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zoom RSS 妃宮さんの中の人 8-3

<<   作成日時 : 2012/08/03 23:50   >>

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 ラブコメ注意報発令。

 今回は、ラブコメ補正の働きによっておかしな言動をしているキャラがいるかもしれません(笑)


**********


 電車に乗って三駅、夏休みの時のことを思い出しながら、妃宮――御門邸を目指して駅を出た。駅前の商店街を抜けて歩くこと20分。見知らぬ高級住宅街を歩いてると、自分が不審者に思えてくることって無いかな?
 勢い付けてここまでやって来たのは良いものの、千歳たちの家には一回しか行ったことがないので場所が良く分からない。結果的に、あっちをキョロキョロこっちをウロウロしながら歩いているのだけれど。あっ、あの家の人、何かこっちを見てる。通報なんかしないでよ〜……。

「ふええ……どうしよ……そうだ、史ちゃんに電話すれば」

 ビクビクしながらどっかの家の壁際に寄り、携帯を取り出して史ちゃんに電話を掛ける。……っと、流石は万能侍女さん、2コールで出てくれるとは助かる!

『……もしもし、史でございます』
「ああっ、良かったよ史ちゃ〜ん」
『薫子お姉さま。どうかなさいましたか?』
「いや実はね、今、千歳の家の近くに居てさ――」



「は? 居ない?」
「はい。千早さまは映画を鑑賞なさると云うことで、十二時過ぎにお出掛けになりました」


 で、史ちゃんナビで何とか御門邸に辿り着いたと思ったらこの返事だよ。そりゃまあ、確かに居るか居ないかを確かめなかったあたしが悪いんだけどさ。

「千早さまがお帰りになるまでお待ちしますか? 千歳さまも奥さまもお喜びになるかと思いますが」
「う〜ん……ちなみに、今は何してるの?」
「史が撮影した演劇の上映会を行っております」


 あ〜……なるほど。千早め、逃げたんだな? 分かる、その気持ちはあたしにも良く分かるぞ。家族の居る前で自分のキスシーンとか、何の罰ゲームだっての。
 そもそも、千早を好きかどうかって確かめるのに、千歳や妙子さんの居る前でなんて無理でしょ。

「折角のお誘いだけど、遠慮しとくよ。特に急ぎの用事って訳じゃないしさ」
「そうですか」


 史ちゃんにお礼を云って、元来た道を引き返す。史ちゃんが携帯に駅から家までの地図をメールで送ってくれたので、次からは迷わずに済むだろう。
 しかし、これからどうするかな? もう良い時間だし、このまま寮に帰ろうか。

「結果を気にしてるだろうお姉さまには悪いけど……何か肩透かしだよなぁ」

 このままだと、夜になって千歳たちが寮に戻ったとき、あたしは既にヘタレているような気がするよ。大体、寮には余計な人が多過ぎて、かなり面倒臭いことになるような気もするし。
 ……そう云えば、千早は映画だって云ってたな。前に街中で会った時も映画を見た後だったような気がする。映画が好きなんだろうか。

「……ふむ。もしかすると、駅前でバッタリ会うなんてことが有るかも」

 もしそう云うことが有り得るのなら、ちょっとは運命的なものを感じるかもしれない。いや、あたしだって女の子だから、そう云う出会いに憧れたりもするんだよ!
 ……誰に云い訳してるんだ、あたしは。





 結果的に云うと、運命の出会いは有った。
 但し、それはあたしの考えていたものとは、ちょ〜っと違うものだったけれど。





 電車に乗って聖應まで帰るのだから、駅前の商店街を通るのは当然のこと。
 でもまあ、正体を隠している関係上、千早は地元で目立つことなんてしていないんじゃないかなって考えていたのだけれど。

「……こんな所で何やってんのよ、あいつは」

 あたしの視線の先、大きな駅前ロータリーの島の部分に、非常に目立つ銀髪の人物が居た。この辺りは高級住宅街だからして外人さんも多いのかもしれないけれど、柔らかく波打った髪を無造作に首の後ろで束ねているその後姿は、既に見慣れているものだ。
 島の真ん中で立ち止まって何をしているのかと良く見ると、隣に居るチャラ男と何やら話しているみたいだった。誰だろう。友だちかなんかだろうか?
 横断歩道の信号が変わって、あたしは千早たちが居る島へと向かって歩み寄る。何を話しているのかなと聞き耳を立てると、あたしの予想とは違う言葉が聞こえてきた。

「でね、そのお店は男が一人で入るのはちょっと恥ずかしいんでさ、君みたいな子が一緒なら凄く助かっちゃうわけよ。ねっ、協力してよ?」

 ……地元の友だちとかって感じじゃないなあ。千早のこと、女の子だと思ってるみたいだし。もしかしてナンパ?

「ね〜、無視しないでよ。日本語分からないって訳じゃないんでしょ?」
「……」


 表情を伺える辺りまで近付くと、無表情ながらもムスッとした感じの千早と、ヘラヘラ笑いながら千早に声を掛けている男がハッキリと分かるようになる。
 あ〜、でもあれ、男の方は大分焦れてる感じだな。口元が引き攣ってるじゃん。何で千早はさっさと断らないんだろう。そんなことを思っていると、男が手を伸ばして千早の腕を掴むのが見えた。
 こんな時、周りに居る誰もが見て見ぬ振りをするって云うのは何とも詰まらない感じだよね。気になってるくせに手は出さない、面倒ごとには係わりたくないってさ。
 大体、何で千早は相手の云いなりになってるの? 嫌なら嫌ってはっきり云えば良いのに、ホンットにムカつくなあ。云い寄ってるのが女だったらそれはそれで嫌だけど、好きな男が男に云い寄られているのを見て焼餅を焼かなくちゃいけないなんて理不尽だろ。
 あれ? これって焼餅なのか? ……まあ、今は千早を助けるのが先だ。

「……やめたら? この子、嫌がってるでしょ」

 あたしはチャラ男の手首を握り締めて軽く捻り上げた。握力そのものでは敵わなくても、握る場所と力の籠め方で腕を捻ることは出来る。聖應にも護身術の授業が有ったりするけれど、あたしのは昔に剣道の先生から教わった格闘術だ。

「い、痛えな、何すんだよ」
「あんたさあ、駅前の交番から丸見えの場所で、こんなことやってて大丈夫だと思ってる? 周り見なよ。注目されてるよ?」


 チャラ男はあたしの言葉を聞いてぐるっと周りを見た。遠巻きにこちらを伺っていた人たちが、係わりたく無いと云うように視線を逸らす。しかし何人かの人間は、明らかに失敗だったナンパの結果を笑うような仕草をしていた。
 チャラ男の顔色が複雑な赤色に変わったかと思うと、ちっと舌打ちをしてあたしの手を振り払う。別に捕まえておく心算はないので、あたしはあっさり手を離した。

「……一つ云っとくけどさ、この子、男だから」
「……!?」


 聞こえるようにそっと呟いてやると、チャラ男は明らかにギョッとした様子で千早の顔を見て、あたしの顔を見て、もう一度千早の顔を見てから、素早く人ごみの中へ消えていった。……これで懲りれば良いんだけど、あの手合いは馬鹿だからなぁ。ま、それは兎も角。

「大丈夫? それとも、余計なお世話だったかな」
「……いえ、助かりました」


 なら、何でそんな嫌そうな顔をしてるのかね、千早さんや。

「……取り合えず、場所を変えませんか?」
「ん? あ〜、そうだね」


 聖應に居ると周囲から視線を集めるのはいつものことなので、あたしはそれほど気にならなくなっちゃったけど……ロータリーの真ん中に居ると嫌でも目立つ。あたしは横断歩道の向こうに見える商店街を指差して、千早と共にそちらへと足を向けた。
 特に何を云わなくても、自然と横に並ぶ形で歩くあたしたち。あたしはちょっと気になって、横目で千早の表情を見た。

「……何ですか?」
「ん? いや、何でも」


 不審そうな顔をする千早に愛想笑いして、視線を正面へと向けた。
 ……ちょっと気になるあの人は、町で男からナンパされるくらいの美人さんでした、か。正直な話、千早の容姿がもっと男らしかったり、あるいは性格が男前だったりしたら、あたしはここまで悩まなかったんだろうな。
 お姉さんの為に一生懸命頑張ってるし、将来のことだって留学だとか色々考えてるし、人間として尊敬は出来る。だけど、それは異性としての千早を好きになったこととは無関係だと思うのだ。
 ……だって、さ。あたしよりも女らしい千早を、同姓ではなく異性として好きになる要素ってどこに有るの? 千早を男として意識した時ってさ、正直……その、お風呂場でアレを見ちゃったときくらいなんだよね。

「……街中で何を考えてんだあたしは」
「何か云いましたか?」


 再び、千早があたしの方を見て問い掛けてくる。小首を傾げて、あたしよりも僅かに下からの視線に、不思議そうな色を乗せて。

「……それもこれも、千早が可愛いのが悪いんだよっ!」
「はっ!? 何ですかいきなり!?」
「うっさい! 何かもう頭に来る!」
「いや、訳も分からず怒られても困るんですが」


 ふんっ! 悔しかったらもっと男らしくなってみせろ! あたしは、もっと普通の恋をしたいんだからな!





 商店街の中央の道を、千早と二人並んで歩く。……タイミングが合わないと、こうも云い難いものなんだな。最初の勢いも無くなっちゃったし。

「そう云えば、薫子さんは何故あそこに居たんです? 千歳さんに用事ですか?」
「あ〜、いや、あたしは千早にちょっと話したいことが有ってさ。ただ、家に行っても居ないって云われたんで、今日は帰ろうかな、と」
「そうですか。僕に話というのは?」


 う、改まって尋ねられると……落ち着け、取り合えず今は別の話だ。

「あ〜、あはは……ち、千早は映画を見に行ってたんだよね。何で駅前に?」
「え? それは……今日は母さんと千歳さんの誘いを断って出てきてしまったので、お詫びにお茶菓子でも買って帰ろうかなと思いまして」
「あ、そうなんだ〜。あはは、そうだよね、自分の演技を客観的に見るとか恥ずかしいよね。キスシーン……と……か……」
「……」


 おおうわああっ、話題選択を間違えたっ! 見ろ、千早が目を逸らしたりなんかしちゃって、余計に気拙くなっちゃったじゃないか!
 落ち着け、落ち着け。いつまでも商店街が続くわけじゃない。意味も無くダラダラと千早の家まで一緒に歩くわけに行かない。早く云わなきゃ。

「……えと、さ、千早。昨夜の件なんだけども」
「は、はい」


 うう……緊張する。喫茶店とかに入らなくて良かった。こんな話、顔を正面に見ながら出来るもんじゃない。

「その……アレは別に、悪戯とか、からかってるとか、特に意味が無いとか、そう云うものじゃないから」
「え?」
「だからさ、その……あたしは、千早のことが、好き……みたいでさ」


 云った! 云ってやった! 最後にヘタレちゃったけど、あたし的にはこれで精一杯だから勘弁して!
 ふと我に返ると、千早は驚いて足を止めていた。……やっぱり、いきなり過ぎただろうか? 確かにムードとか考えない云い方だったけど。

「千早?」
「あ、はい……その、済みません」
「えっ? そ、それって、その、お断りするって……こと?」


 ……振られた? 済みませんってそう云うことだよね? え? あれ? ……嘘、あたしって振られたの?

「……ふっ……ふぐっ……」
「……っ!? か、薫子さん、落ち着いて!」


 やだ、泣けてきた……うわあ……何これ、凄いショックじゃん。香織理さんが調子悪くなったのが分かるよ。
 頭から血の気が引いて、体がふらっと揺れる。千早の顔を見ていられなくなって逃げ出そうとした時、後ろからあたしの腕が引っ張られた。

「は、はなじでっ」
「誤解しないで下さい。取り合えず落ち着いて」
「……おぢづげない……無理……」


 千早は、涙で変な声になってるあたしを無理矢理に引っ張って、道の端へと寄っていく。俯いて涙を堪えていたあたしは、いつの間にかビルの壁に背中を預けていた。

「云い方が悪くて御免なさい。別に薫子さんが嫌いと云うわけじゃないんです。ただ、僕の認識している状況と違うもので、つい」
「……どういうこと?」
「えっと……一つ確認なんですが。薫子さんは、女の子が好きな人じゃないんですか?」
「……は?」


 あたしは、顔が涙やら鼻やらで酷いことになっているだろうことも忘れて、まじまじと千早の顔を見詰めてしまった。





 あたしは千早に手を引かれるまま、その場から逃げるようにビルの間を通り抜け、ブランコとジャングルジムが置いてある場所へと辿り着いた。商業地区の真ん中だから敷地は狭いけど、それでも一応は公園と云えるものになっている。

「はい、どうぞ」
「……ありがと」


 千早が缶の紅茶を手渡してくれたので、素直に頂戴する。自販機で買ったそれは微妙な温かさだった。冷まさなくて飲めるのは、今のあたしには有り難いけれど。
 プルタブを引いて紅茶を飲む。……想像通りの温さ。きっと業者が補充したばかりなんだろう。ふ、と息を吐いてから、さっき聞いたことを問いただした。

「それで、何で千早は、あたしが……その、あっち系だと思ったの?」
「あ、はい。その、寮のみんなから色々と聞いた話とか、状況からなんですが……」


 あたしの様子を見て、千早も自分の判断が間違っていると分かったんだろう。微妙に云い難そうな感じでぽつぽつと語り出した。
 あたしが美人に弱いことや、あたしとお姉さまの関係。さまざまな逸話。
 昨夜のキスの状況や、さっきあたしが云った、千早が可愛いのが悪いって言葉。

「それで、薫子さんが好きなのは千歳さんで、同じ顔をしている僕に苛ついているのではないかと……」

 ……開いた口が塞がらないって云うのは、こういう状況なんだろうな。だって千早の話を聞いても、何でそう云う結論になったのか良く分からないんだもの。これが男と女の差ってことなんだろうか?
 あたしの様子を伺うように上目遣いになる千早を見ながら、脱力したあたしはジャングルジムに寄りかかった。何となく空を見上げて、云われたことを考える。
 美人に弱いって云うのは、単に綺麗な顔をした人に見詰められると照れるってだけのことだ。そりゃ千歳が来た当時は、確かに照れが入っていたけど……妙な夢を見たこととか誰にも話してないし。
 お姉さまとの話は好きとか嫌いとか云う話じゃなくて、尊敬しているってことだ。確かに学院の中には、下級生と関係を持つ香織理さんのような人だって居るけれど。
 キスのことは、別に千歳とキス出来なかったから悔しいとかそう云うのでは全然無くて、さっきのだって千早が男なのに可愛いから……あ、これは別に間違ってないか。
 ……兎も角。

「……千早」
「は、はい」
「まず、誤解の無いように云っておくけど、あたしはノーマルだから」
「そ、そうですか」


 そうなんだよ。確かに女同士だと、一緒にお風呂に入った時にちょっとしたお茶目をすることは有るけれど、別にみんながみんなそっちの気が有るってことじゃないんだ。
 まあ確かに、男の子が女の子みたいに互いの身体を戯れに触り合うようなことをすれば、ものすご〜く嫌な感じになるだろうけどさ。

「確かに千歳のことは好きだけど、それは、え〜と……そう、Like。分かる? あたしがさっき千早に云ったのは、LikeじゃなくてLove。Understand?」
「は、はい。……その、有難うございます」


 思わず英語で説明すると、何故か千早は顔を真っ赤にして俯いてしまった。……何これ可愛い。これで男ってやっぱり反則でしょ。千早がそんなんだからあたしが余計に変な気分になっちゃうんだよ。大体、何でそんなに赤くなってるの……あ〜〜〜〜っ!?
 あたしってば、勢いに任せて何云っちゃってんだ!? ライクじゃなくてラブとか、思いっきり告白してるじゃん!

「あ、う……え〜と、ですね、千早さん」
「は、はい」
「その、悪戯けとかじゃ有りません。真面目です」
「そ、そうですか」


 こ、これ以上何を云えば良いんだ? 何で敬語? 顔に血が集中するのが分かる。今のあたしは千早と同じくらい真っ赤になってるだろう。

「へ、返事はっ!」
「は、はいっ!」
「あ……後で構わないから! それじゃっ!」


 駄目だっ! これ以上耐えられない! あたしのヘタレ! 弱虫!
 こんな時の作戦は一つだけ……それは、逃げる!

「えっ!? ちょ、薫子さ――」

 戸惑った声を上げる千早をその場に残し、あたしは全力で駆け出した。





「き、気が付いたら寮の前だった。何を云ってるのか分からな以下略」

 思わず口に出してしまった。いや、だって本当にその通りなんだもん。あたしはどうやって帰って来たんだろう。少なくとも電車を乗り降りして、駅から学院まで歩いてきたんだろうけどさ。
 ああ、顔が熱い……あたしはどんな顔で帰って来たんだろうなぁ。恥ずかしくて別の意味で顔が赤くなるよ。誰か知り合いに見られたりしてなければ良いんだけど。
 それにしても、お姉さまの云う通りだったな。あたし的にはゆっくり話した心算だったけど、結局は勢い任せの告白になっちゃった。しかも相手の返事を聞かずに逃げ出すとか、どうしようもない。

「大体、夜になったら帰ってくるんだから、結果的には逃げたことになってないし……」
「……ふうん、何から、逃げてきたの?」
「何って、そりゃ千早から――」


 ――え? 今の声、誰?
 あたしは錆付いた機械みたいにゆっくり背後を振り返る。そこに居たのは、何故か微妙に息を切らしている香織理さんだった。

「か、香織理さん、いつから……?」
「……その様子だと、やっぱり気が付いていなかったのね。駅から薫子が出てくるところを見かけて声を掛けたんだけど、どんどん歩いていっちゃうから、慌てて追いかけてきたのよ」


 駅から……? それってつまり、全部見られてたってこと?

「顔が赤いから調子でも悪いのかと思って心配してたのに、やけに早足で歩いていくんだもの。……でも、その感じだと、赤くなっていたのは別の理由みたいね?」
「はうっ!?」
「……んふ。さ、寮の中に入りましょ。こんな所で立ち話する必要も無いでしょ?」


 にたりという表現がぴったり来る笑いを浮かべて、あたしの腕を抱え込む香織理さん。そのままあたしを引っ張って、寮の玄関の鍵を開ける。

「あ、いや……」
「まあまあ、良いではないか良いではないか。薫子のお陰で玲と話も出来たんだし、今度は私が薫子の手助けをしてあげないとね?」
「そ、そう、良かったね〜香織理さん。でもあたしは自分で何とかするから――」
「はいはい、それで? さっきの話し方すると、今夜ここに帰ってくるのは千早さんってことよね? いつから千歳と入れ替わるようになったのかしら?」
「た……たぁすけて〜!」


 力はあたしの方が強い筈なのに、何で振り払えないんだ〜?
 ズリズリと引き摺られて寮の中に連れ込まれたあたしの前で、無常な音を立てて扉が閉まった。

 食堂に連れ込まれたあたしは、初音たちが帰ってくるまでの間という時間制限を付けた上で、香織理さんにある程度の話をすることにした。
 勿論あたしの一存じゃなく、史ちゃんに電話で確認をした。隠せるならそれに越したことは無いんだけど、要点を上手く誤魔化して香織理さんを煙に巻くような話なんてあたしには出来ないからね。

「水臭いわよね」

 それが、あたしの話を聞いた香織理さんの第一声だった。

「ゴメン。ただ、荒唐無稽って云うか、話しても信じて貰えないんじゃって思ってたしね」
「まあ、千歳が幽霊で、千早さんに憑くことで女の子の身体になるってのは、流石に考えなかったけどね。夏に千早さんと会った時に、もしかしたら入れ替わりはしているかもって思ってたけど」
「えっ、そうなの?」
「あれだけそっくりなんだもの、それくらい考えるわ。実際には同一人物な訳だから、似てて当たり前なんでしょうけど。……まあ、実際に確信を持ったのは昨夜な訳だけど?」
「うっ……」


 ええい、このネタはいつまで引っ張られなきゃいけないんだ!

「それが遊びだったとしても、薫子が女の子とキスするなんて思わないもの。必然的に相手は男……千早さんになるでしょ? そう云えば昨日はお母さま方も来ていたし、途中で抜けて寮に戻ったりしていたから、なんて考えていれば色々と見えてくるものよ」
「もう……香織理さんは探偵にでもなればいいんだよ」
「あら、私は他人の秘め事を暴いて喜ぶような趣味は無いわよ?」
「じゃあ今云っているのは何なのさ〜」
「それは勿論、愛情の成せる業よ


 綺麗なウィンクをして見せた香織理さんは、脱力して机に伏したあたしの頬を突いてくる。口で勝てるなんて思っちゃいないけどさ、もうちょっと手加減してほしいよ、全くもう。

「それで、薫子のお相手は千早さんってことで良いのよね?」
「う〜……ばれちゃったからには、経験豊富な香織理さんの意見も聞いてみたいとは思うけどさ」
「構わないわよ、私に答えられる範囲なら……って、もう、良い時間ね。聞いて貰いたいのなら、後で私の部屋にいらっしゃいな」


 何で今じゃないの? って聞こうとした時、玄関の方で音が聞こえた。そっか、もう初音たちが帰ってくる時間だもんね。みんなの前で自分の恋バナは遠慮したい。

「ただいま〜。薫子ちゃん、香織理ちゃん、お留守番ありがとうね」
「お帰り」
「お帰りなさい。褒めてくれたのは嬉しいけど、実は私たちもさっきまで出ていたのよね」
「そうなの?」
「あはは……ほら、取り合えず用を済ませてきなよ。一杯働いてお腹空いてるんでしょ。御飯の前に軽く食べるものを用意しておくからさ」


 初音や優雨ちゃん、沙世子さんたちを見送って、お茶とお菓子を用意するべく立ち上がる。そろそろ寮母さんが御飯を作りに来る頃だし、少なめで構わないよね。

「薫子はお菓子の方をお願いね? 私はお茶を用意するわ」
「は〜い」


 何も云わないのに手伝ってくれる香織理さん。その気遣いに感謝しながら戸棚の中を漁る。

「ああ、それとね、薫子」
「ん〜、何〜?」
「さっきの話、みんなに打ち明けても、きっと受け入れてくれると思うわよ? 千歳にもそう話しておいてね」


 思わず振り返って香織理さんを見る。……ケトルの火加減を眺めていて、特になんでもないように振舞ってるけど。

「そういうのは〜、本人に云うのが良いんじゃないかな〜?」

 あたしはちょっと笑いながら、お菓子の箱を抱えて食卓へと戻る。さっき苛められた分、照れ屋さんに仕返しするくらいは構わないよね。





「ただいま〜」
「ただいま帰りました」
「お帰り、二人とも遅かったね」


 長いようで短いような、一周回ってやっぱり長いような。そんな一日の終わり頃になって、漸く千歳と史ちゃんが帰ってきた。……千早じゃなくてちょっとホッとしてしまった。まあ、あたしの恋の相談よりも、色々とばれちゃったことの相談とかの方が先なんだけど。
 食堂に残っているのは、あたしと香織理さんの二人だけ。みんなに打ち明けるにしても色々と準備がいるし、学院側の責任者である緋紗子先生にも話さないといけないだろう。いつも仕事で大変な先生に余計な問題を抱えさせたくないけれど……なんて色々と話していたんだけれど。

「今日はのんびりした良い一日だったよ〜。お寝坊した薫子ちゃんも、ゆっくり休めたかな?」
「……」


 あたしは無言で立ち上がり、千歳のほっぺを左右に引っ張る。半分方自業自得とは云え、こっちは半日駆けずり回ったって云うのに、この子は〜!

「ふぇへ〜? いたひいたひ! にゃにすりゅの〜?」
「ただの八つ当たり」
「りふじんだよ〜!」


 涙目になった千歳の文句を聞き流して、あたしは十二分に千歳のほっぺの柔らかさを堪能した。……千早のほっぺもこのくらい柔らかいのかな、なんて密かに思ったのは内緒だけどね。






**********

 やっちゃったな〜、って言うのが今回の感想。ラブコメなんて書けないっちゅーの。

 千早はあんなに鈍くないだろう、と思われるかもしれませんが、このお話の中の千早はあんなものです。
 千歳が昔から傍にいた影響で、微妙に子供っぽさが抜けておらず、天然っぽいところも有ります。
 ちなみに一部お気づきの方も居るかと思いますが、ここの千早は人間不信……父親不信というわけでは有りません。海外留学が決まっているのはその所為です。

 ……このままだと遠距離恋愛になっちゃうんだよね。頑張れ薫子。


 次回はEX。タイトル通りのんびりした一日の千歳、とその他の方々。

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