A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 8-1

<<   作成日時 : 2012/07/08 01:05   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 第八話はマッタリ風味。

 ……になると良いなあ。
 9/5 こっそりタイトルを修正しました。

**********



 あの時のあたしに云ってやりたい。
 迂闊なことをするなと。
 軽率なことをするなと。
 見て見ぬフリをするなと。
 もっと注意を払えと。
 運命の女神と云うものは、思った以上にずっと性悪で、いつでも戯れの糸をあたしの周囲に張り巡らせているのだと……!





 第八話 例えばこんな告白は如何?





 我に返ったあたしはダッシュで自分の部屋に戻り、頭からベッドにダイブした。そのまま頭から毛布を被り、ぐるりと身体に巻きつける。

「うああああぁぁぁ……何やってるんだあたしはぁ……何が忘れないようにしてやるだぁぁぁ……」

 ベッドの上でごろごろ転がる。
 はぁはぁはぁはぁ……息が切れる……深呼吸だ、落ち着けぇ……ふう。良し、落ち着いた。
 はぁ、何であんなことしちゃったのよ、あたしってば。血迷ってたとしか思えない。何であんなに頭にきちゃったんだろう。
 さっきのことを思い出す。ええと、何だっけ……そう、男とした初めてのキスを忘れようとか云われて……キス……。

「ぬおあああぁぁぁ……何を自分からキスしてるんだあたしはぁ……相手を抱き寄せて無理矢理とかぁ……」

 ベッドの上でごろごろ転がる。
 はぁはぁはぁはぁ……息が切れる……深呼吸だ、落ち着けぇ……ふう。良し、落ち着いた。
 思い出すんじゃない、危険だ。そうだ、男のくせにぷるぷるつやつやした唇だったとか、勢い余ってちょっと舌が入っちゃったとか……。

「ふぬうううぅぅぅ……恥ずかしくて死ねるぅ……明日どんな顔で会えばいいのよぉ……」

 ベッドの上でごろごろ転がる――





「ん……うん……」

 窓の外から聞こえてくる小鳥の声に、ぼうっとしたままで頭を動かす。……ベッドを転がってる間に疲れて眠っちゃったのか。今は何時だろう。朦朧としたままでサイドテーブルの上を眺める。

「九時半か……」

 今日が振り替え休日で良かったよ。よたよたと起き上がってカーテンを引くと、窓際に居た小鳥たちが飛び立っていった。……良い天気だな。
 学院の方から微かに声が聞こえる。振り替え休日とは云っても、実際は自主登校による創造祭の後片付けの日。出し物をしなかった三年生以外は、殆どの生徒が登校しているだろう。

「ん〜……眠い」

 今日はこのまま、ずっとごろごろしていようか。……とは云っても、あたしも一応フェンシング部に顔を出した方が良いだろうなぁ。これが最後になるんだろうし……しょうがない、起きよう。
 時間が時間だから朝御飯は無いだろうけれど、何か適当なものでも見繕ってお腹に入れれば良いや。ぼさぼさになってる髪を適当に撫で付けてから部屋を出て、足元に気を付けながら階段を下りた。
 食堂の方からテレビの音が聞こえる。千早に見付かると気拙いのでそっと食堂の中を覗き込むと、お茶を飲みながらボケッとTVを見ていた香織理さんと目が合ってしまった。

「あら、お早う薫子。今日は随分とお寝坊さんね?」
「あ、うん……お早う、香織理さん」


 挨拶をしながら食堂の中をさっと見回すけれど、他に人影は無い。どうやら誰も居ないみたいだ。

「香織理さん、一人? 珍しいね」
「ん……まあ、偶にはね」


 香織理さんの言葉に覇気が無い。はっきりと云い切らない態度なのは珍しいけど、やっぱり玲香さんとお別れしたのが堪えてるんだろうか。
 香織理さんはリモコンでTVを消すと、あたしの顔をじっと見てから肩を竦めた。

「薫子。随分と酷い状態だけど、ちゃんと鏡を見た?」
「ん? 何か変?」
「変って云うか……髪はボサボサだし、目の下にクマも出来てる。ちゃんと身嗜みを整えてきなさい。その間にお茶を入れておくから」
「……うん、お願い」


 何か拍子抜けだな……いや、香織理さんが優しいのはいつものことだけれど、毒が無いと物足りない。まあ、折角お茶を用意してくれるというので、言葉に従ってちょっと鏡を見てこようか。
 食堂を出て、脱衣所のところに有る洗面台を覗きに行く。寮母さんはお仕事を終えて帰ってしまったようで、脱衣所の明かりは消えていた。スイッチを入れて鏡の方を見る、と。

「うおっ……なんじゃこりゃ……」

 自分の姿を見てビックリするとは思わなかった。毛布を巻き込んでベッドの上を転がった為か、本来ストレートである筈のあたしの髪が四方八方へと跳ね飛んでいる。目の下のクマもハッキリと分かるし、何かホラー映画みたいな感じだった。

「ど、どうしようか……とりあえず、寝癖からだな……」

 湯沸かし器で熱いお湯を出し、タオルを浸して軽く絞る。本当は蒸しタオルくらいの温度の方が良いんだけど、そこまで拘ってる時間が無い。髪を撫でるようにタオルで塗らしていきながら、ヘアドライヤーで温風を当てて髪全体を温め、それが冷える前にブラシで素早く整えていく。
 うあ〜、中々取れないよ〜。こんな時は史ちゃんがどれだけ優秀か分かるってもんだよね。あたし一人で何とか出来るんだろうか、これ……。



 三十分程の時間を掛けて、何とか見られる程度に髪の毛を整えた。まだちょっと毛先が散ってるけれど、それはまあしょうがない。うん、もう二度と毛布と一緒に転がるような真似はしないぞ。

「香織理さん、どう? どっか変じゃない?」
「一回転して? ……ん、まあ大丈夫じゃないかしら」


 食堂に戻って香織理さんに尋ねると、何とか合格点をくれたみたいだ。今までも何度か云われたけど、香織理さんはあたしの身嗜みには結構煩いよね。

「あら、女の子なら自分を綺麗に見せる努力をしなきゃ」
「下着の上にワイシャツ一枚、って云う服装は良いわけ?」
「んふ、だって私はキレイだもの」
「はいはい、あたしが悪うございました」


 ちぇー、素材が良いからってそんなこと云っちゃって。
 女性が自分を一番魅力的に見せる方法は、着飾らないことである(つまり裸ってことだ)なんてことを云った男も居たらしいけど、あたしには香織理さんみたいな格好は出来ないですから。
 そんな阿呆なことを考えていると、香織理さんが約束通りに温かい紅茶を出してくれた。髪を整えるのに時間がかかったのに、ちゃんと適温で淹れてくれたみたいだ。
 湯気の出るカップにそっと口を付けた。ん〜、香織理さんの淹れる紅茶も美味しい。ふ、と息を吐いていると、皿に盛られたサンドイッチが食卓に追加される。

「お腹、空いているんでしょう?」
「うん。それじゃあ有り難く頂きます。……みんなはもう出かけたの?」


 カリカリベーコンとレタスのサンドを頬張りながら、あたしの食べる様子を眺めている香織理さんに尋ねた。

「初音たちは朝一番で昨日の片付けに行ったわ。陽向も自分のクラスよ」
「千歳と史ちゃんは?」
「何でも、昨日の始末がどうとか云って、ちょっと自宅に戻ってくるって」
「ふ〜ん……」


 それなら、とりあえず今日一日は顔を合わせなくて済むかな。心を落ち着かせる時間が有るのは助かる。……落ち着くかどうかは兎も角として。

「それで、昨日は良く眠れなかったみたいだけど……何か有ったの?」
「ん? あ〜、まあ、有ったと云えば有りました」
「それって、千歳とのキス?」
「んっぐ!?」


 くおって、咀嚼途中のパンを飲み込んでしまった!

「ちょっと、大丈夫?」
「……んんっ、えほっ! み、見てたの?」


 無理矢理にパンを飲み込んでから、慌てて香織理さんの顔を見る。……あれ? ニヤニヤ笑っても居なければ、呆れたような顔もしていない。至って真面目な表情だ。

「今度からはもう少し回りに気を使いなさいね。テラスの入り口って結構目立つのよ?」
「……茶化されるかと思ったけど……」
「……そう思われちゃうのは、私の普段の行いの所為よねえ」


 可愛らしく舌を出してみせる香織理さん。だけど直ぐに表情を戻して、あたしの瞳をじっと見詰めてくる。

「私は薫子がノーマルなのを知ってるし、友だち同士の戯け合いでキスするような子じゃないのも知っているもの。薫子は、ある一面では初音よりもネンネだから」
「むう……」


 何だこれは。香織理さんってば、しっかり者のお姉さんモードになっているじゃないか。
 こういう時の香織理さんは、親切で世話好きな頼もしい人になるけれど、要らないことまで喋らされる危険性がある。

「……黙秘権を行使します」
「あら」


 一言も漏らさず口を噤んだのが意外だったのか、香織理さんがちょっと目を丸くした。もっしゃもっしゃとサンドイッチを食べることに集中していると、わざとらしい溜め息を吐かれてしまった。

「振られ女の為に楽しい話題を提供したいと思わんのかね? ん? んん〜?」
「思いません」
「即答か。……ふう……ねえ、薫子」
「何?」
「私ね、来る者は拒まず、去る者は追わずって云うのがモットーなんだけど」
「うん」
「玲の場合、そのモットーを破って私から声を掛けたのよね」
「へえ、そうなんだ」
「ええ。私って面倒臭がりだから、自分から『構って欲しい』って手を伸ばして求めてくる子しか相手にしないのよね。だから、自分から手を出した子に逃げられてちょっとショックなの」


 香織理さんが自分語りをするとは珍しいことも有るもんだ。何であたしにその話をするんだろう。特に意味の無いことなのか、それとも……寂しいのだろうか。

「貴女も、本当に欲しいものがあるのなら素直に手を伸ばさないとダメよ?」
「香織理さん……」
「さ、そう云う訳だから、お姉さんに相談してごらんなさい? 遠慮しなくていいから」


 真面目な顔から一転して、ニヤリと笑った香織理さんは、前に出した両手をクイクイッと手前へ動かして、『ヘイ、カモーン!』とアピールしてくる。

「……心配して損した」
「あら、心配してくれたの? 嬉しい」
「知・り・ま・せ・ん」


 ふーん、だ。あたしは最後のサンドイッチを口に放り込んで、紅茶と一緒に飲み干した。うむ、大変美味しゅうございました。

「あ、そうそう、云い忘れていたけれど」
「……今度は何?」
「今、薫子が食べたサンドイッチ。実は私のお昼のお弁当なのよね」


 ……コレが孔明の罠か。おのれ香織理さんめ、人の空腹につけ込むとは!

「どう? 話す気になった?」
「……戦略的撤退!」
「あっ、ちょっと――」


 あたしは食器を香織理さんの方に押し付けると同時、席を立って食堂から逃げ出した。
 ゴメン香織理さん、色々と嬉しいし助かるけれど、今は自分の中で整理が付いてないんだ。お昼はあたしが奢るから、それで勘弁して下さい!





 手早く制服に着替えて寮を抜け出し、フェンシング部へと向かう。
 ちなみに、香織理さんは寮を出る際に、昼になったら電話するようにと云って見逃してくれた。初音たちはずっと働き詰めだろうし、一人で御飯を食べるのも味気ないから、色々と云われるのを覚悟の上で付き合おうと思う。
 校舎へ向かって歩いていくと、制服を着た子や、怪我をしないようにジャージを着た子をちらほらと見かけた。

「あ、お姉さま! 昨日の演劇、素敵でした!」
「あはは、ありがとう。怪我しないように気を付けてね?」
「はい、有難うございます!」


 大きなベニヤ板を持っていた子とすれ違いざまに話をする。まあ、今日はどこに行ってもこんな感じなんだろうな。
 背中の方から「キャー話し掛けちゃったー」と歓声が聞こえ、直ぐにベチンという何かが倒れた音が響いた。……まあ、見てあげないのが武士の情けか。
 今のところ校舎に用事は無いので、外を迂回して部室棟へと足を向ける。こっち側を出し物の会場として選んだ部活動は少なかったので、一気に人が少なくなった。

「おーい、手伝いに来たよー」

 開け放たれている競技場の扉をノックしながら、中の様子を伺う。あれ、結構人が少ないな?
 ぐるっと周りを見回していると、大きなダンボールを抱えた桂花さんが奥の物置から現れた。あたしの姿を見てちょっと驚いた後、直ぐに傍に寄って来る。

「悪いわね、来てもらっちゃって。人出が足りなくてさ」
「そうみたいだね。みんな、どうしてるの?」
「それぞれのクラスの後片付けよ。明日は普通に授業が有るんだから、今日中に片付けないとダメでしょ?」
「ああ、それで三年生しか来てないのか……」


 クラスみんなで後片付けしてる時に、一人だけ抜けてたりすると気拙いからね。これも桂花さんなりの優しさってことか。

「それじゃ、早速これを」

 桂花さんは抱えていたダンボールをあたしの方へと押し付けてくる。何かと思って中を覗くと、ボロボロになったエペのガードとか、被覆の剥けたボディーコードなどだった。

「……ゴミじゃん」
「不燃ゴミの方に出しておいて」
「いや、別に仕事を選ぶつもりは無いけどさ……」
「制服なのに汚れる仕事をさせる訳にもいかないでしょ? ちゃっちゃと行って戻って来る!」
「は〜い……」


 桂花さんの云うことは尤もなので、押し付けられたダンボールを両手で抱える。でもこれ、創造祭の後片付けとは関係無いような気がするんだけどな。
 云われた通りにゴミを捨てに行くと、いつもは綺麗に片付いているゴミ捨て場がゴミで山盛りになっていた。ちょっと考えて、コード類を不燃ゴミの山に、入れてきたダンボールを資源ゴミの山に重ねる。
 何歩か下がって、腕を組みながらゴミの山を見た。うん、崩れたりはしないな。

「しかし何だな、こうしてゴミの山を見ると、エコ活動に付いて考えてしまうな……」
「おや? 薫子は何かそう云う活動でもしているんですか?」
「あ、ケイリ……淡雪さんも」
「ご機嫌よう、薫子お姉さま」


 くすくす笑いと共に聞こえてきた声に振り向くと、さっきのあたしと同じように、ゴミを抱えたケイリと淡雪さんが居た。ゴミの山の前に突っ立ってちゃ邪魔になるので、苦笑しながら場所を開ける。

「いやあ、あたしは精々、コンビニの割り箸を遠慮するくらいかなぁ」
「なるほど、それは確かに薫子らしい」


 それはどういう意味? 褒めてるように聞こえないんだけど。
 二人はそれぞれ手に持っていたゴミ袋を山の裾に置くと、その場でふっと息を吐いた。

「ゴミを持ってきたってことは、そっちの後片付けはもう終わりかな?」
「ええ。後は机を並べるくらいです」
「ああ、でも教室を片付け終わったら、今度は華道部の方の片付けが有りますけどね」
「園芸部と合同のフラワーガーデンだっけ。高評だったみたいじゃない?」
「あは、おかげさまで」


 花を見に来る人だけを対象にすると云う思い切った方法で、それが却ってお客さんには高評だったらしい。キャンプファイヤーの時のアンケートで上位に入っていた筈だ。
 ただ、道の脇に折り畳み式の机を並べて、その上に活け花や植木鉢を配置したりしたので、それなりに力仕事だったことは間違いない。

「それじゃ私たちは戻りますね。お昼までに全部片付けちゃって、のんびりしたいですから」
「あはは、それには同意。あたしも昨日の疲れが残ってる感じでさ〜」
「ふふっ……薫子は身体的な疲れよりも、気苦労の方が多そうですけどね」
「むぐっ……」


 反論出来ないのが悔しい。実際、寮から逃げ出してきたわけだし。

「はっ!? そうだ!」
「わっ? な、何ですか薫子お姉さま」
「二人とも、お昼の食事はどうするつもりなの?」
「えっ? 特に決めてないですが……」
「私も、特には。今日は食堂が休みですから、外に出て食べるつもりでしたが」


 あたしの唐突な質問に、ケイリと淡雪さんはお互いの顔を見合わせながら言葉を濁した。よーしよし、予定が無いのなら二人を巻き込んでしまおう。他の人が居るなら香織理さんも余計な話しはしない筈!

「今日はみんな忙しくて、寮にいるのはあたしと香織理さんだけなんだよね。二人っきりで食事をするのも詰まらないし、外に出て食べるならあたしたちも付いていって良いかな?」
「う〜ん……うたちゃ……御前も一緒にと云うことになりますけど、それでも良ければ」
「ユキと雅楽乃が良いと云うなら……そうだね、偶にはそういう日が有っても良いかな」
「良し、それじゃ後で、校門のところに集合と云うことで」


 戻っていく二人を見送った後で、あたしはホッと一息吐いた。後は香織理さんを食事に誘うだけだ。携帯電話を取り出して香織理さんの電話番号をコールする。朝のお返しって訳じゃないけど、これで香織理さんもいつもの調子を取り戻してくれればいいな。



 後片付けを終えて寮に戻ったあたしは、香織理さんと一緒にケイリたちからの連絡を待つ。ちなみに私服ではなく制服だ。休日だから着替えても良かったんだけど、ケイリたちが制服なのにあたしたちが私服と云うのもバランスが悪いからね。
 ただまあ制服を着るとなると、ジャンクフード的な店で昼食と云う訳にはいかなくなるので、懐事情がかなり厳しくなるだろうけど。

「あら……天気予報、変わったわね。夕方から雨か……」

 TVでニュースを見ていた香織理さんが、何気無く呟くのが聞こえた。雨か……折り畳み傘くらい持っていくかな。
 マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震えたので、取り出してディスプレイを眺める。ん、やっぱりケイリか。

『ハロー薫子。少し待たせちゃったかな? こちらの片付けは終わったよ』
「了解〜。これからそっちに行くね」

 あたしの声で察したんだろう。香織理さんは席を立つとTVを消し、一足先に玄関へと向かった。あたしも二・三の言葉を続けてから電話を切り、香織理さんの後を追う。

「香織理さん、傘はどうする?」
「そうねえ……やっぱり持っていこうかしら。食事の後で買い物をしないとも限らないし」
「そっか。じゃ、あたしはこっちを」


 あたしは玄関脇の収納棚に並べてある折り畳みの傘から、自分の物を取って鞄に入れる。
 そう云えば、折り畳み傘なんて久しぶりに触るな。学院との距離が近いので、普通の傘が荷物になって邪魔だってことにはならないから、今日みたいなどっちつかずの天気じゃないと出番が無いし。
 ちらっと香織理さんを見ると、どうやら折り畳みじゃない普通の傘を選んだようだ。赤色に白の水玉の可愛い感じの傘だ。

「鍵、閉めるわよ?」
「あ、ちょっと待って〜」


 玄関脇の鏡でさっと自分の姿を確認してから、扉を支えている香織理さんの脇を擦り抜けて表へ出た。空を見上げると、斑色の雲が見える。校門へと向かいながら、何とはなしに香織理さんに話を振った。

「昨日がこんな天気じゃなくて良かった、って感じだね」
「そうね。……ねえ薫子」
「ん?」
「お財布的に厳しいなら、無理しなくて良いのよ? 朝のアレは不意打ちみたいなものだし」
「あっはは……それは正直有り難いです」
「ま、全く無しだと薫子が気になるだろうから、食後のデザートで手を打ちましょ」
「は〜い。……おっ、居た居た」


 校門脇で守衛さんと何やら話をしている三人を見つけたので、軽く手を振って挨拶する。顔馴染みの小太りな守衛さんに会釈してから、校門を出て駅前へと足を向けた。

「守衛さんと何の話をしてたの?」
「昨日の話しですよ。誰々どんなお客様がいました、とか」
「あのう……泣き黒子のある若いお母さまが、『うちの千歳ちゃんがお世話になっています』と菓子折りを差し出してこられたそうなのですが……もしかして……」
「「……」」


 淡雪さんの言葉の後に、ちょっと迷いながらあたしたちに尋ねてくる雅楽乃さん。あたしと香織理さんは思わず顔を見合わせた。……いや、考えるまでも無く、そんな人は一人しか居ないと思うんだけどね。

「うん、たぶんそれ千歳のお母さんだと思う」
「……ですよねえ。その人、千歳お姉さまと一緒に園芸部のフラワーガーデンに来てましたもん。御前はその時、席を外してたんだけどね」
「残念です……とても可愛いお母さまだとお聞きしていましたから……」


 ふう、と残念そうな溜め息を漏らす雅楽乃さん。いやあ、可愛いのは確かだと思うけれど、それは遠くからみている時の話であってだね……っと、これは流石に妙子さんに対して失礼だな。
 妙子さんなら、千歳が友だちを連れて行きたいって云えば喜んで招待してくれるんだろうけれど、千歳の正体がばれちゃったりすると大変だ。あたしが夏にちょっとした用事でお邪魔したときも、千歳たちのことを隠したりはしていなかったし。何しろ表札が『御門』だったからなあ。

「ところで、薫子。今日はどこに食事に行くか、決まっているのですか?」
「え? ああ、うん。前に奏お姉さまに教えて貰った、食事の出来る喫茶店に」
「へえ、奏のセンスに合う店なら、期待出来そうですね」
「……それ、暗にあたしのセンスだと期待出来ないって云ってる?」
「……さあ?」
「ふふっ……薫子、成長する為には、まず自分の欠点を確りと見詰めないと駄目なのよ?」
「もう、香織理さんまで! 何でそういう話になるのさ!」


 口を尖らせて抗議すると、みんな一斉に笑い出した。全く、やれやれだよ……。





 駅前商店街のアーケードに入り、暫く歩いたところで脇道に入る。自転車が無造作に置かれていて、一人しか通れないような狭い路地だ。

「うわ、こんなところを通るんですか?」
「スカートに引っ掛けないように気を付けてね〜」


 みんな裾の長い制服だから、自転車のハンドルとかに引っかからないように注意しないといけない。邪魔になりそうな自転車は、先頭を歩くあたしがちょいちょいと脇へ押しやって通り易くする。
 最初に此処を通ったときは、由佳里さんがあたしの役割をしていたっけ。懐かしいな……。

「遠回りしても良いのだけれど、そちらの道は居酒屋とかが在るのよ。怖いおじさんとかに声を掛けられたくないでしょう?」
「うわ……そうなんですか? それじゃ確かに制服では通り難いですね」


 淡雪さんが戸惑った声を上げた。幾ら昼間とは云え、制服を着たままで繁華街なんか通ったら、学院に通報が行っちゃうかもしれない。聖應女学院と云う名前は有名だし、この辺りの住民も(良い意味で)あたしたちには厳しいのだ。

「こういう道を通ると、子供の頃の冒険ごっこを思い出すね」
「まあ、ケイリさんはそのような遊びをしていらしたのですか?」
「知らない街の知らない小道を散策する。とてもわくわくするものだよ」
「そういう感想は、東京の外れに在るようなこんな街ではなくて、パリの下町で出るものじゃないの?」


 最後尾を歩く香織理さんの声が、あたしのところにも聞こえてくる。こういうストレスを感じるような道は、香織理さんの趣味じゃないんだろう。

「それは例えば、パリ19区のような街ですか? ふふっ……香織理、パリの下町は素人が歩くには不向きなんですよ」
「まあ、話に聞くかぎりではそうなのかもしれないけれど……」
「あの、それはどういう意味なのでしょう?」
「ええと、それはね――」


 雅楽乃さんの質問にちょっと考えた様子のケイリは、ちょっと小声で何かを囁いた。

「えっ……それは、本当に?」
「うわ、ケイリってば、これから食事なのに止めてよも〜……」


 心底嫌そうな淡雪さんの声。何だ、何を云ったんだ? きっと聞かなきゃ良かった的な話なんだろうけれど。

「よいしょっ、と」

 自転車を退け終えて小道を抜けると、大分スッキリした一画へと到達する。目的の喫茶店はもう目の前だ。

「フロマール、ですか。チーズケーキの名前ですね」

 喫茶店の外装を眺めていたケイリが、扉に掛けられているプレートの店名を読み上げた。店名と同じケーキが名物のお店である。
 聖應の寮と同じくらいの古い外見をしたその店は、実は聖應のOGである品の良いおばあさんが経営している。店長だった旦那さんと大恋愛の末に結婚し、旦那さんが亡くなられてからはこの店を引き継いだんだそうな。

「聖應の生徒に口伝されている隠された名店なのだよ」
「口伝て……そんな格闘家みたいなノリで云われても……」
「さ、こんな所で話してないで入りましょ」


 あっ、香織理さんズルイ! 人が案内してきたのに美味しいところだけ持っていって!
 閉まってしまった扉を再び開けて店内へと入る。すると何故か香織理さんは扉の正面に突っ立っていて。

「うわ……っと。香織理さん――」

 出掛かった文句が、香織理さんの視線の先を追って止まってしまった。そこに居たのは、

「あら? 薫子ちゃん?」
「偶然ですね、薫子お姉さま……香織理お姉さまも」


 奏お姉さまと、玲香さんだった。


 
 あたしは香織理さんと玲香さんの顔を見比べながら、心の中で悲鳴を上げた。やっちまった……! と。





**********

 どこがマッタリだ。修羅場じゃないか!
 ……おかしいなあ、プロットの段階ではこんな筈では……。



 聖應は地域に密着した学院なので、地元ではかなり有名の筈。下手なことをすれば直ぐに学院に通報が行のではないでしょうか。
 ちなみに生徒がこっそりと通うような喫茶店は、小説などでも出てきます。その中にはきっと、聖應のOGが経営するようなお店もある筈。薫子が案内したのもそういうお店の一つだと思って下さい。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

妃宮さんの中の人 8-1 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる