱりと云った。

「おやまあ。薫子は好かれていますね」
「あ〜、いや、それは大変嬉しいことですけれど」
「まあ、確かに……薫子の寝ぼけ姿を見ることが出来るのは、役得と云えば役得かな」
「わ!? 何云ってるのかな、ケイリは!?」


 良い話っぽく纏めるところじゃないの、こういう場合!?

「あ、それは分かるな〜。きりっとした薫子ちゃんは格好良いけれど、ふにゃっとした薫子ちゃんは可愛いんだよ?」
「ぐっ……千歳まで」
「あら、面白そうな話をしているわね? ……はい、お待たせ」


 あたしが思わず絶句したところで、お茶を用意して戻ってきた香織理さんが話の輪に加わる。

「香織理も何か、面白い話を知っていますか?」
「え、薫子の話で? そりゃあ勿論、色々と知っているわよ」
「わーわーわー! あたしの話はどうでもいいでしょ!?」
「あら、話の種としてはちょうど良いじゃない」


 し、四面楚歌っ!?
 史ちゃん、早く戻ってきて〜!!



 残念ながら、史ちゃんが帰ってくるまでの三十分間、あたしは散々に弄られたのだった……。

「あら、これも愛のなせる業よ?」

 うるさいやい。





「今日は本当にありがとうございました」

 子猫を受け取るまでの間に――あたしが弄られた為に――大分硬さの取れた淳さんは、寮の玄関で丁寧に頭を下げた。
 両手で確りと子猫の入っているケージを抱えている淳さんに断ってから、ケージの隙間から子猫を窺ってみた。どうやら良く眠っているみたいだ。

「いや、そんなに気にしないで。こっちこそ、待たせちゃった上に変な話にまで付き合わせてゴメンね?」
「申し訳ありません、史がもう少し早く帰っていれば……」
「あは、そんなに気にしないで下さい」


 淳さんはちょっと苦笑い。色々と知りたくないことも知っちゃったんじゃないかな……。

「色々と楽しかったです。騎士の君……いえ、薫子お姉さまのことも良く分かりましたし、その……香織理お姉さまも、噂のような方じゃなかったし」

 ん? 香織理さん? ……そうか、この子も色々と聞いているみたいだね。
 まあ、寮での香織理さんは気の良いお姉さんだから、その姿を見てしまえば考え方も変わるだろう。
 残念ながら、下級生に手を出しているってのは本当の事なんだけど……あたしは香織理さんと一度激しく遣りあってから、その辺りの事情には触れないようにしているからなぁ。

「それじゃ、これで失礼します」
「うん、気を付けて帰ってね」
「……ごきげんよう」


 あたしと史ちゃんで、去っていく淳さんの背中を見送る。
 他のみんなはここには居ない。優雨ちゃんと陽向ちゃんはちょっと寂しそうだったけど、玄関までの見送りはしなかった。

「さて、それじゃ戻ろうか」
「はい……あ」
「ん、どうしたの?」


 扉を開けて戻ろうとしたら、史ちゃんが立ち止まって校舎の方を向いた。あたしも釣られてそちらの方を見ると、

「た、ただいま帰りました〜……」
「は、初音?」


 いかにもヘロヘロといった感じの初音と、その手を引っ張るようにして歩いてくる沙世子さんの姿。

「ごきげんよう、七々原さん、度會さん。ちゃんと初音を連れてきたわよ」
「あ、うん、ありがとう沙世子さん」


 あたしは沙世子さんから初音を受け取ると、そのまま史ちゃんにバトンタッチ。だって沙世子さんの目が怖いんだもん。

「とりあえず、今日はゆっくり休ませてあげて。……人間、状況には慣れるものだから、そのうちなんとかなるでしょう」
「ん、分かった。その辺りは任せて」
「では、私はこれで」
「うん、また明日」


 沙世子さんは、軽く会釈をするとそのまま帰っていった。
 ……しかし、慣れるっていってもなぁ。あたしはこんな状況に慣れたくはない。

「初音お姉さま、大丈夫ですか?」
「うん、だいじょうぶ〜。こねこちゃんにいやしてもらうんだ〜」


 ……ひらがなデスヨ、初音さん。

「……申し訳ありません、初音お姉さま。たった今、子猫は貰われて行きました……」
「が〜ん!!」


 あ、初音が崩れ落ちた……って。

「は、初音、確り! 傷は浅いよ!?」
「……優雨ちゃん、せめて優雨ちゃんに……っ」
「……申し訳ありません、初音お姉さま。優雨さんは少し熱が出てしまったので、お休みになられました……」
「……がくっ」
「初音〜!?」






 食事が終わって、その日の夜。
 え? 初音? とりあえずみんなでお風呂に入れて、ベッドに放り込みました。
 いや〜、精神的に大分参っちゃったみたい。この二年で、初音も結構芯が強くなったと思ってたんだけどなぁ。

「初音は、ちょっとタイミングが悪かったみたいだね」

 あたしのベッドに座って(あたしの部屋には椅子が二脚しかない)就寝前のお茶を楽しんでいたケイリが、あたしの呟きに答えた。
 ちなみに、椅子に座っているのはあたしと千歳。史ちゃんはケイリと間を空けて、ベッドの端に座っている。

「ん? ケイリは何か知ってるの?」
「知っているというか、ちょっと無理矢理に聞きだしてね」
「お、穏やかじゃないなあ。……それで?」


 ふむと唸ったケイリは、サイドテーブルにティーカップを置くとあたしの方に向き直った。

「例えば、頼りになるお姉さまとお別れして、自分が先頭に立って生徒会を運営することとか。そろそろ三ヶ月、色々と見えてくる頃だろうからね」
「あ〜……なるほど」
「優れた副会長や後輩、手伝いの人間が居るから、困る場面は少ないだろう。でも……実務能力という点においては、初音は優れているとは云えないからね」
「うわ、厳しいなあ。……それ、初音が自分で云ってたの?」


 初音は他人に気を回すのは得意だけど、自分のことは後回しにした挙句に溜め込んでしまうという、厄介な一面があったりする。
 あたしや香織理さん、去年まではお姉さまたちも、さり気なく息抜きをさせていたんだけどね。

「初音は自分の能力に対して無理を強いたりはしないけれど、それでも、思うところはあるみたいだからね」
「……ですが、初音お姉さまの長所は、別のところにあると思うのですが」
「そうだよね〜。初音ちゃんの良いところは、……え〜と、お母さんみたいなところ、だよね?」


 千歳、自信無さそうに云わないでよ。……というか、それはつまり、包容力と云いたいのだろうか?

「……初音は歴代の生徒会長の中でも、人望はナンバーワンとか云われてなかったっけ?」
「そうだね。初音は人の使い方が上手いし、それを調整するのにも長けている。仕切り役としては優秀だね」


 カリスマはあるんだよなあ。エルダー候補に名前が挙がるのも当然というか。
 自分の良いところは自分じゃ分からないっていう、典型的な例だよねぇ。

「後は……優雨と、上手くいってないみたいだね」
「え、そうなの?」


 寮の中では、特にそんな様子は見れないんだけどなあ。
 第一、優雨ちゃんは望んで初音を姉に選んだ。少なくとも、最初の印象では嫌いだなんて考えてなかったはず。
 初音は初音であの性格だから、優雨ちゃんを嫌ったりするはずもない。
 それに、入寮からこっち、仲が悪くなるような喧嘩なんてものも見ていないし……。

「ん〜……でも、私から見ても、仲が悪いようには見えないけどな〜」

 千歳が頤に指を当てながら、首を傾げる。
 そうだよね。普通に会話だってしているし、避けているようにも見えない。むしろ、あたしとしては、あの二人の相性はかなり良いと思うんだけど。

「そうだね……好きか嫌いかで云うのなら、間違いなく好きなんだろうね。ただ、お互いの感情に自信が持てない……」
「ふうん、それってケイリお得意の占星術?」


 自分の考えに没頭するように喋るケイリに聞くと、苦笑が返ってきた。

「まあ、相性のことを云うならば、確かに占星術でも分かるけどね。今の私の言葉は、人間観察の結果、かな」
「そ、そう……」
「ともあれ、今の初音は、少しばかり余裕が足りない。だから、飽和してしまったんだろうね」


 そっか……もうちょっと、気を使ってあげないとな。

「あ〜でもなあ……あたしだって、結構参っちゃってるしなぁ」
「ふふっ。薫子は、去年もそんなことを云っていたような気がするね」
「仕方がないじゃん。……って云うかさ、何であたしなのかなって、今でも思ってるんだけどね」


 あたしが口を窄めて文句を云うと、ケイリはちょっと考えてから、あたしと千歳を見詰めた。

「薫子には去年も云ったと思うけれど。……エルダーというのは本人自身ではなく、周囲が尊敬できるかどうかで決定する資格だ。だから、薫子も千歳も、変なプレッシャーなど感じないで、素直に受け止めて欲しいと思う」
「……ケイリ」
「……ケイリちゃん……ん、そうだよね……」


 あたしはあたしで思うところがあるけれど、千歳も何事かを決めた表情に変わった。いつもふんわりしている千歳にしては珍しい、引き締まった――千早に似た――表情。

「ねえ、薫子ちゃん。私、みんなから逃げるのは止めるよ」
「えっ?」
「みんな、私に憧れて、告白してくるんだよね。……ねえ、薫子ちゃん、それって凄く勇気が要ることだよね?」
「ん……うん、それは、あたしにも分かるよ」
「当たり前かもしれないけどさ、今年のエルダー選挙は、今年だけのものなんだよ。みんなが私に投票宣言できるのも、今だけのことなんだよ。だったら――」
「――逃げ回っていたら、みんなの勇気や覚悟が無駄になる、か。そうだよね……」


 ――人にはそれぞれの理由があって、それは全て他の人とは違う。自分には自分だけの答えがあって、だからあたしがどう考えたからといって、それがみんなから逃げていい理由になるはずもない。そして勿論――

「自分自身から逃げる理由にはならない、かぁ。……はぁ、まいったなあ。あたし、奏お姉さまの妹失格だわ……」

 咽喉元過ぎれば熱さを忘れる、なんて云うけれど。去年の奏お姉さまの悩みようを見ておきながら、あたしはこうやって逃げようとしてたっていうんだから……。

「ふむ。その分だと、私の言葉も少しは役に立ったと思っていいのかな?」
「あはは、ありがと、ケイリ。去年に続いて今年も、だね」
「なに、気にすることはない。私たちは友人だ……最初にそう云ったのは、薫子だったはずだけどね?」


 ぴっと人差し指を立てて、ニヒルな笑顔を浮かべるケイリ。か、格好良いぞっ!

「ふ、ふふっ……」
「ははは……」


 ……とはいえ。
 逃げるのを止めるということは、あの猛攻に晒されるということで。

「とりあえず、明日に備えて早く寝ようかな、うん」
「それもそうだね……おや、少しばかり夜更かしが過ぎたかな?」


 ふと千歳を見ると、大きな欠伸を浮かべていた。
 いつものあたしと比べれば宵の口ではあるんだけれど、体力回復に努めなくちゃね。
 エルダー選挙は来週の金曜日。週が明けてからが、挨拶攻勢の本番だ……!





 ……咽喉元を過ぎれば熱さを忘れる。
 あたしがこの言葉を実感したのは、それから少ししてからのこと。



 あたしは寮に駆け込むと階段を駆け上がり、そのまま千歳の部屋まで猛ダッシュ。

「史ちゃん……っ!」

 開いたままだった扉の枠を掴んで急ブレーキすると、部屋の中を覗きこむ。
 そこに居たのは、史ちゃんを含めた寮の人間。どうやらあたしが一番最後だったみたいだ。

「薫子、少し静かにしなさい」
「う、ゴメン……それで、千歳は大丈夫なの?」
「はい。倒れたとはいっても、原因は疲労と寝不足からくる貧血ですので」


 あたしの問いに答えたのは、史ちゃんの落ち着いた声。でも、二ヶ月以上、妹として接してきたのだ。ちょっと声の調子が違うってことは分かった。
 ……そう、千歳が倒れた。
 原因はきっと、史ちゃんの云う建前とは違うもの。
 だって、ベッドに横になっている千歳の顔を覗きこめば、少しは見慣れてきた千早の顔になっているのが分かったから。

「さ、みんなで集まっていても仕方がありませんから、ここは史ちゃんに任せましょう」
「そうね。……薫子、あなたはまず、手洗いとうがいからね?」
「う、分かってますよ……子供じゃないんだし」


 初音が腰を上げてみんなの退室を促し、あたしが真っ直ぐ飛んできたのを察した香織理さんが、背中を押してくる。
 部屋から追い出される前に史ちゃんに目配せする。史ちゃんが軽く頷くのを見てから、あたしは素直に部屋を追い出された。


 夕食の後。

「で、どう? 千早の様子」

 そっと部屋に招き入れられたあたしは、千早の顔を覗き込みながら史ちゃんに尋ねた。

「極度の疲労、ということに違いはありません。ゆっくりと養生すれば、問題は無いと思われます」
「ふむ……」


 サイドテーブルには、史ちゃんが作ったお粥の鍋が、綺麗に空になって置いてある。
 これを食べられたということは食欲はそれなりにあるんだろう。ご飯が食べられるなら、まあ大丈夫だろうけど。

「むしろ問題なのは……」

 史ちゃんがあたしに向けていた視線を、千早の枕元に向ける。あたしも改めてそちらに目を向けた。

『ゴメンね……色々、心配かけちゃって……』

 そこに居たのは、うすぼんやりとした、存在感が希薄になった千歳さんの姿。
 いつもははっきりと見えるその姿も、今は向こう側が透けて見えるくらいだ。

「ねえ、史ちゃん。やっぱりこれの原因って……」
「はい。千歳さまの力が衰えて、強制的に千早さまから追い出されてしまったようです」


 ……そうだよね。ホント、大失敗だ。
 千歳が疲れればこういうことになるだろうってのは、ついこの間に分かったばかりじゃないか。

「……いきなり千歳さまの胸が平らになったときは、史も倒れそうになってしまいました」

 いや、それはそうだろうなあ……というか、良くみんなに気が付かれなかったものだ。

「その時はまだ千早さまの意識がありましたので。その場に居たのは香織理お姉さまだけでしたから、隙を見て史がブラの中に詰め物を押し込んで事無きを得ましたが……初音お姉さまが着換えさせようとしたり、もう色々と大変で」

 それだけ云うと、史ちゃんが力を抜いて椅子にへたり込む。
 あの史ちゃんが人前で力を抜く辺り、本当にとんでもない状況だったみたいだ。

「はあ……よりにもよって、あたしがフェンシング部に顔を出してる時に、こういうことになろうとは……」

 今年の投票宣言は、去年や一昨年よりも始まるのが早かった(あたしが話を振ってしまったからだけど)為か、途中で中弛みしていた。宣言しに来る人も少なくなっていたので、あたしはストレス発散の為にフェンシング部で汗を流していたのだ。
 きっとこれ幸いとばかり、千歳の支持者が集まったんだろう。
 エルダー候補者が二人並んでいれば宣言するのは難しいが、一人であればあたしに気を使うことなく投票宣言できる、ということだ。

「……今日はこのままゆっくり休んで、明日も休んだ方が良いと思う。何しろ明日は選挙前日だし」
「そうですね。恐らく、最後のチャンスとばかりに人が集まるでしょうから」


 あたしと史ちゃんはそう云って頷き合うと、千早にゆっくり休んでもらう為に部屋を後にする。
 部屋の扉を閉める瞬間、泣きそうな顔をした千歳さんが、千早の頭を撫でているのが見えた……。



 これで素直に休んでくれていれば、まだ、話は簡単だったんだけれど。
 翌朝、あたしが眠い目を擦りながら食堂に行くと。

「みんなおはよう〜……って、千歳? なんで起きてるの?」
「あ、おはよう薫子ちゃん。……薫子ちゃんからも云ってあげて? 千歳ちゃん、登校するって云って聞かないの」


 眉を寄せた初音の言葉に、みんな心配してるじゃないか、と思いながら千歳を見ると……あれ? よく見ると千早だ。

「……千歳さま、本当に登校なさるおつもりですか?」

 主人の健康管理も侍女の仕事……そんなことを云っていた史ちゃんが、厳しい目で千早を見る。どうやら、史ちゃんにも相談しないで登校することを決めたみたいだ。

「うん……よく考えたけど、今、学校を休むわけにはいかないよ。みんな、私が投票宣言で疲れ気味だったことは知ってる。そうなると、私が今日休んじゃったら、宣言してきたみんなが気に病んじゃうよ」
「それは……そうかもしれませんが」
「それに、今日は投票前の最後の日。今日こそはって考えてる子もたくさん居ると思う。みんなをがっかりさせるわけにはいかないよ」


 言葉に詰まった史ちゃんに、千早が畳み掛ける。

「でもそれで、千歳がまた倒れちゃったら本末転倒でしょ? みんなの心配より、自分の心配を……」

 史ちゃんが状況不利と見たあたしは、千早の手を取って部屋に連れて行こうとしたけれど、千早はあたしの手を払って――明確に拒否の姿勢を示して――首を振った。

「……大丈夫。体育はちゃんと休みますし、調子が悪くなったら無理しないで保健室にも行きます。だから……ね?」

 ね? じゃないよ! 男のくせに上目遣いしない!
 あたしはやり取りを見ていたみんなに目を向けると、目の合った香織理さんが、苦笑しながら首を振った。
 ちょっと悲しそうな顔をした優雨ちゃんが、そっと千早の袖を引いて呟く。

「ちとせ……無理しちゃだめ……」
「無理じゃないよ。ちょっと、頑張ってみたいだけ」
「がんばる……?」


 そういうの、屁理屈って云うと思うんだ。
 しかし、最終防衛線である優雨ちゃんでも無理ってことは、こりゃ説得は不可能だね。

「……これは駄目ね。千歳さんがここまで頑固だとは思わなかったけど、ここは素直に協力してあげましょうか」

 香織理さんも同じ意見なんだろう。お手上げ、というように肩を竦めると、何事もなかったかのように食卓に戻った。
 寮内のご意見番である香織理さんが認めてしまえば、みんなとしても頷くしかない。
 ただまあ、史ちゃんは無表情のまま、もの凄い不機嫌オーラを出してるけど。
 こりゃあ、食後にもうひと波乱ありそうだな……。


「……」
「……え〜と」
「……」

『史? ちーちゃん?』

 沈黙が痛い。
 食後、千歳の部屋に集まったわけだけど、史ちゃんは目を細めて千早を見詰めたまま、身動ぎもしない。ほんの僅かに窄まった口元が、不機嫌さの度合いを表しているみたいだ。実際、あたしはこんな表情をしている史ちゃんを初めて見る。
 あたしも千早に文句を云うために部屋に来たわけなんだけど、異様な雰囲気に、云いたかった言葉が飛んでいってしまった。
 あたしの隣では、千歳(まだちょっと薄い)が困ったようにふわふわと漂っている。

「だ、黙っていても始まらないよ? ほら、登校時刻だって余裕があるわけじゃないんだし……」
「……」


 黙ったままでちょっと目を反らしている千早。とりあえず、さっき食堂で云っていたことは本心なんだろう。
 今日学校を休んでしまえば、千歳さんが逃げずに頑張ってきたことが無駄になってしまう。だからこそ、嫌がっていた女装を(しかも自分で化粧までして)して準備したのだろうし。まあ、どうしてそこまで、と思わなくもないけれど。

「……。……史からは、何も云うことはございません。史は、千早さまの侍女ですから」

 うわっ、凄っ! 思わず引いちゃうぐらいの声が出たよ。史ちゃんって、怒るとこんな状態になるんだ。……いや、これはもしかして拗ねている……の、かな?

「ま、まあまあ、史ちゃん。気持ちは分かるけどさ、史ちゃんの協力は必要不可欠なんだし、ここはひとつ――」
「問題ありません。ご命令とあれば、お手伝い致します」


 取り付く島もないな、こりゃ。あの史ちゃんが、人の言葉を途中で遮るとは思わなかった。
 ……って云うかさ。なんであたしが、この二人の仲を取り持たなきゃいけないわけ?
 元はといえば、千早が勝手にものを決めたのが悪いんじゃん。なんかだんだん腹が立ってきた。

「あ〜、もういいや。今更、千早が登校するのは止められないんだし。……でも千早、自分から云い出したんだから、途中で逃げるのは無しだからね?」
「……はい。ご迷惑をお掛けします」
「全くだよ……」
「……では、史は準備をしてまいりますので、失礼致します」


 ムスッとした顔を変えないまま、史ちゃんが部屋を出ていく。こりゃ長引きそうだなあ……。
 まあ仕方が無い。みんなはもう寮を出ただろうし、あたしたちも早く登校しなきゃ。あたしは千早を促して、史ちゃんに続いて部屋を出る……途中で。

『あ、あのね! 今日は私も一緒に行くよ!』
「うわっと!」

 いきなり目の前に飛んでこないでほしいなあ。いくら通り抜けられるとはいえ、千歳の体に頭を突っ込むのは勘弁したい。

『こうなっちゃったのは私の所為だし、寮で大人しくしてたって元気になる早さは変わらないし。それにそれに……』
「……ええ、お願いします、千歳さん」

 千早は千歳が言葉に詰まったタイミングを見計らって、笑いながら頭を下げた。……いや、それだけ素直になれるなら史ちゃんに謝りなさいよ。あと、序でにあたしにも。



 結果から云えば、あたしたちは四苦八苦しながらも放課後を迎えることができた。
 生理というのはこの間の時に使った理由なので、今回は本を読んでいて夜更かしした、と無理を通して道理を引っ込める。これは、ありふれた軽い理由の方が、みんなが心配しないだろうという千早の意見によるものだ。
 そのせいで「体育をサボった」という評価を一つ貰ってしまったわけだけど、そこはそれ、自分の蒔いた種だから仕方が無い。
 ともあれ、あたしと千早はカフェテラスで一息を入れているところだった。これから最後の「出待ち」をしている子たちと一戦しなければいけないんだから、英気を養わなくっちゃ。

「はあ……それにしても、女の子のパワーというのは、本当に凄いですね……」
「何を今更……」


 他の人の目もあるので机に突っ伏したりはしないけど、あたしも千早もぐったりとしている。

『ん〜、女の子のパワーと云うよりは、これは恋のパワーだよね!』
「いや、そこはせめて憧れと云って欲しい……」

 幽霊に話しかけるところを見られると変な人になってしまうので、千歳の言葉には小声で答える。
 まあ、恋も憧れも方向性は同じだから、どちらにしても女の子は凄いってことになるんだけどね。
 生憎、あたしはまだ、そんなパワーを生み出すくらいの恋をしたことは無いわけだけど。

「……おや?」
「ん、どうしたの?」
「あそこに居るのは、優雨さんじゃないですか?」


 顔を上げた千早の視線を辿ると、なるほど、優雨ちゃんが下の階(食堂)をうろうろとしている。……人探しっぽいな。もしかしてあたしたちかな?

『ちーちゃん、手を振ってあげて?』
「あ、そうですね。……お〜い」

 千歳の声に従って、千早が手を振る。あたしも一緒に手を振ると、それに気が付いた優雨ちゃんが手を振り返してきた。……可愛い。
 優雨ちゃんはやっぱりあたしたちを探していたんだろう。階段を上ってあたしたちのところにやって来た。

「ちとせ、かおるこ……さがした」

 あたしたちの顔を見た優雨ちゃんは、うっすらと笑って息を吐く。

「ん、どうかしたの?」
「……しんぱい、してた。……もうだいじょうぶ?」
「あ……うん、大丈夫」


 ……きっと、朝の一件がずっと気になっていたんだろう。優雨ちゃんは優しいなあ。

「……がんばった?」
「うん、頑張った。ありがとう、優雨ちゃん」


 和むわ〜……初音が優雨ちゃんを可愛がるのも分かるね。……ああ、でも、そういうのが優雨ちゃんの機嫌を損ねるのかもしれないし、難しいな。
 あたしが腕を組んでそんなことを考えていると、不意に、優雨ちゃんがあたしの方を向いた。何だろ?

「かおるこ……その子、だれ?」
「へっ?」


 つっ、と優雨ちゃんが指差したのは、あたしの隣の空間。

『えっ? 私?』

 驚いた千歳が上げた声に、優雨ちゃんが頷いて返す。
 ……え〜と。

『ど、どうしよう薫子ちゃん!? ばれちゃったよ!?』
「お、落ち着いて千歳、まだ誤魔化せるから!」
「二人とも、何を口走ってるんですか!?」


 はうあっ!? しまったぁ!!

「……ちとせ?」

 きょとんとした優雨ちゃんが、可愛らしく首を傾げた。

**********

 ……ちょっと展開が無理矢理かも?
 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです、2-4読ませて頂きました。優雨に千歳のことが発覚しましたね。
原作と同じ様な感じに進んでいる様ですが、やはり微妙に違いがありそこを探すのが楽しめています。
…因みに、今回の章が終了した際にもEx話は出るのでしょうか?サブキャラ達の活躍も期待しています。
では、失礼します。

2010/12/05 22:43
唯さま、こんばんは。
お返事が遅れました。

原作の筋を大幅に変えるには、ちょっとばかり私の度胸が足りませんもので(笑)
EXの話は、基本的に薫子視点以外の話を書いていきますので、主に、登場していない二年生コンビの話になったりします。
まあ、他にも本文の補足的な文章も書いたりしますけれど。
次の更新は、明日までお待ち下さい。
A-O-TAKE
2010/12/07 18:57
報告です

・」
「何か聞こえたけれど……まあ、許しましょうか」→会話文だが色が黒のまま
・千歳が顎に指を当てながら→千歳が頤に指を当てながら(以前と漢字の統一、第一話その1)
・凄く勇気が居る→凄く勇気が要る
・真直ぐ飛んできた→真っ直ぐ飛んできた
・幽霊千歳の会話文が青になっている→赤に
・史ちゃんを始めてみる→史ちゃんを初めて見る


何を言えば良いのか分からなくなってきましたが…応援してます!
Leon
2011/11/07 16:06
仕事の合間に修正中w
Leonさん、いつもありがとうございます。
A-O-TAKE
2011/11/14 14:58
再び報告です


・騎士の君のお部屋に泊まっているの?→騎士の君のお部屋に泊まっていくの?
・」
「何か聞こえたけれど……まあ、許しましょうか」→会話文だが色が黒のまま


仕事中にしなくても、時間がしっかりある時で大丈夫ですよ
どちらも中途半端になってしまってはいけないですからね
Leon
2011/11/19 21:58
↑の報告は無かったことに!
一個目は直す必要ないことに気付きましたし、二個目は被ってますね
失礼しました〜
Leon
2012/01/30 11:07
妃宮さんの中の人 2-4 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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