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zoom RSS 妃宮さんの中の人 3-5

<<   作成日時 : 2011/02/10 23:51   >>

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 体調が悪い時に書いた文章って、イマイチなんだよな……

 そんな言い訳、したくないんだけどね。
 ちょっと遅れちゃった、3-5です。

**********

 どんよりどよどよ。
 今日の天気を一言で表すのなら、こんな感じだ。
 こんな調子だと、梅雨明け発表が無いままで夏になっちゃいそうだなぁ。

「う〜む……」
「薫子ちゃん、面白い物でも見えるの?」


 通学途中、桜並木の間から見える空を見て唸っていると、隣を歩いている千歳があたしの真似をして空を眺めながら尋ねてきた。

「いや、別に。強いて云うなら、あの雲は雨雲かな〜、とね」
「ん〜……お昼までなら大丈夫だと思うけどな〜」


 今日は土曜日で半日授業、そして初音が優雨ちゃんに歌を聞かせる日だ。
 優雨ちゃんの体力的に、平日の放課後まで学校で待っていてもらうのは大変だろうから、土曜日というのは好都合でもある。一旦寮に帰って休んでいられるからね。
 ただまあ、雨が降ってきちゃうと移動するのが億劫になるかもしれないけれど。

「千歳は準備の方、大丈夫なの? 練習とかした?」
「バッチリだよ、任せて!」


 えへんと胸を張る千歳だけど、あたし的にはどう見ても根拠の無い自信にしか見えないのが困りものだ。だって、千歳だし。

「む……薫子ちゃん、顔に出てる……」
「おっと……ま、あたしには手助けできないから、初音の力になってあげてよね」
「勿論だよ」


 ことが音楽じゃあ、あたしなんかは手も足も出ません。別に音痴って訳じゃないけどさ、知ってる曲とか少ないし、楽器だって扱えないしね。

「あ」
「千歳?」


 千歳が急に足を止めるので、あたしは振り返って様子を窺う……と、あたしの額に、ぽつりと水滴が落ちてきた。

「降ってきちゃったね。急ご、薫子ちゃん」
「あ、こら! もう、仕方無いな……」


 あたしの脇を擦り抜けて、千歳が昇降口へと駆けて行く。
 生徒の見本となるべきエルダーが駆け出せば、同じように空を見て眉を寄せていた生徒たちも走っていっちゃうわけで。
 どこかの学校みたいにスカートのプリーツは乱さぬようなんて云うわけじゃないけれど、廊下を走るところをシスターに見られたりすると大変なのに。
 あれが千歳らしさと云えばそうなんだけど、後でちゃんと云っておかなきゃ。
 とはいえ、あたし一人がゆっくり歩くのも馬鹿な話だし、同じように走ってしまうんだけどね……。



 降ったり止んだりが続く中途半端な天気は、お昼になってもまだ続き。

「やれやれ……この蒸し暑さは堪らないね……」
「あれ? 薫子ちゃん、お昼は〜?」
「今日は食堂〜」


 放課後になると真っ直ぐ家に帰る生徒も居るけれど、そういう人たちは家までの距離が近いからであって、殆どの生徒は教室や食堂でお昼を食べてから帰ることになる。
 あたしが背伸びしながら席を立つと、千歳が寮母さんのお弁当(クラブサンド)を持って、あたしの背中に付いて来た。

「あれ、別に教室で待ってても良いのに。空調の効いた教室から出たくな〜い、なんて云わないの?」

 実はこの後、第二音楽室で初音が歌の練習をするんだよね。
 一度寮に帰っても直ぐに戻ってこなくてはいけないので、あたしと千歳も学内で昼食を済ませることにしたのだ。

「私はそこまで我が儘じゃないもん」
「あははっ……じゃ、一緒に食堂で食べますか」
「うんっ」


 エルダーが二人一緒で行動すれば目立つけど、いい加減、それにも慣れないといけないしね。とはいえ、注目を浴びながらの食事ってのは結構大変なんだけど。
 土曜日はそういう煩わしさから逃げる為、いつも寮で昼食を食べているんだよね。視線を感じなくていいし、くつろげるし、なにより行儀が悪くてもあんまり怒られない。
 あたしと千歳は連れ立って、いつもより人の少ない食堂に入る。

「千歳、席の確保をお願いね」
「お〜け〜だよ」


 千歳に席の確保を頼んでから食券売り場へと向かう。さて、何にしますかね。
 パスタはこの前食べたし……丼物があればなあ……ローストは寮の夕食と被る可能性大……お、これにするか。
 あたしは目に付いたボタンを押してその食券を手に入れる。すると突然、脇から食券を覗き込む顔が現れた。

「うわっ!?」
「おや、今日の薫子はハッシュドビーフですか」
「ケ、ケイリじゃない。脅かさないでよ」


 これは失礼、なんて笑いながら云うケイリだけど、今のは声を掛けるタイミングを計っていたんだろうな……全くもう。

「ケイリもお昼ご飯?」
「ええ。今日は家からの迎えが遅くなるそうなので、校内で時間を潰そうかと思いまして。……ご一緒しても宜しい?」
「うん、あっちで千歳が席を取って待ってるんだ」


 あたしの言葉に軽く頷いたケイリは、どうやらビーフシチュー・プレートを選んだようだ。あたしのものと似て非なる料理。どこが違うのかって云われると困るけど……味が違う? そりゃごもっともです。

「おや……薫子、きょうは重装備なんですね?」
「う、見付かったか」


 こっそりと追加したバケットを見られてしまった。
 付け合わせとして出されるバケットやフレンチフライなんかは、実はお願いすれば少し多くしてもらえる。普通の食堂にある大盛りみたいなものだ。

「まあ、食欲が有るのは良いことです。元気が有るという証拠ですからね」
「わ、笑わないでよ……」


 くそ〜、腕白っ子を見て微笑むような顔をしてからに。しかもその微笑が似合うもんだから、文句を言う気も失せてしまうって寸法だ。

「お待たせ」
「お邪魔しますね」
「ケイリちゃん、いらっしゃ〜い」


 飲み物を用意して待っていた千歳の向かいに座り、ケイリは千歳の隣へと座る。向こうに座ったってことは、あたしと話す気が満々だね。
 千歳が我慢出来なさそうなので、手早くお祈りを済ませてしまおうか。

「主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え。アーメン」
「アーメン……いっただっきま〜す!」
「アーメン……ふふっ、千歳は元気一杯だね」


 千歳ってば……昔のあたしじゃあるまいし、もうちょっと落ち着けないものかね。
 あたしは千歳みたいにがっつかない程度に手を動かして、良く煮込まれた牛肉を堪能する。うん、今日も美味しい。

「ところで、今日は何か、学校に残る用事があるんですか?」
「ん?」
「いつもなら真っ直ぐ帰るのに、珍しいなと思いましてね。それに、初音の様子もどことなくおかしかったですし」


 ふむ、まあ別に隠すようなことじゃないし、話しても構わないかな。ケイリはこれで中々にしつこいから、隠したって最後には話すことになるだろうし。

「初音と優雨ちゃんが喧嘩してたから、仲直りのお手伝いをしようと思ってね」
「へえ……そうなんですか。……ん? していたから?」
「うん。今は冷戦状態というか、表面上はそんなに遣り合ってるって感じじゃないんだよね」


 初音は元からそんなに怒りの持続する方じゃないし、優雨ちゃんと話が出来れば、優雨ちゃんの『諦め』を考え直させることが出来るって思ってるから。
 優雨ちゃんの方は、きっと千早と話をしたことが切っ掛けになったんだろう。一応、今は普通に相槌を打つぐらいはしている。ちょっと無愛想な感じもあるけれどね。

「ふむ。それで、千歳が切り札なんですか?」
「ふへ?」


 いきなり話を振られた千歳が、クラブサンドを銜えながら首を傾げた。ハムスターよろしく両手でクラブサンドを持って頬を膨らませて居る姿は可愛いと思うけれど……。

「千歳、お行儀悪いよ。……で、なんでケイリはそこまで分かっちゃうわけ?」
「ふふふ……」


 笑って誤魔化さないでほしいなあ。お得意のアルカイックスマイルで笑うケイリだから、厭味にならないで済んでるけどさ。

「そうですね……私も一つ、助言しましょうか」
「ん、なにか有るの?」
「今日は、夕方からお日様が覗くそうですよ」
「はぁ?」


 それが助言? っていうか、それって天気予報……。

「ケイリさあ、このあたしの知力に合わせて、もう少し分かりやすく云ってくれんかね?」
「おや……私はただ、そのままのことを云っただけですよ。雨も悪くは無いですが、仲直りをする時は明るい方が相応しいでしょう?」
「う〜ん……それってつまり、事を起こすのは夕方にしろってことかな?」
「ええ。きっと綺麗なものが見えますよ」
「ふむ……ま、その助言は有り難く受け取っておきますか」


 ケイリの云うことだし、きっと何かあるんだろう。準備諸々を考えればそれぐらいの時間になっちゃうだろうし、あんまり忙しないのもどうかと思うしね。





 食事を終えて第二音楽室へ行くと、初音の姿は未だ無かった。初音はよく生徒会室で食事をする――ついでに仕事もしている――から、そっちで手間取っているんだろう。
 窓側へ寄ると、真上も遠くも同じような雲が見える。本当に晴れるのかな……? まあ、ケイリの云うことだから、嘘は無いと思うけれど。
 指をワキワキさせながら(準備運動?)ピアノの前に座る千歳を見て、ふと気になったことを尋ねてみる。

「ところでさ〜、千歳」
「なぁに〜?」
「あたしは何を演奏するのか聞いてないんだけど、もう決まってるんだよね?」
「うん、勿論だよ。弾いてみようか?」
「良いの? なら、お願い」


 千歳は軽く頷いて、ピアノに掛かっていたカバーを除けて鍵盤蓋を開ける。指鳴らしに適当な音を鳴らすのを聞きながら、あたしは適当な椅子を引いてそこに座る。
 準備の終わった千歳は、そっと目を瞑ってからゆっくりと弾き始めた。
 あれ……これって……?

「ごめんなさ〜い、遅れました」
「あ、初音」


 流れるメロディに首を傾げていると、初音が教室に入ってきた。ちょっと慌て気味なのは、ピアノの音を聞いたからだろう。

「そんなに慌てなくてもいいのに」
「やだな、薫子ちゃん。私の為に協力してくれてるのに、私が手を抜くわけにはいかないよ」
「何云ってんの。初音は頑張ってるでしょ。ほら、すまいる、すま〜いる」
「かおるこひゃん、いひゃいよ……」


 むにん、と初音のほっぺたを揉み解す。実はこれ、初音が沙世子さんに良くやってるやつなんだよね。去年、生徒会を手伝ってる時に、何度か見かけたことがある。
 初音は頑張り屋さんだから、偶にはこうやって実力行使をしてブレーキを掛けてあげないとね。

「……ところでさ、この選曲は誰が?」
「え? ああ、もう聞いたんだ」
「うん。賛美歌だって云ってたのに、どうしてこうなったって感じなんだけど」


 あたしが首を傾げると、初音は苦笑しながら理由を話してくれた。
 賛美歌は沢山有るけれど、色々と調べてもしっくりとした歌が無くて困っていたら、陽向ちゃんが『賛美歌じゃなくてもラブソングなら良いんじゃないですか?』と云ったらしい。
 そこで、日本語の難しい云い回しや比喩表現の有る歌詞じゃなくて、ストレートに気持ちをぶつける英語の歌を探していたら、千歳がこの曲を選んだのだそうだ。

「へえ、千歳がねえ……」
「ふっふ〜ん、驚いたか」
「でもさ、選曲に悩んでたなら、あたしも一緒に考えたのに。……仲間ハズレ?」
「べ、別にそういう訳じゃないんだよ? 薫子ちゃんはほら、期末テストの勉強をしていたから……」
「はうあっ……ソウデスカ……」


 確かに、エルダーたる者赤点スレスレの低空飛行は拙かろうということで、今回は早めに勉強してたんだけどね。
 まあ、確かにあたしは英語が苦手だし、選曲には付き合えないでしょうしね……ふんだ。

「す、拗ねないで〜薫子ちゃん」
「拗ねてないも〜ん」
「薫子ちゃん、お詫びに、今日はタルトを焼いてあげる!」
「よ〜し分かった、千歳とは後でじっくり話し合おう」
「ええっ、何でぇ?」


 デザートを与えていれば大人しくなると思うなよ! 出されたものは食べるけど、それはそれ、これはこれだ。

「ま、それは置いといて。……で、この歌になったと。う〜ん……」
「何か変かな?」
「いや、純粋に不思議なんだけどさ。何でこの曲なのかな〜と」
「ふふっ……知ってる、薫子ちゃん。この曲って、元々の題名は『hymn(賛美歌)』って云うんだよ」


 千歳が胸を張って偉そうに云う。豆知識ってやつだけど、それって理由になってないんだけどな。
 確かにあたしでも知ってるような有名な曲だけど……そういえば、歌詞とかじっくり聞いた事無いなあ。ラブソングみたいなものだってのは覚えてるんだけど。

「ま、なんだ。取り合えず歌ってみてよ」
「え、ええっ? 人の前で歌うんですかぁ?」


 あたしがピアノの横を指差して促すと、初音が驚いた声を挙げる。……何でそこで驚くかな?

「……どうせ優雨ちゃんに聞かせる為に歌うんでしょうが。なら、人前で歌うのに慣れておきなさいな」
「ううっ……頑張ります……」


 そこで肩を落とされると、あたしが意地悪してるように見えるんですが……。

「それじゃ、行くよ〜。あ、先ずは発声練習から〜」

 気の抜けた千歳の声に、あたしと初音がずっこけた。いや、まあ、云ってることは間違ってないんだけどさ。やる気になってるのに間を外さないでよ。



 ……そうして、最後まで流して歌い終えた初音は、大きく息を吐いた。あたしの顔をちらちらと窺っているのは、感想を求めているんだろう。

「いや〜、大したもんだわ」
「えっ、本当?」


 初音が嬉しそうに笑うけど……ふっ、甘い。さっきの仕返しだ。

「……英語がまるで駄目だった初音が、こんなに歌えるようになるなんて――」
「もう! 薫子ちゃんの意地悪!」
「――って、ゴメン、悪かったってば」


 初音が頬を膨らませたので慌てて謝る。いやでもさ、ホントに英語が出来なかった初音がここまで歌えるようになったんだから、大したものだと思うよ?

「歌・の・感・想・は?」
「そんなに凄まないで……うん、あたしの聞いた限りでは、特に問題は無いと思う。正直な話、あたしだって歌詞まで知ってるわけじゃないしね」


 迫ってくる初音を宥めながら素直に感想を云うと、息を吐きつつもちょっとだけ肩を落とした。上手い感想が云えなくて悪いけど、頭の中で詩を日本語に変えるだけで精一杯なんだよね。

「ま、感想を聞きたいなら、あたしよりも適任が居るから」
「えっ?」


 首を傾げた初音を置いて、あたしはそっと教室の扉に近付くと、一気に扉を引いてその影に隠れていた人たちを暴いた。
 初音は歌うのに集中していて気が付かなかったみたいだけど、三人も隠れていたら普通は分かっちゃうでしょ。

「「「あっ……」」」
「あっ!? 沙世ちゃん! それに、さくらちゃんに耶也ちゃんも!」


 そう、扉の影に座って隠れていたのは生徒会のメンバーだ。沙世子さんを筆頭に、さくらちゃんと……えっと、立花耶也子ちゃんだったかな?
 初音がこっちに来て何かやるのを知ってるんだから、残ったメンバーが何も行動しないなんてことは有り得ないもんね。初音がみんなに好かれている良い証拠だ。

「みんな、隠れて見ていたの……?」
「……その、ゴメン、初音」
「あ、別に怒ってるわけじゃないんだよ?」


 呆気に取られた初音の口から漏れた呟きが聞こえたんだろう。沙世子さんが素直に頭を下げる。
 沙世子さんからすれば、自分たちに内緒で何かやっている初音は心配なんだろうけれど、見付かってしまうのはバツが悪いんだろう。
 初音の性格を知っていれば、ここで見付かっても怒られないって分かってるんだろうしね。

「いや〜、会長、上手でしたよ? 隠れて聴き入っちゃうぐらいには!」
「そ、そうだな。伴奏がピアノだけだから後半の盛り上がりには欠けるが、良かったと思う」
「こ、こら……余計なことまで!」
「あっ……」


 さくらちゃんたちが妙なフォローを入れて、それを沙世子さんが嗜めて、初音が苦笑する。こういうのが今期の生徒会の空気なんだろうね。

「あ、あはは……でも、ありがとう、みんな。心配してくれて……。私、頑張るからね」
「あ〜……うん。私たちは応援しか出来ないけど、頑張って」
「ありがとう、沙世ちゃん」


 お〜お〜、初音に礼を云われて照れちゃってますよ。沙世子さんは初音に弱いよね〜……おっと、微笑ましい目で見ていたら睨まれちゃったよ。

「はいはい、和やかになるのも良いけれど、まだまだ練習するんでしょ? 初音、いっそのことみんなの前でちゃんと聞いてもらいなよ。その方が色々分かるだろうしさ」
「え……ん〜、そうだね。そうしてもらおうかな」
「ホントですか? いや〜、会長のソロライブが見られるなんて感激ですよ」
「千歳お姉さまがピアノを弾いているんだから、ソロライブではないだろう……?」
「……貴女たち、聴くなら静かにね」






 なんだかんだで時間は過ぎて、ふと気が付けば雲が赤くなり始めていた。……あれ?

「……晴れてきたね」
「あ、本当だ」


 思わず呟いたあたしの声に千歳が答える。時計を確認すれば、もう良い時間だった。

「初音、そろそろ優雨ちゃんを呼んできたほうが良いんじゃない? 向こうも待ってると思うよ」
「あ、そうだね。……沙世ちゃん、さくらちゃんに耶也ちゃんも、今日は有難うね」
「そんな、改まって礼を云わなくても良いわよ。初音が元気になってくれないと、こっちも困るんだから……」


 云い訳する沙世子さんだけど、あたしにだって照れ隠しだと分かるんだから、初音が分からないはずがない。ニコニコ笑って手を握ったりなんかしちゃえば、沙世子さんは直ぐに大人しくなっちゃうのだ。
 暫く口を開け閉めしてた沙世子さんは、結局何も云わないで踵を返すと、手を振りながら廊下へと出て行った。

「あれ、もしかして副会長、もう帰るつもりなんですか?」
「これ以上、私たちが居ても意味が無いでしょ」
「え〜? 気にならないんですか〜?」
「ほら、帰るぞつっちー」
「ああん、ややぴょんの意地悪〜」


 耶也子ちゃんがさくらちゃんを引き摺りながらそれに続き、『電話で報告してくださいね〜』と云い残しながら、さくらちゃんも扉の影へ消えた。

「やれやれ、騒がしい二人だね」
「ふふっ……でも、良い子だよ。……それじゃ、私も優雨ちゃんを呼んで来るね」
「うん、気を付けて」
「初音ちゃん、ファイト!」


 千歳の励ましに笑いながら、初音もまた廊下へと出ていった。
 ピン、ピン、と鍵盤を適当に鳴らしながら、千歳が笑っている。

「……千歳、楽しそうだね」
「うんっ。楽しいよっ」
「そっか」


 遠くの空ではまだ雨が降っているようだけど、学院の周りの雲は飛んで行ったみたいで……あの小説のように、教室が徐々に赤くなり始めている。
 夏は日が落ちるのが遅いけど、それでも、三十分もすれば真っ赤になるんだろうな。

「……ねえ、千歳も歌えるんだよね」
「ん? うん、勿論」
「聞かせてもらっても良いかな」
「うん、良いよ」


 千歳はあっさりとあたしのお願いを聞いて、静かに歌い始める。朗らかでお転婆な千歳が歌っているとは思えない、綺麗な声だ。
 千歳が選び、初音が歌うことにしたその歌の名は、Bridge Over Troubled Water――日本語では『明日に架ける橋』と呼ばれ、多くの歌手がカヴァーしている歌だ。
 準備の良い初音が歌詞カードを持ってきたし、さっきまで何回も聴いていたから、さすがにその内容は分かっている。
 確かに、初音が優雨ちゃんに贈る歌として良い選曲だと思うけど、なんで千歳がこの歌を選んだのかが良く分からない。
 千早の知っていることは千歳にも分かるって話だし、元々が十歳だとは云っても千歳は(十歳としては)結構大人びている方だから、有り得ないってわけじゃないんだろうけれど。
 ……悩んでいる時にぽんと飛び出すような歌ということは、千歳にとって印象深い歌ってことなんだろうな。
 あれ? それってつまり、『千早が知っている』んじゃなくて、『千歳が知っている』歌だってこと?
 ……歌に耳を澄ますと、歌はもうサビに入るところだ。

 ――Sail on silver boy. Sail on high――

 あれ? 今、男の子って……。

 ――Your time has come to shine――
 ――Put your faith on me――
 ――And let it shine――
 ――I sweet a sun――
 ――Upon your bedroom lamps――
 ――Like a bridge over troubled water――
 ――Let it be your guide――

 ……ああ、そっか。これはきっと……。
 あたしはその時、千早に対する千歳の愛情と云うものを垣間見たような気がした。





 ……今、第二音楽室の中では、初音が優雨ちゃんに歌を聴かせている。
 あたしは半分部外者だから、部屋の外で扉に寄りかかりながら、他の人が来た時の為に見張りをしているところだ。
 正直に云ってしまえば、ここまで優雨ちゃんを連れて来ることが出来た時点で、もう心配ないと思っている。
 優雨ちゃんだって、好きで喧嘩をしているわけじゃないんだ。世の中にはどうしても相性が悪い人間というのも居るものだけど、初音と優雨ちゃんはそうじゃないだろうしね。

「……あら、七々原さん?」

 考え込むあたしの耳に、ふと聞き慣れた声が飛び込んだ。

「梶浦先生。……今、ちょっと野暮用なんです」

 そうだよね。ここに来る確率が一番高いのは、なんと云ってもこの人だろう。
 ちょっと失礼かなとは思いつつも、手招きをして傍に寄ってもらい、小さな声で説明する。

「そう、そういうことなのね。じゃあ暫くは貸切ということ?」
「はい。まあ、もう終わると思いますけれど」


 説明をしている間にピアノの音は止まったし、大きな声も聞こえてこない。上手くいったんだよね?
 ……耳を澄ませていると、やがて静かなピアノの音が流れ始めた。『明日に架ける橋』じゃない、これはこの前先生が弾いていた曲だ。

「確か、夕暮れに融けてしまいそう、でしたっけ?」
「……自分の書いた文章を口に出されるのって、結構恥ずかしいのね」


 先生はあたしの言葉に一瞬だけ驚いた後、そう云って照れたように苦笑した。

「でも、なんだか不思議ね。ここで私以外の人が、あの曲を弾いているなんて……」

 昔を懐かしむような表情をした先生は、随分と小さな囁きを溢して、そのまま黙ってしまった。
 あの小説が実話を元にしているのなら、先生は『ここでは仲直りできなかった』んだよね。そう思うとなんか複雑だ。
 あたしが何て声を掛けようか迷っていると、先生はそっと扉の傍から離れた。

「……さて。私はそろそろ失礼するわね」
「えっ?」
「生徒たちの秘密の会合に、先生が居たら気拙いでしょう?」


 先生はウィンクしてからあたしの掌に何かを握らせると、そのままゆっくりと廊下を歩いていった。
 その背中を見送ってから、ふと手を開いて中を見る。……何だろう、これ。飴玉? 舐めてみろってことなのかな。
 透明なセロファンを剥がして、そのまま口に入れてみる。

「……っ! ……薄荷だ」

 鼻に抜けるような独特の感じがして、夕日で緩んだ頭が少しだけ冴えた気がした。

「よく分からない先生だなぁ……」

 教室で見る分には、ごく普通の先生だったんだけど。どことなく悪戯好きというか……あれが大人の余裕というやつかな?
 口の中で飴玉を転がしていると、やがてピアノの音が止まってまた静寂が訪れた。
 ……ううっ、信じてはいるけれど、この沈黙は怖い……どうなったんだろう。
 窓ガラスを抜けてきた夕日の赤が、廊下も明るい色に染めて。ああ、随分と晴れてきたんだなあ、なんて思った時。

「わあっ……!」

 教室の中から、千歳の驚く声が聞こえた。
 一体何だろう? あたしは少しだけ扉を開けて教室の中を覗きこむ。
 部屋の中は西日で赤く染まり、窓の外の夕焼け空は、雲が随分と少なくなっていた。……ケイリの天気予報、当たったなぁ。
 あたしはそのまま、教室の中の様子を確認しようと視線を動かすと。

「……あっ」
「あ……薫子ちゃん」


 ……初音と目が合っちゃった。

「薫子ちゃんも入って。凄いんだよ?」
「あはは……失礼します」


 初音は随分落ち着いているようで、どうやら優雨ちゃんとの話は上手くいったみたいだ。
 その優雨ちゃんは、千歳と一緒になって窓の外を見ている。あたしは視線で初音に問いかけた。

「……虹がね」
「虹?」


 初音はそれだけ云って、優雨ちゃんの隣に立った。あたしも初音に釣られるようにして、千歳の隣に立って外を見る。
 そこには、ビルの合間から登った虹が大きな弧を描いていた。夕日の赤と混じって色がぼやけているのが難点だけど、それが却って幻想的にも見える。

「……成程、これは凄いね……」

 そう云えば、虹を見るのなんて何時以来だろう?
 写真やテレビでなら結構見ているけれど、自分の目で見るのなんて本当に久し振りだ。
 子供の頃、雨上がりの道路を歩いていて、ふと見上げたら……なんて。あれが何時だったか、もう思い出せない。

「……ね、優雨ちゃん。まだまだ、こんな綺麗なものがいっぱい在るんだよ」
「……うん……」


 初音は優雨ちゃんの肩を優しく抱きながら、窓の外を指差している。この分ならもう大丈夫だね……。





 その日、あたしたち四人は虹が消えるまでその場で外を眺めていて……下校時間を過ぎてシスターに叱られた。
 まあ、これも良い思い出になる……よね?

**********

 次回、エピローグ。
 
 本当は歌詞とか載せちゃいけないんですが……某アルバムのボーナストラックで、歌詞の違う部分なんですがよね。
 原曲、及びその翻訳に関しては、お手数ですが各自でお調べ下さい。
 翻訳された詩を見れば、なるほど、と思ってもらえるものが有ると思います。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
今話3ー5にて優雨と初音の喧嘩は決着しましたね。原作とは微妙な相違がみられ、他のキャラクターが要所要所に見られる章でした。
次回で幕という事ですので、締めの部分を期待してお待ちしております。
では、失礼します。
お体にお気をつけて。

2011/02/14 21:44
唯さん、いらっしゃいませ。

今回は薫子の立ち聞きも無し、別視点での初音と優雨の会話も無し、なのでちょっと中途半端な感じがしてしまいますね。自分で読んでても……。
エピローグではその辺りのことを解消する予定です。三人称になってしまいますが。

千葉でも雪が降って、末端冷え性の私は、指がもの凄く冷たくなって困ってます。
唯さんも、風邪など召しませんように、お気をつけ下さい。
A-O-TAKE
2011/02/15 21:38
報告です


・歩くのも馬鹿な話しだし→歩くのも馬鹿な話だし
・真直ぐ家に帰る→真っ直ぐ家に帰る
・夕食と被る可能盛大→夕食と被る可能性大
・いつもなら真直ぐ帰る→いつもなら真っ直ぐ帰る
・膨らませて伊る姿→膨らませて居る姿
・気にんらないんですか〜→気にならないんですか〜
・歌に耳を済ますと→歌に耳を澄ますと
・ここに来る確立が一番高い→ここに来る確率が一番高い
・「でも、なんだか不思議ね。ここで私以外の人が、あの曲を弾いているなんて……」→会話文だが色が変わっていない



自分は1では紫苑ルート、2では薫子ルートしか2回以上やってません…
他が好きじゃないと言うよりはこれが好き過ぎて…
Leon
2011/11/10 13:28
追加報告です


・「あれ、別に教室で待ってても良いのに。空調の効いた教室から出たくな〜い、なんて云わないの?」→会話文だが色が黒のまま
・結構恥かしいのね→結構恥ずかしいのね
・先生が居たら気まずいでしょう→先生が居たら気拙いでしょう
・扉を開けて教室の中を覗きこむ→扉を開けて教室の中を覗き込む


千歳は結構食事中は行儀が悪い、なんて描写がたまにありますが、どれくらいなのか気になるところですね
なにしろあの薫子が言うくらいですから
でも「エルダーだから」という気負いがなさそうで良いですね
ちょっと意識がなさすぎかなって思うこともありますが、十歳らしさが出てて微笑ましい
Leon
2011/11/23 18:57
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