A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 4-EX

<<   作成日時 : 2011/06/18 22:45   >>

トラックバック 0 / コメント 4

 夏休みの終わり頃のお話。

 ちょっと長め……うまく纏められなかった。

**********


「お帰りなさ〜い!」
「あ、ありがとう、みんな……」


 綺麗に揃ったあたしたちの声に、優雨ちゃんが顔を赤らめて嬉しそうに笑った。
 夏休みも終わりに近付いた今日、病院でリハビリをしていた優雨ちゃんが寮に戻ってきた。この日までに優雨ちゃん以外のみんなは寮に戻っていて、この日に合わせて『お帰りなさいパーティー』の準備をしていたのだ。
 あ、因みにあたしは料理の協力に駄目だしされて、食堂の飾り付けをしました。……はぁ。まあ、料理は千歳と初音が担当したので、標準以上のものが用意できたけれどね。

「みんな、ジュースは行き渡ったかな? 乾杯するよ?」
「あ、待って。……良いよ」
「では、僭越ながら私めが音頭を取らせて頂きます。かんぱ〜い!」


 立候補してこの役を取った陽向ちゃんが、コップを上に掲げて声を上げた。めいめいでコップを軽く当てながら、ジュースを飲む。

「……くはあ、生き返ります〜」
「……親父か、陽向は」
「いやぁ、今日は暑かったですから〜」


 香織理さんの突っ込みに苦笑で答える陽向ちゃん。
 もう八月も終わりだってのに、残暑が厳しいからね。買出し担当の陽向ちゃんは大変だったろう。まあ、同じく買出し班の史ちゃんはぜんぜん平気そうな顔をしているんだけどさ。



「それで優雨ちゃん、リハビリの結果はどうだったの?」
「うん、体育の授業に出るのはまだ無理だけど、もう少し軽い運動なら出来るって……」
「そう、頑張ったんだね、優雨ちゃん」
「うん」


 千歳の言葉に、優雨ちゃんが誇らしそうに頷いた。頑張ったことを褒められるっていうのは嬉しいよね。
 一杯頑張って、それでもみんなと一緒のことが出来ないってのは残念だけど……その頑張りが優雨ちゃんの自信になれば良いな。

「みんな、一息吐いたかな? そろそろケーキを出しましょうか」

 食卓の料理がある程度片付いたと見たのか、初音が声を上げた。千歳と一緒になって作ったというご自慢のケーキらしいんだけど、内緒だと云ってみんな見ていないのだ。

「お〜、やっとお出ましか」
「薫子、主役は優雨ちゃんなのよ。自重しなさい」
「あは、でも私も楽しみです」


 率先してテーブルの上を片付けている陽向ちゃんが、あたしに同意してくれた。ケーキの材料は初音が用意したので、陽向ちゃんもどんなケーキか知らないからね。

「では、少々お待ちください

 史ちゃんが厨房へと消えて、やがて両手で大きなホールケーキを持って戻って来た。……凄いな、あれを作ったんだ。

「さあ、これが優雨ちゃんの為に作ったオリジナルケーキで〜す!」
「……すごい。でも、いっぱいは食べられない……」
「あはは、いくらなんでもホールを丸ごとじゃないよ」


 優雨ちゃんの前にドンと置かれたからか、これが一人前かと思っちゃったのかな? そう云えば、寮でホールケーキが出てきたことって無かったもんね。千歳が作るケーキってカップケーキみたいな一口サイズが多くて、普通のケーキは出てこなかったから。
 さて、そして優雨ちゃんが目を見張っているそのケーキだけど。
 それは、苺と生クリームにチョコムースを使った見た目も豪華なものだった。

「では、切り分けます」

 お湯の入った桶と包丁を用意した史ちゃんが、ケーキを切り分けていく。
 ……おお、目印も無いのに綺麗に七等分にしていく……

「……どうしてふみは、切る度に包丁をお湯に浸けるの?」
「それはね、ああするとケーキが綺麗に切れるからなんだよ。ケーキはちょっと冷えてるから、包丁も冷たいと上手く切れないの」
「へえ……そうなんだ」
「ああ、確か油分が付いていると綺麗に切れないんでしたっけ。刃を温めるのもクリームを綺麗に切る為らしいですね」
「……陽向は、そういう雑学は豊富よねぇ」


 ふうん、そういうものなのか。バターに熱したナイフを入れるようなものなのかな?
 ともあれ、一度切る度に包丁拭いて、湯で温めて、水気を素早く拭いて、と繰り返す史ちゃん。手間の掛かる方法だけど、確かに綺麗に切れている。
 ふむ、あのロールケーキもこうやって切れば良かったのかな?
 そんなことを思いながらふと隣を見ると、香織理さんと目が合った。二人して思わず苦笑する。

「お待たせ致しました」

 そんなことを考えている間に、ケーキの乗った皿が目の前に差し出された。

「わあ……!」
「おお……中も見事」


 優雨ちゃんが感嘆の声を上げるのも無理は無い。断面を見ると、どうやらチョコを混ぜ込んだらしい黒色のスポンジケーキが二層になっていて、間には生クリームと苺が挟まれている。黒・白・赤と目にも鮮やかだ。

「……こらこら、優雨ちゃんが先よ」
「はっ? 手が勝手にフォークを……!」


 いかんいかん、香織理さんに止められていなければ、そのまま口に入っていた。
 みんなの見守る中、優雨ちゃんが小さな口を開けて最初の一口を味わう。手を前にして祈るようなポーズの初音。

「それじゃ、いただきます……ん、おいしい……!」
「わ、良かった!」


 ホッとしたように胸を撫で下ろしたところを見るに、相当に気掛かりだったんだろうなあ。優雨ちゃんはチョコ系統が好きだけど、やっぱり食べて貰うまでは不安だよね。
 さてそれでは、あたしも一口。

「……むむ、これは良いね。リキュール使ってる?」
「うん、香り付け程度にね。酔っ払っちゃうほど入ってないよ」
「おお……ハイソじゃ、ハイソサエティじゃあ……」


 千歳の説明に、あたしの隣で陽向ちゃんが感極まってる……なんだいそれ。

「洋酒入りのケーキなんて、滅多に食べられませんからね。それが寮の食卓に上るなんて……」
「ふふっ、可笑しいこと。陽向のお家はお金持ちになったんでしょうに」


 香織理さんの茶々も聞こえない風で、陽向ちゃんは美味しそうにケーキを味わっていた。
 それにしても、市販のもの独特の洋酒のクドさ(ウイスキーボンボンみたいなの)も無いし、生クリームや苺との相性も良い。こりゃたいしたもんだ。

「由佳里さんのケーキに憧れて寮に来た初音も、ここまでになったか……」
「あ、あのね薫子ちゃん。別にケーキ作りが目的で寮に来たわけじゃ無いですからね?」
「あら、それはどういうこと? 私は初耳だけど」
「ああ、それはね――」
「わ〜わ〜! それは今は関係ないですから!」
「もがっ……」


 香織理さんに話そうとしたら、初音が物理的に口を塞ぎに来た。……どうでもいいけど、口にクリームが付いてたのに。
 思わず初音の掌をペロッと舐めると、驚いて直ぐに引っ込んだけど。

「仕方が無いな……それじゃ後で内密に」
「も〜……云わなくていいのに」


 あはは、別に照れるほどのことじゃないと思うけどなあ。中学の時、創造祭(聖應の文化祭)で食べた由佳里さんのケーキの味が忘れられないって話だし。半年間思いを暖めてたってのは、引っ込み思案だった昔の初音らしいけどね。

「でもあれだ、苺と生クリームとなると……」
「ふふっ、分かります。『苺と生クリームのハーモニーが大事なのですよ〜!』ですよね?」
「あは、そうだったわねえ」


 奏お姉さまの口癖を初音が真似し、それを知っている香織理さんが笑う。お姉さまの拘りの為と云っちゃあ変だけど、去年まではケーキと云えば苺のショートケーキ一択だったもんね。





「はい、みなさん聞いてくださ〜い」

 宴も終わりに近付いた頃、初音が手を叩いてみんなの注目を集めた。

「もう直ぐ夏休みも終わりですが、寮母さんのお仕事は30日からとなっています。つまり、明日一日はまだ私たちで寮のことをしなければいけません」
「ふむふむ、それで?」
「それで、生活習慣を元に戻すのは当然として――」


 うっ、何であたしに視線を飛ばすかな、初音は。

「――寮のお食事もみんなで決まった時間に取ろうと思います。きちんと体調を整えて、初日からぐったりして登校しないようにしましょうね」

 ……みんなしてあたしを見て苦笑してるよ。まあ、今日も昼まで寝てた身としては、反論なんか出来ないんだけども。

「あ、それとは別になんですけど、お食事の用意も私たちでしなくちゃいけません。……ええと、何かリクエストはありますか?」
「何? 好きなものを作ってくれるの?」
「まあ、余程変なものでなければ」


 おお、助かる。パンとシリアルのコンビネーションじゃなくて、ちゃんとしたものが出てくるならそれに越したことは無いよね!

「明日の朝は、今日の残りの食材でホットサンドでも作るとして。お昼はどうしましょうか?」
「あんまり手間の掛からない、涼しげなものが良いですねえ」
「また陽向ちゃんはそんな無茶なことを」
「リクエスト……そうだ!」


 ぽん、と手を打った千歳が、手を上げて初音を見る。小学校の先生のように、初音が笑いながら手を振った。

「はい、千歳ちゃん」
「私、流しソーメンが食べたい!」


 ……その手が止まったのは、うん、まあ、なんだ。初音も可哀想に。

「流し素麺って、何云ってんのよ。そんなの無理でしょ」
「え〜」
「え〜って云われても……」
「……はつね、ながしそうめんって何?」
「えっ? ええと、それはね……」


 あ、興味を持った優雨ちゃんが、初音を困らせてる。まったく、千歳が突拍子も無いことを云うのはいつもだけど、周りを巻き込まないで欲しいなぁ。

「こう、竹を半分に割った樋……と云うか水路を使って、素麺を流すんだけど……」
「? 流しちゃうの? もったいない……」
「ああ、ええとね? ええと……」
「こんな感じですよ〜優雨ちゃん」


 初音が説明に困っているところを、食堂のホワイトボードに絵を書いて説明する陽向ちゃん。……陽向ちゃん、絵も結構上手いな。

「こうして、水路に素麺を流して、それをみんなで掬って食べるのです」
「……そうなんだ……楽しそうだね」


 はっ!? やばい、優雨ちゃんが興味を持って初音を見てる!

「え、ええとね、優雨ちゃん――」
「はつね……私も、食べてみたいな……」


 ああ、やっぱり!
 初音の言葉を遮るように、上目遣いになっておねだりする優雨ちゃん。その隣で初音を覗き込む千歳。

「はつね……」
「初音ちゃん……」
「は、はうっ……で、でもね。そんな竹とか、場所とかも無いしね?」
「……竹でしたら、史が手配致しますが」
「え? 史ちゃん用意出来るの?」


 逃げ道を塞がれたことを忘れて、初音が史ちゃんに問い掛ける。……もしかして、妃宮家では、あの竹を常備しているの?

「何年か前、お屋敷で使ったものが残っておりますので、明日にでも持って来れますが」
「え、マジで有るんだ……」
「……これは、煽った私も予想外でした」


 なんだ、陽向ちゃんはどうせ無理だろうと思って煽ってたわけ?
 確かに涼しげな食べ物だろうけれど、手間を考えるとそれほどじゃないと思うんだけどなあ。

「いえ、私は楽しければオッケーですから!」
「にこやかに笑いながら云わないの」
「あいたたたっ!」


 ぐりぐりとウメボシを仕掛ける香織理さんと、ひんひん云ってる陽向ちゃんは置いておくとして。

「どうでしょう、初音お姉さまの許可が頂けるのでしたら、史が用意致しますが」
「はつね……」
「初音ちゃん……」
「ああっ……見ないで、そんな目で私を見ないでぇ〜!」


 ……墜ちたな。





 翌朝。

「ふわあ……」
「薫子ちゃん、凄いあくびだね」


 あたしは眠い目を擦りながら、千歳の家――妃宮の家へと足を運んでいた。何でこうなったかと云えば、力仕事はあたしの担当だからである。
 いや、流し素麺の会場であるお風呂場の掃除とどちらが良いかと聞かれたら、そりゃあ力仕事を選ぶけどさ。
 そう、結局寮の前庭で流し素麺なんて遣ろうものなら目立ってしょうがないので、濡れても構わなくて寮の中で遣れる場所、ということでお風呂場になったのだ。流した水はお風呂場に溜まるというオマケ付である。……誰だ、こんなの考えたの……。

「駅で3駅、歩いて20分か。結構近いんだね」
「はい。ですが、正体がばれないとも限らないので、入寮することに決まったのです。事実、薫子お姉さまにはばれてしまったわけですし」
「あはは……」


 まあ、それは運命の巡り会わせだよね。あたしは直に千早を見たから分かったんだけど。
 この辺りは見るからに高級住宅街だし、聖應に通ってるお嬢様の一人や二人は居そうだもの。千歳のお母さんも聖應のOGだって聞いてるし、思ったよりも世界は狭いものだ。
 そう、愛しのお姉さまの家を知りたくて、こそこそと付いて回るようなお嬢様が居ないとも限らない。実家の場所から本名が、そして正体が〜なんてなったら大変だ。

「あ、見えてきたよ」

 千歳の声に合わせて視線を向けると、三階建ての大きな洋館が見えた。
 平屋である七々原の家と比べると敷地は狭いけれど、やはりそれなりに大きいことが分かる。

「う〜ん、あたしやっぱり大きな家は好きになれないなあ」

 それはもう、第一印象からくる『食わず嫌い』みたいなものだとは理解しているんだけど、とにかく生理的に駄目なのだ。人気が少なかったりすると更に落ち着かない。
 ……建屋の大きさそのものなら、寮と大して変わらないのにねえ。

「いらっしゃい、薫子ちゃん」
「どうぞ、お入りください」


 そんなことを考えていたら、文字通り一足先に敷地内に入った千歳たちが振り返ってあたしを見ていた。

「あは、お邪魔します」

 ちょっと高めの白い壁に囲まれた敷地の中は、寂しくならない程度にスッキリとした配置で植木が並んでいたり、花壇があったりする。それらを横目で見ながら進み、大きな玄関扉の前に立った。

「ただいま〜!」

 その大きな扉を開けながら、お嬢様らしからぬ大きな声で帰宅を告げる千歳。ややあって、ぱたぱたという足音と共に、一人の女の人が現れた。
 幽霊の方の千歳に良く似ている。この人が千歳と千早のお母さん――

「お帰りなさい、千歳ちゃん!」
「わわっ!?」


 むぎゅ、とあたしの見ている前で、千歳に強烈なハグをかましてくれました。……あれ〜? 何かもっとこう、お淑やかな人を想像してたんだけど。

「んも〜、お母さん、薫子ちゃんが見てるのに……」
「あらいけない、お客様? 始めまして、私、千歳の母で妙子と云います」
「あ、えっと、千歳さんの友人で、七々原薫子です」


 勢いに飲まれたまま、ぺこりと頭を下げる。

「まあ、千歳ちゃんがお友だちを連れてくるなんて! もう、先に連絡してくれればきちんとお持て成ししたのに……」
「あ、いえ、お構いなく……」


 友人と聞いた途端に、すっごく嬉しそうに胸の前で手を合わせる。なんか凄いテンションなんですけど……何で?

「お母さん、今日はちょっと荷物を取りに来ただけだから、直ぐに寮に帰るよ」
「ええっ、折角お友だちを連れてきたのに?」
「ごめんね、今日のお昼は寮で流しソーメンするんだ」
「そんな……千歳ちゃんが初めてお友だちを連れてきたのに」


 あ、何かいきなり落ち込んだ。それにしても、初めての友だちか。そりゃそうなるよね。千歳は幽霊なんだし……。ああ、それでさっき喜んだのか。

「母はこの家で一人寂しく食事をしているというのに、みんなは寮で楽しく食事なんて……はっ、そうだわ! 私も寮に行けば……」
「奥様、申し訳ありませんがそれは御遠慮下さいませ。学内は関係者以外の立ち入りは禁止ですし……」
「まあ、何を云うの史。私は千歳の母なのだから、関係者ではないですか」


 あ、あれ? なんか妙なことになってる?

「そうね、確か聖應の制服は取ってあった筈だから……」
「も〜お母さん、わがまま云っちゃ駄目だよ」
「でもね千歳ちゃん、私はまだ寮の皆さんにも挨拶していないし、丁度良い機会だと思うのよ。史も薫子ちゃんもそう思うわよね?」
「奥様、それは……」
「え、ええっと……あはは」


 こ、こんなの答えられるわけ無いじゃん。どうすれば良いのさ。あたしは思わず千歳の顔を見ると、千歳は珍しく目を細めていた。

「お母さん、薫子ちゃんも史も困っちゃうでしょ。私、怒るよ?」
「……!」


 千歳が頬を膨らませて怒った瞬間、妙子さんが電撃を受けたように引き攣る。敢えて云うなら、この世の終わりみたいな顔で。

「そんな……千歳ちゃんが反抗期になってしまうなんて……」

 いや、反抗期とは違うと思うんだけど。と云うか、なんかジェットコースターみたいな性格の人だなぁ。上がったり下がったり……。
 よよよ、と床に膝を着いて泣いている妙子さん。……うん、なんかどっかで見たなあ。やっぱり千早にもちょっと似てるね……。千歳はちょっと困ったように笑うと、あたしと史ちゃんに口を寄せて。

「私、お母さんを慰めておくから、史と薫子ちゃんで荷物を取ってきてくれるかな?」
「承知致しました。……薫子さま、こちらに」


 史ちゃんがさり気無くあたしの手を取って、家の奥へと案内してくれる。
 ……ふと気が付いたんだけれど、何で妙子さんが直接出迎えたんだろう?
 史ちゃんのような侍女が居るんだし、普通はそういう人が出迎えると思うんだけど……そう云えば、他に人が居るような感じもないなあ。

「史ちゃん、他の使用人さんとかは?」
「……現在は、通いの者しか居りません。千歳さまと史が寮に居る間は妙子さまお一人なので、仕事も少ないですし」
「ふうん……」


 なるほど、それはちょっと寂しいだろうな。これだけの大きさの家なんだから。
 でも、自分は寂しい思いをしても千歳を聖應に通わせたかったんだって考えると、優しい人なんだろうなぁ。最初は、幽霊を学校に通わせるなんてどんな人なんだろうって思ってたけど……。

「薫子さま、こちらです」
「あ、うん」


 史ちゃんに案内されたのは倉庫……かと思いきや、まるでコレクションを並べているかのような、整然と物が整理された部屋だった。
 壁際に備えられた棚には、写真やトロフィーに混じって、粘土細工の塊のような物や落書き帳のような物も見える。
 そんな中に、流し素麺用の竹が在るって云うの? ……なんだかなあ。

「史ちゃん、この部屋って?」
「ここは、千早さまと千歳さまの思い出を集めた部屋でございます」


 へえ……つまり、千歳や千早に関するものを全部纏めてあるのか。あ、良く見ると西暦でラベルがしてある。

「……どうやら、問題無いようですね」

 あたしが回りに見とれている間に、史ちゃんは目的の物を発見して状態を確認していたみたい。史ちゃんの肩越しに、ゴルフバッグのような大きな袋に竹が詰め込まれているのが見えた。

「使えそうなの?」
「はい。軽く洗えば問題無いかと」
「そっか、そりゃ良かった」


 千歳も優雨ちゃんも楽しみにしてるんだし、ここまで来て駄目だったじゃ悲しいしね。

「ところで、そっちの袋も同じ物みたいだけど、そんなに沢山在るの?」
「こちらは水路の『足』です


 あ、そっか。そりゃ当然、足も無けりゃ困るよね。
 三本の足を二組で一つの水路を乗せる……うわ、もしかして大仕事? その袋に手を伸ばし軽く持ち上げてみる。

「お、重い……」

 なるほど、これは力仕事だわ。史ちゃんがこれを持つのは辛いだろうし、千歳は大丈夫なんだろうか。
 取り合えず、袋の手提げ部分を肩に掛けるようにして、両方の袋を抱えてみる。

「……ふ、史ちゃん、へるぷ」
「無理をなさらないで下さい、薫子さま」


 両肩にずっしりくるよ。こんなの持てない……。これ、千歳が片方持つにしたって大変だよ。





「だからと云って、こんな時だけ僕に頼るというのは酷い話だと思うんですがね……」
『ごめんね、ちーちゃん』

 高スペックな体の本来の力を発揮するならやっぱり本人で、と云うことで千早に代わりはしたものの。そりゃ本人は愚痴の一つも漏らしたくなるだろう。
 あたしは水路の方を、千早は量の多い足の方を担当して、ゴルフバッグのような袋を運んでいる。あたしでもかなり手強かった袋を何でもなさそうに運んでいる千早は、やっぱり男なんだなあ、なんて思う。
 ちなみに、幽霊状態の千歳は千早の頭にしがみ付くような格好で、あたしたちに憑いて来ている。

「まあまあ、そんなに不貞腐れないで。なんなら、食事の途中で入れ替わればいいんだしさ」
「いえ、別に流し素麺が食べたいわけじゃないんですが……」


 いや、そんなのあたしだって分かってるけどさ、千歳が心配してるじゃないの。機嫌良くとまではいかないまでも、もうちょっと不安にならない表情をしてあげなって。

「それにしても、凄いお母さんだったね〜、妙子さんは」
「……ええ、まあ。云われるとは思いました」

『あはは……お母さん、ちょっと天然だから』

 あんたがそれを云うな、と突っ込みたいところだが、それは置いておくとして。

「あたしはお母さんってものを知らないから良く分かんないけど、でも、優しくて良い人そうじゃない」

 あたしの母さんも聖應の出だそうだけど、親父は詳しいことを話してくれたことが無いので分からない。でも、きっとああいうお母さんなら、毎日が楽しそうだ。
 でも、そんなあたしの言葉を余所に、千早はちょっと苦笑して。

「ええ、僕も母さんのことは好きですし、優しさも疑っては居ませんが……色々と度を越えてますから」
「……千早さま」
「あっ……と、これ以上は愚痴になりそうですね」


 史ちゃんが嗜めるように声を上げて、千早は言葉を濁した。
 まあこんなことを云っては悪いけど、あの年齢で聖應の制服を着て乗り込もうとする辺りは、確かに普通じゃないよね。あはは……。

『……お母さん、私の所為でいっぱい泣いちゃったから。だから、今を楽しくすることに一生懸命なの』
「……千歳」
『お母さんとも、沢山の思い出を作りたいんだけどね……』

 でも、実家から聖應に通うのは危険で……二律背反か。

「それでも、妙子さんは千歳を学校に通わせると決めたんでしょう? なら、その気持ちを無駄にしないようにしなきゃね」
『うん』
「とりあえず、流し素麺の様子をビデオで撮影して送る、ということで納得してもらいましたが……大丈夫でしょうか」
「いくら母さんでも、こっそり後を付けてくるなんてことは無いよ……多分」


 千早の言葉に、あたしたちは思わず回れ右をしてしまうのだった。……うん、居ないよね。





「ただいま〜」
「ふ〜、重かった〜……」


 途中で休憩を挟みつつ、何とか寮へと到着する。あ〜、何か肩が変な風になってる。

「これは、お屋敷へ返す時は宅配をした方がよさそうですね」
「そうだね。正直、もう持ちたくない」


 玄関でぐったりしていると、声を聞き付けたのか、初音が食堂から顔を覗かせた。

「おかえりなさい。首尾はどうでしたか?」
「これこの通り〜……」


 あたしが床に転がしてある袋を叩くと、初音は一瞬目を丸くして。

「そんなに大きい物だったの?」
「そうだよ〜。これを組み立てる作業が残ってるかと思うと、正直泣きたくなるよ……」
「あ、あはは……でも薫子ちゃん、その分素麺は美味しく感じる筈だよ!」


 云い出しっぺが何を云ってるかな……まあ確かに、あたしのお腹はそろそろレッドゾーンに突入だけどね!

「もう、付け合せを作ったり素麺を茹でたりしてますから。薫子ちゃん、ここまで来たらもうひと頑張りですよ!」
「へ〜い……」


 確かに、ここで投げ出したら意味が無い。こうなりゃもう自棄だって感じで、あたしは騙し騙しで体を起こし、袋を抱えなおして風呂場へと向かう。
 扉の開いている風呂場を覗くと既に掃除は終わっており、陽向ちゃんが床を乾拭きしていた。

「陽向ちゃん、お疲れ様」
「あ、薫子お姉さま、お帰りなさいです。……目的のブツは?」
「これ〜」


 でん、と床に置いたその音で、陽向ちゃんもまた目を丸くした。

「うわ、本格的なんですねえ。ふむ、この風呂場にどんな風に配置しますか……」
「いや、普通で良いから……任せて良いかな?」
「はいはい、任されました。お姉さま方は重いものを持ってきたんですから、少し休んでいてくださいな」
「うん、言葉に甘える〜」


 陽向ちゃんに袋を預けて、あたしたちは食堂へと向かう。冷たい水の一杯でも欲しいところだ。
 よたよたと歩きながら食堂へと足を踏み入れ……もわっとした空気に出迎えられる。

「うわ、何これ?」
「わ……あっつい〜」
「……お待たせしました、こちらをどうぞ」


 千歳と二人で顔を背けているところに、いつの間にか厨房に入っていた史ちゃんがアイスティーを持ってきてくれる。

「あ、ありがとう史。ところで、これってどうしたの?」
「……素麺が涼しげな食べ物って云うのは嘘よねえ


 千歳の疑問に答えたのは、汗まみれになって厨房から出てきた香織理さんだった。
 香織理さんは額の汗を無造作に拭い、食堂の椅子に腰掛けて一息する。

「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……七人分の素麺を茹でるのがどれだけ重労働か……」
「あ〜、なるほど……」


 それは確かに、聞くだけで熱そうだ。湯から上げて水で冷やして……と云うことは、これは湯気が換気されないで溜まったものか。
 そんなことを考えている間に熱くなった空気は徐々に薄れていき、厨房の奥から同じように汗をかいた初音が皿を持って現れた。

「香織理ちゃん、掻き揚げはこんな感じでいいのかな……あ、薫子ちゃんたちも来たんだ。良かったら味見する?」
「遠慮しておく。もうちょっと休んでから」
「あ、じゃあ私が食べる!」


 香織理さんと同じように体を投げ出すあたしを余所に、千歳は菜箸を受け取って掻き揚げを割る。……ホント、元気だよなあ。アイスティーを飲んだ直後に熱い掻き揚げとか……。

「あ、千歳ちゃん、ちゃんと冷まして……」
「あひゅっ!? みじゅ、みじゅ!」


 ……。





 さて、そんなこんなで準備も終わり。
 こんな時でも給仕役を買って出てくれた史ちゃんが、大きな皿に一口サイズで纏められた素麺を乗せて、みんなを見回してから口を開く。

「それでは、第一回、聖應女学院女子寮における流し素麺大会を始めます」

 いや、二回目とか無いから。みんなだって、こんな手間の掛かることを何回もしたいとは思わないでしょ。そりゃまあ、来年とかになればまた話は別だろうけど。

「準備OKだよ〜」

 めんつゆを持って嬉しそうに云うのは勿論千歳。その次に優雨ちゃん、初音、あたしと来て、香織理さんの後に陽向ちゃんという並び方だ。
 水路は壁際を沿うようにして並べられた後、最後に浴槽の中に向かって流れ落ちる。勿論そのまま流すんじゃなくて、大きな笊で掬い損ねた素麺を受けるようになっている。素麺が浮かんでいるお風呂に入るのは誰だって嫌だもんね。

「では、いきます」

 蛇口から水路へと流れる水に、そっと浸すようにして素麺が流された。
 結構な勢いで流れるそれは、箸を差し出して構えている千歳の目の前をあっさりと通り過ぎ、初めての体験でどうすれば良いか分からない優雨ちゃんの前を過ぎ、あっと声を上げる初音の前を通り過ぎ、何となく黙って見送ったあたしと香織理さんの前を通り過ぎた。

「ちょ、ちょっとみなさん、黙って通しちゃ駄目じゃないですか〜」

 水路の端で待ち構えていた陽向ちゃんが、ひょいっと器用に箸で引っ掛けて、文句を零しながらも器の中へと入れる。

「あはは……何となく、云いだしっぺが一番に食べるのが良いかな〜って」
「史〜、ちょっと速いよ〜」
「申し訳ありません。水量を絞ります」


 ぷっと脹れた千歳が史ちゃんに文句を云う。それでもどこか楽しそうな云い方なのは、あたしの気のせいじゃないだろう。

「では、もう一度」
「よ〜し、いつでもこ〜い……そりゃ!」


 ……そんな、金魚掬いみたいに気合を入れるものじゃないと思うけどなあ。水路に突き込まれた箸は、半分ほどを残しながらも素麺を掬い取った。
 あたしは流れてきた半端分を掬いつつ。

「千歳〜、下手っぴ〜」
「む〜!」
「こらこら、喧嘩しないの」
「……うまく、すくえるかな」
「そういう時はね、予め水路の中に箸を入れておけば大丈夫だよ」
「「なるほど」」
「……実はそれ、マナー違反なんですけどね……」


 テンポ良く流される素麺は、上手く掬えない優雨ちゃんと初音が二人掛りで掬ったり、解れている数本の素麺しか流れて来ない為に我慢できなくなった陽向ちゃんが騒いだり、とそれなりに楽しく行われた。

 ある程度の量を食べると、みんなで薬味や付け合せの掻き揚げなどが乗っているテーブルで休むことにする。立ったままで流れる素麺を食べるのって、案外疲れるのだ。
 特に、立ったままで食事をするなんてことをしたことの無い優雨ちゃんは、流れる素麺に意識を集中したせいか結構疲れたみたいだった。

「ふ〜。でも、夏休みの思い出としては、こんなのも悪くないよね」
「そうね。……まあ、こんなことが出来るのも今だけでしょうし」
「どう、優雨ちゃんは楽しかった?」
「……うん」


 箸休めに暖かいお茶を飲んでいた優雨ちゃんは、千歳の問いに笑いながら頷いた。

「さて、今度は史の番だね。私が流すから史はそっちね〜」
「いえ、史は普通に食べますので、流していただく必要は……」
「だ〜め。これは流し素麺なんだから、史も流されているものを食べるの」
「……はあ」


 ……史ちゃんのことを考えて云っているように見えるけど、あれは違うな。千歳が素麺を流してみたいだけだ。だって千歳の顔が、面白いおもちゃを見付けた子供みたいなんだもの。
 あたしが気付いているのに史ちゃんが気付かない訳がない。史ちゃんは素直に素麺の乗った皿を千歳に渡して、めんつゆを持って水路に立った。

「いくよ〜」
「お願いします」
「それっ」


 ぽちゃ、ぽちゃと水路に落とされる素麺。……って、早い早い。わんこそばじゃないんだから、そんなペースで流しちゃ駄目でしょうに。
 史ちゃんも妙なところで律儀だから、一つも逃さずにひょいひょいと掬ってはつゆに浸けて口へと運んでいる。

「なんと云うか……流し素麺に似た何か、だよねえ」
「……そうね


 香織理さんと二人で呆れながら見ていると、ハイペースで流された素麺はもう終わりになったようで。

「後は細かいのだけだね。一気にいくよ〜」
「え、あ、お待ち下さい千歳さま――」
「そりゃ!」


 きっと面倒になったんだろう。あっと思う暇も無く、千歳は皿を傾けて残っていた素麺を一気に水路に流し込んだ。
 皿の上に残っていた数束の素麺は、勢い良く流れ……たりせずに、水路に詰まってしまった。

「あれ、詰まっちゃった……」
「ああ、もう。仕方ないなあ」
「薫子お姉さま、史がやりますから」


 あたしが席を立って詰まりを直そうとすると、史ちゃんがそれを制して自分で直そうとする。まあ、そのまま器に入れて食べちゃえば良いわけだから、そのほうが楽――

「あっ」
「えっ」


 つるっと。
 水路が詰まったことで溢れた水が、史ちゃんの足元を滑らせて。
 両手が箸と器で塞がってた史ちゃんは、バランスを取れずに――

「わ〜っ!?」
「か、薫子ちゃん! 史! 大丈夫!?」
「あらら、大変」


 イタタ……まさか、こんなオチになるとは思わなかった。素麺と水でぐちゃぐちゃになっちゃったよ……。

「申し訳ありません、薫子お姉さま。史、一生の不覚です」

 あたしの上に圧し掛かっている史ちゃんが、器用に両手を上に上げたまま(だからひっくり返ったんだけど)であたしに謝ってくる。間に水路の竹とかを挟まなくて良かったよ。下手したら大怪我ものだ。

「ああ、うん、大丈夫だから」
「お、おお……お姉さま方がシロイモノに塗れてくんずほずれつ……」
「ご、ゴメンね薫子ちゃん、史」


 リビドーが! とか云ってる陽向ちゃんを横目で見つつ、あたしは舌を出して謝る千歳を睨み付けるのだった。










「……この映像も、奥様にお送りするべきでしょうか……」
「ちょ、ま」




**********


 落ちへの繋げ方が強引かな……ぶっちゃけ、陽向の台詞を書きたかっただけ。
 あと、そうめん食いたい。

 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第四章番外話読ませていただきました。
今話で夏休み編は終わり、次章では、確か体育祭…でしたか?
千早と淡雪との話ですが、千歳がメインのこの橋ではどうなるか楽しみです。
では、また期待してお待ちしております。
失礼します。

2011/06/25 19:54
唯さん、こんばんは。

さて、ちょろちょろと内容が変わっていきますので、どちらかと言うと次のメインはドロボウ話。体育祭はEX扱いかな?
千歳と淡雪が話の中心……になると思いますがww
今週末には更新の予定なので、それまでお待ちくださいませ。
A-O-TAKE
2011/06/28 21:38
報告です


・千歳ちゃんがお友達を→千歳ちゃんがお友だちを
・むふ、この風呂場にどんな風に→ふむ、この風呂場にどんな風に
・第一回、聖應女学園女子寮→第一回、聖應女学院女子寮



陽向もだけど、薫子もなかなか淑女とは思えない知識が豊富ですよね
初音とかがまったく知らないのも驚きなんですけどね
Leon
2011/11/10 21:34
追加報告です


・寮と大して替らない→寮と大して変わらない
・袋を抱えなおして風呂場へと向う→袋を抱えなおして風呂場へと向かう


そういえば…妙子も靜香も緋紗子も幸穂もOGですよね、あとはまりやの母も
年齢は緋紗子を除いてみんな割と近そうですが、学生時代からの知り合いだったりしたらちょっと面白いですね
Leon
2011/11/25 12:51
妃宮さんの中の人 4-EX A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる