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zoom RSS 妃宮さんの中の人 3-EX-1

<<   作成日時 : 2011/01/19 23:36   >>

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 初音と優雨 その1

 二人の気持ちのすれ違い 

**********

 その日、初音は優雨の体調を心配しながらも、一緒に登校した。
 それは昨夜、千歳や薫子と話をして自分なりに考えたことであり、ほんの少しだけ、優雨の行動を認めることで機嫌を取りたかったという気持ちもある。
 ともあれ、こうして初音と並んで歩いていても、優雨は特に初音と離れるようなことは無い。それどころか、手を取って一緒に歩いていても嫌がってはいなかった。

「優雨ちゃん、今日は頑張ろうね?」
「ん……」


 優雨は初音の言葉に軽く頷いて、きゅっと初音の手を握った。それだけで、初音の心は温かくなる。





 優雨の調子が悪くなったと聞いたのは、昼食前。一緒に食事をしようと優雨のクラスを尋ねた時だった。

「え、優雨ちゃん、保健室に行ったの?」
「はい、会長。ちょっと気分が悪くなったらしくて、念の為に、と云うことで」
「そう……ありがとう、私もちょっと行ってみるね」


 初音は優雨のクラスの受付嬢に礼を云うと、直ぐに踵を返した。
 生徒会長の立場があるので廊下を走るわけにはいかないが、それでも、可能な限りの早歩きで保健室を目指す。
 保健室が見えてくると、初音はその勢いを落とさずに扉の前に立ち、一息吐いてから扉を叩いた。

「は〜い、どうぞ」
「失礼します」


 声に応えて保健室に入ると、そこに居たのは保健委員会の委員長、藤沢姿子だった。その立場上、優雨の事情を良く知っている一人でもある。

「おや会長。優雨さんの様子を見に来たの?」
「はい……姿子ちゃん、優雨ちゃんは……」


 姿子は指先を唇に当ててから、そっとベッドの周りに掛けられているカーテンを開ける。優雨は薄手の毛布を掛けられて、静かに眠っているようだった。

「少し前に寝付いたところ。ちょっと熱があったけれど、直ぐに落ち着くと思うわ。……ただ、今日はもう帰った方が良いんじゃないかしら」

 ゆっくり休むならその方が良いわよね、と姿子は続ける。
 初音はその言葉に頷きながら、ベッド脇の椅子へと静かに腰を下ろした。

「それじゃ、ちょっとこの場をお任せしても良いかな? 食事を取ってくるから」
「はい、分かりました。……姿子ちゃん、いつもありがとう」
「いえいえ、どう致しまして。それじゃね」


 姿子は片手を挙げて応えると、静かに保健室の扉を閉める。その背を見送ってから、初音は優雨の様子を窺った。
 ベッドに横になっている優雨は、静かな寝顔を見せている。特にうなされている様子も無いので、初音は安心してそっと息を吐いた。

(優雨ちゃん……やっぱり、止めておけばよかったのかな)

 病み上がりに加えて、蒸し暑い日だ。今日は水泳の授業がある日だったので、広くて涼しい場所で少しは息を抜けたのかもしれないが……それでも、優雨には辛かっただろう。
 優雨の手が毛布からはみ出ているのを見た初音は、位置を直そうとして手を伸ばす。自分よりも小さな手を取って毛布の下へと入れながら、その手をそっと握り続けた。

(お母さんも、良くこうしてくれていたっけ)

 高等部に上がる前は、初音も体が丈夫な方ではなかった。
 運動といえば学校の体育の時間くらいしか経験が無く、どちらかといえば引き篭もりがち。体が強くなる要素など無いというものだ。
 そんな初音だから、風邪で学校を休んだことも多かった。
 昼間からベッドに一人、眠くもならないのに横になっていると、寂しくて、不安になって。窓の外から聞こえてくる、遊びまわる子供たちの声がとても羨ましくなって。
 そっと静かに涙を流していると、いつのまにか母親が来て手を握ってくれていた。心配などする必要はないと、繋がれた手が語っていた。

(お母さんと離れて生活するなんて、あの頃は考えられなかったのになあ……)

 家事も料理も出来なかった自分が、ひいこら云いながら由佳里から色々と教えられて。
 そんな自分が今では聖應の生徒会長なのだから、あの時の自分が見たら、きっと驚くに違いない。いや、今の自分だって、自分が生徒会長であるということに驚いているのだが……。

「……ん……」

 そんなことを考えていると、優雨が僅かに身動ぎする。起こしてしまったのかと心配した初音だが、どうやら自分の手が原因ではなく、雲間から覗いた太陽がどこかに反射して顔に射したからのようだ。
 窓のカーテンを閉めようとするも、既に遅し。優雨はゆっくりと目を開けた。

「……はつね?」
「……うん。優雨ちゃん、気分はどう?」


 優雨は隣に居る初音を見上げた後、自らの手を握っている感触に気が付いて、そちらへと視線を向ける。
 何故手が繋がれているのか分からない、というような表情を浮かべはしたが、嫌がっていないことに安堵した初音は、そのまま手を握っていた。

「ん……ちょっと、だるい……」
「そう。このまま保健室に居てもいいけれど、お休みするなら寮に帰った方が良いかもしれないね。どうする?」


 優雨はその質問に首を傾げた後、ゆっくりと頷いた。
 無理をしないようにというのは、誰からも云われていることだ。一度熱が上がると中々下がらないので、優雨自身も無理はしないことにしている。
 一度だけ無理をした――頑張った――ときは、天使さまが抱いて寮まで連れて行ってくれたが……そんなことは何度もあることではない。
 その時のことを思い出して、優雨はほんの少しだけ楽しくなる。みんなの驚いた顔と、千歳に体を貸しているという天使さまの、暖かい腕の中の居心地。聖應に来てから一番楽しかったことだ。

「それじゃあ私、優雨ちゃんのクラスに行って、荷物を取ってくるね。ちょっと待っていてくれるかな?」
「あ……」


 優雨が思い出に浸っていると、手の中に在った暖かさがゆっくりと引き抜かれた。初音の手が離れたのだ。
 ほんの少しだけ伸ばされた優雨の手は、初音が気が付かないうちにベッドへと落ちる。名残惜しさを飲み込んで、優雨は初音の背中を見送った。いつだって、優雨が傍に居て欲しいと思ったときに、その人は傍に居てくれないのだ。





 夕食の時間は、少し寂しい。それが、優雨の率直な感想だった。
 寮のみんなと一緒に食事が出来るのは嬉しい。だけど、調子が悪い時に一人別のメニューだったりすると、そんな嬉しさも萎んでしまう。
 まるで自分だけが仲間外れのような――手を伸ばしても届かないものを目の前で見せられているような、そんな気持ちになってしまうのだ。
 優雨は自室へ戻ると、だるい体をベッドに横たえて上体を枕元のクッションへと預ける。起きているときに辛くないようにと母親が用意したクッションは、一抱えもあるような大きな物が五つ。どれも優しく優雨を受け止めた。
 体をクッションに沈めてから、いつものように窓へと視線を向ける。

「……明日は、晴れるかな……」

 雨は好きだが曇り空は嫌い。窓の外の景色から、星や月を隠してしまうから。代わり映えのしない『窓の向こうの劇場』は、見ていたって楽しくない。
 それでも、特にやることが無い優雨は、じっと窓の外を見続けた。ほんの一瞬でも楽しいことが起きないかと、淡い期待を抱きながら。

「……優雨ちゃん、未だ起きてるかな?」

 窓から視線を外すことが出来ずにいる優雨の耳に、控えめなノックの音が聞こえた。

「はつね……? うん、起きてる」
「お邪魔しても良いかな?」
「うん……入って」


 控えめな優雨の声はそれでも確りと初音に届き、初音はそっと扉を開けた。その手に抱えているのは、湯の張られた桶。

「今日は蒸し暑かったでしょう? 汗を掻いただろうから、体を拭いた方が良いかなって思って。どうする?」
「ん……」


 初音に問われ、優雨は自分の体を見下ろす。あまり動き回ることが無いとはいえ、それでも夏の暑さに晒されているのだ。汗を掻かないはずがない。

「……ちょっとベタベタする」
「そっか。それじゃ、拭いてあげるね」
「うん……」


 優雨は素直に頷くと、パジャマを脱ぎながら初音に背を向けた。家でも病院でも同じことをしているので、体を拭いてもらうことに抵抗感は無い。
 背中をそっと撫ぜる手は誰でも同じように優しいので、優雨はこの時間が嫌いではなかった。
 一方、初音は優雨の背中を拭きながら、少し荒れている肌に眉を寄せていた。

(食が細いから、仕方が無いんだろうけれど……)

 理性では分かっていることなのだが、実際に目にすると、優雨が病人であるという事実が強く意識されてしまう。自分とは違う……不健康であることが当たり前となっている人間。
 初音は胸が締め付けられる気持ちを抱えながら、そっと優雨の背中を拭いた。

「はい、終わり」

 初音は背中を拭き終わると、優雨に向かって笑いかける。すると優雨は、すっと右腕を差し出してきた。

「え?」
「……?」


 初音は戸惑って優雨の顔を見るが、優雨は優雨で首を傾げている。
 初音は優雨の手が届かない背中だけを拭く心算だったのだが、優雨は病院や実家での経験から、体全体を拭いてもらえるものだと考えたのだ。

「えっと……拭くの?」
「ん……」


 少し子供扱いが過ぎるかと考えながら初音は優雨に尋ねると、優雨は素直に頷いた。お互いの認識にずれがあるのだが、初音は優雨が甘えているのだと思い、笑いながら優雨の腕を取った。

「よし、それじゃ、身体中を綺麗にしちゃおう!」
「うん……」


 夏とはいえ空調が効いている部屋の中だ。初音は優雨が風邪を引かないように、手早く丁寧に体を拭っていく。汗を拭くだけなので、二・三分も経てば爪先まで拭き終わっていた。

「はい、これで終わり」
「……ありがとう、はつね……」
「いいえ、どう致しまして」


 穏やかな様子の優雨に、初音はそっと胸を撫で下ろす。
 昨日までのギクシャクとした空気は感じられず、これならもっと仲良くなっていけると、初音は信じた。

「さて、私はこれでお暇しますけど、優雨ちゃんは何かありますか?」
「……ううん、ない」


 初音は首を振った優雨を見て軽く頷き、部屋の扉を開けながら何気無い一言を口にした。

「明日も頑張っていこうね、優雨ちゃん」

 それは普通の挨拶で、普段であれば優雨も気にしなかっただろう。ただこの日は少しばかり、初音に優雨の母親の面影が重なることが多かった。
 だからだろう、優雨は自分でも理解できない衝動に駆られて、普段は云わないことを口に出した。

「……ううん」
「えっ?」
「……わたしががんばると、みんな困る……」
「な、何云ってるの、優雨ちゃん」


 優雨の言葉に驚いた初音は、足を止めて振り返る。
 ベッドの縁に腰掛けていた優雨は、初音の顔を見ながらゆっくりと自分の気持ちを語りだした。

「わたし、がんばってる。……けど、がんばっても、無理だった……」
「む、無理って……何が?」
「わたしは、がんばっても……お客さんのまま……だから」
「お客さん……?」


 優雨の言葉は初音には分からず、困惑するより他は無い。ただ、優雨の寂しそうな言葉を認めてしまっては良くないと、それだけを察した。

「優雨ちゃん……それは違うよ。誰にだって頑張る権利はあるの。優雨ちゃんは頑張っても良いんだよ」
「うそ……」
「嘘じゃないよっ」


 初音は優雨の言葉を遮るように、力強く答える。
 頑張ることを止めてしまえば、後に残るのは諦めだけだ。諦めてしまったら、手に入るものは何も無い。初音は諦めたくないからこそ、こうして優雨の部屋を訪れているのだ。

「優雨ちゃんが頑張るとみんなが困るなんて、そんなこと無い。みんな応援してくれるよ」

 それは混じりけの無い初音の本音であり、優雨のことを知る人たちの本音だろう。だけどそれは、応援されることに慣れている優雨にとっては分かりにくいことだった。

「……じゃあ、どうして――」
「えっ? なあに?」
「――どうして初音は、笑いながら困った顔をするの?」
「え……っ」


 優雨の言葉に初音は表情を強張らせる。自分では気が付かないが、果たしてそんな顔をしていたのだろうか、と。

「お母さんと、同じ」
「お……かあ、さん?」
「わたし、いっぱいがんばった。でも、からだが弱いままで。……お母さん、笑いながら困るようになった」


 身体の弱い自分が頑張る度に、いつしか浮かべるようになった母親の顔を思い出しながら、優雨は寂しそうに呟いた。
 母親が優雨を心配して、それでも一生懸命涙を堪えながら笑って励ます様は……優雨には理解出来ない感情の動きで。その表情は、頑張る優雨を咎めるように見えるのだ。
 優雨は自分が病気であるが故に、健常者が病人を見るときの感情など知らないのだから。

「それは……それは違うよ……優雨ちゃん……」

 初音は力無く優雨の言葉を否定した。
 優雨の言葉を聞いた初音には分かる。何故ならきっと、初音の気持ちと優雨の母親の気持ちは同じだから。
 自分にはどうすることも出来ない優雨の病気。ただ見守ることしか出来ない自分が悔しくて、でも、優雨に心配させたくなくて。我慢して、我慢して……笑うのだ。
 きっと今も自分はそんな表情をしてしまっている――そう思いながら、でも、それを繕うには遅すぎた。
 優雨は初音の顔を見て、少しだけ残念そうに目を伏せて。

「……もういい」
「優雨ちゃん」


 優雨は初音の呼びかけに応えることなく、初音の体をそっと押す。

「あ……っ」
「……帰って」
「っ……」
「帰って」


 二度目の拒絶に初音は返す言葉を持たず、弱いはずの優雨の力に逆らえないまま、部屋の外に押し出される。大人しい優雨が実力行使に出るなどと思っていなかった初音は、呆然として桶を取り落とした。
 桶が転がった音で初音は我に帰り、慌てて振り返ると扉のノブに手を伸ばす。

「優雨ちゃん」

 鍵の掛かったノブは回らず、低くて鈍い金属音を鳴らす。それは明確な拒絶だった。

「優雨ちゃん!?」

 自分を否定されるのはまだ良い。でも、外を……他人を拒絶することは良くないことだ。このままでは、優雨はずっと独りぼっちになってしまう。

 混乱の余り涙が溢れる初音の足元に、転がった桶から毀れた湯が広がっていく――

**********

 喧嘩のシーンなんか難しくて書けないっス……

 

 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
今話は前話の補足的なものでしょうか?優雨と初音のすれ違いの様子が描かれていたので、こういうことだったのか、と理解を深める事が出来ました。
次話では展開をスピーディに進むのでしょうか?それともじっくりと廻していくのでしょうか?きたいしてまっております。
では、失礼します。

2011/01/22 22:56
唯さん、こんばんは。
今回は三人称でないと書き難いので分割した話なので、状況説明のみにとどまってます。
いまいち面白みの無い文章回しなのは自覚しているのですが……やはり、こういった暗めの話は難しくって。

元々一話のものを分割したので、続きは上がっております。どういう展開になったのかは、見てのお楽しみという事で。

では、またお会いしましょう。
A-O-TAKE
2011/01/23 22:56
妃宮さんの中の人 3-EX-1 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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