A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 6-EX-2

<<   作成日時 : 2011/10/24 21:34   >>

トラックバック 0 / コメント 8

 遅れました〜。

 遅れた理由は最後にて。

**********


 
 生徒総会が明日に迫った木曜日。気持ちの良い秋晴れの午後、二人の女性が聖應女学院へと歩いていた。
 聖應女学院のOG、御門まりやと厳島貴子。かつては天敵、今は気が置けない友人となった二人である。

「都心に比べりゃ辺鄙なところとは云え、三年も経つと結構変わるもんよね」
「ゆっくりと少しずつ変わっていく……その過程を見ていなければ、そう思うのも仕方が有りませんわね。尤も、私も奏さんたちの卒業式に行ったのが最後ですから、半年は見ていませんが」
「ふ〜ん……母校に頻繁に顔を出していると、巣立ちの出来ない鳥みたいに思われないもんかね?」
「まあ、まりやさんったら。……ですが、そうですね……どちらかと云うと、巣に残した雛の為に餌を運ぶ親鳥、と云った方がしっくりくるかもしれません」
「あんたも中々に辛辣だわね」
「でも実際、こんな話が聞こえてきてしまうと、心配したくなるのも当然でしょう?」
「まぁね〜……」


 
 海外に長期の留学をしているまりやは、偶々の帰国で暇を持て余しているとき、学生時代の『妹』である上岡由佳里から聖應女学院で起こっている問題を聞いた。
 お嬢様学校らしからぬ自由と自立の気風を持つ聖應女学院。その自由と自立が脅かされているとなっては、OGであり経営者の親族でもある自分は黙ってはいられないと云うことで、生徒会長を勤めたことのある貴子を伴って学院へと向かっているのである。
 尤も、その云い分の殆どは建前――心配しているのは事実だが――で、日々平穏な海外留学と云う日常に戻る前に、少々の刺激が欲しいだけなのだが。
 一方の貴子はと云えば、こちらは至極真っ当に在校生の心配をしている。良くも悪くも生真面目な性格である。

「君枝さんが由佳里さんに生徒会長を譲ったと云う話を聞いたときにも驚きましたけど、今回の話はそれ以上です」
「今回の件、貴子はどう思ってるわけ? アンタもいずれ経営者一族になるんだし、心配だからってだけで話を終わらせちゃ駄目だよ」
「……」
「何よ。……いや、分かるからいいや」


 問い掛けに対する返事の代わりに顔を見詰められたまりやは、貴子の表情を見て言葉を止めた。目は口ほどにものを云う、という言葉の通りである。

「……まあ、色々と思うところは有りますが、時代の流れと云うものを考えれば、仕方の無いことかもしれませんわね」

 そう云う貴子の表情は憂いを含んだものになっていた。何しろ彼女自身が、誘拐されそうになったことがあるのだ。
 事件の後に理事長である美倉サヱが語ったように、学院側は預かっている生徒を守る義務がある。いくら未遂だったとは云え、謝罪だけで済ますような問題ではないのだから。

「ま、そりゃそうだわな。自由ってのは、好き勝手に遣って良いってことじゃないんだから……だから、いちいち見詰めんなっつーの」
「いえ……何と云うか。まりやさんも立派になって……」
「あんたはあたしの親か。……海外で一人暮らししてりゃ、ちょっとはシビアになるってもんよ。悔しかったらあんたも一人暮らしをしてみな」
「それは遠慮しておきます。私、鏑木の小父様に随分と気に入られてしまいましたので、今更一人暮らしなんて許してもらえませんもの」
「へいへい……」


 彼氏の父親に気に入られた、なんて変な惚気方をする友人に肩を竦めながら、まりやは聖應女学院の外壁に沿って視線を前に向ける。
 在学中はずっと寮暮らしだったので、通学路とは云っても毎日歩いたわけではないが……それでも、歩き慣れた道を久しぶりに歩くと、何がしかの感慨が湧いてくる。

「そういや……貴子とこうして肩を並べて通学路を歩くのって、初めてだよね」
「……そう云えば、そうでしたわね」
「ま、今だからこそ分かることもあるか。……お、見えた」


 まりやは頭の後ろに手を組んで歩きながら、漸く見えてきた聖應女学院の校門に注意を向ける。登校時間が過ぎれば門が閉まるのはどの学校でも同じことで、自分の知っている警備員でなければ話が面倒臭くなるな、なんてことを考えた。





 ピンポーン、と寮に備え付けられた呼び鈴が鳴った時、初音は食堂で遅めの昼食をとった直後だった。
 謹慎と云うことで、寮から出ない日が今日で三日目。碌に運動もしていないのだから食欲が湧く筈もない。それどころか、腹が満たされたので瞼がゆっくりと下がりかけていたところだった。
 ピンポーン、と再び呼び鈴が鳴り、初音は慌てて頭を振って玄関へと向かう。

「はーい、どちら様ですか?」
「や、お久しぶり。元気にしてる?」
「あっ……!?」


 扉を開けて顔を出した初音は、意外な人物からの返事に言葉を失って動きを止めた。まりやの隣に居た貴子は、片手を上げて気さくに挨拶をする様子に苦笑しながらも、初音を気遣って優しく声を掛ける。

「お久しぶりです、初音さん。御免なさいね、突然にお邪魔してしまって」
「えっ? あっ……ええと、お久しぶりです。あ、あの、取り合えず上がって下さい」
「ははっ、そんなに慌てないで。ほら深呼吸、深呼吸」


 目を白黒させる初音を笑いながら、まりやと貴子は久しぶりの寮へと足を踏み入れた。
 玄関で靴を脱いで来客用のスリッパに足を通しながら、まりやは寮の廊下を眺める。踏み出した足元から、微かに軋んだ音が聞こえた。

「中はぜんっぜん変わらないわね」
「ふふっ……それも良いではありませんか。貴女の家でしょう?」
「まあね〜……」


 初音はそんな呟きに気が付く様子も無く、二人を食堂へ案内すると、足音を慣らして厨房へと入る。

「直ぐ、お茶を用意しますから……」
「そんなに気を使わなくても良いわよ?」
「いえ、そう云うわけにはいきませんからっ」
「……ねえ貴子、なんで初音ちゃんはあんなに緊張してるのかね?」
「さあ……?」


 まりやは自分の敬愛する由佳里の『姉』で、貴子は当時中学生だった自分でも知っている敏腕生徒会長。
 貴子は何度か寮に遊びに来ているので初音とも顔馴染みだが、まりやとは一度会っただけの間柄だ。殿上人とは云い過ぎだが、由佳里からさまざまな逸話を聞いていた初音としては、緊張せずにはいられない相手だった。
 勿論、まりやは自分がどう思われているかなど知る筈も無いので、初音の態度には首を傾げるしかない。

「お、お待たせしました」

 やがて、初音が準備を終えて厨房から出てきた。由佳里から教わった取っておきのロイヤルミルクティーを二人の客に勧めてから、自分の分も用意して席に着く。
 ちらちらと様子を伺うようにしている初音に苦笑しながら、まりやは紅茶に口を付けた。

「ん、美味しい……で、そんなに緊張されると、あたしとしても遣りにくいんだけどな〜」
「は、はい、済みません……ええと、それでお姉さま方は、今日はどのような御用事で?」
「いや、由佳里からちょっと話を聞いてね。初音ちゃんの相談に乗ってあげて欲しいって頼まれちゃって」
「えっ、由佳里お姉さまが?」
「……ちょっとまりやさん、それを云ったら駄目でしょう……」


 さり気無く力になって欲しいと頼まれたくせに、依頼人の名を真っ先に出すなんて……と貴子は呆れる。
 初音が由佳里に心配を掛けまいとして今回の事件の話をしていないと云うのに、当の由佳里がそれをとっくに知っていたとなれば、初音の気配りが台無しになってしまう。

「いやさ、そもそも隠しておけるようなことじゃないでしょう。貴子、あんただって聖應の生徒会長だった頃の人脈、今でも生きてるんでしょ?」
「ええ、勿論です」
「因みに由佳里は、誰だったかな……あのワカメちゃん――」
「可奈子さんです」
「――そうそう、その可奈子ちゃんから話を聞いたんだって」
「……そうだったんですか」


 烏橘可奈子は由佳里の下で副会長を勤めたし、現在の副会長である沙世子の姉でもある。話が伝わるのは当然だった。心配を掛けないようにと黙っていた心算の初音が、逆に由佳里から気を遣われていたと云うことだ。
 優雨と云う『妹』が出来て、心配をさせて貰えないと云うことが心苦しいものだと知った初音は、己の不明を恥じた。きっと由佳里は自分に相談して貰いたかっただろうに。

「ま、そんなに落ち込みなさんな。妹に云われなくたって余計なお世話をしちゃうのが姉ってもんよ。初音ちゃんは黙って甘えときなさい」
「そうですね。事が終わった後にありがとうと云えば、きっとそれで十分でしょうから」
「……はい、分かりました」


 『姉』たちの温かい言葉に感謝しながら、初音はゆっくりと頭を下げた。

「さて、それじゃ……あたしたちに相談しても良いと思ってくれるなら、話してくれるかな。勿論無理にとは云わないけどさ」
「私たちも一応の事情は聞いていますが、詳しい話ではないですからね」
「はい……それじゃ、宜しくお願いします」






「――話を聞く限りでは、やはり……切っ掛けは兎も角として、理事会からの提案は理に適ったものですわね」
「はうっ……」
「ちょっと貴子、あんたがそんなこと云っちゃ駄目でしょ」
「そんなことを云われても……」


 ショックを受けて項垂れる初音を見たまりやが、頤に指を当てて考え込んでいる貴子を嗜めた。
 生徒会長として学院を取り仕切ってきた貴子としては、受け入れたくない話ではある。しかし立場を逆にすれば、今の時代に合ったものに規則を変えたいと云う理事会の話も分かるのだ。

「聖應のモットーは慈悲と寛容、自由と自立でしょうが。過度の干渉は生徒の自主性を損なうって話はどこいったのよ」
「それを云うなら、そもそもの原因となった杜撰な寮則を決めたのはまりやさんではないですか」
「あたしが寮に入ったときは他に誰も居なかったんだから、あたしが自由に決めたって問題ないでしょうがっ」
「たとえ一人暮らしであっても、寮に住んでいて門限無しなんてありえないでしょう!?」
「あああああ、お二人とも、喧嘩は止めて下さい〜」


 いきなり顔を突き合わせて口論を始める二人を見て、初音は慌てて仲裁に入る。
 かつての二人を知っていれば、この程度のことは日常茶飯事で別に騒ぎ立てるほどのものではないと分かるのだが……顔見知り程度の仲である初音がそれを察するのは無理があった。
 逆に慌てたのはまりやと貴子だ。二人にしてみれば普通に話しているだけなのに、初音が涙目になって両手を伸ばしてくるのだから。

「だ、大丈夫大丈夫、別に喧嘩じゃないから。あたしたち仲良しだもん。ね〜貴子」
「そ、そうですわ。ねぇまりやさん」


 笑いながら肩を抱き合って仲の良さをアピールする二人。まりやは貴子の耳元に口を寄せ、初音に聞こえないようにそっと囁く。

「(初音ちゃん、内心では相当参っちゃてるみたいだから、いつもみたいな遣り取りは無し)」
「(分かりました)」


 今まで何の問題も起こさずに学院生活してきた『良い子』が謹慎になっているのだ。見た目は普通でも内心では落ち込んでいて当然だろう。
 まりやはわざとらしく咳をすると、話を戻す為に口を開いた。

「あ、あ〜っと……それで、初音ちゃんはどの辺りのことで迷っているのかな?」
「そ、そうですわね。先程の話ではその辺りのことを聞いていませんでしたが」
「えっ? それは……」


 グスリと鼻を鳴らした初音は涙目を隠すように俯き、内心の迷いをそのまま口に出した。常日頃から抱いている、普段は軽口めかして口にしていることを。

「その……私、生徒会長に相応しいのかなって、その資格があるのかなってずっと思ってたんです」
「……それは、どうして?」
「……私の知っている生徒会長は、由佳里お姉さまにしても、君枝お姉さまにしても、素晴らしい人で……それに比べて私はこんな事件も起こしちゃうし……」
「……」
「生徒会と風紀委員を分けるって云うアイデアも私が出したものじゃないし、寮監の問題にしても何も解決出来ないし……」
「……」
「生徒会で一番仕事が出来ないのは私だし、色々と迷っちゃうし……はう……」


 云っているうちに情けなくなったのか、俯いて沈黙する初音。貴子はそんな初音を暫く見つめた後、すっと真っ直ぐ腕を伸ばすと、

「ていっ」
「ぁ痛っ!?」


 初音の額に思いっきり力を籠めたデコピンをした。

「な……何するんですかぁ?」

 さっきとは別の理由で涙目になった初音は額を擦りながら貴子を見た。生真面目な印象のある貴子がそんなことをするとは思わなかったのか、目を見開いて驚いている。
 貴子はそんな初音を見て『ふっ』と鼻息を吐くと、呆れた声で初音に云った。

「申し訳ありません。あまりに情けないので、つい手が出てしまいました。私、もっと建設的な悩みかと思っておりましたので」
「えっ……」
「『相応しいか』とか『資格が』とか……敢えて云いますが、そんなものは初音さんが考えるものでは有りません。貴女は由佳里さんに望まれて生徒会長になった。それはつまり、初音さんに生徒会長が務まると考えて推したと云うこと。その期待に応えることが、貴女の為すべきことですよ」
「で、でも、ですね?」
「デモもストもありません」


 ぴしゃりと話を締める貴子を見た初音は、自分の話で不機嫌にさせてしまったことを悟る。話せと云うから話したのにと理不尽に思ったものの、腕を組んでそっぽを向いてしまった貴子に反論することは、なんとなく憚られた。
 チラリと上目遣いで貴子を見る……と貴子の頭がスパンッと横に振れた。いつの間にか貴子の後ろに回ったまりやが、先程のデコピンに倍するような勢いで貴子の頭を叩いたのだ。

「痛あっ!? な、何をなさるんですかまりやさん!?」
「貴子、あんたね……そんなんじゃ、相談役の意味がな・い・で・しょ・う・が!」
「あ、わ、ちょ、止め」


 先程小声で云った内容はどこへやら。まりやは貴子の首元を掴んでガクンガクンと前後に揺さぶる。

「ご、ゴメンね〜、初音ちゃん。貴子ってば、口調に有無を云わせないところがあるからさ〜……気にしないで?」
「は、はあ……」
「コホッ……よ、余計なお世話ですわ、まりやさん」


 まりやの隙を突いて拘束から逃れた貴子は、やや温くなったミルクティーを口に含んで一息を入れる。手早く襟元を直した後、改めて初音の方を向いた。

「いいですか、初音さん。陳腐な云い方になるかもしれませんが、最初から生徒会長に相応しい人間なんて居ないのです。全てを終えて次代に引き継いだ時、ご苦労様でしたと云われれば御の字ですよ」
「そ、そんなものなんでしょうか?」
「そんなものです。大体、今の時期にそんなことを考える余裕なんて、私には有りませんでした……ああ、そう云えば」


 言葉の途中で不意に頷いた貴子は、一人だけ何かに納得したように『なるほど』と何度も呟いている。

「ちょっと、どうしたのよ貴子。強く叩き過ぎて壊れた?」
「……貴女はほんっとうに失礼ですわね。いえ、自分の時はどうだったかと思い出していただけです。ほら、あの頃は――」
「――ああ、『聖應の十月革命』ね。ははっ、今思い返すとかなり痛いわ〜。こう、心にブスブスと刺さるようで……」


 云った貴子も云われたまりやも、共に微妙な顔になって口を結んだ。過去を懐かしむと云うよりは、忘れたいのに思い出してしまったと云う雰囲気だ。
 初音は当事者である奏から話を聞いていたものの、詳しい内容までは分からない。そう云えばこの二人は勝者と敗者だった、と今更になって思い出した。

「んんっ……まあ、なんと云いますか。初音さんがそんなことを考えたのは、きっと時間に余裕が有るからですわね。私が現役の頃は、忙しくてそんなことを考える暇なんて有りませんでしたもの。生徒会の人数が四人制なのは、案外、余計なことを考えさせない為かもしれませんわね?」

 実際、貴子が心に余裕を持てるようになったのは、年が明けて大学受験の時期になった頃からだ。半ば自業自得とは云え、別のことで心に余裕が無くなってはいたが……。

「あのう、それで……一体どういう?」
「ああ、御免なさい、私たちだけで納得してしまって」
「いえ、それは良いんですが……」


 ついさっきの不機嫌が直っている貴子を見て、初音は内心で首を傾げる……と云うより、外から見ても分かるくらい、『訳が分からないよ』と云う顔をしている。

「その……はっきり云ってしまえば、今はそんなことを考えるだけ無駄、と云うことですわ」
「む、無駄ですか」
「ええ。今この時も、初音さんの為に頑張っているお友だちが居る……それは、貴女が生徒会長に相応しいと思っているからでしょう? なら、そのお友だちの思いに応えられるよう、余計なことを考えないで一所懸命に頑張ることですわ」


 貴子の言葉を聞いた初音は、ハッとなって意識を正す。薫子を始めとした多くの人たちが、自分の為に頑張っていると云うのは真実だ。ここで自分が相応しくないなどと云っていたら、その人たちの頑張りも無駄になってしまう。

「分かりました……もうちょっと、頑張ってみます」

 迷いはまだ残っているだろう……それでも確りと顔を上げる初音を見て、貴子とまりやはそっと胸を撫で下ろした。

「しかしなんだ、良くあんな訳の分からない言葉で納得できるもんよね」
「む……まりやさんは、ただ話を聞いていただけではないですか」
「話すだけで楽になることも有るもんよ? ね〜初音ちゃん」


 終わった話を蒸し返すまりやを見て、初音は思わず苦笑した。一体どこまで本気なのか。少なくても、今の自分にここまでの余裕は無い……初音は大きく深呼吸すると、二人に向かって頭を下げた。

「あのう、もし良かったら、お二人のことをお話して下さいませんか? 生徒会長や寮監の先輩として、色々と勉強させて下さい」
「え、あたしたちの話?」
「そ、それはちょっと……気恥ずかしいですね」
「……そうなんですか?」


 顔を赤くして目を逸らす二人に初音は首を傾げる。青春の思い出と云えば聞こえは良いが、キラキラとした尊敬の目で見てくれる初音に対して過去の失敗を話すのは、二人にしても遠慮したいところだ。
 だがしかし、自爆してでも相手の恥ずかしいところを話す……一筋縄でいかないのが御門まりやである。

「例えばね〜、さっき云った『聖應の十月革命』だけど、そもそもの切っ掛けは貴子が奏ちゃんに焼餅を焼いたのが……」
「んなっ!? なーにを云ってるんですかまりやさん!?」
「え、焼餅?」
「ち、違います! まりやさんだって、あの時は調子に乗って――」






 聞こえてきた学校のチャイムに意識を取られ、ふと気が付いて時計を見ると、既に放課後になっていた。

「ありゃ、もうこんな時間か。そろそろ帰らなきゃね」
「えっ、もう帰っちゃうんですか? みんなにも紹介したいのに……」
「いや、口煩い先輩とかに会っても面白くないでしょ。ねえ貴子」


 まりやと貴子に面識が有るのは薫子だけで、他の寮生は話に聞いているだけである。初音としてはこの機会にみんなにも紹介したいと思うのだが、まりやも貴子も首を振った。

「そうですか? 仕方有りませんね……」

 嫌だと云うのを無理に引き止める訳にもいかず、初音は二人と共に玄関へと向かう。

「なんか雑談ばっかりだったような気もするけれど、ちょっとは楽になれたかな?」
「はい、有難うございます」
「それなら良かった」


 そんなことを話しながら、靴を履こうと二人が身を屈めたところで、寮の大きな玄関がゆっくりと開いた。

「ありゃ、間に合わなかったか」
「優雨ちゃん。お帰りなさい」
「ただいま、はつね」


 開いた隙間から滑り込むようにして入ってきた小さな子――優雨――を見て、まりやが頭を掻く。
 一方の優雨は初音の他に見知らぬ人が居て体を震わせたが、初音が優しく微笑むのを見て、安心したように笑った。今朝までは暗い雰囲気だった初音が、明るくなっているのを察したのだ。

「……おきゃくさん?」
「ええ。ええと……私のお姉さまの、お姉さま、かな」
「……?」


 良く分からなかったのか、小首をかしげる優雨。そして、そんな優雨を見て貴子の耳に囁くまりや。

「うわ何この子可愛い」
「ええ。私、紫苑さんの気持ちが分かりました」
「は? ちょ、ちょっと待てこら」


 貴子の体がふらりと傾くのを見たまりやは引き留めようとするが、それよりも早く、貴子は優雨をその胸に抱き締めた。

「……!? む〜……!」
「はあ……私、瑞穂さんとの間には女の子が欲しいですわ……」
「こ、こらあ、落ち着け!」


 まりやは物騒なことを呟く貴子を優雨から引き剥がした。優雨は素早く身を翻して初音の後ろに隠れてしまった。

「ゆ、優雨ちゃん、大丈夫だよ。怖い人じゃないから、ね?」
「……」


 ぷるぷると、無言で首を振る優雨。

「ああっ、そんな……」
「あんたねえ、名前も知らない人にいきなり抱きしめられたりしたら、警戒して当然でしょうが。誰だってそうよ。あたしだってそうよ」
「で、ですが悪気は無いのですよっ」


 有ってたまるか、とまりやは大きく息を吐いた。
 瑞穂と付き合いだしてから、以前のような四面四角のところは随分と薄れた感じのする貴子だが、代わりに周囲の人間の影響を受けすぎなんじゃないだろうか。紫苑とか楓とか。
 優雨は初音の後ろから逃げるようにして廊下に上がり、そのまま自分の部屋へと行ってしまった。

「あ〜、なんだ……初音ちゃん、あの子慰めておいてくれるかな。あたしはこっちの面倒を見るから」
「ふふっ……はい、分かりました」
「今度また、初音ちゃんとあの子の分も服を持ってくるよ。まだまだお古が有るからさ」
「えっ……良いんですか?」
「良いの良いの。ほっときゃ何時までもクローゼットの肥やしだもの。……ほら貴子、行くよ?」
「……はい」


 しかし、まりやがしょんぼりとした貴子の手を引いて扉を開けようとした瞬間、またしても外から扉が開かれる。

「おっ……と」
「ただいま〜……あれ、お客さん……?」
「や、薫子ちゃん、だっけ」


 驚いた顔をした薫子に、気さくに手を上げて挨拶するまりや。しかし、

「ああーっ!? まりやお姉ちゃん!?」
「ぶふーっ!?」


 その後ろから現れた銀髪の従姉弟の姿を見て、思い切り噴出したのであった。




**********

 仕事が忙しいっす。
 東北に続いてタイの洪水……遠く離れた海外でも、製造業ってのはどこで関係してくるか分かったもんじゃ有りませんから。


 さて、初音は一応の答えを見つけますが、本格的なのは次話。
 生徒総会前夜、沙世子が泊まりに来るお話です。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは〜♪
待ち遠しかったです。そりゃもう、週末なんて1時間に1回リロードする勢いで(だからなんかテンションが変。)

出ましたねお二人さん。
なんというか、貴子がちょっとイメージ変わりすぎのように感じないでもないですが(まるで「ふりーだむ」になった後の雅楽乃のよう)、意外と可愛いのでいいです(可愛ければすべてオッケーの模様)。

しかし、まりやと千歳の対面は笑えますね。
問題は、まりやが千歳の事情を知っているかどうか、ですが…。
千早だと思っていたら…楽しそう。それだけでもう1話いけそうなぐらい。
構成を考えると…半分ぐらいの確率で、そのままスルーになりそうなのが残念ですけど。

あ、最後に、ツッコミを1つ。
女子校なので、約1名を除いて、OBではなくOGです。

ちなみに、うちも製造業ですが、震災の際には(合板不足で)影響があったものの、タイについては今のところ影響はありません。
えるうっど
2011/10/24 22:34
お久しぶりです。
第六章番外二話読ませていただきました。
今話で千歳とまりやの邂逅が果たされて次話でどういった展開となるのかがとても楽しみです。

まりやは一子の能力(?)によって瑞穂が女体化した事を知っているので、状況を知れば理解してくれるのでしょうか…?
それに終わりの部分の泊りに来るというイベントも楽しみにしています。

何分最近は仕事柄忙しいことが多いと思いますが、ゆっくりお待ちしていますので、気長によろしくお願いします。
では、失礼します。お体に気をつけて下さい。

2011/10/25 01:18
えるうっどさん、おはようございます。

>OB→OG
速攻で直しました。ご指摘ありがとうございます。三回ぐらい推敲してるんだけどな……。

>貴子
プロット段階では紫苑も含めた三人だったので、その名残です(笑)
ただ、紫苑と初音って接点が少ないので、どんな会話になるのか全く思い浮かびませんでして……ほのぼのするだけなら良いんですが。
まさか、三コマ漫画のようにボケ担当にするわけにもいかず、出番そのものが無くなりました。

>まりやと千早
まりやはまだ日本に居ますので、生徒総会が終わった後にもう一回出てきますよ〜その時をお楽しみに。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/10/25 07:41
唯さん、おはようございます。

>知れば理解
まりやは千歳の事情を知っていますが、ここ数年は海外留学の為に状況が分かっていません。次話では万能侍女が活躍してくれます……きっと。

>沙世子のお泊り
メインイベントです!(笑)
実は、一度は書いておきたかったネタでして。何度か伏線っぽく、初音の台詞で「寮を賑やかに〜」と言ってたのはこの為です。

では、またお越しください。
A-O-TAKE
2011/10/25 07:48
報告です


・聖應女学院のOG→聖應女学院のOG
・OBであり経営者の親族でもある→OGであり経営者の親族でもある
・心配だからってだけで話しを→心配だからってだけで話を
・切欠は兎も角として→切っ掛けは兎も角として
・そもそもの切欠は貴子が→そもそもの切っ掛けは貴子が
・「は? ちょ、ちょっと待てこら」→文字の色が変わってない
・貴子は優雨をその旨に→貴子は優雨をその胸に


やはりまりやのクローゼットは両親が買った可愛い洋服で溢れてるんですね
初音も優雨もかなり似合いそうな感じでわざわざ選別する必要もなさそう
初音の前で「瑞穂さんとの子は…」なんて言っても大丈夫だったのでしょうか
Leon
2011/11/13 15:19
追加報告です


・何某かの感慨が湧いてくる→何がしかの感慨が湧いてくる


中等部にも渡っていた貴子の敏腕振り
しかし幼等部から続くまりやとの因縁はさすがにお嬢様学校では知れ渡ったりはしませんね
それにしても…聖應ともなれば初音のようなお嬢様は少なくないわけで、やはり10時くらいに眠くなったり、争い事が極端に苦手なお嬢様はたくさん居るんでしょうね
まりやは何故あんな風になってしまったのか…
Leon
2011/11/28 18:58
会話文の色の変化ですが、何が原因で変化しなかったりしているのかが不明です。
文章閲覧時はIEで確認していますが、そちらでは正常に表示されていますので。
恐らく、HTMLタグが悪さをしているのだと思います。
A-O-TAKE
2012/02/04 18:09
度々すみません

細かいですが…


・聖應女学院のOG、御門まりやと厳島貴子→聖應女学院のOG、御門まりやと厳島貴子
・OGであり経営者の親族でもある→OGであり経営者の親族でもある


色についてですが、自分は携帯から見てるからそのせいもあるんですかね?
分かりませんが…
今度あればパソコンからも見ようと思います
Leon
2012/02/07 17:29
妃宮さんの中の人 6-EX-2 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる