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zoom RSS 妃宮さんの中の人 7-3

<<   作成日時 : 2012/03/31 01:35   >>

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 ……微妙。

 どうして私はプロット通りに書けないのだろうか……。





**********





 みなさんこんにちは、七々原薫子です。
 あたしは今、講堂の更衣室で演劇用の舞台衣装に身を通しているところです。……はぁ。

「薫子さん、何をぶつぶつ云ってるの?」
「ああ、いや、何と云うかね……自分の姿に落ち込んでいたところなのですよ」
「そう? 良く似合っているけれど」


 舞台衣装の監修をしている沙也香さんは、男装をしているあたしを見て嬉しそうに笑う。
 そりゃまあ、脚本や演出を担当する側としては嬉しいんだろうけれどさ、素で男装出来るあたしとしてはちょっと複雑な気分なのだよ。さらしで胸を押さえたりしてないのに……ちくしょう。
 あたしの衣装はどんな物かと云うと、つば広帽子に革の上下、革のブーツと云うものだ。
 三銃士では、この上に銃士隊であることを示すコートを着たりもするのだけれど、演劇の中のダルタニャンたちは隠密行動でイギリスに行くので、銃士隊のコートは着ないんだよね。

「薫子さんはサーベルの扱い方も分かるだろうから、自分で微調整出来るわよね」

 鏡台の前で服装をチェックしていたあたしの前に、沙也香さんが一抱えの箱を持ってくる。中身を覗き込むと剣帯とサーベル、つまり三銃士の武器だった。三銃士とは云うものの、演劇の中ではマスケット銃なんて使わないのだ。
 あたしは幅広の帯を両手で持ち上げてみるけれど……さて困った。

「微調整って云うけどさ、あたしは剣帯なんか使ったこと無いよ」

 剣帯は長さを調節して、サーベルを抜きやすい位置に合わせるのだけれど……剣道は云うに及ばず、フェンシングだって剣帯なんか使わない。

「そうなの?」
「そうだよ」


 取り合えず肩から襷掛けにして長さを調節してみるけれど……何か、サーベルがぶらぶらして安定しない。これが侍の刀の場合なら、腰帯に差して固定するから確りするんだけれど。

「う〜ん、スラッとサーベルを抜けないと格好悪いわよね。何か考えなきゃ」

 その辺りのことは演出担当に任せるとして……ふと、鏡に映るあたしの向こう側――つまりあたしの後ろ――から千歳が歩いてくるのが見えた。

「おお、千歳も中々似合ってるじゃん」
「えへへ〜、そうかな?」


 鏡台の前を千歳に譲り、服装をチェックし始めた姿を後ろから眺める。元々が男と云うイメージの所為か、それともその銀髪がそう見せているのか……ファンタジー映画に出てくるような格好良い剣士様だね。

「う〜、でも、髪の毛はどうしようか? 沙也香ちゃん」
「えっ? そうね……リボンはまずいから、紐で纏めてみましょうか」


 千歳のちょっと癖のある髪を手に取って、幅広の紐で束ねていく沙也香さん。ふわっとした千歳の髪を、紐で螺旋状に巻いて長いお下げみたいにしていた。
 あ〜、アクションシーンが有るからあたしも髪を纏めなきゃ駄目だね。小道具の箱の中から適当な紐を見繕って……あたしはどうするか。首の後ろと髪の先端辺りで纏めるかな。

「お待たせ。私も準備出来たよ」
「革のジャケットも皮のズボンも初めてです。どこか変じゃないかなあ?」
「お、茉清さんに初音も着替え終わったか。どう?」


 背後からの声に振り向いたあたしは、茉清さんと初音の姿を確認した。
 初音は……なんだろう、ロックバンド初心者みたいだ。ポルトスは三銃士の中で一番見栄っ張りという役柄なので、あたしたちの衣装よりも皮のジャケットが派手なのだ。
 普段はアップしてる髪を下ろして、革の上下と云うワイルドな格好なんだけど……優しさが顔から滲み出ていると云うか……でもその表情が、心優しき力持ちのポルトス役としては良い感じかもしれない。
 そしてもう一人の茉清さんだけど……。

「茉清さん、それ、抵抗無いの?」
「ん?」


 あたしの言葉が理解出来なかったのか。茉清さんが首を傾げる。
 いや、参ったね。結構似合ってるだけに何とも云い難いんだけど……アトスは三銃士の最年長だし、アニメでも確かにコレが有ったけれど……。

「……ああ、もしかしてコレかい? まあ、良いんじゃないかな」

 あたしがどこを見ているのか分かったんだろう。茉清さんが、自分の鼻の下――そこにある付け髭を撫で付けた。
 うん、ごめん桂花さん。付け髭の需要、有りましたよ。しかも格好良いよ。……何となく負けた気分になるな。

「どれどれ……初音さんに茉清さん、二人とも良い感じだわ」
「そ、そうかな? えへへっ」


 もじもじと身を捩る初音は、妙に浮かれていた。初音は威厳のある格好良いお姉さまになりたいと思ってるから、男装が似合うと云われて嬉しいのかもしれない。
 いや、別に男っぽい感じなら威厳が有るわけじゃないよ? あたしに威厳なんて無いし。

「じゃあ、三人とも薫子さんを参考にして、サーベルを下げてみてね。あ、アトス役の茉清さんは二刀使いだから両方で」
「あれ、どちらの手でも剣を使えるだけであって、二本は使っていなかったと思うけど……」
「見た目重視!」


 沙也香さんがきっぱりと云い切り、茉清さんが苦笑した。そもそも二刀流って、見た目ほど格好良くないんだけどなあ。刀って重いから、両手でそれぞれ持つと上段に構えることが出来ないし。
 ……まあ今は時間が無いし、そういう諸々は後にしよう。通し稽古を済ませれば問題も出てるだろうし、その時に色々直せば良いや。





 短い廊下を抜けて講堂の扉を開けると、舞台袖の奥まったところへと出る。
 トイレやら二階の設備室(照明や放送器具のある部屋)へ向かう階段があったりして、人口密度の高いところだ。だから当然、こっそりと侵入した心算のあたしたちはあっさりと見付かって、超音波の洗礼を受けた。

「きゃ〜! お姉さま方、素敵です!」
「間近でこの御姿を見られるのは、クラスメイトの特権ですわね!」
「うっ……君たち、この春からこっち、あたしたちの姿なんていい加減見慣れたでしょうに」


 もう少し大人しく出来ないのかね。これ見よがしに溜め息を吐いて肩を落とすと。

「それとこれとは話が別ですわ!」
「さよですか……」


 やれやれ。ほら、君たちの後ろで演劇部の怖いお姉さんが睨んでるよ。
 集まってきたみんなを、千歳たちと協力して向こうへと追い出す。こんな狭い舞台袖に集まってきちゃ駄目でしょ。ほらほら、サッサと仕事に戻らないと時間が無いよ?
 渋々といった感じでみんなが散っていくと、あたしたちが入ってきた扉が再度開かれ、聞き慣れた声が響いた。

「ちょっと、壁越しに廊下まで声が聞こえてきたわよ? あまり煩いとシスターや先生に怒られちゃうわ」
「お、沙世子さんも着替え終わったん――」
「……何?」


 振り返ったあたしが言葉の途中で動きを止めたからか、沙世子さんが腕で身体を隠すようにした。
 いや、なんて云うか。沙世子さんが着るミレディーの衣装は気になってたけど……。

「……一瞬誰だか分からなかったよ」
「わぁ……沙世ちゃん、似合ってるよ」
「そ、そう?」
「うんうん、沙世子ちゃん美人!」
「ふむ……眼鏡が無いと印象が変わるね」


 あたしが体育祭で着たようなドレス姿で、ウィッグは腰まで届く長いもの。更に沙世子さんのトレードマークみたいな眼鏡が無い。茉清さん程に眼が悪いわけじゃないので、眼鏡無しでも舞台に立てるって云ってたけれど……。
 いや、ホントに誰よ。別人だよ……沙世子さんって美人だったんだね。

「……ちょっと、聞こえたわよ」

 あ……ヤバイ。

「さ……さあ、時間も無いことだし、早く練習を始めようか!」
「ふふっ……駄目だよ、薫子ちゃん。ちゃんと褒めてあげないと」
「いいわよ、初音。お世辞で褒められても嬉しくないもの」
「薫子ちゃんは『つんでれ』だから、素直に褒められないんだよね〜」


 ええい、あたしは別に自分よりもドレスが似合ってそうだとか、女らしい格好が出来て羨ましいとかじゃないんだぞ!

「ほら、玲香さんが待ってるんだから行くよ」

 あたしを先頭にして舞台袖から出て、客席側の一番手前で立っている玲香さんの元へと歩み寄る。
 玲香さんは腕を組んで、舞台上の道具の配置などを監視していた。時たま演劇用語混じりの指示を出している。どうやら演劇部からも人員を出してくれているみたいだ。

「玲香さん、着替えは終わったわ」
「ご苦労様です、お姉さま方……ん」


 あたしたちを見た玲香さんは軽く頷いて、あたしたちを一人ずつ一周して衣装の様子を確認する。たまに手が伸びて細々としたところを直していく。
 う〜ん、プロだ……思わず背筋が伸びちゃうな。

「まあ、今出来る手直しはこれくらいかしら。ゲネプロの時にはもう少し着こなしてもらわないとね。立ち回りの時にもたつかない程度には」
「ゲネプロ?」
「あ……っと、本番同様の舞台稽古のことです」


 あたしたちに演劇用語で話されても意味が分からないって気が付いたのか、初音の問い掛けに対して玲香さんが云い直した。
 あたしはお姉さまが色々と教えてくれた関係で、素人より多少はマシって程度だけど意味は分かる。
 要するに玲香さんは、アクションシーンの時に衣装で動きを止めないように、動く練習をしてきてくれってことなんだろう。

「確かに、着慣れない衣装で動くのは疲れるからね。ズボンって意外と足が突っ張ったりするし」
「そうだよね……着替えてからここに移動するまで、ちょっと動き難かったかな。革のズボンってこんなに硬いんだ……」


 そう、千歳の云うとおり。そもそも防具の役目もあるジャケットとズボンなので、普通の服みたいには着れないのだ。

「新品じゃないだけマシです。革は使い込むと柔らかくなりますから。むしろみなさんの方が革の衣装に馴染むかどうかが心配です」

 うわ、やっぱり玲香さんってば容赦無いな。
 革のジャケットが使い込まれた年代物の雰囲気だと、着ている側がぎこちないと余計に目立つからね。こう、如何にも「先輩のお古を着ている新米剣士」みたいな感じになっちゃう。
 千歳は田舎から出てきたダルタニャンだけど、あたしたち三銃士はそれなりにベテランなんだから、確り着こなさないといけない。

「沙世子お姉さまに関しては……兎に角、足元周りに注意ですね。最後の立ち回りではその格好で動き回るんですから」
「ええ。善処するわ」
「沙世子さんは早着替えも有るから、実は一番大変なのよね。頑張ってね?」


 沙世子さんが、沙也香さんの人事みたいな声援に眉を顰める。ミレディーは最初と最後がこのドレスで、途中のシーンでは旅装に変わるからだ。
 一々更衣室に着替えに戻る時間なんて無いので、舞台袖で着替えることになるんだけど、沙世子さんを説得するのは大変だった……。
 最終的に、着替える時は数人でカーテンを持って沙世子さんを囲うことになったけど……あたしなんか舞台の上で半分服を脱ぐってのに、そんなことで恥ずかしがってどうする。

「人前で脱ぐのが嫌なのよ。薫子さんは平気みたいだけど……」
「別にあたしだって好きでそうするわけじゃないよ。それじゃあたしが露出狂みたいじゃない」
「はいはい、お姉さま方、一度決まったことで文句を云わないで下さい。練習を始めますよ!」


 おおっと。これ以上グダグダしてると玲香さんの雷が落ちそうだ。サッサと準備しなきゃ!





「〔時は十七世紀、フランス王国はルイ十三世の治世下。ガスコーニュの田舎町にダルタニャンと云う貴族が居ました〕」

 ナレーション役の聖さんがゆっくりと説明を始めると、舞台奥からのライトが千歳=ダルタニャンを照らし、紗幕に人影を映し出す。客席から見ると、影絵劇を見るような感じになっているはずだ。

「〔貴族とは名ばかりのダルタニャン。父親の代にはすっかり落ちぶれてしまっていた家を立て直す為、銃士となって出世することを夢見て剣の修行をします〕」
「ボクはきっと、銃士になってみせるぞ!」


 ダルタニャンの掛け声と共に師匠役の子が舞台袖から姿を現し、剣の稽古を始めた。暫く影絵でチャンバラを続けた後、師匠役が舞台袖へと戻っていく。

「〔やがて、剣の師匠から紹介状を貰ったダルタニャンは、それを懐に大事に仕舞いこんで、愛馬のロシナンテと共にパリへと旅立ちました〕」

 目立つ大きさの封筒(紹介状)を頭上に掲げるダルタニャン。厚紙で作った馬がカッポカッポという効果音と共に脇から出てくると、ダルタニャンは手綱に当たる部分を持って舞台の袖へと捌けて行く。
 馬や、イギリスに渡るときの船など、舞台上で再現するのが難しいものを影絵にしてしまおうというのは、沙也香さんが考えた演出だ。
 時間の限られた舞台で全ての場面を演じることは出来ないので、さして重要ではない場面では、こうして影絵のように舞台を演出するんだそうな。

「〔さて、花の都のパリへと遣って来たダルタニャン。彼は銃士隊の詰め所を探して町を歩き、やがて一つの建物に辿り着きます〕」
「よし、ここで間違いないな。失礼しま〜す!」


 おおっと、もうあたしたちの出番だ。気を引き締めなきゃ。
 紗幕がスルスルと上がっていくと、そこに展開されているのは銃士隊の詰め所の内部。あたし=アラミスと初音=ポルトスはテーブルに着いていて、昼間からワインを飲んでいる。
 ちなみにあたしは両脇に女の人を侍らせていたりする。アラミスは女好きのプレイボーイという役回りだからだ。これは勿論、自分が女性であることを隠す為の偽装なんだけど。

「ここは、銃士隊の詰め所で間違いありませんか?」

 昼間っから酒を飲んでいるあたしたちを見た千歳が、眉を顰めながら尋ねてくる。それに答えるのは初音だ。

「やあ、少年。確かにここは銃士隊の詰め所だ。どうかしたかね?」
「そうですか。ボクは銃士になる為にやって来ました、ダルタニャンと云います」


 それを聞いたあたしと初音は、お互いの顔を見合った後に大きく笑う。

「はっはっは。おい少年、銃士はなりたいからと云って簡単になれるものではないんだぞ?」
「そうだそうだ。少しは勉強してきたまえ」


 ワイングラスを片手に笑うあたしたちを見て、千歳が頭に血を上らせるのは当然のこと。むっとした顔をした後で、やれやれと肩を竦めてみせた。

「あんたたちのような人では話にならないな。お〜い! 誰か居ませんか〜!」

 口元に手を当てて大声で人を呼ぶ千歳。それに合わせて、舞台袖から茉清さん=アトスが姿を現す。

「なんだい、騒々しい。……おや、お客さんか?」
「ああ、話の通じそうな人で良かった。ボクはダルタニャン、銃士になる為に来ました。ここに紹介状も有ります」


 茉清さんの姿を見た千歳は、懐から紹介状を取り出して茉清さんへと渡す。茉清さんはそれをチラリと見たものの、中身の確認をせずにそのまま千歳へと返した。

「悪いが、今は新入隊員を取っていないのだ。銃士隊はリシュリュー枢機卿の護衛隊と予算の取り合いをしている為に、新入隊員を雇う余裕は無いのだよ」
「そ、そんな。やっとパリまでやって来たのに」
「そうは云われてもな……」


 やれやれと肩を竦める茉清さんと、大事に携えてきた紹介状を読まれもせずに突き返され、気落ちした千歳。そしてそんな千歳を見て笑うあたしと初音。
 その笑い声を聞いた千歳は、あたしたちに向かって啖呵を切った。

「何を笑ってるんだ。大体あんたたちは一体何なんだ?」
「見て分からないのか? ご覧の通りの銃士だよ」
「銃士? 昼間っから派手な服を着て酒を飲んだり、女を侍らせているような人間が?」


 千歳は鼻で笑うと、あたしたちを指差しながら茉清さんに向かって叫んだ。

「そこに居る半端な銃士崩れに比べれば、ボクの方が役に立ちます。一人分の給料で二人分の働きをしてみせますよ!」

 シンと静まる舞台上。ガタガタと椅子の音を立てて立ち上がるあたしたちに、侍っていた女の子たちが舞台袖へと逃げていく。

「中々面白いことを云うじゃないか、少年」
「待て待てアラミス。きっとこの少年は緊張して、自分でも分からないことを云ってしまったのさ」
「何だ、酒を飲んでいて良く聞こえなかったのか? ならもう一度云ってやる」


 胸を反らした千歳が、あたしと初音をそれぞれ指差して、もう一度鼻で笑った。

「女の口説き方や酒の飲み方しか学んだことのない銃士なんか、ボクに勝てるわけが無い!」
「……どうやら云い間違いでは無かったようだ」
「そこまで云ったんだ、覚悟は良いか、少年」


 あたしと初音がサーベルの柄に手を掛けると、千歳も腰を落として同じように構えた。このままサーベルを抜けば決闘が始まる――そんなあたしたちの間に茉清さんが割り込んで、掌を両方に突き出した。

「止さないか。詰め所を血で汚す気か?」
「しかし、アトス。ここまで云われて黙っていられるか!」
「それはボクも同じだ!」
「ええい、それでもここで闘おうとするんじゃない。場所と時間を変えて決闘をすれば良かろう!」


 茉清さんがあたしたち三人を順番に睨みつけながら云うと、あたしたちは渋々とサーベルから手を離した。

「時間は明日の正午、場所はこの詰め所の裏の練兵場だ。あそこは昔から、血の気の多い奴等が決闘をするのに使っているからな」
「場所は良いが、何故明日まで待たなきゃいけないんだ?」


 首を傾げた千歳が茉清さんに尋ねる。

「時間を置いて頭を冷やす為……そして、遺書を書く時間を与える為さ」
「……」


 遺書と云う言葉を聞いてむっつりと黙る千歳。そんな千歳を挑発する為に、あたしはニヤリと笑って声を掛ける。

「怖くなったのなら逃げても良いんだぞ。私の名はアラミス、そしてこっちはポルトス。どちらもそれなりに名前の知られた銃士だからな」
「む……」
「ははは、相手の名前も確かめずに決闘をふっかけたのは拙かったんじゃないのか、少年」
「くっ……云っていろ。そっちこそ、明日になってから謝っても遅いからな!」


 肩を怒らせて詰め所を出て行く千歳。そんな千歳の背中に向かって笑い声を浴びせるあたしと初音。

「〔こうして、売り言葉に買い言葉、ダルタニャンはアラミス・ポルトスの二人と決闘をすることになったのです〕」

 聖さんの声に被せるようにして、紗幕がするすると下りてくる。
 一組の机と椅子が用意され、そこに千歳が腰掛けたところで、舞台奥から照明が当たる。客席側からは、千歳が机に向かって何かを書いている(遺書だけど)影絵が見えることだろう。
 その間にあたしたちは慌ててセットを移動して、決闘場所の背景である石組みの壁の書き割りを引き出してくる――





「はい、そこまで!」

 玲香さんの凛とした声が響いて、あたしたちは動きを止めた。どこからとも無く深い息が漏れて、それが合図となってみんなが動き始める。
 細々とした指摘を受けながら、それでもやり直したりすること無く最後まで演じ終えた。ふう……演劇ってこんなに疲れるんだ。エネルギーが空っぽって感じだよ。
 奏お姉さまはやっぱり凄かったんだなあ。小さな身体で舞台を駆け回って、出ずっぱりで最後まで演じるんだから。

「初めて通しで演じたにしては、中々に上手く纏まっていたわね」
「え、本当? 良かった〜」
「勿論、素人にしてはと云う言葉が付きますが」


 舞台に上がってきた玲香さんの言葉に嬉しそうな顔をした初音だけど、すぐさま返された言葉にガックリと肩を落とした。まあ、レベルの高い演劇部と比べちゃ酷ってもんだろうけどさ。

「私としては、エルダーのお姉さま方が想像よりも良く演じてくださったので、胸を撫で下ろしているところですけれど」
「あれ、そう? 褒めて落とすのは無しだよ?」
「薫子お姉さまに関しては、奏さまからお話を聞いていましたから」


 え、そうなの? うわあ、お姉さまってばあたしをどんな風に云っていたんだろう。今になってお姉さまの評価が出てくるとか、勘弁して欲しいんですけど……何でニヤニヤ笑ってるの、玲香さん?

「まあ、恋する乙女の演技としては今一つでしたけど、そこは男装の麗人であるアラミスですから、少々がさつなぐらいでも良いかと」
「ぐっ……がさつで悪かったわね」


 おのれ、やっぱり落としたな! 駄目だって云ったのに……これでも気にしてるんだから、がさつとか云わないでよ……ぐすん。

「ふふっ……薫子お姉さま、ラブシーンの演技は自分の恋心を如何に表に出すかが勝負ですよ? まあ、これは沙世子お姉さまにも云えることですが」

 むう、以前の練習の時にも似たようなことを云われたけれど……そんなことを指摘されても困るよ。

「千歳お姉さまも、奔放なダルタニャンの演技が良かったです。……どこかで、男の子の演技をしたことがお有りですか?」
「えっ!? えっと、私は弟が居るから……」


 ビクッとした千歳がシドロモドロに誤魔化してる。
 文字通りの一心同体だからなんて説明できる訳もなし、挙動不審だと却って怪しいぞ。……まあ、アレだけのヒントで真実に辿り着けたら、名探偵なんてレベルじゃないけどね。

「ふ〜……それにしても、革の衣装と云うのは、熱いね」
「そうだね……アクションシーンでは全力で動き回るし、汗びっしょりだよ」


 あたしは茉清さんの言葉に同視すると、ちょっと行儀悪く胸元を開けて手でパタパタと風を送る。革って通気性が無いからなあ。

「……薫子さんたちもそうでしょうけれど、私だって大変だったわよ?」
「あ、沙世ちゃん。沙世ちゃんもお疲れさま」


 舞台袖に下がっていた沙世子さんが、何枚かのタオルを持ってあたしたちの所にやって来た。あたしたちはそれを遠慮なく受け取って、首周りの汗などを拭いていく。

「沙世子さん、ドレスだもんね。コルセットがキツイでしょ?」
「ええ……」


 神妙に頷く沙世子さん。沙世子さんはドレス姿のままで千歳との最終決戦が有るからね。
 原作と展開の違うこの演劇では、イギリス軍の支配下にあるラ・ロシェルに逃げ込んだミレディーを追って、ダルタニャンと三銃士がラ・ロシェルを包囲している味方の力を借りて町に潜入。
 アトスたちが味方を町へと突入させる隙を突いて、ミレディーからネックレスを取り返すと云うストーリーだ。
 最終的にダルタニャンはミレディーを倒すわけだけど、告白してきた彼女を殺すことが出来ないダルタニャンは、その髪の毛を切って倒したことの証明とするのだ。
 沙世子さんが長いウィッグを着けているのはそれが理由なんだよね。元々が肩までの長さしかない髪だから、ウィッグを取ることで「髪を切られた」と見せることが出来るというわけだ。
 こういうところまで確りと考えて演出するんだから、玲香さんも沙也香さんも大したもんだよ。

「さて、後はみなさんで各自に練習をして、演技の完成度を高めて頂きます。ゲネプロでは実際に客――演劇内容のチェックをする先生方ですが――もいらっしゃるので、本番だと思って行動してください」
「はい、分かりました。玲香ちゃん、今日はお疲れ様でした」


 玲香さんの締めの言葉に、初音がみんなの代表として返事をする。玲香さんは軽く微笑むと、舞台周りの小道具を片付けている演劇部の子たちに指示をする為に歩いていった。

「あの様子だと、私たちの演技はそれなりに納得してもらえたみたいね」
「そうだね。まあ、だからと云って気を抜けるわけじゃないんだけど」
「玲香ちゃんの云うように自主練習あるのみ! よ〜しみんな、御飯を食べ終わったら練習だよ!」
「お〜!」
「千歳も初音も元気だね……」
「本当……ちょっと羨ましいわ」






「ミレディー、この裏切り者め!」
「それは見解の相違と云うものよ」
「待て、逃げるな!」
「アラミス、ここはボクがミレディーを追う。君は町の門を開けて味方を中に導いてくれ」


 夕食が終わった後、あたしたちはお風呂の順番待ちをしながら、食堂で台本の読み合わせをしていた。
 初音も練習に参加したがっていたんだけれど、どうやら疲労のピークに達しているらしく、食事しながら眠りそうになっていた。
 今は優雨ちゃんとサポートの史ちゃんを入れて、三人でお風呂に入っているところだ。放っておくと湯船の中で眠っちゃって溺れかねないから。
 そんな訳で、食堂に居るのはあたしと沙世子さん、千歳、それ以外の役の台詞を任されている香織理さんと陽向ちゃんだ。

「……しかし、二人とも普通に上手いね。何で?」

 お茶を飲んで一息吐きながら、疑問に思ったことを聞く。陽向ちゃんは色々とアニメとか見ているようだから、研究とかしているのかな?

「ふふふ……女に秘密はツキモノなのですよ、薫子お姉さま」
「この阿呆の子の戯言は放っておくとして……私は普通に経験が有るからよ」


 ああ、玲香さん関係か。……思えば、随分な早とちりで喧嘩したもんだよなあ。まあ、あたしだって似たような理由でお姉さまのファンから喧嘩を売られたんだけど。
 ふと香織理さんの顔を見ると、あたしのように苦笑していた。同じことを思い出してるのかな?

「……こうなってしまうと、去年の創造祭で生徒会の演劇を出来なかったのが残念よね……経験が有れば、少しは余裕も出来たのに」
「去年は演劇しなかったって薫子ちゃんが云ってたけど、じゃあ何をしたの?」
「あれ、云わなかったっけ。放送部のイベントに参加したんだよ」


 あたしは院内放送のパーソナリティとして出演したことなどを、千歳や陽向ちゃんに説明する。お昼の放送を使ったミニドラマとか、声だけの演技ならあたしや沙世子さんも経験があるのだ。

「まあ、あれもある意味では演技だったけど……舞台とはまた別物だもの」
「そうだね。沙世子さんも大変だったでしょ?」
「……ええ。あの時ほど姉さんの頭を殴りたくなったことは無かったわね」


 怖っ! 可奈子さんへの確執はその頃には無くなってたんでしょ!? え、それとこれとは話が別ですか?
 そんなこんなを話しながら打ち合わせをしていると、食堂の扉がそっと開いて史ちゃんが顔を出した。

「みなさま、お風呂が空きました」
「ありがと史。……初音ちゃんはどうしたの?」
「……ええと……今日は優雨さん成分を補給すると云うことで、ご一緒にお休みになるそうです」


 無表情な中に若干の戸惑いを含ませながら、史ちゃんが答える。

「ふふっ……ま、初音も色々と大変なのだし、それくらいは良いのではないかしら? ……薫子、貴女たちも先に入っていらっしゃいな。私と陽向は最後で良いから」
「そう? それじゃお言葉に甘えますか」





「ふい〜っ……疲れが染み出ていく……」
「薫子さん、ちょっと親爺っぽいわよ?」
「だって事実だもん」


 お風呂は良いね。人類の生み出した文化の極みだよ……そう云えば、ここまでお風呂好きな人種は日本人と古代ローマ人ぐらいだって誰かが云ってたな。
 あたしに親爺っぽいとか云った沙世子さんも、肩まで湯に浸かって気の抜けた顔をしている。
 ……しかし何だ、エルダー選挙が有ったあの頃には、沙世子さんとこうしてお風呂に入るなんて思いもよらなかったよね。全く、何がどう変わるかなんて分からないものだ。

「慣れない筋肉を使ったせいかあちこちが痛いわ。全然気にしてなかったけれど、やっぱり運動不足かしら……」
「あはは、沙世子ちゃんも初音ちゃんみたいなこと云ってる」
「えっ?」
「初音も良く体重計で悩んでるもんね。夕食の後にランニングでもすれば効果的なんだけど」


 本格的に生徒会業務に携わるようになった去年の冬、ある日お風呂場から初音の悲鳴が聞こえたと思ったら――

「――体重計に乗って青くなってる初音が居た、と」
「そ、そう……そう云えば、確かに去年の二学期の終わり頃、初音の様子がおかしかったものね」


 うん、まあ実際はあたしと香織理さんの喧嘩とか、色々なことが集中した結果なんだろうけどね。初音が本気でキレるととんでもないことになると、身をもって知ったのだ……。

「ところで薫子さんと千歳さんは、台詞を全部覚えられそう? 主役だけあって、かなり多いけれど」
「私はもう全部覚えてるよ。暗記は得意だもん」
「くっ……元々のスペックが良い奴は云うことが違う……」
「薫子ちゃんはまだ駄目?」


 ん〜……何と云うか、覚えられる場面と覚えられない場面があるんだよなあ。台詞に気が乗らないと云うか、何でそういう台詞なのか分からないと云うか……。

「感情を籠めるって云うけどさ、その籠めるものがどんなものか分からないと、台詞そのものも覚え難いんだよね」
「……まあ、何となく云いたいことは分かるわ」
「覚えられるまで只管に練習だね。結局のところ、それしか方法は無いんだし」


 しかし、ラブシーンの練習って云われても困るよね。そもそもあたしは恋と云うものも良く分からんのだし。……何時だかの冬の夜、奏お姉さまとそんな話をしたっけ。

「人を好きになるってことは、自分を好きになって貰おうとすることとイコール、かぁ……」
「何、それ?」
「……恋愛の勘所?」
「……意味が分からないわ」


 うん、私もだよ。
 家が男所帯だから異性と接する機会は沢山あったわけだけど……うちの男衆に恋をするとか有り得ないしね。……他に身近な男と云えば。

「ん? ど〜したの薫子ちゃん?」
「いや、何でもない」


 ……。
 ……。
 ……やっぱ無いわ。




**********

 玲香が薫子たちを呼ぶ時に「お姉さま」が付く時と付かない時がありますが、これは仕様です。
 演技指導に熱が入ると、上級生とか関係無くなる人なのです。

 

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
3月末でも、意外と速いペースの更新ですね。
という訳でこんばんは。
私ばっかりコメントしているのがまずいかな、と思って、少し控えて居ました。
決して、大航海時代オンラインを始めて時間が無いわけでは…。

しかし、今回ほど絵が欲しいと思う事は無いですね。
見たいですよね…付け髭の茉清さん(そこか)

しかし、以前書いていた、薫子と香織理とのネタ、ちらっと出てきましたね。
少しもったいないような。
その後にあった初音とか、奏の部分も含めて、ちょっと見てみたいですね。

しかし、標準が千歳になると、確かに、薫子に限らず恋になりそうもないですね。
…いいのか悪いのか。
えるうっど
2012/04/01 09:25
えるうっどさん、こんばんは。

ネットゲームなら仕方が無いです(笑)
いや、私も執筆作業に影響が出るから笑い事ではないのですが。

>茉清
自分でも見てみたいとは思いますね。王子様と言われているくらいですから、似合うのではないかと(笑)
>薫子と香織理
実はこれ、例のおとボク2コンテストの時の没案です。長すぎるのでプロットだけ書いてぽしゃってます。
GA文庫版の小説4巻の内容によっては、日の目を見る可能性もあるかもしれません。
小説はPSPほどの規制は無い筈ですから、香織理の話も書けると思うのですが……どうなのかな?

>恋
この話では、薫子→千早の印象ってあまり良くないですからね。原作で男バレした後くらいの感じですから。まあ仕方が無い、みたいな。
じゃあタイトルはどういう意味かって言えば……ネタバレなのであしからず(笑)

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2012/04/01 23:13
随分とお久しぶりです。
久しぶりに読むとやはり「おとボク」って良いなって思いました。
時間があればPC版をやりたいところです。

報告です。

・鏡に映るあたしの向こう側、――つまりあたしの後ろ――から→鏡に映るあたしの向こう側――つまりあたしの後ろ――から(以前は読点はつけてなかった、と思いまして…)
・初音=ポルトスはテーブルに付いていて→初音=ポルトスはテーブルに着いていて

王子様の付け髭も見たいですけど、個人的には初音の皮のジャケット姿の方が見たいです!
お姫様のような私服ですからギャップがかなりありそうで。


暑い日が続きますが熱中症に気をつけて執筆頑張ってください。
Leon
2012/08/16 15:24
Leonさん、こんばんは。

いつも誤字の報告、有難うございます。大変助かっております。

>髭とジャケット
おとボク2は作品規模の割りに絵的なものが少ないような気がしますから(小説作品は増えましたけどね)想像するしかないのが残念なところです。
絵心が有れば自分で書くんですけどね〜。多分、私は作中の初音のように下手っぴいだと思いますので(笑)

盆休みを使っても同じペースでしか書けていない……とりあえず最新話が上がりましたので宜しければご覧下さい。

では、またお越し下さいませ。
A-O-TAKE
2012/08/16 23:24
妃宮さんの中の人 7-3 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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