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zoom RSS 妃宮さんの中の人 5-5

<<   作成日時 : 2011/08/15 06:53   >>

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 GA文庫の2巻を見てると、色々と設定の矛盾を感じてしまう今日この頃。

 あれ、1クラス40人なの? と巻末後書きを見て驚いた。

**********


 それは朝食後の、のんびりとした一時。



「ふわぁあああ……眠い……」
「どうせ、昨夜に買ってきた本を遅くまで読んでたんでしょう?」
「うっしっし、昨夜はお楽しみでしたね、ってやつですか?」
「……陽向ちゃん、そりゃ流石に下品だよ」


 優雨ちゃんと千歳は、陽向ちゃんの言葉の意味が分からなくて首を傾げている。うん、君たちは知らなくていいことだから、そのまま綺麗な心で居てね?
 そんな馬鹿な話をしているところに、眉を寄せた初音が食堂に入ってきた。

「どしたの初音。変な顔して」
「ああ、うん、薫子ちゃん……ちょっとね、下着が無くなっちゃって」
「はあ?」
「……下着って、表に干しておいたやつ?」
「うん」


 香織理さんが云うところの表というのは、お風呂場へと向かう廊下の脇にある勝手口から出て直ぐのところにある、小さな物干し台のことだ。
 寮のボイラー室とお風呂場に挟まれるような場所にあるけれど、日当たりは良く、寮母さんが簡単な物を干す時に使っている。
 自室の部屋の窓に物を干したりすると外から丸見えなので、乾燥機を使いたくない物があるときはみんなもこっちを使っているのだ。

「……はつね、夜なのに干しておいたの?」

 くいっと初音の袖を引きながら、優雨ちゃんが問い掛ける。そっか、優雨ちゃんはまだそういうのをしたことが無いのか。

「うーん、なんて云ったら良いのかな。……下着の中にはデリケートなものがあってね、お日様に当てると色が変わっちゃうものがあるんだよ。だから、丁寧に手で洗って、お日様に当たらないところに干すの」
「……そうなんだ」


 こくこく頷く優雨ちゃんが可愛い……じゃなかった。それは分かるんだけど、何故に表に干しておくかな。
 風で飛んでいくことだってあるんだし、とあたしが云うと、香織理さんが首を振った。

「まさか。昨日はそんな天気じゃなかったわよ? ……誰かが取っていったとか?」
「ええっ!?」
「……うーん、まあ確かに、もう登校してきている子も居ますけど……」
「そういうのはあんまり考えたくないなあ。ところで、どんな下着を干してたの?」
「えっ……それは、そのう……黒の、レース……」


 初音が何故か口篭る……かと思ったら、なんか意外な言葉が聞こえた。初音に似合わなさそうなそれを想像してみんなが黙ると、何か勘違いしたのか初音が慌てて口を開いた。

「ち、違うのっ! これはね、由佳里お姉さまが『初音も勝負下着くらい持っておいたほうが良い』って云って、プレゼントしてくれたものなの!」
「……いや、別に、それは良いんだけどさ」
「洗ったってことは、普段から使ってるのよね?」
「そ、それは、だって……勝負の時に……」


 一体何と戦ってるんだ、初音よ。あたしたちが呆れた顔をしていることに気が付いたのか、初音が顔を赤くしながら口を尖らした。

「私のことは良いのっ。それより、下着がどこに行っちゃったか……」
「うーん……見た目が見た目だから、香織理さんのと間違えた女の子が持って行っちゃったとか?」
「……薫子。怒るわよ?」
「ひゃっ……? だ、だって、ありえそうじゃない?」


 理解は出来ないけど、香織理さんの趣味は知っている。ぱっと思い付いただけだけど、下着を持って行きそうな女の子なんてそれくらいしか思い付かない。

「……それを仰るのでしたら、学内に沢山のファンを持つ『お姉さま方』の下着の方が取られるのではないでしょうか」
「えっ!? ちょっと、止めてよ史ちゃん!」
「あ〜、確かにそっちの方があり得るかも」


 陽向ちゃんが笑いながら云うけれど、それはゾッとしない。だって……取った下着を何に使うのさ……ううっ。

「まあ、今はあれこれ想像していても仕方がありません。少々お時間を頂けるのでしたら、史が監視カメラの映像を調べてみます」
「えっ、史ちゃん、そんなこと出来るの?」
「寮の周辺にあるものでしたら、学内のネットワークから侵入して調べられますので」


 えっ、今、さらっと怖いことを云わなかった? 侵入って……大丈夫なの?

「……ええと、理事長代理から正式なアクセス権を頂いていますので、非合法では有りません」
「そ、そうなんだ……ビックリした」


 初音が胸を撫で下ろす。あたしと同じようにみんなもビックリしていたみたいだ。ま、そりゃそうか。何で史ちゃんがそんな権利を持っているのか気にはなるけれども……ま、それはそれで。

「それじゃ、そのう……お願いしますね。物は下着ですけれど、お姉さまから頂いたプレゼントですから……」
「はい、お任せ下さい」


 物は下着でも、お姉さまから貰ったもの、か。見付かればいいなあ。

「案外、塀を乗り越えて入ってきた泥棒さんだったりして。ルッパ〜ン、みたいな」
「何の物真似なのよ、それは……」


 千歳がくねくねしながら云ったそれは、多分あのアニメのキャラなんだろうけれど……ぜんぜん似てなかった。





「2−Bの度會と申します。妃宮千歳お姉さまにお取次ぎをお願いします」
「はい。……千歳さん、史さんが来ていますよ」


 お昼休みに入って直ぐ、史ちゃんが教室にやって来た。あたしと千歳は史ちゃんを迎えるけれど、史ちゃんの表情がどことなく硬い。

「いらっしゃい、史。お昼のお誘い?」
「はい、それも有りますが……今朝の件のご報告も」


 声を潜めて云う史ちゃんの態度に、あたしと千歳は顔を見合わせる。どうも、良い報告じゃ無さそうだね。
 史ちゃんを促して廊下へと出る。取りあえず、みんなも呼んだ方が良いのかな。



 あたしと千歳、それに初音、香織理さん。史ちゃんも含めて5人で食堂に入ると、ちょっとしたざわめきが起こる。
 まあ、いつものことではあるんだけど……今日はちょっと、あんまり人に聞かせられるような話題じゃないからね。
 史ちゃんの雰囲気がいつもより固いせいか、言葉少なに食事を済ませる。

「それで……あまり良くない報告みたいだけど、何が分かったの?」

 場を代表して、初音が史ちゃんに問い掛ける。史ちゃんが重々しく頷くと、足元に置いてあった鞄を食卓に上げた。この間も見た、作業服やらの入っていた鞄だ。
 史ちゃんがジッパーを開けておもむろに手を突っ込み、ずるりと引き出したのはノートPCだった。

「……よく、そんなの入ってたね」
「何でも入るように出来ております。……コホン。監視カメラからの映像をこちらに移して有ります」


 何でも入るって……いや、まあ良いや。史ちゃんがモニターを広げて電源を入れ、なにやら操作してからあたしたちの方へと向ける。

「寮の周りの監視カメラは全部で四つですが、その内の二つは前庭側の外灯に有るものですので、ここでは省きます」

 ビデオの再生ソフトが二つ立ち上がって、それぞれが別の映像を映し出した。……ちょっと、と云うかかなり見難い映像だ。粒子が粗くて、電波が受信出来てないTVみたい。

「このカメラの有る場所って、どこなの?」
「一つは厨房脇の勝手口を視界に納める、寮の二階に設置されているもの。もう一つは、浴場の窓と廊下の勝手口を視界に納める、浴場の屋根に取り付けられているものです」


 ふむ、侵入者の確認と……覗き対策の為のものかな。普段はあまり気にしないけれど、確かに云われた場所にはカメラが有った気がする。

「正門や裏門の方のカメラは無いのかしら?」
「申し訳有りません、香織理お姉さま。寮のカメラの映像を借りられたのは寮生だからであって、さすがに学院の警備のものは……」
「あら、そうなの」


 そこまで都合良くはいかないか。まあ、無いものねだりをしてもしょうがない。あたしは映像に目を凝らす。

「あんまり良く見えないなあ……あっ」
「今、何か写ったわね……」


 映像の隅っこに、人影のようなものが二つ、一瞬だけ写った。映像の時計には21:32……って、これ。

「今のは、昨夜お出かけした薫子お姉さまと陽向さんだと思われます」
「なんだ……ビックリした」
「……問題はこの後です」


 初音が胸を撫で下ろすのを遮るようにして、史ちゃんが言葉を挟む。四倍速くらいの速さで進んでいく映像に異変が現れたのは、カメラの時計で22;30を越えたくらいだった。

「あっ、また写った!」
「……今度は、明らかに怪しいわね」


 もっさりとした影、映像が荒くて本当にそういう風にしか見えないんだけど、兎に角その影がカメラの映像に入り込んで、なにやらウロウロと行ったり来たりしていた。
 史ちゃんの指が伸びて、お風呂場の方の映像が一時停止される。もう一つはまだ動いているので、そちらにも何か写っているんだろう。

「もしかして、覗き?」
「いや、まさか……そもそも、こんな時間に誰が来るって云うのさ」
「この影の大きさからすると、寮の人間じゃないわよねえ」


 一時停止された映像に映っている影は横幅が大きい。寮の子はみんなここまで太ってはいないので、別の人間だろう。寮母さんは結構ふくよかだけれど、この時間はとっくに家に帰ってるしね。

「……こちらにも、写ります」
「あっ……」


 色々と考えている間に、勝手口を写したカメラにも人影が写る。こちらは、一度ドアに近付いてノブを回すような行動をしたけれど、あっさりと引き返していった。

「……ねえ、これってもしかして、本当に泥棒なんじゃないの?」
「えっ……そんな……」
「う〜ん……でも、それっぽいよねえ」


 香織理さんが眉を顰めながら低い声で云う。初音とあたしは顔を見合わせるけれど、有り得ないとは云い切れないよね、これは……。

「ねえねえ薫子ちゃん、もし本当に泥棒さんだったりしたら、初音ちゃんの下着を持っていったのは……」
「うわ、最悪だ。下着ドロとか……」
「……」


 息を呑んだ初音の顔が、ちょっと青くなっている。これ、あたしたちだけでどうこう出来る問題じゃないぞ。

「未遂で、何も取られていないというのならともかく……実際に無くなっている物があるんじゃあ、理事長代理なり警備会社なりに云って通報してもらった方が良いのかな」
「……そう、ですね。あんまり大事にするわけにもいかないと思うので、生徒会のみんなに話をしてから、梶浦先生に報告しに行きます。……薫子ちゃん、今日遊びに来るケイリちゃんたちのこと、お願いできますか? 多分、帰りが遅くなると思うので」
「ん、分かった。任せておいて」


 そうだよね。泥棒だってことになるのなら、初音は被害者になるわけだから、色々と話もしなくちゃいけないだろうし。
 ……参ったなあ。今回の犯人も鳥とか小動物とかなら良かったのに……。





「……なるほど、それで初音は帰りが遅いのですか」

 そんなこんなで、放課後に寮に遊びに来たケイリと淡雪さんに事情を説明したんだけれど。

「なんか、もう……なんて云ったらいいのか……本当、退屈しませんね、お姉さま方は」

 妙に脱力して呆れた声を出す淡雪さん。いや、あたしたちだって好んでトラブルを招いてるわけじゃないんだよ?
 でもほら、出物腫れ物所嫌わずというか、向こうから勝手に来るわけであってさ……。

「……それ、喩えが微妙に間違っているような……」
「でも、良かったのですか? こんな話を部外者の私たちにしてしまって」
「うん、まあ……折角遊びに来てもらってるのに、中途半端な歓迎になっちゃったしさ。ホストである初音も居ないわけだし……」
「そんなに気にしないで。別に、寮の外で遊ぶわけではないのですから」


 あたしの肩を叩いて慰めながら、微笑んでくれるケイリ。
 まあ、そう云ってくれるだけで有り難い。残暑の厳しさでヘタッた体は、これ以上のトラブルなど受け入れられないのだ。
 ただ、何だ……さっきも云ったけど、あたしがそう思ってたって、トラブルメイカーが直ぐ傍に居るんだから、そう簡単にはいかないよね。
 例えば、今まさに足音高く食堂に入ってきて――

「おまたせ! 陽向ちゃん自慢のゲームコレクションでーす!」
「あああああ、千歳お姉さま、そんなに乱暴にしちゃ駄目ですよ〜」


 ――夕食までの一時をテーブルゲームで遊ぼうなんて考える、千歳とかのせいで、さ。
 何が楽しいのか、クルクルと二回転しながら食卓にボードゲームを置いた千歳は、苦笑している陽向ちゃんと一緒に箱を開けている。
 ……いや、まだ誰もやるとは云ってないんだけどなあ……と周りを見ると、無表情ながらも仕方が無いと肩を竦めているように見える史ちゃんとか、「私はパス」と顔の前で手を振っている香織理さんとか。
 ふと千歳たちが用意しているゲームを見ると、波瀾万丈人生劇場SRXと書いてある。……SRXって何の略なんだろう?

「はーい、それじゃ参加する人〜」

 小学生がやるように、人差し指を上げてみんなを促す千歳。
 やれやれ……ま、暗い雰囲気で居るよりは、何かやってた方がずっと良いよね。

「云っておくけど、食事の用意が始まるまでだからね?」
「は〜い、分かってま〜す」


 千歳が配る駒やらカードやらを受け取りながら、升目に書いてある内容に目を走らせる。『街を歩いていたら、突然目の前に現れた鏡の中に吸い込まれる。スタートへ戻る』……何だこれ。ほんとに人生ゲーム?



 なんだかんだで楽しんでいるところに初音が帰ってきて、話をする間も無く食事の用意が始まって。ちょっと眉を寄せている初音の様子を気にしながらも、あたしたちは食卓に着く。

「うわあ、凄いですね、これ……話には聞いていましたけれど、本当にイギリス料理なんだ」

 食卓に並んだイギリス料理に、淡雪さんが目を見開いて驚いている。今日の料理は寮母さんの得意なキドニーパイと、フィッシュ&チップス。後はいつものように四角い琺瑯バットに山と盛られた焼き野菜……うむ、ちょっと油が強いものが多いね。
 ちなみに、キドニーパイって云うのは猪の腎臓を使ったパイで、これもまた代々の寮母さんに伝わっているレシピだそうな。

「わあ、久々に寮母さんの得意料理ですね」
「美味しいけど、素材が手に入り難いですから」


 そりゃまあ、猪の腎臓なんて簡単に手に入らないよね……あたしはぼたん鍋だって食べたこと無いもの。

「ケイリは、寮のキドニーパイは初めてだっけ?」
「ええ。しかし、得意料理と云うのですから、今までに頂いた食事から考えると味も期待出来そうですね。……ハドソン夫人のものとどちらが上でしょうか?」
「あら……まるでモリアーティ教授のような台詞だこと」


 ケイリの言葉に香織理さんが返したけれど……どういう意味?

「……モリアーティ教授ってのは、シャーロック・ホームズに出てくる悪役ですよ。ハドソン夫人はホームズが下宿するアパートの女将さんです」
「ああ……どっかで聞いたことが有ると思った」
「モリアーティ教授は誘拐したハドソン夫人の作ったキドニーパイの美味しさに涙して、尊敬しちゃったりするんですよ」
「く、詳しいね、陽向ちゃん」


 あたしが変な顔をしているのに気が付いたのか、小声でこっそりと教えてくれる陽向ちゃん。流石は自分で乱読家だって云うだけのことはある。

「……ところで、これはどうやって取り分けたらいいんでしょう?」
「え? ああ、大丈夫だよ、ほら」


 琺瑯バット一杯の焼き野菜を前にナイフとフォークを手に取ろうとする淡雪さんを制して、史ちゃんに視線を向ける。
 あたしたちが小声で話している間に、史ちゃんがみんなの分のお皿を用意して料理の前に立った。

「では、淡雪さん。ご要望があればご遠慮なく仰って下さい」
「へっ? あ、ええと……特に好き嫌いとか無いから、普通で」
「畏まりました」


 史ちゃんは相変わらずの流れるような手付きで、オーブン型の中で綺麗な焼き色を見せているキドニーパイを切り分ける。ナイフを入れる度に湯気が上がって……あ、いかん、涎が……。
 みんなが見守る中、史ちゃんは綺麗に一人前を盛り付けると、そっと淡雪さんの前に差し出した。

「おお〜……史って、本当に侍女さんだったんだねえ……」
「給仕を見てそういう感想を頂くというのも、少し複雑な気分ですが」
「あ、いや、別に疑ってたわけじゃないけどさ? 普段はそういう姿を見ないから」
「……やはり、格好の所為でしょうか」


 ちょっと不満そうに首を傾げる史ちゃんだけど、その姿は制服ではなくて私服……メイド服(と云うと侍女服ですと文句を云われる)を着ている。
 学校では制服で過ごしているし、侍女っぽい仕事をすることなんか無いだろうから侍女だって云われても実感なんか無いんだろう。
 ……ヘッドドレスを付けて制服を着てる史ちゃんは、もしかして「なんちゃってメイドさん」みたいに考えられているんだろうか……。
 全員の分の給仕を終えた史ちゃんは、最後に一礼してから自分の席へと戻る。その姿を見てから初音がお祈りの言葉を云うのが、寮での食事風景だ。

「では……主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え。アーメン」
「アーメン」


 初めは慣れなかったこの習慣も、今では当たり前のものとして受け入れている。慣れ過ぎて、外食したときでもお祈りしそうになるぐらいだしね。

「そ、それじゃあ、早速……ん!」

 キドニーパイを食べた淡雪さんが目を輝かせた。

「腎臓って云うから、もっと癖があると思ってたけど……凄い美味しい」
「ふふっ……そう云って貰えると、寮母さんも喜びますね」
「最初は誰でもそう思いますよね〜。だって腎臓ってのは、お――」
「陽向。食事中よ」
「――おっと済みません」


 ……何を云おうとしていたか、大体分かるけどね。腎臓ってのは、ぶっちゃけて云えば尿を作るところ。イメージ的にも臭いって感じだ。勿論、食事中に云うことじゃないよね。
 
「どうかしら、教授さん?」
「ふふっ……美味しいですよ。勿論、素晴らしい料理を作ってくださる寮母さんのことは尊敬していますしね」


 インテリな会話をしているケイリたちの方は置いといて、あたしも料理が冷めないうちに頂いてしまうとしようか。
 ん、美味しい。腎臓のちょっとコリコリ……と云うか、シコシコと云うか、歯ごたえのある肉の感じが好き。

「……薫子お姉さま、タマネギもどうぞ」
「はうっ……や、やだな、ちゃんと食べるよ?」


 皿の脇にちょいちょいと寄せておいたタマネギが、史ちゃんの厳しいチェックに引っかかる。

「……薫子お姉さま、タマネギ苦手なんですか」
「いや……はは。でも、あたしだけじゃないし」


 淡雪さんの呆れ声に苦笑しつつ、行儀悪く千歳の方を指差した。そこには、同じように史ちゃんの指摘を受けている千歳の姿。

「千歳さま、ピーマンもどうぞ」
「んにゃ……ちょ、ちょっと休憩してただけだよ?」
「……似たもの同士なんですね」
「子供ね……他のものと一緒に口の中に放り込みなさいな」
「いやあ、その食べ方はちょっと……」


 お腹の中に入っちゃえば一緒だって? 折角の美味しい料理を苦いもので汚したくないじゃん!
 秘儀、噛まずに飲み込み! なんて馬鹿なことを云っている千歳を見つつ、あたしはしっかりと噛んで食べました。……ふぐぅ、この舌触りがぁ……。



「じゃーん! 本日のデザートは、今年最後のスイカを使ったシャーベットでーす!」
「おー……」


 食後の口直しに登場したのは、千歳が作ったデザートだ。小さなカップの中身は、種に見立てたチョコチップが散らされた、綺麗な薄紅色のシャーベット。

「えっ……これ、千歳お姉さまが作ったんですか?」
「そうだよ〜」
「何て役得……!」


 目を輝かせる淡雪さんだけど、あたしとしても同じ気分だ。千歳の作るデザートは美味しいからね。流石に、趣味がデザート作りなだけのことはある。
 何しろ、去年までは二週に一度のペースでケーキを食べに行っていたんだけど、今年はそれが月一に変わったからね。
 史ちゃんが手早くみんなの前にカップを並べていく。美味しそうな色に手が伸びかけるけど、みんなの準備が終わるまで我慢だ。

「どうぞ、召し上がれ」
「んっ……ふあ、美味しい」


 シャーベット、と千歳は云ってるけれど、どちらかと云うとソルベに近い。乳脂肪分が殆ど入っていないからだ。スイカの果汁は薄めていないみたいで、結構しっかりとした味になっている。

「千歳の作るデザートはいつも上品な味だね。今日のシャーベットも、とても美味しいですよ」
「えへへ……ありがとっ」
「いつも……? ケイリ、羨ましいわ……」
「ふふっ、そう思うならば、ユキももっと遊びに来れば良いのではないですか?」
「む、むむ……でも……」


 なにやら頭を抱えて悩み始めた淡雪さん。まあ、普通のお嬢様であれば、そう頻繁に友だちの家にお泊りってわけにもいかないだろう。
 ん〜……種になっているビターのチョコが、いいアクセントになってる。……そう甘くはないってことだね。

「ええっと……みんな、デザートで一息吐いたところで、お話があるんだけど……」

 舌の上で滑らかな食感を楽しんでいると、初音が申し訳無さそうに声を上げた。

「……それは、私たちが聞いても良いものなのですか、初音?」
「あ、うん。ケイリちゃんも淡雪ちゃんもお客様ではあるけれど、無関係ではないからね……」
「……薫子お姉さまから聞いた、泥棒のことですか?」


 口元からスプーンを離して問い掛ける淡雪さんに、初音が申し訳無さそうに頷いた。
 ん〜、あんまり良い話じゃ無さそうだね。

「先ずは、警備の件ですけれど。理事長代理にお話を持っていったのが放課後だったので、今日はもう対応は出来ませんってことでした」
「まあ、それは仕方が無いわよね」
「後……泥棒の件は、盗まれたところがしっかりと撮られているわけじゃないので、特に何もしないそうです」
「えっ?」


 何それ。泣き寝入りってこと?

「……正確には、何もしようが無いってことなんですけれど。証拠も無いですし」
「いや、そりゃ云いたいことは分かるけどさ」
「……風で飛んでいったことにでもしたいんでしょう。世間体というものが有るし」
「うわ、玉虫色の返事」


 みんなが眉を顰めたけれど……香織理さんの云うとおり、泥棒が入ったなんて不祥事は「無い方がいい」んだろうね。やれやれだよ。

「……それで、今後の対策は?」
「……理事長代理の案としては、夜になると警備員さんが帰ってしまう、裏門のところにある警備員詰め所、そこに宿直の先生を泊まらせることで対応したいってことでした。将来的には、夜間も警備員さんを常駐させる心算らしいですけれど」
「ん? でもそれ、あんまり役に立たないんじゃ?」


 別にあの詰め所で裏門の勝手口を管理しているわけじゃないし……そもそも、詰め所の窓からずっと外を見ているわけにもいかないでしょうに。

「取り合えず、詰め所に灯りがあるだけでも大分変わるだろうって。後は、あの勝手口にもちゃんとした鍵を掛けて、インターホンを付けることで、詰め所の中に居る人に連絡して開けて貰うようにする……みたいです」
「うわあ……それ、今までみたいに自由に出入りできなくなるってこと?」
「……うん」
「むむむ……これは由々しき事態ですね、お姉さま」
「……なんでピンポイントで私だけに云うのかしらね、陽向?」
「のおおっ、痛い、痛いですお姉さま!」


 相変わらずの漫才をしている姉妹は放っておくとして。
 ふむ……そういう管理の仕方になると、寮生の自由意志を尊重している門限無しの寮則も、事実上の廃止ってことになるなあ。
 寮に門限が無かったとしても、学校の裏門に門限が無いってことじゃない。宿直の先生がNOと云えばそれで終わりだ。

「初音は、その話を受けるの?」
「……受けざるを、得ないかなあ。一応、裏門の勝手口の鍵か、もしくは正門の勝手口の鍵を寮生全員にも持たせてくれるように交渉する心算だけど」
「ふむ……」
「……ちょっと良いですか?」
「はい、何ですか、淡雪ちゃん」
「ええと……その裏門の勝手口って、今は鍵は無いってことなんですよね? 普通、有り得ないと思うんですけど……」


 うわ、何て正直な。

「裏門の勝手口はね、正門のそれと同じ作りなんだけど、閂だけ使って鍵は掛けてないんだよね。だから、格子の隙間に手を入れて、こう……クイッと」
「ああ、なるほど」


 あたしの手の動きを見て、淡雪さんは納得したみたい。
 閂の丸棒を横にスライドさせ、半回転させて鍵穴を入れる溝に差し込む。良く有る方式の閂だけど、実際に鍵が掛かっているかどうかなんて、手を突っ込んで確認したりはしないからね。表側からは見えないんだし。
 でも、鍵を掛けるようになると、表側からは鍵の開け閉めは出来ないし……出かける時は、誰かに門の内側まで来てもらわなきゃならなくなるね。

「……まあ、仕方が無いわね。警備の問題なんだし」
「寮生の意思を尊重した門限無しは、代々の伝統だったのになあ……」


 香織理さんは肩を竦めるけれど、初音はガックリと肩を落としている。まあ、「門限は有りません」なんて由佳里さんから聞いたときは、あたしも驚いたものだけど。……それが無くなっちゃうとなると、やっぱり寂しいと云うか。

「むむ……そうだ!」
「ん、何よ、千歳」
「泥棒さんを退治しちゃえば、問題無しだよ!」
「……また、アンタは……」


 何てこと云うかな。素人が集まったって、そんな簡単に行くわけ無いでしょ。大体、そう都合よく泥棒が現れますかって。

「この間の水鉄砲、まだ持ってるし。あれで撃っちゃえば楽勝だよ!」
「あ〜、はいはい。無茶云わないの」
「無茶じゃないよ。史や薫子ちゃんも居れば――」
「千歳お姉さま」


 千歳の言葉を遮るように、淡雪さんの低い声が響いた。
 少々の怒りが篭ったその声に、食堂に居たみんなの声が止まる。

「私、前にも云いましたよね。……また、無茶するんですか?」
「え、えと、淡雪ちゃん……?」
「しかも、今度は誰かに云われてじゃない……お姉さまが危ないことをする必要なんてどこにも無いのに」
「あ、う……」


 ずいずいっと詰め寄る淡雪さんに、千歳はすっかり腰が引けている。
 ……いや、まあ放っておいて良いか。あたしが云いたかったことは淡雪さんが云ってくれたし。

「お、ね、え、さ、ま……?」
「は、はい、分かりました。無茶しません!」
「……愛されてるわね、千歳さんは」
「……はっ?」


 香織理さんの声に我に返ったのか、淡雪さんが周囲をぐるっと見回した後、真っ赤になって俯いた。……うわ、可愛いな〜。

「……ん、コホン。まあさ、いくらなんでも昨日の今日で泥棒が来るわけでもないし、淡雪さんもそんなに怒らないで。ねっ」

 手を叩いて注目を集めながら、あたしが締める。
 今からあたしたちが頭を捻っても、明日の職員会議とかで結果が出ない限り、何も対策出来ないんだしさ。


**********

 1クラス40人、運動会の描写では一学年に8クラス(2クラスで一つの組だったので)、そして三学年。
 ……960人? あれ、エルダー選挙では……

 まあ、そんなこんなの矛盾が有りますが、ご都合主義で誤魔化すということで。

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コメント(12件)

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例によってこんにちは。

よりによって下着ドロでしたか…。
ちょっとシリアス展開ですね。
しかも、勝手口のドアを…なんて、下手すれば、本編にも無かったレ●プ展開じゃないですか。本編のエロ描写については、正直そんなに興味なかったけど、そんなシーンなら…(待てそこ)

それに、初音が黒レース…。初音ルートで、いざ、という段になって、千早に見られて恥ずかしがるところとか…(じゅるじゅる)
見たい、見たいぞぉ…。

はぁ、はぁ。
ちょっと妄想が暴走してしまいました。
いいなぁ。

ええと、シャーロック・ホームズですが…。原作の中には、ハドソン夫人をモリアーティ教授が誘拐する、なんて話は無かったと思いますが…。
アニメ版「名探偵ホームズ」の話ですよね?
昔、映画館でそんな話を見た気がします(確か「ザブングル・グラフティ」と同時上映)。
文中の表現だと、原作のように見えてしまうので、ちょっとそこが気になります。

ところで、気になったのですが、千歳が上手なのがデザート作り、という事は、(料理全般得意な)千早ではなく、千歳自身のスキルなんでしょうか?
姉弟して器用な…。

小説の方を読んだ時には、気にならなかったんですが…。生徒数については…学年によってクラス数が違うのでは?とか、懸命に絞り出してみる…。
いやまあ、実際に1クラス違う事はあったりしますが、2クラスも違う事なんて、普通あり得ないんですけどね…。

例によってだらだら書いてしまいました。すいません。
えるうっど
2011/08/15 08:50
えるうっどさん、こんにちは。

R18にはならないので、ご安心を(笑)

>ホームズ
はい、これはアニメの話です。だから、ケイリと香織理の会話にはちょっと違和感がありますね。
陽向ならサブカルチャーも知ってるだろうから、ああいう答えでも構わないですけれど。そもそも原作では、夫人は料理が得意という描写も無いですしね。
ここは一つ、今では世界的に有名な宮崎駿監督が構成を担当している話だから、興味があって見た、ということにでもしておいて下さい(笑)

>千歳のデザート
スキルそのものはどちらも同じです。しかし文中にあるように、千歳は味覚がお子様(食べず嫌い)なので、デザートしか作りません。

小説の巻末にあった生徒の名前一覧とかは、ネタが詰まってます。この「中の人」でも、何名か出てくる予定です。
しかし、200人近い誤差があると、全校生徒のごまかしは厳しいですよね〜。
いやまあ、エルダー選挙の時に、それだけの人が「個人に投票」したのかもしれませんが……。二人のエルダーでは、全体の何%という表記はありませんからね。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/08/15 15:20
はじめまして。
どこから流れ着いたのかは忘れてしまいましたが、とても楽しませていただいて
おります。
物語は急転直下で、なんか長くなりそうで、それはそれでたのしみです。

淡雪が泊まりにきて初音とのつながりが出てきましたね。
ぜひ、次期生徒会長には淡雪を!
って、なに言ってるんでしょうか?
みどり
2011/08/16 22:45
みどりさん、いらっしゃいませ。

楽しんでいただけたようで、なによりです。これからも頑張りますので、宜しくお願いします。

>次期生徒会長
う〜ん、今はまだそこまで考えてないですね。淡雪はあれで中々の真面目キャラなので、生徒会長ぐらいは出来そうですが。
まあ、雅楽乃がエルダーに内定しているような現状、華道部副部長(公式設定)の淡雪が雅楽乃の代わりに部長の役目をすることになるだろうからなぁ……。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/08/18 18:15
お久しぶりです。
第五章五話読ませていただきました。
今話で淡雪やケイリが泊りに来たり、泥棒騒ぎなど新たなイベントがあり、楽しませて頂いています。
みどり様がおっしゃっていたので気になったのですが、この『妃宮さんの中の人』は一応現時点では千歳が卒業するまでのストーリー…なんですよね?もしかして卒業後も??
…まぁ、ちょっとした疑問なので気になさらず。
では、次回も楽しみにさせて頂きます。
失礼します。

2011/08/20 01:12
唯さん、こんばんは。

>卒業
はい、一応はその通りです。
前倒しになることはあっても、卒業後まで書く予定は有りません。

今回の泥棒騒ぎは、次話への伏線でも有ります。原作での香織理や占い騒ぎに代わって、次話では……とか言ってる前に、取り合えず早く続きを書かないとね(笑)

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/08/20 18:58
報告です


・淡雪ももっと遊びに来れば→ユキももっと遊びに来れば


生徒数は確かに問題ですよね
生徒達の会話からして意図的に投票しないってことはないでしょうし…
何を持って「有効」票としてるかも分からないので何とも言えませんが…
Leon
2011/11/11 13:53
感想です


史の鞄…気になりますね
烏退治の時の手提げ鞄もかなりの性能でしたが(笑)
二人分の作業着、ゴーグル、水鉄砲、イヤホン、あとは双眼鏡を数個にマイク…かな
妃宮家は一体どうなってるんでしょうね
地球を良い感じにする爆弾とか…

クラスの人数に関しては、気にしないことにしますが、気になったのは机の配置
設定では横4に縦10
縦10ってかなりの縦長の教室になるんじゃあ…
横6くらいが標準だと思ったり…(まぁ自分が多分そうだっただけですが)
Leon
2011/11/26 12:32
Leonさん、今更の感想返しでごめんなさい。
>生徒数
多分これは、一学年で8クラスってのが間違いだと思うんですよね。でも、三学年で4チーム=8クラスだと今度は数が少なくなりすぎるし……謎だ。
>史の鞄
これはPSP版の初音ルートで出てきた「史は収納上手」ということをねたにしているだけです(笑)どんなものでも鞄に詰める!

では、最新話の6-EX-3を上げましたので、そちらもよろしくお願いします。
A-O-TAKE
2012/01/31 21:43
度々すみません

・ずいすいっと詰め寄る淡雪さん→ずいずいっと詰め寄る淡雪さん


何度もコメントしてるので遅くても返事しなくても構いませんよ!
最新のまで読んではいるのですが、何となく順番通りにまた読んでコメントしたかったのでコメント遅れてます…
Leon
2012/02/02 14:08
えーと、初めまして。最近見つけて読ませてもらっています。

初感想が本編外のことについてってのはアレなのですがw、
>生徒数・エルダー選挙
エルダー選挙では一定得票数(総投票の5%だったか10%だったか)を得なかった人は壇上に呼ばれてないはずです。どこで出ていた設定だったか失念しましたが。
その端数を考えると960人前後というのはさして間違っていないのではないかと?
ユーレカ
2013/06/03 13:16
ユーレカさん、感想ありがとうございます。

実に今更な話ですが、全校生徒の人数は、実は750人前後らしいのです。エルダー選の時の有効投票数が752となっていますから。
ちなみに奏がエルダーになった時は728なので、それほど人数に変動は無い筈。エルダー選をボイコットするような生徒は居ないでしょうから(笑)

まあ、後出し設定で矛盾が生じるのは良くあることですから、気にしないで!(爆)
A-O-TAKE
2013/06/04 21:19
妃宮さんの中の人 5-5 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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