A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 3-EX-2

<<   作成日時 : 2011/03/10 15:19   >>

トラックバック 0 / コメント 3

 お久しぶりの更新です。
 今回は、千早と薫子&香織理のお話。

**********


 昔々、と言っても、ほんの少しだけ明日に思えるかも知れない昔。
 聖應女学院に、一人の女の子がやって来ました。
 友だちを百人作るというのが、その目的のはずでしたが?
 さてはて、どうなる事やら。そうそう、その女の子の名前は、「妃宮千歳」と云いました。




 
 期末テストも終わり、夏季休暇まであと数日となった日曜日のこと。
 千歳と千早の生家・御門邸もまた、日曜日に相応しい静けさを保っていた。

「千歳ちゃ〜ん、どこなの〜? 千歳ちゃ〜ん?」

 そんな静かな屋敷の中を、千歳の名を呼びながらさまよい歩く女性。年齢の割りに幼く見えるその女性こそ、双子の母親である御門妙子だ。
 しかし、屋敷の主(正確にはその妻)である妙子の呼びかけに応える者は居ない。屋敷の規模を考えれば当然居るはずの使用人たちを含め、誰一人として妙子の前に現れなかった。

「もう! どこに行っちゃったの? 千歳ちゃ〜ん!」

 どん、と子供のように足を踏み鳴らしたところで、漸く妙子の前に一人の影が現れる。廊下の角から現れたのは、幼い頃から御門家に奉公している度會史だ。

「ああ、史。あなた、千歳がどこに行ったか知らない?」
「……千歳さまでしたら、奥さまの後に」
「えっ?」

『お母さん、呼んだ?』

 妙子が振り返って後ろを見ると、そこには宙に浮いている千歳の姿。
 妙子はあからさまにホッとした様子を見せると、千歳へと歩み寄った。

「ああ、良かったわ、千歳ちゃん。姿が見えないから心配しちゃった」
『もう、お母さんは大げさだなあ』
「何を云うの。子を心配しない親が居ますか」

 宙にいる千歳に向かって頬を膨らませる妙子。それは、千歳の姿を見ることが出来ない人間にすれば、奇妙な一人芝居に見えることだろう。

 生前の千歳を知っている者は、幽霊である千歳を見ることが出来る。しかしそういった使用人の殆どは、史の両親も含め、外交官である当主・邦秀と共に海外へと行ってしまった。
 現在の御門邸に使用人が少ないのは、新規雇用の人間では千歳を見ることが出来ず、妙子の振る舞いが奇異なものに見えてしまうからである。
 閑話休題。

 一通り文句を云い終わった妙子は、そこで漸く千早の姿がないことに気付いた。

「あら? 今日は千早ちゃんはどうしたの?」
「……千早さまでしたら、映画を御覧になるということでお出掛けになられました」
「まあ、そうなの。……残念だわ、今日は千歳ちゃんの水着を買いに行こうと思っていたのに」

『え〜? お母さん、この間買ったんじゃなかったっけ?』
「あれはね、やっぱり色がいまいちなのよ。カタログで選んで買うのではなくて、ちゃんと千歳ちゃんに合わせないと、物の良し悪しは分からないわ」
『む〜、そうかな〜』

 話しながら歩いていく二人(?)を見送ってから、史は軽い溜め息を吐く。
 女が三人寄れば姦しいと云うが。あの二人に自分が加わったりしなくても、十分に姦しいだろう。
 折角、体を休める為に実家に帰ってきたというのに、これでは千早が家から逃げ出したくなるのも分かるというものだ。なにしろこの御門邸に居る男は、千早しか居ないのだから。
 しかし、映画館で体を休めるといっても、夏場で冷房が効いている館内では風邪を引いてしまうのではないだろうか?

「……やはり、千早さまのお世話をするべきだったでしょうか……?」

 それはそれで問題がある。妙子と千歳が一緒に居る時の面倒を見るのは、史以外には居ないのだから。

「史〜、あなたもいらっしゃい。一緒に千早ちゃんの水着を選びましょう?」

 廊下の奥から聞こえた妙子の声に、史の眉が吊り上った。妙子と千歳の趣味を出した男物の水着など、千早が気に入るはずもない。絶対に阻止しなければ。

「千早さま。史は千早さまの平穏を守ってみせます」

 ぐっ、と握り拳に力を入れて、史は難敵の待つ居間へと歩いていった。





 一方その頃、聖應の学生寮では。



「おっはよ〜。……あれ? 千歳は居ないの?」
「あら、今日は早いのね、お寝坊さん。千歳さんは、史ちゃんと一緒に家に帰っているわよ」


 今日は早い等と云ってはいるが、薫子が寮の食堂に顔を出したのは、九時も過ぎた頃である。休日は昼過ぎまで寝ている薫子からすれば、確かに早いとは云えるのだが。
 食堂では疾うに朝食も終わり、香織理と初音がお茶を飲んでいるところだった。

「しまったなぁ。昨日の内に云っておけばよかった」
「どうかしたの?」


 薫子の為に予め用意されていたクラブサンドを出しながら、香織理は薫子に問いかける。薫子は食卓に着きながら、懐から小さな紙片を取り出した。

「いや、実はね。エルダーになった御褒美にってことで、お姉さまが映画のペアチケットを贈ってきてくれたんだけど……」
「へえ……」


 薫子の姉――周防院奏――は、舞台俳優を目指しており、演技の参考にするということでよく映画を見に行っていた。そんな時、他人の意見も参考にしたいということで、奏は薫子を伴って見に行くことも多かったのだ。
 薫子の方も、奏に付き合っているうちに映画が好きになっていった。TVドラマを見るようになったのも寮に入ってからである。
 その為、プレゼントとして映画のチケットを贈るというのは、決して間違いではないのだが。

「今日までなんだよね、上映日」
「……忘れてたのね?」
「……うん」


 肩を落とす薫子を見て、香織理や、厨房で紅茶の用意をしていた初音が苦笑する。七月は色々と忙しく、気を回す余裕が無かったのだろう。

「ペアチケットってことは、やっぱり千歳ちゃんと一緒にってことなんですよね?」
「それは……まあ、『ダブルエルダー』のお祝いなんだから、そうなんでしょうね」


 前代未聞のダブルエルダー、そのお祝いとして贈られたペアチケットなら、当然エルダーの二人で楽しんできてくれという意味だろう。

「あ〜……失敗した〜……」
「薫子だけでも見に行ってくればいいじゃないの」
「ええ〜? 一人で映画なんて、そんな味気無い」


 世の映画好きに喧嘩を売るような言葉であるが、誰かと一緒に映画を見ることが普通である薫子には、一人での映画鑑賞は面白くないのだ。

「初音〜、一緒に行かない?」
「ごめんね。今日は、優雨ちゃんとお出掛けするから……」


 薫子に頭を下げる初音だが、その顔は非常に嬉しそうだ。可愛くて健気な妹との初デートとなれば、顔が緩みっぱなしでも仕方が無いだろう。さすがの薫子も、その顔を見て強引に誘うことは出来ない。

「香織理さんは? 一緒に行かない?」
「見ないという選択肢は無いの?」
「……それは……」


 矛先を変えた薫子は香織理に向き直るが、その問い掛けに微妙な顔をした。

「お姉さまに映画の感想を聞かれたとき、答えられないと気拙いじゃない?」
「……まあ、そういうこともあるか」


 貰ったチケットを使わなくたって怒ったりはしないだろうが、残念に思いはするだろう。
 アルバイトに演劇の練習にと色々と忙しい中で、それでもこうして薫子のことを考えてくれているのだ。それに応えたいという気持ちも分からなくもない。何しろ薫子は、お姉さまが大好きなのだから。
 香織理は一つ溜め息を吐くと、縋るような視線を向ける薫子に了解と告げたのだった。

 ……が。



「……私、もう薫子と映画は見ないわ」
「だから、ゴメンナサイって……」


 シネコン(複合映画館)から出てきた香織理は、項垂れている薫子を見て肩を竦める。その薫子はと云うと、非常に肩身が狭そうだ。
 何故か……それは、映画が予想以上に良いものだったからである。
 それがアクション映画などならば問題は無い。しかし、動物が主人公の感動大作となると話が変わる。何しろ薫子は非常に涙脆いのだ。
 開始三十分で隣の席から鼻を啜る音が聞こえ、一時間が経つと視界の端で忙しなく動く――涙を拭いている――姿が見える。最後の方になると、堪えきれない嗚咽が唸り声のように『うう……っ』とか聞こえてくるのである。
 幸いにして満席ではなかったので、周りの客に迷惑を掛けることにはならなかったが。

「奏さんは、どうやってこの子を抑えてたのかしらね」
「お姉さまを引き合いに出さないでよぅ」


 ちなみに奏の場合、映画を見てその内容を研究する方が忙しくて、薫子の面倒など見ていない――気にならない――というのが本当のところである。
 暫くはこのネタで薫子をからかうことが出来そう……などと考えながら、香織理はこの後の予定を薫子に尋ねる。

「薫子、昼は外で食べていくの? だとすると、少し早いけれど今の内に店を選ばないと」
「あ〜、そうだね。もうお昼前だし、どこも一杯になっちゃいそう」
「いつも私が行っている場所があるのだけれど、そこでも良いかしら?」


 香織理は、自分がいつも保護責任者と会っている喫茶店を思い浮かべる。梅雨明け直後の今の時期なら、オープンテラスで軽食というのも悪くはない。

「へぇ、香織理さんのお勧めか。それは良いね」
「見もしないうちからそんなことを云って……後出しの文句は聞かないわよ?」
「あはは……んんっ?」


 そんな、他愛もない雑談を交わしながら信号待ちをしていた時。ふわっ、と薫子の視界に長い銀髪が飛び込んだ。
 信号が青に変わった瞬間、自分の後ろに居たその人物が追い抜いていったのだ。

「あれ……ねぇ、もしかして千歳?」

 新宿・渋谷などの繁華街ならば銀髪も珍しくはないだろうが、薫子の行動圏内では、そんな髪を持っているのは一人しか居ない。その為、薫子は深く考えずにその人物を呼び止めた。
 ぴくっと、一瞬だけ足を止めたその人物――千早は、何事も無かったかのように足を動かす。が、そんな態度をすれば、関係があると思われても仕方がないだろう。
 薫子は薫子でその長い銀髪にばかり目が行ってしまい、パーカーにジーンズというラフな服装にまで気が回らなかった。
 薫子はさっと腕を伸ばして千早の手を取ると、回り込むようにして声を掛ける。

「ちょっと、無視は酷いんじゃ……な……」

 文句を云いかけた薫子の口が、Oの字を書いたままで止まる。当然だろう、この現状は非常に問題があると気が付いたのだから。

「どうしたの、薫子。そんな変な顔をして」
「あ、あうあうあ」
「なに、どうしたの?」


 薫子は、千早の腕を掴んだ体勢のまま手を振って呻き声を漏らすが、それで香織理が足を止めるはずもない。香織理は当然のようにして俯いている千早の顔を覗き込み、当惑の声を挙げた。

「……男の人?」

 動きの止まった三人の間を、間の抜けた横断歩道のメロディが流れていく。





 三人は香織理の行きつけの喫茶店の、一番奥にある席を陣取った。
 オープンテラスにしなかった理由は簡単である。三人の容姿が美少女で、嫌でも注目されてしまうからだ。
 只でさえ注目を集めやすいのに、席に着いた人間が三人とも押し黙っていては、悪目立ちするに決まっている。
 店内の視線が集まらない隅の席で、千早と薫子は並んで座り、正面に座る香織理の無遠慮な視線を浴びていた。

「(どうする心算なんですか)」
「(どうって、素直に話すしかないでしょ? あたしは嘘吐くの苦手だし)」
「(大体、なんで千歳さんと間違えたんですか。女性に間違われないように、こんなラフな格好をしているというのに)」
「(はあ? あたしの所為だって云いたいの?)」
「(さり気なく無視したのに、わざわざ追い縋ってきたじゃないですか)」
「(むむむ……それを云うなら、なんでわざわざ学校近くの映画館に来たのさ! うちの生徒だって結構居るだろうに……)」
「(家の近所だと目立つんですよ……)」
「んんっ……!」



 小声で話しながらお互いを肘で突き合う二人が咳払いの音に我に返ると、香織理が冷めた目で見詰めていた。

「……目の前で内緒話をされるというのは、あまり気分の良いものではないわね?」
「ゴッ、ゴメンナサイッ」
「……なによ、変な声を出して」


 裏声で謝った薫子に苦笑しながら、香織理は千早へと視線を移す。
 自分で情報を制限しながら話した方が色々と都合が良いので、千早は薫子の言葉を待たずに自分から口を開いた。

「……ええと、見た目で解るかと思いますが。千歳の双子の弟で、千早と云います。……香織理さんのことは、姉から話を聞いています。色々とご迷惑をお掛けしているかと思いますが、これからも宜しくお願いします」

 千早はさり気なく自分の名字を隠しながら、当り障りのない言葉を連ねる。最後に軽く頭を下げてから香織理の様子を窺うと、何故か憮然としている様子だった。

「ええと……どしたの、香織理さん?」
「……いえね、私としてはもっと面白い話が聞けるのかな、と思ったから」


 薫子の言葉に肩を竦めながら、香織理はそんなことを云う。要するに、期待はずれだったということだ。

「例えば、薫子と千早さんは恋人同士だ、とか」
「……どっからそんな発想が出てくるの?」
「あら。さっき、仲良さそうにお互いを肘で突き合ってたじゃない」
「あれが仲良さそうに見えたの!?」
「だって、貴女が男の人と一緒に居るところなんて見たことが無いし」
「女子高だから当たり前じゃない」
「だから、運良く巡り会った千早さんをゲットして――」
「違うっちゅーに!」


 香織理の言葉にヒートアップしていく薫子を見て、千早は思わずこめかみを押さえた。
 目立たないようにと店の隅の席を選んだのに、薫子をからかう絶好のネタが手に入ったことで、香織理もそのことを忘れてしまったらしい。

「薫子さん、少し落ち着いてください」
「でも千早、」
「いいから。ほら、注目されてますよ」
「うっ……あ、あはは……すいませ〜ん……」


 薫子の声を遮るようにして、千早は肩越しに背後を親指で示してみせる。興奮して腰を浮かしていた薫子は振り返った拍子に店員と目が合ってしまい、愛想笑いを浮かべながら腰を下ろした。

「香織理さんも、からかわないであげて下さい。僕が薫子さんと会ったのだってこの春先で、普段は千歳さんの話に出てくるぐらいなんですから。付き合うも何も、直接会ったことだってまだ数回ですよ」
「あら、会った回数は関係ないと思うけれど。……ま、そうね。このぐらいにしておきましょう」


 冷静に言葉を返された為か、香織理は大人しく引き下がった。その代わりと云うべきか、千早のことを観察するように見詰めているが。

「それにしても、良く似ているわよね。……あら? でも確か、一卵性双生児って……」

 千早の顔を眺めていた香織理が、ふと思い出して疑問を浮かべる。
 普通、一卵性双生児は性別も同じになる。男と女で生まれた場合、普通は二卵性双生児だと考えるだろう。

「ええ。ですから、僕と千歳さんは一卵性ではなく、偶々似ているだけの二卵性双生児ですよ」
「ふうん……女装したりすると似合いそうよね」


 千早がとっさに吐いた嘘に合わせるようにして、香織理が不穏当なことを云う。千早は頬を引き攣らせながら、無理矢理に言葉を続けた。

「勘弁してください。僕と千歳さんが似ているのはよく云われていることですし、僕が女性に間違えられるのも認め――いえ、認めたくない事実ですが」

 千早の言葉に香織理は苦笑してみせる。かつて、母の仕事の関係で『そっち方面』の男性と会うこともあったが、苦心して女性らしさを保っているその手の人たちと比べても、千早は美人と云える。

「ふふっ……貴方、そっち方面の仕事も出来そうよね」
「あ〜、それはあたしも思ってた」
「ちょ、薫子さんまで何云ってるんですか」


 千早に睨みつけられた薫子は慌ててそっぽを向いた。香織理はそんな二人の反応を面白そうに眺めながら。

「でも本当、千歳さんの代わりに学校に通っても分からないでしょうね」

 何気なく云った言葉に、その場が凍りついた。



「……ちょっと、なんなの、その反応は。千早さん、貴方まさか……」
「い、いえいえ! そんなことあるわけないじゃないですか!」
「……薫子?」
「や、やだな〜香織理さんてば! そんなことあるわけないじゃない!」
「……何かしらね、このやるせなさは」


 明らかに嘘だと分かるようなわざとらしさは、まるで狙っているかのようだ。
 薫子が嘘の吐けない性格であるということは香織理も知っているが、それでもこれはないだろう。まるでコントだ、と香織理は溜め息を吐いた。
 一方の千早としては、これは狙ったことでもあった。
 一度興味を引いておいて、それを本人に否定させることで疑いを晴らそうとしたのである。人間、一度自分で否定した答えを、再度持ち上げてくることは殆ど無い。
 ここで一度女装を認めて、尚且つ入れ替わっていることは無いと示せば、それ以上の追求は無くなるだろうと踏んだのだ。
 この辺りは、千早に確りと交渉事のアレコレを教え込んだ、父・邦秀の教育の賜物だろう。多分。

「……ええっと、実は、千歳さんに無理矢理制服を着せられたことがありまして……」

 いかにも渋々といった感じで口を開く千早に、香織理は少しだけ目を見開いた。

「成程。あの千歳さんなら、それぐらいのことはするかもしれないわね」
「あはは……」


 酷い云い様ではあるが、これもまあ、日ごろの行いの賜物であろう。今だけは千歳の無邪気さに感謝する千早だった。

「もしかして薫子、その時の千早さんを見た?」
「ふひぇっ!? あ、ああ、うん! 結構似合ってたよね、千早!」
「……それ、フォローの心算ですか?」


 事前の打ち合わせが無い為に混乱していた薫子は、なんとか話を合わせる。裏声で相槌を打ってしまったのは、まあご愛嬌だろう。

「……写真とか撮っていないのかしら? 私も見てみたいわね」

 ふふふ、と低い笑い声を漏らす香織理に、千早は別の方向で興味を引いてしまったか、と肩を落とした。





「今日は有意義な一日だったわ」
「そりゃ〜、香織理さんはそうだったでしょうけれどね」


 ニコニコと笑う香織理に、薫子は肩を竦めた。
 あの後、『口止め料』と称して千早に昼食を奢らせた香織理は、良い話のネタも拾えたということでご機嫌だった。

「……あの、本当に内緒にしてくださいよ?」
「ふふ、分かっているわ。女と女の約束だもの」
「……ですから僕は男……いえ、もう良いです」


 イイ笑顔で笑っている香織理を見た千早は、首を振って話を切った。

「それじゃ、僕はこの辺で失礼します」
「あ、うん。じゃあね千早。千歳にも宜しく云っといて。あんまり遅くならないうちに帰って来いって」
「はい。……香織理さん、千歳さんのこと、色々と頼みますね」


 丁寧に頭を下げた千早を見て、香織理は先程と違う微笑を浮かべ。

「分かっているわ。私、千歳さんのこと、好きだしね」



 去っていく千早の背中を見送ってから、薫子と香織理も足を動かす。

「お昼代も浮いたことだし、何かお土産でも買って帰りましょうか」
「浮いたって……浮かせたの間違い……」
「云い方なんてどうでも良いじゃない?」
「はいはい……ま、千早から毟った分、千歳に還元しますかね」


 肩を竦めた薫子は、馴染みの洋菓子屋へと足を向けた。その背に、香織理が何気なく声を掛ける。

「ところで、どこまでが本当のことなの?」
「えっ!?」


 驚いた薫子は思わず足を止めて振り返るが、それは失敗というものだ。嘘を吐いていると答えたようなものなのだから。

「……薫子は本当、嘘や隠しごとが出来ないわよね」
「あ、いや、えっと……その、香織理さん?」
「なあに?」
「あ、う……」


 言葉に詰まっている薫子を暫く眺めた後、香織理は首を振って微笑んでみせた。

「聞かないでおいてあげる。……でも、云えるようになったら、教えてちょうだいね?」

 ぽん、と背中を叩いて歩くのを促す香織理に、薫子は頭を下げた。

「あ……うん。ありがと、香織理さん」
「どういたしまして」


 やっぱり香織理さんは優しいよね、と思う薫子は、並んで歩く香織理の方を見る。
 視線に気付いた香織理は上目遣いで薫子を見た後、ニヤリ、と笑った。

(は、はは……時々意地悪なのが玉に瑕だけど……)

 背中に流れる冷たい汗を感じながら、薫子は力なく笑い返したのだった。





「ただいま〜」
「お帰りなさいませ、千早さま」
「ああ、史。ただいま。これ、お土産だよ」
「ありがとうございます」


 千早が差し出した包み(好物のビスケットサンドアイス)を受け取った史は、しかしその場から動かずに、じっと千早を見上げた。

「……どうしたの、史。溶けちゃうよ?」
「いえ、その……申し訳ありません、千早さま」


 千早と袋を交互に見遣ってから、史は徐に頭を下げた。

「え? 何かあったの?」
「……史の力は及びませんでした」
「???」


 要領を得ない千早は、首を傾げながら廊下を進み。

「あ、千早ちゃん、お帰りなさい!」
『ちーちゃん、お帰り〜』
「ただいま、母さん、千歳さん。……どうしたの?」

 やけに嬉しそうな母・妙子の姿を見かけ、ちょっと引いた。嫌な予感がする。特に、後ろに隠されている両手が。

「ふふふ……じゃーん! これ、母さんと千歳ちゃんが一緒に選んだ、千早ちゃんの新しい水着でーす!」
「……はぁ!?」


 差し出されたのは、ピンク色のブーメラン。





「お労しや……千早さま……」

 絶対に履くことになるだろうそれを見て、夏休みの光景を幻視する史であった。




**********

夏休みの前に、千早ばれ。
次回から夏休み編です。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
報告です


・見て研究する方が忙しくて→見て研究する方に忙しくて
・僕と薫子さんと会ったのだって→僕と薫子さんが会ったのだってor僕が薫子さんと会ったのだって
・なんとか話しを合わせる→なんとか話を合わせる


香織理に真実が伝わる経緯とタイミング、他の人には、とか気になりますね
楽しみにしておきます
執筆頑張ってください
Leon
2011/11/10 13:33
追加報告です


・薫子は食卓に付きながら→薫子は食卓に着きながら
・答えられないと気まずいじゃない→答えられないと気拙いじゃない
・咳払いの音に我に帰ると→咳払いの音に我に返ると
・一度興味引いておいて→一度興味を引いておいて
・(は、はは……時々意地悪なのが玉に瑕だけど……)→心情だが色が黒のまま


PSP版が漸く1週目が終わったのですが…アレは全カットだったんですね
多少はあるのかな、なんて思ってたけどやっぱりさすがに無理ですか
その代わりの新しい箇所はなかなか良かったです
ただ…変わった声優の箇所が違和感凄くてまだ慣れない…
Leon
2011/11/24 14:25
度々すみません

・一緒に千早の水着を選びましょう→一緒に千早ちゃんの水着を選びましょう(妙子は常にちゃん付けで呼んでたと思ったので…たぶんですが)


PSP版の声優って名義が違うだけで同じ人だったんですね…
でも追加部分の声に違和感があるのは何故なのだろうか…ブランク?
Leon
2012/01/31 13:12
妃宮さんの中の人 3-EX-2 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる