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zoom RSS 妃宮さんの中の人 5-2

<<   作成日時 : 2011/07/14 22:48   >>

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 もうちょっと早く上げる心算だったんだけど……夏バテです。

 まあ、成田まで祭りを見に行ったりとかもしてたんですが。


**********

 かくかくしかじか。

「なあんだ、それじゃあやっぱり出鱈目だったんだ……」
「あはは、期待に添えなくてごめんね」


 淡雪さん、雅楽乃さんと食卓を共にしながら昨日の経緯を語ったところ、淡雪さんは肩を落としてしまった。

「それにしても、どこから烏退治なんて言葉が出てきたのかな?」
「あら……? 確か昨日、千歳お姉さまがそう口にしていたという話だったのですが……」
「へっ? 千歳、そんなこと云った?」
「ううん、云ってないけど……」


 雅楽乃さんの言葉に、千歳と二人で首を傾げる。
 ……あ、そう云えば、退治しちゃえば良いとは云ってたっけ。それがいつの間にか退治するになったのか。典型的な伝言ゲームだね。

「一年生や二年生の間では、結構広まっている噂なのですが……そうですか、誤解でしたか」
「はあ……烏退治が駄目となると、当分の間はあの暑い更衣室で着替えなきゃ駄目なのかぁ」


 口をへの字にしながらパスタを突っついてる淡雪さんを見ると、ふむ、結構烏退治を期待している人も多いんだろうなと思うけど……どうしたものかね。

「う〜ん、私もやっつけちゃえば良いと思うんだけど、勝手に烏を退治すると法律違反らしいからね〜」
「え、そうなんですか?」
「そうなんだよ〜、私も知らなかったんだけどね」


 千歳のやっつけるはかなり物騒な方法なんだろうけれど、それは兎も角。

「やっぱり、みんなの不満は多いのかな、雅楽乃さん」
「……そうですね。窓とカーテンを閉めておく、ということになると、冷房の無い部屋ではそれはもう大変ですから」
「……だよねぇ」


 更衣室の他にも、トイレとか、各種の資料室とか、クラブハウスとか、結構あるもんね。特にクラブハウスは最悪だろうな。

「それに、不満なのは暑さ対策だけでなく――」

 言葉の途中で一息吐いて、何故か淡雪さんの方を見る雅楽乃さん。

「――ここだけの話、お姉さまの活躍が見れないと、残念に思う人も居るようですから」
「ちょ、うたちゃん!? 私内緒にしてって云ったよね!」
「あらごめんなさい。忘れていました」


 おほほほほ、なんて口元を押さえて笑う雅楽乃さん。なんだろう、今の雅楽乃さんからは香織理さんと同じニオイがするよ。

「まあ、冗談は置いておくとして。……格好良いお姉さまを見たいと云う方は結構居りますので、お姉さまに退治して欲しいと考える方は多いですよ」
「む〜……」


 そんなことを云われてもな。あたしたちを見ている視線にいつもと違う物を感じるのはそれが原因なんだろうけれど、こんな空気じゃご飯も美味しく感じられない。
 それにしても……格好良い方の千歳って何だ。それってもしかして、偶に千歳と入れ替わっている千早のことを云ってるんだろうか?

「雪ちゃんだって、格好良い千歳おね――」
「それ以上云わなくていいから!」
「あはは……淡雪さん、ちょっと落ち着いて」


 慌てて雅楽乃さんの口を物理的に塞ぐ淡雪さんだけど……それってもう、白状してるのと同じだよ。
 淡雪さんもそれに気が付いたのか、雅楽乃さんの口から手を離すと、顔を赤くして視線を落としてしまった。

「う、ううう……」
「――ふう。今日は可愛い雪ちゃんが一杯見れて嬉しいです」
「あはは……雪ちゃん、ふぁいとだよっ」
「――」


 あ、止めを刺したよ、千歳の馬鹿。
 しかし、格好良いお姉さまか。それを期待されても、烏なんてどう退治して良いか分からないし。

「どうしたら良いかねぇ?」
「う〜ん……史に聞いてみようか。史? 史〜?」


 まあ、史ちゃんなら色々と知っていそうだけれど……と、映画などでメイドさんを呼ぶようにパンパンと顔の横で手を叩く千歳。何やってんの?

「……お呼びでしょうか」
「ぅわっ! ホントに出た!?」


 いきなり耳元に声が聞こえて慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか史ちゃんの姿が!

「ふふっ……薫子お姉さま、史さんは先ほどから後ろに居ましたよ?」
「ええっ?」


 な、何だぁビックリした。
 ってか、雅楽乃さんも淡雪さんも、あたしたちの正面に座ってたんなら史ちゃんが近付いてるのが分かるだろうに。
 周りからクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。……意地悪だな、もう。

「史、ちょっとこっちに座って。烏退治について聞きたいの」
「はい……失礼します」


 軽く頭を下げてから、空いている席に腰掛ける史ちゃん。

「史さんは、こういったことにお詳しいのですか?」
「仕事の都合上、こういった生活に関するトラブルの話は色々と調べておりますので」
「は〜……流石はプロのメイドさんだね、史」
「ありがとうございます……侍女ですので」


 いつものやり取りをする史ちゃんと淡雪さん。多分、千歳の伝で仲良くなったんだろうけれど……史ちゃんがちょっと嬉しそうなのは新鮮な感じだ。
 史ちゃんはコホンと軽く咳払いしてから、口を開いた。

「烏を退治する……と云うか、追い払うだけならばそれほど難しくは有りません」
「そうなの?」
「最近は市販の烏対策グッズなども有りますし、業者へ依頼する方法もありますので」
「ふ〜ん……」


 あんまり大騒ぎはしたくないんだけどなあ。お金の掛かる方法じゃあ、予算がどうとかって話になって初音にも迷惑掛けちゃうし。

「ちなみに、その対策グッズってどんなのがあるの?」
「そうですね、最近はカプサイシンを使った物が有名でしょうか」
「カプサイシン?」
「簡単に云えば、唐辛子です。烏は味覚が敏感ですから――」


 何か興味を持ったらしい淡雪さんが、史ちゃんに尋ねている。
 あたしはそれを聞きながら、思っていたよりも大きな騒動に発展しそうな気配を感じていた……。





「それではお姉さま方、ごきげんよう」
「ええ。それじゃまた」
「あ、千歳お姉さま、華道部に顔を出す約束、守って下さいね?」
「うん、今日の放課後だったよね。ちゃんと行くよ〜」


 へえ、千歳はまだ華道部に顔を出してるのか。春からこっち、良く行くクラブはそれなりに数が絞れているみたいだけど、千歳はどっちかって云うと体育会系なのになあ。

「あ〜、そう云えば、あたしもフェンシング部に顔を出さなきゃな」
「え、今日行くの? あ〜、私も薫子ちゃんの格好良いところが見たかったのになあ」
「何云ってるのよ、もう」


 今さっき、華道部に行くって云ったばかりでしょうに。

「では、史もこれで失礼します」
「うん、また放課後ね」
「はい」


 史ちゃんと3−Cの前で別れたあたしたちは、そのまま引き戸を開けて教室へと入る。

「ただいま〜」
「あ、おかえりなさい、薫子さん、千歳さん」


 冷房で冷えた空気を入れ替えるために、教室の窓は大きく開いていた。今日はちょっと風が出ているので、熱い空気がさあっとあたしの横を抜けて廊下へと流れていく。

「これくらいの風があれば、涼しく感じるんだけどな〜」
「そうだね。……おや、もしかして、あれが件の烏かな?」
「えっ?」


 窓際に居た茉清さんの声に、あたしと千歳はそちらへと向かう。
 ああ、本当だ。中庭の春楡の木に、大きな烏が留まっている。

「窓、閉めた方が良いでしょうか?」
「そうだね。そうしようか」


 ああ、折角の良い風だったのになあ。あの一羽の所為でこの有様じゃあ、確かにさっさと退治してくれって云いたくなるのも分かる。どうしたものかな。

「あの楡の木って、確かずっと前の卒業生が植えた木なんですよね」
「へえ、だから一本だけであんなところに植えてあるのか」


 中庭の真ん中にぽつんと立っているから、何か曰くのあるものだとは思っていたけど。それじゃあ簡単に切っちゃったりは出来ないよなあ。
 大体、あそこに留まらなくなったとしても、他にも留まれる場所は一杯あるんだから。
 腕を組みながら考え込んでいると、茉清さんが苦笑してこっちを見ているのに気が付いた。

「……何?」
「いや、最近の薫子さんは鍍金が剥がれて地が出てきていたけれど、そういうところは変わらないな、ってね」
「鍍金って……」
「ふふ……これは久しぶりに、格好良い薫子さんが見れるかもしれませんね」
「もう、聖さんまで」


 いやまあ……自分でも、四月の頃の肩肘張った態度が大分薄れてきてるのは分かってるんだけどさ。逆の云い方をすれば普段は格好良くない、つまり……情けないってわけで。

「むう……」
「薫子ちゃん、どうせなら一緒に烏退治しようか」
「はあ? 千歳まで何を云い出すのよ」
「だって、みんな困ってるじゃない」


 千歳の言葉に、クラスのみんながうんうんと頷くのが見えた。
 とは云っても、あたしたちが勝手に動くわけにも行かないし、いくら学校の敷地内と云ったって手荒なことはしたくない。本音で云えば、相手が烏だからって殺したりなんかしたくないし……。

「ふう……でもまあ、色々と考えてみますかね」

 考えるのはあたしの役割じゃないんだけどなあ。また、沙世子さんに怒られるかな。はぁ……。





 そして、その日の夕食では。

「やっぱりみんな、ちょっと不満そうだったなぁ」
「……烏の件?」
「うん」
「でもねえ……」


 食後のお茶を飲んでいると、初音が愚痴を漏らした。
 自治の気風が強い聖應だけに、生徒会からの指導に対して大っぴらな反対意見が上がることは少ない。
 でも、今回は誰が悪いというわけでもない。云ってしまえば自然災害だ。それが不特定多数の生徒に不便を強いているのだから、愚痴が出るのも仕方が無い――と云うのは香織理さんの意見。そんなものかなぁ?

「暑さと湿気が相手じゃあ文句を云えませんからねぇ。その矛先が烏や生徒会に向くのは仕方がないかと思いますよ?」
「……陽向ちゃんは水泳部だから、そんなに困ったりしなさそうだけどね」


 あたしは放課後のフェンシング部更衣室を思い出して顔を顰めた。シャワーで汗を流してさあ着替えるぞ、って段階で更に汗を掻くことになるんだから、そりゃあ文句が出るのも当然だ。
 その点、水泳部は更衣室もプールの施設内にあるので、ちゃんと空調が効いている。なんとも羨ましい限りだ。

「シャワーと着替えだけ、水泳部の施設を借りるって手もあるけど……」
「いつまでもそれを続けるわけにもいかないでしょ?」
「そうだよねぇ」
「……はつね、げんきだして」


 くてり、と食卓に突っ伏した初音を、優雨ちゃんが慰めている。烏のことに関しては優雨ちゃんだって関係者だからね。それに、今日から生徒会のお手伝いも始めたんだし。

「史、確かお昼に、追い払うだけなら簡単って云ってたよね?」
「はい。烏は頭の良い鳥ですので、あの場所が危険と知れば寄り付かなくなるはずです、が――」
「……が?」
「――結局は、場所を変えてまた現れるのではないかと」
「む〜……」


 あたしが昼にも考えていたことを説明されて、千歳が口をへの字にした。

「史ちゃん、その対策ってどんなのがあるの?」
「そうですね。カプサイシンで味覚に刺激を与えて追い払う、あるいは……烏の死骸を真似た人形をぶら下げる、等ですね」
「え゛」


 縋るような目で史ちゃんを見た初音に対し、史ちゃんがとんでもないことを云う。見ると、みんな「うわぁ」って顔をしていた。
 烏の死骸は……見た目的にも最悪だ。それは勘弁して欲しい。

「もっとも、烏は頭が良いので、自分に害が無いと分かればまた戻ってきます。一時的なものにしかなりません」
「そ、そうなんだ……史ちゃん、ちなみにそれ、お値段は……?」


 史ちゃんは初音の耳元に値段を囁いた。初音が肩を落としたところを見ると、さっと揃えられるような値段じゃなかったみたいだ。一個や二個ならまだしも、烏が出そうな場所全てにってわけにはいかないんだろう。

「どうしても、って事態になるなら、学院側と協議して予算を出してもらえるけれど……困ったなぁ」
「……どうぞ」


 うんうん唸ってる初音の前に、史ちゃんが紅茶のお代わりを置いた。そのまま、卒の無い手付きでみんなの紅茶を入れていく。
 何となく、みんなが黙ってその光景を見守る中、不意に史ちゃんが声を上げた。

「皆様はお忘れかもしれませんが、一つ重要なことがございます」
「え?」
「烏退治をするならば、それは千歳お姉さまと薫子お姉さまがしなければならない、ということです。多くの生徒が、それを望んでいるのですから」
「うっ……史ちゃん、嫌なこと云わないでよ〜」
「……それ、手段と目的が入れ替わってますよね〜」
「そうねえ。みんなミーハーだから、格好良いお姉さま方を見たいんでしょうね」


 大人気ね、なんてウインクと共に云う香織理さん。嬉しくない。

「でもさ〜、あたしたちが退治するって云っても、そんな方法があるわけ?」

 無いでしょ?
 そもそも、殺したり捕まえたりしちゃいけないんだし、追い払うだけじゃまた戻ってきちゃうし。

「少々、暴力的ですが……出来ないこともありません」
「はっ? いやいや史ちゃん、さっきと云ってることが違くない?」
「人の手で直接追い払えば烏は人を恐れるようになりますから、生徒たちは襲われなくなると思います」
「……」


 史ちゃんのその言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。





「……水鉄砲?」

 何云ってるの、という顔で眉を顰めたのは沙世子さん。
 翌日の昼間、千歳や史ちゃんと一緒に生徒会室を尋ねたあたしは、昨日の夜に初音たちと纏めた烏の退治案を説明していた。
 まあ、そういう顔をするのも分かる。あたしたちだって、昨日聞いた時は反応に困ってしまった。
 簡単に云えば、ハイパワーの水鉄砲(なんでも、10m以上飛ぶらしい)にカプサイシンの溶液とか、烏の苦手な液体を入れて「ぶしゅーっ」とやっちゃおう、ってことらしい。

「うん。史ちゃんの云うところによると、人が攻撃してきたってことを覚えて、近寄ってこなくなるんだって」
「……本当なの、それ?」


 うわあ、やっぱり信じてない……と云うかだね、あたしが説明するより初音が説明した方が話が説得しやすいと思うんだけど。

「こちらをどうぞ。資料です」

 後ろに控えていた史ちゃんが、インターネットで調べてプリントした物を差し出した。

「どうかな、沙世ちゃん。私はこれで良いと思うんだけど……」
「カプサイシンの溶液ねえ……まあ、分からなくもないけれど……」


 三枚程度の書面に目を通した沙世子さんは、初音の言葉に渋々ながらも頷いた。けど、あたしたちの方をじろっと見てから、気に入らないと云わんばかりの声色で呟いた。

「でもね……これをエルダーのお姉さま方がやる必要は無いんじゃないの?」
「な〜にを云ってるんですか副会長! お姉さま方だからこそ、やらなくちゃいけないんじゃないですか!」
「こ、こら、近いわよ」


 沙世子さんの言葉に怯みそうになった時、援護してくれたのはさくらちゃんだった。沙世子さんに詰め寄って熱弁している。

「こら、つっちー、止めないか」
「なによややぴょん。ややぴょんだってみんなから聞いてるでしょ? ここでお姉さま方が出てこなかったら、みんながっかりしちゃうよ」
「うっ……それは、しかしだな……」


 くいっとさくらちゃんの襟を掴んだ耶也子ちゃんだけど、矛先が変わってたじたじになってしまった。ここの生徒会で一番勢いがあるのは、やっぱりさくらちゃんだね。

「……あのねえ、さくら。生徒会業務は遊びじゃないのよ? 人気取りのようなことなんか……」
「むっ……」


 人気取りだなんて失礼な。あたしだって進んでこんなことしてるんじゃないや。他にやる人が居るんだったら喜んでその人に譲るよ。

「……なによ」
「……別に」
「……けんかはだめ」


 沙世子さんの制服の裾を引っ張って、優雨ちゃんが呟く。
 じっと上目遣いに見詰められると、流石の沙世子さんも強くは出られないようだ。渋々ながらも視線を逸らした。

「沙世ちゃん、気持ちは分かるけど……正直な話ね、もう引っ込みがつかないと思うの。噂が先行して、みんなが期待してる」
「……」


 でも気持ちは納得できないって、ね。そうだよね、風紀委員も兼ねている沙世子さんとしては、こんなお祭り騒ぎは容認できるものじゃないんだろう。

「みんなの憧憬を一身に受けるのが、エルダーの義務。……逆に云えばね、エルダーはみんなを失望させるようなことをしてはいけないの」
「……もういいわ、分かったから」


 沙世子さんは肩を竦めて、初音の言葉を遮った。
 はぁ……これでまた、あたしたちに対する風当たりが強くなるのかな。
 去年の沙世子さんはここまで頑なじゃなかったんだけどなあ。あたしの前でも結構笑うことがあったし。やっぱり、由佳里さんの影響は大きかったってことか……。

「それで、これは何時やる心算なの? こうなったら、早い方が良いと思うんだけど」
「ええっと、史ちゃん?」
「はい、既に道具は取り寄せてありますので、今日の放課後にでも行えます」
「……今日? それはまた随分と早い……初音」
「あ、あはは……」


 じろり、と沙世子さんが初音を睨んだ。道具が用意してあるってことは、初音の頭の中じゃ既に決定されていたということで。沙世子さんに話したのは追認の意味でしかないってことに気が付いたんだろう。

「ご、ごめんね沙世ちゃん。でもでも、みんなが困ってるんだから、一日でも早い方が良いと思って、ね?」
「……云い訳はそれだけ? この手の案件は、生徒会長の認可だけじゃ――」


 うわ、説教が始まったよ。
 みんながさり気無く初音と沙世子さんから距離を取る。こりゃ、あたしたちも退散しますかね。

「……初音、頑張れ〜」

 千歳と史ちゃんを廊下の外へと押しやりながら、あたしはそっと呟いたのだった。





「それじゃあ、今日のホームルームはここまで。……ええっと、特に用事の無い人はいつまでも学院に残っていないで帰るように……って云っても無駄かしらね?」
「「「「はいっ!」」」」


 その日のホームルームでは、どこのクラスでもこんな遣り取りがなされたそうな。
 ……ホンット、噂の広まるのが早いところだよね……。





「お姉さま方、頑張って下さいね!」
「あ、うん、ありがとう」
「お姉さま方、応援しております!」
「あ、あはは……がんばるよ」


 教室を出てから生徒会室へと向かう間、一体何人の子に声を掛けられたのやら。
 単純な烏退治の筈が、いつの間にか学院全体を上げてのイベントになっているような気がする。
 史ちゃんが寮に戻って道具を準備してくる間、あたしたちは生徒会室で出番を待つことにしたのだ。何故って、応援と称して教室に来る子の多いこと。
 このままじゃシスターに怒られる、ってことで、緊急避難となったのだ。
 生徒会室や特別教室のある廊下まで辿り着いてやっと一息。

「あら、お姉さま方」

 ……と思ったら、何故か雅楽乃さんと淡雪さんが居た。

「う、雅楽乃さんに淡雪さんまで、応援?」
「いえ、華道部の予算の件で、少し生徒会長とお話がありまして」
「あ、なるほど」


 そう云えばこの二人、華道部の部長と副部長だったっけ。

「お姉さま方は、どうしてこちらに? もう烏退治に向かわれたのかと思いましたが」
「いや、今は史ちゃんに道具を取りに行ってもらってるの。あたしたちが動くと騒ぎが広がりそうで」
「まあ……」


 あたしの言葉に、雅楽乃さんと淡雪さんも苦笑する。まあ、この二人は窓際に噛り付いてあたしたちを見るようなことは無いだろうけどね。

「私たちも、今日は特に用事も無いことですし……雪ちゃん、見学していきますか?」
「えっ? あ、いや、その……どうしよっか」


 お〜お〜、慌てて顔を赤くしちゃって。ちらちらと千歳に視線を向ける様子が可愛いなあ……。

「……あれ? 千歳お姉さま、ちょっと顔色が悪くありませんか?」
「えっ?」


 もじもじしてた淡雪さんが、不意にそんなことを云った。あたしと雅楽乃さんも千歳の方を見ると、なるほど、ちょっと顔が白い。貧血かな?

「千歳、大丈夫? もしかして緊張してる?」
「あ、あはは……うん、ちょっとだけ」


 そう云えば、全校生徒からこれだけ期待されることって殆ど無いよね。これだけ視線が集まるのは、エルダー選挙の時以来……あれ、なんだろ。今、何か思い出しかけたような。

「では、私たちはお姉さま方の負担にならないように、陰で応援させて頂きますね」
「え? あ、うん。あんまりプレッシャーを掛けないでくれると助かるなあ」
「ふふっ……千歳お姉さま、薫子お姉さま、ファイト!」


 淡雪さんが両手を前でぎゅっとして、あたしたちに気合を入れる。

「あはは、ありがとね」
「うん、がんばる」
「それでは、失礼します」


 会釈をしながら階段を下りていく二人を見送ってから、あたしは千歳に目を向けた。何となく、気になったのだ。
 う〜ん、やっぱり微妙に顔色が悪いような気がする。
 少なくても、いつもの無駄に元気一杯な千歳じゃないことは確かだ。生徒会室でちょっと休ませるかな。

「失礼します。七々原です」
「……妃宮です」


 そんなことを考えながら、あたしたちは生徒会室の扉を開けた。

「……大変なことになってるわね」

 開口一番それですか、沙世子さん。あたしたちを睨んだってどうしようもないでしょうに。

「私もちょっと予想外だったなあ。まさか、こんなに早く話が広まるなんて……」
「人の口に戸は立てられないって云うけれど、さくら、ちょっと度を超えてるんじゃない?」
「はあ……すみませんです。無用な噂話を無くす為に、みんなに情報を流したのが裏目に出るなんて……」


 え、そんなことしてたの? 昼の話が放課後にはクラス全員が知ってるような状態だったから、一体どうなってるのかって思ってたけど。
 きっと今も、教室の窓から中庭を監視している生徒が一杯居るだろう。……やりにくいなあ。
 なんか、今日中に必ず退治しなくちゃいけない、みたいな空気になってるしさ。

「あのさあ、初音。学院全体が異様な雰囲気なんだけどさ、これで烏が来ると思う?」
「えっ?」
「いや、だってさ、烏って頭が良いんでしょ? こんな、学院中の生徒が監視しているような状態で、のこのこ現れたりしないと思うんだけど」


 ……っていうか、あたしが烏だったら、この雰囲気にビビッて逃げ出すと思う。
 まあ、今日一日で絶対に退治しなくちゃいけないって訳じゃないけどさ。

「そうだね……どうしようか」
「……初音、放送室に行って、みんなに呼びかけてくれない? 私たちは、直接教室を廻って話してくるから」


 初音が首を傾げると、それに応えるようにして沙世子さんが指示を出した。こういう時に直ぐ対策を考えられるのが、沙世子さんの凄さだと思う。

「優雨ちゃん、一緒に行こう。放送室のこと教えてあげる」
「……うん」
「それじゃあ私は二年、ややぴょんは一年を見て回るということで」
「だからややぴょんは止めろと――」
「はいはい、そういうのは足を動かしながらにしなさい」


 いつもの遣り取りをする二人を廊下に押し出しながら、沙世子さんは扉を開けた状態であたしたちに振り向いた。

「七々原さんと妃宮さんは、ここで留守番しててくれるかしら。度會さんが道具を持ってきたら、そのまま始めちゃって構わないから」
「うん、分かった」


 ……いや、本当は部外者に留守番頼んでもいいのかな、と思わなくも無いけれど。まあ、去年は生徒会の手伝いも色々としていたし、身内だと思ってくれているということにしておこう。
 それにしちゃ、普段の態度がアレだけどね……。

「……なに?」
「いやいや、なんでも」


 不審そうにしている沙世子さんを見送って、生徒会室にはあたしと千歳が残る。まあ、史ちゃんが道具を持ってきたら、そのまま留守番しててもらえばいいんだしね。
 手近な所にあった椅子に腰を下ろしながら、あたしは軽く息を吐く。
 正しく怒涛の展開というか、こんなに慌しくする必要なんか無いと思うんだけどねえ。さくらちゃんが云っていたように、正しい情報を教えることでみんなを落ち着ける心算だったのに、いつの間にか今日のうちに退治することになっちゃってるし。

「……ねえ、千歳はどう思う?」
「……」
「あれ? 千歳?」


 返事が無い。あたしは嫌な予感がして千歳の方を振り向いて。
 ふらり、と体をよろめかせる千歳を見た。

「うわぁっ!? あ、あぶなっ!」

 椅子から立ち上がりざま、何とか千歳の体を抱き留める。
 何? やっぱり調子が悪いの? 緊張で貧血気味になった――と、そこまで考えた時、さっき心に引っかかっていたことを思い出した。

「う……あれ、薫子、さん?」
「……千早、だよね?」


 そう。千歳はストレスに弱い。
 みんなからの期待がプレッシャーになって、意識が『落ちて』しまったのだ。

**********

 結局、今回も淡雪の出番が少ないなあ……。
 

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは、お久しぶりです。
第五章第二話読ませていただきました。
烏事件も次話あたりで一段落つくのかな?と思いながら読んでいたら千歳が堕ちてしまうという展開で、とても面白かったです。
今話で気付いた事ですが、この作品の淡雪は純粋な好意を向けているのでしょうか?原作でのポジションとしましては雅楽乃が千早を慕っていましたが、淡雪はツン?の部分が強かった気がしたので。
さて、夏真っ盛りですが大丈夫ですか?私は…ちょっと、バテてしまっています。一昨日、フラっとしたと思ったら白い天井を見上げていました。どうやら熱中症だったらしく、優しい方が救急車を呼んでくれたそうです。
今日まで検査やらで手間がかかってしまいましたが、重度ではなかったので大丈夫でした。
節電が声高に謳われていますが、自身の体をいたわって気を付けてください。
では、ご健勝のほどを。次話楽しみに待たせて頂きます。
失礼します。

2011/07/16 20:09
唯さん、こんばんは。

この話の中の設定では、淡雪は単純に千歳(千早が出ている時)が好きな状態です。雅楽乃の方は原作よりも冷静……というか、ちょっと千歳のことを怪しんでます。その辺りは次回に出てきますので、お待ち下さいませ。

熱中症はキツイです。台風が近付いているということもあって湿度が高くなると、汗が蒸発しなくなって体温が下がらなくなるので注意です。私はこれでぶっ倒れました……5年ほど前の話ですが。
節電とは言っても、エアコンの設定温度を下げるよりはTVを見ない方が(待機電力もカットする)節電になるそうなので、バランスを考えていきましょう。
では、お互いに体調に気を付けて。
A-O-TAKE
2011/07/18 21:27
報告です


・なんてウインクと共にに云う→なんてウインクと共に云う
・生徒会室の扉を開けた。。→生徒会室の扉を開けた。


原作でも思いましたが、ゆかりんがどのように生徒会を切り盛りしていたのかは非常に気になるところです
そういえば、君枝さんってエルダーと生徒会長を兼任して凄い人ってなってますが、やっぱり地味なイメージが拭え無くて…エトワールも読んだんですけどねぇ…
Leon
2011/11/11 08:27
追加報告です


・大きなな騒動に発展しそうな→大きな騒動に発展しそうな
・言い訳はそれだけ?→云い訳はそれだけ?


やっぱり優雨はちょっと幼くし過ぎたんじゃないかな〜ってたまに思いますね
境遇で言えば千歳と似た感じですけど千歳は大人びてますからね
千早が千歳の生前に担った役割が影響してるのかも、とは思いますけど
呼び捨てもケイリと被ってますしね…
まぁ別に嫌いじゃないのでPSP版の優雨ルートに期待です
Leon
2011/11/25 19:05
度々すみません

・多くの生徒が、それをそれを望んでいるのですから→多くの生徒が、それを望んでいるのですから
Leon
2012/02/01 15:55
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