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zoom RSS 妃宮さんの中の人 3-2

<<   作成日時 : 2011/01/15 22:26   >>

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 真夏の学校って大変だったよね……

 うちのところは冷房なんてありませんでした(笑)

**********


「あふぅ……みんな、おはよ〜」
「わ〜、薫子ちゃん凄い欠伸だね〜」
「薫子お姉さま、また夜更かしですか〜?」
「……ご苦労様、史ちゃん。この寝坊助さんを起こすの、大変でしょう?」


 次の日の朝、欠伸をしながら食堂に入って挨拶をすると、みんなが早速突っ込んでくる。
 いや〜、本が面白くて、ちょっと時間が過ぎちゃったんだよね。尤も原因はそれだけじゃなくて……。

「はい、陽向ちゃん。コレありがとうね」
「あ、もう読み終わったんですか? ……ああ〜、つまりコレのせいで夜更かしですか。面白かったですか?」
「うん。何というか……ラストでは不覚にも泣いちゃったよ」
「それはそれは。楽しんで戴けたようでなによりです」


 そう、仲直りできないまま分かれていった二人が、街角で偶然再会して――という展開で、ウルっときちゃったのですよ。寝る前に泣いたりなんかしたら、そりゃ当然目が冴えてしまうわけで。
 感動に浸っていたら、いつの間にかとんでもない時間になってしまったというワケなのだ。

「あら、薫子もその本を読んだのね」
「え、何々? あ、コレか〜」


 ありゃ、どうやら香織理さんも千歳も既に読んでたみたいだ。ふむ、それなら……コレは単純な好奇心だけれど。

「みんなもこの本の噂って聞いてるよね。アレ、どこまで本当だと思う?」
「梶浦先生が実話を元に書いたって云う、あの噂? そうねえ……ま、話半分かしら」


 香織理さんは軽く考え込むと、首を振って苦笑した。やっぱりそんなものかな。ノンフィクションとするには疑問が多いし。

「そうだよね。あたし、音楽特待生とか聞いたこと無いもん」
「あれ、薫子お姉さま。昔は音楽特待生ってあったんですよ?」
「え、そうなの?」
「はい、ちゃんと調べましたから。自分の目で調べるのは、小説家の基本ですよ〜」
「相変わらず、変な所でフットワークが軽いのね……」


 あたしが驚くのとは対照的に、香織理さんは陽向ちゃんの調査能力に呆れてる。……うんまあ、あたしも陽向ちゃんのそれは小説家というより記者みたいだとは思うけどさ。

「ちなみに、第二音楽室もあるんですよ。しかも曰く付きの怪談話まで……」

 ニシシ、と変な笑い方をする陽向ちゃん。いくら夏だからって、朝から怪談って云うのもどうかと思うんだけど。……と考えたのに、千歳が目を輝かせた。

「怪談? 面白そうだね。どんな話?」
「おお、興味がありますか?」
「うん!」


 千歳……アンタ、自分が幽霊だって忘れてない?
 あたしは史ちゃんが用意してくれた眠気覚ましの紅茶を啜りながら、二人を眇め見る。

「そう、誰も居ない夕暮れ時、どこからともなくピアノの音が聞こえてくるという、そういうお話ですよ」
「おお……それっぽいねえ」


 ふむ、どこにでもあるような学校の七不思議か。……というか、第二音楽室から聞こえてくるんでしょ、それ?

「陽向、ネタの分かっている怪談は面白くないわよ?」
「え〜? 誰が弾いているか分からないなら、十分に怪談だと思いますけどね」
「はいはい。どうせ後は、走る骨格標本だとかそういうのがあるんでしょ?」
「あはは、定番だよね〜、それ」
「千歳……あのねぇ」


 千歳が云うと笑い事にならないんだけどなぁ……夜中に抜け出して遊んだりしてるんじゃなかろうな?
 しかし、陽向ちゃんは香織理さんや千歳に笑われたのがちょっと不満だったようで、ぷっと頬を膨らませた。

「むう……コレでも一応、色々と調査した結果の話なんですけどね……しか〜し!」
「な、何?」
「とっておきの話があるのですよ! これならみんな驚くこと間違いなし!」
「へえ……そんなに自信があるの?」


 呆れたように肩を竦める香織理さんだけど、陽向ちゃんはチッチッと指を振って。

「ふふふ……聖應女学院七不思議、その最新ネタは……寮の屋根に座る夏服の幽霊!」
「ぶぅーっ!?」
「わ、薫子ちゃん汚い!」


 ……今、何と云いました?

「三年ほど前に噂になった話なんですけどね? この学生寮の屋根の上に、一人寂しそうに座る夏服の女の子の幽霊が居ると、とある生徒が見たらしいのですよ」
「……千歳ぇ?」


 あたしは千歳を睨むけど、千歳は私じゃないとばかりに首を振る。まあ、三年前ってことなら千歳が居るはずも無いんだけど。

「三年前か……それってつまり、もうその人は卒業しているってことでしょ? 本当かどうか裏付けが取れない、と」
「いやまあ、確かにそうなんですけどね。自分の住んでいる寮に幽霊が出るって、なんか夢がありませんか?」
「怪談に夢を追い求めるって……」


 陽向ちゃん、そんなこと云って、いざとなったら真っ先に騒ぎ出しそうなタイプなんだけどなあ。……しかし、三年前か。奏お姉さまなら何か知ってるかな?
 そんなことを話しながら時間を潰していると、食堂の扉が開いた。その場に居ない人間――初音だと思って振り向くと。

「あれ、優雨ちゃん?」
「優雨ちゃん、おはよ〜」
「……ん」


 千歳の挨拶に軽く頷いた優雨ちゃんは、そのまま椅子へと座る。制服に着替えてるってことは、今日は学校に行くのか。

「おはようございます、みんな」

 開いている扉から初音も食堂へと入ってきたので、あたしは初音に近寄ってそっと尋ねる。

「……優雨ちゃんの様子はどう? 大丈夫そう?」

 早寝早起きである初音が食堂に最後に顔を見せるという事は、それは優雨ちゃんの様子を見に行ってたからだろう。場合によると、着替えの手伝いなんかもしたのかもしれない。
 傍に居た初音が優雨ちゃんを止めなかったのなら、一応は大丈夫だと思うけど……。

「正直な話を云えば、ちょっと心配。でも、優雨ちゃんの意思を尊重したいから……」

 初音には似合わない苦笑を浮かべてそう云われると、あたしなんかは口を挟めなくなっちゃう。きっと、昨日千歳に云われたことも関係しているんだろうな。
 そもそも、優雨ちゃんが聖應に来たのは、親御さんが『学校生活に触れさせたい』と考えたからだ。心配ばっかりしていないで、優雨ちゃんのやりたい様にやらせてあげることも、時には必要かもしれない。

「まあ、あたしもちょっと気を付けておくよ。休み時間に様子を見に行ったりとか」
「うん、お願いします、薫子ちゃん」


 でも正直な話、今日もあんまり良い天気じゃないし、きっと午前中が精一杯なんだろうな……。





「ぷっぷぷ、ぷっぷ、ぷ〜る〜、ぷ〜る〜」
「また変な歌を……」


 教室へ向かう道すがら、千歳が楽しそうに歌う。そう、今日の体育はプールなのである。
 楽しそうに歌いながら、千歳はそのままのテンションで教室へと足を踏み入れた。歌の所為でたるんだ気分を引き締めて、あたしも教室へと入る。

「おっはようございま〜す!」
「みんな、おはよう」


 あたしたちが挨拶をすると、その場に居たみんなが挨拶を返す。いつもの朝の風景だ。

「おはようございます、薫子さん、千歳さん。……今日の千歳さん、とっても元気ですね」
「おはよう、二人共。……随分と浮かれているようだけれど、千歳さん、どうかしたの?」


 ……でもないか。聖さんが苦笑しながら朝の挨拶をして、その後に茉清さんも続く。普段以上に元気な千歳が珍しいんだろう。

「えへへ……今日はプールだからねっ」
「へえ、千歳さんはプールが好きなのかい?」
「千歳さん、体育得意ですからね。泳ぐのも得意なんですか?」
「ん〜……泳ぐのもそうだけど、水に浮く感じが好きかな」


 千歳、生前はプールで泳ぐことなんて無かったらしいからなあ。千早に憑依出来るようになってからは、偶にお母さんとプールに行ったりもしたらしいけど。
 なんにしても、あんまりはしゃぎ過ぎて疲れたりしないように気を付けてほしいところだ。プールで泳いでる最中に千早に切り替わったりしちゃったら……うおおおっ!? って感じになるだろうし。……いやな想像だなぁ、男が女物のスクール水着とか……。

「そういえば……今日のプールの授業は、下級生の子たちと一緒でしたね」
「ああ、そうだったかな。……ふむ、今日は薫子さんと千歳さんの傍に寄るのは大変そうだ」
「うっ……」


 茉清さん、嫌なことを云う。エルダーになったばかりでも、下級生の子たちからどんな風に見られるかぐらいは分かっている心算だけどさ。
 温水プールになってくれたのは嬉しいけれど、そのプールの広さの所為で、一度に多くのクラスが水泳の授業を行なえるようになったから……ううっ、去年の悪夢再び……。

「まあ、今から心配しても仕方が無いでしょう。ほら、薫子さんも元気出して」
「落ち込ませるようなことを云ったのは茉清さんじゃない。もう……」




「わあ……千歳さん、凄く綺麗ですね」
「本当です……それに、健康診断の時にも思いましたけれど、凄く細くて……」


 既に更衣室でこの状態。いやホント、参っちゃうよね……。クラスメイトなんだから、今更千歳を見て驚かなくたって良いじゃない。

「ほらほら、普段の体育の時にも見ているでしょ? 早く準備しないと、先生に怒られちゃうよ?」

 あたしの言葉で、千歳を中心に集まっていたみんなが散っていく。これでやっと落ち着いて水着に着替えられるよ。千歳は平気っぽいけれど、あたしはみんなに注目されながら裸になるのは抵抗があるもの。
 ……しかし、なんだ。

「ん? なに、薫子ちゃん?」
「いや、別に」


 普段お風呂に入ったりした時にも見ているけれど、やっぱり白くて細いよなあ。それでいて、病的なものを感じさせないんだから、やっぱり外国人の血というのは凄いもんだ。
 う、羨ましくなんか……ちょっとはあるけどね! ……千歳、胸も大きいし。

「……」

 ふと自分の胸に視線を落として、昨日知った例のアレを試したくなる。いや、こんな所でそんなことしないけどね!

「薫子ちゃん、行くよ〜」
「あ、ちょっと待った、不用意に出てっちゃ……!」


 千歳の声に我にかえるけど、時既に遅し。あたしが止める前に千歳はプールサイドへ続く扉を開けて――直後、黄色い歓声が木霊した。
 う〜む……流石は室内プール、音が良く響くなあ……。

「薫子さん、惚けている場合じゃないわよ。貴女が出て行ってもああなるんだから」
「う……いや、あたしは千歳ほど美人じゃないからさ」
「そんなこと無いですよ。薫子さんもすらっとしていて凄く格好良いです。まるでモデルみたい」
「あ、ありがとうね、聖さん。でもほら、そういうことは茉清さんに云ってあげないと」
「「へっ!?」」


 あ、二人共顔を赤くして驚いた。……まあ、これぐらいの悪戯けは構わないでしょ。
 なにやらモジモジしている二人を置いて、あたしも意を決してプールサイドに出る。

「きゃ〜! 薫子お姉さま〜!」
「うっ……」


 しょ、衝撃波が!

「ほ、ほらほら。向こうで先生が睨んでるし、そろそろ落ち着こうね、みんな」

 よろめいた体を立て直して千歳の傍に立ち、その背中を押す。いつまでも立ち止まってるわけにもいかないし、ちょっと無理矢理にでも人の輪を抜けないとね。

「本当、みんな元気なんだから……ん?」

 先生のところへ向かう途中、プールサイドのベンチに何人かの生徒が座っているのが見えた。きっと見学の子たちだろう。……その中に、見知った顔を見つけた。

「あ、優雨ちゃんだ」

 千歳もそれに気が付いて、軽く手を振る。小さな歓声と、優雨ちゃんが周りのクラスメイトに話しかけられているのが見えた。
 結構、クラスのみんなとは仲良くやってるみたいだね。人気者の知り合いともなれば、あたしの時みたいに嫉妬交じりの敵意を持たれたりもするものだけど……優雨ちゃん相手じゃ、そんな気分にさせられないんだろうな。

「はい、みんな集まって!」

 おっといけない。自分で云った手前、先生に怒られてちゃしょうがないもんね。気を引き締めなきゃ。





 放課後。
 今日一日は何とか持った天気だけれど、やっぱり優雨ちゃんは途中で早退していった。
 雨は降らなくても、水溜りが蒸発して消えていく様は蒸し暑さを感じさせるには十分で……空調からちょっと外れている廊下なんかは蒸し暑くてしょうがない。こりゃ、優雨ちゃんじゃなくても体調を崩す子ぐらいは居るだろうね。

「はい、こっちの掃除は終わり〜っと」
「ご苦労様です、薫子さん」
「こっちも終わったよ〜」


 今日の掃除当番は、あたしと千歳、それにこよりさん。ゴミ捨てに行っていた千歳が戻ってきて、一段落が付いたところだ。
 バレー部があるから早めに終わらせて良いよって云ったんだけど、こよりさんは笑いながら「そろそろ私が居なくても部を回してもらわないと」と云って断った。
 もう七月だし、気の早いクラブは代替わりをする頃なんだよね。フェンシング部はどうする心算なのかなあ……。

「さて、それじゃそろそろ帰りますか。こよりさん、また明日ね」
「はい。千歳さんも」
「こよりちゃん、またね〜」


 あたしと千歳はこよりさんを見送った後、戸締りを確認してから教室を出る。
 ……お、ちょっと太陽が覗いてきた。明日こそは、もっとすっきり晴れてくれると良いなあ。

「……あれえ?」
「ん? どうしたの、千歳」


 廊下を歩いていると、不意に千歳が足を止めた。数歩行ってから振り返って千歳を見ると、なにやら耳に手を当てて天井の方を見ている。

「ねえ、薫子ちゃん。……ピアノが聞こえない?」
「へっ? んん……」


 あたしは耳を澄ますけれど、特に何も聞こえてこない。
 そこでふと、今朝の話を思い出した。第二音楽室の、ピアノを弾く幽霊。

「ま、まさか……ね。だいたい、まだ夕方じゃないし」
「どうしたの、薫子ちゃん」
「いや、うん……でもなあ」


 幽霊が出るのが夏とは限らないし(実際に千歳がそうだし)、春や秋なら今の時間は十分に夕方と云えるだろうし。
 ……ええい、めんどくさい。気になったんなら確かめる、その方が早いよね!

「ねえ、千歳。どっちから聞こえてくるか分かる?」
「うん、分かるよ。上の階の……あっち」


 千歳が指を差して示すけど、残念ながら、あたしには分からない。……幽霊ならではのコミュニケーション能力とかだったり……。

「……よし、行ってみるか。千歳も行く?」
「探検だね! 勿論!」


 嬉しそうに云うなあ。……まあ良いか。正直な話、あたし一人だと腰が引けそうだし。世の中、千歳みたいな幽霊ばかりとは限らないもんね。
 あたしと千歳は廊下の端にある階段を上り、二階から三階、四階へと向かう。

「……そもそも、特別教室は別棟なんだから、こっちにピアノを置いてある部屋なんて無いはずなんだけど……って、あたしにも聞こえてきたよ……」

 四階の廊下へと足を踏み入れると、あたしにもピアノの音がはっきりと聞こえてきた。
 四階は授業に使うための資料を纏める部屋とか、生徒会室なんかがあったりする。ぶっちゃけて云えば、普通の生徒にはあまり馴染みの無い階だ。
 とは云え、二年以上もこの学校に居るのに第二音楽室が在るなんて知らなかったとか、あたしってば……いや、落ち込んでいる場合じゃない。

「あ、ほら、あそこだよ」

 千歳が指差す先には、扉の上に取り付けられた教室の名前を示す札。そこには第二音楽室と確かに書かれている。

「よ、よし。行こう……ほら、千歳」
「……薫子ちゃん、もしかして怖い?」
「こ、怖くなんか無いよっ」


 千歳の手を引っ張って、一緒に第二音楽室の前へと進む。
 中から聞こえてくる曲は、どこか切なさを感じさせる……でも暖かくなるような、不思議な感じがする曲だ。
 そう、喩えていうなら、夕日で暖を取るような……あ、そっか。と、いうことは……。

「……やっぱり」

 そっと教室の後ろ側にある扉を開けて、中の様子を窺う。
 中でピアノを弾いていたのは、予想通り梶浦先生。……あの噂、きっと本当のことなんだろうな。

「薫子ちゃん、私にも見せてよ〜」
「わ、ちょっと、押しちゃ駄目……」


 ガタッと扉が揺れてしまい、ピアノの音が止まった。
 うわあああ……ごめんなさいぃ……。

「……誰ですか? 隠れていないで出ていらっしゃい」

 思ったよりも静かな声で、先生が呼びかけてくる。ここで隠れてたら只のお邪魔虫だし、覚悟を決めるしかない。

「す、すいません……お邪魔します」
「えへへ……ごめんなさい」
「あら、誰かと思ったら……」


 頭を下げながら教室に入るあたしたちを見てちょっとだけ驚いた先生は、それでも直ぐに笑顔を浮かべてあたしたちを迎え入れた。

「この教室に何の御用かしら?」
「あ、ええっと……噂を確かめに」
「噂?」


 あれ、知らないのかな? まあ本人だし、生徒たちの噂は教師陣にまで回らないのかもしれないし。

「あのですね、『夕日のあたる教室』という小説と……あとは、聖應七不思議の」
「ああ、なるほど……」


 あたしが理由を話すと、先生はやっぱり苦笑して。

「ふふっ……噂になっているのは知っていたけれど、直接に確かめに来たのは貴女たちだけね。流石はエルダー、と云うべきなのかしら」
「す、すみませんです……」


 うわあ……無茶苦茶恥ずかしい! まるであたしたちが、好奇心丸出しの子どもみたいじゃない。

「謝らなくても良いですよ……それにしても、血、なのかしらね?」
「はい?」


 先生はあたし……いや、あたしの後の千歳を見て、笑う。血ってどういう意味?

「ええと、その……」
「緋紗子せんせ〜、噂って本当なんですか?」


 ちょ、云い難いことをずばりと! 千歳ぇ……勘弁してよぉ。
 あたしが脱力したのが分かったんだろう、先生はまたも苦笑して――なんか笑われてばっかりだなあ――口を開いた。

「結論から云えば、本当。あの小説は私が書いたものよ。今の私は、ひよっこ小説家と云ったところかしら」
「や、やっぱりそうなんですか。……でも、それならどうして先生なんか?」
「それがね――」


 先生の話を要約すると、あたしが入学する前の年に一度教師を辞めて小説家としてデビューしたんだけれど、去年、学院長が倒れて入院した時、急遽代理として指名されたらしい。

「私、これでもシスター資格を持っていてね……教師経験があって、シスターの資格があって、ついでに云えば聖應のOG……とまあ、見事に条件が揃っていたから」
「なるほど……」
「こうなるって分かっていたら、もうちょっと別のペンネームを考えたんだけれどね」


 そりゃそうだよねえ。でも、こんなの予想なんて出来ないでしょ。

「せんせ〜、あのピアノは? やっぱりせんせ〜が作曲したの?」
「ふふっ……残念ながら、私には文才は在っても作曲の才能は無かったみたいでね。あれは私の後輩が作った曲なの。この教室から見える夕日をモチーフにしたんですって」
「そうなんですか……」


 残念ながら、今は未だ夕暮れじゃないけれど。……となると、小説に書かれていた『透子先輩』が先生で、後輩さんが『美緒』なんだろうか。

「良かったら、聞いていってくれるかしら。誰かに聞いてもらうというのも、偶には良いものでしょうから……」

 先生はもう一度鍵盤に指を置いて、曲を弾き始めた。あたしも千歳も、黙ってそれを聞く。
 ……今度、もっとはっきりと晴れたときにもう一度来よう。この曲に良く似合う、綺麗な夕日が見えるだろうから。





「――と、云うようなことがあってね」
「なるほど〜。やっぱり噂は本当だったのですか」


 夕食後のお茶の時間。あたしは陽向ちゃんに事の顛末を話していた。

「それと、このことを話して回ったりしないでって云ってたよ。噂になるぐらいなら良いけれど、あんまり騒ぎになるようだと教師陣に怒られちゃうからって」

 若い学院長というのも色々と大変なんだなぁなんて思ったりしたものだけれど、こればっかりは仕方が無い。

「でも、そうなると、今度はどこまでが実話なのか気になっちゃいますね〜」
「そこは聞いてあげないのが優しさというものよ、陽向。過去のことを根掘り葉掘り調べられるなんて、嫌でしょ?」
「は〜い」


 まあ、話半分が事実だったとしても、過去の卒業アルバムとかを見れば、誰が『美緒』なのか調べるくらいはできるだろう。でも、それを知った所で、だからどうしたってことだしね。
 性別を越えた愛情か……敬愛という意味でなら、奏お姉さまのことは大好きだけれども。それが恋愛という意味での好きとなるとなぁ……。そもそも、恋愛なんて未だ分かんないよ。
 あたしは紅茶を啜りながら、そんなことを思い巡らせる。そんな時だった。

「優雨ちゃんっ!?」

 食堂の扉の向こう、一階の奥から初音の大声が響いた。今まで一度も聞いたことの無い、怒鳴り声とも悲鳴とも付かぬ声だ。

「な、何事?」

 あたしは勿論、香織理さんと陽向ちゃんも廊下に飛び出して、声のした方――優雨ちゃんの部屋の方へと向かう。
 扉の前には、どこか呆然とした様子の初音が突っ立って、肩を震わせていた。泣いて……る?
 ふとその足元を見ると、優雨ちゃんの体を拭くためのものだったのだろうか、お湯が汲まれていただろう桶がひっくり返っている。
 思わず立ち止まるあたしたちだけど、一番最初に再起動したのは香織理さんだった。

「初音、もう少し我慢して……さ、こっちに」

 香織理さんは初音の肩を優しく抱くと、その口元をそっと押さえてからこちらへと歩いてくる。

「か、香織理さん?」
「……今、優雨ちゃんに聞こえるように泣かせちゃったら、どちらにとっても良くないわ……ああ、史ちゃん。悪いのだけれど、お茶を用意してもらえるかしら?」
「はい、只今」


 初音を連れてきた香織理さんは、階段を降りてきた千歳と史ちゃん――あたしたちと同じように飛び出してきたんだろう――を見ると、声を掛ける。史ちゃんは迷い無しに頷いて、あたしたちの脇を擦り抜けて食堂へと入っていった。

「陽向、申し訳ないのだけれど、ここからは大人の時間なの。あと、あれをお願いできる?」
「……はあ、まあ構いませんが。後でちゃんと話してくださいよ?」


 陽向ちゃんは軽く頷くと、優雨ちゃんの部屋の方へと向かう。見ていると、毀れちゃったお湯を始末し始めた。あれだけの会話で通じたのか……。
 普段はちょっとアレな感じの二人だけど、こういうときの呼吸は見事な物だ。だからこそ、もう一組の姉妹である、初音と優雨ちゃんの仲違いも目立っちゃうんだけど。

「さ、座って」

 香織理さんが初音に声を掛けると、初音は素直に椅子に座る。あたしと千歳、最後に香織理さんも、同じように食卓へと着いた。
 すっ、と初音の前に紅茶が差し出される。あれ……カモミールティーか。流石は史ちゃん、そつがない。あたふたしてただけのあたしとは違うな。

「ありがとう、史ちゃん」
「いえ……」


 あたしたちのお茶も替えてくれた史ちゃんは、軽く頭を下げると、再び厨房の方へと戻っていった。気を利かせてくれたんだろう。

「それで、どうしたの?」

 香織理さんが初音に尋ねる。どこか厳しさを感じるような硬い声だ。
 俯いていた初音は肩を揺らすと、涙を浮かべて。

「……私、優雨ちゃんに嫌われちゃった……」

 鼻を啜る音が、静かな食堂に響いた。
 声を荒げた初音も珍しいけれど、泣いている初音も珍しい。泣きそうな状態になることはあるけれど、実際に泣いてしまうまで感情を暴発させることは殆ど無いからだ。

「……それじゃ分からないわ、初音」

 香織理さん、厳しいな。無理にでも喋らせてしまおうって感じだけれど。

「香織理ちゃん、ちょっと――」

 見かねた千歳が声を掛けるけど、香織理さんは千歳を一睨みして黙らせちゃった。ここは香織理さんに任せようか。

「初音」
「ん……その、ね」


 再度香織理さんに促された初音は、ゆっくりと話を始めた――


**********

 次回、短い閑話。

 ちなみに、話の中に出てきた夏服の幽霊は、勿論あの人です。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。第三章二話、読ませていただきました。
今話では過去の出来事が混じっていてとても面白かったです。特に【夏服の幽霊】といえばあの人ですね。
彼の人は登場するのでしょうか?千歳の先輩的な?感じで。
更に最後の初音と優雨の喧嘩?破局?かは分かりませんが、いよいよ原作との分岐点・乖離が始まりだしたのでしょうか?
次話を楽しみにしています。では、失礼します。

2011/01/16 23:04
唯さん、いらっしゃいませ。

原作から流れはかえると言っても、この話の結末で変えるのは後味が悪いんで……というかですね、喧嘩のシーンは書くのが難しいです。
ちなみに、夏といえば怪談。
原作では夏休み中の話は無かったけど、この連載では書くつもりですので。

次は閑話なんで早めに挙げる予定です。
A-O-TAKE
2011/01/18 19:29
報告です


・無茶苦茶恥かしい→無茶苦茶恥ずかしい


先の展開を妄想しては外れて…良い意味で外れるので面白いです
Leon
2011/11/10 13:16
修正完了です。

「妃宮さんの中の人」は、半分が私の妄想、もう半分は優しさで出来ています(笑)
……何言ってんだか。
A-O-TAKE
2011/11/17 15:14
再び報告です


・ネタの分かっている怪談段→ネタの分かっている怪談話


ん〜香織理、陽向姉妹の関係も良いですね
ふとエトワールを読み返して、香織理が入寮してからの寮の様子も見たかったなって思いました
Leon
2011/11/23 09:34
度々すみません

・プールサイドのベンチに何人かの生徒が据わっている→プールサイドのベンチに何人かの生徒が座っている
Leon
2012/01/30 19:36
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