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zoom RSS 妃宮さんの中の人 6-EX-4前編

<<   作成日時 : 2012/09/09 21:37   >>

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 次話のプロットが上手くいかないのでお茶を濁す。

 以前書置きしたネタ話を、『妃宮さん』用に修正したものです。
 パラレル的な話だと思ってください。


**********



校門から昇降口まで続く桜並木を、見目麗しき騎士の君が颯爽と歩く。真っ直ぐに寮へと向かって歩きながら、挨拶してくる生徒たちに会釈を返して。
 美少女と云うよりは美人、美人と云うよりは美少年……キリリと引き締まった顔をして歩くその人に、学院の生徒たちは憧れの視線を向けた。全生徒の憧れであるエルダー・シスター、その人気は衰えることを知らない。
 注目を集めるその人は速足で寮の中に飛び込むと、廊下へ上がって一直線に食堂へ向かう。扉がバタンと開くその音に、その場に居た数名が声を掛けた。

「あら薫子、お帰りなさい」
「薫子ちゃん、お帰り〜」
「お帰りなさいませ、薫子お姉さま」


 しかし声を掛けられたその人は、食堂の扉を背中で閉めると、そのままぐったりと寄りかかって脱力する。一体どうしたのかと注目する彼女たちの前で、その口から発せられた言葉とは。

「……柴漬け食べたい」





「……直ぐにご用意致します」
「「「有るのっ!?」」」


 云った本人も驚いた。





「で、なんだっていきなり柴漬けなの?」

 小皿に盛られた柴漬けを食べる薫子を見ながら、香織理は呆れた声で問い掛ける。薫子が偶にピントのずれた発言をするのは周知の事実だが、果たして今回はいかなる理由なのか。
 薫子は柴漬けの適度なすっぱさに目を細めながら、ポツリポツリと話し出した。

「ん……あたしは今日、フェンシング部にちょっと顔を出してきたんだけどさ、その時にこんな話が出たのよ」





 食欲の秋の話





「や〜、今日も良い天気だね〜」

 倶楽部活動を終えて競技場を出る部員たちの中、部長の桂花は良く晴れ渡った空を見上げて呟いた。
 秋も半ばのこの時期、活動の終わり頃には辺り一面夕日に染め上げられている。雲の無い空は赤く輝いて、木々の紅葉と合わさって目に眩しいくらいだった。

「そうですね。台風が逸れてくれたお陰で、今年は落ち葉の大掃除とかも無さそうですし」
「へえ、去年の一年は、奉仕活動でそんなことやったんだ」
「大変だったんですよ〜」


 部員たちは語り合いながらクラブハウスへ入り、ある者はシャワー室へ、ある者は軽く身体を拭いて着替えたりと、様々に動き出す。
 桂花は汗を拭いていたタオルを机の上に放り投げ、そこに広げたままになっていたスナック菓子を一摘みした。

「桂花さん、行儀悪いよ?」
「おっと、エルダーのお姉さまに怒られてしまったか」


 悪びれない様子で笑った桂花は、菓子の袋を薫子に差し出す。共犯者作りをする桂花に苦笑しながらも、薫子はそれを有り難く頂いた。適度な運動をして小腹が空いていたし、何より、摘み食いと云う行為は抗い難い魅力が有るからだ。
 部長ズルイ、と云う声に答えて菓子の袋を机に戻しながら、桂花は何気無い声で呟いた。

「天高く馬肥ゆる秋、か。いや、この時期って人間も肥えるよね」

 ぴたり、と菓子に伸びていた部員たちの手が止まる。

「部長〜、それはずるいです〜」
「いやっはっは。確かに体重は乙女の悩みだけど、みんなはそう簡単に太ったりしないでしょう? ちゃんとフェンシングで汗を流してるんだし――」


 肩を竦めて笑う桂花は、意味有りげに言葉を止めると薫子へと向き直ると。

「――この中で一番もりもりと食べる薫子お姉さまが、これだけ痩せてるんだからさ」
「ひゃあっ!?」


 言葉と共に薫子の脇腹を摘んだ。否、摘もうとしたが摘めなかった。脂肪分が少なかったのだ。脇腹の擽ったさに悲鳴を上げた薫子を余所に、桂花は自分の指先を擦り合わせながらブツブツと文句を云う。ちょっとくらい摘めると思ったのに、いっそ抓ってやった方が良かったかしら。
 シャワーを寮で浴びるつもりだった薫子は、身体をウェットティッシュで軽く拭いた後に素早く制服を着た。自分の脇腹を見る部員たちの視線が怖かった。

「全くもう……桂花さん、あたしを羨むほど太ったりしてないでしょ?」
「いやまあ、そうなんだけどさ……秋って美味しいものも多いから、油断すると、ねえ?」
「分かります、分かりますよ部長!」
「薫子お姉さまはどうしてそんなに細いのでしょう……先日も食堂でがっつり食べておられたのに……」
「ちょ、別にガッツリなんて食べてないよ!?」


 部員の一人が云う言葉に、薫子は慌てて否定の言葉を挟んだ。
 エルダーと云う立場上、常に視線を浴びながら行動している薫子ではあるが、食事風景まで観察されると流石に恥ずかしく感じるようだ。
 実際のところ、エルダーが注文したメニューはその日の売り上げが倍増するなどと云う噂が有ったりする。何故かと云うと、ファンの生徒たちが同じものを注文するからだ。
 すると当然、同じものを頼んでも完食出来ない生徒が出ることになり、結果として薫子は大食漢――女だが――だと云われたりする訳である。
 閑話休題。

「でも部長の云う通り、今の時期になるとお肉とかが恋しくなりますよね〜」
「そうですそうです、食堂のハンバーグランチとか」
「今の時期だけ、ビーフシチュープレートを全部頂けるんですよね」
「惜しむらくは、学院の食堂には白米のメニューが少ないのよね……」
「日本食は、日替わりメニューだけですからね」


 残念そうに云う誰かの声を最後に、部室が急に静かになる。皆が皆、それぞれの美味しいメニューを思い浮かべているのかもしれない。

「あ〜、何だかお腹が空いてきた! ほらみんな、さっさと着替えて帰ろう。美味しいご飯が待ってるよ!」
「は〜い」


 締めの挨拶としてはどうなんだと思える桂花の声に、それでも部員たちは一斉に着替えを再開した。





「――とまあ、こう云う訳で。白米に合う漬物とか、急に食べたくなっちゃってさ」
「やれやれ、ね」


 聞いてみれば至極単純な話だった。肩を竦める香織理を余所に、目を輝かせた千歳が薫子に問い掛ける。

「ねえねえ、薫子ちゃんは学食の日替わりメニューとか食べないの? あれも美味しいよ?」
「あ〜、うん……それはそうなんだけどさ……」
「歯切れが悪いわね?」
「……ご飯の量、大盛りでもイマイチ物足りないんだよね、アレ。メインになるのはおかずの方であって、ご飯の方じゃないんだもん」
「……それは、仕方が無いかと存じます。炭水化物は適量を摂取しないと、太る原因になりますから」


 箸を止めて考え込む薫子に、史が遠慮がちに声を掛ける。
 学食で提供される食事は、当然のことながらカロリーや栄養素などを確りと計算されて作られている。大盛りと注文しても際限なく量が増えるわけではない。
 ちなみに炭水化物の摂取量は、多ければ体脂肪と為りやすいが、少ないと脳が飢餓状態だと判断して栄養を身体に溜め込むようになり、それもまた太る原因となったりする。

「あ〜……偶には丼ものとか食べてみたいよね〜」

 これっくらいの大きさを、と手でラーメン丼のサイズを表す薫子。その大きさを見た千歳は流石に眉を潜めて口を尖らせる。

「それってホントの丼飯じゃ……薫子ちゃん、それは流石に太っちゃうよ?」
「食べた分をエネルギーとして消費すれば良いのよ。炭水化物は直ぐにエネルギーに変わるから」
「あ〜、香織理さんは美容体操をずっと続けてるもんね」


 千歳と薫子は香織理のウエストを見る。いつ見ても、無駄の無い締まったウエストである。トップとアンダーの差は兎も角として、単純な寸法で考えると千歳の方が細いのだが。

「……まあ、炭水化物は兎も角としてさ。あたしは煮魚や野菜炒めが食べたい訳じゃないのさ。やっぱり、白米には焼肉が一番だと思う」
「それこそ、学食では有り得ないメニューよね」


 学院のメニューでは、上品に焼きあがった肉は出てくるだろうが、焼肉は流石に出てこないだろう。

「外で食べるしかないんじゃないの?」
「う〜ん……でもさ、一人で焼肉屋ってのも凄く寂しいじゃない? だからって、お嬢様の多いこの学院で、焼肉に行く人〜って聞いても手を上げる人は少ないだろうし」
「……それは、まあ、そうでしょうね」


 運動系の部活動ならばそう云った手合いも何人か居るだろうが、生徒同士で行くとなると無理が有るだろう。男子ならば兎も角、女子なのだから。
 結局のところ、薫子の気持ちは分かるけど諦めなさい、と云うことで話は一旦落ち着くのだが……夕食後のお茶の時間に、再び話題に上ることになる。



「お米と焼肉、ですか?」
「うん。薫子ちゃんがどうしても食べたいって」


 どうしてもなんて云ってない、と薫子が小声で呟いた。声を大にして反論しないのは、結局のところ食べたいからである。ちなみにそんな薫子の内面を見た香織理は、飲んでいた紅茶を噴き出さないように必死になっていた。
 一方の初音は千歳から話のあらましを聞くと、ちらちらと薫子に視線を向けながら首を捻ってみせる。

「寮母さんにお願いすれば、夕食のメニューを変えることもできると思いますけれど」
「でも、それだと脂身の苦手な人にはキツイでしょ?」
「う〜ん……じゃあ、自分で作りますか? 休日ならお昼の食事を自分で作ってもOKですから」


 薫子だってその辺りのことを考えなかった訳ではないのだ。寮の食事は基本的に寮母が作るが、生徒の自主性を尊重すると云う理由の元、寮生が作っても良いことになっている。
 先代の寮監にして初音の姉、すなわち上岡由佳里などは自身の好きなもの――ハンバーグ――を食べたくなった時に自分で作ることさえ有ったのだから。
 しかし、薫子は初音の提案に対して眉を寄せた。

「作るって云うか……要は、目の前で焼きながら食べたい訳であって」

 ご飯を盛った茶碗を片手に、ガスコンロの前に立って焼き上がる肉を食べる……非常にシュールである。
 しかし、普通に座って食事をしたいのであれば、肉を焼く場所は食堂になるわけで。元々は住居専用だった寮を改装した建物の為、食堂に換気扇は付いていなかったりする。(勿論、厨房には付いているが)
 するとどうなるか。肉を焼いた煙はそのまま二階へと上がっていくことになる。

「ホットプレートを持ち込んで食堂で焼いたりすると、脂の臭いが寮全体に広がっちゃうわよ。住人として、流石にそれは遠慮したいわね」

 趣味で調香をする香織理としては、寮内を煙で充満させるのは受け入れられない。そもそも自分だって部屋が脂臭くなるのは遠慮したいので、薫子は情けなく肩を落とすしかなかった。

「まあ良いよ、どうしても食べたいって訳じゃないんだしさ」
「でも、薫子お姉さまの気持ち、分からなくもないですよ。私ってばこの春まで一般中流家庭だったわけで、パン食じゃなくて米食が中心でしたから」
「おっ……陽向ちゃんもご飯が恋しくなるお年頃か」


 同志よ! お姉さま! とがっしり抱き合う薫子と陽向を眺めつつ、千歳は誰に云うでもなく希望を漏らした。

「どうせだったら、バーベキューでもしたいよね〜」
「バーベキュー?」
「最近は良い天気が続いてるし、外で食べるご飯も悪くないよねっ」


 悪くないとは云いつつも、千歳はバーベキューは未体験だったりする。
 外交官と云う家柄の関係上、御門の家は日本に滞在中の外国人を招いてのホームパーティーで、庭でバーベキューなどをしたことも有ったのだ。
 千歳自身は病弱でベッドから出ることもできなかった為、弟である千早が食べやすいものを色々と運んできてくれたものだった。我儘だと思って決して口には出さなかったが、自分だって参加したいと云う思いはずっと残っていたのだろう。
 楽しげにバーベキュー、バーベキューと口に出す千歳を見ていた優雨は、初音の袖口を引いて上目遣いに問い掛けた。

「……はつね、バーベキューって楽しいの? お外でご飯を食べるんだよね?」
「う、う〜ん……そうだなあ……例えば、綺麗な紅葉を近くで見ながらご飯を食べるって考えると、ちょっとわくわくしてこないかなあ? 後は、優雨ちゃんの好きなお花の近くでご飯を食べたり……」
「……わくわく……うん、楽しそう」


 頭の中で色々と想像したのか、にっこりと笑った優雨がキラキラと目を輝かせて初音ににじり寄った。

「バーベキュー、するの?」
「えっ……そ、それはっ」


 期待に満ちた目で見上げられた初音は、即答出来ずに視線を逸らした。……逸らした先に、千歳の笑顔が有った。

「う、ううっ……」

 前後から期待に満ちた目を向けられた初音は、呻き声を上げながら助けを求めて視線を彷徨わせる。それは必然的に、この場に居て未だ意見を云っていなかった沙世子の方へと固定された。
 若干涙目になっている初音を見て、沙世子は情けなさに頭を押さえた。強気に出れない初音の性格は、こう云った押し込まれる場面になるととても弱いのだ。
 しかし、涙目の友人を突き放すのも気が引けると考えたのか、沙世子は初音に近寄って耳打ちした。

「ねえ初音。確か、今期の催し物申請枠の予算、丸々残ってたわよね」
「えっ? ……うん。元々、生徒会に企画を持ち込む子が居ないからね。みんな、その辺りで積極性を発揮してくれると嬉しいんだけど……」
「まあ、そんなことが出来るって知っている生徒が居ないんでしょうけどね」


 生徒手帳には、生徒から催し物の申請が有ったときには生徒会と教職員の間で協議を行い、了承されれば予算を出してその催し物を開催することが出来る、と記されている。
 しかし、毎年予算を取っているにも拘らず、実際にこの予算が使われることは無かったりする。その理由が生徒会の運営――様々なイベントの開催も含めて――に不満が無いからなのか、あるいは単純にそんな生徒会則が有ることを知らないからなのかは不明である。
 ちなみに沙世子が後者だと口にした理由は、生徒総会の前までは自分もその生徒会則を知らなかったからだ。

「それは兎も角、予算は毎年繰り越されているけれど、不必要な金額が減らされていくのは生徒会でも同じでしょう? ここら辺りでちゃんと使っておかないと、来期からは予算が取れなくなるわよ」
「うっ……やっぱりそうなのかなあ。あのお金、こっそり運営予備費に回しているんだけど」
「ちょっ、それ云っちゃ駄目!」


 ぎょっとした沙世子は、監査役が聞いたら目を剥くようなことを云った初音の口を慌てて押さえた。別に誰が聞いている訳でもないが、沙世子の倫理的にはアウトである。そう云う悪い方法を優雨のような純粋無垢な子に聞かせるのも教育上宜しくない。

「と、兎も角……予算は有るんだから、いっそのこと生徒会主催でバーベキュー大会なんてしても良いと思うのよ。ほら、校舎の裏の方の椛の有るところで、紅葉狩りをしながらなんてどうかしら?」
「えっ、良いの、沙世子ちゃん?」
「紅葉狩りと一緒にか……それも悪くないわね。ところで沙世子さん、そろそろ初音を解放してあげた方が良いわよ?」
「あっ……だ、大丈夫、初音?」


 コホコホと咽る初音と、それを見て慌てる沙世子。そんな初音にそっとお茶を差し出す史。千歳と優雨は手を取り合って喜んで、香織理はやっぱりそれを見て笑っている。
 ……場に入り損ねた薫子と陽向は、お互いの顔を見合わせた。

「薫子お姉さま、私たちはご飯と焼肉を食べたかっただけなのですが……」
「うん……何だか大事になってきちゃったねえ……」






 翌日の昼過ぎに告示されたバーベキュー大会の開催。それを見た生徒の反応は、有る意味で予想通りのものだった。物珍しげに告知を見るも、参加するには二の足を踏む状態だ。
 バーべキューをしたことが無い生徒は滅多に居ないだろうが、学院内でそれを遣ると云うことに戸惑いが有るようで、身近な友人と顔を見合わせながらその場を立ち去るのだった。
 それから数時間後の放課後。生徒会室に集まった役員たちは、突発的なこのイベントの打ち合わせをしていた。

「参加人数の定員は五十人としましたけど、果たしてそこまで集まりますかネエ。両エルダーが参加すると云うのは良い釣り餌になるかと思ったんですが……」

 生徒会書記のさくらは、告知用紙と共に貼り付けた参加用紙を思い出して眉を寄せた。 参加人員の中には予め決められたメンバー、つまりは生徒会役員と、この手のイベントに欠かせない存在であるエルダーの名前が書かれているのだが、それ以外の名前は無かったのだ。

「一年の教室を回って様子を見た限りでは、参加する人は少なそうだった。告知から開催までの時間の短さと、休日に行うと云うのがネックになっているみたいだ」
「あら、先に調べてくれたの? 有難う耶也子」
「いえ、そんな……」


 同じく生徒会の会計である耶也子も、一年生の立場を利用してそれとなく情報を集めていた。そちらもやはり結果は芳しくないようで、表情に苦いものが混じっている。もっとも、沙世子に褒められて直ぐに頬が染まったが。

「う〜ん……開催は確かに成り行き的なものだったんですけれど、私としては創造祭の準備で根を詰めすぎないように、息抜きも兼ねる心算でいたんですけどね……」
「どちらかと云うと、息抜きが必要なのは私たちだと思うけどね」
「もう、沙世ちゃんったら」


 初音は沙世子の言葉に頬を膨らませるが、実際のところ、一番忙しいのは間違いなく生徒会だ。四人だけでは手が足りずに有志を募って細々としたことを任せているが、責任者としての立場も有る会長と副会長は書類に判を押すだけでも一苦労である。

「……まあ、最初に云い出したのは私だし、優雨さんや千歳さんの喜びようを見てたら、駄目だなんて云えないものね」
「嗚呼、麗しの姉妹愛……ですネエ」
「そこ煩い。それに気持ち悪い」


 クネクネと体を揺らして演劇風に喋るさくらに、耶也子から厳しいツッコミが入る。沙世子はその光景をいつものことと流しながら、バーベキューの為の資料を読んでいる初音に問い掛けた。

「それで、道具の方は大丈夫だったの?」
「うん、千歳ちゃんのお家に有るのを貸してくれるって。ここ二・三年は使ってなかったけど、史ちゃんが確認した限りでは問題が無いから、当日に間に合うように宅配便で送るって云ってたよ」
「そう。……それにしても、以前に聞いた流し素麺の件といい、何でも揃ってるのね」
「外交官のお家だから、海外からのお客様を招く時に色々有った方が良いってことみたい。お父さんがアメリカに行ってからは使ってないそうだけどね」
「ふうん……先祖代々お金持ちだと、やっぱり考え方も違うのね」


 沙世子の家は、父親がそこそこの会社の重役を務めているので、ちょっと裕福と云える程度の資産家だ。聖應に通う生徒の多くはその辺りのレベルの家庭で、感覚的には一般家庭とそう変わるものではない。
 旧華族の家柄ならばまだしも、そこに外交官の家系と云うものが加わったりすると、物珍しい部類になるだろう。
 コホンと軽く咳払いをした耶也子は、話題を変えるためにもう一つの懸案事項を口にする。

「会長、食材の方の手配は?」
「ああ、そちらも大丈夫です。史ちゃんが、いつも使っているお店を紹介してくれましたから。お得意様だから割り引いてくれるって」


 嬉しそうに笑う初音を見た耶也子は、さくらや沙世子に視線を向けた。そこに浮かんでいた表情が自分と同じものだと気が付くと、疲れたように肩を落とす。

「私の感覚は正常そうだな。……史お姉さま、ホントに万能だ」
「……だって史さん、本職の侍女だもの。私も寮に入ってから何度も驚かされているけどね」
「……来年、千歳お姉さまが卒業すれば、学院内ではフリーになるんですよね。生徒会に勧誘しちゃおうかな……」
「あら、そうするとさくらの仕事が無くなっちゃうんじゃない?」
「確かに、つっちーの十倍は有能そうに見える」
「……かいちょ〜、この二人が私のことを苛めるんですが〜……」
「あ、あはは……大丈夫だよさくらちゃん。私みたいに仕事が苦手でも、生徒会長は務まるんだから!」


 まるでフォローになっていない初音の声に、さくらはムンクの「叫び」のようなポーズをして床に崩れ落ちた。





 一方その頃、物事の発端となった薫子はと云うと、放課後になっても寮に帰らずに、教室の机の上でぐったりと突っ伏していた。顔を真正面から机に乗せており、その表情は分からない。

「うみゅう〜……」
「……どうしたの、薫子さん。変な声を出して」


 教室に残ったクラスメイトが見守る中、茉清が恐る恐ると云った様子で薫子に声を掛けた。少し待っても返事が無いので、そっと横顔を覗き込む。鼻が潰れていた。
 茉清は眉を寄せながら身体を起こすと、無言のまま腕でバッテンのゼスチャーをした。処置無し、と云う意味である。クラスメイトたちは一斉に肩を落とした。
 クラスが微妙な沈黙に包まれる中、不意に扉がノックされる、薫子を除いた視線がそちらに向かうと、ケイリが扉から入ってくるところだった。

「失礼します。二年のケイリ・グランセリウスですが……おや? みなさん、どうかしましたか?」

 注目を浴びても動ずることなく教室に入ったケイリは奇妙な静けさに首を傾げ、ぐるりと教室を見回した後に、薫子の姿を目にして苦笑を浮かべた。

「薫子お姉さまはどうかしたのですか?」
「いえ……それが、放課後になってからずっとあのままでして……」


 傍に居た聖に尋ねるも、その顔に浮かぶのは困惑だ。ケイリは目線で薫子に話しかけても良いかどうかを尋ね、聖が頷くのを待ってからそっと歩み寄った。

「聞こえているんでしょう、薫子。そんなに拗ねていないで、私に話してみませんか?」
「……別に、拗ねてるわけじゃないよ〜……」


 今まで唸っているだけだった薫子が返事をしたことに、クラスメイトたちがどよめく。

「ほら、みなさんに心配を掛けてはいけませんよ?」
「……むう……」


 一声唸った薫子は、渋々といった様子で顔を上げる。薫子の鼻の頭が赤くなっているのを見たケイリは、すらりとした指で以てその鼻を軽く弾いた。思わず両手で鼻を隠す薫子に悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「生徒会でなにやら面白い企画をしているようなので、薫子に話を聞きに来たのですが……その様子だと当てが外れましたかね」
「え、どう云う意味?」
「いえ、食べ物関係の話なら薫子が関わっているかな、と」
「……ケイリの中でのあたしはどんだけ腹ペコキャラになってるのさ」


 プッと噴き出す声の方にじろりと半眼を向けた後、薫子はゆっくりと立ち上がって大きく伸びをした。ずっと同じ姿勢をしていた為か、ポキポキと骨の鳴る音が聞こえる。

「バーベキューのアイデアを出したのは千歳だよ。そりゃ確かに大元は、あたしが焼肉食べたいみたいなことを云ったからだけど」
「なんだ、それならそんなに落ち込む必要はないじゃないですか」
「……いや……エルダーの立場としてはさ、こう……憧れてくれてる子たちの前でがっつり食べる訳にもいかないじゃん?」


 ツンツンと両手の人差し指を突き合わせながら上目遣いに喋る薫子を見て、今度こそ遠慮無しにあちこちから噴き出す声が聞こえる。勿論その筆頭は、薫子の前に居たケイリだった。

「わ、笑わなくても良いじゃん。あたしだって一応、外面ぐらいちゃんとしていたいんだよ」
「ええ、ええ、分かっていますよ。みなさんの理想像を守ろうとする薫子は立派です」
「む〜……」
「まあまあ、薫子さん」


 咽喉の奥で笑いを堪える茉清が、不満で頬を膨らませる薫子を宥めるように肩を叩く。薫子が気を落ち着かせて周囲を見ると、クラスメイトたちはみんな、笑いながらも優しさの籠った目で薫子を見ていた。

「薫子さんの心配事は分かった。ここは一つ、薫子さんの本性を知っている私たちも参加して、薫子さんがたっぷり食べられるようにフォローしてあげようじゃないか」
「あはっ……賛成です、茉清さん。実はバーベキューのこと、ちょっと気になってたんですよね」


 茉清のウインクを受けた聖が提案に乗り、その他のクラスメイトたちも追従する。わたしも、わたしもと云う声を聞きながら、ケイリは薫子に笑いかけた。

「愛されていますよね、薫子は」
「うん……まあ、それは有り難いんだけど……本性って云われるとちょっと傷付くんだけどな」


 口元をにやけさせながらの薫子の文句は、笑い声に包まれる教室にそっと消えていった。



 薫子は茉清と聖、そしてケイリと並んで廊下を歩く。何となくの流れのままに、校門までを一緒に帰ることになったのだ。

「そう云えば、千歳はもう帰ってしまったのですか?」
「ん? 千歳は史ちゃんと一緒に食材の手配に行ったよ」
「そうですか」


 千歳たちの行く先に特に拘りは無かったのか、ケイリは薫子の言葉に軽く頷いて返した。んん、と頤に指を当てて何かを考えてから、にこりと笑って話題を変える。

「しかし、バーベキューですか……私は子供の頃に一度体験したきりですから、少し楽しみなんですよ」
「ケイリって確かイギリスで暮らしてたんだよね。向こうではバーベキューとかしないの?」
「そう云う訳ではないんですけどね


 微妙に視線を逸らすケイリに、薫子たちは首を傾げる。普段は割とはっきりと物事を云うケイリがそんな態度を見せるのが珍しいらしく、聖が気を使った声を掛けた。

「あの……何か話し難いことでしたか?」
「ああ……いえ、そう云う訳ではないんですよ」


 もう一度同じ言葉を繰り返すケイリ。今度の笑みは、気を使わせて申し訳ないと云う苦笑だった。

「イギリスは風土的にバーベキューには向かない土地でね。日本のような梅雨の時期が無くて、一年を通して平均的に雨が降るんだ」
「ああ、そう云えばそんな話を聞いたことが有るな。成程、それでは確かにバーベキューは遣り難いだろうね」
「うん? 茉清さん、それってどう云う意味?」


 茉清はケイリの話を聞いて直ぐに状況が分かったようだが、薫子と聖は不思議そうな顔をしている。やがて、聖が降参ですと両手を上げたので、茉清は笑いながらその意味を語り始めた。

「平均的に雨が降るということは、つまりはいつ雨が降ってもおかしくない訳だ。聖さんは、雨が降っている中でバーベキューとかしたいと思うかい?」
「そ、それは嫌ですね。と云うか、それじゃ食材を焼けないです」
「そう、その通りさ。天気予報の精度は上がっているけれど、それはあくまで大雑把な地域での予報だからね」
「なるほどねえ……」


 その状況を想像しているのか、薫子は眉を寄せて腕を組んみながら歩く。むう、と一言唸った後で首を振った。色々と駄目な結論になったようである。
 実際は雨などものともせずに平然とパーティーを続ける人も居るので、状況によってまちまちなのだが。

「私の体験したバーベキューは、私たち一家を招いたホストのご主人が、傘を差して庭で肉や野菜を焼く中、夫人が私たちと歓談すると云う状態でね。外で小雨が降っていたからそう云うことになったんだろうけれど、それが見ていて可哀想で」
「うわぁ……それは確かに嫌だわぁ……」
「通り雨のようなものでしたから、話が終わる頃にはすっかり雨も上がっていて、外で楽しく食事は出来ましたけどね。……まあそう云う訳なので、私としては今回のバーベキューで晴れてくれると嬉しいのですが」


 ケイリは窓の外の空に目を向ける。秋晴れの空は茜色に染まり始めて、雨雲の一つも見付からない。ケイリの様子に気が付いた薫子が、同じ窓から空を見上げて呟いた。

「ん〜、まあ雨は大丈夫じゃないかなあ。台風とかも来ていないし」
「聖應は山が近いから、それがちょっと心配だね」
「じゃあ私、てるてる坊主を作ってきますね」


 聖がにっこり笑ってそんなことを云う。ケイリも有難うございますと笑いながら頭を下げて、一同は再び廊下を歩き始めた。



**********

 後半へ続く。←後編へのリンクです。

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