A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 8-エピローグ

<<   作成日時 : 2012/08/27 22:55   >>

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 前回の引きで分かるように、あの人の再登場です。

 そして、薫子が千早のことを好きになった理由は……?

**********



 カッチコッチ、カッチコッチ……と、時計の針が動く音が聞こえる。普段は気が付かないけれど、食堂の時計って結構音が大きいんだね。それはつまり、食堂がそれだけ静かだってことの証明でもあるんだけど。
 何で静かなのかって? そりゃあ勿論、香織理さんと千歳が対面してるからだよ。……あたしもあたしで、千早と何を話せば良いのか分からなくて、ムスッと黙り込んでしまう。
 いや、説明するのに一番楽なのは、実際に幽霊姿の千歳を見せるのが良いってのは分かるんだけどさ。こっちにも千早と顔を合わせるのに心の準備と云うものがだね……。

「……」
「……」

『……』
「……」
「……」

『……えへっ』

 様々な種類の沈黙に耐え切れなくなった千歳が、愛想笑いを浮かべた。一方の香織理さんは、額に手を当てて首を振っている。

「……まあ、仕方無いよね」

 自分の顔が赤くなってるのは分かるけど、取り合えず千早ことは脇に放っておこう。今は香織理さんを納得させるのが先だ。

「投げ遣りな云い方ね」

 あたしの答えを微妙に勘違いした香織理さんが嘆息した。気にしたら負けなんだよ、香織理さん。自分の予想の斜め上を行かれたことには同情しなくも無いけどさ。
 まあ、双子の姉弟が陰で入れ替わっていると思っていたら、実は姉は幽霊で弟に憑依していましたって云うんだから驚くだろう。トリックの類じゃないと云うことは、千早に戻った今の状態のペタンコになってる胸を見れば分かる。

「ふ〜ん……」
「えっと……その……」


 香織理さんにじっと見詰められている千早は、挙動不審に目を逸らしている。何故かって云うと香織理さんの格好がいつもの寝巻き姿――裸ワイシャツ――だからだ。あのチラリズムは男の子にはキツいものがあるだろう。まあ、ガン見してたら目潰しくらいしてやっただろうけど。

「……どうぞ」
「あら、有難う」


 そんな千早を助けるように、史ちゃんが紅茶を入れて香織理さんの前に差し出した。微かにラベンダーの香りがする。
 史ちゃんはあたしたちの前にも紅茶を用意してから、千早を守るようにその背後に立ち位置を移した。今の食堂には香織理さんとあたしたちしか居ないけど、優雨ちゃんや陽向ちゃんが何時やって来るかも分からないからね。
 口を湿らせてからフッと息を吐いた香織理さんは、あたしたちをぐるりと見回してから口を開いた。

「大体のところは薫子から聞いているけれど……何て云ったらいいか……」
『あうぅ……ごめんね香織理ちゃん、今まで黙ってて……』
「……まあ、それは構わないわ。薫子には水臭いって云ったけど、普通はどう考えたって信じられないものね」

 あたしは千早が男だっていう決定的な証拠を見ちゃったから、何とか受け入れられたけど、普通の人は無理だって香織理さんは云う。
 そもそも、幽霊である千歳の姿を見るには、千早から出てくるところを見なくてはいけないと云う条件が有るのだ。

「本人を前にして云うのは失礼だろうけど……綺麗過ぎるものね。陽向が云っているじゃない? こんな可愛い子が女の子の筈が無い〜なんて」
「うっ……」


 あっ、千早やっぱりダメージ受けた。今までに何度も云われていることだろうけれど、それでもやっぱり気にしてるんだなあ。昼間、男にナンパされたばっかりだしね。

「ちなみに香織理さんは、どの辺りが信じられないの?」
「えっ? そうねえ、顔が綺麗なのはまあ許せるけれど……やっぱり腰よね。その細さは女の子の大多数に喧嘩を売ってると思うわよ」
「あ〜、腰か〜」


 あたしと香織理さんは二人してテーブルの下を覗き込み、椅子に座ってる千早の腰を値踏みしてしまった。……おいコラ、もじもじしながら腰を隠すんじゃない。それじゃ余計に女の子っぽく見えるじゃないか。

「陽向はダイエットの秘訣を……なんて私に聞いてくるけれど、千早さんに聞いた方が早いわよね」
「べ、別に僕はダイエットとかしていないんですが……」
「……薫子、聞いた? これが現実よ」


 香織理さん曰く、普段からコルセットとかで締め付けてないと、あんな細さにはならない……らしい。勿論、あたしは千早のそんな姿を見た事は無いので、あれは純粋に自己節制の賜物なんだろう。……まあ、千早の腰の話はもういい。悔しくなるから。

『それでね、香織理ちゃん。このことは……』
「黙っていて欲しい、でしょう? 勿論云い触らしたりはしないわ。そんなことをしても意味は無いしね。でも……」
『でも?』
「やっぱり、寮のみんなには打ち明けても良いのではないかって思うわね。千歳、嘘を吐いたままって気持ちが悪いでしょう?」
『……うん』

 気持ちが悪い……か。確かに千歳みたいな子は、周囲に隠し事をしながら生活するって云うのはストレスになるよね。
 寮の人間で知らないのは、初音と陽向ちゃんの二人だけ。優雨ちゃんは例外な感じだ。優雨ちゃんは先の条件に関係なく、最初っから千歳の姿が見えていたし。
 兎も角、もう知っている人間の方が多いんだから、打ち明けちゃった方が良いって云う香織理さんの言葉も分かる。千歳もこの生活に慣れたのか、結構気が抜け始めているから。

「初音は最初は怖がるかもしれないけれど、陽向ちゃんなんかは逆に喜びそうな気がするよね」
「……まあ、そうね」

『う〜ん……』
「千早はどう考えてるの?」
「僕ですか? 僕は千歳さんの考えに従います。千歳さんが自分で考えて決めたことでないと、意味が有りませんから」
「……史も、千早さまと同じ考えです」


 自分で考えて決めたこと、か。千歳に余計な未練を増やしたくないってことかな。他人が決めたことに従って、それで失敗したりすると後悔が大きくなるもんね。

「……! みなさま、お静かに」

 暫くの間、うんうんと悩んでいる千歳をみんなで見守っていると、不意に史ちゃんが声を上げた。指を口元に当てて「静かに」とゼスチャーすると、食堂の扉の前へと移動する。どうやら誰かが歩いて来たみたいだ。
 千歳が慌てて天井近くまで飛び上がって、あたしと香織理さんは千早を隠すように移動する。背中側をちょっと見たくらいなら千歳に見えるだろうけれど、念の為だ。
 食堂の扉をノックする音が聞こえて、史ちゃんが少しだけ扉を開けた。

「……はい」
「史さん? 緋紗子です。今帰りました」


 何だ、緋紗子先生だったのか。初音や優雨ちゃんは夢の中だから、陽向ちゃんかと思ってたんだけど。事情を知ってる先生なら隠す必要は無いと判断したのか、史ちゃんは扉を開けて先生を招き入れた。

「あら、もしかしてお邪魔だったかしら?」
「いえ、そんなことは。むしろ緋紗子先生にも関係のあることでして」


 史ちゃんは緋紗子先生の分のお茶も用意している間、あたしと千歳が先生に事情を説明する。話を聞き終えた先生の出した結論は、個人的には打ち明けてしまった方が良いってことだった。……立場上、大っぴらに認めるわけにはいかないんだって。

「心配なのは千早くんの方よね。千歳さんが居ない時、ずっと気を張って生活するのは大変でしょう? 男の子と女の子は色々と違うんですから」
「ええ……まあ……」


 千早、そんな疲れた声で相槌を打たないでほしいな。そりゃあ確かに色々と困ることもあるだろうけれど。
 史ちゃんから貰ったお茶を口にした緋紗子先生は、暫く考え込んだ後で、申し訳無さそうに千歳たちに頭を下げた。

「私は立場上、見て見ぬ振りをすると云うことになります。千歳さんや千早くんには申し訳無いけれど……」
『大丈夫だよ、緋紗子せんせ〜』
「御迷惑をお掛けします」
「いいえ、そもそも貴女たちを学院に受け入れると決めたのは私たちなのだし」


 あ、そう云えばそうだった。転入を認めたのは理事長――美倉先生と緋紗子先生だったっけ。先生は残っていた紅茶を飲んだ後、どこと無く疲れた感じで立ち上がった。

「それじゃ、私はお風呂に入ってから休みますので。みんなも夜更かしをし過ぎないようにね?」
『は〜い』
「お休みなさい、緋紗子先生」

 ひらひらと後ろ手で手を振ってから食堂を出て行く緋紗子先生を見送って、あたしたちも緊張を解いた。

「……以前から思っていたけれど、緋紗子先生って物事に動じないわよね。立場的に、幽霊を認めるのって色々と問題が有りそうな気がするけれど……」
「……前例が有るそうですから」


 香織理さんの声にぼそっと呟く千早。緋紗子先生は、千歳さんや一子さんとは別の、この学院に居る幽霊に会ったことが有るらしいからね。……先生も謎の多い人だよね。あの歳で理事長代理ってのもそうだし、シスター資格が有るのに小説家ってのも不思議な話だ。

「……千歳」
『な〜に、香織理ちゃん』
「悩んでいるのなら、直ぐに答えを出す必要は無いわ。……でも、せめて卒業まで――お別れするまでには、みんなにも話してあげてね?」
『……うん』
「大丈夫よ。きっと初音たちも、貴女のことを受け入れてくれるわ。私みたいのでもこの寮でやっていけてるんだから」

 頷いた千歳に満足したのか、香織理さんも席から立ち上がった。もう良い時間だし、そろそろ解散かな。……って思っていると。

「まあ、私の本音としては、千早さんの為にも早めに打ち明けてほしいけどね」
『えっ?』
「僕の為、と云うと?」
「ほら、男だって分かっていて貰わないと、女の子の無防備な姿に悶々としちゃいそうじゃない?」
「ぶっ!? 何云ってんの、香織理さん!?」


 悶々って……それを云うなら香織理さんの今の姿こそが大問題じゃん。千早のことを知ってるあたしたちは勿論、知らない初音や陽向ちゃんだって香織理さんほど刺激的じゃないよ。
 顔を赤くした千早の顔を見た香織理さんが、何を思ったかあたしの方を見てニヤッて笑った。

「ああ……そうだ。千早さんが悶々としちゃったら、薫子がお世話をしてあげればいいのよね」
「――」


 悶々をお世話……内容を思い浮かべたあたしは瞬時に真っ赤になったと思う。漫画や小説で得た知識だけど、それがどういうお世話なのかってくらいは分かるから。思わず千早の方を見ると、あたしと同じように絶句して真っ赤になってた。

「……あら? むきになって否定してくると思ったのに……薫子、千早さんと何か進展でも有ったの?」
「進展って何? 何も無いよ!?」
「進展って何ですか? 何も有りませんよ!?」


 云った瞬間に千早と顔を見合わせて、直ぐさま反対側を向く。……何でハモるのよ、千早……これじゃ何か有ったって云ってるようなもんじゃん。

「……千歳、史ちゃん」
「はい」

『な〜に?』
「あの二人、アレで誤魔化してるつもりなのよ。色々と問題が有ると思わない?」
『あはは……二人とも仲良いよね』
「千早さまがこれほど手の早い方とは知りませんでした」

 もの凄い棒読みで云った史ちゃんの、絶対零度の眼差しが千早を捉えた。……ああ云うのが分かるぐらい、あたしも史ちゃんの表情を見慣れたんだなあ……あっ、こっちにも来た!

「薫子お姉さま」
「は、はい。何でしょう」
「史はお姉さまの妹としてご忠告致します。学院内での不純異性交遊は御慎み下さいませ」
「し、しないから! そんなことしません!」


 ……いや、本当にしないってば! だからそんな極冷気を放つ視線で見詰めないで!

「そ、そう云うのは普通、千早に云わない?」
「……千早さまは、どちらかと云うと押し倒される側かと愚考致します」
「……僕ってそんな扱いなんだ」


 千早が微妙に落ち込んだところで、今夜の会合はお開きになった。





「やあねえ、そんなわけ無いじゃない」

 階段を上って自分の部屋と帰っていく千早たちを見送った後、あたしは香織理さんに肩を掴まれていた。

「あ、あの〜、香織理さん?」
「夕方にも云ったじゃない。色々と聞かせなさいって」
「それはあたしに選択権があるんじゃなかったの?」
「さっきの遣り取りで気が変わったわ。さ、千早さんと何が有ったのか聞かせなさい」


 そんなあっさり!? あっ、ちょっ、引っ張らないでよ香織理さん!

「……昨日の今日で、未だ懲りないの? こういうお話はテラスでしない方が良いわよ」
「うっ……せ、せめてあたしの部屋でお願いします……」


 アウェイでは余計なことまで喋ってしまいそうな気がする。ただでさえ香織理さんは聞き上手で、あたしは口下手なんだから。それに、香織理さんの部屋は良い匂いがする所為でリラックスしちゃうから余計に危ない。
 自分のテリトリーならば、まだあたしにだって勝機は有る筈……!



「――ふうん。それで逃げ帰ってきたと」

 ……ふふふ……まあ、無駄な抵抗だって分かってたけどね……擽りながら自白を迫るのとか卑怯にも程が有るよ!
 香織理さんは無理矢理押し倒すような人じゃないけれど、遊び気分でならあっちこっちに手を這わせるのは平気でしちゃうんだから……。

「お……おのれ……覚えてろよ〜……」
「はいはい、そんな涙目で睨まないの。余計に悪戯したくなっちゃうじゃない」
「これ以上やったらホントに怒るからね!?」
「分かってる、分かってるから。こんな時間に大声出しちゃ駄目」


 誰の所為だと思ってるのさ……はあ、もういいや。ベッドの上に引っ繰り返っていたあたしは、服の裾とかを直しながら身体を起こし、ベッドの端に腰掛けていた香織理さんの隣ににじり寄った。

「全く……今日の香織理さんはおかしいよ? 普段はこんな強引に聞き出すような真似しないじゃない。……玲香さんと上手く話せなかったの?」

 香織理さんは八つ当たりをするような性格じゃないって分かってるけれど、何となく気になってそんなことを尋ねてみた。

「心配しなくて良いわよ、ちゃんと話せたから。それに、私は別によりを戻そうとか考えてたわけじゃないしね」
「え、そうなの?」
「そうよ。私はね、自分が納得出来ればそれで良いの。ほら、私って自分勝手だから」


 そんなこと、無いと思うけどな。自嘲気味に笑う香織理さんを見てそう思った。

「……香織理さんは大人だよね。あたしだったら、自分に都合の悪いことを納得して受け入れるなんて出来ないと思う」
「大人、ねえ……同い年の薫子にそう云われるのも癪だから、あえて云うけど……私の場合は、手に届かないものを諦めているだけよ」
「えっ……?」
「他人からはどう見えようが、私自身はそう思っているってこと。そして、それは薫子も同じでしょう? 私からすれば、振られたって思い込んで悔し泣きしちゃう薫子の真っ直ぐさこそが羨ましいのだから」
「そ、そんなこと云われても困っちゃうよ」


 ……やっぱり香織理さんは大人だよ。あたしはとても、そんなふうには考えられないもん。香織理さんはムッツリ押し黙ったあたしの頬を突きながら、話を元に戻し始めた。

「それで、薫子は千早さんに告白したわけだけど……私としてはちょっと意外だったなあ」
「何が?」
「不正を憎む高潔なる騎士の君が、寮内に男の子が居ると云う現状を認めていることがよ。私、薫子には潔癖なところが有るって思ってたから、千早さんが居るなら寮から追い出すくらいはするんじゃないかって……あ、まてよ。もしかして前提が違う……の?」


 うん? どうしたんだろう。あたしが高潔かどうかはさて置いて、何だか一人で納得して、何度も頷いてるけれど。

「お〜い、香織理さん?」
「え? あ、うん。ねえ薫子、貴女って千早さんのどこが好きになったの?」
「うえっ!? い、いきなりそういうこと聞かないでよ」


 どこが好きって……いや、そりゃ色々考えてるんだけどさ。うん、好きなところは有るんだよ。でもそれって後付け見たいな感じでさ、どうして好きになったのかって良く分からないから困ってるんであってだね……。

「薫子は可愛いわね」
「もぅ、そう云うの止めてってば」


 ブツブツ云ってると、香織理さんがあたしの頭を撫でてきた。その手を払い除けて香織理さんに向き直る。

「いや、実際のところ良く分かんないのよ。好きは好き……なんだけど、どこからどうって云うのが良く分からなくてさ」
「そう。……ねえ薫子。私、思ったんだけど……貴女、一目惚れだったんじゃないの?」
「え……?」


 一目惚れ? あたしが、千早に?
 いやいや、ちょっと待ってよ。一目惚れってことはあれでしょ? 目と目が合った瞬間〜みたいなやつでしょ?

「薫子は美人に弱いものね。初対面の時、千歳に見惚れてたでしょ? 千歳の外見は千早さんのものなんだから」
「うっ……」


 それを云われると、確かにその通りかもしれない。あたしが美人に弱いってのは自他共に認めるところだけど、あたしはノーマルだからして、女の子相手の恋愛にはならなかった。……でも、その美人が男なら話は別だ。

「……うあ〜……それじゃ、何? あたしってそんなに面食いな訳?」
「そうなるわねえ。良かったじゃない、薫子のお眼鏡に適う、美人な男の子に会えて」


 頭を抱えてベッドに転がるあたしを放っておいて、香織理さんが立ち上がる。聞きたいことは一通り聞いたってことか。

「そうだ、薫子。一つ云い忘れていたけれど」
「まだ何か有るの〜?」
「貴女、まだ千早さんから返事を貰ってないんでしょう? 時間が経つと余計に聞きにくくなるから、早い内に返事を貰った方が良いわよ」
「うっ……うん、まあ、頑張ってみるよ」


 手を振って部屋を出て行く香織理さんを見送ってから、あたしはベッドにうつ伏せになって考える。
 返事か。千歳のことを考えると、卒業までは無理なんじゃないかって思うけどね。……ああ、でも、この感じは凄くもどかしいな。あたしは元々じっくり待つような性格じゃないんだよ。
 何か、今日もぐっすり眠るのは無理っぽいなあ……。







 ――あ、もしもし、お姉さまですか? 遅い時間に済みません。
 ――うん、ちゃんと確かめてきた。……って云うか、その、告白しちゃいました。
 ――うっ……はい、仰る通りです。ついその場の勢いで……。
 ――お姉さまの忠告が無駄になっちゃいました。あはは。
 ――えっ? あ〜……その、返事は未だ……です。
 ――……と云うか、その、逃げてきちゃいまして。
 ――いや、大丈夫! 大丈夫ですよ、ちゃんと問い詰めますから!
 ――あ、あはは……そうですね。もっと穏便に返事を貰います、はい。
 ――凄いドキドキですよ。つい振られたって思い込んじゃって。
 ――いやあ、あんなに簡単に泣けるなんて思わなかったです。
 ――お姉さま、以前に云ってましたよね。好きで居てもらえるか心配になるって。
 ――今なら分かるよ。
 ――でも、だから……好きになって貰えるように努力するよ。
 ――うん、頑張る。ありがと、お姉さま。
 ――えっ? いや〜……それはその。
 ――……香織理さんの見立てだと、一目惚れだって。
 ――うん。まあ、何と云いますか……美少年。いや、どっちかってと美少女かな。
 ――え? いやいや、ちゃんと男の人ですって!
 ――あはは……。
 ――はい。それじゃ、お休みなさい。






 んがっ、と云う自分の鼾で目が覚めた。
 あれ、あたしっていつの間に寝たんだ? お姉さまとの電話を終えて、中途半端にウトウトしていたのは覚えてるけど。
 ……今、何時だろう。握ってた筈の携帯がどっかに行っちゃったので、枕元に置いてある目覚まし時計を探す。
 ん……あれ……どこだ? 手に触れるのは硬い木の感触だけで、目当てのものが見当たらない。

『もう少し右ですよ』
「ん……」

 あ、有った。丸みを帯びた時計を掴んで顔の前に引き寄せる。……霞んだ視界の中に移るのは5:30のデジタル表示。未だ遅刻じゃないね。

「後10分は寝られる……」
『えっ。駄目ですよ、薫子さん。起きて下さい』
「んん……?」

 体がユサユサと動かされる。史ちゃんじゃないよね、この声。誰だったっけ?
 開ききらない目を擦りながら、身体を揺らしている相手を見る。聖應の白い夏服を着た女の子……って、夏服?

『あっ、どうもおはようございます、薫子さん』
「……一子さん?」
『はい〜、一子でございますよ』
「え……ええっ!?」

 毛布を跳ね飛ばして身体を起こし、目の前の姿を確認する。おでこを出したショートカットの髪形に、ワンポイントの髪留め。白い夏服。そしてなにより、中に浮いている。間違いなく本物の一子さんだ。

「……何でここに居るの?」
『お迎えに来たんですよ』

 一子さんがお迎えって……何それ、それってつまりあたしが死んじゃうってこと!?

「ど、ど、どどうしててあたしががが」
『わわっ? お、落ち着いてくださいよぅ。私が迎えに来たのは薫子さんじゃ有りません、千歳さんの方ですよぅ』
「え……?」

 な、何だ、そうなのか。ビックリしたよ……千早に返事を貰う前に死んじゃうとか、そんなのはゴメンこうむる――千歳、だって?

「ちょっと待って。千歳が何だって?」
『ですから、千歳さんを天国へご案内する為に、こうして一子がお迎えに来たんですってば』
「……」

 あたしは史ちゃんが部屋にやってくるまでの間、一子さんの顔を呆然と眺め続けていた……。




**********

 薫子は千早に一目惚れです。
 ゲームでは千早が男だとばれた時点で有耶無耶な感じになってますが、薫子ルートエンディングでは薫子自身が「あの頃とは違った意味でメロメロ」と言ってますからね。

 ちなみにこの話の中の薫子は「見て見られた」時が色んな意味で一目惚れです。……下品なので、話には盛り込んでませんが(笑)

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