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zoom RSS 妃宮さんの中の人 5-3

<<   作成日時 : 2011/07/28 16:55   >>

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 今回のカラス退治、実例があります。

 昔、うちの会社(工場)で実際に水鉄砲で撃ちました。
 エアコンのクーリングタワーを水飲み場にしていたらしく、よく飛んできてたんですよね。

 ただまあ、その年は大丈夫でも、次の年になれば若いカラスが飛んでくる……いたちごっこです。

**********


「う……あれ、薫子、さん?」
「……千早、だよね?」


 抱き留めた千早があたしの腕の中で身動ぎする。その拍子に、膨らんでいたブラウスの胸元がペタンと潰れた。

「うえぇ!? ち、千早、胸!?」
「え……」


 頭に血が回っていないのか、ゆっくりと首を動かした千早は自分の胸元を見ている。そんな落ち着いてる場合じゃないでしょ!
 はっ!? 千早が男に戻ってるってことは、千歳が完全に抜けちゃったってこと?

「……あっ、居た!」

 慌てて周囲を見回したあたしは、ぷらんと手足を投げ出した状態で宙に浮いている千歳を見つけた。
 幽霊にこういうのも変だけど、意識が無さそうな千歳は、ふらふらと天井近くで漂っていた。

「え、ちょ、もしかしてこのまま……?」

 成仏しちゃったりなんてことは無いよね!?

「……薫子さん、もう大丈夫ですから」
「え、あ、そうね。うん」


 あたふたしていたあたしは、抱き留めたままだった千早を解放する。ちょっと顔が赤くなっているけれど、どうやら足元はしっかりしているみたいだ。
 そのまま上を向いて千歳へと呼び掛けると、千歳が僅かに反応した。

「千歳さん……千歳さん」
「千歳、千歳ってば」

『……ん……あれ……』

 あたしも一緒になって何度か呼び掛けを続けると、千歳が声を上げた。はあ……どうやら、大丈夫みたいだね。……あれ、もしかしてこのまま見送った方が千歳の為だったのかな?

「千歳、大丈夫?」
『ふわ……なんだかすごくねむいよ……』
「以前と同じですね。正直な話、僕も凄くだるいです……」
「……とりあえず、二人とも休んでてよ。あたしはちょっと、部屋の外で見張りをしてるから」


 こんな状態の千早を烏退治に駆り出すわけにもいかない。そもそも胸を何とかしないと、部屋の外にも出られないじゃないか。
 初音たちが帰ってくる前に、史ちゃんが荷物を持ってきてくれることを祈るしかない。水鉄砲の他に、制服のままじゃ汚れるからって作業服を持ってくるって云ってたから、それで何とか誤魔化せば……。



 ジリジリとした焦燥感に悩まされながら、待つこと暫し。廊下の端に史ちゃんの姿を見つけた時、あたしは不覚にも泣きそうになった。

「ふ、史ちゃ〜ん!」
「薫子お姉さま……どうかなさいましたか?」
「ううう、助かったよ〜」


 あたしが両手を広げて史ちゃんを迎えると、何か厄介ごとがあったことが分かったんだろう。あたしの先導で生徒会室に入り、室内の様子を見ると、すぐさま部屋に鍵を掛けて椅子まで立て掛けた。

「……このような事態になっているとは、史の予想の外でした」
「迷惑を掛けるね、史」

『ごめんね、史……』

 主人二人に頭を下げられて、史ちゃんは軽く頭を振ると。

「お気になさらないで下さい。史はお二人を助ける為に居るのですから」

 そう云って、大きな手提げ鞄を床に置いた。多分この中に、水鉄砲やら作業服やらが入っているんだろう。

「史ちゃん、持って来た作業服って、胸とか誤魔化せるものかな?」
「いえ、さすがにそこまでゆったりとした物ではありませんので……ですが、ご心配には及びません」


 あたしの問いに答えた史ちゃんは、鞄の中に手を入れて物を漁り、奥の方に仕舞われていたらしいソレを引っ張り出した。
 白い布の塊のようなもの……と思いきや。

「千早さま用のパッド入りブラでございます」
「え、それ、常備してるの……?」
「以前の出来事を教訓に、いつでも使用できるようにして有ります」

『おお〜、流石は史、出来る子だね!』
「……僕としては、ちょっと複雑な気分ですが……」

 そりゃそうだろうけど、この場合は助かったと云うべきだろう。鞄の底にブラジャー完備とか、ちょっとどころかかなりアレな感じだけど……しかも偽乳だし。
 ふと史ちゃんを見ると、千歳に褒められてちょっと嬉しそうな顔をしていた。あたしの視線に気が付くと、咳払いをしてから、再度鞄の中に手を伸ばす。

「……こちらが作業服です。丁度良いので、ここで着替えてしまいましょう」
「え、ここで? まあ、仕方無いか……千早、こっち見ないでよね」
「は、はい、勿論」


 ……そこで直ぐに答えを返されるのも、ちょっとイラッと来るなあ。まあ、普段は気にしていないだけで、着替えの度に(千歳の意識下だけど)下着姿とか見られているんだけどさ……。
 あたしは史ちゃんから受け取った作業服を広げながら、千早に背を向ける。緑やら茶色やらの斑模様をした、中々独創的な作業服……って、これ……。

「……史ちゃん、これ、迷彩服?」
「……申し訳有りません。直ぐに用意できたのがそれだけでしたので……」


 むう、どういうルートでこの服を手に入れてきたんだろう。妃宮のお屋敷にでも有ったんだろうか。一回きりの作業の為に服を買ったというわけでもないと思うし……まあ良いか。
 手早く制服を脱いで、手近な椅子に服を掛ける……別に衆人環視ってわけじゃないのに、更衣室以外で服を着替えるのって恥ずかしいな……。
 背中の方でごそごそやっている音が聞こえるので、千早の方も着替えてるみたいだ。衣擦れの音の所為で余計に恥ずかしくなる。

「……史、ちょっといいかな」
「なんでしょう」
「その……男物の下着は、無いのかな……」
「……申し訳有りません。さすがにそのような物を持ってきては、見付かった時に云い訳が出来ませんので……」
「あ、良いんだ、気にしないで。……ただちょっと、動き難いだけだから……」

『……びろ〜んってなってる……』

 ……聞いてはいけない会話だったかな。女物の下着を履いた千早を想像してしまい、思わず顔が赤くなった。
 千早、強く生きろ……。

「良し、これで大丈夫かな。鏡が有れば良かったけど……」

 胸元のジッパーを閉めて、帽子の中に髪の毛を詰め込む。生徒会室に姿見なんかあるわけ無いので、窓ガラスに自分の姿を映して確認した。
 いつもフェンシングのマスクに髪の毛を押し込んでいるので、手早く髪を纏め上げるのは得意なのだ。ちょっと帽子の中に入りきらないのは、まあ仕方が無いだろう。

「千早、そっちはどう?」
「ん、ちょっと待って下さい……良いですよ」
「ん、どれどれ」


 千早の声を待って振り向くと、迷彩服に身を包んだ千早が体の動きを確認していた。ふむ、ぱっと見た感じだと千歳と区別は付かないかな? 普段とは違う格好の方に目が行くので、何とかなるかも……いや。

「やっぱり顔色は拙いなあ……」
「そんなに、分かりますか?」
「……千早さ、調子が悪いと千歳の演技をするのは無理でしょ? ちょっと顔付きがシャープだよ」
「え……?」


 つまり、余裕が無いってことなんだろうな。
 千歳と千早の性格は正反対と云ってもいい。いつもは意識して口元に笑みを浮かべて千歳の真似をしている千早も、調子の悪い時までニコニコしているのは無理だ。
 それに、顔色が悪いせいで頬の赤さが足りなくなり、より男性的に見えている。今の顔の感じだと、普段の千歳を知っている人が見たら違和感を感じるだろう。

「……そうですね。少しメイクの必要が有りますか……」
「いや、それ以前にさ。着替えておいてなんだけど、無理に今日退治しなくても良いんだよ? 調子悪いから中止ってことでさ」

『そうだよ、ちーちゃん』

 あたしや千歳の言葉に少し考える素振りを見せたけれど……千早は結局、首を振った。

「いえ、遣りましょう。面倒事は早めに片付けてしまいたいですし」
「無理は承知の上で、ってこと? 意地張ったってしょうがないでしょうに」
「あはは。これでも一応、男なので」


 苦笑交じりの千早の言葉に、あたしは鼻を鳴らす。性別の問題に関係なく、見栄や意地を張りたい時があるってことぐらいはあたしにも分かる。ただ、千早にとってのソレが今なのかって考えると、そんな風には見えないのだ。
 意地を張るのは何の為? ソレが千歳のためだって云うのなら……千早はもうちょっと、千歳の表情を良く見るべきだ。

「史としても、お諌めしたいところではありますが……仕方がありません」
「え、良いの、史ちゃん?」
「今更引っ込みがつかないと云うのも有りますが、学院内の雰囲気に乗ってしまうのも一つの手ですから」
「……ああ、まあ確かに、空気からして『やるぞ〜』ってなっている時は、上手くいったりするものだけどさ」


 その場の雰囲気ってのは馬鹿に出来ないからね。……烏が来てくれればだけど。
 史ちゃんは自分なりに納得したようで、化粧道具を取り出すと千早を椅子に座らせてメイクを始めた。頬に赤みを増したあと、目元に手を加えていく。
 そんな様子を千歳と二人で眺めていると、スピーカーからピンポンパンポンとチャイムが聞こえた。

「〔生徒会より連絡です。本日放課後――〕」

 初音の声で、烏退治の説明が放送される。これでもう後には引けないね。
 ふう、と溜め息を吐いて覚悟を決める。千早との付き合いもそれなりに長くなって、コイツが見た目よりもずっと頑固なのは分かってる。やるならやるで、きっちり協力して早めに終わらせるしかない。

「これでどうでしょう、薫子お姉さま」
「ん? どれ……うん、まあ普通には見えるかな」


 メイクを終えた史ちゃんが場所を空けて、千早の顔を見るように促す。あたしが見た限りでは、さっきのような顔色の悪さは感じられないね。
 ただ、まあ……目付きの鋭さがあまり変わらないので、男っぽく感じるけれど。真実を知ってるあたしだからこその見え方なんだろうな。
 あたしが千早の顔を覗き込んでいる間に、史ちゃんは手提げ鞄の中に手を入れると追加の装備を取り出した。ゴーグルと……イヤホンかな?

「……では、これをお使い下さい」
「随分とゴツイゴーグルだね。それに、イヤホン?」


 千早の言葉を聞きながら、あたしは史ちゃんに手渡されたものを見る。
 ゴーグルを良く見ると、完全に目の周囲を覆うようになってる。まるで水中眼鏡みたいだ。イヤホンの方は耳掛け式のものだ。

「今回は使う液体が刺激物ですので、誤って目に入ることの無いように安全性の高いものを用意しました。水鉄砲を両手で持ちますので、ヘッドセットは常時通信状態となります」

 迷彩服の時点でどうかと思ってたけど、なんか随分と物々しくなったなあ。あたしは纏め上げた髪の毛に掛からないように調整しながらゴーグルを付け、左耳にイヤホンを掛ける。
 史ちゃんが手に持った通話機に向かって声を掛けた。

「〔テステス、聞こえますか〕」
「うん、聞こえる」
「こっちも大丈夫」

『凄い、本格的だね……あーあー、聞こえる〜?』

 イヤホンと自分の耳、両方から史ちゃんの声が聞こえるのは不思議な感じだ。……千歳の声はイヤホンから聞こえてこなかった。前々から思ってたけど、幽霊の時の千歳の声は、音として聞こえているわけじゃないんだな。

「お二人のものは受信専用で、こちらに声は聞こえません。お二人は楡の木の近くの茂みに身を隠していただき、史の合図で行動して下さい」
「なるほどね。確かに、あたしたちが木の下で突っ立ってたら、烏だって寄って来ないね」


 もっとも、近くの茂みといっても結構離れてるんで、隠れたままで攻撃することは出来ないだろうけど。

「では、そろそろ参りましょう」
「うん」
「よ〜し、やるか。千歳はどうする?」

『……私、先に寮に帰ってるよ』
「え、それで良いの?」

 ちょっとビックリした。絶対付いて来ると思ってたのに。

『私が居なくてもちーちゃんなら上手くやれるだろうし、それに、もし私の姿を見れる人が居たりすると大変だからね』
「あー、そういう可能性もあるか……」

 具体的にはケイリとか、あと淡雪さんとか。香織理さんもちょっとやばい。一子さんという幽霊は特殊な例なんだろうけど、幽霊が居るということを知っていれば千歳が見えるかもしれない。
 あたしが千歳を見れるのは、千早から抜け出るその瞬間を見たからだって云われたけれど、それだって、正確なところは分からないんだしね。

『みんなが移動すれば注目されるだろうから、私はその間に寮に帰るね』
「分かりました。千歳さん、気をつけてね」
『ちーちゃんもね』

 手を振ってあたしたちを見送る千歳を背に、あたしたちは生徒会室を出る。
 ……あ、良く考えたら、この奇抜な格好で学院内を練り歩かなきゃならないのか。また一つ、変な武勇伝が増えることになるなあ。
 苦笑交じりに生徒会室の扉を閉める。ちょっと無用心かもしれないけれど、鍵は必要ないだろう。初音たちも直ぐ戻ってくるだろうし――

『……本当は、私がちーちゃんを助けてあげたいのにな……』
「えっ……?」

 扉越しに聞こえてきた千歳の声に、思わず足を止めて振り返る。勿論そこには扉しかなくて、千歳も、そしてその感情も見ることは出来なかった。

「……薫子お姉さま?」
「ああ、今行くよ」


 ……事はそう単純じゃない、か。



 ものすご〜く恥ずかしい思いをしながら中庭へと辿り着いた。
 初音の放送や沙世子さんたちの注意によってそれほどの騒ぎにはならなかったけれど、逆に教室の入り口や廊下の陰から覗くようにしてこちらを見る人が増えたため、なんと云うか……陰口を叩かれているような気分になった。
 いや、被害妄想なのは分かってるんだけどさ……。
 しかし、そんな中でも直接会って励まそうとしてくる人もやっぱり居るわけで。

「期待してますよ、お姉さま方!」
「……陽向ちゃんも暇だねぇ……」


 呆れたようなあたしの声に、頭を掻いて笑う陽向ちゃん。

「ケイリまで一緒になって、なにやってんだか」
「いえ、今日は水泳部が休みでね。学院内をぶらついていたら陽向に捕まりました」
「……陽向ちゃん?」
「いやあ、これでも私は物書き志望ですからね。こんな美味しい場面を直接見ないでどうするんだって話ですよ! ただまあ、一人だと目立つかなあって」
「それでケイリを連れて来たと」
「……尤も、ここに居るのは私だけではないですけれどね?」


 にやりと笑ったケイリがあたしの後ろを指差した。指に従って後ろを向くと、慌てて物陰に引っ込む金色の影。
 全くもう、確かに陰で応援しているとは云っていたけど……それじゃあ、頭隠して尻尾(ツインテール)隠さずだよ、淡雪さん。

「なんか逆に気が散っちゃいそうだよ。史ちゃん、ケイリや陽向ちゃんたちと一緒でも構わないんでしょ?」
「はい。史はもう少し離れた場所で監視しながら、状況をお伝えしますので」


 史ちゃんはまたもや鞄の中を漁ると、出てきたのはゴツイ双眼鏡だった。……その鞄は四次元ポケットかなんかだろうか?
 まあ、そんなものを使わなくても、件の楡の木に未だ烏は来ていないことは見えるんだけれども。

「よし、それじゃ行こうか」
「……うん、こっちも準備OK」


 水鉄砲の中に史ちゃん印の危険な液体を入れて、千早に目配せをする。千早も手元を確認して、軽く頷いた。

「お姉さま方、ご武運をお祈りしてますです!」
「なにやら随分と本格的だけど……気を付けて」
「ありがとう、二人とも。それじゃ史」
「はい。宜しくお願いします」
「行ってくるね」


 ちょっと硬さの残る千早を促しつつ、あたしたちは茂みへと足を向けた。いつものニコニコ笑顔じゃないせいか、千早だってばれてしまいそうな気がして不安になるんだよね……。
 ちょっと背中を丸めながら足早に進むのは、子供の頃に遊んだかくれんぼを思い出す。小学校低学年の時ぐらいの、大人の事情とか知らなかった頃の記憶。
 茂みに近付いたあたしたちは、校舎と向かい合うような位置の茂みに回りこむと、楡の木の方から見えないようにして体を屈めた。
 こっち側からなら、校舎の方を気にしている烏の背中を取ることができるからだ。

「……茂みの中に入ってしまえば、隠れたままで狙えるでしょうか?」
「う〜ん、どうだろ……確か、あの枝に留まってるんだよね」


 千早の言葉に首を傾げて、張り出した一本の枝を指差す。その枝は高さが5mぐらいの場所にあって、茂みからの距離を考えるとギリギリ狙えるかといったところだ。
 他の枝はというと、どうやら飛び立つ時に邪魔になるらしく、滅多に留まらないらしい。……あの枝だけ剪定すれば良かったんじゃないかなあ、何て思うのは後の祭りってやつだよね、ははっ……。

「と、とりあえず、中に隠れよっか。折角汚れてもいい作業服を着てるんだし」
「そうですね」


 千早は言葉少なに頷いて、身を伏せながら茂みの中へと滑り込んだ。あたしも慌てて後へと続く。早く隠れないと何時まで経っても烏が来ないかもしれないし。

「なんか、やけに慣れてる動きだね。……経験有る?」
「どんな経験なんですか、それ……」
「……覗きとか?」
「しませんよっ」


 ごそごそと腹這いになりながら前へと進み、完全に外から見えない場所へと落ち着いた。
 う〜む、こんなことになるなら髪の毛を服の内側に入れておくんだったなあ。幸いにして茂みの下側は結構な隙間があるけれど、ふとした拍子で纏めた髪がばらけそうだ。
 千早はあたしより前に出ると、伏せたままの状態で水鉄砲を上に向け、器用に枝へと向けた。

「さて、届くか……?」

 なんか声が楽しそうだ。さっきまでは気分が悪そうにしてたのに、声に張りが戻ってる。このシチュエーションに燃えてるんだろうか?
 狙いを定めた後、千早が引き金を引く。電動モーターが静かに唸ったかと思うと、茂みから突き出した水鉄砲の先から、かなりの勢いで水が飛び出した。

「おお〜、結構飛ぶねえ」
「……どうやら、ちゃんと届きそうですね」


 千早の云う通り、上へ向けて撃った水はちゃんと枝まで届いていた。
 さて、これで後は烏が来るのを待つだけか。……うむ、これぞ正しく雌伏の時、というやつだね、女の子が伏せているだけに。
 いや、あたしの隣に居るのは男だったな、うん。

「しかし、なんだね。こうして残暑の厳しい中、茂みの中で地面に伏せているとか、なにやってんだろうねあたしたちは」
「……冷静になったら負けですよ。大体、こんな大事になったら、普通は教師が止めに来るものでしょう?」
「うちは自治の気風が強いからね。学院側もさ、案外『只で烏退治をしてもらえるなら遣っちゃえば』くらいに考えてるんじゃない?」
「……いやまさか……でも梶浦先生だし……」


 あはは、そういやあたしたちの担任が、事実上の学院TOPなんだよねえ。理事長代理だし。ここだけの話、あの先生はちょっと悪戯っぽい人だから、初音からの提案に楽しそうだからって理由でOK出してもおかしくない。

「ま、ここまできちゃったら、考えたってしょうがない。やるだけやりましょ」
「……薫子さんのそういう考え方、羨ましいですよ」


 軽口を叩き合っていると、イヤホンから微かなざわめきが聞こえてきた。電源が入ったみたいだ。暫くして、史ちゃんの声が聞こえてきた。

「〔あーあー、こちらCP(Commanding Post)、スネーク聞こえるか〕」
「〔……ねえ史、私が云うのもなんだけど、そういう冗談は似合わないから止めておいた方が良いよ〕」
「〔……申し訳有りません。史です、まだ、烏は確認できません〕」
「〔ねえ、史ちゃん。千歳ちゃんたちはどこに居るの?〕」
「〔ここから楡の木を挟んで反対側にある、茂みの中に伏せています〕」
「〔……う〜ん、良く分からないなあ〕」
「〔鞄の中にオペラグラスを用意して有ります〕」
「〔どれどれ……うわ、沢山入ってる。史ってば、随分と準備が良いね〕」
「〔……あっ、居た居た。千歳お姉さま〜、薫子お姉さま〜、頑張って下さいね〜〕」


 史ちゃんの声に続いて、淡雪さんや初音たちの声も聞こえてきた。みんな一緒の場所に居るようだ。……誰がスネークか。
 どうやら向こうからはあたしたちが見えているようだけど、あたしからは向こうの様子は分からない。向こうも烏に見付からないように隠れているんだろう。

「なんだかんだ云って、みんなノリノリだね」
「こういうのも楽しい思い出ってことなんでしょうね。……本当は、千歳さんにさせてあげたかったんですが……」
「……千早」


 そんな、悲しそうな顔をしないで欲しい。それは卑怯だ。だって、それこそどうにもならないことなんだから。
 丁度良い、千歳が居ないで千早と二人きりになれる場面なんてそうそう無いんだから、ここは以前から気になっていたことを聞いてみよう。

「あのさ、千早――」
「〔来ました、烏です〕」


 あたしが口を開きかけたそのとき、史ちゃんから通信が入る。間が悪い……なんて考えてる場合じゃないか。

「来た」
「ん」


 言葉少なに頷いて、水鉄砲を持ち上げる。大丈夫、あたしは予備みたいなものだ。千早とタイミングを合わせて引き金を引けば、後はモーターが回って水を噴出す……。
 烏はあたしたちを気にしていないのか、平然とした様子で張り出している枝に舞い降りると、校舎の方を向いてしまった。……なんだろう、凄く馬鹿にされた気分だ。幾らなんでもあたしたちに気が付いてないって事は無いだろうに。
 良いだろう、目に物見せてやる。

「千早」
「任せて下さい。さっきの試射で大体の角度は分かっていますから」


 む……そうか、あたしも試し射ちしておけば良かった。

「いきます……」

 千早が呟いて引き金を引く。あたしもそれに合わせて引き金を引いた。モーターが回って勢い良く水を撃ちだす――あたしの撃った水はあさっての方向に飛んでいってしまったけど、千早の撃った水は見事に烏の背中に命中した!

グキェー!

 なんとも珍妙な鳴き声と共に、烏が地面へと落ちる。

「良し、今度は当てる!」

 あたしはすかさず茂みから這い出ると、烏目掛けて追撃の水を撃ち込んだ。地面でもがいていた烏はそれを避けられず、二発目の水も見事に当たる。

「薫子さん、そのくらいで」
「え? あ、そっか、追い払うのが目的だもんね」


 いかんいかん、思わず動かなくなるまで撃っちゃうところだった。
 ……思ったよりも水流が強かったなあ。これってカプサイシンなんか無くても、水の勢いだけで大丈夫だったんじゃ……。
 烏は暫く鳴きながら暴れていたけれど、地面の上で勢い良く羽を羽ばたかせたかと思うと、一目散に山の方へと飛んでいってしまった。……アホー、と捨て台詞のような鳴き声を残して。

「……終わり?」
「ええ、まあ、大丈夫でしょう」


 千早と二人して烏の飛んでいった空を見上げる。どうやら戻ってきたりはしないようだ。……なんだろう。散々騒いだ割には呆気無かったと云うか、拍子抜けと云うか。

「こう云うのを、大山鳴動して鼠一匹、と云うんでしょうね……」
「〔烏の撃退を確認。お二人とも、大丈夫でしょうか〕」


 しみじみといった感じで千早が呟くと同時、史ちゃんから連絡が入った。あたしは校舎の方に振り返ると、両腕で大きな丸を書いて返事をする。
 ――次の瞬間。校舎から万雷の拍手が鳴り響いた。





 校舎が落ち着いた頃、あたしと千早は、史ちゃんたちの待っている中庭の入り口へと向かった。

「ほんっと、お祭り騒ぎだよね」
「いやあ、中々見応えの有るイベントでした〜」


 嬉しそうに云う陽向ちゃんの手には、ハンディカムが握られていた。どうやら撮影していたらしい。

「陽向ちゃん、それ……」
「ああ、これですか? これは史お姉さまから借りました」
「……奥様から、千歳さまの活躍を記録するようにと申し付けられておりまして」


 ……開いた口が塞がらないというか。あたしの隣で千早も額に手を当てていた。

「千歳お姉さま、大丈夫ですか……?」

 そんな千早を見て、淡雪さんが心配そうな声を上げる。理由はどうあれ、千早が本調子じゃないのは確かなので、ここはそれに乗っておこうか。

「初音、後は任せてもいいかな。ちょっと調子が悪そうなんで、寮まで連れて行くからさ」
「本当……千歳ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「……無理しない方が良いわね。度會さんも、付き添ってあげて」


 珍しく、沙世子さんが皮肉も云わずにあたしたちを促す。と、思わず考えが顔に出ちゃったのか、じろりとあたしを睨んできた。

「……なによ。私だって、調子の悪い相手にお説教なんかしないわ」
「あはは、ごめん。……いや、ありがとうかな?」
「良いから行きなさい。後始末は生徒会の役目よ」
「……では、私たちもお暇しましょうか。雪ちゃん、一緒にお姉さま方を送って行きましょう?」
「え? あ、そうだね。興奮した子たちが居るかもしれないし、寮までエスコートしていこうか」


 あたしたちの着替えは史ちゃんが持ってきているし、特にここに残る用事も無い。雅楽乃さんや淡雪さんも付いて来てくれるなら、生徒たちに囲まれることも無いだろう。
 あたしたちは初音たちに後を任せると、雅楽乃さんを先頭にして寮へと足を向けた。

「あ、雅楽乃さん、こっちから行こうか」
「えっ?」


 正門前の桜並木を通ると人が多いので、校舎を回りこんでジョギングコースから寮に戻った方が良い。
 あたしは中庭から学院の外壁へと向かう小道を指差して、雅楽乃さんを促した。

「このような道も有ったのですね」
「へえ……知らなかったなあ」
「お二人とも、お気を付け下さい。今の時期は毛虫が出ますので、あまり木の傍に寄らないようにお願いします」
「え゛っ!」


 鬱蒼と茂った木々の間を縫うようにして続くジョギングコースだけど、その存在を知る人は意外と少ない。
 覗き対策の為に植えられた木々が視界を塞いでいるので、存在自体を知られていないのだ。体育の授業などでも使わないし、利用しているのは陸上部の長距離選手ぐらいのものだろう。
 史ちゃんが云うように、毛虫だとか蜘蛛の巣だとか色々と嫌なものが出るのも原因の一つなのかな。

「――でも、ぐるっと学院の外壁に沿って一周しているから、結構な距離があるんだよね」
「そうなのですか。薫子お姉さまは、利用したことが?」
「うん、初音に付き合って何回か走ったことがあるよ」


 生徒会長になる前は陸上部だったわけだし、由佳里さんに影響されて長距離を走っていたから、良く利用していたんだ。
 だからまあ、消費されていたカロリーが生徒会長になった為に減らなくなり、結果として体重計を前にして泣くことになってるんだけどね。

「あはは……それはまた、災難というか……」
「初音会長、ご苦労様です……」


 同じ女として思うところが有るんだろう、あたしの話を聞いて淡雪さんと雅楽乃さんが苦笑する。
 ふと、笑っていた淡雪さんの視線が千早へと移ると、その眉がきゅっと寄った。会話に参加しないで足を進める様子が気になったんだろう。

「千歳お姉さま、本当に大丈夫ですか?」
「……ええ」
「……思いっきり、無理してますね……」


 淡雪さんは千早に近寄ると、その手を握って歩き始めた。

「しっかりして下さいね。寮まで付き添いますから」
「……あら、雪ちゃんったら大胆」
「え? あ、違うよ。そういうのじゃなくてだね……」


 雅楽乃さんは慌てる淡雪さんを笑いながら、千早のもう片方の手を握る。

「ふふ、分かっていますよ。……さ、千歳お姉さま。両側から支えますので、ご安心下さいね」
「あ、ありがとう……」


 むむ……なんだこれは。両手に花か?
 これで千早の顔がにやけていたりしたなら、後でお仕置きしてやるんだけど……幸いというか不幸というか、どうやらそんな余裕も無いみたいだ。
 ……? あれ、なんであたし苛ついてるの?

「……どうして、そんなに無理するんですか?」

 と、あたしが考えに浸っている間に、淡雪さんが千早の顔を覗き込んでいた。
 その声の響きに、あたしは思わず二人を見詰める。気が付くと、史ちゃんと雅楽乃さんも視線を向けていた。

「……無理してない、と云ったら嘘になりますかね」

 苦笑して、どこか人事のように云う千早に、淡雪さんの視線が厳しくなる。

「……いくらエルダーだからって、必ずみんなの期待に応えなきゃいけないってわけじゃないですよね?」
「……」
「みんな勝手なことを云って期待して……まるで、お姉さま自身の考えなんかどうでもいいみたいに。褒められるわけでも、役得があるわけでもない。そりゃあ私だってお姉さまに投票したうちの一人ですけれど、私は――」
「雪ちゃん」


 淡雪さんが言葉を言い募るより早く、雅楽乃さんの冷たい声が響いた。ただ、名前を呼んだだけの一言だったけど……それだけで、淡雪さんの言葉が止まる。
 雅楽乃さんの迫力を見て、あたしは『御前』と云う二つ名の理由が分かった。この威厳は、確かに人を惹きつける類のものだ。
 それ以上は云うなという無言の迫力に、淡雪さんは口を開け閉めして……俯いてしまった。

「……ありがとう、雪ちゃん」

 ぽん、と淡雪さんの頭に千早の手が乗った。身長差があまり無い二人なだけにちょっと可笑しくも見えるけれど、千早の声はどことなく嬉しそうだった。

「あ、あの……ごめんなさい」
「雪ちゃんは優しいね」
「え? あ、えと……」
「……確かに無理はしたけれど……それでもね、何もしないよりは良いと思うから」


 照れている淡雪さんに、千早が優しく話しかける……あ、またムカッときた……。

「誰の為じゃなく、自分が後悔しない為に……その時に出来ることをやろうって、決めているから」

 千早さま、と小さな声で史ちゃんが呟くのが聞こえた。
 千早の言葉は、あたしが聞きたかったことの答えでもある。でも、事情を知っているあたしからすれば、それはどこまで行っても千歳の為でしかないと聞こえてしまうんだ。

「千歳お姉さまがしっかりと考えて決めていることであれば、私共からは何も云うことはございません。そうでしょう、雪ちゃん?」
「……うん」
「……ですが、お姉さまのことを心配している人が居るということは、お忘れにならないで下さいね」
「……はい、分かりました」


 む〜……やっぱり、このままじゃ良くない様な気がするよ。
 史ちゃんと相談してみるかなぁ……。



**********

 ちょっと中途半端なところで区切りです。

 ちなみに、実際に水鉄砲でカラスを撃った時も、あっさりしたものでした。
 準備して待っていて、いざカラスが飛んできたら一発撃って終わり(当たらずに逃げた)。

 
 

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第五章三話読ませていただきました。
今話でやっと烏編が一段落ついたというところでしょうか。淡雪達も絡み始めるのかな?と期待してお待ちしております。
それにしてもカラス退治を実際にしているとは思いませんでした。
次回は来週末位ですかね?期待してお待ちしております。

2011/07/28 22:00
唯さん、お久しぶりです。
……いや、更新が遅いから久しぶりになるんですけどね〜(笑)

さて、EXを挟んで淡雪の出番が増えることになります。そしてもう一体(もう一人)のドロボウが出てきます。体育祭は話として関係有りませんがEXで軽く流す予定。

ちなみに烏退治ですが……丸型クーリングタワーって、水が溜まっている場所に手が入るぐらいの隙間があるんですよ、たいていの場合は。
シーズンが始まる前に掃除をしようと中を覗いて、烏の死骸があったときはマジで泣きそうになりました……ちなみに、死骸も勝手に片付けてはいけないようで、保健所に頼むんだそうです。

では、こっそりと更新されたEXにて、またお会いしましょう。
A-O-TAKE
2011/07/31 16:28
報告です


・溜息を吐いて覚悟を決める→溜め息を吐いて覚悟を決める
・特殊な例なんろうけど→特殊な例なんだろうけど


もし動かなくなるまで撃ってたら…悲鳴が上がるのは間違いないですかね
ついでに薫子の評価が下がったり…うん、千早!よく止めたな!
Leon
2011/11/11 09:05
妃宮さんの中の人 5-3 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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