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zoom RSS 妃宮さんの中の人 4-3

<<   作成日時 : 2011/04/24 11:08   >>

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 お久しぶりの更新です。

 日常のどうでもいいシーンばっかり書いてて削るのが大変……グダグダの冗長です。

**********

 香織理さんに引き摺られて食堂まで降りては来たものの、衝撃的な事件(笑)によってあたしのライフはもうゼロです。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさ〜い!!』
「ふふ……一子さんは幽霊だし、ノーカウントだよね……」
「朝っぱらからすっかり黄昏ちゃって。薫子ったら初心なんだから」


 額にキスとかならお姉さまから何回かされたことはあるけれど、あんなのは初めてだったんだもん。
 舌がにょるっと……ううっ。

「ねえ、薫子」

 あたしが肩を落としたままで居ると、香織理さんが耳元に口を寄せて。

「キス……気持ち良かったのかしら?」
「……!?」
「……口直し、してあげましょうか?」


 ひうっ、と声にならない音をしながら息を吸ったあたしを見て、香織理さんが耳の中に息を吹き込んできた!

「ひゃおうっ!? かっ、香織理さぁん! 止めてよね!」
「あら残念。その気になったらいつでも云ってね?」
「ならないっ、ならないから!」


 くそぅ、からかわれてるってのは分かってるけれど、それでも向きになって反応してしまう自分が悔しい!

『ほんっと〜に申し訳有りませんでした!』
「……ああ、うん、もういいから」

 空中で土下座という訳の分からない格好をしている一子さんに手を振って、顔を上げてもらう。
 別に狙ってやったわけじゃないんだし、いつまでも拘ってないで早く忘れちゃった方が精神的にも楽だ。
 ……ふ、ふふ。こういうのも、ある意味一子さんに呪われたということなんだろうか。

「はあ〜〜〜っ……」

 あたしは大きく息を吐いてから、身体を起こして大きく伸びをする。
 昨日といい今日といい、早起きした上に精神的に疲れてしまった。せめて、これ以上の面倒は起こりませんように。

「……ご飯食べる」
「ほらほら、そんなにムスッとしないの。そんな顔をしてちゃ食事も美味しくなくなるわよ?」
「分かってますよぅ〜だ」


 あたしは一度食卓から離れてグラタン用の大皿を持ってくると、シリアルの箱を逆さにして中身をぶちまけ、牛乳をぶっかける。

「ちょっと薫子、私の分……」

 香織理さんの呆れた声が聞こえたけど。ごめん、ヤケ食いです。諦めてください。
 あたしはレンゲを使って、シリアルをザカザカと口の中に詰め込んだ。……プレーンのコーンフレークはあんまり甘さが無いので味気無い。

「ぢぐじょ〜……」
「……泣くか食べるか、どちらかにしなさい」



 200gはちょっと多かったです。……げふっ。





 部屋へと戻ったあたしは、休みの課題を済ませるべく教科書とノートを拡げる。
 こんなことを云うのはなんだけど、聖應はあたしでも何とか終わらせられる程度の量しか課題を出さない。勉強よりは情操教育の方に力を入れているからだ。……まあ、だからと云ってお嬢様らしくなる為の勉強なんかは無いのだけど。あたしは選択授業で修身も取ってないしね。

「う〜む……」

 しかし、なんだ。やっぱり気が乗らない。どうにも朝のハプニングが後を引いている。その元凶があたしの後で教科書を覗き込んでいるのも原因なんだろうけれど。

『薫子さん、お勉強はしなくても良いんですか?』

 鼻と上唇の間に挟んだシャープペンを揺らしていると、一子さんが尋ねてくる。いや、呆けていて良いわけじゃないんだけどね。

「一子さん、この問題分かる?」
『あの〜……私、二年生の夏休みで死んじゃったものでして、三年生のお勉強は分からないんですが』
「むう……」

 エスカレーターで短大まで上がることは決めているので、そこそこの学力(具体的に云えば赤点じゃなければ)があればそれでいいんだけどね。
 聖應の短大は戦後に出来たところだけれど、それでも五十年以上の歴史がある。英文学や日本文学・教養・神学などと云ったものを教えている。
 まあ、元々は女性にも教養をという理念の元に作られた聖應女学院だからして、云ってみれば良妻賢母を育てる為の短大という見方が強いのだ。四年制になったり共学になったりしないのはそういう理由なんだろう。
 生徒の方も独立独歩という人は少ないので、そのまま短大から結婚へと進路が決まっている人が多いしね。

「う〜ん……でもなあ……」

 そもそも、あたしは短大に行ってそのまま結婚とかしないだろうし、そもそも結婚する相手だって居ない。親爺が勧めてきた学校だけれど、あたしの結婚相手を考えているとかそういう話は聞いたことが無いしなぁ。
 正直な話として……将来のこととかを考えるのは面倒くさい。自分が何をしたいのか、イマイチ分からないから。
 お姉さまは、三年生になったときにはもう進路のことを考えていたらしく、夏休みには頑張って受験勉強をしていた。
 あたしはそれを、『お姉さま大変だな〜』なんて思いながら見ていたわけだけど……今にして思うと、随分と他人事な考えだったわけだ。

「ねえ、一子さん、一子さんはさ、将来は何になりたいとか、そういうのは有った?」
『ど、どうしたんですか、急に?』
「ん、いや何となく……あ、ごめんね」

 何気無く口に出してから、ふと気が付いた。
 将来にどんな望みを抱いていたかは分からないけれど、一子さんはそれを叶える前に死んでしまったんだ。考えれば、随分と無神経な言葉だった。
 一子さんは突然謝ったあたしに首を傾げたけれど。

『……ああ、そういうことですか。気にしないで下さい』

 その理由に思い至って、ちょっと苦笑いしながら頭を掻いた。

『確かにこんなことになるなんて思ってもいませんでしたが、私もそれほど選択肢が多かったわけじゃないですから』
「……そうなの?」
『私、これでもお嬢様だったんですよ。卒業したら多分結婚していたと思います』

 そんなものなのかな。……そういえば、一子さんが生きていた時代は25年も前なんだよね。今とは当然、結婚観も違うだろう。

『将来の夢、と云うか……お姉さまのお嫁さんにはなりたかったですけどね』
「はあ? 何それ?」

 お姉さまのお嫁さんって、意味分かんないんですけれど。

『実はですね、私のお姉さまも、卒業後に結婚することが決まっていたんです。いつもは優しいながらも凛とした姿を見せていたお姉さまも、相手の殿方のことを話す時だけはとっても嬉しそうで……そんな表情を見せるお姉さまが羨ましくもあり、相手の殿方が妬ましくもありって感じで……』
「ふうん……その結婚相手のことが好きだったんだね、そのお姉さまって」
『はい、それはもう、傍から見ていて分かるくらいに。それがちょっと悔しくって、私はいつもお姉さまに「私、お姉さまのお嫁さんになりたいんです」ってお願いして。そうするといつもお姉さまは、「私が男なら一子ちゃんをお嫁さんにできるのに」って……』

 あ、また一子さんがクネクネし始めた。語りが入ると自分の世界に入っちゃうんだよなあ、一子さんって……。

『私、それを聞いていつも「お姉さまが男の人なら良かったのにって、ずっと思ってたんです』
「はあ……なるほど、それで「お姉さまのお嫁さん」が夢だったわけね」
『はい。勿論女同士ですから、それは叶わぬ夢だったんですが……うぇっへへへ……』
「な、何よ急に……気持ち悪い笑い方して」
『私、学校の礼拝堂で、瑞穂お姉さまのお嫁さんにして貰ったんです。ステンドグラスから降る月光の中、二人っきりの結婚式……幸せでしたぁ……』

 おーおー、にやけちゃってまあ。
 昨日の話と合わせて考えるに、やっぱり未練を晴らすことが成仏の決め手なんだろうなあ。そうなるとやっぱり千歳に関しても、友だち百人を考えなきゃいけないわけか……。

『情熱的な抱擁……優しい愛撫……』

 ……なんか長くなりそうだなぁ。
 他人のコイバナには確かに興味はあるけれど、このまま部屋に居ても勉強は捗らないだろうし、学校の図書室にでも行って資料を探そうかな。
 あたしは勉強道具を手早く鞄の中に落とし、クネクネしてる一子さんを他所に制服に着替える。

「一子さん。あたしちょっと、図書室行って課題を進めてくるから」
『あ、お姉さま駄目、そこは駄目ですぅ……』

 駄目だこりゃ。
 あふんあふん云ってる一子さんをその場に残し、あたしはそっと自分の部屋を出た。後ろ手に扉をそっと閉めながら、思ったことは一つ。

「一子さんの話を信じるとすると、瑞穂さんも『ソッチ系』の人なのかな……」

 女の子を恋人にするような人には見えなかったけどなあ。





『お姉さまの熱い○○が私の中に……ああっ、一子、思い出しただけでもうっ…………あれ? 薫子さん、私を置いてどこに行っちゃったんですか? 薫子さ〜ん?』





 扉を開けて寮の外に出ると、ムワッとした夏特有の空気に包まれる。一歩、二歩、三歩と歩いた時点で汗が滲み出てきた。

「暑い……」

 当たり前のことではあるけれど、思わず口に出してしまう。昇降口に辿り着くまでに汗まみれになりそうだ。
 あたしは短いスカートなんか好きじゃないので制服はロングスカートを選んでいるんだけれど、汗を掻いた足にスカートの裾が纏わり付いてくるので歩き難い。こういう時は裾の短いタイプの制服を着たくなってしまう。
 陽炎のように揺れる桜並木の空気を掻き分けながら早足で昇降口へと入り込み、ふっと一息。
 日の光で焼かれた目のせいで周囲が暗くなってしまったので、そのままの体勢で動かずにいると。

「おや? 薫子ですか?」

 不意に、自分の直ぐ傍から声を掛けられた。

「……その声、ケイリ? 夏休み中なのに珍しいね」
「ふふっ……そういう薫子こそ。休みなのに学校に出てくるなんて」


 薄暗かった周囲に目が慣れてくると、廊下に立っているケイリの姿も見えるようになった。制服姿に、手には大きめの鞄。

「ちょっと図書室で勉強をしようと思ってね。寮の部屋じゃどうにもだらけちゃうし……図書室なら、課題の資料も揃ってるしね」
「なるほど、私と同じですか。私もつい先日に日本に帰ってきたばかりで、課題が少し残っているんですよ」
「へえ、ケイリみたいなタイプは、とっくに課題を終わらせていると思ってたよ」


 上履きに履き替えながらのあたしの言葉に、ケイリは軽く苦笑してみせる。

「イギリスでは、古文の資料はなかなか手に入りませんから」
「あ〜、なるほどね」


 それは確かにその通りだろう。
 あたしとケイリは、並んで廊下を歩きながら図書室へと向かう。廊下に冷房なんて無いのだけれど、何処からか(恐らくは職員室)漂ってくる冷えた空気のおかげで、学校の中は涼しかった。

「それにしても、ケイリはイギリスに行ってたんだ。そういえば、国籍はイギリスだったっけ」
「ええ。生活の拠点はもう日本にありますけど、あちらには親類が多く居ますので」
「ふ〜ん……お土産とか、ある?」


 何気なく云った言葉にケイリは軽く噴き出して。

「薫子、小さな子供じゃないんですから、おねだりをしないで下さいよ」
「あははは……あたしはまだ海外に行ったことは無いもんで」


 そもそも、旅行と云えば学校の修学旅行ぐらいで、家族揃ってどこかに出かけた記憶なんてないからね。親爺の会社は社員旅行ぐらいあるけれども、それにあたしが付いて行くってのも変な話だし。
 ふむ、旅行か……お姉さまたちのように、卒業旅行に行くのも面白いかもしれないな。寮の人間に、茉清さんや聖さんとか、都合の付きそうな人を集めて……。

「薫子、ぶつかりますよ」
「おっと……」


 考え事をしながら歩いてたら、図書室の扉に体当たりしそうになってしまった。
 目の前にある扉を横にスライドさせて、図書室へと足を踏み入れる。冷やりとした空気が足元を抜けていった。入り口の真横にあるエアコンが全力で稼働中らしい。

「あー、失敗したな。上に一枚羽織るものを用意するんだった」
「そうですね……汗で身体が冷えるかもしれない」


 図書室は、本の管理をする上では少々疑問に感じるぐらい、日光が中に入ってくる作りになっている。当然ながら陽に当たるということは温度は上がっていくわけで、だから冷房が強めなんだろう。誰だって汗だくで読書なんかしたくないだろうし。
 まあ、本棚を楯にしてエアコンの風が直接当たらないようにしなければ、そんなに冷えはしないだろう。

「へえ、結構人が居るんですね。皆さん勤勉なことで」

 あたしの隣で、妙に感心した口調でケイリが呟く。さっと見回した感じ、十人は居るだろうか。極力寮から出たくないあたしとしては、これだけ暑い中を態々登校してまで図書室で勉強する人の気持ちが理解できないです。
 ……あ、やば。奥の管理カウンターに居るのはイサ子ちゃんだ。あの先生口煩いから、ちょっと騒ぐと直ぐに追い出されちゃうんだよなあ。気を付けないと。

「さて、薫子は何をお探しですか?」
「ん? ああ、あたしは日本史をちょっと」
「そうですか。では、こちらの本棚ですね」


 ケイリはそう云うと、するりと本棚の間を縫って奥へと向かう。あたしは慌ててその後を追った。

「ケイリ、どこに何の本があるか知ってるの?」
「ええ、図書室は一通り探検しましたから。薫子は……知らなさそうですね」
「うっ……」


 否定出来ない。図書室と云うのはあたしにとって縁遠い場所だからね。それにしても、ケイリは直ぐに場所が分かるほど通いつめているのか。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」


 やがてケイリは一つの本棚の前で足を止めると、すっと一冊の本を抜き出した。中身を確認してないのにあたしに渡してくる辺り、内容も知っているってことなんだろうな。

「それじゃあたしは、先に席を取っておくから」
「はい。風の通り道ではない、陽が直接差さない場所をお願いします」
「む、難しいことを云うなあ……」


 慣れてないんだから、そんな席を見つけるのは大変だ。
 とりあえず、エアコンが直接見えなければ風も当たらないだろうし、窓際じゃない席を探せば……あれ? 条件に見合いそうな場所に、どこかで見た金色の髪の女の子が居た。通称・謎の金髪さん――名前はなんだったかな。机の上に重ねられている本を見るに、図書室に通いなれているのかもしれない。

「……えっと、相席しても良いかな。もう一人来るんだけれど……」
「あ、はい、構いませんよ……あ」


 声を掛けたあたしに対して顔を上げずに返事をしたその子は、対面に座ったあたしを見て動きを止めた。

「……エルダーのお姉さまでしたか。私が場所を空けたほうがいいのかな?」
「ああ、そのままで良いよ。大丈夫だから」


 積み上げていた本を自分の方に寄せた女の子を見て、慌てて声を掛ける。エルダーだからって理由でそんなことをされたら困っちゃうよ。

「薫子、声が大きいですよ――おや、ユキではありませんか」
「おっといけない。……あれ、ケイリの知り合い?」
「え、お姉さまの連れって、ケイリなの?」




 謎の金髪さん改め冷泉淡雪さんは、どうやらケイリのクラスメイトだったようで。

「御覧の通り、容姿が目立ちますからね。それでケイリに目を付けられました」
「あはは……あたしの時も結構強引だったもんねぇ」
「そんな、人を傍若無人のように云わないでください。私は、私の友人になって欲しい人に声を掛けているだけですよ」


 机の上に額を寄せて、三人共に小声で話す。エアコンのファンが回る音より大きな声で喋ると、イサ子ちゃんに目を付けられるからね。

「それにしても、実に涼しそうな名前だよね。響も綺麗だし」
「騙されてはいけませんよ、薫子。淡雪は、これでなかなか熱血漢です」
「……いや、自分でもそうかな〜とは思ってるけどさ、人に云われると頭に来るわね。あと『漢』じゃないから」
「女性相手でも『男前』という表現を使っても良いと思いますけれどね。ほら、ここにその代名詞たる『騎士の君』が居るじゃないですか」
「……あ〜。お姉さまと同類に見られるというのは、光栄と云うべきなのか……」
「それ、良い意味じゃないよね?」


 あたしがちょっと膨れてみせると、二人とも苦笑した。くそう、あたしだって女なんだから、格好良いと云われるよりは可愛いと……いや、やっぱ駄目。照れる。
 
「さ、さて、勉強しますかね。あんまり話し込んでると時間が無くなっちゃう」
「あは、頑張って下さい、お姉さま」
「ところで、ユキはもう課題は終わらせたのですか?」
「ばっちり。私は余った時間を有意義に使うタイプだから」


 その有意義に使う時間で、ハードカバーの本を積み上げてるのか……。淡雪さん恐るべし。あたしはあんな英語の本は読めん!



 物事に集中していると時間が経つのを忘れるもので。
 ウェストミンスターの鐘が控えめに鳴って昼を告げ、あたしは大きく伸びをした。

「ん、ん〜……さて、区切りも付いたし、お昼でも食べに行きますかね」
「そうですね。私もちょっと休憩」


 同じように伸びをした淡雪さんが、本を戻すために席を立った。二時間ほどの間で積んでた本を全部読んじゃったらしい。

「ところで、二人は食事の予定は有るのですか?」

 勉強道具を鞄の中にしまったケイリ――こっちも勉強は全部終わったみたいだ――が、あたしたちに尋ねてくる。
 お昼の準備はしていないし、学校のカフェテリアも夏休み中なので、ご飯を食べるなら寮に戻るか適当に外食するかだなぁ。でも、駅前まで出て何か食べるのも面倒だし。

「あたしは、そこのコンビニで何か適当に買うかなぁ」
「あ、私もです。一緒に行きますか?」
「ふむ、コンビニエンスストアですか……」


 おや? ケイリが何か考え込む風にして、あたしたちを見る。

「薫子、ユキ。私もご一緒して良いですか?」
「そりゃ勿論構わないけれど」
「良かった。実は、私はああいうところで食品を買ったことが無いもので」
「へっ?」


 ケイリの言葉に、あたしと淡雪さんは思わず顔を見合わせる。そりゃあケイリはなかなかのお嬢様だと思ってたけれど、そう答えるとは思わなかった。
 聖應の生徒だって皆が皆お嬢様って訳じゃないだろうけれど、今時の女の子が買い食いもしたことが無いというのは、意外といえば意外だ。
 そういえば、ケイリって家の車で送り迎えされてるんだったっけ。どこかに寄り道してから帰るってことが無かったのかな?

「コンビニエンスストアは日本の誇る文化ですから、これを機に体験してみることにしましょう」
「そ、そんなに凄い物じゃないと思うけどね……」


 淡雪さんがちょっと引きながら言葉を濁してる。こういうのって、期待してる人が失望すると、自分は関係ないのに申し訳ない気持ちになるからね。

「ま、ケイリのご期待に副えればいいけれど……とりあえず行きますか」

 あたしたち以外の生徒も、手荷物を持って図書室の外へと向かう。当たり前といえばそうだけど、図書室での飲食は禁止だからね。



 ケイリはコンビニ自体に縁が無かったらしく、食品コーナーを見ての第一声が「おにぎりだけでこんなに種類があるんですか」だった。同じ具で海苔がパリッとしているのとそうでないのを分ける意味が分からないらしい。食堂などで出されるものは普通に巻いてあるわけだから、戸惑うのも仕方が無いことなのかな?
 さて、そんな訳で色々と買い込んだあたしたちは、再び学院へと引き返す。

「それにしても、薫子。おにぎりが二つだけで足りるのですか?」
「むっ……ケイリの中で、あたしはどれだけ食いしん坊になってるのか気になるわね」


 まあ確かに、普段はもうちょっと入るけれど。今朝のアレがまだ胃の中に残ってるような気がしてさ。

「そうですね。普段の薫子であれば五個……いや、六個は大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃないよ! 普段だってそんなに食べません!」
「あははっ……ケイリは薫子お姉さまと仲が良いよね」


 じゃれ合いの様な遣り取りを聞いた淡雪さんが、楽しそうな顔をしている。
 聖應での常識だと下級生が上級生に対して対等に話すことなんて無いので、大抵の人は驚くんだけれどね。
 まあ、あたしとケイリの関係は初めて会ったときからこんなものだし、あたしがエルダーになったからってどうなるものでも無いんだけれど。
 そう云えば、あたしとお姉さまの時のような揉め事は、ケイリには無いんだろうか?

「ケイリはさ、あたしとこんな風に付き合ってて……その、嫌な話だけど、妬まれたりしてない?」
「いえ、別にそんなことは有りませんが。……何か気になることでも?」
「ほら、あたしはお姉さまと色々有ったから、ちょっと気になるんだよね」


 ケイリはあたしの言葉足らずな返答に首を傾げてから、ぽんと手を打った。

「『騎士の君』の一件ですか。いえ、私は上手く立ち回っていますから、特に嫌われたりということは無いと思いますよ」

 ウィンクしながらそんなことを云うケイリは凄いと思うけれど、大丈夫なの?
 あたしは茉清さんの時にも自分の知らないところで妬まれてたりしたし、春先の聖さんのことも有る。聖應でそういう『イジメモドキ』が発生するのは、人気者(自分で云いたくはないが)に絡んだ時だしね。

「そう云えばケイリって、お姉さまとこんなに仲が良いのに噂になったりしないよね」
「……そう云えば、ケイリってこんだけ目立つのに」
「そうですかね?」


 目立つ容姿に神出鬼没、困った時に現れるお助け少女って感じなのに。……ふむ、そうやって善意を振りまいているから、あんまり嫌われたりしないのだろうか。

「まあ、ケイリが大丈夫って云うのならそれでいいけど」
「ええ。薫子の迷惑になるようなことは、決して」


 あの、その返答はちょっと怖いんですが。あたしの迷惑にならないようにこっそりと始末を付けるってわけじゃないよね?
 微妙な顔をしたあたしを見てケイリが楽しそうに笑う。……ま、深く考えるのは止めよう。
 正面門を通って桜並木へと足を踏み入れると、アスファルトからの照り返しが無くなって涼しく感じる。やっぱり土の地面は良いね。雨の時は大変だけど。

「ところで薫子お姉さま、どこで食べますか? 食堂?」

 淡雪さんが足を止めて、ビニール袋を振りながら尋ねてくる。
 どうしようかな。カフェテリアは営業してないけれど、食堂そのものは閉館しているわけじゃないので、あそこで食べても良いんだけれど。

「でも食堂は冷房効かせてないからねぇ。風通しは良いけれど、今日ぐらい暑い日はちょっと嫌だなあ」

 変にケチってる、というと怒られるかもしれないけれど。夏休みの間は利用者が少ないということで空調は切ってあるんだよね。
 なので、利用者が食堂の窓を開けて回らなくちゃいけないということになる。勿論、終わったら閉めて回るわけで。

「……もしかして薫子、責任者になるのが嫌だとか?」
「うっ……」
「え、そんなことがあるんですか?」
「ああ、淡雪さんは知らないのか。不特定多数でリーダーが決まってない時って、その場に居る最上級生が責任者になるのよ」
「三年生のトップと云えば生徒会長である初音か、ここに居る薫子、そしてもう一人の千歳となる。薫子が顔を出せば、その時点で責任者は薫子になるわけだ」
「……薫子お姉さま、面倒臭がりですか」
「またまた、うっ……」


 ちょっと呆れられてしまった。

「だって、責任者ってことは最後まで残ってなきゃいけないわけで、この暑さの中、冷房の無い食堂にず〜っと居るのも嫌でしょ?」
「……そうですね。否定出来ないです」


 その光景を想像したのか、淡雪さんが眉を顰める。分かってくれたようで良かった。

「ま、そうだね。寮で食べようか。お茶ぐらい出すよ」

 あたしは直ぐそこに見えている寮を指差し、足を向ける。

「え、良いんですか? やたっ、噂の女子寮に初潜入!」

 え、なにその喜び方。淡雪さんの中であの寮はどんな存在なんだか。
 そういえば、以前にケイリが連れてきた子も、凄く緊張してたっけ。一般生徒が寮に入ることが無いから、変な噂が流れたりするんだろうなあ。
 やっぱりエルダーと生徒会長が揃って住んでる寮な訳だから、上下関係の厳しい聖應の生徒だと腰が引けてしまうんだろうか。
 あたしはそんなことを考えながら、寮の扉に手を掛ける――と、いつの間にかあたしの隣に居たケイリが、何故かあたしの手を押さえた。

「薫子、ちょっと待って」
「ん、何?」
「今日はお客様が居るのでしょう? 大丈夫ですか?」
「……お客様?」


 はて、そんな人は居ない……って、居るよ!
 一子さんは幽霊なんだから、人に見せるわけにはいかないじゃん! 香織理さんが平然としてるもんだから素で忘れてたよ!

「薫子お姉さま? 入らないんですか?」

 首を傾げた淡雪さんが、あたしの顔を不思議そうに覗き込む。こ、ここまで来ちゃったのにどうする!?

「……だ」
「……だ?」
「……だ、駄目でござる。今日は立ち入り禁止でござる」
「……えっと」


 淡雪さんに引かれた! でもしょうがないじゃん、良い云い訳が出てこないんだもん!

『あ〜、薫子さんやっと帰ってきましたね! 私を置いてどこに行ってたんですか……って、あれ、お客――』
「そしてアンタは何で空気を読まずに出てくるかぁー!!」
『へぶぅっ!?』

 慌てて後ろを振り向き、扉を擦り抜けるようにして顔だけを飛び出させた一子さんを押し返す……あは、もう誤魔化せないね!

「あはは……見た? ……よね?」

 あたしは両手を扉に押し付けたまま(実際は一子さんの顔を押さえてる)、顔だけ振り向いて誤魔化すように笑って。

「……」
「……」


 ケイリは多分、一子さんが居るのを分かっていたんだろう。額に手をやって呆れた顔をしている。……けれど、淡雪さんもまた、平然な顔をして立っているんだけど。こういうのに耐性があるようには見えないんだけど。
 動かないで居る淡雪さんの顔を、ケイリが覗き込んで。

「ユキ、どうかしましたか? ……立ったまま気絶してますね」
「そうきたかっ!」



**********

 おと僕をやり直していて気が付いた。
 一子の一人称は「一子」なんだよね。某付録小説では「私」だけれど、口に出す時は必ず「一子」だった。
 今更変えるのもアレなんでそのまま行きますが。

 ちなみにケイリ⇒淡雪に対する呼びかけのみが「ユキ」に変わるのは仕様です。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第四章三話読ませていただきました。
これで主だった方達に一子=幽霊の存在を認知しましたね。今後どのような展開になるか楽しみです。
実は実家に震災の影響で多々苦労することがあり、感想が遅れてしまいました。
GWは楽しんでお過ごしでしょうか?次回もお待ちしております。
失礼します。

2011/05/04 16:04
唯さん、いらっしゃいませ。
連休は家族サービスしてきまして、やっとこさ帰宅したところです。
ぐったりです。まだ全然次の話に手を付けていません。
まあ、他にもPSP版を遊んでたからって理由もあるのですが。色々と新事実が出てきたのでどうしようか迷ってます……。

次回は少々お待ちくださいませ。ではまた。

A-O-TAKE
2011/05/05 12:31
何度か最初から順に読み返していたんですが、今日になって気付いた事とかもあります。
おとボクを知って以来、いくつかギャルゲー的なものを買っているのですが、どうにも好みに合わないものが多くて困っています。
何故なら…個人の恋愛なのに、障害が大袈裟かつ深刻すぎる者が多いんですね。
人の生き死にが係わったり、下手をすれば国家レベル・地球レベルの問題が関係したり…。
もっと日常的で温かい作品は無いものかと、プレイするたびに後悔しています。

私は、おとボクのように、温かい世界の中での日常を扱った作品が好きです。
身の丈に合った障害を経ての恋愛がいいです。
日常の中での小さな掛け合いを楽しみたいです。
日常の中での優しい人間模様が好きです。

だから、「日常のどうでもいいシーンばっかり」なんて言わないでください。
もちろん、作品として仕上げる中で、凝縮・熟成していく作業は必要なんでしょうけど…日常の姿って、一番大切だと思いますので。

ちなみに、私は大震災の影響はほとんど受けていない地域なので、その辺の苦労は判りませんが…東海地震発生の際には絶対に被害地域に入る所なので、明日は我が身、と思って見ています。

この3連休は、おとボク2の小説新刊が出ていたので、この「中の人」も含め、おとボク小説を一通り読み返しています。
やっぱり、2では初音が可愛くて好きです…。
えるうっど
2011/07/17 08:03
えるうっどさん、感想ありがとうございます。

私は最近ゲームから離れているので、日常的なモノのギャルゲーというと某TH2とかそのくらいしか思い浮かばないです……後はユニゾンシフトのソフトとか。古い?
まあ、最近はゲームやライトノベルでもほのぼの系統のものは少なくなって、派手な
物が増えてますからね。そういうのじゃないと売れないのか、それともシナリオを書くのが難しいのか。

日常シーンは精神的に落ち着いていれば色々と量を増やせますけれど、どこで区切ったらいいか分からなくなるので、適当なところで止めてしまいがちです。
まあ、需要があるなら色々と考えてみましょう。

地震の方は……神奈川辺りの発生確率が大幅に上がっているようですから、今のうちから十分な準備をして、道具を纏めておくべきだと思います。関東大震災の原因になった震源地とのことなので、私のところもしゃれにならないんだよなあ……。

では、失礼します。
A-O-TAKE
2011/07/19 19:10
報告です


・態々登校してまで図書館で勉強する→態々登校してまで図書室で勉強する
・ケイリはなかなかのお嬢さん→ケイリはなかなかのお嬢様


ちなみに自分も日常のあれこれは好きです
事件があると何かしら考えさせられることもありますが、ただのやり取りは自然と頬が緩むので良いですね

自分はシリアルはほとんど食べたことがなかったので調べてみたんですが、一食が35gとか40gとかの表記が…
200gも朝から食べた薫子は凄いな
これぞやけ食いの力でしょうか
Leon
2011/11/24 22:00
とりあえず、ここまでの修正は終了です。

>Leonさん
シリアル……まあ、コーンフレークとかが一般的ですが、200gというのは一般的なサイズの箱を丸々一箱分くらいです。御握りのようにギュッとしているわけではないですから、実際はグラタンの大皿くらいじゃ一箱丸々は入らない筈です。ラーメン用のどんぶりで二杯くらいかな?
一食分40gで大体150kcalですから、その五倍となると750kcal……実はこれ、コンビニの幕の内弁当くらいです(笑)
まあ、シリアルは牛乳とか掛けて食べるんで、もっとカロリーは増えますけど。
A-O-TAKE
2012/01/05 22:58
度々すみません

・あたしが付いて行くってのも変な話しだし→あたしが付いて行くってのも変な話だし


一箱ですか…まぁでも薫子なら体育の後とかなら普通に食べそうな気もしますけどね(笑)
Leon
2012/01/31 21:19
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