A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 3-エピローグ

<<   作成日時 : 2011/02/19 23:26   >>

トラックバック 0 / コメント 4

 今回は三人称で。

 タイムリーで風邪の話題。

**********


 七月六日、日曜日。





「ふわぁ……おはよ〜……」

 薫子の朝は遅い。休日ともなれば、昼前まで寝ていることも珍しくない。
 その日もまた、十二時直前になって漸く食堂へと顔を出したのだった。

「どちらかと云うと『遅よう』よね。もうお昼よ」
「ん〜……お昼ご飯に間に合ったから良しとする〜……」
「……薫子お姉さまがこんなお寝坊さんだなんて知ったら、学院のみんなはどう思うんでしょうかねぇ」


 薫子は香織理の言葉を聞き流し、欠伸をしながら食卓に着く。
 今年から聖應に入学した陽向は、生粋のお嬢様学校であれば寮内での生活も堅苦しい物だと思っていたので、当初は薫子の生活態度に面食らっていた……が、三ヶ月経った今ではすっかり慣れてしまっている。

「別に構わないのではなくて? 薫子に完璧なお嬢様像を投影してエルダーに選んだ人間なんて、一人も居ないだろうし」
「……香織理さん、それ云い過ぎ」
「布団を引き剥がさないと起きれないようなお子様には、相応しい評価だと思うのだけれど?」
「うぐ……っ」


 夜更かししていれば朝に起きられないのは当たり前であり、昼まで寝ていれば夜になったときに眠れないのも当たり前のこと。
 結局はそれを繰り返しているのだが……そんな、子供のような習慣が変わらなかったのは、昨年まで薫子を甘やかしていた姉――周防院奏――が原因と云えなくもない。奏が薫子を毎朝起こしに行っていたので、薫子は一人で起きる努力をしてこなかったのだ。

「ふふっ……香織理ちゃん、薫子ちゃんを虐めるのはそれくらいにしておきましょう? もう直ぐに準備が出来ますから」

 キッチンから顔を出した初音が香織理を窘める。昼食を用意している寮母の手伝いで、配膳の手伝いをしているのだ。
 その初音の背後から優雨が顔を出したのを見て、薫子の口元が自然と笑みを浮かべる。二人の間のすれ違いが一段落して、寮内の空気も常のものに戻ったようだ。
 話を聞いたときは半信半疑だったが、歌を贈るという千歳の案は大当たりだった。偶には千歳を誉めようか、と考えて薫子は周囲を見回すが、その姿が見当たらない。

「あれ、千歳と史ちゃんは?」
「今日は実家に帰ってますよ。薫子ちゃんは聞いていませんでしたか?」
「いや……どうだったかな……?」


 史は千歳と薫子の妹なので、何か用事があるときは二人に連絡するのが常だ。薫子に何も云わないで出かけることは無いので、薫子は思わず自分の記憶を疑ってしまう。

「寝ている間に何か云われて、無意識で返事でもしたのではないの?」
「ああ〜、薫子お姉さまならやりそうですね〜」
「うるさいよ、そこっ」


 否定出来ないところが薫子の悲しさである。
 そんなことを云っている間に配膳も済み、二人少ない食卓での食事が始まった。

「それにしても、雨、中々止みませんねぇ」

 陽向が食堂の窓を見ながら憂鬱そうな溜め息を漏らした。
 窓から見える外の様子は、霧のように細かい雨が降っている。体育会系文芸部員の陽向は街へと出て話の種を仕入れたいのだが、雨が降っていてはそれも儘ならないのだろう。

「そうね……。明日の七夕、星が出ると良いのだけれど」

 折角、飾りを用意したのだから、それに相応しい星空になれば良いのにと香織理が零す。
 東京都区内とは云え都心から離れている聖應女学院は、それなりに空気が綺麗なこともあって星が良く見える。さすがに山の上とは比較出来ないが、寮のテラスからでも天の川を見ることは可能なのだ。

「天気予報はどうなってるの?」

 ちょっと行儀が悪いと思いつつも、薫子は食堂に置かれているテレビのリモコンを手に取ってスイッチを押す。
 公共放送は昼のニュースを流しており、タイミング良く天気の話題となっていた。

『――この天気図から分かるように、明日の午前中は雨、午後からは上がって晴れ間が覗くでしょう』
『明日は七夕ですが、東京の夜はどんな感じなんでしょうか?』
『そうですね。かなり雲が多いですが、夜半すぎにはその雲も無くなって、良く見えるようになるでしょう』


「……なんとかなりそうだね」
「え……それって厳しいですよ?」


 薫子が安心したように息を吐くが、それを陽向が否定した。

「天気予報で云う夜半すぎって、夜中の十二時から二時ぐらいの間の時間のことですから。今はもっとファジーになって、夜更けすぎとか夜遅く、なんて云い方もしますけれど」
「へえ、そうなんだ……って、十二時過ぎ? そりゃ確かに、起きてるのは難しいなあ」


 陽向の雑学に感心したのも束の間、薫子はその時間帯を聞いて眉を顰める。
 より正しく云うならば、起きては居られるが、次の朝は寝坊決定だということだ。
 そもそも、七夕というのは本来は旧暦の七月七日に行なうべきもので、新暦になったときに梅雨の最中の行事になってしまったものである。
 時期がずれたのに合わせて、最も綺麗に見える時間帯もまた、真夜中に変わってしまったのだ。

「そうかあ……でも、諦めるのはまだ早いよねっ。優雨ちゃん、ご飯が終わったら照る照る坊主でも作ろうか?」
「……うん」


 どんなに頑張っても九時すぎには瞼が重たくなる初音だが、大事なのは星を見ることそのものではなく、その為に行動して思い出とすることだと割り切った。
 今回の喧嘩を経て、初音は優雨と少しでも長く一緒に居て、色々なことを教えたいと思うようになった。
 まりやから由佳里、そして初音へと伝わった形にならない色々な物を、少しでも多く優雨へと受け渡す。それが姉として指導するということなのだと考えるようになっていた。
 そう、歌詞の中にあったように。
 優雨がいつか輝く時の為に、その背中を支えるのだ。





「きゅっ、きゅっ、きゅ〜っと」

 初音は白い布で出来た照る照る坊主にマジックで顔を書き、その出来栄えに顔を綻ばせる。
 顔、とは云っても黒い線が三本である。それでも、笑い顔として書いたそれは奇妙な愛嬌があった。
 優雨も初音の隣で黙々と照る照る坊主を作っていた。二体仲良く優雨の部屋に飾る為、その制作場所もまた、優雨の部屋である。

「か〜んせいっ。優雨ちゃんはどう?」

 頭の天辺にぶら下げる為の紐を付け、それを指で摘んで振ってみせる。
 首の後に紐を付けないのは、『首吊りみたいだよね』などと云われた為である。ちなみにそれを云った薫子は、香織理と陽向に責められて部屋に逃げ帰った。

「……ん、出来た」

 初音の言葉に顔を上げた優雨は、同じようにして照る照る坊主をぶら下げて見せた。その顔を見た初音は、思わず息を詰まらせる。

「……っ!?」
「……? どうしたの、はつね?」
「えっ? ううん、何でもないの。優雨ちゃん、絵が上手なのね」


 上手だった。スマイルマークの出来損ないのような自分のものと比べて、しっかりと表情がある。髪形を見るに、優雨自身を模したものなのだろう。
 初音は慌てて自分の照る照る坊主に髪の毛を追加して、どうにか自分の顔に似せる。
 初音は決して不器用ではないのだが、最初から意識して書いた顔とそうでない顔とでは差が出るのも当然で。

(……タヌキ顔だぁ……)

 その出来栄えに心の中で涙する初音だった。まあ、照る照る坊主の顔は基本的に丸なのだから、美人にするのは無理があるのだ。

「さ、さて……それじゃ、カーテンのレールにぶら下げて、っと」

 初音は背の低い優雨に代わり、二人の姿を模した人形をカーテンレールにぶら下げる。位置を調節して並べてみると、優雨の作ったものは初音の作ったものより一回り小さいのが分かった。

「これで良し。ふふっ……照る照る坊主の姉妹だね。うんうん」
「……はつね、坊主なら男の子だと思う」
「うっ」


 中々に厳しいツッコミを放つ優雨だった。
 ともあれ、当初の目的を終わらせた二人は優雨のベッドに並んで腰掛け、霧雨の降る窓の外へと目を向ける。
 日が落ちていないとは云え曇天は空一面を覆っていて、窓の外は薄暗い。純白の照る照る坊主が室内の蛍光灯で輝いて見えた。
 降る雨が音を吸うのか、外からの音は聞こえない。だが、先日までの重い沈黙と違い、初音には心の余裕があった。

「……ねえ、はつね」
「なあに、優雨ちゃん?」


 だから、珍しく優雨の方から話しかけてきたときにも、落ち着いて返事をすることが出来た。

「……せかいって、なんだろう?」
「えっ?」
「……このせかいにとって、わたしってなんだろう?」
「う……うう〜ん……む、難しいなあ……」


 可愛らしく首を傾げて尋ねてくれるのは、正直な話としてとても嬉しい。それはつまり、頼られているということなのだから。
 しかし、その質問はあまりにも抽象的過ぎて……それゆえに、正解というものも無いものだった。

「優雨ちゃんは、どう思ってるの?」
「……窓、かな……」
「窓? 窓って……」


 言葉の意味が分からなかった初音は、正面にある窓を指差す。優雨はそれに頷くと、ゆっくりと喋り出す。

「……むかしね、お母さんが云ったの。『この窓の外は大きな劇場。いつも何かが、誰かが素敵な演技を見せてくれるのだから』って」
「へえ……良い言葉だね」


 初音は素直に感心した。
 例えば昨日の夕方のように、素敵な虹を見ることが出来るかもしれない。窓は自ら動く存在ではないが、その外に移る景色は常に変わり続けているのだから。

「ん……わたしも、そう思ってた。でもね……わたしはからだが弱いから。だから、ずうっと窓の外を眺めるだけだって、気付いたの」
「えっ?」
「わたしはここから舞台を眺めるだけ。だから、窓の外に行けないわたしはずっと『お客さん』のまま……だから、『窓』がわたしにとってのせかい……」
「そんな……」


 優雨の言葉にショックを受けて、初音は項垂れた。
 それが精神的な話であることは、初音にも分かる。
 本来の『窓の外』という言葉――つまりは建物の外だ――であれば、幼くて病気がちだった優雨なら兎も角、今の優雨はとっくに外に出ているのだから。
 だが、どんなに窓の場所が変わっても、優雨の心の中では病室にある窓と変わりがないのだ。
 このままではきっと、どんなに『窓の外』の世界が素晴らしいものだとしても、優雨の心は『部屋の中』から出て来なくなってしまう。
 優雨も『窓の外』に出られるのだと、大きな劇場の舞台に立てるのだと教えないと。初音は瞬間的にそう考えた。

「……」
「……? はつね?」


 無言で腰を上げた初音は、ゆっくりと窓に近寄る。
 優雨は初音の気分を損ねてしまったのではないかと、恐る恐る声を掛けた。
 しかし初音はそのまま窓の傍に立つと、霧雨の降る外のことを気にせずに大きく窓を開ける。

「……優雨ちゃん、優雨ちゃんが仮に『お客さん』だとしても、この劇場に立てないなんてことは無いんだよ」
「えっ?」


 そして、大きく息を吸い込むと。

「私が、それを証明してあげる」

 窓枠を乗り越えて、霧雨の降る前庭へと飛び出した。
 呆気に取られて口を開ける優雨が見る中、初音は大仰に手を広げてくるりと一回転半すると、優雨に向かって笑いかける。

「は、はつね……!!」

 どれほどの時間が経っただろうか。
 我に帰った優雨は慌てて立ち上がり、窓枠にしがみ付いた。そんな優雨に、初音はそっと手を差し出す。

「ほら、ね? 簡単に出られるでしょう?」

 霧雨で濡れる初音は室内の灯りに照らされ、スパングルを散りばめた様に光っている。
 キラキラと輝く初音は本物の舞台俳優のようで……優雨は無意識の内に、初音の手を取っていた。

「わたしも……出られる?」
「勿論だよ!」


 断定する初音の言葉に、優雨は嬉しそうに笑みを浮かべた。





「くしゅっ!! う〜……」

 大きなクシャミが一つ。
 いくら夏とは云え、そして霧雨とは云え、雨に打たれれば体が冷えるのは当然で。呆れた面々が取り囲む中、初音は大人しくベッドに横になっていた。
 優雨を外に誘ったとは云っても、雨に濡れたままで遊んだわけではない。初音と優雨は直ぐに部屋へと戻り体を拭いたわけだが……初音は姉の立場として当然のように優雨の体を先に拭いたので、その結果として自分の体が冷えたというわけだ。

「雨の中、傘も差さずに踊る人間が居ても良い。自由とはそういうことだ〜、なんちて」
「……それで風邪を引くのもその人の自由ってことかしら、陽向?」
「あ、あはは……」
「貴女も笑っているんじゃないの」


 香織理は陽向の軽口を一睨みで黙らせると、初音の額に熱冷ましシートを叩き付けた。

「いたっ……香織理ちゃ〜ん」
「なあに? もっと乱暴な方が良い?」
「あうう……」


 全面的に悪いのは自分なので、初音は口元まで布団の中に隠して涙を浮かべる。
 いつの間にか寮生のお姉さん的な立場になってしまった香織理は、内心ではその立場を楽しんでいるようで、こういう時は容赦なく怒ってくるのだった。

「しかしなんだね〜……まさか初音が、こんな無茶をするなんてね」
「そうね。無理、無茶、無謀は薫子の専売特許なのに」
「ちょ、香織理さん、それ云い過ぎ!」


 隠したままの口元に苦笑を浮かべながら、初音もまた、先程の自分の行動を思い返す。
 いくら霧雨とは云え、普段の自分ならば絶対にしない行動だ。だがあの時の自分ならば、たとえ土砂降りだったとしても外に飛び出したかもしれない。
 何でそんなことをしたのかと考えて……初音は、その場に居ない友人を思い浮かべた。

(『千歳ちゃん』がうつっちゃったのかなあ……?)

 薫子からすれば、突拍子も無いことをする千歳は目を放せない子供と同じ。しかし初音にしてみれば、千歳のそれは即断即決と映るのだ。
 かつて感じた嫉妬を思い返し、そして今回の行動と比べて。

(張り合うようなことじゃないんだろうけれど……でも、あの時の優雨ちゃんの笑顔を見れば、間違いじゃ無かったって思う)

 窓の外へと誘った時の優雨の笑顔を思い浮かべれば、勢いで行動するのも悪くはないと、そんなことを思う初音だった。
 次は優雨と一緒に何をしようかなどと考えていると、部屋の扉がノックされる。

「は〜い、どうぞ〜」
「……はつね、大丈夫?」


 薫子が代表して応えると、そっと開いた扉の隙間から優雨が顔を覗かせた。心配そうな顔を優雨の貌を見ると、さすがに申し訳なく思う初音ではある。

「あの、これ……ふみに教わって、作ったの」
「ん? 何?」


 優雨から受け取ったお盆には、柑橘系の香りがする淡い黄色のホットドリンクが乗っている。息を吹いて冷ましながら一口啜ると、僅かな苦味と甘さが広がった。

「ゆず茶だって、云ってた」
「柚子茶……うん、美味しいよ、優雨ちゃん」
「……ん……まだ、あるの……」


 誉められて嬉しいのか、優雨が顔を赤らめる。そしてそのまま扉の外へと消え、手に何かを持って直ぐに戻ってきた。
 それは見慣れたものではあるが、意外と云えば意外なものでもある。初音は思わず、それが何かを尋ねていた。

「……あの、優雨ちゃん、それは?」
「……長ねぎ……これをお尻にに挿すと良いって、ちとせが云ってた」






「ち・と・せ・ちゃ〜ん!!」



**********

 良く知られる民間療法。
 ネギの皮を一枚剥いてちょっと粘々している部分を出し、それをお尻に挿す。
 実際、座薬の変わりになるそうですが……試したくは無いです。ヒリヒリしそうだし。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
さて、第三章『ある愛の歌』がエピローグを迎え、次章へと向かう所ですね。
初音と優雨の諍いも終って次は一体誰のお話となるのか、そして薫子と千歳はどのようにして関わりそれを解決していくのか、とても楽しみにしています。
では、次話でまたお会いしましょう。

2011/02/25 21:12
唯さん、いらっしゃいませ。

一学期はこれで終わり、次回からは夏休み……の前に一話挿みますが。
どうも、年度末の仕事の進行で、本格的に遅れそうです。

再開は多分、三月の半ば頃になりそうです。
唯さん、ほかカウンターを回してくださる少数の読者さんには申し訳ないですが、ちょっとだけお待ち下さい。
A-O-TAKE
2011/02/27 16:52
報告です


・生粋のお用様学校→生粋のお嬢様学校
・ぶら下げる。 位置を調節→ぶら下げる。位置を調節
・正直な話しとして→正直な話として
・正面にある窓に指指した→正面にある窓を指差した
・突拍子もないことをする千歳→突拍子も無いことをする千歳



以前あった千歳と初音の化学反応が見てみたかったり…
機会があれば…
Leon
2011/11/10 13:30
追加報告です


・欠伸をしながら食卓に付く→欠伸をしながら食卓に着く
・だから、すうっと窓の外を眺めるだけ→だから、ずうっと窓の外を眺めるだけ


初音がいろいろ出来るようになったのは由佳里のおかげ、とはいえ、何も出来なかったから凄いですね
やっぱり「憧れ」が初音の力になったのでしょうか
家事はともかく体力もついたのは驚きです
Leon
2011/11/24 10:55
妃宮さんの中の人 3-エピローグ A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる