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zoom RSS 妃宮さんの中の人 6-6

<<   作成日時 : 2011/11/16 23:54   >>

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 出来立てホヤホヤ〜

 遅れて申し訳ない。誤字脱字はまた後で修正します。


**********



 更衣洗濯室。文字通り、着替えたり洗濯したりする部屋だ。四人が同時に着替えても問題無いくらいの広さがあり、洗面台もここにある。
 お風呂共々何度もリフォームされている場所で、古めかしい外見の寮には似合わない最新設備となっている。
 ちなみに、あたしは毎回部屋に道具を持っていくのが面倒なので、洗面道具とかは全部ここに置きっぱなしだ。別に誰が持っていく訳でもないし。

「誰に説明してるわけ?」
「いやぁ……何となく?」
「あはっ……でも、薫子ちゃんの気持ちも分かります。私も初めてお風呂を見たときは、ちょっと驚きましたから」


 古い寮のお風呂と云えば、普通はカビっぽくて薄暗いものをイメージしそうだけど、ちょっとした旅館のお風呂みたいな設備だからね。浴室暖房もあるし。
 まあ、あたしたちの前に住んでいた寮生がリフォームをお願いしたんだろうけどさ。

「初音、脱いだ服は?」
「あ、この籐の籠に入れておいて。特に、どれが誰のって決まっているわけじゃないから」


 初音は壁際に積まれている籠を手に取ると、沙世子さんに手渡した。
 寮生は洗濯も自分ですることになっているけど、後に入浴する人の邪魔になるので、その場で洗濯してしまうのは下着くらいだ。初音は(夜更かしできないので)早起きして洗濯してるし、あたしや香織理さんなんかは寝る前の時間に済ませている。
 ちなみに、千歳は史ちゃんに任せているらしい。千早も同様だ。……洗濯前の服とか千早に見られたくないし、それはそれで助かってるけど。

「……はつね、おねがい」
「あ、ちょっと待ってね」


 一番先に服を脱ぎ終わった優雨ちゃんが、ヘアクリップを初音に手渡して背を向ける。長い髪を濡らさないようにする為だ。あたしや千歳もそうだけど、髪が濡れたときの重さって結構なものだから、色々と大変なのだ。

「はい、OK」
「ありがとう」


 初音は手馴れた様子で優雨ちゃんの髪を纏め上げ、バランスを整えて頭の上で留める。これがまた、重心の悪い場所で固定すると、首が痛くなるんだよなあ。
 あたしも以前はこういうことに無頓着で、お姉さまに色々教わった。あたしの家ではそういうことを教えてくれる人なんて居ないし、学校では友だちが居なかったから、何も知らないままだったんだよね。
 自分一人が入るお風呂なら兎も角、他の人も入るのに髪をそのままにするとか無いわ〜……いや本当、お姉さまに指摘された時は恥ずかしいやら申し訳ないやら……。

「……薫子ちゃんも纏める?」
「え? あ、いや、大丈夫。自分で出来るよ」


 思い出に浸っていたら初音が勘違いしたのか、あたしの髪も纏めようとしてくれたけど……沙世子さんが羨ましそうに見ていたので遠慮した。

「さ、それじゃササッと入っちゃいましょうかね」
「薫子ちゃん、烏の行水は駄目だよ? もう寒くなってるんだから」
「分かってますって」


 浴室の扉を開けてタイルに足を踏み出す。……ああ、浴室の床暖房って偉大だ……。

「……そう云えば、生徒からの陳情の中に、クラブハウスのシャワー室をリフォームしてくれって云うのが有ったわね」
「ああ、そう云えば……沙世ちゃん、あれって生徒総会の議題に入ってたっけ?」
「一応入ってるけど、総会で了承が取れても、理事会側では受け付けないんじゃないかしらね。予算が無いし」
「そう云えば、来年度は本校舎の改築があるんだっけ……」
「こらこら! お風呂の中でまで仕事の話なんかしないでよね!」


 掛け湯をしている後ろから難しい話が聞こえてきたので、あたしはしかめっ面して文句を云った。お風呂場はリラックスする場所であって、疲れる為の場所じゃないぞ。

「あは、ごめ〜ん。優雨ちゃん、一緒に入りましょ?」
「……うん」


 ちろっと舌を出した初音が、優雨ちゃんと一緒に浴槽に入る。
 元気になったとは云え身体の弱い優雨ちゃんは、下手をすると湯疲れしてしまう。近くで観察して湯疲れを防ぐ為に、初音はいつも優雨ちゃんを抱っこするような感じでお風呂に入っているのだ……が。

「……。……」

 ……あのう、沙世子さん、そんな羨ましそうな目で見るのは止めた方が良いと思いますよ?

「さて、あたしは先に身体を洗っちゃいますか。ほら、沙世子さんも」
「え? あ、そうね」


 このお風呂の唯一の欠点は、寮の定員に対して、浴室に一度に入れる人数が少ないことだ。寮にお風呂場を増設する時に、、他人に肌を見せるのを遠慮したいお嬢様が多かったとか、そういう事なのかもしれない。
 まあ兎も角、あたしは沙世子さんと並んで洗い場に座る。髪を濡らさないように注意しながらボディブラシで身体を洗っていると、沙世子さんがあたしの方を見ているのに気が付いた。

「……何?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、勝手な想像が外れたと云うか……」
「ん?」


 あたしが首を傾げると、沙世子さんは苦笑しながら、

「ほら、貴女って意外と豪快だから……日本手拭みたいなのでこうやって……」

 と、両手を後ろに回して、背中を洗う真似をしてみせる。
 いや、そりゃあ確かにあたしには女らしさが足りないけどさ、さすがにそんな洗い方はしないって。

「そういう沙世子さんはどうなのさ。見たとこ、ブラシとか持ってないみたいだけど」
「え? あ、あはは……」


 視線を逸らして笑う沙世子さん。余所の家にお泊りするのに、専用の洗い道具まで持ってくる人ってのは中々居ないだろう。ほれほれ、あたしが見ててやるから「そういう洗い方」をして見せるがいいさ。

「もう、薫子ちゃん? 意地悪しちゃ駄目だよ?」
「え? いや、だってさ〜」


 声の方を振り向くと、初音が頬を膨らませてあたしを見ていた。あたしとしては、沙世子さんに勝てそうな数少ないチャンスを無駄にしたくないんだけど。
 初音は沙世子さんの困ったような顔を見て、突如、良いことを思い付いた、って顔をした。

「沙世ちゃん、私が背中を流してあげる」
「えっ!?」
「……私も手伝う」


 あたふたしてる沙世子さんを余所に、初音たちは自分用の椅子を持ってくると、あたしたちの間に割って入った。沙世子さん、初音、優雨ちゃん、あたしの順だ。

「あ、あの……恥ずかしいんだけど……初音?」
「もう、そんなこと云って。修学旅行のときもしたでしょ?」
「え、いや、それとこれとは……」


 沙世子さんが反論を言葉に出す前に、初音が沙世子さんの肩を掴んでクルッと身体の向きを変えてしまった。いつになく強引な真似をするなあ……。そう云えば初音は一人っ子で、こういうのに憧れてるって話をしていたことがあったっけ。

「ご〜しご〜し」
「……ごしごし」


 何かを期待するように、あたしの前で優雨ちゃんが背中を揺らしている。仕方無い、付き合うか……。とは云え、優雨ちゃん相手にゴシゴシは出来ないよなあ。あたしは手に持っていたボディブラシで、優雨ちゃんの背中を優しく撫でた。

「……かおるこ、くすぐったい……」
「あ、ごめん」


 ……不評でした。



「ふう……やっぱり、広い湯船って云うのは良いものよね……」
「あれ、沙世子さんの家はそんなに大きくないの?」
「……まあ、普通よ、普通」


 沙世子さんは普段見ることのないような表情をして、手足を大きく伸ばして湯に浸かっている。その視線は、優雨ちゃんの髪を洗っている初音の方に向いていた。
 「痒いところはありませんか〜?」「……だいじょうぶ」なんて遣り取りを繰り返しながら、楽しそうに洗っている。
 あ、ちなみに二人とも、風邪とか引かないようにバスタオルをキッチリ巻いてから髪を洗ってます。なので、沙世子さんが初音の裸をガン見しているわけではないのであしからず。

「……そう云えば、七々原さんは髪を洗わなかったわね」
「ん? ああ、あたしは三日に一度くらいかな。髪が長いとさ、あんまり洗いすぎると傷んじゃうんだよね」
「へえ、女らしいところもあるのね」
「ちょっと、それって酷いんでない?」


 そりゃあ確かに女らしいとは云えないけれどさ! だからこそ、髪のケアくらいは確りとやっているのだ。

「ちょっと羨ましくてね。私も、もうちょっと女の子らしく、髪を伸ばしてみたかったんだけど……」
「……伸ばせば良いじゃない」


 口を尖らせながら尋ねると、沙世子さんは苦笑しながら首を振った。

「髪質が悪くてね。これ以上伸ばさない方が良いって、美容師さんから忠告を貰ったわ。……こう云うところだけは、姉妹そっくりなのよね。癖っ毛なんて良いところなんか一つも無いんだから……」
「ま、まあ、長ければ長いで大変なこともあるからさ」
「……それは持てる者の余裕ってこと? 選択肢が無い人間からすれば羨ましい限りだわ」
「……それ、どう云う意味よ」


 はっ、と鼻で笑うような表情で冷めた云い方をする沙世子さんに、頭に血が上るのが分かった。前々から思ってたけどさ、何だって沙世子さんはこういう云い方をするわけ?
 片眉を上げて睨み付けると、沙世子さんは自分の言葉の棘に気が付いたのか、ハッと表情を改めて謝ってきた。

「あっ……ご、ごめんなさい」
「……まあ、良いけどさ」


 沙世子さんは口元近くまで湯に浸かると、その体勢で器用に溜め息を吐いた。

「はあ……またやっちゃった……こんな心算じゃないのに」
「……口調のこと? それとも態度?」
「……両方よ。結構厳しいわね、七々原さん」


 上目遣いになって拗ねた表情を見せる沙世子さんは、さっきまでの表情とは違って可愛かったりする。そんな顔も出来るんじゃん。

「私は、その……姉さんがあんなだから、昔っからはっきり云う癖が付いちゃって……態度も、その、ね……」

 ああ……沙世子さんのお姉さん、ふわふわした人だったものね。沙世子さんとは正反対で、似てるところなんて殆ど無い。反面教師みたいな感じだったのかな?

「自分でも直そうと思ったことも有ったけど……長年染み付いた性格は、そう簡単に直らないわよね。言葉遣いに加えて、目もこうだし……」

 指で自分の目尻を上げてみせる沙世子さん。確かに沙世子さんは目付きがキツい。これで眼鏡が細くて四角いフレームだったら、教育ママみたいな感じになる。

「そうね〜、沙世子さんの第一印象って、多分『怖い』だろうしね〜」
「ふあっ……!」


 あ、しまった。さっきのお返しで思わず口にしてしまった。
 小さく呟いた沙世子さんは、湯船の中に沈んでしまった。……おお、ワカメだワカメ。ゆらゆらと髪が湯の中で揺れて……って、そうじゃない! 湯に髪を浸けちゃいけません!

「全く……こんな心算じゃないのはこっちもだっての……とりゃあ!」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、変なところに触らないで!」


 あたしは沈んでいる沙世子さんの後ろから、両脇に手を回すようにして思い切り引き上げた。変なところ? ふん、あたしよりも立派なくせに! これこそ持てる者の余裕じゃないか。

「ちょっと、離してよ! 当たってるから!」
「あ〜あ〜聞こえませ〜ん。入浴マナーを守れないような人に人権は有りませ〜ん」
「な……!」
「ヘイ、カモン初音! 優雨ちゃん!」
「えっ?」
「……なに?」


 あたしは、髪を洗い終わっていた初音と優雨ちゃんに声を掛ける。いきなりの展開に目を白黒させている初音に、クイクイッと頤で沙世子さんを指してニヤリと笑ってみせた。

「沙世子さんは落ち込んでおられます。ここは一つ、みんなで楽しい気分にさせて上げましょう!」
「……ああ、なるほど」


 呆気に取られてあたしと沙世子さんを見比べていた初音は、ポンと手を打つとあたしと同じようにニヤリと笑う。
 多少過激なスキンシップだけど、変な空気になるよりはましってものだ。

「沙世ちゃ〜ん」
「ひっ……? は、初音、何よその手は……?」
「入る前に、湯船に髪を浸けちゃいけませんって教えましたよね〜?」
「……あ、えっと……」
「お・し・お・き・で〜す!」
「ひゃああああ〜っ!?」


 ……くすぐりの刑は、沙世子さん相手にはご褒美な気がしないでもない。執行者が初音だし。だってほら、くすぐったいのとは別の意味で笑ってるもん。

「……かおるこ……私もするの?」
「おお、やっちゃえやっちゃえ」
「……りょうかい」


 陽向ちゃんにでも教わったのか、敬礼の真似をした優雨ちゃんが参戦する。

 ……結局、騒ぎに気が付いた香織理さんが怒りに来るまで、混沌とした状況は続いたのだった。





 お風呂上りのお茶を堪能した後で、あたしたちは解散した。
 優雨ちゃんはちょっとはしゃぎ過ぎたようで、真っ直ぐ部屋へと帰っていった。初音と沙世子さんは、初音の部屋で明日の準備をするらしい。
 あたしは千歳の部屋にお邪魔して、千歳や史ちゃんと一緒になって一息吐いている。いや、あたしもちょっとはしゃぎ過ぎて、喉が渇いちゃってね。

「ところで千歳、明日の生徒総会はどうするの?」
『ん? どうするって?』
「ほら、千歳も名前を出している以上、壇に上がらなきゃいけないからさ」
「……なるほど。以前のように気を失ったりしてしまうと、大変なことになりますね」


 流石は史ちゃん、話が早い。みんなの注目を集めることは必至なのだし、安全策を取ることは間違いではないだろう。
 それに、こう云っちゃ何だけど……真面目な場面では、凛々しい表情の出来る千早の方が良いよね。千歳が駄目って訳じゃないけど。

「しかし、明日は体育も有るんですが……」
「あ、そっか……総会が始まる前に、寮に戻ってきて入れ替わるのは?」

『う〜ん……時間が足りるかなあ』
「そうですね。授業の終わる時間によっては、間に合わない可能性も有ります」
「む……」


 生徒総会の出席は任意だから、出なくったって問題は無い。だけど開始時間になると講堂の扉が閉められるので、途中参加はもの凄く目立つのだ。
 生徒からの印象が大事になる弁論において、悪い印象に繋がる行動は慎むべきだよね。

「じゃあ、しょうがない。空いている時間にトイレか何かでパパッと入れ替わるしかないね」
「薫子さん、そんなに簡単に云われても……」
「史も一緒に入って準備を手伝わなくてはいけませんから、トイレのような狭い場所では、ちょっと問題がありますね」


 あ〜……そう云えば、あの偽乳は千早一人じゃ付けられないんだったっけ。化粧だってしなくちゃいけないし……。

『それなら、講堂の中の更衣室で着替えるのはどうかな? 最初から講堂の中に居れば途中参加でも目立たないし、滅多に人が来ないから部屋も空いている筈だよ』
「ふむ、それは良いかも」
「当日は演劇部の活動は休止ですから、確かに更衣室は空いていますね……史も、それで良いと思います」
「分かりました。史、準備を宜しく頼むね」
「お任せ下さい、千早さま」


 ふう……これで一安心だね。……むむ。

「ゴメン、ちょっとトイレ」

 安心した所為か、急に……ちょっとお茶を飲みすぎたかな?





 用を足して二階に戻ろうとすると、沙世子さんが階段を下りてくるのが見えた。猫のプリントがされた可愛いパジャマを着ている。

「沙世子さん、どうかしたの?」
「あ、七々原さん、ちょうど良かった。ちょっと手を貸してくれない?」


 あたしが声を掛けると、何故かホッとした様子で手招きをしてくる。沙世子さんと一緒に階段を上りながら、何か有ったのか聞いてみると。

「いや、その……初音が急に寝ちゃったから……ベッドに移すの手伝ってくれないかなって」
「ああ、また寝落ちしたんだ」
「小耳に挟んだことがあるけど……本当に寝ちゃうのね」


 疲れた顔で肩を竦める沙世子さん。まあ、気持ちは分かる。
 初音はお風呂に入る前から眠りそうだったし、きっと明日の打ち合わせが碌に進まないうちに寝ちゃったんだろう。

「……机にね」
「ん?」
「頭が上下に揺れたと思ったら、ゴンッて机に打ち付けて。それで起きないのよ、初音って……あれで大丈夫なのかしら?」
「あはは……一度カクンと行っちゃうと、本当に起きないんだよね」


 ま、それが初音の可愛いところでもあるわけで。欠点ではなく魅力として感じるのは、初音の人柄だよね。

「引きずってベッドに放り込んでも大丈夫だよ?」
「何云ってるのよ。そんなの可哀想じゃない」


 いや、由佳里さんとか結構やってたよ?
 次の朝になって、由佳里さんに「一人で運ぶのが大変になったわ」なんて云われて、「そんなに太ってません」って涙目になって……由佳里さんは初音を弄った後に、掌を返して猫可愛がりするのが好きだったからね。

「それじゃ、おじゃましますっと」

 沙世子さんと一緒に初音の部屋に入ると、部屋の中央に置かれた卓袱台の上に身体を投げ出している初音の姿が有った。……涎を垂らしてないだけマシか。

「よいしょっと」
「て、手馴れてるのね……」
「もう三年だもの。ほら、沙世子さん、足を持って」
「あ、うん」


 脇の下に手を回して上体を引っ張り、卓袱台の下から足を出す。千早みたいにお姫様抱っこするのは無理だけど、身長の差が有るので抱き上げるくらいは出来る。
 沙世子さんと一緒に初音をベッドまで運び、よいしょっと転がした。

「あ、ちょっと、乱暴じゃない」
「へーきへーき」


 転がした初音の上に布団を掛けると、初音は自分で布団の端を掴んで、中に潜り込んだ。

「……寝てるのよね?」
「寝てるよ」


 沙世子さんが微妙な顔をしている。これくらいは可愛いもんだよ、起きてるとしか思えない寝言を云ったりもするしさ。

「さて、それじゃあたしは戻るよ?」
「あ、ちょっと待って、私も出るから」
「ん? 何か用事?」
「ちょっと話さないかなって。私にとっては、寝るには早い時間だし……」


 おやま、珍しいことで。まさか沙世子さんの方から誘ってくるとは思わなかった。あたしはそれに頷くと、沙世子さんを促して部屋を出る。
 取り合えず食堂にでも行こうかな……?

「それにしても、貴女たちって本当に家族みたいよね」
「まあ、一つ屋根の下で暮らしてるしね。知ってる? 人と仲良くなるには、物理的な距離が近い方が良いんだよ?」
「……一概には云えないでしょう。本当の家族が相手でも、嫌な相手は居るものだし……」


 む……そりゃあそうだろうけど。
 人と仲良くなりたいなら、先ずはお互いを理解することだ。四六時中一緒に居れば嫌でも相手のことを知るようになる。後は、それを受け入れられるかどうかだ。
 だから、まあ……沙世子さんの云うように、絶対に仲良くなれないと理解してしまうこともある。
 しかし……う〜ん……。
 あたしは階段の前で足を止め、廊下とテラスを仕切っている大きなガラス窓に寄り掛かる。何となく、食堂で話すような内容じゃないと思ったから。テラスに出て長話をしたら風邪を引きそうだしね。
 首を傾げる沙世子さんに、あたしの隣の窓ガラスをノックして促す。ややあって、沙世子さんもまた同じように窓ガラスに寄り掛かった。
 こういう時は缶コーヒーの一本でも欲しいところだけど……ま、仕方無い。

「沙世子さんは、お姉さんのことが嫌いなわけ?」
「……また、随分とストレートね。どうして?」
「いや、お風呂の時とか、さっきとか、何となく思ってさ」
「そう。……そうね、今はもう、特に拘っていないわね」


 今は、か。昔はそうで無かったってことだね。

「七々原さんは一人っ子だったわよね」
「うん。一人だよ」
「なら、分からないとは思うけど……一つ上の姉が優秀なのって、妹にとっては悪夢のようなものなのよね」


 沙世子さんは胸の前で軽く手を組み、その中に視線を落とす。手持ち無沙汰なのか、親指をクルクルと回している。

「お姉さんはあれが出来た、お姉さんはこれが出来た……望もうと望むまいと必ず比べられる。まして、姉さんは見た目がアレでしょう?」

 アレって……酷い云い方をするなあ、云いたいことは分かるけれど。
 可奈子さん、いつもニコニコしてる印象しか無いけれど、確か成績は二十位以内だったはずだ。普段の行動とのギャップが凄かったから覚えてる。

「負けないようにって必死に頑張って、それでも結局は姉の後を付いて回るだけ。正直な話、こんちくしょうと思ったものよ」
「あはは……沙世子さんでも『こんちくしょう』とか云うんだ」
「私だって、四六時中肩肘張ってるわけじゃないわよ」


 ムスッとした沙世子さんに目で謝って、話の先を促す。

「……小中高と聖應に通って、このまま姉さんが卒業するまで、ずっと比べられ続けるのかなって思ってたけど。姉さんが、無理矢理に生徒会役員の選出の打ち合わせに出席させて」
「……ああ、それ、覚えてるよ」
「本当は、いい加減に姉さんの後を追いかけるようなことは止めたかったんだけどね。自分でも良く分からないけど、何となく楽しくなりそうな気がしたから」


 何もしない生徒会よりは遥かにマシ、だったかな?
 由佳里さんが、可奈子さんと沙世子さんを見比べて驚いてたっけ。

「それで、実際に楽しかったわけ?」
「まさか。大変だったわよ? 暴走する姉さんのお守りをして、何にも出来ない初音に仕事を教えて、由佳里会長は陸上部に専念してたから碌に顔も出さないし……」
「……あ、あはは……」


 怖っ。沙世子さん、目が怖いよ。恨みが篭ってるよ!
 ぶちぶちと口の中で云っていた沙世子さんは、あたしの視線に気が付くと、愚痴を止めて苦笑した。

「……ここだけの話だけど」
「うん?」
「姉さんのことを苦に思わなくなったのは、初音のお陰なのよね。……こんなことを本人に云ったら怒るだろうけれど、初音に物を教えるのは、何て云うか……優越感がね?」
「え〜……そこ、良い話になるところじゃないの?」
「だって本当のことなんだもの。あれが出来ないって云ってはべそを掻いて、これが失敗したって云っては落ち込んで……ほら、あの子って最初は人見知りだったじゃない」
「うん。あたしに対しても、暫くの間はビクビクしてた」
「私も目付きがキツいから、最初は随分と怯えられて。でも、他に聞く人間も居ないから私に頼ってくるのよ。そうやっているうちに、色々と馬鹿らしくなっちゃって」


 沙世子さんは一度言葉を切り、組んでいた手を解いて顔に向けると、両手でそっと眼鏡を外した。どんなことを考えているのか……レンズをじっと見詰めている。

「私にとっては、この眼鏡は姉さんに対する劣等感の象徴でね」
「……眼鏡が?」
「そう。姉さんに追い付く為に、夜遅くまで必死になって勉強したことの証。目が悪くなるまで頑張っても、結局は追い付けなかった……」


 廊下の照明を反射させているのか……沙世子さんは、眼鏡を揺らして弄んでいる。

「結局のところ、姉さんに追い付こうとする必要なんて無かったのよね。私と姉さんを比べているのは両親や学校の先生たちで……私自身が姉さんと比べて欲しいと思っていたわけじゃないんだもの。どうせ頑張るのなら、初音みたいに頑張れば良いって」
「ふ〜ん……そっか……それで、少しはスッキリしたの?」
「さあ、どうかしらね? 少なくとも、眼鏡を嫌だと思うことは無くなったわ」


 そう云うと、苦笑しながら眼鏡を掛け直した。ん〜……お風呂の時も外さないから、何か拘りが有るのかなって思ってたけど。色々とあるんだねぇ……。

「……でもさあ、沙世子さんって、眼鏡が無い方が可愛いよね」
「……っ!?」


 あたしが何気無く呟いた一言に、沙世子さんが数歩後ずさりした。……ちょっと傷付くんですけど。

「……何で逃げるのよ」
「い、いや……七々原さん、そっちの趣味の人じゃないわよね?」
「はあ!? あたしはノーマルですよ!?」
「そ、そう……なら良いけど。……って云うか、何で私は自分のことばかり喋ってるのよ。七々原さんも自分のことを何か話しなさいよ!」
「ちょ、何で逆ギレ……」


 いかん、沙世子さんの妙なところを刺激するような一言だったみたいだ。
 しかし、あたしの話と云ってもなあ。家族の話をするわけにもいかないし……なんて思っていると。

「あら、もしかしてまだ続くのかしら?」
「「えっ?」」


 沙世子さんと二人、声がした方に目を向ける。
 ……香織理さんが、少しだけ開いた扉の隙間から、顔だけを出してこちらを伺っていた。

「も……もしかして聞いてたの?」
「あら。だって、用事が有って階下に行こうと思っていたら、そんな所で難しい話をしているんだもの。出るに出れないじゃない?」


 香織理さんは、ちっとも悪びれずにそんなことを云いながら、扉を開けてこちらに歩いてくる。
 シャツに下着が一枚といういつもの格好をした香織理さんを見て、沙世子さんの眉が跳ね上がった。

「な……! 何て格好をしているのよ!?」
「え? 私はこれが寝巻きなのだけれど」
「は、破廉恥よ、破廉恥!」
「良いじゃない、別に男が見ているわけでもないし……」


 ……いや〜、実は一人、男が居るんですけどね〜……。
 香織理さんは軽やかな足取りであたしたちの脇を通り過ぎ、階段を下りていく。そんな香織理さんを指差しながら口を開け閉めしていた沙世子さんも、慌ててその後を追いかけていった。

「ちょっと、親しき仲にも礼儀有りと云うでしょう!?」
「はいはい、もう夜中なんだからそんなに騒がないで――」


 う〜む、あれは沙世子さんの分が悪いね。
 結局、あたしの話は無しか。まあ、もう機会が無いって訳でもないだろうし、何を話すか考えておくとしましょうかね。

『……終わった〜?』
「わっ? ち、千歳、驚かさないでよ」
『トイレに行って全然帰ってこないんだもん。みんな心配してたんだよ?』
「あ……」

 千歳が指差す方向には、さっきの香織理さんと同じように、ちょっと開けた扉からこちらを伺っている千早と史ちゃんの姿。

「あ〜、すっかり忘れてた……ごめん」
『……』




**********

 初音「お姉さま直伝のくすぐりの技、今こそ見せる時!」
 ……という台詞は流石に自重した。

 ゲーム本編では千早が言っていた、瑞穂への複雑な心境……こちらでは、沙世子に言わせて見ました。
 実際、優秀な身内と比べられるのって、子供にはキツイですよね。
 

 追記
 寮のお風呂の描写を変更しました。
 寮内の姉妹関係(通常は二人一組)を考えると、お風呂も姉妹で入るのが普通だと思います。そうなると、小さいお風呂でも別段問題は無い……かもしれませんが、寮の定員を考えると明らかに狭いです。突っ込みは無しの方向で(笑)

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
第六章六話読ませていただきました。
今話で沙世子のお泊りイベントが終わり、次話で生徒総会…になるのでしょうか?とても楽しみです。
また、今回の浴場でのくすぐりは面白かったです。やはり初音は夜遅くまで起きれないのですね。
次話を楽しみにさせていただきます。では、失礼します。
Ps,諸事情により、来月第二土曜日までPCに触る機会が無くなりますが、気になさらず更新を続けて下さい。では、失礼します。

2011/11/19 20:54
報告です


・湯舟に髪を浸けてはいけない件について
第二話のEX-2-2において初音と薫子が一緒に入浴する際は、「初音は、長い髪が湯に浸かっても気にしていなかった」とありましたが、あの時はやはり初音が精神的に参っていたから暗黙の了解でスルーしていた、となるんでしょうか
まぁさすがに薫子もあの時は指摘しようとは思わなかったでしょうけれど
初音もそんなこと気にしてられる状態ではなさそうでしたしね

・洗い場が二つ、浴槽は十人入っても平気
第五話その6において、泥棒を引き渡して寮に戻った後に薫子による、「お風呂の洗い場は三箇所だし、湯船だって五人入れば一杯一杯だしね」という説明があります…
何回目だよ!ってくらい読んでるので気が付いてしまいました
訂正するならやはり今回の方ですかね
前回のを訂正すると、千歳の「みんなで入ろう」が却下出来なくなりますからね
まぁそれにしても、全寮制だった時は無かったとは云え、寮自体には結構な人数が居れるはずですから、入寮者が少なくてもそれなりの大きさにはすると思いますから、実際は今回くらい、もしくはそれ以上の大きさがあっても不思議ではないんですけどね
Leon
2011/11/28 21:45
長くなったので感想は別にしました

原作には無かった展開で話が続いていたので、毎度ワクワクとしていたのですが沙世子との仲直りも出来そうでちょっと嬉しいですね
姉が原因なのは予想してましたが、成績か…自分は末っ子なので全然思い付きませんでしたね
やはりお嬢様を育ててる訳ですから親も期待すると思いますしね
非常に面白かったです

更衣室は…千早バレの伏線でしょうか、と思ったり
ここら辺で香織理にばれるのも面白そうですし、以前あんなことがありましたからね
薫子も緊急事態に陥らない限り自分から話し出しそうにないですからね〜

それにしても、楽しみです
かなり冷えてきたのでお体には気をつけて更新頑張って下さい
Leon
2011/11/28 22:05
中々更新もできないもので、とりあえずコメント返しです。

>唯さん
いつも感想ありがとうございます。
次話は漸く生徒総会当日です。タイトル詐欺ですね……長い一日は当日じゃ無くて前日じゃないか……。
私の方も、ここにきて仕事がかなり忙しくなってきています。多分、次話の更新は正月休みに入ってからになってしまうと思います。
更新を諦めたわけではありませんので、申し訳ありませんが、しばらくお待ちくださいませ。

>Leonさん
誤字報告&感想、いつもありがとうございます。折角報告して下さっているのに、修正も出来なくて申し訳ありません。
疑問&指摘について幾つかお返事します。
>薫子の髪
ゲームや小説の口絵では髪を下ろしている場面ばかりですが、マナー的にもヘアケア的にも普通は湯船に浸けないはずです……多分。
2話EXの件の場面は、「昔の薫子は、髪が湯船に浸かっても気にしていなかった」ことを初音が思いだしているという場面で、一応ヘアクリップは使わないまでも、薫子は洗い終わった髪をアップにしています。勿論、そのまま湯船に大の字で浮かべば、髪は解けてしまうわけですが。
>お風呂場
……えへっ、やっちゃった!(笑)
前話で決めた設定を忘れるとか、もう……いかに適当に書いてるかが分かりますね。
ゲームではCGを見る限り、洗い場二つ&浴槽は小さめですが、このSSでは寮棟とは別に増築しているという設定の為、泥棒話の時の方が正解です。
原作だと、寮は廊下を挟んでの左右対称という作りになっているように見えますが、それにしたって一階に食堂&厨房(部屋続き)と、風呂&洗濯更衣室(部屋続き)、トイレ、優雨の部屋等々……と、この寮って実は上から見ると正方形じゃないかってくらい詰め込んでありますから(笑)、さすがに無理だろって事で。
A-O-TAKE
2011/11/29 10:38
(続き)
全寮制の時は食事は学校の食堂、お風呂も寮以外の場所に大浴場のようなものが有ったと思われます。最初は寮の建物は4つ有ったと言う設定なので、寮ごとに食堂やお風呂が有ったら効率的ではないでしょうし。
アニメの設定書とかあれば、その辺りも確り決まっているんでしょうがね(笑)
>沙世子
PSPの話を考えると、沙世子の姉に対する感情って、千早の瑞穂に対するそれと似てるんですよね。原作の沙世子の千早に対する態度って、実は同族嫌悪じゃないかって思ったり。
そして更衣室……は勿論伏線ですが、それは次話のお楽しみって事で。

では、暫くこのままになっちゃいますが、見捨てずにお願いします。
A-O-TAKE
2011/11/29 10:59
返事ありがとうございます
更新については滞っても全然気にしませんよ
今の時期が忙しいのは当たり前ですからね
そういう自分も忙しいですし
また一段落ついた時に覗きに来ようと思います
ではお気をつけて
Leon
2011/12/06 19:40
妃宮さんの中の人 6-6 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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