A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 6-7

<<   作成日時 : 2012/01/04 20:54   >>

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 お待たせしました。

 リハビリみたいな感じなので、ちょっと短いです。

**********


「にゃああああ〜っ――」


 んん……何、今の……?
 時計、時計……未だ六時前じゃない。もうちょっと寝てよっと。



「ふぁ……みんな、おはよ〜」

 食堂の扉を開けて、その場に揃っているみんなに挨拶をする。
 返ってくる挨拶に手を振りながら、見慣れた顔の中に混じっている沙世子さんを見たときに、朝方の声のことを思い出した。

「沙世子さん、朝早くから何か騒いでたみたいだけど、何か有ったの?」
「ええ……まあ……」
「あはは……ちょっと私のせいで迷惑掛けちゃって」


 ちょっと仏頂面の沙世子さんが曖昧に返事をする。あたしが首を傾げたところで、厨房の方から出てきた初音が苦笑しながら口を開いた。
 何のことは無い。昨夜、沙世子さんは初音の部屋に泊まったのだけど、朝方に初音が寝惚けて沙世子さんを抱き締めたんだそうな。
 初音は小さい頃、縫い包みを抱いて寝ていたらしいから、それが無意識に出ちゃったんだろう。結果、沙世子さんは猫みたいな声を上げたわけだ。
 ……まあ確かに、沙世子さんは強気だけどネコっぽい……いや、そういう話じゃなくて。

「沙世子さん、寝不足だったりしてない? 今日は大事な本番だよ」
「大丈夫よ。七々原さんこそ、こんな時間に起きてくるようじゃ心配になるのだけど」
「あはっ、大丈夫だよ、沙世ちゃん。薫子ちゃんはいつもこのくらいの時間だから。……はい、薫子ちゃん、目覚めのお茶」
「……ん、ありがと初音」


 初音の言葉に反論出来ないあたしとしては、差し出された紅茶を素直に啜るしか出来ない訳で。
 初音の後に続いて厨房から出てきた史ちゃんが配膳を始めるのを見て、沙世子さんも開きかけた口を閉ざした……と思ったら、史ちゃんの盛り付けた皿があたしの前に差し出されたのを見て、別の意味で口が開いた。

「結構、多いのね……」

 沙世子さんが驚くのも無理は無い。焼いたパン、カリカリのベーコン、ソーセージ、茹でた豆やらマッシュポテトやら、種類も量も多い。
 ホテルの朝食で良くあるバイキング形式の料理で、一枚の皿に手当たり次第に料理を乗っけた感じと云うと分かるだろうか?
 ……まあ、これはあたしが朝から確り食べる主義だと云うのもあるんだけどさ。

「……ご希望であれば、少なめに致しますが?」
「え? あ、そうね。お願いします」


 沙世子さんは、皿に盛り付けていた史ちゃんの言葉に頷いてから、ほっと息を吐いた。優雨ちゃんの皿と同じくらいの盛り付けを見て、あたしは思わず感想を洩らす。

「少なっ。沙世子さん、それだけで良いの?」
「ええ。私は、朝はあまり食べないようにしているから」
「沙世ちゃん、それじゃエネルギーが足りないんじゃない?」
「……私、初音がいつもダイエットに苦しんでいる理由が分かった気がするわ」
「ええっ!?」


 ガーン! という擬音が聞こえそうな初音の表情に、あたしたちは思わず噴出した。だって、初音の皿の盛り付けは、沙世子さんのそれよりも明らかに多いんだもの。
 沙世子さん、分かっていても云わないのが武士の情けでござるよ……。



 食後のお茶で一息吐いてから、みんな揃って寮を出る。

「改めて聞くことでもないだろうけれど……集団登校する決まりでもあるの?」
「いや、別に。でも、一緒の場所に住んでるんだから、わざわざ別々に登校することも無いでしょ?」


 沙世子さんの問い掛けに首を振る。あたしや陽向ちゃんが部活動の朝練で早く出ることも有るけれど、基本的にはみんな一緒の登校だ。

「一緒に行動していないと、仲違いしたんじゃないかって思われちゃったりもしますしね」
「そうねえ。私としては、毎日のように姉の教室に騒動を起こしに来る妹を何とかしたいと思うけれど」
「ちょ、酷いですよお姉さま。私はお昼のお誘いに来ているだけじゃないですか!」


 大仰に肩を竦める香織理さんに陽向ちゃんが突っ掛かる。桜並木を歩いている生徒たちが、そんな陽向ちゃんたちを見てクスクスと笑っている。
 どうやら陽向ちゃんも、一時の落ち込み状態からは脱出したみたいだ。香織理さんのからかいに乗るのは、有る意味、通常運転だし。

「知らないわけじゃなかったけど――」

 あたしたちに挨拶しながら通り過ぎていく生徒たちを見ながら、沙世子さんが呟いた。すっ、と一歩遅らせた沙世子さんが気になって、あたしも歩く速さを落とす。
 どうかしたの? と小声で尋ねるものの、沙世子さんは軽く首を振るだけで答えなかった。

「花の在る集団に入り難いのかしら?」
「えっ?」
「香織理さん?」
「一歩離れて分かることも有る、ってね」


 いつの間にか、沙世子さんを挟んであたしの反対側に、香織理さんが歩いていた。もの言いたげなあたしに対して、そっと自分の唇に指を当てて悪戯っぽく笑う。
 眉を顰めた沙世子さんは、初音と千歳の方をチラッと見てから、鼻の奥で溜め息を吐いた。

「……あの集団の中に居る自分に、違和感を感じただけよ」
「違和感ねえ」
「何よ」
「私が云うのも変な話だけど、そんなのは結局のところ慣れるものよ?」


 うわ、二人の間でジリジリッとした視線が交じり合ってる。朝っぱらから物騒な雰囲気を出さないで欲しい。

「ちょ、ちょっと二人とも、落ち着いて」
「あら、いけない。そうね……今度、時間があるときにでも話しましょうか」


 沙世子さんの視線を遮るように手を振ってから、香織理さんが離れていく。何気なく目で追うと、どこかで見たような下級生の子と親しげに挨拶していた。
 香織理さんも昔とは大分変わったな、なんて思いながら沙世子さんに視線を戻す。

「あんまり突っ掛からない方が良いよ? 香織理さん、あれでも親切で云っている……と思うから」
「……なんで疑問系なのよ」
「いやあ、あの人、真面目な相手をからかって遊ぶ悪癖が有るからねえ……」


 あたしだって、慣れるまで時間が必要だったし。苦い顔をする沙世子さんを宥めながら、去年の騒動を思い返す。香織理さんはあんな性格だし、悪意の有る無しを見分け難いからね。

「それは兎も角、沙世子さんはもう少し自分の人気を自覚した方が良いよね」
「はあ?」


 不思議そうな顔をする沙世子さん。
 挨拶していく子たちの熱っぽい視線が沙世子さんにも向いているってこと、あんまり気が付いてないんだろうなあ。自分に向けられる好意には鈍感なのかもね。
 登校中のみんなと挨拶を交わしながら校舎に入り、優雨ちゃんや陽向ちゃん、大きな荷物を抱えた――千早の為の女装道具――史ちゃんと別れて三年生の階へと向かう。

「お姉さま、おはようございます」
「生徒総会、頑張って下さいね」
「あ、ありがとうね、みんな」


 廊下を歩いていると、あたしたちに気が付いた何人かの生徒が声を掛けてきた。沙世子さんの居る前であたしの応援をしなくてもいいじゃん、なんて思っていると。

「副会長も頑張って下さいね。応援していますから!」
「え? ええ……」


 その子たちは何の屈託も無く沙世子さんの応援をしてから、教室の中へと消えていった。
 きょとんとする沙世子さんを見ながら、香織理さんがそっと囁く。

「もうすっかり、茶番劇だってことが広まっちゃってるわね」
「ああ……そっか……」
「……複雑だわ」


 そりゃそうだろう。沙世子さんは、云ってしまえば「云い負けること」を期待されているのだから。
 勿論、初音の為にはそうしなければいけないのは分かっているんだろうけれど、面と向かって頑張って負けてくれと応援されるって云うのは、ねえ?



 あっ、と云う間にお昼になった。

「さ、千歳。あたしたちも用意しようか」
「うん、そうだね」
「おや、二人とも、そんなに慌ててどうしたの?」


 授業が終わって直ぐにそそくさと立ち上がるあたしたちを見た茉清さんが、不思議そうに首を傾げる。

「生徒総会の為の打ち合わせとか有るからさ、一秒でも惜しいって云うか」
「そうなんですか。食堂に行くのだったらご一緒に、と思ったんですけれど」
「悪いね、聖さん、茉清さんも」


 二人の他にも、何人かのクラスメイトが残念そうな顔をしていた。色々と聞きたいことがあったのかな?
 でも、こっちには千歳と千早を入れ替えるという大仕事が有るので、のんびりしていられないのだ。

「まあ、憂いを無くす為にも準備を確りとするのは良いことだし。気にしないで」
「あはは……壇上で討論なんてのはあたしに一番似合わないことだし、不安にならない為にも良く見直さないと……はぁ」


 自分で云ってて悲しくなってきた。

「ほらほら薫子ちゃん、自分で云ってて落ち込んじゃ駄目だよ。さ、早く行こう?」

 クイクイとあたしの袖を引っ張る千歳に合わせて、茉清さんたちに手を振りながら教室を後にする。
 目指すは講堂の更衣室。史ちゃんのことだから、きっとあたしたちよりも早く着いているだろう。急がなきゃね。

「ところでさあ……沙世子さんとの討論、千早に代わってもらうわけにはいかないかなあ」
「い、今更何云ってるの、薫子ちゃんてば」
「云ってみただけだよぅ……」


 くそう、もっと早くに気が付いていれば、千早に任せることが出来たのに!



「用意してある台本を丸暗記するようなものですから、薫子お姉さまでも何の問題も無いかと思われますが」

 講堂の更衣室。ちょっと諦めきれずに史ちゃんに話してみたら、そんな答えが返ってきた。
 準備をする前に食事を済ませてしまおうということで、備え付けのテーブルの上にお弁当と魔法瓶が並べられる。ホント、史ちゃんの持ってる鞄の中には色々入ってるなあ。

「ちょっとばかり気になる云い方だけれども……まあ、台本の読み合わせとかはお姉さまと散々やったからね」

 何が幸いするか分からないものだ。実際のところ、沙世子さんの方もあたしに合わせて難しい云い回しとかを避けて台詞を考えてくれたようだし。
 両手で持ったサンドイッチを無心に食べる千歳が、ふと気が付いたように声を上げた。

「そうだ。それならこの後、リハーサルでもする?」
「リハーサルって」
「薫子ちゃんも沙世子ちゃんも、云う台詞は大体決まっているんでしょう?」
「あ、そうか……そうだね」


 台詞の読み合わせか。舞台の上でするわけにはいかないけれど、ここでする分には問題無いよね。

「よし、それじゃささっと食べ終わって、千歳と千早を入れ替えちゃいましょうか。……んっ、ぐ」
「薫子お姉さま、焦って食べてはいけません」
「そうだよ〜、美味しいのに勿体無い」


 手の中に残っていたサンドイッチを口の中に押し込むと、史ちゃんがあたしの前に紅茶を差し出してくれた。
 分かってますよ。いくら急いでいるからと云って、紅茶で流しこむような真似はしません。……のどに詰まらせない限りはね。



「それじゃあ、いくよ〜! えいっ!」

 いつものように、千歳の身体が淡く輝く。次の瞬間にはもう、その身体は千早のものになっていた。派手に輝いたり効果音が響いたりはしない。

「さて、それでは早速、胸を盛りましょう」
「……史ちゃん、そこはせめて、胸を着けるとか云って」


 盛るとか云われると、あたしの心に響くのですよ……いろんな意味で。
 複雑な面持ちで千早を見ていると、背中に手を回してジッパーを外した千早が、ブラウスを脱ぐ手をピタリと止めた。

「あのう、薫子さん……もしかして、見ている心算ですか?」
「ん? 何か拙い?」
「いえ、その、流石に照れると云いますか……」


 むむ……今まで一度も千早の変身を見たことが無いので、今日くらいはと思ったんだけどなあ。ま、仕方が無いか。

「それじゃ、あたしはちょっと外に出てるから、その間に準備しちゃって。鍵をかけるのを忘れないでね?」
『いってらっしゃ〜い』

 あたしは更衣室の扉を開けると、左右を見回して人影が無いのを確認してから表へ出る。カチャリと音がしたのを確認してから、時間を潰す為に歩き始めた。
 生徒たちの入場は午後の授業が始まる時間からだけど、生徒会と有志の何名かは会場設営の為に働いている筈。そっちを手伝ってくるかな。



「そんな! お姉さまにこんなことをして頂くわけにはまいりません!」



 ものの一言で切って捨てられてしまった。う〜ん、どうしたものか。
 ふっと舞台の方に視線を移す。そう云えば、あそこに登るのってエルダー選の時以来だなあ。ちょっと登ってみようか。
 椅子を並べたりして準備している人の邪魔にならないよう、端を通って舞台へと寄っていく。すると、袖の陰から沙世子さんが現れた。ああ、設営の指揮を取ってるんだね。
 邪魔しちゃ悪いから帰ろうかな……。

「あら、七々原さん。随分早いのね?」

 うげ、見付かった。

「あ、あはは……ちょっと空気に慣れておこうと思って」
「ふうん……? ああ、そうだ。良かったら台詞合わせでもしておく?」
「え? 台詞合わせって……」
「万が一にも失敗しないようにする為よ。七々原さん、打ち合わせの内容を忘れていそうなんだもの」
「おうっ……そんな、正直に云わなくても」


 あたしたちの遣り取りを聞いて、クスクスと笑う声が聞こえる。おのれ左近め、隠れてないで出て来い!

「何、訳の分からないことを呟いてるの。ほら、早く上がってきなさいよ」
「むむぅ……仕方が無い……」


 まあ、沙世子さんが台詞合わせに付き合ってくれるなら、千早に余計な手間を掛けさせないで済むか。色々と大変なんだし、少しは楽させてやらないとね。



「ま、こんなところかしら」
「ふぅ……良かったぁ。食後にこんな緊張する舞台に立つのは疲れるよ」


 十分ほどの長くて濃い時間の後、あたしは沙世子さんの厳しい駄目出しから解放された。この間、あんなに打ち合わせたばかりなのに……こうなるともう、沙世子さんは楽しんでやってるとしか思えない。

「あら? 七々原さん、食事を取ってきたにしては、ここに来るのが早かったじゃない」

 沙世子さんが不思議そうに首を傾げる。

「ああ、予め寮母さんにお弁当を頼んで、講堂の更衣室でお弁当を食べたんだ。今日はどこの部屋も空いているのは分かってたしね」
「あー、その手が有りましたか……私もお姉さまにお呼ばれしたかったデスヨ」
「つっちー、さっきは「生徒会役員に食事の時間なんか無い」とか云っていたじゃないか」


 あたしの言葉に心底羨ましそうな声を上げる左近……じゃなかった、さくらちゃん。
 確かに、こういう催し物の時の生徒会は三面六臂の活躍ぶりだ。ただ単に人手が足りないとも云うが。
 そう云えば、初音と優雨ちゃんの姿が見えないな……?

「沙世子さん、初音と優雨ちゃんは?」
「ああ、あの二人なら議題の提出者たちと最後の打ち合わせ中。予定に無い質問とかをされると、生徒総会の時間が延びちゃうから……」


 なるほど、予め意見を摺り寄せておくのか。色々と大変なんだなあ。

「さて、それじゃあたしは、本番まで少し休んでるね」
「……そうして頂戴。折角覚えたことを忘れられても困るし」
「もぅ、一言多いよ沙世子さんは」
「性分なのよ」


 イーッと口を伸ばしてやると、沙世子さんはフンッと鼻で笑った。傍から見ると険悪そうに見えるかもしれないけど……なんだろう。昨夜、話をしたせいかな? あの態度に味を感じてしまうのは……。



 さて、千早の準備はもう終わったかな?
 あたしは更衣室に戻ってくると、扉をノックして史ちゃんに尋ねた。

「どう、史ちゃん。もう終わった?」
「はい。今、お開けします」


 声と共に扉の鍵が開く。あたしは素早く左右を見渡してから、滑り込むように更衣室の中に入る。部屋の中には、小さな卓上鏡を見ながらリップを塗っている千早が居た。

「……こんなもの、かな」
「へえ、大したものじゃない」


 あたしは千早の後ろに回って、鏡を一緒に覗き込む。うんうん、良く出来てる。

『ちーちゃん、お化粧に大分慣れたよね』
「嫌でも慣れますよ……とは云え、使い道は余りありませんけれど」

 そりゃそうでしょ。卒業してからも女装を続けるって云うなら話は別だけど。
 史ちゃんは使い終わった道具を鞄の中に詰め直してから、千早の正面に回って化粧の最終確認をした。コクコクと頷いているところを見るに、問題は無さそうだ。

「……時間まで、もう少し余裕が有りますね」

 時間内に化粧が終わったことに安心したのか、史ちゃんがそっと息を吐く。千早の化粧は女の子のソレと違って、特殊メイクみたいなものだからね。時間がかかるのも仕方が無い。千早は嫌がるだろうけど、女顔ってだけで大分恵まれてるよね。

「うん。史ちゃん、千早もだけど、少し休んでおいた方がいいよ」
「そうですね」
「申し訳有りませんが、史は用を足してきます」
「ああ、うん。ごゆっくり」


 史ちゃんが部屋を出るのを見送ってから、改めて千早の姿を見る。う〜ん……今更ではあるけれど、女の子にしか見えないよね。
 思わずじっと見詰めていると、千早が身体を動かし始めた。

『どうしたの、ちーちゃん』
「いや、その……接着剤のせいか、胸の間が痒くて」
「……肌荒れ? かぶれちゃったとか……」
「どうでしょう。今までは平気だったんですが」


 胸の谷間、じゃなくて胸の間ってところがミソだね。素肌と偽乳の繋ぎ目だろう。

「ちょっと見せてみなよ。自分じゃ分からないでしょ?」
「え、でも……」
「ほら、遠慮しないで。人前で胸の間を掻くとか出来ないでしょ」
「……そうですね」


 眉を寄せて躊躇っていた千早だけど、渋々と云った感じでブラウスのボタンを外し始めた。……むむ、フロントホックじゃないか。

「ちょっとゴメンね……っと」

 千早に断ってからホックを外し、様子を見る。あー、胸の間が赤くなってるね。

「ちょっと赤くなってるよ。薬とかは無いのかな?」
「え、どうだったかな」

『お部屋に戻れば有ると思うけれど……』

 う〜ん、そうなのか……ふよんふよんだあ。

「……あの、薫子さん」
「何?」


 ふよんふよん……病み付きになりそうだ。他人のものと比べたことなんて無いけど……。

「そろそろ手を離してくれませんか」
「ん〜……」


 もうちょっとだけ……そう考えていると、不意に部屋の扉が開いた。史ちゃんが帰ってきたのかなと思ってそちらを見ると。

「こんなところに居たのね。度會さんに聞かなければ探し回るところだったわ。七々原さ――」

 扉を開けて部屋の中に踏み入った沙世子さんが、書類に落としていた視線を上げる。
 ……ええっと。

『はわわっ! 何で沙世子ちゃんがここに!?』
「な、何してるのよ、貴女たち……!」
「え、あ、いや、これはその……」


 絶句して声も出せない、といった様子の沙世子さんがあたしの手を見る。
 当然と云うか、何と云うか。手を引っ込める余裕も無かったあたしは、千早の偽乳を確りと揉んでいた訳で。

「ふ、不潔よ!」
「わあっ、ちょっと待った、誤解だってば!」


 突然、身を翻して更衣室の外に飛び出そうとする沙世子さん。あたしは慌てて腕を伸ばすけど、当然のように届かない。
 そのまま部屋の外まで走り出てしまうんじゃないかと云うところで、開いたままの扉から、用を済ませた史ちゃんが戻って来た。

「え……っ」
「きゃっ!?」


 急に止まれない沙世子さんは、史ちゃんを避けようとしてバランスを崩し、逆に史ちゃんと一緒に床に転がった。

「ナイス史ちゃん!」
「痛っ!」


 何だか千早の痛がる声が聞こえたけど、あたしはそのまま転がっている二人を飛び越して、更衣室の扉を締めた。勿論、確りと鍵も閉める。

「な、何よ。鍵を閉めてどうする心算!?」
「落ち着いて、沙世子さん! いや、そりゃ慌てたくなる気持ちも分かるけど、誤解だから!」
「何が誤解なの!?」


 史ちゃんを押し退けるようにして床から半身を起こした沙世子さんが、千早の方を指差しながら言葉を荒らげる。

「七々原さんが妃宮さんの胸を、胸を、鷲掴みに――」

 どもりながら千早の方を指差した沙世子さんの声が、途中で止まった。
 あたしも、史ちゃんも、そして千早も。どうして良いか分からないといった表情で動きを止める。
 だって――沙世子さんが見たのは、あたしの右手に握られている千早の偽乳。

「む、胸が……」

 パクパクと口を開け閉めしていた沙世子さんが、「はう……っ」と云う弱々しい声を上げて、再び床に突っ伏した。
 鍛冶場の馬鹿力とは云うものの……とっさの動きで胸を掴んだまま動いちゃったもんだから、無理矢理引っぺがしてしまったんだ。
 せめてブラウスの上からだったら、こんなことにはならなかったのになあ……。

「まさか、こんな簡単に取れるとは思わなかった」
「接着の直後だったから、まだ完全に付いていなかったのかも」

『うわあ、ちーちゃん、お胸が真っ赤だよ?』
「ちょっとヒリヒリします」

 千早の胸に視線を向けると、確かに肌が真っ赤になっている。うわあ、悪いことしちゃったなあ。

「……薫子お姉さま、現実逃避はそのくらいで」
「ああ、うん……でも、どうしよっか……?」

『どうしようもないんじゃないかなあ……』


**********

 Q:なぜ土屋さくらが左近なのか。
 A:左近桜から取られた渾名。ちなみに右近橘=立花耶也子になる。

 次回、エピローグ。
 え? 生徒総会の討論? 元々沙世子の戒告そのものに無理があるのに、そこから討論なんて出来るわけないじゃないですか(笑)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
コメントしていいのかどうか、ちょっと悩みつつも…嬉しかったので書いてしまいました。
余計な事を書かないように手短に。

お久しぶりです〜。
元々完全新路線ではありますが、沙世子にバレる(もしくは千歳に戻って誤魔化す?)なんて、全くの新展開ですね。
次回が楽しみです。
でも、無理はしないでくださいね。
えるうっど
2012/01/04 22:13
えるうっどさん、こんばんは。

お久しぶりでございます。取り合えず、仕事がちょっと落ち着きましたので、ぼちぼち進めていく予定です。冬場は指先が冷えるんで、そっちの方が原因で遅れてしまいそうですが(笑)末端冷え性は辛い……指先が冷たくて。

>沙世子バレ
ドタバタ展開で無理があるかも、とは思います。
次のエピローグで詳細を明かしますので、もうちょっとだけお待ち下さい。
PSP版の初音ルートを見ると、沙世子がツンデレにしか見えてこないんですよね……初音の一言で納得させられるEDがあるなら、在校中にバレる展開が有っても良いじゃない?(笑)
A-O-TAKE
2012/01/05 23:11
報告です

・あたしは思わず感想を洩れらす→あたしは思わず感想を洩らす
・おや、二人とも、どんなに慌ててどうしたの?→おや、二人とも、そんなに慌ててどうしたの?


完全に香織理バレだと思っていた自分としてはかなり驚きましたが、新しい展開ってワクワクしますね!
この話の終わり方も気になりますが、次の話を早くも期待してたりします。
忙しいでしょうし執筆はのんびりで大丈夫です。
また暫くしてから覗きに来ようと思います。
お体に気をつけてこれからも頑張って下さい。


薫子も偽乳の虜になってしまったか…w
Leon
2012/01/11 15:09
Leonさん、こんばんは。

いつも報告有難うございます。取り合えずこの話のは直しておきました。

やはり、沙世子にばれるのは予想外でしたかね?
だとすると、次のエピローグも驚いてもらえるかなと思います。

>偽乳の魅力
1の時でも、瑞穂が風邪を引いたときに見舞いに来た紫苑が、その虜になっていましたから……(笑)
A-O-TAKE
2012/01/11 23:01
妃宮さんの中の人 6-7 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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