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zoom RSS 妃宮さんの中の人 8-2

<<   作成日時 : 2012/07/22 00:12   >>

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 最近、月二回のペースが固定化してるなあ。もっと急ぎたいんだけど。

 「アトリエ」が面白くて手が止まらないのがいけないのだw



**********



 お昼を大分過ぎていたこともあり、あたしたちはそれぞれ席に付いて食事を注文することにした。微妙な空気が漂ったものの、既にカウンター席に着いているお姉さまたちは食事を終えていたので、あたしたち五人は纏まってテーブル席に着く。
 注文を取ったウェイターが水を置いて帰っていくのを見送って、あたしはお姉さまに声を掛ける。この空気、少しでも何とかしないと……。

「それにしても偶然ですね、お姉さま」
「そうですね。昨日は遊びに行けなくてごめんなさい」
「あはは、そんなに気にしないで。お姉さまが忙しいのは知ってるし。それに、目の前で演劇のダメ出しをされなくて助かったと云うか」
「もう、そんなこと云って……でも大丈夫です。ちゃんと昨日、貴子お姉さまからDVDを頂きましたから」


 うっ、そうだった。ニコニコ笑っているお姉さまの様子からすると、まだ内容を確認していないのかもしれないけれど。いや、見た上であえて笑っているのかも……?

「奏、DVDと云うのはなんですか?」

 話に置いていかれたみんなを代表してか、ケイリがお姉さまに尋ねた。

「演劇の内容を、史さん……でしたか? その方が撮影して下さって、DVDに保存してくれたのだそうです。それを、貴子お姉さまが私にプレゼントして下さいました」
「へえ……良いな。私も一枚欲しい」
「ふふっ、ケイリさんは千歳お姉さまのファンですものね。……雪ちゃんも、史さんにおねだりしてみては如何ですか?」
「うえっ!? い、いや、それは確かに欲しくはあるけど……」


 話を振られた淡雪さんが、上目遣いになってあたしの方をチラチラ見ている。あたしとしては、黒歴史っぽいキスシーンの映像なんて残したくは無いんだけど……。
 あたしは思わず淡雪さんから視線を逸らす……と、何故か玲香さんがあたしの方を見て、ニヤッと意地悪な笑い方をした。

「ああ、それなら心配は要りませんよ。史さんの撮ったものは、創造祭の資料として学院の図書館に保管されるそうですから。貸し出しやダビングも出来る筈です」
「ええっ!? 初耳だよそれ! ホントなの玲香さん!?」
「本当ですよ」


 ……マジですか。アレが学院に何年も残り、自由に閲覧出来るとか……悪夢だ。せめてあんな「ガッチンコ」したキスなんかじゃなく、もっとロマンチックなシーンなら良かったのに。あれならまだ昨夜のキスの方が――

「……」
「あれ、薫子、どうかしたのかい? 顔が赤いけれど……」
「い、いやいや、なんでもないよ」


 こちらを見透かしたような目で笑うケイリに釣られて、他のみんなもあたしの顔を伺ってくる。いかんいかん、ここで昨夜のような状態になるわけにはいかない。思い出さないようにしなければ。

「ところで薫子ちゃん。そろそろ、そちらの新しいお友だちを紹介して頂けませんか?」
「あれ? お姉さま、雅楽乃さんや淡雪さんとは初対面だったっけ?」
「お顔とお名前は知っていますけれど、お話をしたことはありませんから」


 顔と名前は知ってるのか。まあ、二人とも一年の時からそれなりに有名だったから、エルダーだったお姉さまなら覚えていてもおかしくはない。全校生徒の前で壇上に立てば分かるけど、目立つ子と云うのは本当に目立つのだから。
 チラッと二人の方を見ると、どうもお姉さまが覚えていたのは意外だったみたいで、ちょっと驚いている。

「お姉さまの卒業前に、生徒会の会合で何度かお目に掛かったことはありますが……覚えていて頂けたとは光栄です。私は、哘雅楽乃と申します」
「れ、冷泉淡雪です。宜しくお願いします」
「はい。私は周防院奏……まあ、お二人ともご存知でしょうけれど」


 名乗ってからちろっと舌を出して笑うお姉さま。そりゃ聖應に居てエルダーの名前を知らない人なんて居るわけないだろうけどね。今の一年生だって中等部からの持ち上がり組が殆どだし。

「奏の方は、どうして玲香と一緒なのかな? 偶然ではないのでしょう?」
「え? ええと……」
「この度、正式に演劇部の部長に就任することになりましたので、その報告と少々の助言を頂きに。後は……進路のことで、少し」


 お姉さまが云い淀んだ間に、玲香さんがあっさりとケイリに説明してしまった。本人的には特に隠すようなものでもないってことか。
 ウェイターさんが注文した料理を持ってくる。それとタイミングを合わせるように、玲香さんは静かに席を立った。

「……それではお姉さま、そろそろ失礼します」
「もう、良いのですか?」
「はい。また、何か有りましたら宜しくお願いします」
「分かりました」
「それでは、みなさんもまた学院で」


 軽く会釈をしてからカウンターに代金を払いに行く玲香さん。店を出る時に一度こちらを振り返ったので、銘々で手を振ってお返しする。……結局、香織理さんは口を開かなかった。
 そして、如何にも何か有りましたって状態の人を見て、お姉さまが黙っている筈も無く。

「……良かったのですか?」
「……珍しいですね、奏さんがそういう云い方をするのは」


 主語を抜いて尋ねるお姉さまに、香織理さんもまた曖昧な返事を返した。

「ちょっとしたお節介です。本人の居ない場所だとルール違反ではありますけれど……玲香ちゃんが本当に相談したかったのは、香織理ちゃんだったと思いますから」

 じっと香織理さんを見るお姉さま。あたしを含めた他のみんなは、じっと黙って成り行きを見守った。て云うか、この空気の中で会話に割り込むなんて出来ないよ。
 お互いに見詰め合った後、香織理さんは居心地が悪そうに視線を外した。

「……去る者は追わず、が私の考えですから」

 口から出るのはお決まりの台詞。去年、香織理さんが入寮してから度々耳にする言葉は、勿論お姉さまだって知っている。

「それは、恋の駆け引きのお話ですか?」

 だから、そんな切り返しの言葉が出たときに、香織理さんは思わず呆気に取られてしまったんだと思う。あたしだって吃驚だ。香織理さんのこの言葉は、云わば『係わらないで欲しい』っていうサインと同じ。それを無視してお姉さまは踏み込んだのだから。

「香織理ちゃん。偶には薫子ちゃんを見習ったらどうですか?」
「……は?」


 ……えっ、何それ? みんなの視線があたしに集中する。……いや、あたしにだって訳が分からないし。どうしたものかと考えていると、不意にクスクスと笑い声が聞こえた。

「香織理の負けですよ。もうちょっと素直になったらどうですか? 今の香織理は、いつもの貴女らしくない」

 ケイリの言葉に眉を寄せる香織理さん。ああ、つまりなんだ。お姉さまは香織理さんに、難しいことを考えずに行動しろと云いたいのか。

「……お姉さま〜、それはあんまりなんじゃないですかね〜?」
「ふふっ……御免なさい。でも私、薫子ちゃんのそう云うところは大好きですよ?」
「うっ……」


 ずるいよ、こう云うときに嬉しそうに笑うのはさ。あ〜、自分の顔が赤くなってるのが分かる。

「……本当に、お節介ですね」
「これでも、お姉さまですから」


 えへんと胸を張るお姉さまがちょっと可愛い。

「香織理、私からも一つ助言を」
「何かしら」
「とある画家が、こんなことを云ったそうです」


 与えようとばかりして、貰おうとしなかった。
 なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。
 ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては。


「相手が大事ならば、evenになるようにしなくてはね」

 香織理さんはちょっとだけムッとした顔をしたけれど、直ぐに顔を俯かせて、それから深く長い溜め息を吐いた。
 やっぱり怒っちゃったのかな、なんてあたしたちが様子を伺う中、香織理さんは急に顔を上げると、自分が注文したクラブサンドをあたしの方へと押しやった。

「薫子、これも一緒に食べちゃって頂戴」
「へっ?」
「これ以上ここに居ると息が詰まりそうだから、忠告に従ってあの子の後を追いかけてくる」
「そっか。頑張ってね」
「ええ。……それに、本当のことを云うとね」


 香織理さんは席を立つと水の入ったグラスを掴み、男っぽい動作で一気に空けた。

「何となくだけど、玲が待ってるような気がするのよね」

 そんなことを云ってニヤッと笑った後、パチンと両手で自分の頬を叩く。そして、その気合の入れ方にあたしたちが見蕩れている間に、早足で店を出て行ってしまった。

「は〜。何て云うか、息が詰まっちゃいました」
「そうですね。愁嘆場……と云って良いのかどうか……を見てしまったのは初めてです」


 言葉を挟めなかった雅楽乃さんと淡雪さんが、安心したように息を吐く。まあ気持は分からなくもない。あたしだって、あんなドラマみたいな展開を実際に見たのは初めてだから。
 ……いや、まあ。ドラマどころか漫画や小説でも滅多に無いようなことなら、現在進行形で体験しているんだけどね。……幽霊とか。

「ゴメンね、何かとんでもないことになっちゃって。ここに案内しなきゃ良かったね」
「いえ、そんなことは。……実は玲香さんのことは、少々気になっていまして」
「おや、雅楽乃も気が付いていましたか。玲香は面に出さないですから、気が付く人は居ないと思っていましたが」


 ……ん? それはつまり、ケイリも玲香さんの様子に気が付いていたってことだよね。もしかしてあたし、上手くケイリに乗せられたのか? いやいや、あたしが今日この店を選んだのは偶然の筈……。

「それにしても、奏は香織理を煽るのがお上手ですね?」
「そんな云い方をするのはずるいのですよ、ケイリちゃん」
「ふふっ……さて、それでは食べてしまいましょうか。出来立ての食事を冷めさせてしまうのは勿体無いですから」
「そ、そうだね」


 香織理さんが居なくなったので、お姉さまが代わりにその席へと着いた。とは云え、お姉さまは食べ終わっちゃっているので、香織理さんの注文したセットに付いていたお茶を勧めておく。と、そこで不意に気が付いた。

「……香織理さん、お代を払ってない……」
「おや? だって今日の香織理の食事は、薫子が奢ることになっていたんでしょう?」
「いやいや! それってデザートだけって話だから!」


 財布の中を覗いて肩を落とすあたしの姿に、お姉さまたちは遠慮の無い笑い声を上げた。





 久しぶりに会ったお姉さまとの会話を楽しみながら、香織理さんの分も含めて確りと完食する。どうせ自分が払うんだし、残すのも勿体無い。膨れたお腹を擦りながら、みんなで食べて割り勘にすれば良かったんじゃないか……なんて後で思ったけど。

「お姉さま、まだ時間は大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。夕方から始まる劇団の練習まで、特に予定はありませんから」
「そっか。んじゃもうちょっとだけ。……いや〜、お腹が苦しくってさ」


 お姉さまと久しぶりに直接話す為の切っ掛けになったのなら、それはそれで良いかなあ。お腹が張って動けないのを云い訳にするのは、女の子としてどうなのかと思ったけどね。

「劇団ですか……そう云えば奏さまは、大学の演劇部ではなく、外部の劇団に所属しておられるのでしたね」
「ええ、そうですよ」
「あの、宜しければ、少しお話をお伺いしても?」


 さっきまでは主に聞き役に回っていた雅楽乃さんが、真剣な表情でお姉さまを見た。

「雅楽乃ちゃんは、演劇に興味がお有りですか?」
「あ、いえ……確かに興味は有りますが、実は同級生の皆さんから進路に付いてのお話を聞くことが有りまして。何某かの知識になればと」
「え、御前は進路相談までしてたの?」


 淡雪さんが驚いて眼を剥いた。先生や上級生じゃなくて、同級生の雅楽乃さんに相談とか……あたしだって進路関係の話なんて相談されたこと無いのに。

「そうなのですか。雅楽乃ちゃんは信頼されているのですね。……う〜ん、でもお話と云っても、私は訓練生でしか有りませんから、為になるようなお話にはならないと思うのですよ」
「実際にどのような練習をされているのか、先輩方との付き合い方はどうなのか……まあ、その辺りのことをお話して頂ければ」
「……雅楽乃がそこまで熱心なのは珍しいね。何か思うところが有るのかな?」


 ケイリが云う通り、妙に熱が籠もったお願いだ。でもまあ、あたしとしても劇団の話なんて滅多に聞けないから、ここは助け舟を出そうか。

「お姉さま、あたしも聞いてみたいな。そもそもお姉さまって、滅多に自分の状況を話してくれないじゃん」
「……まあ、それは……薫子ちゃんに泣き言を聞かせて、心配を掛けさせてしまっては申し訳ないですから」
「むっ……ズルイな、それ。あたしには黙ってても、響姫さんには話してるんでしょ?」
「そ、それは響姫さんとルームシェアをしているから、必然的にですね……?」


 ……しどろもどろになったお姉さまは可愛いなぁ。
 響姫さんは学院に居た頃からお姉さまのファンだったんだけど、普段はおっとりした人なのに、お姉さまに対してはやけに押しが強くなったりする。色々と事情の有るお姉さまを助ける為か、一緒にアパートを借りることを認めさせてしまったのだ。

「オホン。え〜と、先ずはその相談をした子がどのような方か分かりませんが、演劇の道に進みたいと云うのであれば、俳優養成所などの学校に進むのが良いと思います。劇団に所属すると云うことは、練習だけをするわけにはいかないと云うことですから」
「なるほど。そう云うものなのですか……」
「薫子ちゃんの持っている漫画ではありませんが、演劇の世界と云うのはとっても厳しいのです。ライバル同士での苛めも有りますし、一つの役を得る為に多くの人を蹴落とさなければなりません」
「えっ? い、虐めとか有るの? うわぁ」


 聞くんじゃなかった、みたいな顔をする淡雪さん。あたしの持ってる漫画って云うとあの有名な少女漫画だよね。……うわぁ……うわぁ……お饅頭が泥団子になったりしちゃうのか? 怖いわ〜。

「お姉さまは苛められたりしてないの? 大丈夫?」
「ふふっ……薫子ちゃんならそういう反応をすると思っていました。大丈夫ですよ、私はまだそこまでの実力を認められていませんから」
「へっ? それってどう云うこと?」
「……ああ、成程。奏はまだ、他の劇団員に相手にされていないのですね。歯牙にもかけない、と」
「うっ……ケイリちゃん、私もその辺りは分かっているのですから、余り苛めないでほしいのです……」
「ああ、ゴメンゴメン」
「えっと、どう云うこと?」


 あたしが首を傾げると、お姉さまはちょっとだけ躊躇ってから、苦笑混じりに話し始めた。
 劇団に所属する人間と云うのはみんな我の強い人で、演技に関して意見がぶつかるのは当たり前。お客さまに最高の演技を見せる為に、そして最高の自分を見てもらう為に切磋琢磨している。
 自分に自信が無いような人や自分の意見を云えない人なんかが舞台に立っても、お金を払って見に来ているお客さまに対して失礼でしかない。みんな必死になって一歩でも抜き出ようと頑張るのは、演劇の世界で生きて行くのなら当然のことなのだ、と。
 苛められたり妬まれたりするのは、才能と実力を認められている証拠。そういうのを跳ね返せるような役者になって、初めてレギュラーとしてそれなりの役を貰えるようになるんだそうな。

「私の他にも何人かの人が新しく入って来ましたけれど、先輩のみなさんは私たちを見て、『取り合えず放っておいて、勝手に潰れるような子や、扱いに嫌気がさして辞めていくような子は要らない』って考えているのが分かるのです。……実際、今の時点で残っているのは私だけですし」
「……そうですか。やはり、現場にいる方の意見というのは違いますね」
「この程度で良かったのですか?」
「はい。奏さま、有難うございました」


 想像以上に大変なんだな……そんな世界に飛び込んで頑張ってるお姉さまは、本当に凄いよね。のんべんたらりとエスカレーターで大学に行くあたしからすると、それだけ打ち込めるものが有るのは羨ましいよ。





 カランカランとベルが鳴る扉を開けて、お店の外に出る。お昼を食べに来ただけの心算だったのに、思ったよりも長居してしまった。

「それではお姉さま方、また明日」
「薫子、奏、またね」
「うん、気を付けてね」


 ケイリたちは、駅へと向かう近道を自転車の間を擦り抜けながら歩いて行く。あたしとお姉さまは三人を見送ってから、アーケードの方へと足を向けた。……あ〜も〜、この不法駐輪は何とかならんのか。

「薫子ちゃんのお陰で助かるのです。私一人だと、自転車を退かすのも大変で」
「あははっ、体力だけが取り柄ですから」
「今日は、薫子ちゃんと話せて楽しかったのです」


 そりゃこっちの台詞だよ。お姉さまの教えてくれたお店とは云え、ここで会うなんて思ってもみなかったから。色々と考えさせられたし。
 香織理さんに云い聞かせたケイリの言葉を思い出す。いつもいつも、あたしの方から話してるだけじゃ駄目だよね。お姉さまに色々と貰っている分、あたしもお姉さまに返していかなきゃいけないんだ。

「ね、お姉さま」
「何ですか?」
「あたしは頼りないかもしれないけどさ、もっと色々聞かせて欲しいな。お姉さまの考えてることとかさ」
「……そうですね。有難うございます」
「へへっ……どう致しまして」


 細い道を通り抜けてアーケードの中に入ると、お姉さまはあたしの隣に並んで歩き出した。背も歩幅も違い過ぎるので、どちらからともなく歩調を変える。
 お姉さまに合わせてゆっくりと歩いていると、不意にお姉さまがあたしの顔を見上げてきた。

「薫子ちゃんも、遠慮しなくて良いのですよ?」
「……あ〜、あたしってやっぱり分かりやすい?」
「今日の薫子ちゃんは、自分のことを余り喋りませんでしたから」


 敵わないなぁ、もう。こうやって下から顔を覗き込まれると、全部見透かされてるような気分になるよ。でも、どうするかな。お姉さまに隠し事をするのは申し訳ないけれど、千歳や千早のことを離すわけにはいかないもんな。

「正直な話、お姉さまにどうやって話したら良いか迷ってるんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。難しいと云うか、複雑と云うか」
「では、先ずはそれを単純な考えにしてみると云うのはどうでしょう。最初から順番に」


 単純な考えか。ふうむ……そもそも、何であんなことしちゃったかって話だよね。思わずムカッとして自分から……あ〜……照れてる場合じゃない。

「ええとね。あたしにとっては凄く大事なことが有ったんだけど、相手にとってはそれが大したことじゃなかったみたいなの」
「はい」
「それであたしはムカッとして云い返したんだけど、相手は余り理解していなかったみたいなのね」
「……成程。価値観が違ったと云うことですね」


 そうだ。あたしにはとても忘れられないような出来事だったのに、千早にとってはそうではなかったってことなんだ。
 忘れても良いようなこと。適当にあしらわれたこと。歯牙にもかけない。取り合えず放っておいて、有耶無耶になるならそれで良いって云うような……。

「あ、あれ?」
「……どうかしましたか?」


 ちょっと待て。つまり、あたしは千早に素気無くされたのが気に入らないってことだよね。

「……ねえ、お姉さま」
「何ですか?」
「相手に素気無くされてムカッとするってのは、どう云うことだと思う?」
「……普通に考えれば、もっと自分に気を掛けて貰いたいと云うことではないでしょうか」


 そうだよね。あたしは千早にもっと気にして貰いたいって思ってるってことだよね。

「ん……? あれ? ねえお姉さま、相手にもっと気にして貰いたいって云うのは、結局のところ……」
「そうですね……自分を見て貰いたい、自分が思っているのと同じくらい、相手にも思って貰いたいってこと……まるで、片思いみたいですね」
「はあっ!?」
「ひゃっ!? か、薫子ちゃん?」


 片思いですと!? それって、要するに、あたしは、千早のこと……?

「あ、あわわわわ」
「大丈夫ですか、薫子ちゃん」
「おおおおおお姉さま、あたし、ききき気が付いちゃった……」






 こんな、もやもやした気持ちが、恋ってことなのかーーーーっ!?





 ふと気が付くと、アーケードの端っこに在るベンチに座らされてた。お姉さまはあたしの前に立って、心配そうな顔をしている。

「あの、薫子ちゃん。本当に大丈夫なのですか?」
「ウン。大丈夫ダヨ」
「……とてもそうには見えないのですが……顔も赤いですし……」
「ウン、大丈夫ダヨ」
「劇団の練習が無ければ、寮まで送っていけるのですが」
「ウン、大丈夫ダヨ」
「……はあ。……薫子ちゃん、好きな人が出来たのですか?」
「ウン、大丈夫……じゃないよ……どうしようお姉さまぁ〜」
「どうしようと云われても……」


 うう〜、一度そうだと思ってしまうとどうにも落ち着かないよ。

「薫子ちゃん、取り合えず落ち着きましょう? 周りの人も見ていますから。さ、深呼吸です」
「ふぇ? あ、うん」


 云われて思わず辺りを見回すと、確かに何人かがこっちを見ていた。しかも目線が合うとそっぽを向かれる。うおぉ、恥ずかしいよー。深呼吸深呼吸、ひっひっふー、ひっひっふー。

「それはラマーズ法……いえ、落ち着くなら良いのですが」
「ふう……今度はホントに大丈夫」
「そうですか。……ええと、薫子ちゃん。良く聞いて下さいね?」
「は、はい」


 お姉さまは座っているあたしの両肩に手を置くと、真正面からじっと見詰めて、ゆっくりと口を開いた。

「さっきのは、あくまでも私の推測であって、それが正しいとは限らないのです」
「……うん、それは分かるけど……」


 そもそも、あたしは考えるのが苦手だから、ここまで困っているわけでして。と云うか、考えて答えの出るようなものなんでしょうか、お姉さま?

「私も……その、男の方に憧れたことは有りますが、それは好きと云うよりは尊敬と云うべきものですから、助言するのは難しいのです」
「そうですか……」
「だから、ありきたりな話になってしまいますが……薫子ちゃんの気持ちのままに、素直になって考えてみて下さい。薫子ちゃんは、その……照れ屋さんですから、いざと云うときには勢いで誤魔化してしまいそうですし」
「はうっ……仰る通りで御座います」


 いや、正しく昨日のキスそのものが、勢いで誤魔化した的なものだったもんね。どうしよう。どうすれば良いかな?
 ……そうだ。取り合えず千早の顔を見て、自分がどういう状態になるか確認してからにしよう。案外普通に話せるかもしれないじゃん。

「……よし。お姉さま、取り合えず覚悟は決めました」
「だ、大丈夫なのですか?」
「大丈夫……かどうかは分かりませんが、やっぱりあたしは勢いが有ってナンボの性格ですし、その人に会ってから考えます」
「ええっ……? そ、それは心配なのですよ……」
「結果は夜にでも報告しますから、お姉さまは劇団の練習に行って下さい。遅刻なんて出来ないでしょう?」


 虚勢に見えるかもしれないけれど、何とか笑顔を作ってお姉さまを促す。
 二秒・三秒と正面から見詰め合って、あたしが我慢しきれずにうがーっと吼えそうになったとき、お姉さまはあたしの肩に置いていた手を離してから大きな溜め息を吐いた。

「……分かりました。薫子ちゃんも存外頑固ですからね。ここは私が引き下がります」
「ありがと、お姉さま」


 さて、そうとなったら善は急げだ。時計を確認すると午後二時半と云ったところで、今からなら千歳の家に行けるだろう。
 あたしはベンチから立ち上がって、まだ心配そうな顔をしているお姉さまに頭を下げる。

「どたばたしちゃって済みません。ちょっと行って来ますね」
「気を付けて下さいね?」


 手を振って見送るお姉さまにもう一度頭を下げてから、あたしは駅へと向かって歩き出す。
 待ってろよ千早、今直ぐ行って確かめてやるんだから!



**********

 テンパッた末に、ちょっと方向を間違えて突っ走る薫子が書けてれば良いんですが。
 作中のケイリが言っている言葉は、ネットで拾ったゴッホの言葉です。

 ちなみに、奏が言っている尊敬している男性は瑞穂のことです。

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