A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-1

<<   作成日時 : 2012/10/03 23:23   >>

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 半分は説明みたいな話。


**********


 第九話 ラストダンスを貴方と





 怒涛のような一日が過ぎ去った後の朝には、とんでもないイベントが待ち受けていました……いや、まさか一子さんが来るなんて想像して無かった訳で。
 碌に眠ることの出来なかったあたしは、まともな対応なんて出来る筈も無く。史ちゃんに口止めをして、一子さんにはあたしの部屋から出ないように何度も念を押してから登校したのだけれど。

「むむむ〜……」
「薫子さん、どうしたんですかね? 眉間にこ〜んな皺が寄ってますけど」
「ん〜、分かんない。朝御飯の時からあんな感じだったよ?」


 目を瞑って腕を組んで考えていると、聖さんと千歳の声が聞こえた。あたしが考えてるのはあんたのことだよ、なんて云う訳にもいかず。
 ……でも、あたしが唸ってても解決する問題じゃないんだよね。まだ一子さんから詳しい話を聞いていないんだし。
 一子さんは、夏に会ったときは千歳を迎えに来ると云っていたけれど、まさか本当だったなんて思っていなかった。オマケに卒業まで未だ日の有る今の時期に、だ。一体どう云うことなんだろう。

「むむむ〜……」

 ああ、心配で胃が痛くなるって云うのは本当のことだったんだなあ。
 一子さんはホントに部屋から出てないんだろうか。千歳と違って誰にでも見ることが出来るらしいし、寮母さんとばったり会ったりした日には大騒ぎになるだろうし……。

「あれ、何かお腹を押さえ始めましたけど……」
「薫子ちゃん、おトイレの我慢は良くないよ?」
「トイレじゃないっつーの」
「……?」


 じ、と千歳の顔を見ると、くりっと首を傾げてみせる。な〜んにも分かってなさそうな平和な顔だ。千歳は、初めて会ったときから変わらないよね。もし成仏することになったとして、千歳は満足して神様のところに行けるんだろうか?



 そうやって悶々とした気持ちを抱えながら何とか放課後まで耐えて、あたしは直ぐさま寮へと向かう。
 あ、ちなみに掃除当番の方はと云うと、みんなあたしが一日中唸ってたのを知っていたので、何とか拝み倒してサボらせて貰った。交代してくれたこよりさんには、後で何か御礼をしないと……。
 廊下の掃除をしている子たちの間を縫って、足早に昇降口を目指す。掃除時間中に走ったりすると危ないので、慌てず急いで正確に歩く。そうして階段を下りて昇降口の手前まで来たときに、不意に階段の影から人が現れた。

「うわっとと……あれ、ケイリ?」
「おっと……おや、薫子ですか。随分と急いでますね?」


 真正面からぶつかりそうになったところを、何とか腕を伸ばしてケイリの身体を掴み、ダンスのようにクルリと半回転して勢いを殺した。
 相手がケイリで良かったよ。あたしと同じくらいの体格だから何とかなったけど、小さい相手だったら引っ繰り返ってたかもしれない。

「ああ、ゴメンねケイリ。ちょっと寮まで急いでてさ」
「そうですか、私はちょっと薫子に話が有ったんですが……」
「え、そうなの?」
「ああ、いえ、急いでいるなら取り合えず用件だけ」


 ありゃりゃ、気を使わせちゃったか。ケイリはちょっと腕を組むと、頭を振って話を逸らしてしまった。……イカンな、自分に余裕が無いのが分かる。今日は他人に気を使わせ過ぎだよ。

「実は、期末考査が終わったら寮に遊びに行きたいと考えていましてね」
「ん、泊まりにくるの? ん〜、まあテストの後なら大丈夫なんじゃないかなあ。初音に話しておくよ」
「ええ、宜しくお願いします。それじゃ、気を付けて」
「あはは……さんきゅ」


 パチッとウインクして去っていくケイリの背中を見送って、さっきよりも注意しながら歩き始める。
 靴を履き替えて校外に出て、そこでふと気が付いた。ケイリは何だってあんなところに居たんだろう? もしかしてあたしが帰るのを分かっていたんだろうか。

「……まあ、ケイリが不思議なのは今に始まったことじゃないか」

 あたしは挨拶してくる下級生の子たちに返事をしながら、寮へと一直線に歩き始めた……。



 そっと寮の扉を開けて、玄関の靴を確かめる。うむ、まだ誰も帰ってきてないな。

「ただいま〜……」

 何となく小声になりながら、靴を脱いで廊下に上がる。ふわっとした良い匂いが漂ってくるので、寮母さんは夕食の準備をしているんだろう。勿論、そういう状態ならば一子さんと鉢合わせたりはしていない筈。
 あたしは一子さんと話すことを考えながら手洗いなんかを済ませて、真っ直ぐに自分の部屋へと向かった。

「ただいま。一子さん、お待たせ」
『あっ、お帰りなさい薫子さん。いや〜、もう暇で暇でしょうがなかったですよ〜』

 部屋の扉を開けると、ふらふらと漂っていた一子さんが良い笑顔を浮かべてあたしの方へと飛んできた。よっぽど退屈していたんだろう。

「ごめんね。でも一子さんのことを知らない人も居るからさ」
『まあ、その辺りは分かっていますので。……ああ、こんなに一杯漫画が有るのに手に取ることの出来ないもどかしさよ……』

 あたしの本棚を見ながらそんなことを云う一子さん。頭の中でその光景を想像して……うん、これは辛いね。まあ、話が終わってからならあたしの手を貸してあげよう。

「それでさ、一子さん。朝の話の続きなんだけど……」
『ああ、はいはい、そうでしたね』

 持っていた鞄を机の上に置いてベッドの端に腰掛けると、一子さんはあたしの前に漂ってきて、見下ろすような前傾姿勢で腕を組んだ。何とも器用な格好だけど、そのまま前転しそうに見えるんで止めて欲しいなあ……。

「……ええと、千歳を迎えに来たって話だけど。何で?」
『いや、何でと云われましても……そうする必要が有るから、としかお返事出来ないんですが』

 そうする必要が有るって云われても……そもそも千歳は卒業まで居られる筈なんじゃなかったの? あたしの疑問が顔に出ていたんだろう、一子さんはそのまま説明を続けてくれた。

『ええと、千歳さんのようなお子様の場合ですね、天への道を迷わないように、付き添いの方が降りてくるようになっているのですよ。本来ならば亡くなった時にそうするのが然るべきなんですが、千歳さんは未練が大き過ぎたのか、こっちに残っちゃったんですよね』

 あはは、私が云えたことじゃないんですが、なんて笑いながら付け足す一子さん。幽霊の先輩としては色々と思うところも有るんだろう。

『それで、何と云うか上手く説明出来ないんですが……聖夜――クリスマスの夜――は天への道が通り易くなってまして、千歳さんのようなお子様でも迷わずに神様のところへ行ける訳なんですよ。その時期を逃すと、本人が天へと上ることを強く望まない限り、そう簡単には神様のところへ行けなくなっちゃうんですよね』
「分かったような分からないような……要するに、放っておいたら自然に神様のところに行けるようになる訳じゃないから、成仏するのに一番良いクリスマスの日に合わせて迎えに来たと?」
『はい。だからと云って無理矢理連れて行くのも良くないですし、こうして事前にこちらに来て、千歳さんがその気になるように色々と準備をする心算でして』
「……ところでさ、何でそれを直接千歳に云わずに、あたしのところに来た訳?」

 あたしは色々と頭を捻りながら、気になっていたことを尋ねてみる。そりゃあ夏の時にはあたしが色々と面倒を見たんだけど、今回の問題は千歳本人のことでしょ?
 あたしが尋ねると、一子さんは何故かあたしから目を逸らしながら、ふらふらと身体を揺らし始めた。

『実はですね。私、今回が初めての案内役でして……お姉さまのように出来るか心配でして……手伝って下さ〜い!』
「わわっ……ぐえっ」

 いきなりあたしの首に抱き付いてきた一子さんを支えられず、そのままベッドに押し倒された。一子さんはベッドを擦り抜けてしまう為、その圧力がもろにあたしに掛かってくる。幽霊の重さってのも変な話だけど……苦しいので一子さんを何とか引き剥がした。

「ちょ、一子さん落ち着いて。あたしだって千歳のことをちゃんとしてあげたいのは確かだから。云われなくても手伝うよ」
『本当ですか? 有難うございます〜』

 ウルウルした目で見詰められたかと思うと、再びぎゅっと抱き締められてしまった。う〜ん……一子さんも一人で不安だったってことなんだろうか……。
 ちなみに、これは後で聞いた話だけど。一子さんが成仏した時に迎えに来たのは幸穂さんと云う人で、一子さんが生きていた頃のエルダーだったとか。エルダーはそんなことにも駆り出されるんだなー……。

『ほら、私は立場上、千歳さんをお連れする立場ですから。あまり私から色々と千歳さんに尋ねたりすると、こう、神様のところに行くのを急かしているみたいじゃないですか?』
「ああ……そうなるのかな? 確かにそれは、ちょっと気になるよね」
『はい。私は千歳さんに納得していただいた上でお連れしたいと思ってますので……』
「……一子さんの口からじゃなく、あたしからそれとなく導いて欲しいと」

 こりゃ結構な難題だぞ。あたし自身だって、千歳とは卒業式まで一緒に居られると思っていたんだ。千歳だって多分その心算だから、それを前倒しするみたいにクリスマスでお仕舞いだよ、なんて云える訳が無い。
 どうやって説明する? 回りくどい云い方なんてあたしに出来るとは思えないしなぁ。



 さて、千歳が自分の目標として定めたのは、卒業までに友だちを100人作ると云うことだった。だけど、あたしは千歳の学校生活をフォローしつつも、手伝いを頼まれた時以外は積極的に手助けをしてこなかった。
 千歳は社交性も有るし、転んだ下級生に対して「痛いの飛んでけ〜」なんてしてしまう子だったので、それほど心配してはいなかったから。あたしみたいな口下手が余計なちょっかいを出すよりも、上手くいくだろうと思っていたんだ。
 ……と、まあ云い訳はこのくらいにしておいて。そもそも、あたしは千歳から友だち作りのことをちゃんと確認したことは無いのだ。だから、夕食の後に千歳と史ちゃんを捕まえてその話を聞くことにした。



 あたしと千早、史ちゃん、そして千歳と一子さん。千歳の部屋に集まっているのはこの五人だ。香織理さんも一子さんのことは知っているのだけれど、今は未だ事情を話してはいない。つい昨日に千歳が幽霊だって知ったばかりなのに、今日になってまた追加情報なんて大変だろうし。

「お待たせ致しました」
「ありがとう、史ちゃん」


 あたしは差し出された紅茶を受け取って、それを口元に近付ける。味は勿論のこと、香りだって一級品……と云うのは今だからこそ分かることで。あたしもこの一年ですっかり高級な紅茶に慣れてしまったなあ。
 あたしの傍に居る一子さんも、幽霊だから味は楽しめないものの、何故か匂いは分かるようで、どこか羨ましそうな顔をしている。

『一子ちゃん、久しぶりだね〜』
『はい〜、どうですか、その後の調子は?』

「……幽霊が二人で世間話ってのも、なんだかなあ」

 千歳と一子さんが話している間に、あたしはそっと史ちゃんに千歳の友だち作りに付いて聞いてみる。千早には……まあ、なんだ。まだ照れが入っていて、顔を近付けて内緒話なんて出来ないです。

「ねえ、史ちゃん。千歳の友だち作りって、今どうなってるか知ってる?」
「……いえ、特には。千早さまはご存知でしょうか?」


 ちょ、千早に聞いたら駄目でしょ……ほら、こっち向いた……ううっ、見詰められると、その……困る。

「僕も、どうと云う話は聞いていませんね。まあ、千歳さんと入れ替わって学院内を歩いている時には、友だちのように気安く話し掛けてくる人も何人かいますが」
「そ、そうなんだ……」
「……薫子さん?」
「いや、何でも無いよ、うん」


 くそ、何で千早は平気なんだ。一人だけ戸惑ってるあたしが馬鹿みたいじゃないか。……いやいや、今はそのことは後回し。
 ええと、何だっけ。そう、エルダーなのに気安く話しかけられるってのは、それはまあ友だちと云える相手なんじゃないだろうか? あたしもエルダーとしての立場を超えて話し掛けてくれる相手ってのは、友達と云っても良い間柄だし。クラスメイト以外だと、京花さんや桂花さんとか。

『何々? 内緒話?』
「んあ? あ〜、いや……」

 千歳があたしたちの態度に気が付いて話に加わってくる。千歳の向こうに居る一子さんは、なにやらあたしを期待に満ちた目で見ているんだけれど……あたしは指で小さくバッテンを作ってみせた。
 む? 一子さんが、千歳に見つからないようにブロックサインを出してる。何々、さり気無く尋ねろ? なるほど……そんなの無理だっての!

「あ〜……千歳?」
『何?』
「友だち作りってどんな感じになってるの?」
『ん〜?』

 考え込む千歳の向こうで、一子さんがずっこけた。何も無い空中でこけるとは器用だ。

『(どこがさり気無いんですか〜! 大根役者じゃないですか〜!)』
「(失礼な! これでも創造祭では拍手喝采だったんだぞ!)」
「あの……御二方は一体何を……?」
「え!? いや、何でも無いよ、史ちゃん」

『そうそう、気にしないで下さい』

 思わずその場のノリで一子さんとやり合っちゃったけど、史ちゃんの目が何やら冷ややかだ。そりゃまあ、朝の様子と云い今と云い、何か有るって云ってるようなものだからね。疑われるのも当然と云うか。
 ……史ちゃんに隠す必要って無いんじゃないだろうか。いずれ話すことになるのなら、今の内から協力を求めた方が良いんじゃないだろうか。
 そんなふうに悩んでいる間に、千歳が何かを思い出したのか、ポンと手を叩く仕草をした。

『ねえ、ちーちゃん。春頃に書いてた友だち帳ってどこにいっちゃったっけ?』
「えっ? さ、さあ……僕は知りませんけれど」

 友だち帳と云う語感からすると、手帳か何かに友だちの名前を書いておいたってことなんだろうけれど。どうも肝心なソレをどこかに無くしてしまったらしい。人のことを云える立場じゃないけれど、千歳も日記とか三日坊主にしちゃうような性格だからなあ。
 むむむ、なんて唸っている千歳を見兼ねたのか、史ちゃんがそっと口を挟んだ。

「……携帯電話のアドレス帳などに、御友人を登録なさっておられるのではないでしょうか」
『おお、流石は史だね!』
「恐れ入ります」
「ちょっと待って下さいね。今、取ってきますから」


 着替えた時に机の上に置きっぱなしにでもしたのか、千早が席を立って携帯電話を取りに向かう。その場で携帯電話を操作してアドレス帳を確認していると、最初は普通に見ていた千早の顔が、徐々に渋い顔へと変わっていった。

「……あの、千歳さん。これじゃまるで学級連絡網なんですが」
『えっ?』
「……ちょっと見せて」

 あたしは千早から携帯電話を受け取ると、手早く名前の一覧を確認する。
 ……なるほど、これは千早の云う通りだわ。クラスメイト30人(千歳の自宅も含む)の名前がずらっと並んでいる他は、ケイリや淡雪さんなど一部の二年生の名前が載っているだけだった。
 なんだろう、携帯を買ってもらった子が、入力するのが楽しくてやっちゃいましたみたいな感じなんだろうか。そんなに的を外れていないような気がするな。

『あはは……』

 千歳は目を逸らして乾いた笑みを浮かべている。もしかして、とは思うけれど。

「ねえ千歳。もしかして、ちゃんと友だち作りをしてないの?」
『そ、そんなことは無いんだよ? でも、ほら、ええと……そう、楽しい学院生活を満喫する方が大事だから!』
「……それ、今考えた理由でしょう」

 むう……自分の額に皺が寄っているのが分かる。千歳があたしの顔を見てちょっと怯んでいるのもその所為だろう。怖がらせちゃったと思う反面、良い薬だとも思ってしまう。

「千歳の目標は、友だちを沢山作って、笑って卒業することだったよね。今まで楽しそうに学院に通ってたから特に云ったりはしなかったけど……実際のところ、それは本当に達成出来そうなの?」

 このままじゃ、仮にクリスマスを超えて卒業の日まで居られることになったとしても、笑って卒業することなんて無理かもしれない。終わりが来ることは分かっているのに、何で千歳はそんなにお気楽なの?
 そう、終わっちゃうのだ。あたしは多くの三年生と同じようにこのままエスカレーターで進学するけれど、その中に千歳は入っていないんだ。
 ……ああ、駄目だ駄目だ。上手く纏まらない。額に手をやって考え込んでいると、千歳があたしの傍に寄って来た。

『薫子ちゃん、そんなに気にしないで』
「……ん?」
『大丈夫だよ、何とかなるって! 大船に乗ったつもりでね!』
「……」

 ……あ、イカン。今のは駄目だ。ぷちっと心のどこかが切れた感じがした。

「千歳、あんた自分のことなのに、なんでそんな風に云える訳?」
『……え?』
「そんな調子で適当にやってて……それでホントに、満足出来るの!?」

 やっちゃった、と思ったときはもう遅かった。
 千歳も、千早も、史ちゃんも。事情を知らない三人は、何でいきなりあたしが怒鳴ったのか分からないようで、呆気に取られた顔をしている。その後ろでは、一子さんが顔を両手で覆って天を仰いでいた。

「今日はもう寝る」

 もの凄い不機嫌な顔をしてるとは思うけど、このままここに居ると危険だ。洗い浚い話してしまいそうになる。飲みかけの紅茶もそのままに立ち上がって扉へ向かうと、我に返った史ちゃんが慌てて追い掛けて扉を開けた。

「……お休みなさいませ、薫子お姉さま」
「ん」


 軽く頷いて廊下に出ると、足早に自分の部屋へと飛び込んでベッドにダイブ。うつ伏せのまま枕に顔を埋めて――

「んあああああっ〜! っの馬鹿たれぇ〜!」

 ――吼えた。
 分かってる。って云うかさっきので分かってしまった。納得出来ないのはあたしの方だ。あたしが千歳と別れたくないんだ。
 あたしはきっと確実に来る別れが惜しくて、なんだかんだと理由を付けて、積極的に千歳を助けなかったんだ。だって……千歳のこと、初めて会った時から好きだったから。
 なのに、千歳はあたしの気も知らないであんなにお気楽に云ってくれて……! 八つ当たりだとは分かっていても、どうしても苛々するっ!

『……あのう、薫子さん。……大丈夫ですか?』

 バタ足のように足をベッドにボスボスと打ち下ろしていると、一子さんの声が聞こえてきた。
 あ〜……今のあたし、まるっきり駄々っ子だよ。両足をゆっくりと下ろしてから、枕を抱えて仰向けになる。こっちを見ている一子さんの顔は、やっぱりあたしを心配してくれていた。

「……ああ、一子さん。ゴメンね?」
『いえ、私は良いんですけれど……千歳さんたち、困っちゃってましたよ?』
「うん……」

 口元を枕で隠しながら返事をする。そりゃそうだろう、あんな去り方をしたら、千歳が気にしないなんて有り得ない。あの子はずっとベッドで寝ている生活だったせいか、他人の態度に敏感なのだ。

「どうしよう、一子さん。あたし、一子さんに協力出来ないよ」
『……』
「あたし、やだよ。千歳の友だちだもん。ずっと居て欲しいよ」
『……そうですか』

 一子さんは困ったように笑うと、あたしの頭をそっと撫でてくれた。







 その日以降、あたしは何となく千歳と気拙くなってしまい、上手く話をすることも出来なくなってしまった。
 こんなことをしている場合じゃない、お別れする日はもうそこまで迫っているのに……とは思っていても、千歳があたしを心配させまいと笑っているのを見てしまうと、あたしはどうしようもなく苛々して……。



 数日経って寮のみんなやクラスメイトがあたしたちの仲違いを心配し始めた頃、あたしと千歳は生徒会室に呼び出されることになった。

「二人とも、今日はわざわざ来てくれてありがとう。今日のお話は……薫子ちゃんは分かっていると思うけれど、降誕祭の後のダンスパーティーのことなんです」
「ああ……そう云えばそんなのも有ったねえ」


 呼び出された理由は、毎年恒例のダンスパーティーでの男性役に付いて。エルダーはホスト役として必ず参加し、可能な限り多くの子と踊らなくちゃいけないのだ。
 去年、奏お姉さまは小さい身体で何十人とペアを変えて踊り続け、終わる頃にはフラフラになってしまっていた。まあ、お姉さまの身長でホスト役ってのはかなり無理が有ったんだけどね。演劇部であれだけタフなところを見せていたお姉さまがフラフラになったのだ、その苦労は推して知るべし。

「まあ、今年はエルダーが二人だから、それだけ負担も少なくなると思うわよ?」

 沙世子さんが肩を竦めながら云う。しかしそれは嘘だ。二人になったらその分だけ、ホスト役を決めずに参加してくる子が増えるだろう。つまり、エルダーはどうあってもダンス地獄からは逃げられないのである……。

「ダンスかぁ。私、上手く踊れるかな〜……」
「毎週末に講師の方を招いてダンスの練習をしていますから、千歳ちゃんも不安なら参加してみると良いんじゃないかな?」
「うん、そうだね」


 男性ステップの練習か。千早なら、ダンスもそつなくこなせそうな気がするな。ダンスパーティーに出るのが千早なら、ラストダンスはエルダー同士で踊るのも良いかもしれない。そうして良いムードになれば……ふへへ……。

「……薫子さん、さっきから顔が赤いけど、調子悪いの?」
「ふへっ!? いや、何でも無いよ!」
「……そう?」


 危ない危ない、沙世子さんに云われて慌てて妄想を吹き飛ばす。
 一子さんと一緒に漫画を読んだりしている間に、妄想癖がうつってしまったのかもしれない。一子さんはページを捲れないからあたしが捲ってるんだけど……人の隣であれやこれやと、実に妄想が逞しい幽霊さんだったのだ。本人は口に出してるって気付いてないのかもしれないけど。
 ……いかん、こんなこと考えてる場合じゃないってのに。

「そう云えば、薫子さんはここ最近、夜遅くまで起きてるわよね。風邪でも引いたんじゃない?」
「大丈夫、そんなことないよ。ちょっと夜更かししてたけど、それだけだから」
「気を付けてね、十二月に入って急に寒くなったから。……そう云えば、千歳ちゃんもちょっと色が白いよね。調子悪い?」
「えっ、そうなの?」


 初音の言葉に驚いて、あたしは千歳の顔を見た。このところ気拙いままでちゃんと顔も見ていなかったから、千歳の調子が悪いなんて全然気が付かなかったよ。
 成程、良く見ると頬の赤さが足りない。すっぴんの時の千早みたいな感じになってる。

「ん……ちょっと寝付きが悪いだけだから、大丈夫だよ。テスト勉強してて身体を動かしてないから、目が冴えちゃうんだよね」

 苦笑しながら云う千歳だけど、理由がそれだけじゃないってのはきっと初音にも分かってるだろう。何となく微妙な空気のまま、打ち合わせは続いたのだった。



「薫子さん、ちょっと」
「ん? 何?」


 生徒会室を出たところで、沙世子さんに呼び止められる。釣られて千歳と初音も立ち止まるけれど、沙世子さんは二人に軽く手を振って、先に行くように促した。二人が階段を下りて行ったのを見計らって、それからあたしの方に向き直った。

「……何の用か、大体分かってるんじゃないかしら」
「ん……千歳のことでしょ?」
「ええ。……こう云う直接的な遣り方は、私の領分だから」


 まあ、そうじゃないかと思ったよ。初音は心配していても遠慮するし、香織理さんはこっちが助けを求めるまでは必要以上に干渉しないから。

「率直に聞くけど、喧嘩したの?」
「ううん、そう云う訳じゃないよ。……どっちかって云うと、あたしが勝手に怒っていると云うか」
「ふうん?」


 頭を掻きながら言葉を選ぶあたしを見て、沙世子さんは腕を組んで背を反らす。聞いてやるから早く云え、みたいな態度だけど、今はその偉そうな素振りがありがたい。
 沙世子さんとは付き合いが浅いって訳ではないけれど、寮のメンバーでは新人だし、ある意味では遠慮無く云いたいことを云える相手だ。
 分かり難い、でも確かに感じるお節介な優しさに、あたしは甘えることにした。

「実はね、千歳にお迎えが来たんだ」
「は? ……え? ちょ、ちょっと待って。立ち話で済むような問題じゃ無いじゃない」


 沙世子さんは廊下の左右を見回すと、締めたばかりの生徒会室の扉を開けて、あたしを中に押し込んだ……。



**********

 話の展開的に、どうしてもシリアスに成らざるを得ない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして
ナカユウと申します。
第9話心待ちにしていました。
ナカユウ
2012/10/12 13:18
ナカユウさん、いらっしゃいませ。
お待たせしていて申し訳有りません。もうプロットは出来てますので、後はいかに時間を取って執筆するかだけでございます。
もう暫くではありますが、お付き合い下さいませ。

……最近ログイン障害が多くて、中々アップできません。もしかすると別の場所で公開することもありえるかも?
ともあれ、9-2は書き終っております。アップ出来るようになるまでもう少しだけお待ち下さい。
A-O-TAKE
2012/10/13 19:42
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