A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 5-6

<<   作成日時 : 2011/08/23 22:42   >>

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 ちょっと遅れました〜。夏休みの間にごろごろしてたもので……

 お気づきの方もいるかも知れませんが、初音の考えていることは某ロサ・キネンシスと同じ。薔薇の館=櫻館です。
 エルダーやら生徒会長やらが何度も出ている寮なんて、聖應女学院的な考え方をするならば、恐れ多くて近寄れませんよね。

**********

 食事の後のまったりとした時間。
 あたしたちは食後のお茶を飲みながら、適当な雑談をして過ごしていた。

「ところで、寮と生徒の距離を縮めるという話ですが」
「あ、はい。ケイリちゃんは何か良い案が有りますか?」


 ケイリたちを招いたのもその話の一環なのだから、初音がケイリの言葉に飛びつくのも当然だ。でも初音、ちょっとがっつき過ぎだよ……。

「そうですね……正直な話として、『寮との距離』ではなくて『住人との距離』が問題なのですから、レクリエーションを楽しめれば良いと思うのですけれどね」
「レクリエーション、ですか?」
「そう。……でも、初音には『余暇』があまり無さそうですよね」
「はうっ……」


 う〜ん、確かに初音は生徒会の仕事で忙しいよね。人との距離を縮めるのには会話するのが一番だけど、その時間が取れないんだから。
 放課後に直ぐ寮に戻ってくる人間と云えば、香織理さんと史ちゃんぐらいだけれど……どっちも、みんなでワイワイと騒ぐような、性格じゃないし。

「陽向のような子が居れば、結構簡単に友だちを呼んでくることが出来るかもしれないけれどね」
「え、私ですか? いやまあ、そりゃあ私は賑やかし要員ですけれど……水泳部と文芸部の掛け持ちですし。って云うか、ケイリお姉さまは水泳部なんだから、私の忙しさを知ってるじゃないですか」


 ああ、確かに陽向ちゃんなら適任だろうね。一秒たりとも落ち着いていないというか、やたらと元気一杯だから。

「人気取りって云うと違うかもしれませんけれど。何か、寮主催のイベントでもすれば良いんじゃないですか?」

 淡雪さんが、唇に人差し指を当てながら、そんなことを云う。……イベントねぇ。

「……例えば?」
「そうですね……この寮って、結構周りが開けてますよね。前庭の辺りにオープンテラスでも作って、適当な人を連れてきてお茶したりするとか」
「適当な人って……そんな人攫いみたいに」
「でも、そういうのも楽しそうだよねっ」


 おや、千歳は乗り気みたいだね。千歳に同意してもらえた淡雪さんも嬉しそうだ。
 ……オープンテラスか。この寮は、正門から続く桜並木と平行して建っている訳だから、前庭にテーブルを出してお茶でも飲んでれば、嫌でも下校中の生徒たちに見られるわけだ。街中に在るカフェなんかと違うのは、ほぼ確実に注目されるってことだね。
 あたしはもう、生徒たちから見られながらの食事とか、それなりに耐性は付いたけれど、普通の生徒にはキツいんじゃないかなあ。

「まあ、今は少し立て込んでいるし、日差しもまだ厳しいから……体育祭が終わった辺りなら適当ではないかしらね?」
「そうですねえ。良いアイデアだとは思いますけれど」


 香織理さんが云うと、初音もそれに同意する。体育祭から始まって、二年の修学旅行とか、生徒総会とか、創造祭とか……二学期はイベントが多いから大変だ。初音の手は空きそうに無いし、オープンテラスとか作るんだったらあたしたちが主導しなきゃ駄目だね。
 ……ま、今はまだ、そこまで考えなくても良いか。

「みなさま、入浴の準備が出来ました」

 あたしが残っていたお茶を煽るのと同時に、食堂の扉が開いて史ちゃんが顔を出した。お手洗かと思ってたら、お風呂を沸かしに行ってたのか。相変わらず卒が無いね。

「あ、もうそんな時間でしたか。……じゃあ、お客様から先に入ってもらいましょうか」
「おや、良いのですか、初音?」
「はい。私はまだ、細々したことを済ませなくちゃいけないから」
「分かりました。では、ユキ。……薫子も一緒にどうですか?」
「え、あたし? うん、構わないよ」


 まあ、あたしは別にやることは無いし。汗を流してさっぱりしようか。
 優雨ちゃんは初音と一緒だろうし、香織理さんはあんまり他の人と入りたがらないからパス。

「千歳や陽向ちゃんたちはどうする?」
「あ、私はちょっと宿題が残ってますので」


 おや。それなのに食事前にゲームとかしてたのか。しょうが無いなあ。
 あたしは陽向ちゃんから千歳へと視線を移すと、千歳もまた首を振った。

「私は、ちょっと史と一緒にコンビニまで行ってくるよ」
「うん? 何を買うわけ?」
「あ、それはね――」
「ち、千歳お姉さまっ」


 なんか急に慌て出した史ちゃんが、千歳の口を塞ごうと手を伸ばす。だけど悲しいかな、身長差でかわされてしまう。

「スイカのシャーベットで冷凍庫を占領しちゃってたからね、史のエネルギー源を補充しなくちゃいけないのだ」
「……エネルギー源?」


 首を傾げる淡雪さん。そっか、史ちゃんの好物のことは知らないのか。
 しかし……史ちゃんの買い置きを全部出しちゃったのか。それじゃ史ちゃんも困っただろうね。一日一個は食べてるし……。

「史は、ビスケットサンドアイスで動く、高性能メイドロボなのだ!」
「千歳さまっ、史はメイドでもロボットでも有りませんっ」


 ……赤くなった史ちゃんが、千歳の口元を無理矢理に押さえながら、そのまま食堂の外まで押していってしまった。
 その様子を見て呆気に取られた淡雪さんが、ポツリと一言。

「……史が赤くなったの、初めて見た」





 いつもはケイリが一人で遊びに来るから、あたしの部屋に泊まらせている。でも今日は二人だし、千歳のこともあるので、客間として使っている一階の空き部屋を使うことになった。
 そんな訳で、初音が二人を連れて部屋まで案内する間、あたしは自分の部屋に戻ってお風呂の準備をする。……とは云っても、着替えを用意するだけなんだけどね。他の道具は更衣室に置きっぱなしだから。
 軋む階段を下りて一階に戻ると、既に二人は準備を終えて部屋の前で待っていた。

「あれ、早いね」
「ふふっ、鞄の中から道具を出すだけですから、もう随分と慣れたものです」
「私にとっては、修学旅行の予習みたいな感じですね」


 なるほど。そう云えばケイリは学校生活が初めてなんだから、修学旅行だって初めてだよね。まあ、本人の云うように『お泊り』は随分と慣れているし、余計なトラブルとか起こさないだろうけれどさ。

「それじゃ、行こうか」

 あたしが先頭に立ってお風呂場へと向かう。まあ、廊下をちょっと歩いて食堂の二つ手前にある扉がお風呂場なんだけど。
 扉を開けて中へと入ると、淡雪さんが不思議そうに首を傾げた。

「随分と中途半端な場所にあるんですね」
「うん? ああ……お風呂の場所のこと?」


 あたしが問い返すと、コクコクと頷く淡雪さん。まあ、確かにそうかもしれない。普通、水場ってのは諸々の都合があるので家の端に寄せるものだ。
 この寮には元々食堂もお風呂も無くて、全寮制ではなくなった時に増築されたものだから、ちょっと特殊なのだ。
 全寮制だった時は、食事は学食でみんな揃って食べるようになっていたし、お風呂は元々のプールがあった場所に大浴場が有った……らしい。何しろ戦後直ぐに今の制度に変わったので、当時のことを覚えている人なんて殆ど居ないのだ。
 三人で服を脱ぎながらそんなことを説明する。まあ、説明したのはケイリだけど。

「……なんでケイリがそんなことを知ってるの?」
「あれ、まだユキには説明していませんでしたか? 私は、この寮のように和洋折衷な感じの、明治・大正期に作られた建物が好きなんですよ」
「……そりゃまた、随分と独特な趣味だね……」


 あはは、やっぱり云われてる。あたしだって初めて聞いたときはそう思ったものだしね。
 さて、着替えはOK、道具も持った。足元に気を付けるように云いながら、お風呂場の引き戸を開けて中に入る。

「やっぱり、他の人と一緒にお風呂に入るのって、ちょっと照れますね」
「そうかな? ユキだって、プールに入るために着替える時は裸になるでしょう?」
「いや、ほら、お風呂ってどうしても気持ちが無防備になるというか……」
「あははっ。お風呂場でそんなに緊張してたら大変だよ?」


 お風呂に入って余計に疲れましたってことになったら……まあ、それはそれで良く眠れるかもしれないけどね。
 さて、先ずは三人並んで体を洗うところから。温泉みたいにお湯を掛け流してる訳じゃないので、先に洗わないと駄目だってのは云うまでもない。

「……薫子お姉さま、ボディブラシとか使うんですね……」
「それはどういう意味なのかな〜、淡雪さん?」
「ふふっ……それは勿論、薫子はもっと豪快に洗うのではないか、と云うイメージが有るからですよ」


 失礼な。そりゃあたしも寮に入った頃はそうだったけど、お姉さまに色々と注意されたので、女の子らしい丁寧さに改めたのだ。体の洗い方まで教わるのは、確かにちょっと恥ずかしかったけどね。

「あ、これはみんなの共有財産だから、淡雪さんも使っていいよ」
「そうなんですか? それじゃ、ちょっと失礼して。……あ、家で使ってるのより柔らかい……」


 さっとお湯で流したブラシを淡雪さんに渡す。毛の部分を触って確かめていた淡雪さんは、ちょっと驚いていた。
 あんまり固いブラシでごしごし擦ると、何となく汚れが落ちるような気分になるけれど……実際は肌を傷付けてしまうので、皮脂がいつもよりも多く出て、ニキビになったりしてしまうんだよね。
 体を丁寧に洗って、長い髪をクルリと束ねてタオルで包む。すっかり慣れたものだけど、以前は髪が湯船に浸かっても気にしてなかったからなあ。色々と教えてくれたお姉さまにはホントに感謝だよ。

「ふ〜う……」

 とは云え、体を湯船に入れた後のこの溜め息、こればっかりは直らない。オジサンっぽいとか云われたけど、仕方が無いじゃんねえ?
 ケイリと淡雪さんも湯船に浸かり、のんびりと体を温める。

「……そう云えば、薫子に聞きたいことがあったのですが」
「ん? 何?」
「日本では、一番風呂は馬鹿の入るものだ、という言葉があるそうですね?」
「……な〜んで、今のこの状況でそういうことを云うのかな、ケイリは。今まさに、一番風呂を楽しんでいるところじゃん」
「いえ、ちょっと気になったものでね?」


 可愛らしく首を傾げても駄目っ! 全くもう。

「それ、さら湯のお風呂に入ったときのことだよ。熱かったり、体の中のナトリウムやカリウムが湯に溶け出したりするから駄目だって話だったかな。そんなに気にすることじゃないよ」
「そうなのですか? 良く知っていますね」
「あたしが寮に入る前の話だけど、そういうことに拘る人が、お姉さまや由佳里さんに色々と教えてくれたんだって」
「なるほど。生活の知恵もまた、受け継がれたものですか」


 実際の話、塩素だ何だと色々と云われているけれど、一番の問題なのは空気の冷たさとお湯の熱さの問題だ。冬場のお風呂で突然死って云うのは、高血圧の人が温度差に耐えられなくて、って云う話だからね。
 ケイリがお湯を手で掬って、しげしげと眺める。寮のお風呂は史ちゃんが厳選した入浴剤を使っているけれど、特にそういうことを気にしたりしているわけじゃない。そういうのは、もっと年を取ってから心配すればいいと思う。

「……ふむ。だから、私が読んだ本の中には、若い女性が入った後の風呂が体に良いとか書いてあったのかな?」
「ぶふっ……な、なにそれ! そんなの初耳だよ!?」
「なんでも、女性ホルモンがお湯の中に溶け出すとか……」
「はあ? そんなの微々たるものでしょうに」


 発想がエロオヤジみたいだぞ、それ。一体どんな本を読んだのよ……。

「……お湯に、お姉さまのエキスが……」

 ……凄く……変態です、淡雪さん。……うん、聞こえなかったことにしておこう。





「ふう〜……お風呂上りはまだまだ暑いねえ……」
「そうですね。もう一雨ぐらい来れば、一気に秋に近付くと思いますけれど」


 お風呂から上がったあたしたちは、更衣室でちょっとのんびりしていた。
 この場に誰も居なければ、仁王立ちで扇風機の前に陣取ったりもするけれど、流石にケイリたちの前でそんなことはしない。(扇風機は由佳里さんの姉・まりやさんが置いていったものだ)
 下着姿で椅子に座っているのは、ちょっと行儀が悪いけれど……まあ、女の子同士だしね。

「……あれ、この歯磨き粉……」

 壁際の棚にはみんなの洗面道具が置いてある。淡雪さんは、その中からピンク色のやたらと可愛いチューブを見付けたようだ。

「ああ、それ、千歳のだよ」
「い、いちご味……」
「好きなんだってさ〜」


 子供向けの歯磨き粉を見て呆れているのか、がっくり肩を落としている。格好良い千歳が好きな淡雪さんとしては、色々と複雑な気分なんだろう。
 ちなみに、その隣には千早用の歯磨き粉も有ったりするのだが……そちらはシンプルな塩味(?)の物だ。

「あたしはソレ、あんまり好きじゃないんだよね。子供の頃に飲んだ、風邪薬のシロップみたいで」
「……そう云えば、そんな味でしたね」


 子供の頃は誰でも呑んだことがあるだろう、子供向けのシロップ薬。チープな甘味が記憶に残ってて、どうしても風邪を引いたときのことを思い出してしまう。
 ケイリが首を傾げているのは、多分、そういう薬を飲んだことが無いからだろうね。

「さあ、そろそろ場所を空けましょうか。初音と優雨が待っていると思いますよ」
「あ、そうだね」


 まだちょっと暑いけれど……手早く部屋着に着替えて、更衣室を出る。

「夕涼みでもしたいなぁ」

 手で顔を扇いでいる淡雪さんが、ポツリと漏らした。

「夜の散歩ですか? それも良いかもしれませんね」
「……夜の学校って、そんなに歩きたいものじゃないと思うけどなあ」
「いや、別に肝試しとかしたいわけじゃないんで。寮の周りって結構明るいじゃないですか」


 春先なら夜桜なんかも楽しめるけれど、今の時期は見る物も少ないし……星空くらいなら、テラスから見れば十分でしょ?

「……薫子、どうしますか? 私も、ちょっと歩いてみたい気分なんですが」

 あたしの顔を覗き込むようにして、薄い笑いを浮かべるケイリ。なんだろう、この感じ……何度か体験したことのある、ケイリに導かれるような。
 ……何か、あるのかな。あたしはケイリの顔を見返すけれど、その表情からは何も読み取れない。

「……まあ、良いか。懐中電灯、取ってくるよ」
「ええ、お願いします」


 自分でも良く分からないけれど……なんとなく、何かが有りそうな感じがする。あたしも大分、ケイリに毒されてきたかもしれない。
 あたしは一度食堂に戻って初音たちに声を掛けてから、自分の部屋に入浴道具を置いて懐中電灯を手に取った。
 寮に入るときに順一さんに渡された、護身用のゴツい懐中電灯。電池を入れる握りの部分が警棒の様になっている。まさか、本来の用途でこれを使うことになるとは……。

「や、おまたせ。上に羽織るものは?」
「大丈夫ですよ。湯冷めしたくはありませんからね」


 あたしたちは、滅多に使われない寮の備品のサンダルを履いて、玄関の扉を開ける。リリリリリ、と秋の虫の声が聞こえてきた。
 サンダルの音を鳴らしながら、淡雪さんが茂みへと近付いていく。

「松虫、結構鳴いてますね」
「えっ? あれって鈴虫じゃなかったっけ?」
「えっ?」


 思わず、二人して顔を見合わせる。
 ケイリが小さい笑い声を漏らしたのでそちらを見ると、ウィンクしながらあたしたちの疑問に答えてくれた。

「実は、松虫でも鈴虫でも有りません。鳴いているのは青松虫ですよ」
「え、そうなの?」
「今は鳴き声なども手軽に調べられますから、聞いてみるといいと思いますよ。結構違うものだと分かりますから」


 なんだ、どっちも外れだったのか……。
 寮の前庭は大きな外灯が二つ立っていて、夜中でも結構明るい。そんな明かりや人の気配に負けることなく、虫たちは盛大に鳴いている。
 あたしの部屋は二階だから大したことは無いけれど、一階の部屋だと煩いんじゃないだろうか。

「う〜ん……改めて考えると、オープンテラスって無理が有りますよね」
「そうだね。ケイリたちが今使っている客室を、お茶会の部屋に使った方が良いような気がするよ」


 前庭をぐるっと見回しながら云う淡雪さんに、あたしも同意する。元々空き部屋なんだし、そういう用途で使ったって特に問題は無いだろう。食堂も近いから、お茶の用意だって簡単に出来るし。

「しかしそうなった場合は、客を手軽に招くことが難しくなると思いますよ。初音が望むのは、客の方から自由に立ち寄ってもらえるような場所にしたい、ということのようですから」
「む〜、難しいね……」
「ところで薫子お姉さま、裏の方はどうなっているんですか?」
「ん? 何で?」
「いえ、ほら、さっきの泥棒の話で……気になるじゃないですか。犯人は現場に戻る〜みたいな」
「おや、ユキも探偵のようなことを云う。……ですが、それも面白そうですね」


 あたしたちはケイリの言葉に頷いて、三人で一塊になって寮の裏庭へと足を向けた。
 食堂とボイラー室を回って、お風呂場の前を通ろうとした時……ちりっ、と首筋に嫌な気配を感じた。
 何気無く、本能的に。ひょいと、物干し台の方へと懐中電灯を向けてしまった。

「……」
「……」


 男と、目が合った。

「わあっ!? アンタ誰っ!?」
「ひっ!」


 あたしの怒鳴り声にビクリと体を震わせた男は、とっさのことで身動き出来ないあたしたちを押し退けると、一目散に逃げ出した!

「ビ、ビックリした! まさかホントに居るなんて!」
「ケイリ、淡雪さん! そこの勝手口から入って、初音に伝えて!」
「分かりました」
「え、お、お姉さまはどうするんですかっ?」


 冷静に頷いて勝手口へと向かうケイリを余所に、淡雪さんは戸惑った声を出す。どうするかって? そんなの――

「追いかけるに決まってるでしょ!」
「あっ!」




「待てー!」
「く、来るな!」


 来るなと云われて追いかけない奴が居るか!
 自分の感覚に従って心構えをしていて良かった。でなきゃ、流石に追いかけようなんて考えられなかっただろう。
 あたしの前を行く男は、ちょっと小太りで、黒尽くめの格好をしていた。闇に紛れる泥棒スタイルに間違いない。
 男はジョギングコースではなくて木々の間を縫うようにして、最短距離で裏門へと駆けている。
 この暗闇の中、あんな所を態々通る必要は無い。あたしは男を視界から外さないようにしながら、走り易いジョギングコースを使って追いかける。足元がサンダルだから、こっちを走らないと危ないしね。

「こらっ、大人しく捕まりなさいよ!」
「つ、捕まるわけ……ないだろ!」


 この、生意気な! あっという間に息切れしているくせに!
 あたしは足を速めると、逃げ道を塞ぐようにして、男の横合いから一気に近寄る。あたしの持っている懐中電灯の明かりに気が付いたのか、男がぎょっとしてあたしの方を向いた。

「観念しろ!」
「く、このっ!」


 男が懐の中から何かを取り出し、あたしに向かって投げつけた!
 目の前に広がった黒い物を、懐中電灯で叩き落とす……と思ったら、何故か懐中電灯に絡まってきた。なんだこれ……布?
 懐中電灯からソレを引き剥がして、広げてみる。それは……黒いレースのショーツだった。
 危なかった! まさか黒尽くめの男を追いかけたら、黒い下着に辿り着くなんて……ってこれ、もしかして初音の下着?

「何やってるんですかお姉さまっ! あの男はっ!?」
「はっ!?」


 追いかけて来た淡雪さんの声に我に返る。しまった、大分逃げられた!

「ああ、もうっ、あたしの馬鹿!」
「って、また!? サンダルなのになんであんなに速いのっ?」


 あたしは淡雪さんをその場に置いて再度駆け出す。
 今度はあたしもジョギングコースではなく、木々の間を突っ切って行く。やばい、もう直ぐ裏門から逃げられちゃう!

「あ、あれっ……?」

 焦るあたしの視界の中に、裏門の勝手口が開いていくのが見えた。まだ男が辿り着いてないのに、どうして……と考えた時、その姿が目に写る。

「千歳っ! 史ちゃん!」

 コンビニに買い物に行っていた二人が、こんなタイミングで帰ってくるなんて!

「あっ、薫子ちゃ……きゃっ!?」
「どけっ!」
「千歳さまっ!?」


 勝手口を潜って入ってきた千歳と史ちゃんの間を、男が押し退けるようにして突っ込んだ。史ちゃんの持っていたビニール袋が蹴り上げられ、中身が地面へと散らばる。
 次の瞬間。
 男が同じように宙を舞った。

「……は?」

 駆け寄る途中で思わず呆然とする。史ちゃんが男の足を引っ掛けたのだと気が付いた時には、既に史ちゃんはうつ伏せになった男の上に乗り、コンビニのビニール袋で男を後手に縛り上げているところだった。

「あ、あれ……? えっ……と……」

 先ほどと同じように追いついて来た淡雪さんも、唐突な展開に呆然としているみたい。

「く、くそっ、離……」
「大人しくしていないと、酸欠で苦しくなるだけですよ?」


 史ちゃんは男の口にハンカチを押し込みながら、凄く物騒なことを云っている。
 ……え、史ちゃん、何でこんなに手馴れてるの?

「……お屋敷の警備を担当する都合上、捕縛術なども学んでおりますので」
「す、凄いよ史! 格好良い! ご褒美にビスケットサンドアイスを大増量だよ!」
「……ありがとうございます」


 千歳の声に、史ちゃんが照れている。そんな二人の様子を見ながら、呆然とした表情の淡雪さんがポツリと云った。

「……やっぱり、スーパーメイドロボだよね」
「……うん、同感」


 足元に散らばっているアイスの袋を拾いながら、それに頷くあたしだった。





「みんな、お疲れ様でした」
「ほんと、疲れたよね……」


 食堂に集まったみんなに頭を下げる初音の声に頷いて返しながら、あたしは椅子に腰を下ろす。他のみんなも適当に座り、史ちゃんの用意してくれたお茶に手を伸ばした。
 そう、本当に色々と大変だった。
 宿直の先生を呼んで、学院長代理を呼んで、寮母さんを呼んで、シスターを呼んで、勿論警察も呼んで……てんやわんやの大騒ぎだ。
 時間が時間だということも有り、あたしたちからの調書はまた明日にと云う話にはなったものの、既に時計は二三時を回っている。
 流石の初音も、警察が来ているときに眠気が襲ったりはしないようで、今も意識がはっきりとしている。

「ケイリちゃんも淡雪ちゃんもごめんなさい。折角遊びに来てくれたのに」
「あ……いえ、気にしないで下さい。って云っても無理かもしれないけど。珍しい体験をさせてもらいましたし」
「ええ。私も、中々にスリリングな体験をさせてもらいました」
「ふ、二人とも前向きだね〜……」


 ケイリはともかく、淡雪さんもそんなことを云うとは。
 まあ、警察のお世話になることなんて普通は無い……と云うか、お世話になるような出来事は体験したくないし、直接的に自分と関係無いのであれば笑って済ませられる程度のものだろう。これがもっと大きな事件ならば話は変わってくるけどね。

「ともあれ、明日になるとまた色々有ると思いますけれど、今日のところはゆっくり休んで下さい」
「そうね、そうさせてもらうわ……ああ、そう云えば、まだお風呂に入っていなかったわね」
「あ、そうでしたね……どうしましょうか」


 香織理さんが肩を竦めながら席を立つと、陽向ちゃんがそれに続く。

「あ〜……そう云えばあたしも、余計な汗を掻いちゃったなあ……」
「……私もです。とんだ食後の散歩になっちゃいましたしね」
「……みんなで一緒にお風呂に入ろっか?」
「いや、無茶云わないでよ千歳……」


 流石にそれは定員オーバーだろう。何しろ今日は九人も居るのだ。お風呂の洗い場は三箇所だし、湯船だって五人入れば一杯一杯だしね。

「二回に分けましょう。……その、私と優雨ちゃんは、もう限界なので……」
「ああ、うん、分かってるよ。お先にどうぞ」


 申し訳なさそうな初音に苦笑で返しながら、優雨ちゃんと一緒に廊下へと送り出す。本来なら戸締りとかの確認も寮監の仕事だけど、今日は押し付けるわけにもいかないし。

「ケイリたちはどうする?」
「……私は先に一回入っているし、ここは譲りますよ」
「そうですね。私もそうします」
「本当にゴメンね、お客様なのに……」
「ああもう、そんなに畏まらないでよ、初音っ。ほら行った行った」
「それじゃ、私たちも付き合いましょうか。陽向、行くわよ」
「は〜い」


 香織理さんがウィンクしながら初音を追い返し、陽向ちゃんと一緒に食堂を出て行った。
 譲り合いで時間を潰すのも無駄だし、史ちゃんはこういう場合に一番最後まで残ろうとするので、千歳もそれに付き合って……と云うのはパターンだからね。
 みんなの飲んだお茶の食器を片付ける史ちゃんと、それを手伝う千歳を見ながら、あたしは椅子の背もたれに体を預けた。

「大分、お疲れですね?」
「そりゃあね……サンダルで全力疾走だし……」
「でも、乱闘とかそういうことにならなくて良かったですよ。史が意外に強かったし……」
「……はい、お呼びですか?」


 厨房から顔を出す史ちゃんに手を振りながら、さっきのことを思い返す。
 以前からそういうところは有ったけれど、今回もそうだったな……。

「……ねえ、ケイリ」
「はい、何でしょう?」
「……やっぱり、星が導いてくれたりしたわけ?」


 何気無い問い掛けにきょとんとしたケイリは、ややあってニッコリと笑った。

「星を見るのは人間ですよ。そして、それをどう解釈するのかも、ね」


**********

 次回、エピローグ。
 
 警棒と一体になった懐中電灯は私も持っていましたが……あれ、相手を照らしている時は、当然の事ながら相手を殴ることは出来ませんよね?
 明かりと武器は一体にしない方が良いと思いますww


 本当は、千歳に泥棒退治をさせて、淡雪に怒らせてみたかったのですが……何故か史が活躍する展開に。
 ケイリと一緒のときに千早のことをばらすのは、何となくもったいないような気がして……



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第五章六話読ませていただきました。
今話でやっと一段落ですね。無事泥棒も捕まり、次回のエピローグが楽しみです。私的には千早に変わり泥棒を捕まえるのかな?と思っていましたが、なんと史が大活躍でしたね。
次は体育祭…ですかね?
今後どういった感じで進んでいくのか、楽しみにして待っています。
では、失礼します。

2011/08/24 10:35
唯さん、こんばんは。

エピローグの後、EXで体育祭、次話という感じですね。今月中に第五話を終わらせたい……
エピローグは今週末の予定です。もうちょっとだけお待ちくださいね。

次話はタイトルが決まらなくて難儀中……私はプロット→粗筋→本文で書いていくとき、タイトルのイメージに沿って書くようにしてるんで、タイトルが決まってないと筆の進みが遅いんですよね〜。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2011/08/25 21:50
報告です


・何か言い案が有りますか→何か良い案が有りますか
・史と一緒にコンビにまで→史と一緒にコンビニまで
・始めて見た→初めて見た
・修学旅行だって始めて→修学旅行だって初めて
・湯船に入れた後のこの溜息→湯船に入れた後のこの溜め息
・本来の用途でこれを使うなることになる→本来の用途でこれを使うことになる
・「千歳っ! 史ちゃん!」→会話文だけど色が変わっていない



肌身離さずパンツを持ってる泥棒ナイスです
Leon
2011/11/12 09:24
う〜ん……何度やっても初めてと始めての間違いを見逃すなあ……

>パンツ
実は薫子に、某変態紳士橘さんの台詞っぽいことを言わせてみたかっただけです(爆)
A-O-TAKE
2012/01/31 21:55
妃宮さんの中の人 5-6 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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