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zoom RSS 妃宮さんの中の人 5-4

<<   作成日時 : 2011/08/06 19:49   >>

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 当初の予定より長くなりそうですが、詰め込むと訳が分からなくなりそうなので、あえてこのままでいきます。


**********

「ふ〜……」

 カナカナカナ、とヒグラシの声が響く夕暮れ時。あたしは夕食前の一時を食堂で過ごしていた。
 思い起こすのは、数日前に史ちゃんと相談した話だ。
 あたしはあの烏退治の一件の後、史ちゃんを捕まえて話をした。千歳も千早も疲れていて早く眠ってしまい、史ちゃんと二人きりで話をするチャンスだったのだ。



「このままじゃ、良くないと思うんだよね」
「はい……? あの、何のお話でしょうか、薫子お姉さま」
「いや、だから、千歳と千早のことについてさ」
「史には、何が問題になっているのか良く分からないのですが……」
「うん……あたしも、上手く言葉に出来ないんだけどさ……兎に角、駄目なのよ」
「……ええと。……とりあえず、お茶の用意をしてまいります」
「あ、うん、ありがとう」


 史ちゃんは幾分戸惑いながらも、とりあえず話を聞いてくれる気にはなったようで。寝る前のお茶の時間を利用して話をすることにした。
 お茶の用意をして戻ってきた史ちゃんは、話の前に一杯淹れてくれた。最近には珍しく、温かいお茶だった。

「どうぞ……本日は、お疲れ様でした」
「ん……あれ、この匂い」
「生姜紅茶です。薫子お姉さまは、少々冷房に当たりすぎて食欲不振のようでしたから」
「ありゃ、よく見てるねえ」


 ちょっと胃が疲れていたのは事実だ。アイスティーばっかり飲んでたしね。ずずっ、とちょっと行儀悪くお茶を啜りながら、どういう風に話をしようか考える。
 史ちゃんは大人しく椅子に座って紅茶を飲みながら、あたしが口を開くのを待ってくれていた。

「ん〜と、あのさ……」
「はい」
「……史ちゃんは、千早が無理をしてまで千歳のために頑張ってるのは、どうしてだと思う?」
「……史はその辺りのお気持ちを聞いたことが無いので、なんともお答えできません」
「いや、それじゃ話が続かないから」


 思わず突っ込みを入れると、史ちゃんは暫く迷ってから、自信が無さそうに口を開いた。

「……千早さまは、夕刻の淡雪さんとの会話で、『後悔しない為に』と仰っていました。元になっているのは、その考え方かと思います」
「そっか……」
「……千歳さまがお亡くなりになられた時」


 きゅっ、と史ちゃんの眉が寄った。普段から表情を変えることの無い史ちゃんには珍しい、誰が見ても『悲しい』と分かる表情。

「……千歳さまがお亡くなりになられた時、千早さまは、とても悔いておられました。もっと自分に出来ることがあったのではないかと。そして、悩んでおられました。千歳さまから、奥さまと史のことを守って欲しいと頼まれて……」
「えっ……? 千歳、そんなことを云ったの?」


 問い返したあたしに、史ちゃんが頷く。
 意外とも思えるし、当然とも思える。千歳は十歳かそこらだったはずで、それなのに、遺していく家族のことを考えてたんだ……。
 いや、今の千歳はその頃の考え方そのままの筈だから、それを考えると、年齢にしては大人びてたって分かる。

「奥さまも史も、千歳さまが亡くなられた後はずっと泣いてばかりで。千早さまは色々と慰めてくれましたが……」
「……そう簡単にはいかない、か」
「はい。そして――史にはこの云い方が正しいかどうかは分かりませんが――千歳さまは戻ってきてしまいました。千早さまには、そのことがとてもショックだったようで」


 え、それってどういうこと? それに、戻ってきてしまったって……まるで、駄目みたいな云い方……。
 あたしが不満そうな顔をしているのに気が付いたんだろう。史ちゃんは軽く咳払いして、話を続ける。

「……千早さまは、恐らくこう考えたのだと思います。『自分が不甲斐無いから、千歳さんが戻って来た』のだと」
「……いや、でもそれは……」
「推測です……史には、なんともお答え出来ません」
「む……」


 答えを知ってるのは千早だけ、か。
 でも、千早のことを長く見てきた史ちゃんの云ってることだ。そんなに的外れじゃないだろう。
 だとすれば、きっと千早は千歳に示したいんだ。『千歳が心配する必要は無い』んだって。

「……やばいなあ、それって思いっきり逆効果じゃん」
「……? どうか、なさいましたか」
「ああ、いや……実はね」


 あたしは、生徒会室で千歳が呟いていた言葉を史ちゃんに伝えた。千早を助けてあげたいと云っていた、その寂しそうな響きも。

「……そうですか。……もしかすると……」
「ん? どうしたの?」
「いえ……なんでも、ありません」


 何故か口篭った史ちゃんが、視線を逸らしながら言葉を続ける。

「ともあれ、千歳さまがそうお考えなのであれば、史たちは千早さまが無理を重ねないように導くべきかと思います」
「そうだよねえ。他に方法も無いよね……」




「む〜……」

 幸いにして、あれからは特に無理難題が発生したことは無い。千歳も学校生活を楽しんでいる。
 だけど、なんかこう、スッキリしない。あたしがもっと上手く話せるのなら、千早と話し合ってもいいんだけどなあ。

「もう、さっきから何を唸っているの? 似合わないわよ」
「そりゃないよ香織理さん。あたしだって悩むことぐらいあるモン」
「はいはい、拗ねないの。御飯を食べて悩みなんか忘れちゃいなさい」


 がっくりと食卓に突っ伏すと、のーてんきに笑う千歳の声が聞こえた。誰の所為だと思ってるんだっつーの。

「うーん……この様子だと、今は云わない方が良いかなあ……」
「ん〜? 何、初音。何か用〜?」
「あ、ううん、大丈夫。そのままぐったりしてて?」
「……初音も、何気に酷いことを云うよね〜……」


 そこは元気を出してって云うところじゃないのかね、初音よ。
 はあ……まあ、こんな状態を続けるのは、確かにあたしらしくは無いよね。何か切っ掛けでも有ればなあ……。





 まあ、そんなことを考えていたら、向こうから切っ掛けが来てくれたのだ。
 それは次の日の放課後の話。ちょっとした事件の始まりだった。

「失礼します。3−Aの皆瀬ですが、七々原さんと妃宮さんにお取り次ぎをお願いします」
「あ、はい、少々お待ちください。薫子さ〜ん、千歳さ〜ん、会長さんですよ〜」


 千歳の机で駄弁っていたあたしたちは、聞き慣れた声に振り向いた。見ると、初音がにこやかに手を振っている。

「あれ、今日は何かある日だったっけ?」
「ううん、実はちょっとお願いと、相談したいことがあって」


 きゅっと胸の前で手を組みながら、お祈りをするようにあたしたちを見る初音。あたしは千歳と顔を見合わせて首を捻りながらも、取りあえずは頷いた。

「相談って云うなら、場所を変えた方が良いのかな?」
「うん。カフェテラスに席を取ってあるんだ」
「……随分と用意がいいね」


 えへへっと誤魔化すように笑う初音に先導されながら、あたしたちはカフェテラスへと向かう。食堂に入って脇の階段を登り、並んでいるテーブルをさっと見回すと……香織理さんが手を上げているのが見えた。
 むむ……? 寮の上級生四人を集めて何をする心算だ?

「お待たせ、香織理ちゃん。……さ、薫子ちゃんも千歳ちゃんも座って?」
「うん、まあ……いいけど」
「おっじゃましま〜す」


 あたしと千歳は勧められるままに席に着いたけど、初音は立ったままだった。

「薫子ちゃん、千歳ちゃん、飲み物は何がいいですか?」
「え? 初音が奢ってくれるの?」


 ますます怪しい。あたしの第六感が告げている、これは罠だと! ……なんてね。

「……それは、お願い事に関係が有ると見た」
「あら、薫子にしては鋭いわね。いいから奢られておきなさい。どうせお願いは断れないんだから」
「……何でそういうこと云うかな」
「あ、あはは……べ、別に奢ったんだからどうこうなんて云わないよ?」


 そんなこと云ったってねえ。香織理さんはニヤニヤしてるし、初音はおどおどしてるし、これじゃあ買収じゃありませんなんて状況じゃないじゃん。

「ふう……分かった。それじゃあ、初音の財布に優しいものでお願い」
「あ、私も薫子ちゃんと同じでお願いしま〜す」
「え、ええっ? なんか悪いなあ。それじゃちょっと待っててね」


 明らかにホッとした様子でカウンターへと歩いていく初音。あたしはその背中を見送りながら、香織理さんへと向き直る。

「……で、一体何が目的なの?」
「そう身構えなくてもいいわよ。毎年恒例のことなんだし」


 毎年恒例? はて、今の時期ってなんか有ったかな。首を傾げている間に初音が戻ってきて、あたしたちの前にアイスティーを並べた。
 神妙な様子で自分も席に座ると、同じくアイスティーで口を湿らせてから、大きく息を吐く。……そんな緊張させないで欲しいんだけど。

「それでね、お願いの話なんだけど……薫子ちゃん、千歳ちゃん」
「「は、はい、なんでしょう」」
「……仮装競争に出て欲しいの!」
「「……はい?」」


 ……仮装競争? ……あーっ、思い出した! そうか、もう直ぐ体育祭だったんだ! 烏退治のせいですっかり忘れてたよ。

「お、おかしい……出る競技とか、決めた覚えが無い……」
「……? 薫子ちゃん、ホームルームの時間に寝てたよ?」
「えっ……?」
「うとうとしてる間に、リレーに出ることに決まってた」


 馬鹿な……! 何故、誰も起こさなかったんだ……!

「え、えっと……薫子ちゃん、大丈夫?」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏すあたしに、初音が小さな声で聞いてくる。

「ああ、うん、大丈夫じゃないけど……ははっ……」

 今年はもっと面白そうな競技に出る心算だったのに……。

「ところで、千歳さんは何に出るのかしら?」
「私? パン食い競争だよ。今から楽しみっ」
「千歳っ、変わってっ!」
「やっ!」


 ぷいっとそっぽを向く千歳。即答か! くそ〜。

「貴女が去年、面白いことをした所為で体育祭の進行が遅れたんだから、リレーぐらいで丁度いいでしょ」

 走るだけならトラブルも無いだろうし、なんて笑いながら云う香織理さん。そりゃあ確かにその通りだけど、あたしだって別に問題を起こしたくてそうしてる訳じゃないやい。

「ええっと、なんて云うか……大変な時に悪いんだけど……」
「ん? ああ、仮装競争? 良いよ、出るよ」
「あ、勿論私も出るよ!」
「……あら、随分と素直ね。もっとゴネるかと思ったから、私も出てきたのに」


 ああ、成程。香織理さんが居るのはその為だったのか。でもまあ、その心配は必要ないよ。

「……エルダーのお勤めだもんね。去年、お姉さまだって頑張ったんだし、あたしが出ないわけにもいかないでしょ」

 意外、という顔をしている初音と香織理さんに、苦笑しながらもそう応える。なんだろう、もっと嫌がるとでも思ってたのかな。
 ……去年、お姉さまはピーターパンに仮装したんだよね。背の低さにコンプレックスのあるお姉さまだけど、頑張って走ってた。
 ただまあ、その姿は白雪姫に出てくる小人みたいな感じで、本人としてはものすご〜く不満そうだったけど。

「ところで、何を着るかは教えてくれるわけ?」
「残念だけど、それは駄目。秘密の方がいいでしょう?」
「なんでよ〜」
「衣装を見ちゃったら、体育祭の日まで憂鬱な日々を過ごすことになるかもしれないわよ?」
「……モウイイデス」


 その言葉だけで十分に欝だよ。つまり、あたしが気に入らないような衣装ってことでしょ。

「私は? 私の衣装は?」
「千歳ちゃんのも内緒」
「え〜……」
「ほら、楽しみは後に取っておいた方が良いでしょ?」
「……香織理さん、あたしの時と随分と対応が違うと思うんですがねぇ」
「千歳さんは貴女と違って嫌々じゃないもの。当たり前でしょう」


 ふん、だ。もういいですよ〜だ。
 あたしはアイスティーのストローを咥えると、勢いよく吸った。ずじゅう。

「はいはい、拗ねないの。……それで初音、もう一つの話ってなあに? 私も聞いていないのだけれど」
「あ、そうだね。それじゃ体育祭の話はこれでおしまい。了承してくれて良かったよ〜……」


 パン、と両手を合わせて空気を入れ替えるようにすると、初音は真面目な顔になってあたしたちを見回した。

「……その、ね。みんなに、来年のことについて相談したいの」
「来年?」


 香織理さんが聞き返す。そりゃまた随分と突拍子の無い話だなあ。初音は偶に変な話の繋げ方をするから困るよ。

「ええと、それは受験だとかなんだとかの話ってこと? 残念ながらあたしはそれほど役に立たないと思うけど……」
「あ、ううん、そうじゃないの。勉強の話じゃなくて、寮の話」
「はあ……?」


 寮の話って云われても。何か問題があるかなあ?

「えっとね……来年、私たちが卒業した後のことでね。ねえ千歳ちゃん、史ちゃんって、来年はどうするのかな? 千歳ちゃんの侍女ってことなら、寮を出ちゃうのかな?」
「ふえ? ん〜……よく分からないけど、多分そうなると思う……」


 千歳が首をかしげながら言葉を濁す。……その頃まで千歳が居るかどうかは分からないもんね……答えようが無いだろうな。
 しかし、この質問で初音が何を気にしてるのか大体分かった。

「つまり初音は、来年の寮が優雨ちゃんと陽向の二人だけになるのを心配してるのね?」
「なるほどね〜。あれ、でも初音。来年の春に新入生が入ってくることだってあるんじゃないの?」
「うん……可能性は無くはないけど。私は生徒会長で寮監だから、その辺りの情報も入ってくるのね。それで……」
「……駄目だったと、そういうこと?」
「……うん」


 なるほどね。それにしても、初音も色々と考えてるんだなあ。あたしなんて来年のことなんか殆ど考えてないよ。

「……初音は心配性ね」
「そうかなあ? そんなこと無いと思うけれど……」


 優しく笑う香織理さんが、初音のほっぺを突いた。こういうときは、あたしの嫌いな大人っぽい余裕も羨ましく感じる。あたしじゃあんな風に励ませないからね。

「私だって、最近になって気が付いたんだ。去年の今頃くらいから、お姉さま方は私たちに物事を色々と任せるようになって……引継ぎの準備とか、考えてたんだと思う」
「……自分がその立場になって、それに気が付いた、か。由佳里さんとか、何も考えて無さそうな人だったのにな〜」
「むっ、薫子ちゃん、それは酷いよっ。薫子ちゃんはあの時、香織理ちゃんと色々と……っ、御免なさい、嫌なこと云ったね」


 怒ったかと思うと、いきなりがっくりと落ち込む初音。あたしと香織理さんは、そんな初音を見て苦笑する。
 去年の今頃に入寮してきた香織理さんとは、冬休みの頃まで冷戦状態だった。
 あたしは香織理さんの何でも斜に構えて大人ぶった振る舞いをするところに苛々してたし、香織理さんはそんなあたしの気性を知って、それでも何も突っかかってこない態度に苛々してた。
 初音はそんなあたしたちを見てヤキモキしてて……? ああ、そっか。どういうわけかあの時は、お姉さまも由佳里さんも特に何も云ってこなかった。あたしたちだけで問題を解決しろってことだったのか……自分たちの居なくなる寮で、生活出来るように。

「……香織理さんは、分かってたわけ?」
「なあに突然……それだけじゃ分からないわよ」
「ああ、うん、まあいいや。大したことじゃないし」
「……変な子ね」


 ちぇっ。今頃気が付くなんてなあ……今更、お姉さまにお礼とか云えないじゃん。

「んん……まあ、それはそれとして。去年の香織理さんみたいに、途中で寮に入る人だって居るんじゃないの?」
「薫子、それはつまり、その生徒に余程の事があったということよ?」


 む……そうだよね。聖應の生徒は、一人暮らしを認められていない。寮に入ってくるということは、一人暮らしになるような状況になってしまったということだ。例えば香織理さんみたいに、親御さんが亡くなったとか。
 それは……他人の不幸を願うみたいで、ちょっと問題有りだよね。

「入寮する人が居るか居ないかは、私たちじゃどうしようも出来ないし……だからね、取りあえずは、寮をもっと人の集まりやすい場所にしようと思うの」
「うん……? どういうこと?」


 一斉に首を傾げるあたしたち三人。また話が変な方向に飛んだ……?

「今の寮って、あんまりお友だちが遊びに来ないでしょう?」
「え、そうだね。ケイリぐらいかな?」
「うん。それでね、どうして誰も遊びに来ないのかなって考えて……きっと、みんな遠慮してるんじゃないかと思うの。ほら、ここ何年か、エルダーや生徒会長が続けて出たから……」
「あ〜、それは確かに……」


 夏休みに淡雪さんが来た時、彼女はこう云っていた。『噂の女子寮に初潜入』って。つまり、生徒たちの間で噂になるくらいには、寮のことは話題になっているわけだ。
 下級生の子たちが寮に来ることに対して腰が引けているのは知っていたけれど、魔窟みたいな思われ方をしているってのはあの時に初めて知ったしね。
 本音からすると、誰もが一度は中を見てみたいけれど、ちょっと行くのは怖いんです……みたいなものなんだろう。

「友だちを気軽に呼べるような寮にするには、やっぱり、実際の寮を知ってもらうのが一番だと思うんだ。だから……」
「あ、分かった! 初音ちゃん、お友だちを呼んでパーティをしようとか、考えてるでしょ!」
「えっ? いや、別にパーティじゃなくても良いんだけど……」


 あ〜あ、また千歳のトンデモ話が始まった……でも、そうだな。実際のところを知ってもらえれば、みんなもっと気楽になれるんじゃないかな。
 パーティはアレだけど、遊びに来るくらいなら……ケイリ以外にも誰か呼べば……。

「ああ、皆さんこんなところに居ましたか」
「うひゃあ!?」


 いきなり肩を叩いたのは誰っ? ……って。噂をすれば影。

「ケイリ、驚かさないでよ〜」
「ああ、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったから」
「御機嫌よう、お姉さま方」


 振り向いた先に居たのは、ケイリの他に淡雪さんと雅楽乃さん。最近は良く見かける組み合わせだ。

「ケイリ、何か用事でも?」
「ええ、薫子ではなくて初音に。初音、忘れていないとは思いますが、明日遊びに行きますので宜しくお願いしますね」
「あ、はい。寮母さんには話して有りますから、大丈夫です――そうだ!」


 話の途中で、初音がいきなり立ち上がって淡雪さんと雅楽乃さんの手を握った。突然の展開に、あたしは勿論、みんなが驚く。

「雅楽乃ちゃん、淡雪ちゃん、寮に遊びに来ませんかっ!」



「なるほど、それで寮に遊びに来て欲しいと……」
「はい、どうでしょう?」


 ケイリたちを半ば無理矢理に席に着かせた初音は、三人の分のお茶を奢ると、一口飲む時間を与えてからさっきの説明を繰り返した。

「話そのものは悪くないと思いますよ。泊り掛けでと云うと尻込みもするでしょうが、下校時間まで遊びに行くくらいなら、人も集まるでしょうし」
「ですよねっ。そうですよねっ」


 ケイリの言葉に何度も頷く初音。おーおー、意気込んじゃってまあ。気持は分からなくもないけれど。

「本音を云えば、お泊りで遊びに来てくれた方が嬉しいんですけれど……雅楽乃ちゃん、淡雪ちゃん、どうですか?」
「そうですね……私は家が厳しいものですから、友人の家に泊まるということには難色を示すと思いますが、放課後にお邪魔するぐらいなら大丈夫でしょうか」
「えーっと、うちはそんなに厳しくないですけど、さすがに聞いてみないと分かんないかな……」


 ま、そりゃあいきなり聞かれたって、遊びに行きますとは答えられないよね。お嬢様の住む厳しい家なんて、いかにも泊まりなんて駄目って云いそうだしさ。
 逆に、家に確認もしないで泊まりに行きますって云われる方が怖いよ。

「いつでも構いませんから、お願いしますね。ねっねっ」
「ふふ、初音がそんなに積極的になるなんて……姉の愛は偉大だね」
「えっ!? そ、そんなことはありませんよ?」
「……初音さぁ、今更そんなこと云ったって、誰も信じないよ」
「あ、あう……」


 顔を赤くして身を縮ませながら、アイスティーのストローをクルクル回す初音。カラカラと氷が鳴る音に合わせてみんなが控えめに笑う。

「初音ちゃんの可愛い姿を見るのはこのくらいにして、と。ねえ、淡雪ちゃん」
「は、はい、何ですか千歳お姉さま」
「どうせなら、ケイリちゃんと一緒の日に遊びに来てくれると嬉しいなあ。その方が淡雪ちゃんも緊張しないと思うし」


 千歳が気を使った? のか、笑いながらそんなことを云った。淡雪さんが緊張してるのは、千歳ラヴだからだと思うんだけどねぇ。千歳の笑顔って正面から見ると凄い破壊力だし、慣れてないと大変だから。そんな千歳から声を掛けられたら余計に緊張しちゃうんじゃなかろうか。

「そ、そうですね。初めてだし、経験者と一緒の方が良いかな。ケイリもそれで良い?」
「ええ。……ふふっ、賑やかになりそうだね」


 いつもの、ちょっと不思議な笑い方をするケイリ。
 ……あれ、もしかしてケイリってば、これを狙ってあたしたちの所に来たのかな? 今までの不思議少女振りを考えると、十分に有りそうなことだよね。

「と、ところで、ケイリちゃんたちは三人揃って何をしてたの? 私たちに会う為に来たんじゃないでしょう?」

 お、初音が再起動。

「ああ、私たちは、体育祭の後のことについてちょっと」
「体育祭の後?」
「10月の半ばに修学旅行があるでしょう? それで、色々と相談をね。私は京都は初めてなので」
「へー、ケイリは京都に行ったこと無いのか……」


 聖應の修学旅行は、古き良き日本を知る為ってことで、ここ二・三年はずっと京都が目的地だ。今の世の中、海外旅行なんて結構行っている人が多い(聖應はお嬢様学校だから特にね)からね。
 しかし、ケイリは日本語ペラペラで難しい言葉も知ってるし、京都なんてメジャーな観光スポットに行ったことが無いってのは違和感を感じちゃうな。

「聖應の修学旅行は本当に勉強目的だから色々と大変でしょうけど、頑張ってね?」

 香織理さんがウインクしながらそんなことを云う。言葉の意味が分からずに首を傾げるケイリと、辟易した顔をする淡雪さんが印象的だった……。





 その日の夜、食後の話題になったのはその話だった。

「……と、云うわけで、ケイリちゃんと淡雪ちゃんが、明日にお泊りで遊びに来ます。みんなも宜しくお願いね?」
「了解です、初音お姉さま。……さ〜て、どんなゲームを用意しようかなっと」


 何か、陽向ちゃんの不穏な発言が聞こえたなあ。
 淡雪さんは、家に帰って直ぐに家の人に確認を取ってくれたみたいで、夕食前に初音に電話があったそうだ。よくもまあ、今日の明日という慌しさで泊まりに来る気になったと思うけど……まあ、その原動力は云わぬが花か。

「あ、そうだ。史ちゃんは修学旅行の準備とか、してるの? 体育祭の後直ぐだから、結構忙しいよ」
「……準備とは云っても、特に用意するものは有りませんし……」


 いやいやそんなこと無いんだって。直前になって慌てるのは良くあるんだって。……いや、史ちゃんが慌ててる姿は想像できないんだけどね。むしろ他の人の分まで色々と用意してたりとか。

「いいな〜。私も修学旅行に行ってみたいな〜」
「あれ? 千歳お姉さまは修学旅行の経験は無いんですか?」
「ん〜、ずっと病気だったからね……」


 ……そうだよね。千歳は旅行に行ったことなんか無いよね。そんな機会なんか無かったんだろうし。

「……ふむ、来年になっても覚えてたら、卒業旅行にでも行きますかね」
「あら、薫子にしては良いこと云うわね。そうね、考えておきましょうか」
「ホント!? やった〜!」
「……薫子、場所の選定とかお願いね?」
「え゛っ、あたし?」
「云い出したのは貴女でしょうに」
「……薫子ちゃ〜ん」


 うお、千歳の目がキラキラしてる!
 ……仕方が無い、色々と考えてみますかね。少しでも楽しい思い出になるように。

「あ、そうだ初音お姉さま。ちょっとコンビニまで行ってきても良いでしょうか?」
「え? うん、一人じゃなければ問題無いけれど」
「……陽向、ちなみに何を買う予定なの?」
「あはー……週間誌をちょっと……」


 ああ、なるほど。それはさすがに、学院の購買では売ってないからね。……買うのは漫画と見た!

「陽向ちゃん、あたしが付いてくよ」
「え、良いんですか?」


 ちらちらと陽向ちゃんが香織理さんの方を伺うけど、香織理さんは肩を竦めただけだった。一応、こういう時のお供も姉の役目なんだけどね……。あたしは陽向ちゃんに近付くと、そっと耳打ちする。

「……あたしも、ちょっと立ち読みしたいものとか有るしね」
「……ほほう。では、利害が一致するということで」


 うしし、と二人して笑うと、みんなから奇妙な目で見られてしまった。
 さて、それじゃお風呂の時間になる前までに、ささっと行ってくるとしますか。





「しかし、夜になるとさすがに涼しくなりますねぇ、薫子お姉さま?」
「そうだね。もう直ぐ十月だからね」


 学院の周りを覆う外壁沿いに歩きながら、空を見上げる。星座とかはよく分からないけれど、夏休みの間とは違う並び方だってことは分かる。……もう、秋だね。
 ガサガサとビニール袋を鳴らしながら、陽向ちゃんが続ける。

「寮には門限が有りませんけど、さすがにあんまり遅くなると、歩きたくなくなりますね」
「あはは……経験者として云っておくと、正門が開いているうちに帰ってきた方が良いよ」
「ですよねぇ。裏門から入ってあのジョギングコースを通らなくちゃ、寮に戻れませんし」
「あんまり夜に歩きたいところじゃないよね」


 学院の正門は夜の七時で鍵が閉まって、その後は裏門(通用門)を通らなくちゃいけなくなる。
 警備員さんが常駐しているわけじゃないから、出入りは自由なんだけど……ごく偶に、宿直の先生に見付かって怒られたりするからね。
 しかも、外灯があるとはいえ、あの鬱蒼と茂った木々の中を歩かなきゃいけない。もうちょっと考えてジョギングコースを作ってくれればいいのに……。

「……香織理お姉さまは、よくあんな中を一人で帰ってくる気になれますよねぇ」
「あはは……全くだよ」
「……いや、もしかすると、正門を乗り越えて帰ってきているのかも?」
「……ぶふっ……ちょっと、止めてよ陽向ちゃん」


 思わず、正門の装飾の部分に足を掛けて、一生懸命に腕を伸ばす香織理さんを想像してしまった。

「薫子お姉さまなら出来ませんかね?」
「無理だよ、だって2mは超えてるよ? おまけに天辺は尖ってるし。そもそも、簡単に入れるようなら門の意味が無いじゃない」
「そりゃそうですね」


 全く……変なこと云うんだから。

「いえね、寮ってパッと見では安全そうですけどね、警備員さんとか居ないじゃないですか」
「うん……まあ、学院の敷地内だしね」


 女学院だから男の警備員さんが入ってこないような契約になってるって、以前に初音が云っていた。監視カメラとかは結構あるらしいけど、それだけなんだよね。

「ほら、最近は不法侵入者とかそういう話題が有りましたから……なんとなくね?」
「怖いこと云わないでよ……」
「まあ、聖應の生徒には、夜中に忍び込んでガラスを割るような人は居ないと思いますけどね〜」


 そりゃまあそうだろうけど、何時の時代の不良なのさ、それ。あたしは肩を竦めると、歩く速さを少し上げる。……決して、怖くなったわけじゃないぞ?

「ほらほら、馬鹿なこと云ってないで帰るよ?」
「あ、置いてかないで下さいよ、怖いんですから〜」
「云ったのは陽向ちゃんでしょ?」


 振り向いて後ろ向きに歩きながら、ビニール袋を振り回して追いかけてくる陽向ちゃんを笑う。

「ん……?」
「どうかしましたか、薫子お姉さま?」
「いや……いま、誰か居たような」
「え、ちょっと止めて下さいよ」


 ちらっと、道路の反対側にある公園に、人影が見えたような。ここら辺は住宅街や商店街は少ないから、人そのものも少ないんだけどなあ。
 もしかして、順一さんが来てたのかな? 後で電話して、確認しておくか……。


**********

 明らかにフラグと分かる引きで終わり。

 文中で話題に出ていますが、聖應に修学旅行ってあるんでしょうか?
 定番では5月末から6月の間、もしくは9月から10月の半ばってところですが。
 ファンブックには二学期の中間考査が年間行事に書いていないので、体育祭と生徒総会の間に入れてみました。

 また、PC板では香織理が夜中に帰ってくるシーンがありますが、あれってどうなってるのかなと考えて、警備員とか居ない裏門から帰っていることに……いや、普通はありえないんですけどね。
 でも、退学騒ぎが出た直後なのに、警備員や教師が居るような場所から夜中に帰ってくるとか無いでしょ、ってことで。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
千歳憑依設定だと、ほのぼのとしてますね〜。
やっぱり、ほのぼのとしてるみんなが好きです。特に初音。
悪人の居ない優しく温かい世界。なかなか他に見られないので、余計に愛しく感じます。…塞?ダレデスカソレハ?(いや、一応完全な悪人ではない、という事で…)

でも、翌年の雅楽乃たちの姿が見てみたいと前回コメントで書いたのに…翌年の寮の姿は、すっかり念頭にありませんでしたね。
確かに、千歳(千早)のために寮に入った以上、史は寮を出てしまうでしょうし…そしたら、寮に残るのは2人きりですね。
なるほど初音が心配するわけです。

…ただ、外部入学組は、入学する年の2月にならないと判らないと思うので、そこに期待…したいなぁ。優雨と陽向も外部組なんだし。
…いや、リアルに悩んでもしょーがないんですが。

ちなみに、聖應の修学旅行ですが、確か、「1」の時に、2年生が修学旅行で海外なので、(瑞穂が)去年転入なさればよかったのに、なんて会話があったような…?
…他の作品と間違っていなければ(汗)

いや、ゲームについては、(PC・PSPとも)瑞穂・千早の失意体前屈とか、夏休み・冬休みとか、気に入った部分は(その直前で)セーブしてあるんですが、修学旅行の話なんて、どこで出たか憶えてないし…。

あと、警備員ですが…ツンデレラ誘拐されかかってるんですから、きちんと門とか外には警備員を置こうよ聖應女学院!(><)

…ところで、すごく余計な事ですが…。
このままだと、千歳の友達100人計画、かなりピンチですよね?
紫苑様のお見舞作戦(ぐらいの一括大量お友達ゲット)でも炸裂しない限り。

すいません。だらだらと書き連ねてしまいました。
えるうっど
2011/08/06 23:01
えるうっどさん、こんばんわ。

世界観が会わないので、賽は多分出てきません(笑)最近シリアスですけど、元々ギャグで書いているものなので……まあ、笑いのネタとしてなら出てくるかも?
寮の人数に関しては、ゲーム内で初音が「今年は3人で〜」という発言があったので、それがずっと残ってた感じですかね。

ちなみに、おとボク1の方はもう殆ど内容を覚えてません。PSP版は買ってないし……PS2版を引っ張り出してくるかな。
警備員については、「宮小路家のお正月」で奏と警備員が話しているシーンがあるので、長期休暇の昼間でも警備員がいるというのは分かります。じゃあ誘拐犯はどうやって入ったんだということになるんですが(笑)あれ、誘拐犯は車だったかな?
偶に出てくる正門前の背景CGには、詰め所とか無い……ってことで、こんな設定になってます。きっと赤外線センサーや夜間の巡回警備とかしてるんだろうってことで。

あと、友だち100人計画はネタバレになるので書けませんけど(笑)、とってもピンチです。薫子は手伝いとかしてないしね。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/08/07 05:55
お久しぶりです。
第五章四話読ませていただきました。
今話でフラグが立つ終わり方をしていたので、次話が楽しみです。
えるうっど様の言っている通り、原作一期との相違点が見つかれば、あるいはそういった記述があれば確実なのですが…。おとボクは主人公が三年生に突然転入する形なので、修学旅行が話として上がらないという共通点がありますね。
警備員に関しては、貴子が誘拐されかけるシーンにおいては確かにどういった手段で園内に侵入したのか気になる所ですね…。当初の目的だった友達計画もどうなるのか気になりますし、なにより卒業旅行という卒業後の話も浮上していますが、気が早いですが、原作と同じように千歳は“悔い”がなくなったら成仏するのでしょうか?クリスマスに母の記憶を元に戻して消えてしまいますが、この話では友達が百人できないと成仏しない…?いくつか気になる点がありますね…。
では、次話を期待してお待ちしております。
失礼します。

2011/08/07 16:32
唯さん、こんばんわ。

フラグとは言っても、目次に書いてある通りドロボウなんですけどね……ま、それはともかく。
修学旅行は、二人のエルダーでは史が思いっきり二年生なので話くらいはと思ってたんですけど、ゲームでは触りも無し。4月から物語が始まってるので、行ったと思うんですが……千早の世話のために遠慮して学校に残った……という可能性は無いだろうなあ。千早はそういうことを認めない性格だろうし。

卒業旅行は、まあ今からその時点の話をしてもしょうがないですが、瑞穂たちだって卒業前の時点(2月?)で旅行に行ってるので有りかなあ、と。
ちなみに、千歳は未練が無くなれば成仏する、ということは決まっています。それが何時の時点かは……秘密で。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/08/07 21:18
報告です


・何か切欠でも有れば→何か切っ掛けでも有れば
・向こうから切欠が来てくれた→向こうから切っ掛けが来てくれた
・京都が目的地だ。 今の世の中→京都が目的地だ。今の世の中
・ちょっとコンビにまで→ちょっとコンビニまで

仮装 競走or競争?



修学旅行なんてすっかり忘れてましたね
大浴場なんかだとやばいですけども
卒業旅行の話があるかは分かりませんが楽しみではあります
そこで…なーんて期待も
Leon
2011/11/11 13:02
追加報告と前回の「きょうそう」に関連する箇所を挙げておきます


・仮装競走に出て欲しいの
・……仮装競争?
・パン食い競争だよ
・ああ、仮装競争?
・無理矢理に席に付かせた→無理矢理に席に着かせた


そういえば確かに誘拐事件の時はどうだったんでしょうね…
お嬢様学校の警備がザルな訳はないだろうし
外から見えないように木を植えてるくらいなのですから、警備にはかなりお金を掛けていても不自然ではないですよね
明らかに怪しいサングラスにスーツの男4人を何故学院の中に入れてしまったのか…
Leon
2011/11/26 11:56
ここまで修正完了です。

競走or競争は、競争が正しいようなのでそちらで統一します。
A-O-TAKE
2012/01/13 23:07
妃宮さんの中の人 5-4 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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