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zoom RSS 妃宮さんの中の人 7-エピローグ

<<   作成日時 : 2012/06/17 23:02   >>

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 遅れました〜。

 どうもね、薫子の感情変化が……。



**********



 あたしは本校舎の中を歩き回って、顔を出していなかったクラスを順番に覗いていく。
 傾いた日が教室の中を照らす時間帯になると、賑やかだった創造祭も人の動きが少なくなっているみたいだね。午前中は引く手数多だったエルダーだけど、今の時間だと客引きよりもゆっくりしたいと考えてる子が多いんだろう。
 実際、ずっと動きっぱなし、働きっぱなしと云う子も多いみたいで、疲れて休憩している子をちらほらと見かけた。あたしが顔を出した途端に、そういった子たちが起き上がり小法師のようにピョンと跳ね上がるのは見ていて楽しかったけどね。

「……大体、見終わったかな」

 廊下を歩きながら、配布されているスタンプカード――後夜祭で催し物の人気ランキングをするのに使う――に目を落とす。時間制限の有る催し物以外の場所にチェックが入っているのを確認していると、不意に横合いから声を掛けられた。

「あれ、薫子お姉さまじゃないですか〜。もしかしてお暇ですか?」
「や、陽向ちゃん。……そっちは客引き?」


 教室の中から顔を出している、メイド服姿の陽向ちゃん。優雨ちゃんたちのクラスと合同で御奉仕喫茶をやっているんだったっけ。……コレ、絶対陽向ちゃんのアイデアだよね。

「今の時間になると人も少ないですからね。最後の頑張りをしようかとも思ってましたけど、そうもいかないみたいです」

 えへへ、と頭を掻きながら笑う陽向ちゃん。……ふむ。

「客引き、手伝おうか?」
「えっ?」
「いや、初音から優雨ちゃんたちの手伝いを頼まれてたのもあるし……あたし、まともな催し物って実は遣ったことが無くってさ」


 一年の時は決闘騒ぎの余波でドタバタしていたし、二年の時は奏お姉さまに付き合って生徒会の催しに強制参加させられたので、こういう学園祭で定番の喫茶店とか遣ったことが無いんだよね。

「むむむ……それは魅力的な提案……でも薫子お姉さまに客引きなんて……」
「遠慮しなくても良いよ?」
「いえ、薫子お姉さまを客引きに使うのは勿体無いです」


 勿体無いって……陽向ちゃんの目が妖しく光ったような気がする。もしかしてあたしは悪魔に魂を売ってしまったんだろうか。ちょ〜っと早まったかな?
 あたしは陽向ちゃんに手を引かれ、スタッフルームになっている隣の教室へと引っ張り込まれてしまった……。



「まあ、薫子お姉さま!」
「素敵……!」
「……私、一生の思い出にします!」


 着替え終わったあたしが喫茶店へと戻ってくると、周囲から歓声が上がった。こらこらそこの子、仮にも仕事中なのに携帯で写真なんか撮っちゃ駄目でしょ。
 ……まあ、こうなるってことは大体予想はしてたんだけどね。せめて可愛いメイド服なら良かったのに。陽向ちゃんが用意してくれたのは、身長の関係でお蔵入りになっていたらしい執事服だった。どこから用意したのか激しく気になるところだけど……聞かぬが花なんだろうな。
 それにしても……はあ……。

「……また、男装か……ねえ陽向ちゃん、演劇でも男装したんだし、ここは普通の格好でも良いと思うんだ……その辺どう思う?」
「ノンノン! 演劇の舞台なんて、近くで鑑賞出来ないじゃないですか!」
「いや、そりゃそうかもしれないけどさ」
「ここでその格好をして下されば、かぶりつきでじっくり見ることが出来るんですよ!? コレをしない手は有りません!」


 ぐっと握り拳で力説する陽向ちゃんに、その場に居たみんなが拍手で賛同した。いや、かぶりつきって……嘗め回すような視線を感じるんでちょっと怖いんですが……。

「し、失礼します」

 おっと、教室の入り口から様子を伺っていた子が、緊張した面持ちで入ってきた。陽向ちゃんがあたしの背中を押して促すので、仕方無く陽向ちゃんに指示された通りの接客を開始する。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「はあ……薫子お姉さま……」
「いいえ、私は執事を務めております『』と申します。……さ、お席にご案内致します」




「さ、お席にご案内致します」

 あたしは手を差し出して、動きの止まっている子の手を取った。

「……はうっ……」

 ……ああ、また倒れた。あたしは慌てて背中に手を回し、横抱きにしてそっと支える。これで何人目だったっけ?
 あたしの接客に耐え切った……この表現はどこか間違ってるよ……耐え切った子たちは席に付いてキラキラと目を輝かせ、耐え切れなかった子はこんな風にあたしの前で失神してしまっている。

「大変! 今度は三組の麻生さんがお倒れになられたわ!」
「気付けを早く!」
「もう予備が有りませ〜ん!」
「メディック! メディーック!」
「アパーム! 薬持って来ーい!」


 さすがは陽向ちゃんのクラス、何か妙な子まで混じっているみたいだ。ここはどこの戦場だなんて思ったけど……食事時の厨房は戦場だなんて云われたりするし、きっとコレも似たようなものなんだろう、うん。
 あたしはみんなの邪魔にならないよう、苦笑しながら壁際へと移動する。周りに気が付かれないようにそっと溜め息を吐くと、あたしの隣にやってきた優雨ちゃんがじっと見上げてきた。

「かおるこ、疲れた?」
「あはは、疲れるほど仕事してるわけじゃないけどね」


 何しろ、教室の入り口には人だかりが出来ているものの、中の様子を伺っているだけで中々入ってきてくれない。さっきの子みたいに勇気を出して入ってくる子も居るけれど、半分ぐらいの子が「ぱたり」といってしまうのだ。

「かおるこ、すごい人気……」
「そうだね〜……あたしとしては、格好良いと云われるよりも可愛いと云われたかったんだけどさ」


 優雨ちゃんの向こう側に居る陽向ちゃんを、細めた目でじっと見る。

「そ、そんな目で見ないで下さいよ〜。生徒会の演劇に参加出来なかった分、こっちで思い切り楽しまなきゃ損じゃないですか〜」

 そりゃあね、他のクラスでも同じように喫茶店をやっているところが有るわけだから、差別化は必要だと思うよ? お嬢様が多い聖應女学院で御奉仕喫茶をする度胸も中々のものだと思う。まあ、本物を見る機会のある子が多いだろうから、それなりに接客も様になっているのだろうし。

「余り物のお菓子を条件にして引き受けたのはいいけれど……ちょっと早まったかな? これ、逆に営業妨害でしょ」
「良いんですよ〜、元々利益の為に営業しているんじゃありませんから。思い出が作れればそれでOKです」
「そりゃあ、思い出にはなるだろうけどね……」


 そもそも失神してしまったら思い出も何もないだろう、と口の中で呟く。大体、こんな格好のどこに魅力があるのだろうか? 自分で自分を見下ろしたって、良く分からない。

「執事服のどこが良いんだろうねえ……」
「ではお答えしましょう。例えばきゅっとしたヒップのラインがズボンを押し上げているところとか!」
「……!?」


 なんですと!? そう云えば、何故かみんなあたしの腰周りを見ていたような気がする。ウエストを絞った服装にしたのはコレの為だったのか……陽向、恐ろしい子……!

「……陽向ちゃんのヘンタイ」
「変態とは失礼な。薫子お姉さまは腰の位置が高いですし、みんなが注目する素晴らしいヒィィップ! をお持ちなのですよ。ねえ優雨ちゃん」
「かおるこ、格好良い」


 コクコクと頷く優雨ちゃんに、サムズアップする陽向ちゃん。優雨ちゃん……あたしはさっき、格好良いよりも可愛いって云われたいって、そう云ったよね……。

「……ああ、優雨ちゃんが陽向ちゃんに汚染されていく……ごめん初音、あたしは無力だったよ……」
「ちょ、それこそヒドイ!」


 ムンクの「叫び」みたいな顔をした陽向ちゃんを笑っていると、教室に取り付けられたスピーカーがプツリと音を立てた。電源が入った音だ……と思った時には、終業を知らせる鐘の音が響き始めた。
 授業の無い今日と云う日の終業とはつまり、創造祭の終わりだってこと。鐘の音が鳴り止むと、続けて初音の声が流れ始めた。

『只今を持ちまして、第九十回学院祭、創造祭を終了致します。……皆さま、本日は有難うございました』

 丁寧に語られたその言葉は、スピーカーの向こうのマイクに頭を下げている初音の姿を想像してしまうほど。
 あたしは初音の頑張りを褒めようと軽く手を打ち鳴らした。突然の音に吃驚した陽向ちゃんに目で合図すると、心得たとばかりに拍手を合わせてくれる。
 それが更に隣に居た優雨ちゃんに伝わり、そして教室中のみんなが拍手をする頃になると、窓の外からも拍手の音が響いてくるようになった。
 お疲れさま、初音。……感極まって、泣いたりしてなきゃいいけどなぁ。
 拍手の音がゆっくりと引いていくと、高揚感で忘れていた祭り特有の気だるさが身体に広がっていく。

「終わったね」
「終わっちゃいましたね」
「……へんな、きもち。ちょっとさみしい」


 胸に手を当てて戸惑っている優雨ちゃん。そっか、優雨ちゃんは学院祭そのものが初めてなんだよね。この独特な気持ちはあたしにだって表現し難い。

「あ、そうだ。薫子お姉さま、確かこの後に後夜祭があるんでしたよね?」
「え? うん」
「……こうやさいって、なに?」
「あ〜、えっと……みんなで集まって、お祭りが終わってご苦労様でした〜ってすることかな」


 陽向ちゃん、その説明は端折り過ぎだと思うな。まあ聖應の後夜祭は確かにそう云うものなんだけどさ。
 余所の学校では無礼講のお祭り騒ぎみたいなところも在るらしいけれど、聖應では生徒会の労を犒う為に、有志と教師が主催となって行われるものだ。小さいけれどキャンプファイヤーも行われて、親睦会のような雰囲気だったりする。
 火を使う関係上、先生の参加が必須なわけで……そうなると、羽目を外しすぎるわけにもいかないからね。

「……参加したことのある身で云わせて貰うと、陽向ちゃんの想像とは大分違うよ」
「そうなんですか?」
「まあ、あんな雰囲気も有りだとは思うけどね。……さ、それより先に、手早く後片付けしちゃいましょ」
「……うん」
「は〜い」


 本格的な後片付けは明日だけど、食べ物関係は色々と処分するものも多いしね。





 両手一杯にお菓子を抱えたあたしは、来賓のアンケートによる催し物の順位発表を確認した後、直ぐに寮に戻ることにした。
 お嬢様学校なので後夜祭は遅くまで行われないし、キャンプファイヤーと云うロマンチックな演出を利用して色々と思い出を作ろうとする子たちが、わんさか寄ってくるからだ。簡単に云ってしまうと「告白タイム」ってこと。勿論あたしにそんな趣味は無いので、お菓子を理由にして退却したのだ。
 生徒会の面々は招かれる側なので最後まで残るから、疲れているだろう優雨ちゃんの様子を見ておいてくれるように陽向ちゃんに頼んでおいた。

「おりょ、香織理さん?」
「あら、薫子。もう帰り?」


 寮への道を歩いていると、道の向こうから香織理さんが歩いてきた。あたしがお菓子を抱え込んでいるのを見ると、面白そうな顔をする。

「随分と大量の戦果ね。みんなからのプレゼントかしら?」
「労働の対価です〜。優雨ちゃんと陽向ちゃんの手伝いをしたの」


 あら、と意外そうな顔をする香織理さん。確かに午前中はプレゼント攻勢で大変だったけど、食べられるものを作っているクラスは午後になると大分大人しくなったからね。

「香織理さんは後夜祭?」
「ええ。薫子は出ないの?」
「あたしはほら、あの場に居ると襲われそうだからさ……あはは」
「まあ、薫子なら在り得そうよね。格好良い執事さまだったんでしょう?」
「なっ……何故それを!?」
「陽向からメールが着たわ」


 くっ……おのれ陽向ちゃんめ、あたしを売ったな!?

「ふふっ……まあ、それを一人で食べたりしないようにね。太っちゃうわよ」
「し・ま・せ・ん! 香織理さんこそ、暗くなるからってオイタしちゃ駄目だからね! 先生たちも居るんだから」
「分かってるわよ。じゃあね」


 ひらひらと後ろ手に手を振って歩いていく香織理さん。灯り始めた外灯と一緒にその背中を見送ってから、あたしも寮へと向かって歩く。
 日が落ちてどんどん暗くなっていく世界の中、寮の前まで戻ってくると、タイミングを合わせたように寮の扉が開いた。

「それじゃ、また会いましょ」
「今日は有難うございました」


 まりやさんと貴子さんの声。丁度帰るところだったのか、妙子さんと清花さんの姿も見える。植え込みの脇でぽけっと見ていると、まりやさんと目が合った。

「やあ、薫子ちゃん。あたしたちそろそろ帰るわ」
「そうですか。えっと、大してお構いも出来ませんで……」
「あはは、何云ってるの。そんなの気にしない」


 ぽんぽんと肩を叩いてくるまりやさんは、軽くウインクをした後であたしの腕の中の菓子袋を一つ取り上げた。

「こっちも母さんたちの所為で迷惑掛けたみたいだし、コレをお土産にもらえればそれで十分ってもんよ」
「あはは……そんなもんですかね?」


 両手に荷物を抱えたままも格好悪いので、一先ず寮の廊下に荷物を下ろしてからまりやさんたちを見送る。まりやさんたちはこれから食事で、貴子さんはこれから奏お姉さまに会いに行くらしい。
 みんなで纏まって正門へ向かい、史ちゃんが呼んだ車が来るのを待つ。

「ごめんなさいね、薫子ちゃん。お芝居の邪魔をしちゃって……」
「あ、あはは……気にしないで下さい」


 妙子さんはたっぶり絞られてしまったのか、お昼と比べるとちょっと元気が無い。千歳がまだ眠ったままなのも原因かもしれない。

「この埋め合わせはちゃんとしますから。史、予定を立てておいてくれるかしら?」
「畏まりました」


 え、埋め合わせって。……ものすご〜く失礼な云い方だけど、出来れば大人しくして頂けるのが一番なんじゃないでしょうか。ほら、千早の顔がどこと無く引き攣ってるよ?
 そんなに待たないうちに車がやってくると、四人が順番に乗り込んだ。どうやら途中まで一緒に行くみたいだ。

「それじゃまた会いましょ。まあ、あたしは海外だから簡単に戻ってくるわけにはいかないんだけど」
「薫子ちゃん、また今度、家に遊びに来て頂戴ね?」
「は、はい、検討しておきます」


 変な云い方になった為か、ぷっとまりやさんが噴出すのが見えた。

「薫子さん、奏さんに何か伝言は有りますか?」
「え? え〜と、それじゃ……演劇の評価はお手柔らかに、と……」
「まあ……ふふっ、承りました」


 むう……史ちゃんが撮った内容がどんなものか確認出来ていれば、こんなテストの結果を待つような気持ちにはならないのに……。

「千早ちゃん、史、偶には家に戻ってきて頂戴ね? 母さん寂しいんだから」
「はい。次の日曜日にでも」


 千早たちのそんな言葉を最後にして、車はゆっくりと走り出した。





 その日の夕食は静かなものになった。と云うのも、みんなすっかり疲れてしまったからだ。初音と優雨ちゃんは食事の後のお茶会で船を漕ぎ出してしまい、何時かのように沙世子さんと史ちゃんが協力してお風呂に入れることになった。
 そして、千歳がまだ復活していないので、千早のお風呂は最後と云うことで。



「薫子とお風呂に入るのは久しぶりね」
「そうですね〜……」
「……気が抜けてるわね?」
「薫子お姉さまも大忙しでしたからねぇ」


 浴槽に身を沈めてデロンとしていると、身体から疲れが抜けていくような気分になる。

「実際に抜け出ているのは女の子らしさかもしれないわね」
「う〜あ〜……心を読まないでよ香織理さん〜」


 長い髪を頭の上に乗せておくのも面倒で、浴槽の縁に纏めた髪を預けて仰向けに浮かぶ。や、勿論色々と隠してはいますよ?
 身体を洗っている香織理さんの方を流し見する。あれくらいプロポーションが良ければ、隠す必要も無く堂々としてられるかもしれないけどね。

「あ、そうだ、薫子お姉さま。実は報告があるんですよ」
「報告?」


 じゃぶじゃぶと湯を掻き分けて寄って来た陽向ちゃんが、あたしの耳元に口を寄せた。

「んふふ……例のアレのおかげで、また胸が大きくなったんですよ」
「……何だって? ホントに?」
「ホントですよ。私はまた一歩、夢へと近付いたのです……!」


 陽向ちゃんの夢は小説家じゃなかっただろうか。まあそれは兎も角として、あたしは何気無く自分の胸を見下ろした。もにゅもにゅと寄せて集めてみる。

「ふふ……それはただ成長期ってだけなんだよ……あたしは変わっちゃいない……」
「えっ……だ、大丈夫ですよ。薫子お姉さまにも、いつか陽の当たる日が来ます」
「むきゃーっ!!」
「何を騒いでいるの、貴女たちは……」


 身体を洗い終わった香織理さんが、呆れた目であたしたちを見下ろした……と思う。胸が邪魔で顔が見えん……! 屈辱……! 圧倒的戦力差……!
 あたしと陽向ちゃんは、ざわざわしながら香織理さんの胸を凝視した。

「ほらほら、下らない話は止めて、ちゃんと温まりなさい」
「は〜い」


 三人並んで浴槽に浸かりながら、軽く話を振ってみる。

「香織理さん、今日はあんまり姿を見なかったけど、何してたの?」
「私? 彼方此方をぶらぶらしてたわよ。会わなかったのは、ただ単に偶然でしょ」
「そっか」
「もうちょっと遅い時間に私のクラスに来れば、薫子お姉さまの素晴らしいお尻が拝めましたのに……」
「ま、まだ云うか、この」


 うひゃひゃひゃ、と女の子としてはちょっとアレな笑い声で逃げる陽向ちゃん。香織理さんはそんな陽向ちゃんを見て肩を竦めた。

「お姉さまは、恋人さんと回ったんじゃないんですか?」
「……玲は演劇部で忙しかったしね。その分後夜祭で楽しもうと思っていたのだけれど……」


 香織理さんは何故か口篭って天井を見上げた後、ポツリと呟いた。

「……振られちゃったわ」
「「……はあ!?」」
「姉離れしてみせないと、お姉さまが安心して卒業出来なくなっちゃいますから……ですって」


 お、重い……空気が……。こ、こう云うときはなんて云えば……?

「まあ、先のことを考える良い切っ掛けにはなったわね。もう半年も無いんだし、遣り残しのないようにしなきゃ」
「……そう、だね」


 あたしも色々と考えなきゃいけないな……。





「あふぁ〜……」

 大きな欠伸をしながら二階への階段を上る。お風呂の後に食堂で色々と考えていたらウトウトしてしまい、ふと気が付いたら夜も11時を回っていた。
 寝巻き代わりのシャツから出ている腕がすっかり冷えてしまい、両手で軽く擦って暖を取る。もう寮内の暖房は点いているけれど、下手すれば風邪を引いちゃうところだった。
 普段なら誰かしら起こしてくれるんだろうけど、今日はみんな早めに部屋に引っ込んじゃったからなぁ。あの史ちゃんでも欠伸を噛み殺していた辺り、お母さんズの面倒を見るのは大変だったんだろう。
 寝ている人の迷惑にならないように気を付けて階段を上るけど、それでも足元がギイギイと鳴ってしまい、静かな寮の中で耳障りに響いた。

「この階段もそろそろ修繕が入るのかなあ……あれ?」

 飴色の手摺を撫でながら階段を上っていくと、テラスに人が出ているのが見えた。ひらひらしたピンク色のネグリジェ。あんなものを着てるのは一人しか居ない。
 あたしはテラスのガラス戸を開けて、そこに居た二人に声を掛けた。

「千早、千歳。もう休んだんじゃなかったの?」
『あ、薫子ちゃんだ〜』
「はは……ちょっと眠れなくて」

 おや、そりゃまた珍しい。千早だって十分疲れてるだろうに。あたしが首を傾げると、それに気が付いた千早が苦笑する。

「僕の主観では、午前中は寝ていたようなものですから。それで、どうせ眠れないなら、千歳さんに昼のことを話しておこうと思って」
『何か聞かれた時に困っちゃうからね』
「史がもう寝てしまいましたから……起きていれば、録画した演劇を見て話を合わせられるんですけどね」

 ああ、そう云うことか。一番の話題になる肝心の演劇に関して、クライマックスの部分だけ覚えていないってことになっちゃうもんね。

「それで、もう話は終わったの? こんなところに居ると寒くて風邪引くよ?」
「ええ、まあ、大体のところは。頭を冷やして話せましたしね」
「あん? 頭を冷やす?」
「あ……」


 しまったって感じで口元を押さえた千早が、ばつが悪そうに視線を逸らす。頭を冷やすってなんだろう?

『ちーちゃんは照れてるんだよ〜』
「照れてる? ……あ」
「ちょ、ちょっと千歳さん!」


 自分の顔が赤くなるのが分かる。照れてるってあれだ、キスのことだ。
 演劇の上でのこと、しかもロマンもへったくれも無い歯と歯のぶつかり合いだったけど……インパクトだけは有ったから、そう簡単に忘れられるはずもない。

「そ、そう云えば千早、唇はもう大丈夫なの?」
「え? は、はい。腫れも引きましたし、痛みも治まりました」
「そ、そうなんだ。そりゃ良かった。あはははは……」
「あはははは……」
「……」
「……」

『……?』

 折角考えないようにしてたのに、こう頻繁に思い返していたんじゃ逆に印象に残っちゃうよ。うう……こりゃ早めに退散した方が良さそうだ。

「ま、まあなんだ、演劇の中での話だし、事故みたいなものだから、千早もあんまり気にしないでよねっ」
「そ、そうですね。犬に咬まれたと思って、忘れましょう」
「――」


 頭を掻きながらテラスを出ようとしたけれど、背中から聞こえた千早の声が、あたしの足をその場に留めた。
 ――犬に咬まれたって云った? あたしが男相手のキスだって意識しないように一生懸命我慢してるのに。しかも、忘れましょう、だと?

「……ふ〜ん。それはつまり、千早はあたしとのキスなんか何とも思ってないってことかな」

 気が付くと、あたしは千早の方に向き直っていた。腕を組んで胸を反らし、見下すように睨み付ける。

「どうかしましたか?」
「べっつに〜。千早にとってあの程度のキスは、覚えておく価値も無いことなんだ〜、とか思ってないよ?」
「別に、そんなことは云っていないじゃないですか」
「同じことでしょ? 犬扱いとか、忘れましょうとかさ」
「……何を、拗ねてるんです?」
「ああ? 誰が拗ねてるって?」

『ど、どうしたの二人とも。喧嘩は良くないよ?』

 ムカつく。何だこれ。千歳の為に一所懸命頑張ってきた仲間じゃん。

「そりゃ千早にとってはキスは慣れたものなのかもしれないし、ただのお芝居で片付けられるものなんだろうけどさ」
「……? 何を云って――」
「あたしにとっては初めてなわけで、簡単に忘れるとか云われると納得出来ないっての。何それ、千早は私のことはどうでも良いってこと?」
「え、ちょっと――」


 あたしはこんなにモヤモヤしてるってのに平気な顔をして。生意気だ。不公平だ。良い度胸じゃないか。
 舐めるなよ? そっちがその気なら、忘れられないようにしてやろうじゃないか。
 あたしは右手を伸ばすと、千早の胸元のヒラヒラしたフリルを引っ掴んで手繰り寄せた。

「わっ……」

 バランスを崩して踏鞴を踏んだ千早の首に左手を回し。

「か、薫子さ――」

 驚いてる千早の目を見据えながら。

『わ? わ? わああああああ〜っ!?』

 ――どこか遠くから、千歳の嬉しそうな悲鳴が聞こえた。




**********



 ズギュウウウウウウン!!

 ……まあ、色々とアレですが。

 七話の途中では『男とは思えない』みたいなことを言っているくせに、薫子のこの変化は何なの、って思う人もいるかもしれません。
 実際、エピローグを書くのが遅くなったのもその所為です。千歳が冷やかして恋心を自覚させるところで終わるか、それとも……。

 まあ、結局はこういった流れになりましたが。

 次回から第8話です。

 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
犬に噛まれたと思ってって、被害者の台詞ですよね〜。
なんかこう、操舵手が思いっきり舵輪を回すのが見えます(笑)

でも、薫子って、無駄な負けん気で自滅するイメージありますよね。
やらなくていい勝負をしちゃうとか。

今回は、やらなくていいキスシーンをしちゃったわけですが…。キスの仕方が男です。
千早よりよっぽど男です。

ちょっと急展開過ぎる気はしないでもないですが、薫子だからいいか^^
えるうっど
2012/06/18 22:28
えるうっどさん、こんばんは。

>被害者
話の展開から考えれば、噛まれたのは薫子じゃなくて千早の方なんじゃ……と思わなくも無いですが。
あや先生の小説だと、考えずに体を動かすのが薫子の基本行動だそうですから(笑)まあこんな感じでもいいかなあと。自爆行動も含めて。

>急展開
自分でも上手く書けてないなあ、と思うんですが。
原作のゲームをやっていて、何となく、薫子はキスしてから千早を男だと意識する感じなのかなあ、と思いまして。
自然に好きになったというよりは、決定的なことが有った後で好きだと気が付くみたいな。
次話はそのあたりも含めてドタバタ話です。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2012/06/19 19:31
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