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zoom RSS 妃宮さんの中の人 4-5

<<   作成日時 : 2011/05/30 22:09   >>

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 難産でした〜

 色々と個人的にショックなことが多くって。

**********

 昨日ケイリに云われてから、あたしなりに考えた。一子さんがここに来た理由は一体なんなんだろうって。
 今、寮から香織理さんが出かけている時に千歳がこうやって遊びに来たということは、きっと一子さんがここに来た理由は千歳に関係のあることなんだろう。
 偶然なのか必然なのか、それは置いておくとして。こうして一子さんと千歳が出会ったのは、何がしかの縁が有るということなんだろうから。

「……」
『……』

 寮の食堂。あたしの目の前で、千歳と一子さんが沈黙したまま相対している。

「……薫子お姉さま、あの方を一体どこから連れてきたのですか」
「あ〜、うん……なんて云ったらいいか。とりあえずあたしが連れてきたわけじゃないから」


 相変わらずの鉄面皮である史ちゃんだけど、やっぱり内心では驚いているみたいだ。視線が忙しなく動いている。そりゃまあ、寮に遊びにきたら幽霊が居ました、なんてのは想像の外だろうし。

「……薫子ちゃん」
「ん? 何?」


 一子さんと見詰め合っていた千歳が、不意にあたしの方を向いた。

「この人、超能力者とかマジシャン――」
「そのネタは昨日やったから。幽霊よ、幽霊。云ってみれば千歳の先輩」


 全く、何を云うかと思ったら。あたしは千歳の言葉を遮って素直に答えてあげる。幽霊に先輩後輩があるのかどうかは兎も角として、だけど。
 一方の一子さんは、千歳を見てなにやら首を捻っている。これは多分、千歳と千早のことが何となく分かるからなのかな? 幽霊から見て千歳がどう映っているのか分からないけれど、タマシイそのものを見ているのだとしたら、二人が重なって見えていたりするのかもしれない。

「千歳、出てきていいよ」
「えっ、でも……」
「大丈夫だって。それに、色々と聞きたいこととか有るんじゃないの?」
「む〜……」


 あれ? 何か意外な反応……千歳は好奇心旺盛だし、まして相手が自分と同じ幽霊なら、夢中になって話すんじゃないかと思ってたのに。
 千歳は何か気になることでも有るのか、む〜む〜唸って考えてる。

『あの、薫子さん。一体どういうことなんですか?』
「え? あ〜、何と云うかだね」

 千歳が話し難いって云うのなら、無理強いしない方が良いんだろうなあ。もしかすると、自分も幽霊なんだって云いたくないのかもしれないし。
 とりあえず、ここは誤魔化しておきますか。

「え〜っとね、実は――」

 あたしが適当なことを云う為に口を開こうとした瞬間。

 グウウゥッッ。

「……薫子ちゃん、凄い音」
『……薫子さん、さっきよりも音が大きかったですね』
「……とりあえず、食事のご用意を致します」
「あううっ……」


 まあ、誤魔化すことは出来たけど、こんな誤魔化し方は嫌だったよ!
 あたしの中の淑女パラメーターは最低値だよ……とほほぉ。



「なるほど〜。それは、聞くも涙語るも涙のお話だねっ! ずるずる」
「いやあ、同じ説明も三回目ともなると慣れてくるもんだよねぇ。ずるずる」
「古い建物なので、なにかしらの曰くは有ると思っておりましたが……ちゅるりっ」

『……え〜と。さすがの私も、こうも同じ展開が続くと泣きたくなるんですが……』

 いやあ、それに関しては申し訳ないと云いますか。でも空腹を抱えての長話は嫌だったし。
 あ、ちなみにずるずる云ってるのは麺を啜る音。まさか寮に居てラーメンを食べることになるとは思わなかったよ。材料を買ってきたのは史ちゃんだけど、最初から寮でお昼を食べるつもりだったんだろうなあ。

「ふう、ご馳走様……さて、どうしますかね」

 千歳があまり乗り気じゃないのなら、昇天する方法について一子さんに相談するのも無しだよね。ふむ……そう云えば。

「千歳、遊ぶって何をする心算だったの?」
「ん〜? プールだよ」
「水泳部の練習がある日は、その練習が終わった後で施設を利用してもいいことになっているのです」


 千歳を補足するようにして、史ちゃんが説明を続ける。けど、それって初耳だよ? いや、それ以前に、聖應の水泳部が夏休みも活動しているなんて知らなかった……。

「んっふっふ〜。伊達にあちこちの部活動に顔を出していた訳ではないのだよ、薫子クン?」
「うわ生意気。叩いてもいい?」
「ええっ!?」


 ふ〜む。プールを使えるのは分かったけど……人目の有るところに一子さんは連れて行けないし。エルダー二人が泳ぎに来るって分かっちゃうと、人が集まりそうだしなぁ。

『プールですか? 私も行ってみたいなあ』

 あたしがチラチラと一子さんを見ていると、一子さんがモジモジしながら控えめにお願いしてくる。

「う〜ん、そうしてあげたいとは思うけれどね」
『やっぱり駄目ですかね。いえ、私はお留守番も慣れてますけれど』

 慣れてるなんて云うけれど、瑞穂さんが居た頃だって滅多に表に出られなかった一子さんだもの。今日が最後だって云うのなら表に出してあげたいじゃない。
 う〜ん、どうしたものかな……?

「ねぇ薫子ちゃん。一子ちゃんも一緒に連れて行ければいいんだよね?」
「え? うん、まあ」
「ならさ、こういうのはどう?」


 にやっと笑った千歳が、あたしの耳元に口を寄せる。

「え、ええっ? でも、それって大丈夫?」
「へーきへーき! 見付からなきゃ大丈夫!」
「……なんでしょう。激しく嫌な予感がするのですが」

『……そ、そうですね……私もです……』





「……良いのかなぁ、こんなことして……」
「見付からなければ大丈夫だよっ」


 夕食を食べ終わって辺りがすっかり暗くなった頃、あたしたちは足を忍ばせて温水プールの入り口に立った。この為に態々昼寝までするという念の入れようだ。
 そう、千歳の考えというのは、人に見られるのが駄目なら人が居なくなるまで待てば良いじゃない、というものだったのだ。

「千歳さま……もう少し声を抑えてください」

 史ちゃんは最初こそ頭を抱えていたけれど、もうすっかり諦めたみたい。千歳を止めるよりは、無茶をし過ぎないように監視する方がマシだと思ったんだろう。

『ふおお……ドキドキものです。私、室内のプールなんて初めてですよ』

 一子さんは一子さんでなにやら楽しそうだ。この室内温水プールは去年から使われ始めたものだから、一子さんが知らないのも当然だろう。
 と云うか、温水プール自体を知らなかったしね。え、それってお風呂みたいなものですか、とか尋ねられたし。
 もっとも、夏場では温水は使ってないけれど。水温が高いと雑菌が繁殖しやすいからってことで、温水を使うときは厳しく管理されてるのだ。

「それじゃあ入りまーす」

 史ちゃんが懐中電灯を鍵穴に当ると、千歳がゆっくりと鍵を開けた。学院の警備員さんは基本的に校内へ立ち入らない(男の人なので)為、特に誰かに見付かるということはないのだけれど、やはりこういう時に大きな音は立てたくないものだ。
 千歳がそっとドアを開ける。新品のドアは軋むことも無く、あたしたちを中へと招き入れた。

「なんかこういうの……肝だめしみたいだね」
「そうだね……ちょっとした冒険みたい」


 千歳の声が弾んでいるのは、正しくそういう気分だからだろう。誰だってちょっとは思い浮かべる、秘密の探検てやつだ。ただまあ、学校に忍び込むのはホントに肝だめしみたいなんで遠慮したいんだけどね。
 廊下の灯りを点けるといくらなんでも拙いので、史ちゃんが先頭に立って懐中電灯の明かりを頼りに更衣室へと向かう。実際には、非常時の誘導灯(あの走るマークのやつだ)やオレンジ色の非常灯が点いているので、それほど暗くはないんだけれど。
 そう長くもない廊下だから、直ぐに更衣室へと辿り着く。シャワー室と一体となっている大きな更衣室だ。

「さ、どうぞ」

 史ちゃんが扉脇のスイッチを押して室内を明るくすると、素早く室内に入ってあたしたちを手招きする。

「さ、それじゃパパッと着替えちゃおう」
「……千歳はホント元気だね」


 あたしは苦笑しながら適当なロッカーを選ぶと、手早く水着に着替え始める。寮に居る時から着替えておけばって云われたけど、何となく落ち着かなくて止めたのだ。だって小学生みたいじゃない?
 あたしの水着はホルタータイプのビキニで、色は白。香織理さんや初音の買い物に付き合って買ったものだけれど、お蔵入りしていたものだ。
 何故かって云うと、首元から胸元までを綺麗に覆うタイプだったから。もしこれで日焼けしたら、かなりマヌケな感じになってしまうのだ。聖應の制服は首元まできっちり隠すタイプだから別に良いかな〜とも思ったんだけどね。

「はい、終わりっと。千歳、史ちゃん、ソッチはどう?」
「私も着替え終わりました」
「おっ……って、ええっ!?」

『おお〜……凄いですね〜、今の水着って』

 背後から聞こえた声に振り返ると、予想以上に大胆な史ちゃんの水着姿があった。かなり細めのチューブトップに、ローライズ……と云うよりはマイクロキニという組み合わせだ。

「ちょ、史ちゃん……それは一体……」
「何か変でしょうか」
「いや、変って云うか……恥ずかしくない?」
「いえ、特には」


 なんだと……ある意味裸よりも刺激的だって云うのに、平気な顔をしているとは。いや、そりゃあここに居るのは女だけだし、本人が気にしてないならそれで良いかもしれないけど。

「お待たせ、薫子ちゃん」
「あ、千歳。千歳も史ちゃんに何か……って、えええっ!?」

『わわっ……こっちも目に毒ですね。こういうのが流行なんですか?』
「そ、そんなわけ無いでしょ!」

 着替え終わった千歳に声を掛けられて振り向いた先には、ある意味史ちゃん以上に意外な千歳の姿。
 競泳用みたいなピンク色のピッタリしたビキニパンツ……はまだ良いとして、何故かトップスがTシャツを胸の下で縛ってあるだけのものだった。

「ちょっと千歳! 上はどうしたのよ、上は!」
「んん? 無いよ?」
「無いよって、あーた……」
「これ、元々はちーちゃんのなんだよね」
「……はい?」


 千早の水着? 何でそれを千歳が着てるわけ?

「私とお母さんが選んで買ったのに、一度も使わないんだもん。勿体無いから私が着ることにしたの」
「え、ええ〜……」


 そういう問題かぁ?
 あたしはピンクのビキニを穿いた千早を想像してみる。……うわ、駄目だ。トップレスの千歳しか思い浮かばない。いや待て落ち着け、胸を平らにして、下を膨らませれば良いわけだから――

「――って想像できるかー! セクハラよセクハラ!」
「わわっ!? 薫子ちゃんが壊れた!」


 いかん。精神衛生上、非常によろしくない。あたしは頭を振って想像を追い出す。……まあ、なんだ。千早が着たがらない理由は何となく分かったよ。

「……ところで、男物を穿いて問題は無いわけ? ブカブカだったりしない?」
「大丈夫だよ? ちーちゃん腰細いし」
「ええ〜……あいつホントに男?」


 今の千歳にピッタリってことは、あたしよりも細いってことじゃないか。なんて羨ましい。……うん、もう深く考えるのはやめよう。

「さて、それでは行きましょう。忘れ物はありませんか?」
「大丈夫。行こうか」


 史ちゃんに先導されて、あたしたちはプールへと向かう。扉を開けてプールへと足を踏み入れると、ちょっと不思議な空間が広がっていた。

「へえ……」
「わあ、夜のプールってこんな感じなんだ」


 冒険でもしている気分なのか、千歳が明るい声で云った。
 プールの明かりは勿論点けられないんだけれど、桜並木の所にある外灯の光が低い角度で射しこんでいる。その光が室内の白い壁に反射して、僅かに水面を煌かせている。
 上に目を向ければ満月に近い月。何故か青白く輝いていて、幻想的な感じがした。

「……そう云えば、ここの天井はUVコーティングでした。昼間はあまり分かりませんが、光が少ないとこのようになるのですね」
「ああ、電車とかの窓ガラスのアレのこと?」
「そういえば、青いガラスだよね」

『うわあ……夜の水場と云えば怖いのが相場でしたが、ここはあんまりそんな感じはしませんね』

 あたしたちが話している中、一子さんはフワッとプールに飛んでいく。……あ、一子さん、ちょっとだけ光ってる。

「……幽霊自身が発光するというのは定番のお話ですが、実際に見たのは初めてです」
「千歳の場合はピカッて感じだもんね」


 なんて云うのだったか。燐光? のように薄らと青白く光っている一子さんは、ゆっくりと飛びながらプールの中央へと向かうと、その水面にそっと足を下ろした。
 ……不思議な感じだ。幽霊って怖いものってイメージがあるのに、一子さんの姿は漫画に出てくる妖精みたいに見える。

『天井が高くて、柱が無くて……どこか遠くの国の遺跡みたいな感じです』

 ぽそっと一子さんが呟くのが聞こえた。新築の室内プールを見てそういう感想を持つ人間は大分少ないだろうけれど、薄暗い室内を見ると何となく分かる気がする。
 水の音も殆ど聞こえない静謐な空間。どこと無く神聖な感じさえする、薄暗くて、でも室内の奥まで見える不可思議な明かり。音を出すのが怖いような――

「そりゃ〜!」

 ――どばしゃん、とあたしの隣で千歳がプールに飛び込んだ。うん、まあ、千歳にそういう感傷を期待するほうが悪いってのは分かるんだけどね。

「こらぁ、千歳〜!」
「きゃ〜!」


 振り上げた手をかわすようにして水中へと消える千歳を追って、あたしもプールへと飛び込んだ。背後から、史ちゃんの呆れた声が聞こえてくる。

「……お二人とも、準備運動はしっかりと行っていただかないと困ります」



「ぷあっ……中々追いつけないや」
『ふふふ〜、鬼ごっこは私の勝ちですね〜』
「一子ちゃんも泳いでよ〜」
「何無茶なこと云ってるのよ……」


 水泳、というよりは水遊びのようなことを続けること暫し。一子さんを追いかけてプールを泳ぎ回る千歳だけど、相手は空を滑るようにして逃げているので簡単には捕まらない。

『水の中に入っても、水をすり抜けちゃうわけで……速さは変わらないんですけどね』
「むむ〜」

 千歳は口を尖らせると、力を抜いて水面に体を浮かべた。真っ直ぐ泳ぐんじゃなくて彼方此方に方向転換しながら泳いだから、きっと疲れたんだろう。
 あたしも千歳に倣って、その横に体を浮かべる。プールの中で仰向けにのんびり浮かぶのって結構新鮮だ。

「こうやってると、空に浮いているみたいだね」
「……体が水に浮く感じと、体が空に浮く感じは違うよ」


 耳元に響く水音を感じながら何となく呟くと、思わぬ返答が来た。

「空に浮くのって、体の重さを感じないから。きっとどこまでだって昇っていけるんだよ」

 それは、どういう意味なのか。あたしが返答に困っていると、遠くから史ちゃんの声が聞こえた。

「千歳さま、お疲れになったのでしたら、上がって休まれてください。体が冷えてしまいます」

 バスタオルを持った史ちゃんが、プールサイドで手招きしている。
 先ほどと比べて、月の位置がだいぶ高いところまで移動していた。結構な時間を泳いでたみたいだ。

「千歳、戻ろ」
「うん」


 月から目を離すのが何となく惜しくて、背泳ぎでプールサイドへ向かう。

「ほら、一子さんも」
『は〜い』

 千歳のリクエストに答えたのか、一子さんが水中を漂ってくる……けど怖っ。水を掻き分けるわけでもなく漂ってくる一子さんは、ゆらゆらと揺れる水面に合わせて姿もまたユラユラと……あ、なんか酔っ払いそうな感じ。

「一子さん、普通でいいから、普通で」
『???』

 プールサイドに辿り着いて体を持ち上げると、さっとバスタオルが差し出される。史ちゃんは相変わらずそつがない。

「ありがと、史ちゃん。でも良いの? 泳いでないけれど」
「監視員の方が居りませんので、万が一の為に待機しておく必要があるかと」


 あ〜……それは悪いことをしちゃったかな。昼間に来ていればそんなことも無かったのに。せっかく気合を入れた水着なのにね。

「ふぅ、結構泳いだな〜」

 あたしの隣に腰を下ろした千歳が、バスタオルを床に敷いてゴロンと転がった。まあ、学校の授業ではフルタイムで泳ぐことなんか無いしね。

「一子さんは楽しかった?」

 あたしは脱力している千歳を横目に、そんなことを尋ねてみる。元々は一子さんを一人で留守番させたくないからこんなことをしたんだし……あ〜、でも失敗だ。こんな聞き方すれば――

『楽しかったですよ〜』

 ――他の答えなんか云わないよね。別に嫌々云ってるんじゃないってことは表情を見れば分かるけれど、満足してくれたのならいいなあ。

「千歳さま。もう、いい時間になります」

 史ちゃんが、一昔前の目覚まし時計のような丸っこい時計を差し出して、千歳に見せた。

「そうだね〜……」
「そろそろお開きかな」

『そうですね。私も、あんまり遅くなるわけにもいきませんから』

 あんまり遅いと明日に響くし、ここでのんびりするなら寮に帰ったほうがいいし、なにより。

「一子さん、やっぱり帰るんだね」
『はい。あんまり長々とお邪魔するわけにもいきませんし』

 いつまでも居て良いよっていうのは、やっぱり駄目なんだよね。だって、それは自然なことじゃないんだから。

「えっ、一子ちゃん帰っちゃうの?」
『はい、遣るべきことも済ませましたしね』
「えっ? 一子さん、それって……」

 そんなそぶりなんて全く無かったのに、一体何がなんで……と思ったら、一子さんはちょっとヘタクソなウィンクをして、あたしの予想外なことを云った。

『千歳さん、良い思い出になりましたかっ?』
「えっ? あれ、うん、なったけど。……え?」
『うんうん、それなら良かったです』

 千歳が混乱してる。あたしも千歳も、一子さんを楽しませる為にこうして一緒に遊んだというのに、一子さんは千歳の為に遊びに付き合ったと云っているんだから。
 一子さんは不意に真面目な顔をすると、千歳に向かって語りかけた。

『天国の門をくぐることは、怖いことじゃないんです。だから、その時が来たら笑って旅立てるように、いっぱい思い出を作ってくださいね』
「――一子ちゃん、私が幽霊だって気が付いてたの?」
『勿論ですとも』

 呆然とした千歳が、目をまん丸にしながら一子さんに問いかけると、一子さんは胸を張って、立てた人差し指を左右に振ってみせる。

『伊達に長年幽霊をやってきたわけじゃありませんよ。私は何でもお見通しなのです』
「……あ、えと……一子ちゃん、私――」

 一子さんは口篭る千歳にもう一度笑いかけると。

『大丈夫です。一人で逝くのが寂しいなら、私がお迎えに来ますから』
「えっ……」
「い、一子さん、そんなことできるの?」


 そりゃ、こうしてここに居るわけだから、もう一度出来たっておかしくないけれど。それっていつでも自由に地上に戻ってこれるってこと?

『んふふ。実は今まで内緒にしてましたけどね……』

 驚くあたしたちを余所に、一子さんはすうっと後ろに下がってプールの上へと移動する。目を凝らしてその姿を見守る中、一子さんは悪戯っぽく笑うと。

『私ホントは、幽霊じゃなくて天使なんです』
「えっ?」
「……はあっ!?」

『それじゃあ皆さん、またいつかお会いしましょう!』

 その言葉と共に、何の余韻も無く。あっさりと一子さんは消えてしまった。





 狐に摘まれたような気分で、あたしたちはプールを後にする。
 何かこう、もっとそれっぽいお別れになるかと思っていたのに、あんまりにも呆気ないというか。
 そりゃ、一子さんが茄子の牛に乗って帰るわけでもないんだけれど、なんと云うか、ねえ。

「……薫子お姉さま」
「……なに?」
「一子さんは、本当に天使だったのでしょうか」
「さあねえ……あたし的には、渾身のギャグだと思いたいところだけど」


 アレが天使だとしたら、天国ってのは相当に楽しいところなんだろうな、とは思うけれどね。思わず夜空を見上げるけれど、星空をバックにして一子さんの顔が浮かぶわけでもなく。

「千歳はどう思う?」
「……よく分かんない」
「……千歳?」


 やっぱり、何か思うところが有ったのかな。
 千歳は、自分でもどうすれば昇天できるのか分かってない。友だちを百人作れば未練は無くなるとは云っても、それが本当に正しい方法なのかは分からないんだ。
 一子さんは云ってた。前に進まなきゃいけないって思ったから、天へ昇ることに決めたんだって。いつまでも甘えてはいられないからって。
 千歳も、そういう風に考える時が来るのかな。
 でもまあ、今は。

「ほら、千歳。そんな顔してないの」
「……薫子ちゃん?」
「一子さんは帰っちゃったけど、まだやる心算だったものが残ってるでしょ?」
「あ、うん」


 プールで遊び終わった後、時間が有れば楽しもうと思って用意したあった物が寮の玄関に置いてある。
 あたしは玄関の扉を開けると、水着の入った袋を上がり口に放り投げて、ちょっと派手な送り火を手に取った。

「見てるかどうかは分からないけれど、パーッと楽しくやりましょ。その方が一子さんも喜ぶでしょ」
「ん、そうだね」
「……こちらをどうぞ。火傷に気をつけて下さい」


 コンビニで買ったチープな子供用の花火セット。あたしは袋の中から、地上噴出の花火――ドラゴンなんて勇ましい名前――を取り出して地面に置く。

「はいはい、離れて〜」
「え〜、薫子ちゃん、いきなりそれ?」


 騒々しい自称天使さまには、これくらいの方がお似合いでしょ?

「着火しま〜す。そりゃ」
「きゃ〜!」




 バイバイ、一子さん。














 千歳と史ちゃんを見送って、あたしは玄関の扉を閉じた。
 今日はあたし一人で過ごす夜。
 シンと静まりかえった寮の中を、戸締りを確認して歩く。
 プールの後に更衣室でシャワーを浴びたので、態々お風呂に入りなおす必要は無い。
 食堂の火の元も確認する。冷蔵庫にアイスティーが入っているので、お湯を沸かす必要は無い。
 食堂のテレビは消えている。大音量で見たって文句を云う人は居ないけれど、楽しさを分かち合えないのでは味気無い。
 きしきしと鳴る階段を登り、二階に上がってから廊下と階段の灯りを消した。廊下の窓から外灯の光が差し込んでくる。
 あたしはちょっとだけ考えてから、テラスへと足を向けた。

「……一人ぼっちだと、やっぱり寂しいよね」

 星空を見上げながら、ポツリと漏らす。
 奏お姉さまも、一年生の長期休みでは一人ぼっちで過ごすことが多かったって云っていた。瑞穂さんが気を利かせて早く寮に戻ってきたらしいけれど、きっとそれまでは寂しかったんだろう。
 一子さんは、お姉さまの寂しさを埋めてあげたりしたんだろうか?
 元気に喋る一子さんとニコニコ笑ってそれを聞いているお姉さまの姿を想像して、あたしはちょっとだけ笑う。
 ……一子さんが居る間に、お姉さまや瑞穂さんに連絡を取るべきだっただろうか。一子さんは何も云わなかったけれど、会いたくないってことは無かっただろう。
 でも、きっとそれは未練なんだろう。あたしが押し付けていいようなことじゃない筈だ。

「……何も考えて無かっただけかもしれないけどね」

 騒がしくて、優しくて、ちょっと抜けていて。裏表の無い天使さま、か。
 また、会えるといいな。

「もう、寝るかな」

 今日は夜更かしする気分になれないし、寮が静か過ぎて一人で居ることを意識させられる。さっさと寝てしまおう。
 あたしはテラスを出て鍵を閉めると、自分の部屋へと歩き出した。


**********

 次回、エピローグ。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
えるうっどと申します。
どっちかというと、用語辞典の方からやってきました。
始めから読み続けているのですが…。
何故でしょう。
この話が一番、「おとボク」っぽさを感じました。
特に、最後の段落部分。
何故だか自分でもわからないのですが…すごくふんわりとして、気持ちがいいです。
こんなお話がまだ読めたら嬉しいので、無理しない範囲で続けて頂ければ幸いです。
えるうっど
2011/05/31 00:44
えるうっどさん、こんばんは。
お読みいただいてありがとうございます。
前話までのどたばたを抑え気味にしたスローなテンションの話になりましたが、何か心に残るものがあったのなら幸いです。
これからも、よろしくお願いします。
A-O-TAKE
2011/05/31 19:34
お久しぶりです。
第四章五話読ませていただきました。
今回で過去のゲスト、一子は登場終了ですね…。霊の存在が皆に認知されたので、千歳/千早の関係も今後どう変化を及ぼすのか期待してお待ちしております。
先の質問の件はご丁寧にありがとうございました。有事の際には一報入れ意見を覗ってしまうやもしれませんが、おそらくはA-O-TAKE様のお陰で出会い上部とは思います。
では、梅雨の季節となり、季節の変わり目特有の体調にも気をつけてお過ごし下さい。失礼します。

2011/05/31 23:07
唯さん、こんばんは。
一子のようなキャラはハイテンションで書いていけるのでとっても楽なんですが、このままレギュラー化するのも問題なんでここで退場です。
後は、一子という前例を見た千歳や薫子の反応を次話からで上手く書いていければいいんですが……ともあれ、これからもよろしくお願いします。
A-O-TAKE
2011/06/01 19:37
報告です


・何某かの縁が有る→何がしかの縁が有る(もしくは以前の「何がしか」→「何某か」)
・一子さんか知らないのも当然だろう→一子さんが知らないのも当然だろう
・中へと招きいれた→中へと招き入れた
・たから、その時が来たら→だから、その時が来たら


これからのネタでしょうけど、創造祭の劇なんかも楽しみだったりします
Leon
2011/11/10 20:01
追加報告です


・面を啜る音→麺を啜る音
・恥かしくない?→恥ずかしくない?


思えば、寮ってかなり大きいんですよね
加えて都心から離れているので静かだろうし
寮で夜一人ってのはかなり寂しいんだろうな…
Leon
2011/11/25 09:37
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