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zoom RSS 妃宮さんの中の人 4-4

<<   作成日時 : 2011/05/11 23:03   >>

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 夏休み編、まだまだです。

 PSP版の夏休み、結構テキスト量が多いですね〜。
 パロディが多くって、ネタとしても十分でした。


**********

 皆さんコンニチワ、七々原薫子です。
 只今、寮の食堂は重苦しい空気に包まれております。

 気絶しちゃった人間というのは結構重くて運び難く、あたしは千歳(実際は千早だけど)のように女の子をお姫様抱っこなんて出来ないので、淡雪さんは食堂の椅子を並べてそこに寝かせることにした。
 そして今、あたしの目の前に居るのはとっても冷ややかな目をした香織理さんで、ケイリはあたしと香織理さんの様子を見ながら苦笑している。
 ちなみに肝心の一子さんはといえば、あたしの後でまたしても空中土下座です。

「……ねえ、薫子」
「はひっ」


 冷房なんか要らなくなるような香織理さんの声に、思わず裏返った声が出る。

「貴女、馬鹿でしょう? って云うか、馬鹿よね? うん、馬鹿ね」
「ううっ……」


 さ、三度も云われた……でも反論出来ないです。

「香織理、その辺りにしてあげて下さい。薫子だって悪気が有った訳ではないのですから」
「何も考えていない方が問題なのだけれどね。悪気であっても考えて連れて来るのならば兎も角」
「ゴ、ゴメンナサイ」
「薫子はもうちょっと常識について勉強した方が良いかしらね?」


 ケイリの取り成しも意味を成さず、呆れ交じりの香織理さんの声が痛い。千歳と出会ってからこっち、あたしの中の常識ってものが大分変わっちゃったのは確かなんだよなぁ。
 幽霊だとか、それに取り憑かれて性別が変わっちゃう人間だとか、女よりも美人な男とか……あ、最後のはなんかイラッと来る。

『あ、あの〜……私にも問題が有ることですし、そんなに薫子さんを虐めないであげて下さい……』
「はいはい、もういいわ。この子には貴女たちが上手く説明しなさいね?」

 一子さんが恐る恐る顔を上げながら囁いて、ようやっと香織理さんの表情が柔らかくなった。香織理さんはそのまま立ち上がると、厨房の中へと消えていく。

「あれ、香織理さん?」
「お茶、必要でしょう? 昼食も未だのようだしね」
「うっ……ありがとお、香織理さぁん」
「変な声出さないの」


 優しさが身に染みます。香織理さん、良い人だぁ……時々イジワルだけど。
 でもまあ、気絶している淡雪さんを放っておいてご飯を食べるわけにもいかないし、お昼はちょっと後回し。
 しかし、淡雪さんと違ってケイリは一子さんを見ても平然としてるなあ。まあ、直前の態度を考えると、一子さんのことを知っていたんだろうけれど。

「う、ううん……」
「おや、気が付きそうですね」


 おっとと、そんなことを考えている間に淡雪さんが起きそうだ。狭い椅子の上を転がると落ちちゃうので、あたしは慌てて傍に近寄って身体を支える。

「……あれ、私……」
「ユキ、大丈夫ですか?」
「ん、ケイリ……ってわあっ!?」
「おっと、危ない」


 ゆっくりと目を開けた淡雪さんにケイリが声を掛けると、淡雪さんは自分の居場所を確認するように視線を動かして、あたしやケイリ、そして当然一子さんを見付ける訳で。
 ビクッと身体を引いた淡雪さんを支えたけど、そんなことを気にしないぐらい一子さんをガン見してる。

『え〜と……どうも〜……』
「……」
『……』
「……」

 後頭を掻きながら頭を下げる一子さんを見て動きを止めた淡雪さんは、暫く一子さんと見つめ合ったかと思うと、いきなり首をグリッとあたしの方に振った。

「薫子お姉さま」
「は、はい」
「あの人、手品師か何かですか?」
「いや……認めたくない気持ちは分かるけどさ、幽霊だよ」
「……」


 淡雪さんは暫く沈黙した後、逆側――ケイリの方――に首をグリッと振り向ける。

「ケイリ」
「何かな、ユキ」
「あの人、超能力者か何かかな?」
「ユキ……貴女の目で見えていることが真実だよ」
「……」


 苦笑交じりのケイリの言葉に淡雪さんは思いっきり眉を寄せて、頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。

「わ〜かった、分かったわよ。……そこに居るのは幽霊、それでOK!?」
「「OK」」


 あたしとケイリの声が綺麗に重なると、淡雪さんは大きく息を吸って。

「……認めたくな〜い!!」

 うん、気持ちは分かるよ。あたしもかつて通った道だからね。あははは……はぁ。



 どんな時だって、人の気持ちを落ち着けるのは美味しい食事である。……え? あたしだけだって? そんなこと無いよ。
 まあ、香織理さんの淹れてくれたお茶を飲んだ淡雪さんは、やたらと溜め息を吐きながら現実を見詰めたようで。

「――なるほど。簡単に纏めると、イチコは昔この寮で死んだ人の幽霊で、お盆の時期だからここに帰ってきたと」
「へえ……ねぇケイリ、そんなこともあるものなの?」
「さあ、私もそこまでは分かりません。普通(?)の幽霊なら、結構どこにでも居るものですが」

『わ、私の血と汗と涙を結集した説明がたった二行で……』

 ケイリと一緒にあっさりと受け入れてしまい、一子さんがめちゃくちゃ気落ちしてたりする。ってかケイリ、さらっと物騒なこと云ってるね。

「一子さん、説明長いんだよ。ご飯食べながらの話なんだからもっと簡単に云ってあげなきゃ」

 お腹が減ってたら、人の話なんかより食べる方に意識が行くのは当然のことだもんね。ケイリは確りと聞いていたようだったけど、淡雪さんは右から左だったみたいだ。……結構タフな精神力だなあ。適応力高いや。

「それでさぁ、二人とも。一応のお願いなんだけれど――」
「ああ、云わなくても分かりますよ、薫子。内緒にしてほしいのでしょう?」
「あ、うん。……大丈夫かな?」
「ええ、問題有りません。無用な騒ぎは起こしたくありませんしね」
「そっか。……えっと、淡雪さんは?」
「良いですよ。って云うかですね、幽霊が居るなんて信じてもらえませんよ、普通」
「あはは……そうだよねぇ」

『そんなぁ、私はここに居るんですよぉ……?』

 今は、それは問題にならないんだよ、一子さん。

「話は終わった? ……それじゃ、お茶のおかわりでも淹れましょうか」
「あ、ありがとう香織理さん」


 同じ食卓に着きながらじっと黙って成り行きを見守っていた香織理さんが、食器やカップを纏めながら席を立つ。こういう気配りがサラッと出来ちゃうのが羨ましいな。

「でも、なんて云うか……ここまではっきりと姿が見えていると、幽霊って感じがしないなあ」

 まあ足は透けてるけれど、と一子さんを見ながら淡雪さんが呟く。
 そうだよね。あたしは千歳っていう別の幽霊を見てるから分かるけど、向こう側が透けて見えないぐらい、一子さんってはっきりと見えるんだよ。千歳は全体的に薄い感じなんだけどね。

「そうですね。ここまでハッキリと顕在化しているというのは、それはつまりこの場所にそれだけの心残りが有るということだと思うのだけれど」
「ふうん……それって未練とかいうやつ?」


 首を傾げながらも解説するケイリに淡雪さんが尋ねるけれど、ケイリはそれに首を振った。

「そもそも、一度は天に召されているのですから、その時点で思い残すようなことはないと思うんですが」
『あはは……実際のところは未練も有ったんですが、それよりも「もう行かなくっちゃ」って思ったからお姉さまとお別れしたんですけどね』
「え、そうなの?」

 それは初耳。昨日聞いた話ではそんなこと云ってなかったし。
 それってつまり未練がどうとかじゃなくて、天に昇る意志があるかどうかってことなのかな?

『こんな私でも先に進むことが出来るって気が付いちゃったんですよ。なら、いつまでも甘えてちゃいけませんからねぇ』
「まあ、その考えは立派だと思うけれど……で、それが何で戻ってきちゃったんだか」
『そ、それを云わないで下さいよ薫子さん! 私だって良く分からないんですから』

 頭を抱えられてもなぁ。ホントのホントにただの里帰りなのかもしれない。

「まあ、難しく考える必要は無いのではなくて? 本人はいつでも帰れると云っているのだし」

 お茶のおかわりを持ってきた香織理さんが、みんなの前にカップを並べながらそんなことを云う。

「そうそう。幽霊なんて、夏らしくて良いじゃないですか」
「淡雪さん……さっき気絶した人が、そんなこと云う?」
「い、いいんですよっ。それはそれ、これはこれです!」
「ふふっ……まあ、今はこの奇跡のような出会いに感謝して――」


 カップを持ったケイリが、ウインクしながらそれを一口啜って、ニッコリと笑う。

「う〜ん、持ってるのがワイングラスなら、それなりに決まってるポーズだと思うけどねぇ」
「……薫子、貴女ね」


 ちょっと口を尖らせたケイリが、不意に真面目な顔をしてあたしの耳元に口を寄せてきた。

「冗談は兎も角として。一度天に召された方がこの場に戻ってきたというのなら、それは何かしらの役目があるのだと思います。薫子、イチコの力になってあげて下さいね」
「あ、あたしで力になれるかどうかは分からないけどね……」
「大丈夫。いつも通りにすれば良いのですから」
「え゛っ!?」


 そ、それはやっぱり、千歳のことを云ってるんだよね?
 一体いつの間に……ケイリ……恐ろしい子……!



「今日は本当、色々とお世話になりました」
「ううん、気にしないで。こっちこそ変なことに巻き込んじゃってゴメンね」


 結局、お昼を食べた後の勉強は無くなって、一子さんを交えた雑談に興じることになってしまい、ふと気が付けばもう夕方。
 一子さんが居るので表に出ると都合が悪いから、寮の玄関で二人を見送ることにした。

「ケイリもお疲れ様」
「いえ、得難い経験でしたよ。これでお別れなのが残念なぐらい」
「えっ? なんでそうなるの?」


 いきなりなことを云うケイリに、あたしは思わず声を上げた。お盆って確か一週間ぐらいじゃなかったっけ?

「日本の風習では、迎え火を焚くのが十三日で、送り火というのは確か十六日でしょう?」
「あ、そうか。今日はもう十五日だから……」


 今日が何日かに気が付いて、淡雪さんが寂しそうな声を上げる。って云うか、あたしも知らなかったよ。日本の風習に従うのであれば、一子さんは明日の夜に居なくなっちゃうってことになるんだ。

『ううっ……こんな居候幽霊二等兵の為に別れを惜しんでくれるなんて、淡雪さんもケイリさんも良い人なんですねぇ。嬉しくて涙が出ちゃいますよぅ』
「もう、泣かないでよ。これでお別れだって云うならちゃんと挨拶するべきでしょ?」
『はい……そうですね。えっと、ご縁が有りましたらまたどこかでお会いしましょう』
「……え、一子さんにそれ云われると、ちょっと洒落にならないんだけど」

 あはは、淡雪さんが思いっきり引いてるよ。幽霊にご縁があるかは兎も角として、どこかで会いましょうって、一子さんと会えるのは多分死んじゃった後だろうし。
 そんな、ちょっとずれた一子さんの挨拶に笑いながら、あたしは玄関の扉を開ける。夏の太陽はまだまだ高く、夕方って云っても周囲は紅くなってもいないけれど。
 熱せられた空気の中に出ると、ふと、微かな祭囃子が聞こえてくる。

「あれ、もうお祭りが始まってる」
「おや、この辺りに祭りを行なう場所があったのですか?」


 ケイリが耳を立てながら尋ねてくる。ケイリが想像してるのは多分、神社などで行なうお祭りなんだろうけれど、残念ながらそれは違う。

「駅前の商店街広場に櫓を組んで、そこで盆踊りをしたり、夜店を出したりするんだよ。まあ、先祖を祭るっていうよりは客引きのイベントだよね」
「薫子、そんな身も蓋も無いことを云わないの」


 云わぬが花よ、なんて香織理さんに窘められた。だって地域商店街の活性化ってチラシが電柱に貼ってあるんだよ?

「お祭りかぁ。私はうたちゃんと一緒にお祭りと花火を見に行ったから、もう十分かな。お姉さまたちは?」
「あたしも香織理さんもそういうのはパス」
「そうね。凄い人込みになるし、女二人だと、ほら……分かるでしょう?」
「……あ〜、なるほど」


 淡雪さんがうんざりとした顔をしてみせた。雅楽乃さんと二人で出かけたって云うんなら、結構な数のナンパに引っかかったのかもね。
 お姉さまと行った去年の夏祭りも、新年のお参りも、女だけだと分かると声をかけてくる連中が多くって。

「それじゃ、これで失礼します」
「うん、気を付けて帰ってね」


 あたしたちは軽く手を振って、歩いていく二人を見送る。

「ユキ、駅まで一緒に行きましょう。私たちが並んでいれば、人避けになりますから」
「……そうだねぇ。こういう時だけは、この見た目に感謝かな〜」


 そんな声が、風に乗って聞こえてきた。

『あれ、どういう意味ですかね?』
「ん? ああ、ほら、あの二人は見た目が外国人だから。英語を話せないような根性の無い男は寄ってこないってこと」
「ふふっ、そういう意味では、千歳さんもそうかもしれないわね」
「あ〜、アレは駄目でしょ。自分の方から日本語で話しかけそうだし」






「薫子〜、そっちはどう?」
「ん、もうちょっと」


 あたしは時計を横目で眺めながら、鍋の中の卵を観察する。
 沸騰したお湯に直接生卵を入れると割れることが多いから、水の状態から茹でるわけなんだけど……沸騰するまでの状態に気をつけないと、茹で加減が変わっちゃうのだ。

「3……2……1……良し、と」

 火を止めて暫く待ってから、水の中へと移して卵を冷ます。これをしないと半熟卵が微妙な感じになっちゃうからね。
 水の中で卵を転がしながら、隣に立つ香織理さんを見る。相変わらずの見事な包丁捌きで、トマトを綺麗にスライスしていた。

「う〜ん……この包丁、そろそろ砥ぎに出さないと駄目かしら」
「え、そんなの分かるの?」
「刃を通すと、中が潰れちゃうのよ」


 香織理さんはちょっと口を尖らせながら、包丁の上に切ったトマトを乗せて皿へと移す。器用だなあ。掌の上に乗せた豆腐を包丁で切ったりもするし、ああいうのって怖くないのかな?

『薫子さん、もう良いんじゃないですか?』
「おっと。ありがと一子さん」
『いえいえ、私は時間を見るぐらいしか出来ないですから』

 水の中から卵を取り出して、エッグスタンドに乗せる。
 この寮に入ってから初めて見たんだけど、最初は随分と小洒落たものを使うなあと思ったものだ。だけど、これって半熟卵の時にしか使わないんだよね。生卵乗せてもしょうがないし、普通の茹で卵なら殻を剥いて皿の上だもん。
 卵を乗せた後はエッグトッパー(なんと、卵の殻に綺麗に割れ目を入れるだけの道具だ)を使って切れ目を入れる。スプーンで叩いて割っても良いんだけど、加減を間違えると殻が黄身の中に落ちたりするからね。

「はい、こっちはOK」
「先に持っていって良いわよ」
「は〜い」


 サラダの用意は香織理さんに任せて、卵を食卓へと持っていく。
 香織理さんの仕事量に対してあたしは茹で卵だけって云うのもなんだけど、もうそのあたりのことは諦めました。後の仕事は、トースターの中にパンを入れることだけ。
 八枚切りのパンをトースターに刺してボタンを押す頃、香織理さんがサラダを持ってやって来る。

「さ、それじゃ頂いちゃいましょ」
『では、僭越ながら私が。主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え、アーメン』
「「アーメン」」

 あたしも香織理さんも別にクリスチャンってわけじゃないので、手持ち無沙汰な一子さんがお祈りの文句を云う。いつもは騒がしい一子さんも、こういう時だけは聖應の生徒に相応しいお嬢様って感じだ。……あたしが云うなって? どうせあたしはお嬢様じゃないしね〜。

「ああ、そうだ。薫子、明日は何か予定は有るかしら?」
「ん〜、特に無いかなあ。課題がまだ途中だし」
「そう。……私ね、明日ちょっと出てこようかと思って」
「えっ?」


 いきなりの言葉に、あたしは銜えようとしていたパンを皿に戻した。買い物だとかならいちいち断る必要は無いわけで、それはつまり遠出するってことだ。

「ちょっと、思うところが有ってね。家族に顔を見せに行くわ」
「そ、そうなんだ。……うん、分かった」


 ちらっと一子さんを見ながら云った香織理さんに、あたしは戸惑いながらも頷いた。香織理さんが家族のことを口にするのって、殆ど無いことだから。
 去年入寮してきた時に、親が亡くなって一人暮らしになっちゃうからここに来たって聞いてたけど(聖應は一人暮らしは禁止だから)、そっか、他に家族は居るんだ。

「まあ、朝早く出て向こうで一泊して……明後日の昼には帰ってこれると思うから。一日だけ我慢してね?」
「む……大丈夫だよ。一日ぐらい」
「あら、そうかしら? 寂しくって泣いたりしない?」
「し〜ま〜せ〜ん〜。ふんだ、香織理さんの虐めっ子」

『大丈夫ですよ、私が付いてますから!』
「そうね、一子さんが居れば大丈夫よね」

 ……まあ、常から騒がしい一子さんが居れば、確かに寂しいなんて感じないだろうけどね。



『今日も一日お疲れ様でした。明日も良いことが有りますように』
「……うん、まあ、朝起きた時に一子さんが抱き付いていなければ、良い日になれると思うな」
『はうっ! が、頑張ります』

 何かもう当然のように、あたしのベッドに潜り込んでいる一子さん。出会ってからほんの少しの時間だけれど、一子さんは結構寂しがり屋なんだって分かってきた。
 ……いや、そもそも幽霊って云うのは普通は人に見えないわけで、自分のことを見ることの出来る人に構ってもらいたいと思うのは当然なのかもしれない。誰だって一人ぼっちは嫌なものだから。

「それで、一子さん。一子さんはやっぱり明日帰っちゃうのかな?」
『……どうなんですかねぇ、私にも良く分かりません。ただ、帰るなら早い方がいいと思うんですよね』
「ん、何で?」
『それは勿論、お姉さまの子供として生まれるためですよ! 今ならまだ、急げば間に合うでしょうから!』
「は、はあ……」

 ぐっと握り拳に力を込めて話す一子さん。そんなに瑞穂さんが好きなのかっ、とツッコミを入れたいところだけれど。
 でも確か、キリスト教って生まれ変わりの概念は無かったはずじゃ? 
 あ、そう云えば。聞きたいことが有ったんだっけ。

「一子さんはさ、瑞穂さんが結婚とかするのは構わないわけ?」
『え? 何でですか?』

 何でって云うか……昼間にも瑞穂さんとは恋人同士みたいなことを云ってたし……女同士で不毛だと思うんだけど。

「だって、その……好きなんでしょ? こう、ほら、余所の人に取られちゃう〜みたいな嫉妬とか無いの?」
『それは……ちょ〜〜〜っとは、嫉妬もありますけれど』

 一子さんは人差し指と親指の間をほんのちょっとだけ開けて、なんとも云えない顔で笑う。

『私がお姉さまと会えたのは、きっとそれだけで、とっても凄い奇跡なんです。……ううん、それを云うなら、そもそも幸穂お姉さまと出会えたことこそが奇跡だった。そんな、幾つもの出会いの奇跡が重なって、今の世界があるんです』
「一子さん……」
『だからね、お姉さまがどなたか素敵な人と巡り会って、結婚して……きっとそれも奇跡なんですから、それはお祝いするのが当然なんですよ。そもそも私は幽霊で、お姉さまと会えないことこそが当然だったんですから』
「そっか……そうなのかな。難しいね……」

 あたしには良く分からない。
 まあ、奏お姉さまと出会えたことが奇跡だと云うのならそうかもしれないし、逆にそれが必然だったと云われればそうとも思える。だってそれは、事が起こった後だからこそ云えることだから。
 出会いも別れも当たり前のように有って。そのうちのどれが奇跡で、どれが必然で、あるいはどれが無意味なものなのか、そんなのはその瞬間では分からないんだから。
 それを奇跡と思えるかどうかは、きっとその人の心次第なんだよね。

「でも、それなら……奇跡だったんだって、思いたいよね……」

 ん……何か、難しいこと考えてたら眠くなってきた……。

『……薫子さん……?』
「ん……お休み……」
『……お休みなさいです。薫子さん……』





「――薫子、起きている?」
『はいは〜い。薫子さんはまだ寝てますよ』
「あら、お早う一子さん。そう、薫子はまだ寝てるのね」
『はい〜、薫子さんって御寝坊さんだったんですねぇ』
「ふふ……まあ、今は夏休みだし、寝かせてあげてちょうだい。……それで、私はこれから出かけるから」
『ああ、そう云えば昨日仰ってましたね』
「ええ。薫子のこと、お願いね?」
『まっかせて下さい。一人ぼっちにはさせませんから!』
「……ああ、そうそう。もしかするとこれで最後かもしれないから、云っておくわね。一子さん、色々とありがとう」
『ふぇっ? 私、そんなお礼を云われるようなこと、してませんよ?』
「ふふ、ごめんなさい。でもこれは、私の心の問題だから。受け取っておいて?」
『はあ……そう仰るなら』
「それじゃ、行ってきます」
『はい、お気を付けて〜』





「……う、うん……」
『あ、やっと御目覚めですね。……あっ、駄目ですよ瞼を擦っちゃ』
「あふぁ……おはよ〜一子さん……」
『お早くないですよ〜。もう十時を過ぎてます』

 あたしは背を伸ばしながら、枕元にある時計を掴んで目の前に持ってくる。デジタル表示は10:12だった。

「ん〜……もうちょっと寝るかな……」
『ええ〜!? 駄目ですよぉ、健康な体は規則正しい生活からです!』
「んむ……」

 時計を握ったまま体をベッドに倒すと、一子さんがあたしの肩を掴んで揺さぶってくる。幽霊が健康な体を気にするってのもなんだけど、まあ、あたしの為に云ってくれてるんだろうし。……でも、眠い。

『香織理さんがお出かけしちゃったんですから、ご飯は自分で作らなきゃいけないんですよ?』
「んん〜……シリアルが有るよ〜……」
『無いですよぅ、昨日薫子さんが全部食べちゃったじゃないですか』

 あ、そう云えばそうだった。
 でもなあ、食べる物が無いとなると、一食分浮かす為にもあとちょっとだけ寝ていたい……と思っていたら、ぐうっとあたしのお腹が鳴った。

『……薫子さん、凄い音です』
「……ううっ……」

 食事のことを考えたのがいけなかったんだろうなあ。気にしだすと尚更に空腹を感じるわけで。

「仕方が無い、起きるか……」
『仕方が無いって何ですか、もう』

 あたしは呆れ交じりの一子さんの声を聞きながら、もう一度大きく伸びをしてベッドを降りる。窓際に寄ってカーテンを引くと、夏特有の白い日差しが差し込んできた。

「うわ、今日も暑そうだね……」

 眩しさに目を細めて、陽を避けるように視線を下に移す。と、そこに見知った顔を見付けた。

「か〜おる〜こちゃ〜ん! あ〜そび〜ましょ〜!」
「あんたは小学生かっ!」


 思わず窓を開けて怒鳴るあたしに、その声をものともせずにニコニコ笑っている千歳。その横では、あたしに頭を下げている史ちゃん。

『駄目ですよ薫子さん、エルダーのお姉さまがそんな声を出しちゃ……一体どちら様ですか?』
「ちょ、出ちゃ駄目だって……千歳! 中に入って来なさい!」
「は〜い!」


 窓際に寄ろうとする一子さんを背中で押し戻しつつ、あたしは千歳に呼びかける。
 全く、タイミングが良いのか悪いのか。とりあえず一子さんのことをどうやって説明するかな……。

「はあ〜っ……」

 あ〜……今日も騒がしくなりそうだね〜……。

**********

 このSSでの雅楽乃はメインキャラではないので出番は少ないです。というか、動かし難いキャラなんですよね。
 淡雪はアクティブなので楽。

 あと、読んで下されば分かると思いますが、薫子は未だ瑞穂のことを女だと思ってます。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第四章四話、読ませていただきました。…流石、おとボクの初代(?)幽霊ですね。一子が一人登場しただけで場の空気が原作にない程に展開されています。
あと、余談ですが私もPSP版のおとボク2を購入できたのですが…あいにく、本体が壊れてしまい出来なくなってしまいました…。
基本的には話の流れ的なものは完全に同じですかね??増えたルートと減ったルートのカバーがある程度っていうような…。変わらないなら初音と優雨ルートに行こうと思ったのですが、他のもののルートも変化があるなら、是非見てみたいと思っています。
では、失礼します。

2011/05/16 21:17
唯さま、いらっしゃいませ。
一子の出番は次で最後なんで、もうちょっとだけドタバタ展開にお付き合いくださいませ。
PSP版は、他所で言われているかもしれませんが、新規の第6話以外での大きな変更は薫子ルートで最終話に追加された話と夏休みだけですね。
一般化された為の細かい台詞回しの変化もありますが、さほど変わってはいません。

次回もよろしくお願いします。
A-O-TAKE
2011/05/17 11:59
報告です


・感謝させ給ええ→感謝させ給え


実は1のPSP版は持ってないので暫くしたら買いたいところです
Leon
2011/11/10 19:29
追加報告です


・そんな実も蓋も無いことを云わないの→そんな身も蓋も無いことを云わないの
・この寮に入ってから始めて見た→この寮に入ってから初めて見た
・事が起った後だからこそ云える→事が起こった後だからこそ云える


雅楽乃と淡雪はルートによっては後半殆ど出て来ないですよね…
寮生が増えたから寮内で完結出来てしまうからなんだろうけど…会長も寮生なのも大きいでしょうかね
Leon
2011/11/25 07:42
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