A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 8-EX

<<   作成日時 : 2012/08/16 23:15   >>

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 そう言えば、第八話って創造祭後の一日だけの話なんですよね。
 *雅楽乃と淡雪のパートを追加しました。

 のんびりしてるのは千歳だけですけど。

 今回から執筆環境(使用ソフト)が違ってるので、文字変換が変わってるかもしれません。

**********



 朝の千歳と寮の風景

 大好きな弟と大好きな友だちのキスシーンを間近で見て、興奮して眠れなかった――なんてことは無く、千歳はいつも通りの時間にいつも通りの目覚め方をした。
 千歳は偶に部屋の明かりを消して、窓の外の星空を見ながら眠る。昨日もそんな風にして眠ったので、部屋のカーテンは開け放たれていた。そんな窓の向こう側には灰色の雲が流れている。

「う〜ん……今日は曇ってるね〜……」

 お日様が覗いていれば良い目覚めになったのにな、何て思いながら、千歳はベッドから降りて窓際に歩み寄った。

「んにゅぅ〜」

 組んだ両手を大きく上げて伸びをする。大きな欠伸で零れた涙を指で擦っていると、部屋の扉が静かにノックされた。
 早朝に千歳の部屋を訪れるのは一人しか居ない。千歳は扉に近付いて、そこに佇んでいた少女に挨拶した。

「お早う、史」
「お早うございます、千歳さま」


 既に起きていた千歳に若干驚いたものの、丁寧に朝の挨拶をする史。千歳が扉の前を譲るとするりと部屋に滑り込み、静かに扉を閉めた。
 史は窓に近寄ると適当に開け放たれているカーテンを纏め、次にベッドへと近寄って寝具を纏める。そうやってこまめに動いている史を見ていた千歳は、そっと史の後ろに近付いてから、その小さな身体を腕の中に包み込んだ。

「千歳さま、片付けが出来ません」
「ん〜……もう少しこのまま〜……」
「……はい」


 軽く息を吐いて動きを止める史。こうなってしまうと直ぐには開放されないと、何度も経験して知っていた。
 千歳曰く、史を「ぎゅっ」とするのは「史成分」の補給らしい。いまいち良く分からない感覚では有るが、千歳に抱き締められるのは嫌ではないので、そのまま千歳に身を任せる。

「……ん、終了〜」

 手の位置を変えて妙なところを触ってきたり、髪の中に顔を埋めて匂いを嗅いだり――くすぐったくて恥ずかしい時間を耐えた史は、漸く千歳から開放された。顔の赤さを気にしながら自らの服装を整えて、念の為に問い掛ける。

「もう、宜しいのですか?」
「うん」
「では、鏡台の方でお待ち下さい。直ぐに片付けてしまいますので」
「は〜い」


 大人しく鏡台用の椅子に腰を掛けた千歳を確認してから、史は再びベッドへと向かう。昨夜のことなど無かったかのような、常と変わらぬ主従の朝の風景だった。



 千歳が聖應女学院に来て学んだことは沢山有るが、その中の一つに「大勢で食事をするのは楽しい」と云うものが有る。
 生前はベッドから出られなかったので食卓に着くことも出来ず、千早の身体を借りられるようになってからも、父親が海外に居る御門家では、母と二人きりの食事だった。史は家族同然ではあるが、侍女が主と食卓を共にすることは出来ないと頑なに主張していたからだ。
 ともあれ、千歳は学生寮に入寮してから、初めて多人数での食事を経験したのである。TVを見ながら食事をすると云う無作法を覚えて、史を嘆かせたりもしたのだが。

「お早うございま〜す」
「みなさま、お早うございます」


 身嗜みを整えて食堂へと赴くと、寮の住人の殆どが揃っていた。朗らかに挨拶する千歳を見て、初音たちもまた嬉しそうに挨拶を返す。

「緋紗子せんせ〜もお早うございます。珍しいね〜」
「ええ、今日は久々に学院のお仕事がお休みだから、皆さんと一緒に食事出来るわ」


 理事長代理と云う役職の為に多忙を極める緋紗子は、寮の監督役と云う立場を元の寮監だった初音に丸投げしている。それでも、朝は生徒たちよりも早く学院へ赴き、夜は誰よりも遅く帰ってくるのが常だった。

「でもでも、お仕事が休みならどうしてスーツ姿なんですか?」
「学院の仕事はお休みだけど、もう一つのお仕事が有るから」
「おおっ!? それって物書きのお仕事ですか?」


 緋紗子の答えを聞いた陽向が、目を輝かせてにじり寄る。文芸部所属で将来の夢は小説家……陽向にとっての緋紗子は「学院の先生」と云うよりも「小説家先生」の方が比重が重かったりする。

「出版社の人と次回作の構想とか? うわ〜、いいな〜いいな〜」
「ちょっと自重しなさい」
「ぐえっ」


 香織理に襟首を引っ張られて奇声を上げる陽向に、見慣れた風景だと思いつつも笑い声を上げる寮生たち。千歳も自分の席に座りながら、みんなと一緒に声を出して笑った。
 朝食の配膳をする史も口元が微かに弧を描いている。史にとっても、この賑やかな食卓は大切な時間なのだ。

「ところで、薫子ちゃんは起こさなくても良いのかな?」
「そうですねぇ。今日は一応お休みの日ですから、偶にはゆっくり眠らせてあげても良いと思いますよ?」
「遅寝遅起きの薫子も、最近は頑張っていたものね。寝かせてあげるのも優しさでしょ」
「……香織理さん。そんなこと云って、違う意味で笑ってるでしょ」


 初音は純粋な優しさから。しかし香織理の場合は、一人仲間外れになって食いっ逸れる薫子を笑う意図が透けて見える。沙世子はそんな香織理の態度に苦笑しながら、最近はこういう悪戯を見ても流せるようになった自分に驚いていた。
 四面四角の自分が変わった原因と云えば……と視線を巡らして千歳を見る。幽霊なんて非常識の塊を見れば、大抵のことは笑って流せるわよね、なんて思ったりする。



「皆様方の本日のご予定をお伺いしても宜しいでしょうか」

 食事が終わり、紅茶で一息吐く頃を見計らって、史がその場のみんなに声を掛けた。とは云っても別にスケジュール管理をしている訳ではなく、職業病のようなものだ。聞かないと気になってしまうのである。

「私と沙世ちゃん、それと優雨ちゃんは、夕方まで生徒会の方のお仕事ですね」
「う〜ん……私も自分の教室と文芸部の方の片付けが有りますから、夕方まで掛かるんじゃないでしょうか」
「千歳ちゃんと史ちゃんは、夜までお家に帰ってるんでしたっけ?」
「はい、初音お姉さま。夕食もあちらで済ませる予定です」
「偶にはお母さんと一緒にご飯を食べないと、拗ねちゃうからね〜」
「じゃあ、一杯甘えてこないとね」


 えへへと笑う千歳に、初音もまた笑い返す。自分の両親はアメリカにいるので、気軽に会いに行ける千歳が羨ましい。だが、自分が会えない分も千歳には確りと母親に甘えてきてほしい、と相手のことを考えられるのが初音だった。

「ええと……私の方は先方の都合も有るけれど、多分、今日も夕食までには帰ってこられないと思います」
「緋紗子せんせ〜も大変だね」


 緋紗子は感心したように呟く千歳に苦笑で返す。
 退職して小説家になったのは、片手間で教職など勤まらないと分かっていたからなのだが……実際にこうして学院に戻ってくれば、それが正しかったと嫌でも理解させられる。
 それでも、自分で選択して物書きの道に進んだのだから、そちらを諦めるのも業腹と云うものだ。

「でも、好きでやっていることだから。その分、寮のみんなには迷惑を掛けてしまっていますけどね」
「いえいえ、先生が寮監になって下さったから、今の私たちが有る訳ですし!」
「ふふっ……そうね。そんな寮監に迷惑を掛けないように、私は今日一日、大人しく薫子の面倒でも見ているわね」
「うわぁ、香織理お姉さま……自虐的……」
「あら、トラブルメイカーだって自覚ぐらい有るのよ? 陽向も気を付けなさい」
「わ、私は問題なんて起こさないデスヨ!?」
「どの口が云うのかしらね……」


 沙世子の冷めた視線に釣られるように、食堂に居た全員の視線が陽向に集中した。陽向の書いた文章が事件の原因になったのは、つい先月のことなのだから。

「ううっ……千歳お姉さまぁ、最近、寮のみなさんのツッコミが厳しくなっているような気がするんですよぅ」
「大丈夫だよ! 愛されてる証拠だから!」


 唯一好意的な視線を向けていた千歳に泣き付くも、非常な一言によって陽向は敢え無く撃沈した。

「……さて、それじゃ話も終わったみたいだし、そろそろ学院に行きましょうか」
「そ、そうだね……それじゃ直ぐ準備しちゃうね」
「千歳さま、私たちも早めに準備を致しましょう。奥さまが首を長くしてお待ちだと思いますので」
「うん」


 昨夜は清花やまりやが居て楽しかっただろうが、その分、今日の妙子は寂しさを感じている筈。千歳は少しでも早く家に帰るべく、足早に自分の部屋へと戻っていった。







 午前中のケイリと淡雪

 日常と非日常の境目を見つけるのは、実は結構簡単なのかもしれない。淡雪は、教室のあちこちに付けられていた飾り布がゴミ袋の中に詰め込まれるのを見て、そんなことを考えていた。
 淡雪が袋の口を開けて待っていると、役目を終えたカラフルな色の布がどんどんと詰め込まれていく。

「これで最後っと。他に資源ゴミは無いですか?」
「……ん。ありませんね」


 教室の中を見回したクラス委員長が、指差し確認をしてから淡雪に答えた。後は軽く床を掃いて、机を元の位置に並べれば終わりだ。
 さて、と呟いて淡雪はゴミ袋の口を縛る。自分に割り振られた仕事はゴミ捨てだが、ちらと隣に並んだもう一つの袋を見て溜め息を吐いた。
 女子が片付けるのに合わせたのか、支給されたゴミ袋は20リットルサイズのもの。無秩序にゴミ袋に入れられた布は元の量よりも嵩張って、袋一つでは納まらなかったのだ。
 こういうのも収納下手って云うのかな、そんなことを考える。

「じゃあ、私は先にこれを捨ててきますね」
「はい、お願いします、淡雪さん」


 ゴミ捨て場まで何度も往復するのは面倒臭い。淡雪は横着する為にゴミ袋を縦に重ね、下の袋に両手を回して一気に持ち上げた。胸とお腹で支えるようにすれば、落とさずに持っていけるだろう。
 でも、ちょっと前が見難いかな、なんて考えていると、脇から伸びた手が上の袋を持ち去っていった。

「あれ……ケイリ?」
「ユキ、私も行きますよ。横着すると危ないですからね」
「え、良いの? 有難う、助かる」
「いえいえ、どう致しまして」


 クスリといつもの笑いを浮かべて歩き出すケイリ。淡雪は、ケイリの手が袋を抱えたまま器用に教室の扉を開けるのを見て、あ、と小さな声を上げた。二袋抱えていたら扉を開けるのは流石に無理……廊下に出て振り向いたケイリが軽くウインクしているのを見て、淡雪は恥ずかしさに顔を染めた。



「扉を開けられなくて涙目になるユキは見たくありませんから」
「もぅ、そんなことで泣いたりしないもん。ケイリの意地悪」
「ふふふ……」


 体の前にゴミ袋を抱えて、二人並んで廊下を歩く。どこのクラスも片付けは粗方終わっているのか、開催準備期間のような賑やかさは感じられない。廊下を歩く生徒も疎らだった。

「しかし、何だね。ケイリってゴミ袋が似合わないよね」
「……それは、どう返事をすれば良いのか悩みますね」


 似合うと云われるよりは良いことなのだろうと思いつつ、淡雪の妙な言葉に首を傾げるケイリ。

「いや、ケイリって家庭ゴミの袋とか、ゴミの日に出したりしないでしょ?」
「……はあ、それは、まあ」


 あはは、と声を出して笑う淡雪。本人的には、ミステリアスなお嬢様であるケイリを褒めているのかもしれない。確かにゴミ袋を抱えたケイリと云うのは、見た目のバランスを考えると似合わない姿だった。

「家庭的ではない、とか生活感が無い、と云われているのでしょうか」
「や、実際はケイリだって料理したりすることは知ってるけどさ。やっぱり見た目のイメージって凄いなって話」


 家庭科の料理実習では見事な包丁捌きを見せるケイリであるが、それを知っているのはクラスメイトだけだ。普段の言動と相俟って、ケイリが家事万能であると分かる人間は殆ど居ない。
 口に出してスッキリしている淡雪を横目に見て、ケイリは軽く肩を竦めた。自分の見た目にコンプレックスがあるくせに、わざわざ自爆するような話を振ってくるのだから。
 階段を下りて昇降口で靴を履き替え、袋を抱え直して校舎から出る。空を見ると雲が多く、日が遮られていて風が冷たかった。

「ふぅ〜……風が冷たくなってきたね〜」
「そうですね。もう直ぐ十二月、冬も近いですから」


 淡雪は布の詰まった袋を両腕で挟み、体に密着させて体温を保持する。生ゴミの類ならこんな抱え方なんて出来ないので、ちょっとだけの役得だ。

「ケイリは日本の冬は大丈夫なの?」
「寒さの点で云うならば、たいして気にはなりませんね。海外に居た頃はもっと寒かったですし」
「ふ〜ん、そう云うものなのかな。私なんか、ジワジワと忍び寄るような寒さは好きじゃないんだけど」
「ああ……確かに、寒さの質は違いますけどね」


 ケイリが慣れている寒さと云うのは、海外に居たときの肌を刺すような寒さ……痛みを感じる寒さだ。日本で知った寒さは体の心からゆっくりと冷えるようなもので、俗に云う底冷えのする寒さ。女性として考えると、底冷えする寒さの方が嫌だろう。

「あ〜、憂鬱だ……。早く春にならないかな〜」
「おやおや。私は冬もそう悪いものではないと思いますけどね」


 冷えは女の敵なのよと愚痴を云う淡雪に笑い掛けながら、ケイリは詠うように声を上げた。日本と云う国独特の、四季の言葉を。

「春の彩りも、夏の太陽も、秋の落葉も、そして冬の淡雪も。私はみんな好きですよ」
「……」
「おや? どうかしましたか?」


 ケイリはわざとらしく問い掛けながら、顔を赤くして立ち止まった淡雪を追い越した。悪戯っぽく顔を覗き込むことも忘れない。言葉に詰まった淡雪は、顔を逸らして悪態を吐いた。

「この……さっきの仕返しか?」
「何ですか? 聞こえませんよ?」
「あ〜もう! 置いてかないでよね!」








 御門家の食卓1

 大した食材の入っていない冷蔵庫の扉を閉め、千早は溜め息を吐いた。母の妙子は元々料理が出来ない人間なので、仕方無いのかもしれない。普段の妙子はきっと、ハウスキーパーの作った食事を一人で食べているのだろう。つい先程まで食堂で行われていたシュプレヒコールを思い出す。

「たーまーにーはー、千早ちゃんの作ったご飯が食ーべーたーいー!」
『私もー! ちーちゃんの作ったご飯が食ーべーたーいー!』
「ごーはーんー!」
『ごーはーんー!』
「分かった、分かりましたから。二人とも行儀が悪いですよ」

 バンバン、とテーブルを叩く妙子に合わせて同じ動作をする千歳。千歳の性格の大半は母親の鏡写しのようなものだ。それでも生前は随分と大人しかったのだが、こうして幽霊となって行動するようになってから、大分遠慮が無くなってきた。
 元々が人付き合いの無かった千歳のこと。身近な女性は妙子と史だけと云うこともあって、どちらが千歳に影響を与えたかなど考えるまでも無いだろう。

「親は子の鏡とは云うけれど……まあ良いや。史、手伝ってくれるかい?」
「はい」


 言葉少なに頷く史の顔にも、ちょっと苦笑が浮いているかな……そんな風に思いながら、千早は厨房に入ったのだが。

 刻んで冷凍されていた葱を発見し、何かの役に立つだろうとまな板の上に置く。後の食材は備蓄されている米と、冷蔵庫の中に何故か入っていた食べられるラー油。そして調味料。
 これだと具の無いチャーハンぐらいしか出来ないんじゃないだろうか。そもそも妙子は辛い物が好きではないはず……ブツブツ文句を云いながら食べる妙子の姿が目に浮かび、千早は頭を振ってその光景を追い出した。

「有る食材で出来合いのものを、なんて考えたのがそもそもの間違いかな……史、そちらはどう?」
「……特に目ぼしい物は見当たりません」


 千早が床下の収納スペース――ちょっとした地下室程の規模だが――に潜り込んでいた史に声を掛けると、階段の下から力の無い声が聞こえてくる。

「元々外交官の家なんだから、急な客を持て成すぐらいの食材は有ると思ってたんだけどな」
「お屋敷ではお客様を招かなくなって久しいですし、この春に入寮するに当たって、日持ちしないものは処分してしまいましたので」
「……何でお昼を作るのに、こんな大事になってるんだろうね……」


 これなら素直に買いに行った方が早かったかなあ、などと思いつつ。自らの目で確かめるべく地下へと降りた千早は、ガランとした棚を見て苦笑した。いっそ清々しくなる位に何も無い。視線を転じて降りてきた階段の裏側に目を向けると、――有った。

「史、これは?」
「そちらは、以前に旦那さまのご友人から贈られてきたグリュイエールチーズです。ワインとセットで贈られてきたと記憶しています」
「ふ〜ん……」


 ラップか何かで包んで保存容器に入っているそれを手に取って、じろじろと眺めてみる。グリュイエールはハードチーズなので、ちゃんと保存してあればまだ食べられる筈。
 父親のものと云うのがちょっと気になるが、中途半端に残しておく方が悪いと開き直ることにした。

「手抜きもいいところだけど、チーズリゾットでも作ろうか」

 どちらにしても、具が無いことには変わりないのだけど。既に千早の頭の中は、食後に妙子を宥める為の方法を考え始めていた。
 チーズを抱えて階段を上り、後に続いた史が入り口を締めるのを確認してから食材を纏める。米、チーズ、刻んだ葱、調味料。ラー油は牛乳と入れ替わりに冷蔵庫の中へ封印された。

「何かデザートみたいなのは有ったかな?」
「少々お待ち下さい。暑中見舞いの頃に贈られてきた缶詰の類に、果物のものが有ったかと」


 史が視線を向けたのは、食器棚の上に詰まれた開封済みの箱の山。相手先に返事を出すために包装を解くものの、缶詰を開けることなどしない妙子の為に、結局は大量に残るのである。
 ちなみに缶詰以外の賞味期限の有るものは、千早や史が頑張って消費させている。寮で作られるデザートの食材などはここから出ているのだ。
 史と協力して大量の箱を調理台の上に置いた千早は、箱の山を崩して中身を確かめる。

「缶詰は中々減らないよね」
「長持ちすると分かっているので、ついそのまま放置してしまいます」
「倉庫の方にはどれくらい残っていたっけ?」
「三年より前のものは、この春に処分致しました」
「ああ、そうだったっけ。勿体無かったな……あっ」


 一応と思い箱の蓋を開けながら中身を確認していた千早が、思わぬものを見たかのように声を上げる。史が千早の手元に目を向けると、あまり見慣れない四角い形の缶詰が有った。S・P・A・Mと書いてある。

「……迷惑メール?」
「違うよ史。ランチョンミートだよ」
「そ、そうでした……」
「でも、これで待望の具が手に入ったよ!」


 缶詰を手に取って、嬉々として調理台に並べていく千早。気持ちは分からなくもないが、何かが激しく間違っていると史は思った。

「御門家の御曹司たる千早さまが、肉の缶詰を手に取ってお喜びになるなんて……」
「ん? 何か云ったかい、史?」
「……いいえ、何でも有りません」



 本日の御門家の昼食――ランチョンミートと刻んだ葱のチーズリゾット。デザートは果物の缶詰を利用したフルーツポンチ。炭酸水ではなくスパークリングワインを使った為に、千歳が酔っ払うと言う悲劇が起きた。







 ティーブレイクの香織理と玲香

 早足で喫茶店から出た香織理は、玲香の姿を探して左右を見る。しかし、そこに玲香の姿は見当たらなかった。自分を待っているような予感はしていたものの、流石に見える範囲で突っ立っているようなことは無かったようだ。
 あるいは、追って来ることを期待しながらも、香織理のことを試すつもりなのかもしれない。

「さて、勢いで飛び出してきたけれど。この勢いの続く内に玲を見つけられれば私の勝ちね」

 逆に、勢いが無くなって足が止まれば……諦めてしまえば玲香の勝ち。きっともう、学院で会っても会釈で済ませるような、その他大勢のうちの一人になるだろう。

「とりあえず、どこを探しましょうか」

 考えを口に出して、確かめるように形にしていく。
 駅前商店街や、子供が立ち入るとちょっと面倒になりそうな店、住宅街との境目にある隠れ家的な店。二人で行った店は色々有るが、そのような所で待ってはいないだろう。
 演劇部に居る所為なのか、玲香には芝居掛かった言動を好むところが有る。きっと絵になりそうな場所で待っている筈だ。場所を想像しながら考えること暫し。香織理が思い付いたのは、始まりの場所だった。



 学院に舞い戻って、食堂裏のテラスへと踏み入れる。紅葉が散って寂しさを増した木々の中、しかし見える範囲に玲香の姿は無い。

「……外れだったかな」

 時間的にも距離的にも一回きりのチャンスだった。今から駅前に戻ったとしても、玲香が待っているようなことは無いだろう。この場所に玲香が居ないのなら、勝負は香織理の負けだったと云うことだ。
 は、とやけくそな息を吐いて、その場のベンチへ腰を下ろす。空を見上げると、泣き出しそうな雲が流れていた。
 不意に残念だったなと云う思いが湧いて、香織理は体勢を崩してベンチの背凭れに頭を預けた。ゴンと鈍い音がして後頭部に痛みが広がる。涙が滲んだ。

「本当……ざ〜んねん」
「何がですか?」


 香織理の呟きに答えが返り……視界に、逆さまになった玲香の顔が飛び込んでくる。背凭れの向こう側から覗き込んでいるのだと、ぼんやりとした頭で理解した。

「……何だ、居たの?」
「居ましたよ。ちょっと喉が渇いたので、自販機の所に行っていました」
「そう」
「……お姉さま、泣いていました?」
「気のせいよ」


 見詰め合ったままで、目尻に浮いた涙も拭わずに即答する香織理。玲香は苦笑しながら、思ったままのことを口にする。

「ここには夕日も紅葉も有りませんよ?」
「そうね」
「お姉さま、泣いていましたよね?」
「気のせいよ」
「……お姉さま、可愛い」


 む、と口を尖らせる香織理。その唇が再度開かれる前に、玲香は上下が逆になったままでキスをする。呆気に取られた香織理は、こんなアクロバティックなキスは初めてだな、なんて思っていた。
 口封じに成功した玲香は、香織理の隣へと移動してベンチに腰を下ろす。そして、香織理が何かを云う前に紙パックのジュースを差し出した。
 先手を取られてばかり、玲香のペースに乗せられていると思いながらも、香織理は素直にそれを受け取る。始めから二人分用意していたと云うことは、やはり玲香も香織理を待っていたのだ。

「何か、私に尋ねたいことが有るのですよね?」
「……ええ、そうね。確かに色々有るのだけれど」


 香織理は自分の方を見ずに問い掛ける玲香に、反射的に口を開く。色々と聞きたいこと……例えば玲香の進路のこととか、突然の別れ話のこととか。

「でもまあ、要約すれば一つなのよね」
「……何でしょう?」
「玲……私のこと、嫌いになっちゃった?」


 悪戯けの中に混じる真剣な響き。玲香は胸の動機を押さえる為に一息で紙パックのジュースを吸い込んだ。じゅるり……と行儀の悪い音と共にストローから口を離し、何かを堪えるように身体を震わせた後、徐に香織理の方へと身体を向ける。

「お姉さま……その仰りようは反則です」



「甘えてばかりではいけないかな、と考えたのが切っ掛けなんです」

 玲香の答えは、香織理の問い掛けに対するものとは違っていた。首を傾げる香織理に心の中で身悶えつつ――今日の香織理は隙が多すぎる――言葉を続ける。

「お姉さまは、私が一年の子と『浮気』していたことはご存知ですよね?」
「え? ……ええ。知ってはいたわ」
「悪戯を教え込まれたから、他の誰かにも試したくなる……なんて思っていたのですけれど、実際は違うのです。私がお姉さまに甘えるように、私も誰かに甘えて欲しかったのです。……気が付いたのは、つい昨日のことですけれど」
「それは……私が玲に甘えなかったからなのよね?」


 香織理は、お互いが平等であるべきと云うケイリの言葉を思い出した。玲香が不安になるのは、香織理が玲香に執着を見せないからだ。それは玲香が『浮気』をし始めた頃に何となく分かっていた。

「私はお姉さまのように、誰にでも優しくすることは出来ませんでした」
「私はそんなに上等じゃないわよ。私の真似をしたのなら、私が実は臆病だってことも分かったでしょう?」
「……そうですね」


 玲香は心の中で指を折る。実は臆病だし、相手の様子を見ながら意地悪するし、でも本当に傍に居てほしいときは黙って寄り添ってくれる。
 香織理は相手の気持ちを読むことが上手なのだ。自分なんかよりも役者に向いているんじゃないかと思うほどに。今だって全てを話した訳でもないのに、静かにそこに居てくれる。お別れをすることに決めたけど、嫌いになんてなれるわけが無い。
 不意に、ぺこんと云う音が鳴る。玲香が香織理の方を見ると、飲み終わった紙パックが畳まれていた。

「昨日、何か心境が変わるようなことが有った?」

 気が付いたのは昨日、と云う言葉を受けてだろう。香織理が玲香の顔を伺った。
 創造祭の最中では玲香に会う機会は無かった。だけど数日前に演劇の練習をしていた時は、玲香の方から香織理と離れるような様子ではなかった。

「実は、星河さんにをしてもらいまして」
「占い?」
「はい。タロットカードの占いを。尤もあれは、占いと云うよりは自己啓発のようなものだと思いますけれど」
「ふうん」


 香織理は占いに頼らないので、タロット占いが玲香にどういう影響を与えたのか分からない。自己啓発と云われても胡散臭さが先に立つ。

「まあ、そんなに難しいことじゃないんです。自分の分析は自分では中々出来ないって話で」
「……それで、色々考えた末に、私とお別れすると云う結論になったわけか」
「理由になっていないような理由ですけれど。……お姉さまのことが嫌いになったわけではありませんから」
「そう、なら良いわ。それ以上を聞くのは、私の未練だしね」


 香織理はあっさりとした態度で話を切り上げる。実際のところ、そういう態度こそが玲香を不安にさせた原因なのだが……簡単に変わるようなものでもないのだろう。
 玲香は文句を云おうとして、今更云っても仕方が無いと諦めた。そういう人だからこそ独り占めにしたいと、そう考えていたことも有ったのだから。それが無くなったら香織理ではないだろう。


 押し黙った二人に向かって、細かい霧のような雨の混じる、冷たい風が吹いた。香織理はベンチから立ち上がると、手に持っていた折り畳み傘を玲香に振ってみせる。

「雨が強くならない内に帰りましょう? 送っていくわ」
「良いのですか?」
「私が送りたいから、そう云っているのよ」
「……はい。帰りましょう」


 玲香は香織理の手を取って立ち上がり、赤地に白い水玉の小さな折り畳み傘の下に入った。

「やっぱり折り畳み傘だと、二人で入るのは大変ね」
「私はお姉さまと寄り添えるから、これで十分ですけれど」


 ぴったりとくっつきながら、テラスを出て校門へと向かう。途中、寮が二人の目に入るものの、どちらも黙ったままで歩き続けた。傘をもう一つ取りに行くのは野暮だと云うことくらい、口に出さなくても分かるのだから。

「ねえ、何で話してくれる気になったの?」
「……追ってきてくれたから、ですかね」
「そう」
「はい」



 駅に着く頃には雨は止んでいたけれど。
 二人は最後まで相合傘で歩いていた。







 御門家の食卓2

 史は鍋に視線を向けながら、ゆっくりとお玉で中身を掻き混ぜる。コトコトと煮込まれるのは甘口のカレー。勿論、市販されているカレールウを使っているわけではない。バナナと蜂蜜を使った手作りお子様向けカレーだ。
 妙子が辛いものが苦手なこと、千歳が甘いものが好きなこと(元々は千早の体なので辛いものでも平気だが)と云う二つの理由で、御門家で作られるカレーは甘口である。飽きないようにさまざまな工夫がなされているカレーは、レシピを作った千早の苦労の結晶でもあった。
 ……だと云うのに。

「……」

 史は横目で隣に立つ千早を観察する。
 外出から帰ってきた後の千早の様子は、控えめに云っても変だった。今も未だ、どこか熱に浮かされているような状態で、付け合せのサラダを作っている。
 千早は史が買ってきた食材の中からレタスを取り出すと、一枚ずつ丁寧に剥いている。ペリペリ、ペリペリと。史は千早のその姿に、猿がラッキョウの皮を芯まで剥いているような姿を幻視した。

「太宰治の……秋風記、でしたか」
「……え? 史、何か云った?」
「……は、もうそのくらいでレタスの量は十分ではないかと」
「あっ」


 千早は手元を見下ろして、今になって気が付いたと云うように声を上げる。史の分を入れても三人分の用意で十分なのに、レタスは芯まで剥かれてしまった。

「あ〜……まあ、冷蔵庫に入れておいて、母さんの明日の食事にしてもらおう」
「はい」


 千早はレタスを一旦脇に退けると、トマトを取り出して水で洗い、包丁で切り始める。半分に、更に半分に、そのまた半分に、限界に挑戦するように半分に……。

「千早さま、そのトマトはカレーの隠し味でしょうか」
「えっ? あっ……」


 千早がふと気が付くと、良くここまで形を残せたなと云わんばかりのトマトが有った。32分割である。指を切らなかっただけでも奇跡的だ。

「今日の千早さまに包丁を持たせるわけにはまいりません。千早さまは、カレー鍋の方をお願い致します」
「う……うん」


 普段ならば史が千早の調理に文句を云うことなど有り得ないが、流石にこれは見逃せない。真剣な表情で迫る史に気圧されて、千早は大人しく場所を譲った。入れ替わるようにお玉を持たされて、カレー鍋を掻き混ぜる作業を押し付けられる。
 ぼうっとした表情で鍋を掻き混ぜる千早を確認しつつ、史は心の中で溜め息を吐いた。

「(何か有ったと云わんばかりのご様子……薫子さまは一体何をなさったのでしょうか……)」

 料理を始める前、薫子から電話で「千早のことが香織理さんにばれた」と云う連絡が有ったが、それが原因ではないだろう。電話の前から様子がおかしかったのだから。
 主人の悩みを晴らすのも侍女の勤め。食事を終えた後で、千早からそれとなく話を聞いてみよう。史は機械的に鍋を掻き混ぜる千早を監視しつつ、レタスの仕上げを急ぐ。
 残りはスイートコーンの缶詰を開けて、サラダに混ぜれば終わりである。背後から聞こえてくる妙子と千歳の雑談に耳を傾けつつ、史は自分の手には少々大きめな缶詰を確りと持ち、プルタブを引いて蓋を――

「ところで千歳ちゃん。最近は学校で何か楽しいことは無かったの?」
『う〜ん……あ、そうだ、忘れてた! お母さん、昨夜ね、ちーちゃんと薫子ちゃんがキスしたんだよ!』
「まあ、そうなの!?」

 ――開けようとして手を滑らせ、缶の中身を盛大にぶちまけた。

「薫子ちゃんって云うと、昨日のアラミスの子よね? まあ、まあまあ! お芝居に熱が籠もっていると思ったら……!」
『私もびっくりだよー! 私が居たのに目の前でぶちゅーって!』

 史は顔に飛び散ったスイートコーンの粒を無意識に口に運びながら、瞬間移動のように妙子たちの前に行った千早の後姿を見た。

「ち、千歳さん! そう云うことは云わなくて良いんだよ!」
『え、どうして? だって良いことじゃない』
「そうよ千早ちゃん! 息子の恋を応援するのはお母さんとして当然の義務です!」
「そう云う問題じゃなーい!」
「(千早さまに尋問する内容が、一つ増えましたね……)」


 「話を聞く」から「尋問」に変わっていたが、心の声だった為に突っ込む者は居なかった。


 本日の御門家の夕食――バナナと蜂蜜の甘口チキンカレーと、レタスとトマトのサラダ。お好みで食べられるラー油をどうぞ。







 深更の雅楽乃と淡雪

 雅楽乃が自分の携帯にメッセージが入っているのに気が付いたのは、華道の修行や入浴を終え、後は着替えて床に就くだけと云う時間帯だった。
 雅楽乃は家庭内に於いて私室以外での携帯の使用を禁じられている為、どうしても外部との連絡が取り難くなる。相手側もそれを踏まえて、電話ではなくメールを送ってきたのだろう。雅楽乃がメールを確認すると、思った通りの内容だった。時間に余裕が有ったら電話を下さい――淡雪、と。
 今度はどんな内容なのだろうか。真面目な相談の時もあれば、顔が赤くなるような話題の時もある。どんなものであれ、淡雪との会話は雅楽乃にとって一服の清涼剤だった。

「もしもし、哘でございますが」
「あ、うたちゃん? 淡雪です。ゴメンね、こんな遅くに電話させちゃって」
「気にしないで下さい。雪ちゃんと話すのは楽しいですから」


 雅楽乃は布団の上に座ってから電話を掛ける。すると、3回ほどのコールの後で淡雪の声が聞こえた。どうやら淡雪の方でも待っていたらしい。電話の向こうで申し訳なさそうにしている淡雪を気遣って、少し明るめの声を掛けた。

「ええと、だね。実は昼間のことでちょっと気になってることがあってさ。あの時はケイリも一緒に居たから、何となく話し難かったんだけど」
「……喫茶店から出た後のことですね? 雪ちゃんが何か云いたそうにしているのは分かりましたが、私もちょっと考えるところがあって、後回しにしてしまいました」


 こちらを伺うようにしながら歩いていた淡雪の姿を思い出す。雅楽乃は雅楽乃で奏から聞いた話を自分の中で纏める時間が必要であり、淡雪が何の話をしようとしているのかを読み取ることが難しかった為、少々悪いとは思いながらも甘えさせてもらったのだ。

「あ〜……まあ、うたちゃんだもんね。気が付いて当然か。え〜っと、何て云うかさ……うたちゃん、奏さまのお話を凄く真剣に聞いていたじゃない? いや、うたちゃんはいつも真剣に他人の話を聞いているけれどさ、そう云うんじゃなくて……あ〜、上手く云えないや……」

 云いたいことが纏まっていないのか、あるいはそもそも纏められることではないのか。淡雪は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしているようで、最後には自分でも支離滅裂だと分かったようだ。
 淡雪が片手で電話を持ちながら、もう片方の手を振り回して説明している姿を思い浮かべて、雅楽乃はこっそりと笑みを浮かべた。

「雪ちゃんは鋭いですね。確かに、みなさんからの進路相談で演劇関連のことを聞かれたことも有りますが、私としてはもっと本質的なことが気になりまして」
「……と、云いますと?」
「……夢を仕事にしている人の考えと云うものに……でしょうか」


 雅楽乃は躊躇いがちに答える。
 雅楽乃と淡雪は同じ華道の流派であり、共に家元を目指している。云わば、それが進路であり夢であると云える。そして、雅楽乃は淡雪が同じ流派で家元を目指していることを知っているが、淡雪の方は雅楽乃の事情を知り得ない。
 その小さくない差が、雅楽乃をどこか後ろめたい気分にさせた。

「自らが持ち得るもので自らの進む道を定められると云うのは、とても稀有なことだと思います。ですが、きっと……そうして自身で道を定められたからこそ、それを寄す処(よすが)に頑張ることができるのでしょうね」
「……? ごめん、うたちゃん。分からないよ」
「……済みません。実は、私にも分からないのです。……ねえ、雪ちゃん」
「何?」
「雪ちゃんは、頑張って頑張って、それでも夢に届かなかったらどうしますか?」
「ん〜? それはまた、随分と抽象的な質問だね」


 う〜ん、あ〜ん、と電話の向こうから淡雪の唸り声が聞こえる。抽象的と云った癖に、雅楽乃の質問に対して真面目に考えているのが淡雪らしいところだった。
 そんな淡雪が出した答えは、雅楽乃にとっては予想外だった。

「取り合えず、そんな先のことは考えないかな」
「……えっ?」
「家のお母さんがよく云うんだよね。『負けたときのことは考えるな』って。別にそれに従うわけじゃないけどさ、私って、性格的に……逃げ道を予め作っておくのは苦手みたいで」
「逃げ道……ですか。しかし、それは……」
「うん、まあ云いたいことは分かるよ。でも私にしてみれば、それはどうしたって逃げ道になっちゃうんだよね」


 雅楽乃は家で華道に関するあらゆる事――普段の生活から考え方まで――教育されているが、一方の淡雪は心構えまで教えられては居ない。云ってしまえば、技術と根性論だ。
 きっとそれこそが、雅楽乃と淡雪を分けた差なのだろう。

「私も偶には雪ちゃんのように、逃げ道を考えず真っ直ぐに進んでみたいです」
「……うたちゃ〜ん、それって、なんか馬鹿にされてる気がするよ〜」
「そんなことは有りません。どちらかと云うとリスペクトです」
「……何で英語なのさ? 尚更分からないよ、もう……」


 困惑した声を上げる淡雪。雅楽乃は小声で笑いながら、そんな淡雪を宥めた。
 ……きっと淡雪のような人間ならば、家元になっても闊達に生きていけるだろう。だけど、そんな淡雪だからこそ家元には相応しくないのだ。
 家元と云うのは生きる標識。特に雅楽乃たちの流派の家元は、折れず揺らがず只そこにあることを望まれる、そんな存在なのだから。
 全く持って、現実と云うのは侭為らない。雅楽乃は電話を切った後で、そっと溜め息を吐いた。






















 真夜中の○○○

『ふふふふふ……ついに戻ってまいりましたよ〜! 今回は夏の時と違って一ヶ月も時間的余裕が有りますし、じっくりたっぷりみなさんのことを見ることが出来ます。いや〜楽しみですね〜。……はっ! そう云えば千歳さんってまりやさんの親戚ですし、もしかしたらその縁でお姉さまに会うことが出来るかも! ……うふ……うひひ……ああん駄目ですお姉さまぁ……』




**********

 次でラスト。
 そして多分、第9話で完結だと思います。



 ……雅楽乃を出すの忘れてた、ので追加しました。
 多分使わない伏線になるでしょうがw



 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
9話で完結ですか…。
まあ、薫子の方が急速に煮詰まってますしね。
千歳の友達百人は…?と、さりげなくツッコミつつ(笑)

ちなみに、商業出版の小説の方は、まだやるみたいですね。
9月に新刊の予告が出ています。
アニメ効果を期待してでしょうか…。

以前も書きましたが、私は、こういう「日常のひとコマ」っぽい文章は好きです。それが、柔らかく温かいものだったり、コミカルで面白いものであれば。
井上靖に「天正十年元旦」という短編がありますが、それも、戦国時代の、激動の天正十年(1582年。本能寺の変の年です)の元旦の光景が、いろんな人の立場から描かれていた作品で、正月と言う事でどこかのんびりした空気が好きでした。

完結後も、短編でもいいので、おとボクの世界で何か書いてくださればありがたいな、というのが、私の我儘です。
えるうっど
2012/08/17 07:00
えるうっどさん、こんばんは。

長編としての話は9話目で終わりますが、ちょろちょろとした続きはありますので、その辺りはご安心下さい。むしろ、長くはなっても短くはならないですから(笑)

>小説
そういえば、あや先生とのり太先生で、新しいブランド立ち上げてるんですよね。小説の方は大丈夫なのかと心配してるんですが……ホントに出るの? って思っちゃいます。

>日常のひとコマ
実は、ゲームをベースにしたものと、この連載をベースにしたもの、合わせて10話分ぐらいのストックは有ったりします。
連載優先ですからいつになるかは分かりませんが、気長にお待ちいただければ形に為ると思いますので。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2012/08/17 23:42
妃宮さんの中の人 8-EX A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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