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zoom RSS 妃宮さんの中の人 7-EX-1

<<   作成日時 : 2012/02/28 23:32   >>

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 千歳と二年生組、そしてお母様。

 時期的には、演劇の内容が決まる直前くらいです。


 何か最近、三人称の文が上手く書けないような。
 納得のいく出来にならないというのは、微妙に落ち込みますな。



**********



 ある日の放課後。
 楽しいことを探して放課後の校舎を歩いていた千歳は、淡雪に声を掛けられて華道部へと足を運んでいた。
 以前は十日に一度くらいの頻度で訪れていた華道部だったが、生徒総会の準備などで暫く足が遠のいていたので、千歳も喜んで華道部へと向かった。

「さあお姉さま、どうぞ」
「失礼しま〜す。遊びに来ました〜」
「まあ、お姉さま。ようこそお出で下さいました」
「エルダーのお姉さま、お久しぶりです」


 黄色い声での出迎えに、千歳の顔に笑みが浮かぶ。部活動はまだ始まったばかりで、花を活けている生徒は居なかった。

「お姉さまも、どうですか?」
「んん〜……今日は遠慮しておくね」
「そうですか」


 雅楽乃の問いに首を振る千歳。
 千歳は気分の乗りによって活け花の出来に大きな差が出る(実際には千早の知識を生かしているか否か)ことを知っている雅楽乃は、さして無理強いをせずに部員たちに向き直る。

「さ、それではみなさん、始めましょう。千歳お姉さま、みなさんの花で何か気になることが有りましたら、遠慮せずに指摘して下さいね」
「うん。みんな頑張ってね」


 千歳の声援の後で雅楽乃がパチンと手を打ち合わせると、緩んでいた空気が引き締まった。気の抜けた動きではいらぬ怪我をすることもある。部員たちもその辺りのことは心得ているので、確りと手元に視線を落とした。

「さ〜て、それじゃ一つ、気合を入れますかね」

 淡雪もまた、道具の前に座って気持ちを引き締める。そんな淡雪に、少しばかりのからかいの声が飛んだ。

「雪ちゃん、お姉さまが来て下さって嬉しいのは分かりますけれど、空回りしないで下さいね?」
「わ、分かってますよ……」




「そう云えば御前、今年の創造祭の出展は、やはりいつもの通りなのでしょうか?」

 真面目な表情で手を動かしていても、暫くすれば口も動いてしまうのは仕方の無いことだろう。さわさわとした囁きの中で、部員の一人からそんな質問が飛び出した。

「そうですね、色々と考えてはいるのですが……やはり活け花を展示する以外のことはあまり出来ないのではないかと思うのですが」
「そうですよね……でも、文字通りの『壁の花』になるのは、何となく悔しいと云うか……」
「んん? 何の話?」


 雅楽乃と部員の落胆を感じ取った千歳が、二人の話に割って入る。

「お姉さま……実は、創造祭での華道部の展示は、廊下に活け花を並べてお客さまに見ていただく、と云うのが常なのですが……」
「それっていつもの活動の後、職員室の前の廊下に活け花を並べるのとあまり変わらないです」
「そうですよね。頑張って活けたのに、横目で見られて終わりと云うのは残念と云うか……」


 雅楽乃の声に続いて部員たちから幾つも声が上がる。たとえ拙い作品でも、見てもらいたいという気持ちは誰でも持っているのだ。

「それってつまり、もっと目立つ場所に花を置きたいってこと?」

 腕を組んで首を捻った千歳が漏らした言葉に、部員たちは一斉に苦笑した。

「お姉さま、それはあまりに身も蓋も無いお言葉です」
「まあ確かに、お姉さまの云う通りではあるんですけどね」


 花を活け終えた淡雪が会話に加わって、雅楽乃の言葉を混ぜ返す。
 云い繕ったところで、千歳に掛かれば単純な言葉に直されてしまうのだから、そこを否定してもしょうがない。

「う〜ん、花をもっと確り見てもらいたいってことなら、廊下じゃなくて別の場所に置けば良いんじゃないかなあ?」
「別の場所ですか……お姉さま、例えばどのような場所に?」
「……おトイレ?」


 雅楽乃の問いに一拍置いてから飛び出したその答えに、部員たちは一斉にずっこけた。

「お姉さま……そりゃ確かにそういうところに花を置くことも有りますけれど、流石にそれは無いですよ……」
「あ、あはは……そうだよね〜……」


 愛想笑いで頭を掻く千歳を見て、もしかして結構本気だった? と内心で汗を垂らす淡雪だった。





 華道部の解散後。
 最後まで華道部に付き合っていた千歳は、雅楽乃と淡雪と共に桜並木を歩きながら、先程の話を続けていた。

「花を見てもらいたいと思うなら、積極的に見せにいかなきゃいけないと思うんだよね〜」
「足を止めてもらえるような場所に、活け花を展示すれば良いわけですよね。……順番待ちの列に並んでいる時なんかは、割とあちこちに眼を向けているかな?」


 淡雪は普段の自分の姿に照らし合わせて、そんな場所は無いかと首を捻る。しかし、そこが遊園地ならば兎も角として、高校の学院祭レベルでは順番待ちの列など出来ないだろう。

「どこかのクラスが出店するであろう喫茶店に、活け花を置かせて頂くと云うのはどうでしょうか」
「それが一番現実的かな〜。でも、喫茶店を出すところはお茶やお菓子をメインにしたいんだろうから、活け花が目立ちすぎるのは良くないかも」
「あ、それは確かにそうですね。それに、うたちゃんの花だけ人気が集まりそうだし」
「そ、そうでしょうか……?」


 例えば活け花を机の上に配置したとして、雅楽乃の活け花が置かれた机にばかり客が集まったりしてしまいそうだ。雅楽乃とそれ以外の活け花では、それだけ人目の引き方が違うのである。

「華道部にもう少し人が居れば、自分たちで喫茶店を出すんだけどね」
「茶道部のみなさんに協力して頂くというのはどうでしょうか」
「でも確か茶道部は、修身室で茶道の体験教室みたいなのを遣るって云ってたと思うよ〜?」
「まあ、本当ですかお姉さま。……一足遅かったようですね」


 うんうんと唸りながら桜並木を歩いている三人は、傍から見ても「悩んでいます」と云う雰囲気を振り撒いていた。
 普通の生徒ならば声を掛け難い様子では有るが……そんな三人の横合いから、桜並木の間を縫ってケイリが顔を出した。
 自分のことに気が付かずに通り過ぎようとしている三人を見たケイリは、驚かさない程度の声でそっと声を掛けた。

「三人とも随分と難しい顔をしていますが、どうしたのですか?」
「あ、ケイリ……ん、ちょっとね」
「ケイリちゃん、園芸部のお手伝い?」
「ええ。今の時期は花も少なくなって、来年に向けての準備を進めているところですからね。人手は必要ですから」


 園芸部でもないのにそんなことを云うケイリに、千歳と淡雪は思わず顔を見合わせてしまう。

「ケイリ、水泳部の方は大丈夫なの? 創造祭の準備とか……」
「ああ、それは問題有りません。水泳部は特に何かをするわけではないので」
「そうなの? ……まあ、プールで何を遣るのかって云われても困るけどね」


 まさか、一般客にプールを開放したりするわけにもいかない。じゃあ水泳部に相応しい催し物は、と問われても返答に困るが。

「そんな話が出てくると云うことは、華道部も催し物の内容に困っていると云うことかな?」
「はい。ケイリさんの仰る通りです。ただ廊下に活け花を並べるだけではない、何かもう少し思い出に残るものが有ればと思いまして」
「そう……活け花を並べるだけでは、華道部にとっての創造祭は当日前に終わってしまうと云うことだものね」


 手を打ったケイリにそう云われ、雅楽乃と淡雪はああ、と自分の気持ちに気が付いた。
 成程、ケイリの云う通りだろう。ただ活け花を並べるだけでは、華道部の創造祭当日の思い出は無いのと同じだ。
 創造祭当日に何かを成してこそ、祭の思い出と云うものになる。結局のところ、自分たちはもっと祭を楽しみたいのだ。

「ふむ、しかし華道部の思い出になるようなものか……何か有るかな……」

 当たり前のように足を止め、雅楽乃たちの悩み事に付き合うケイリ。雅楽乃たちはそれに感謝しながらも、先の会話の内容を伝えた。

「なるほどね。飲食を『』とするのではなく、花を見る方を『』としたいわけだ。……それにしても、千歳のアイデアは相変わらず面白いね」
「ぶ〜……それ、褒めてないでしょ」
「いえ、トイレに飾ろうと云う考えは、少なくとも私には思い付かないですから」
「ケイリ……それ、フォローになってないよ」


 呆れた様子で溜め息を吐く淡雪を見て、ケイリが笑う。

「いえいえ、発想の転換と云うのは大事ですよ? この場合で云えば、花を見てもらうために人を集めるのではなく、人の集まる場所に花を置けば良いと云うことです」
「うん、だから喫茶店でも遣ろうかなと考えていたんだけど――」
「ああ、いえ、そう云うことではなくてですね」


 ケイリはスッと手を上げて、先程の話に戻ろうとした淡雪の言葉を遮る。そして、人差し指を左右に振って薄く笑いながら、もっと良いところが有りますよ、と先程歩いてきた方向へと視線を向けた。





 先程解散したばかりの園芸部には、まだ何名かの部員が残っていた。挨拶をしてくる部員たちに会釈を返しながら、ケイリを先頭とした一行は温室へと足を向ける。

「姿子、まだいらっしゃいますか?」
「は〜い、何かあった?」


 まだ代替わりをせずに部長を務めている藤沢姿子が、ケイリに呼ばれて温室の中から姿を現す。

「ケイリ、何か忘れ物? ……って、こりゃまた団体さんでご登場とは、どうかしたのかしら?」

 ケイリの後ろに千歳たちを認めた姿子は軽く目を瞠り、内心でちょっと身構えた。
 なにせ色々と予想出来ない行動をする二人――ケイリと千歳――が揃って現れたのだ。
 二人に悪意が無いのは分かっているが、だからこそ自分が貧乏籤を引くことになると身をもって知っている姿子である。
 そんな姿子の内心を察したのか、雅楽乃は口を開こうとするケイリを制すると、自分から説明するべく前へと歩み出た。

「実は園芸部のみなさんに、創造祭の出展についてお願いがございまして……」
「出展について?」
「はい。ケイリさんからお話を伺ったのですが、園芸部は温室の開放のみだとか」
「ええ。ご覧の通り、今の時期は花壇が寂しいからね。見せるものと云ったらこれくらいだし」
「そこで、ご提案なのですが。もしよろしければ、華道部の活け花を一緒に展示させて頂けないでしょうか?」
「活け花を? ふむ……」


 ケイリが考えたのは、花を見る人が集まる場所に活け花を置こう、というものだ。
 温室に来る人は花を見に来る人なのだから、活け花もちゃんと見てくれるだろう、と云うことだ。

「どう、姿子ちゃん。活け花だけに、文字通り『花となる』展示物だよ?」
「……お姉さま、あんまり面白くないです」
「うっ……」
「ぷぷっ……んんっ、ま、まあ雅楽乃さんの提案は、悪くないわね。やっぱり、展示するからには多くの人に見てもらいたいし」


 姿子は漫才のような千歳と淡雪の様子に噴出しながら、雅楽乃の提案に首を縦に振った。
 一日二日程度ならば、活け花を展示するのも問題は無い。夜間は温室の中に片付けておけば、雨風が有っても痛まないだろう。

「後は、一息吐けるような場所にする為に、温かい飲み物とかを用意するのも良いかもしれないね」
「私、お菓子も欲しいな〜」
「それならいっそ、喫茶店を開いてしまうのはどうでしょう?」


 ケイリの声に千歳が便乗し、周囲で様子を伺っていた園芸部員が声を上げる。
 温室の開放だけなら姿子一人でも十分に対応出来る為、当日の園芸部員たちは各クラスの催し物を手伝うことになっているのだが……やはり、園芸部員として何かを遣りたいという気持ちも有るのだろう。
 残っていた部員たちが集まって千歳や雅楽乃たちと相談を始める。滅多に見ることのない部員たちの積極性を見ながら、姿子は一人苦笑した。

「あ〜、はいはい、そこまで。喫茶店を遣るとかそういう話になったら、ここに居る人だけで決めるわけにいかないでしょ。明日、みんなでちゃんと会議をするから、アイデアが有るならそのときに出しなさい」

 姿子は大きく手を叩き、帰る準備を放っておいて話をする部員たちを窘めた。

「あっ……いけない、もうこんな時間」
「ほら、後は私が遣っとくから、さっさと帰りなさい」
「はい、ではまた明日」


 しっしっと追い払うように部員を送り出した姿子は、話を持って来た四人に目を向けると、肩を竦めて溜め息を吐いた。

「申し訳有りません、姿子さん。もう少し余裕の有るときにお話をするべきでした」
「良いよ。思い立ったらなんとやら、察するところ雅楽乃さんは、直ぐに云いたくなったんでしょ?」
「……お恥ずかしい」


 姿子に指摘されて頬を染める雅楽乃。自分では冷静な心算だったのだが、ケイリの提案に心が躍ったのは確かだった。

「華道部の方もまだみなさんに話していませんので、喫茶店の話とかは出来ないのですが……」
「ああ、それは構わないわよ。ここで喫茶店を開くとなると、衛生的に問題が有るかもしれないしね。飲み物くらいなら用意できるけど」
「どうせなら、園芸部や華道部らしいプレゼントを用意出来れば良いよね〜」
「そうね……って、だから相談はまた明日だってば。ほら、雅楽乃さんたちも早く帰らないと」
「そうですね。では姿子さん、また明日に会合を開くということで、今日はこれで失礼します」


 頭を下げた雅楽乃が踵を返し、ケイリや淡雪がそれに続く。千歳も一緒に帰ろうとしたところで、にゅっと延びてきた姿子の腕がその肩を掴んだ。

「な、何かな姿子ちゃん」
「お姉さまは寮暮らしなんですから、もうちょっと遅くても大丈夫ですよね? ……片付け、手伝って」
「はうっ……わ、分かったよ……」


 エルダーのお姉さまを手下みたいに使っているのを見られたら、きっとファンの子たちに怒られるんだろうな。姿子はそんなことを思いつつ、千歳と一緒に園芸道具を片付けていく。

「ねえ姿子ちゃん、片付けが終わったら、ケーキでも食べに行かない?」
「それは心躍る提案だけど、今の時間からだと晩御飯に影響がありそうだしね」
「え〜? 甘いものは別腹なんだよ?」
「……それ、食後のデザートの時に云う言葉なんだけどね」


 姿子は、頬を膨らませる千歳を見て肩を竦める。
 色々とトラブルを持ち込む相手では有るが、そんな千歳のことを嫌いにはなれない……エルダーのお姉さまとして慕われている千歳ではあるが、姿子からすると、手の掛かる大きな妹のようなものだった。





 一方その頃、東京某所にある御門家の邸宅では。

「どうかしら、最近の千歳ちゃんの様子は?」
「平穏無事、何事もお変わりはございませんが」
「もう、史ったら。いつも判を押したみたいに同じことばかり。それじゃあ良く解らないわ」
「……申し訳ございません」


 現在は千歳の傍付きを務めている史ではあるが、本来は御門の家に仕える侍女である。屋敷の中の細々とした事柄を取り纏めるのは史の仕事で、学院での千歳の様子を妙子に報告するのも、そんな仕事の中の一つであった。
 とは云え、千歳のことに対しては過保護になりすぎる妙子のこと。本来は赦されないことではあるが、報告する内容はかなり大人しいものになっていた。

「最近は御友人のみなさまとも楽しげに遊んでおられますし、特に問題は無いものと思われます」
「そう。千歳ちゃんが楽しんでいるようなら良かったわ」


 妙子は嬉しそうに笑うと、史の入れた紅茶を一口啜った。
 そんな妙子の様子を伺いながら、史は内心で安堵の息を吐く。何か問題が有ろうものなら学院に押し掛けてくる……そんな気性の妙子なのだ。
 千歳や千早が平穏無事な学院生活を過ごす為には、問題など無かったことにするのが一番の方法と云うわけである。
 ……だからこそ。

「ああ、そうそう。そう云えば、そろそろ学院祭が有るのよね?」

 妙子の口からそんな言葉が飛び出した時、史は思わず自分の耳を疑ってしまったのだった。

「史?」
「……は、はい。確かに、その通りでございます」
「うふふ、楽しみだわ。体育祭では父兄の参加は出来なかったけれど、学院祭ではそんなことは無いものね!」


 言葉使いが妙なものになっている史の様子に気が付くことなく、楽しそうな声を上げる妙子。

「奥さま、学院祭の話は、何方から御伺いになられたのですか?」
「まりやちゃんよ。今、日本に帰ってきているんですって。それで、お友だちと一緒に学院祭に行くから、私もどうですかって誘ってくれたの」
「……そうだったのですか」


 仮にも主家に当たるお方、余計なことをするなとは云いたくないが……それでも、そう思ってしまう史である。脳裏に浮かぶまりやに悪態を吐くと、その顔はニヤッと笑ってサムズアップした。

「まりやちゃんのところは清花義姉さんも一緒に行くみたいなのだけれど……きっとお友だちだけで回りたいから、義姉さんを私に押し付ける心算なのよ? 是非ご一緒にって、何度もお願いされちゃったもの」
「……なんと云うことでしょう」


 史は余りのショックに、ネタっぽい台詞を思わず呟いてしまう。幸いにして妙子には聞かれなかったようだが。
 まりやの母であり妙子の義姉に当たる清花という女性は、詐欺に遭ってもそれと気が付かないほど天然――世間知らずで頼りないと云う方が正しいが――な人物である。
 妙子一人だけならばまだしも、そのような人物まで一緒となると……史はその被害の大きさを想像して、眩暈を起こしそうになるのだった。





――――――――――





 史が寮へと帰ってきたのは、夕食から一時間ほどが過ぎた頃。妙子からの差し入れが入った紙袋を片手に、新しくなった鍵で玄関を開ける。
 玄関で全員分の靴が揃っているのを確認した史は、手洗いとうがいを済ませてから、話し声の聞こえていた食堂へと顔を出した。

「ただいま帰りました」
「あっ、史。おかえり〜」
「お帰りなさい、史ちゃん。お夕飯はいらなかったんですよね?」
「はい。あちらで済ませてまいりました」


 珍しいことに、食堂には寮生が全員顔を揃えていた。いつもは入浴しているだろう初音と優雨も、食卓に残っている。

「みなさま、何か問題でもございましたか?」
「ん? ああ、いや、別にそういうのじゃないんだ」


 パタパタと目の前で手を振った薫子が、食卓に広げている新聞を指差しながら言葉を続ける。

「二時間ドラマの題名と出演者から、どんな展開になって誰が犯人かを当てるクイズ。明日のおやつを賭けてね」
「……」
「あっ、そんな呆れた目をしなくても……」
「……いえ、別にそう云う訳ではありませんが」


 千歳の従姉であるまりやが寮に居た頃から、この手の賭け事は割と頻繁に行われていたりする。寮の住人の仲を深めるのにも役に立っているので、規律に煩い新寮生の沙世子も黙認していた。

「デザートを用意するのは主に千歳お姉さまと史ですから、一度各自に配分された後でなら、特に問題は有りません」

 まあ、史の好物であるビスケットサンドアイスを賭けの対象にすると云うのなら、話は大きく変わってくるのだが。
 史は腕時計で時間を確認する。ドラマが始まる夜九時までは、まだ幾らかの時間が有った。
 賭けが纏まるまでには時間が掛かるとみた史は、お茶の用意をするべく厨房へと足を向けようとしたところで、手に持っていた差し入れのことを思い出した。

「千歳お姉さま、こちらは奥さまからの差し入れでございます」
「えっ、お母さんから? 何だろ」


 史から千歳へと渡された紙袋に、新聞を見ていた薫子たちの視線が移る。

「どれどれ〜……あっ、サルミアッキだ!」

 紙袋を開けて中を確認した千歳は、嬉しそうな声と共に、それを食卓の上へと置いた。
 サルミアッキ。北欧諸国で食べられている食材で、飴やジャム、酒の中などにも入れられている。千歳が食卓に置いたのは、チョコの中にサルミアッキのジャムが入っているものだった。
 何人かが物珍しそうに、そして残る人間は眉を顰めて、それを眺める。

「え、何? アルミサッシ?」
「もう、薫子ったら……全然違うわよ。サ・ル・ミ・アッ・キ、よ。アルミサッシなんて差し入れてどうするの」
「う、ちょ、ちょっと聞き間違えただけだよ、香織理さんの意地悪……」
「ねえねえ史、食べても良いかな?」
「……一つだけです」
「は〜い」


 千歳にとっては祖母の味でもあるサルミアッキ。パッケージを開いてチョコを取り出した千歳は、嬉しそうにそれを口の中に放り込んだ。
 あ……という誰かの呟きが聞こえた。千歳は子供の頃から食べているので大変美味しく頂けるが、実際のところ日本人の舌には全く向かない味なのだ。
 その名前すら知らなかった薫子は、興味深そうに千歳に尋ねる。

「ねえ千歳、それ美味しい?」
「うん」
「うわあ……流石は千歳お姉さまと云うべきなんでしょうか……」


 戦慄の面持ちで千歳を眺める陽向の口から、そんな言葉が洩れる。

「……? どう云うこと、陽向ちゃん?」
「……薫子も、それを食べてみれば分かると思うわよ」
「そう? ……ねえ千歳、あたしも一つ貰って良いかな」
「良いよ〜。他にも欲しい人は居る?」
「……はい」


 千歳の問い掛けに、優雨がそっと手を上げた。次の瞬間。

「だ、駄目だよ優雨ちゃん。あれは優雨ちゃんにはまだ早いの。すっごく大人の味なんだよ!」

 初音が優雨の手を抱え込むようにして、その手を下ろさせた。他には誰も手を上げる人間が居ない。あの陽向でさえも……。
 そこで漸く薫子も、もしかするとコレは、まともな物ではなく罰ゲーム的な何かなのだろうかと思い至った。

「……み、みんなはコレ、食べたことがあるの?」
「ええ、一応」
「お父さんがお土産で買ってきてくれました」
「……食べたとは云えないけれど、舐めたことなら」


 香織理や初音、沙世子、陽向。そして寮監の緋紗子までもが、重苦しい顔で頷いた。

「……まあ、まだ知らないのなら、一度くらいは食べてみなさい。いい話の種になるわよ」
「……ゴクリ」


 そんなことを云われて、はいそうですかと頷けるわけもない……が、千歳は美味しそうに食べている。
 デザート作りの腕前を見れば、千歳が味音痴でないことは分かる。なら何とかなるだろう……一縷の望みを賭けて、薫子はソレを口の中に放り込んだ。

「……ん、まあ、普通に食べられるかな……チョコなのに塩味っぽい……っ!?」

 モグモグと口を動かした薫子は、少し拍子抜けした感じで感想を述べ……次の瞬間には食堂の扉を開けてダッシュで廊下を走っていった。

「……あ〜、やっちゃいましたか。チョコに入ってる奴は初心者向けだって聞いたことはあるんですが……」
「舌でジャムの味を確認しないのが、美味しく食べるコツよ」
「緋紗子先生、そこまで知っているなら教えてあげても良かったんじゃ……?」
「あら、だって大人の味なんでしょう?」


 初音の問い掛けににっこりと笑って返事をした緋紗子は、トイレから戻って来た薫子に薄荷の飴をそっと握らせたのだった。





 後日、千歳と一緒にサルミアッキを食べている優雨を見た初音は、自分も一緒に食べるべきか真剣に悩んだという。





**********

 北欧ならサルミアッキ。千早の祖母が北欧の人なら、原作でコレのネタが有っても良かったんじゃないかなあと思う今日この頃。
 しかし、現地人の前でコレを貶してはいけませんよ。

 話に良く出てくるのは、アンモニアだとかゴムっぽいとかそういうものですが、確かにその通りだと思います。
 なんて言うんでしょう、塩化ビニールっぽい?


 次は千早とか沙世子とか色々なお話。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
随分と遅れました。
仕事の休憩中に読んで癒されてたところです。
PC版もしたいのですがなかなか時間が取れず…。
では報告から

・雅楽乃の問いに一泊置いてから→雅楽乃の問いに一拍置いてから
・祭の思い出と云うものになる。結局のところ、自分たちはもっと祭りを楽しみたいのだ→「まつり」を「祭」か「祭り」かに
・温室に来る人は花を見る来る人なのだから→温室に来る人は花を見に来る人なのだから
・お茶の用をするべく厨房へと足を向けようとした→お茶の用意をするべく厨房へと足を向けようとした


確かに北欧ネタが無かったのは寂しいですよね。
千早が何か北欧のデザートを出す場面も見てみたかったです。
祖母に会ったことがあるのかも分からないんですがね。

ではまた次を読みに来ます。
Leon
2012/05/05 21:37
Leonさん、こんばんは。
誤字報告、ありがとうございます。

原作の千早は食の知識が凄かったので、多分こういった色物系のものも食べたと思うんですが、どうでしょうかね?
PSP版でも、優雨&初音の夏休みルートでは、チーズの種類が豊富だということではしゃいでいたようですし。まあ、サルミアッキは食材ではないので微妙でしょうが。
他に北欧ネタと言うと、ヘラジカ(エルク)とか、ムーミンとか、サンタクロースとか……。
まあ、どれも話に絡めるのは難しいので無しですかね〜。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2012/05/14 22:00
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