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zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-2

<<   作成日時 : 2012/10/13 20:00   >>

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 どんどん行くよ〜。

 ……と言えるほど更新速度が早くない。
 週一回で頑張ります。でなきゃ年内に終わらなくなっちゃう!


**********



「薫子さんは、つくづく考え事に向かない性格をしているわよね」
「ひどっ!?」


 事情を話した後の最初の一言がそれですか? そりゃあ沙世子さんに云われるまでも無く、あたしは考え事に向いてないけどさ!

「まあ、色々と云いたいことは有るんだけど」

 生徒会室の扉に背中を預けていた沙世子さんは、ふ、と軽い溜め息を吐きながら額に手を当てる。何か考えている時か、あるいは呆れている時かのお決まりのポーズ。
 短い沈黙を破って沙世子さんが口にしたのは、あたしの予想の外にあるものだった。

「取り合えず、寮のみんなには全部話しましょうか」
「へっ……全部って、どこから?」
「最初から最後までよ」
「ええっ? いやいや待ってよ、そんなことしたら大変じゃない。つまりそれって、千歳が幽霊なこととか、クリスマスに居なくなっちゃうこととかでしょ?」
「勿論、千歳さんや――ええと、一子さんだっけ?――その人にも確認をしてからだけど」


 いや、そんなに軽く云われても。そもそも、みんなに内緒にしているのは千歳のことが受け入れられるか分からないからだ。それに、知ってる人が多くなればそれだけ他の人にばれる可能性だって多くなる。
 今ここに来て話すくらいなら、もっと早くに打ち明けておけば……。

「そう、それよ」
「はい?」
「ねえ薫子さん。今更な話だけど、千歳さんのこと、初音たちが受け入れられないと思う? もっと初音たちを信用しなさいよ」


 む、と口篭る。まあ、確かに今更な話かもしれない。初音は幽霊とか怖い性質だけど、それは有るか無いか分からない不確かなものが怖いってだけで、千歳なら大丈夫かもしれない。陽向ちゃんなんかは、逆に楽しむかもしれない。

「自分で云うのもなんだけど、私でさえ大丈夫だったのよ?」
「自虐的だなあ」
「う・る・さ・い。……それに、薫子さんはちょっと勘違いしてる」
「勘違い?」


 沙世子さんは、ふう、ともう一度溜め息を吐きながら扉から離れて、何故かあたしの周りをゆっくりと歩き始めた。TVドラマの名探偵が犯人の周りを歩くのに似ていて、意味も無くどきどきする。

「千歳さんは、私や薫子さんのように話を知っている人には幽霊だけど、そうでない人には生きている人間と同じなのよ?」
「うん」


 ゆっくり歩く沙世子さんを目で追いながら、あたしはそれを想像する。随分昔のことに思うけれど、あたしだって四月の頃は、千歳のことを素敵な人だと思っていた。

「良く考えて。今此処に生きている千歳さんがクリスマスを境に二度と会えなくなると云うことは、それは即ち千歳さんがクリスマスに死ぬと云うことと同義なのよ」
「あっ……!」
「千歳さんが卒業式まで居るってことなら、私も特に口を挟む心算は無いわ。元々、卒業して学院から離れてしまえば、それっきり会えなくなる人なんて大勢居るんだもの」
「うん、それは分かるよ」


 ちょっと悲しいことだけれど、特に親しくも無かった卒業生ともう一度会う可能性なんてのは実に少ない。あたしと奏お姉さまでさえ、この一年で直接会ったのは両手の指で足りるのだから。

「だけど、今の状況は違う。その日が来るのを知っている私たちと、知らない初音たちとでは、気の持ちようが違ってくる。今日は居る人が明日には居なくなる……死って云うのは理不尽なものだけど、薫子さんは初音たちにそんな思いをさせたいの?」
「そ、そんなわけないじゃん!」


 あたしの正面に戻って来た沙世子さんに反射的に怒鳴りながら、そんなことも思い付かなかった自分に愕然とした。なまじっか一子さんとか知っている所為で、心のどこかではまた千歳と会えると思ってたんだ。
 違う、良く考えなきゃいけない。千歳とはもう会えなくなるんだ。本当の本当に、時間が無いんだ。

「……駄目、だね。このままみんなに黙ってると、あたしはきっと後悔する」
「それが分かれば、これ以上の助言は必要無いわね」
「うん。ありがと、沙世子さん」
「……どう致しまして。さ、早く戻りましょ。あんまり長居すると、初音が心配して戻ってくるかもしれないから」


 あたしの礼をさらっと流した沙世子さんは、素早く扉を開けながらあたしを手招きする。……なんて見事なツンデレだ。あたしに礼を云われるのがそんなに恥ずかしいのか。
 生徒会室の鍵を閉める沙世子さんの背中を見ながら、あたしはちょっと考えて。

「まあ、寮に帰ったら一子さんや千歳と相談する」
「ええ。あ、でも無理にとは云わないわよ」
「はあ? 何を今更」


 前言を翻すかのように軽く云う沙世子さんに呆れていると、振り向いた沙世子さんは肩を竦めながら、何でもないことのように云う。

「卒業を控えた三年生の三学期なんて、殆ど自主登校と変わらないもの。人前に出る回数が極端に少なければ、千早さんがずっと身代わりでも問題は無いでしょ?」
「な……何でそんな惑わせるようなことを云うかな!」
「千歳さんが、どうしても嫌だって云ったときのことも考えないとね」


 むぐっ……つまりアレか、千歳自身の意見を尊重しろってことか。そりゃまあ、あたしがもじゃもじゃ考えるよりも、千歳が決めることの方を優先させるべきだけど。

「やっぱり沙世子さんはあたしに厳しいよね!」
「私は初音と優雨さん以外には厳しいのよ」
「開き直ったよ、この人……」


 キーホルダーに指を入れてくるくると回しながら、沙世子さんが廊下を歩いて行く。あたしはその背中を追いながら、沙世子さんも寮の空気に大分馴染んできたんだなって思った。……この場合は、毒されたって云うべきなのかな。





 顔を合わせ難いときにはしょっちゅう会うのに、いざ会いたいと思うときは中々捕まらないもので。結局、寮で夕食の席に着くまでに千歳と話をすることは出来なかった。
 一子さんには既にゴメンナサイをして、もう一度良く話し合おうと云うことにはなっている。だから後は寝る前のお茶の時間にでも千歳と話せば良いのだけれど。

「主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え。アーメン」
「アーメン」


 今日の夕食は白身魚とスモークサーモンのパイ、ローストビーフ、じゃが芋や人参などに蜂蜜を掛けて焼き上げた(ハニーロースト)ものにコンソメスープ。パイがあるのでマフィンは少なめだ。
 ちなみにハニーローストは、蜂蜜の甘さで味を誤魔化したりなんてことは無い。これもまた、ケイリに云わせると「イギリス風日本料理」ってことになるんだろう。

「あ、史ちゃん。玉葱はなるべく少なめに……」
「申し訳ございません、薫子お姉さま。そのリクエストにはお応え出来ません」


 涼しい顔であたしの注文を断った史ちゃんは、全ての野菜をバランス良く盛り付けてあたしの前に配膳する。ううっ、またローストビーフに包んで無理矢理食べるのか。

「薫子、もういい加減に諦めなさいな。四月からこっち、一度だってお願いが通ったことは無いでしょ?」
「それでも、万に一つの可能性って有ると思うんだ」
「優雨ちゃんを見習いなさい」


 香織理さんにそう云われて、あたしは優雨ちゃんに目を向けた。当初は苦手だったらしい人参を頑張って食べているのは、千歳に好き嫌いを無くせば大きくなれると云われたからだ。

「つまり、これ以上大きくなりたくないあたしは、好き嫌いをしても良いってことなのさ……!」
「それはまた斬新な解釈ですねえ、薫子お姉さま」
「陽向ちゃん、玉葱要る?」
「ノゥセンキュゥ!」


 やたら流暢な発音で断ってくれました。
 実はあたしは、ちょっと舌にピリッと来るくらいの玉葱が好きなのだ。玉葱のサラダは食べられても、甘さが引き立つような焼き玉葱は苦手なのである。採りたて直送の新玉葱とかも駄目。蜜柑より甘い玉葱などもってのほかだ。……誰だ、貧乏舌なんて云ってるのは?
 そんな訳なので、ハニーローストの玉葱も口にした瞬間に無表情になっちゃうぐらい苦手なのだが。

「薫子ちゃん、変な顔になってるよ〜」
「だって苦手なんだもん」


 両目と口を真一文字にしたあたしを見て、千歳が遠慮無しに笑ってくれました。我慢だ我慢、柔らかいじゃが芋の中に玉葱をねじ込んで食べれば良いんだ。

「もう、薫子ちゃん? あんまり我儘云っていると、千歳ちゃんのお母さんから貰った差し入れのケーキ、分けてあげないよ?」
「んなっ? そ、そんな小さい子に云い含めるような云い方しなくても良いじゃん! 仲間外れ良くない!」


 初音の思わぬ攻撃に慌てながら、くすくす笑うみんなを一睨みする。勿論、初音がそう云う意地悪をしないとは分かっているけれど、そこはそれ、確りと主張しておかないと。

「差し入れとは申しましても、実際は私たちが御実家の方に取りに伺ったのですが」

 ああ、なるほど。それで夕食前まで千歳と史ちゃんが居なかった訳か。その所為で千歳と話をすることが出来なかった訳だから、貰ってきたと云うケーキに怒りをぶつけるしかあるまい。むふふ。
 ……とか思っている間に、いつの間にかあたしの皿の上に有った玉葱は無くなってしまっていた。食べることに集中しないのは作った人に対して失礼だけど、この場合は良しとしよう。

 とっても美味な苺のケーキは、フレーズ・バニーユと云うらしい。あたしにはショートケーキとどう違うのか分からないけれど、スポンジケーキに苺のピューレとムース、バニラクリームををたっぷり使ってデコレーションしてある。
 料理の知識が豊富な千早――千歳は作る方専門なので駄目――に聞けば、細かく説明してくれるかもしれない。しかし、このケーキを味わいもせずに玉葱と同じように食べるのは勿体無いので、そう云った難しい話は後にすべし。

「うま〜」
「美味しいものは、理屈抜きでそう云っちゃうわよね」
「このケーキに余計な評価など不要だね。あたしの少ない語彙じゃ説明出来ないし」
「誰も、薫子さんにソムリエみたいな比喩表現なんて期待していないでしょ」
「あれはどちらかと云うと、味を的確に表現できる能力の方が大事なのではないの?」
「……おいしい」


 みんなが適当な評価をしながらケーキを平らげていると、一足先に食べ終わった千歳がポンポンと手を叩いた。

「え〜っと。みんな、食べ終わったところでちょっとお願いがあるんだけど……」

 どこと無く申し訳無さそうに云うのは、もしかして賄賂を贈ったみたいな気分になってるんだろうか。まあ、タイミング的にはそう取られかねないから仕方無いか。
 ふむ、ここは冗談で気分を軽くしてあげようか。

「やだなあ、千歳。ケーキのことなんか無くったって、あたしたちに出来ることなら協力するって。ほら、取り合えず云ってみな?」
「ホント? 有難う、薫子ちゃん!」


 不安そうな表情から一転、実に嬉しそうに笑う千歳。やっぱりこの笑顔を見ると和むなあ……何て気を抜いていた所為か、次の言葉であたしは大いに慌てることになった。

「実はね、お母さんがクリスマスパーティーを開くから、みんなに参加して欲しいんだって!」





「ありえないよ……」

 お風呂から出たあたしは、ゆっくりと歩きながら自室へと向かう。頭の中を占めるのは先ほどの千歳の提案だ。今でさえ一子さんが来た本当の理由を云い難いと云うのに、此処に来て更にハードルが上がるとか厳しすぎる。
 クリスマスパーティーの翌日に、千歳とはお別れしなくちゃいけないんだよ……なんて、残酷すぎる宣告じゃないか!
 ああ、マリア様。これはのんびりしていたあたしへの罰? それとも試練なのですか?

「薫子お姉さま、何か問題でも?」
「おっ? あ、史ちゃん。何でも無いよ。ちょっと独り言」


 ブツブツ呟いているところを、階段を降りて来た史ちゃんに見付かってしまった。手を振って愛想笑いをすると、出来る侍女さんはそれ以上突っ込んではこなかった。

「史ちゃんはお茶会の準備?」
「それなのですが……千歳さまが、今日は食後のケーキも頂きましたので寝る前のお茶は遠慮すると仰いまして」
「えっ。そ、そうなんだ」


 きっと今のあたしは顔が引き攣ってるだろう。なんだそれ、此処に来てまたもや話し難い状況になったのか? 一礼して食堂の方へと歩いて行く史ちゃんを見送った後、あたしは力無く千歳の部屋を目指す。
 あたしと一子さん、千歳と千早。これはもう真っ向勝負しかない。階段を上って千歳の部屋の前に立ち、深呼吸をしてからノックをする。……返事が無い。

「あれ? お〜い、千歳〜?」

 やっぱり返事が無い。おかしいな、史ちゃんが階段を降りて来たタイミングを考えれば、部屋に居ると思うんだけど。念の為にもう一度ノックをしてから扉をそっと開けると、やっぱり千歳の姿は無かった。
 テラスには誰も居なかったし、お茶会を中止しておいて他の人の部屋に遊びに行くのも考えられない。もしかしてあたしの部屋かな?

「ただいま〜」
『あ、お帰りなさい、薫子さん』
「ねえ一子さん、千歳は来てないよね?」
『はい、来てませんよ?』

 自分の部屋に戻ってみると、出迎えてくれたのは一子さんだけ。ううむ、他に行く場所なんて有るんだろうか。

「う〜ん、話そうと思うと捕まらないんだもんな」
『……神さまの思し召しかもしれませんねえ』

 他に行ってない場所なんてどこかに有ったかなあ?
 ……あっ、そう云えばあの場所を忘れていた。通った時には明かりが点いていなかったけど、多分あそこだろう。あたしは懐中電灯を手に取ると、不思議そうな顔をしている一子さんを促した。

「一子さん、ちょっと付き合ってくれる?」
『はい? でも、私が出歩いて大丈夫ですか?』
「大丈夫。人なんて来ないから」
『はて、そんな場所が寮に有りましたかね』

 あれ、一子さんはあんまりあそこには行かないのかな。あたしだって殆ど立ち入ったことのない場所だから、人のことは云えないけどさ。
 あたしは一子さんを伴って部屋を出ると、素早く階段まで移動して上り階段に足を掛けた。一子さんの驚いたような声が聞こえたけど、あたしはそのまま静かに階段を上る。階下に向かったのでないのなら、行く場所は必然的に上。つまり、この寮の三階に相当する部分である時計部屋に居るに違いない。

『なるほど、確かに時計部屋には人が来ませんね』
「一子さんは足元を気にしなくて良いから楽だよね」

 階段脇には照明のスイッチが有るんだけど、やっぱり明かりは点いていないようだ。寮の外灯の高さは二階と同じくらいなので、三階は外からの明かりが殆ど入らない。踊り場より上は真っ暗なのでどうしても懐中電灯は必要だ。
 あたしは足元を照らしながら階段を上がり、三階部分に着いて周囲を見回した。そこは時計部屋とは云うものの、どちらかと云うとロフトのような感じになっている。剥き出しの天井の下に時計整備用の足場が組まれているんだけど、とりあえずそちらに用はない。
 物置代わりになっている踊り場の壁際、時計の真下に位置する明り取り用の小さな窓。千歳は二つ並んでいるその窓の片方から、夜の学院を眺めていた。

「千歳」
「薫子ちゃん」


 あたしの静かな呼びかけに、千歳は驚くことも無く振り返る。真っ暗な中で懐中電灯に照らされれば、気が付いて当然だけどね。

「外、見てたんだ」
「うん、テラスよりも遠くまで見えるからね」
「夜にここに来たのって初めてだな……」


 あたしはどんな風に話しを切り出そうか考えながら、千歳の隣の窓へと近付く。学院の木々よりも高い位置にあるこの窓は、テラスからでは見えない駅前の街明かりが見えた。この学院では校外からの覗き対策の為に校舎の三階より上の場所からしか外が見えないので、実は此処は結構なレアスポットなのだ。

「千歳は幽霊なんだから、此処に来なくたって空を飛べばOKでしょ?」
『そうですよ〜、こんな風に』
「うっわあ!?」
「ぷぷっ……」


 ちょ、一子さんってばいきなり窓の外に現れるのとか止めてよ! 千歳も笑ってるんじゃないの! 全くもう。

「……千歳、楽しそうだよね」
「楽しいよ〜」


 楽しいのは良いことだ、千歳の笑顔はみんなを元気にさせるから。最初はその完璧な三拍子――容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群――で人気者になったけど、今ではこの笑顔で癒されている女の子の方が多いだろう。
 元々は同じ身体だと云っても、千歳と千早ではやっぱりちょっと笑い方が違う。だから、千歳が居なくなるとこの笑顔も見れなくなるんだ。
 ……あ、駄目だ。涙腺が……。

「えええぇぇ!? な、何でいきなり泣いてるの!? 薫子ちゃん大丈夫!?」
「ううっ……ぢどぜぇ……」
「ど、どうしよ? どうするの? 一子ちゃあん!?」

『あっ、は、はい。ええとですね……どうしましょう?』

 千歳があたしの頭を抱えて胸元に抱き寄せた。ほんの少し、甘い石鹸の香りが残っている。子供っぽいミルクの匂いだけど、不思議と心が落ち着いてくる……。

「……薫子ちゃん、悲しいことが有ったの?」
「……うん」


 話すことに決めた今でもこうやってグチャグチャ考えてる。良い方法が有るんじゃないかって迷いながら、でも、お馬鹿で口下手なあたしじゃ何も分からなくて。
 だってあたしは、親しい人と二度と会えなくなるのは、これが初めてなんだもん。

「よしよし」
「……子供じゃないよ、千歳……」


 いや……子供だよね。泣きべそ掻いて、駄々を捏ねて。

「ん……もう良いよ、千歳」
「本当?」


 千歳は様子を伺いながらも頭を離してくれた。
 涙を腕で乱暴に拭って……ティッシュとか何も持ってきてないから、鼻だってかめやしない。千歳がそっと差し出してくれたそれを受け取った。格好悪いやら情けないやらで、気分が更に落ち込んできた。確りしろ、ちゃんと云わなきゃいけないんだから。

「ねえ、千歳。ちょっと真面目な話があるんだけどさ」
「ん〜?」
「その、千早にも聞いて貰いたいことなんで、出来れば変わってくれないかな」
「うん、分かった」


 目を合わせる勇気が無くて窓の外を見ながらお願いすると、いつものように一瞬だけ眩しく光るのが感じられた。

「よしっ!」

 バチンと自分の頬を両手で叩いて気合を入れると、あたしは勢い良く千歳たちの方に振り向いて、思い切り頭を下げた。

「この間は変なこと云ってごめんなさい!」
『え、え? ふぇ?』
「ど、どうしたんですか、急に?」
『ええと、実はですね……』



「そんなことになっていたんですか……」
『……』

 あたしと一子さんの説明を聞き終わった千早は、それだけ云って考え込んでしまった。千歳はふわふわ漂いながら、先程から一言も喋っていない。大きな時計の中の機械が動く音が、やけにはっきりと聞こえている。
 二人が何を考えているのかは分からない。でも結局のところ、あたしはあたしの考えを真っ直ぐに伝えるしか方法が無いんだ。……どんな答えを出すにせよ。

「勝手な云い分かもしれないけれど、あたしはせめて寮のみんなにだけでも話をして、千歳のことを知ってもらいたいと思う。何も云わずにさよならなんて、そんなの……悲しいよ」
『薫子ちゃん……』

 ふわっとあたしの前にやって来た千歳が、あたしの頭に手を伸ばす。一子さんと違って触ることの出来ない千歳だけど、不思議と頭を撫でられているような感覚が有った。

「千歳さん、僕もその方が良いと思う」
『でもちーちゃんは大丈夫なの? 男の子なんだよ?』
「沙世子さんにさ、もっと信用しろって云われたよ。初めて会った頃なら兎も角、今なら
みんな千歳や千早のことを敬遠したりしないって、分かるでしょ?」

『……』
「大丈夫だよ千歳さん。みんな友だちなんでしょう?」
『……! そうだよねっ』

 はっと驚いた風の千歳は、一転して嬉しそうに笑った。千歳の「友だち」がどういう定義なのかは未だに良く分からないけれど、それは千歳や千早に害を加えることとは無縁の存在だろう。

「それじゃあ、みんなにも話すってことで良いの?」
『うん。頑張ってみる』
『いやあ、良かったです。きっとみなさん、千歳さんの力になってくれると思いますよ!』

「薫子さんも、もう少しだけフォローをお願いしますね」
「任せてよ。あたしに何が出来るか分からないけど」


 そう、何が出来るか分からないけれど、悩んでても何も解決しないってことだけは良く分かったから。どんなことでも頑張ってみるよ。……あたしだって、後悔はしたくないから。

『でも、初音ちゃんは大丈夫かなあ。幽霊怖いって云ってたよね』
「ああ、夏の心霊特集とかのときのこと?」

 そこら辺は由佳里さんから受け継いでるよね。二人ともその手の話題は大の苦手だったし。奏お姉さまなんかは、そう云ったTVを見て幽霊の演技を勉強するぐらいの強かさが有ったけどさ。

「僕としては、むしろ身の置き所の無いことの方が心配ですよ。僕が表に出ているときでも、みなさんは女の子として接してきたわけですから」
『……おおっ!? そう云えば……やりましたね千早さん、ハーレムですよ!』
「なっ……!? 何を云ってるんですか一子さん!?」
「……なんでそこで、そんなに動揺するのさ」


 そりゃあ千早だって男の子な訳で、あたしから見ても綺麗どころが揃っている寮の住人と一緒に過ごせると云うのは嬉しいと思う。香織理さんなんか下着姿でうろついたりするし……。

「なんかむかついてきた」

 目を眇めて棒読みすると、千早がビクッと身体を震わせる。……クロか。

「千早、ちょっとお話しようか。大丈夫、女子寮での生活の仕方を教えるだけだから」
「えっ、いえ、あのっ」

『あははっ、大丈夫だよ薫子ちゃん。ちーちゃんは薫子ちゃんひとす――』
「うわあああっ!?」
『ひゃっ……!』
『ああっ、千歳さ〜ん!?』


 えっ? と思う間も無く、千早が千歳を全力で寮の外へと押し出してしまった。千歳に唯一触れる千早だからこそ出来たことだけど……一子さんが慌てて追い掛けていく。壁を擦り抜けて、果たしてどこまで飛んで行ったんだろう?

「ち、千早。えっと、今のはちょっと酷いんじゃない?」
「そ、そうですね。やり過ぎました」
「……」
「……」


 いくらあたしが鈍いとは云え、流石に今の状況で千歳が何を云いかけたか間違えたりはしない訳で。

「あ、あははっ」
「はは、はははっ」


 あたしは何をやっているんだ。さっきまでは愁嘆場、たった今から濡れ場って……ち、違うぞ、大体あたしは濡れてなんか……何考えてるんだあたしはぁ!?

「はわわわわ……」
「薫子さん……」
「ま、待て、待って、待って下さい」


 近い、顔が近いよ千早。だからそんなに迫ってこないで。あたしにも心の準備って物が必要なんだよ! 勢いでこういうことするの良くない! ……ああそうですね、あたしがこの前ヤッちゃってましたね!

「薫子さん。僕は薫子さんのことが好きです」
「はうっ……」


 だだだ駄目だあ。ちょっと上目遣いになりながら真剣に迫ってくる千早が眩し過ぎて、顔は正面を向きながらもあたしの視線は彷徨いまくり。懐中電灯の明かりしかない薄暗い時計部屋で、こんな――

「……ちょっと待って」
「うにゅっ!?」


 目の前に迫っていた千早の顔を両手で挟んで、無理矢理に窓の方へと方向転換させた。

『あっ』
『見付かっちゃいました』

「……」
「……何覗いてるのさ」

『あははっ、あ、お気になさらず続きをどうぞ』
『えへへっ、ちーちゃんふぁいとっ!』


 アホか! 続きなんて出来るか!
 あたしは憮然としながら千早の顔から両手を離す。何か一気に冷めた……と思っていたら、千早は何といきなり窓を開けて、鎧戸をバタンと締めたじゃないか。

「えっ? 何?」
「続けますよ」
「ふえっ!? ……ん……」


 唇が塞がれた。あたしは馬鹿みたいに目を見開いて、震えている千早の睫毛を凝視している。一体何秒後だったのか、ゆっくりと千早が離れた。

「これで、分かって頂けましたか? ハーレムなんて必要無いって」
「……何か、上手く云い包められてるような気がするよ」


 この強引さは、流石は男の子って云うべきなのかな。鎧戸を擦り抜けて入ってくる千歳たちを見ながら、あたしはそんなことを考えていた。



**********


 玉葱の辺りは捏造です。小説では薫子がタマネギ少なめにとお願いしているので、苦手とはしているのでしょうが、その理由までは語られていません。

 ケーキの辺りも同じく。私の食べたバニーユは、三層のパンケーキの間に苺のピューレ、バニラクリーム、苺のムースが入っていたものでした。
 苺のピューレとバニラクリームが使われているフランスのケーキ全般にこの名前が付くのか、タルトだったりアイスケーキだったりしてもフレーズ・バニーユと云うらしいです。よく分かりません。

 そして、悩んだ割にはあっさりとした千歳への告白ですが……まあシリアス過ぎるのも疲れるので。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
え〜。なんかお久しぶりです。
全部読んでたんですけどね〜。
なかなかコメント欄に手が伸びませんでした。

なんていうか、別れって、悲しいし、なかなか直視できないんですよね。
どうしても重くなりますし…。少なくとも、別れは、幸せではないから。
それだけに、別れには真摯にあたらなければと思います。
正直、原作で、一子も、千歳も、「別れ」が一度じゃない所は嫌いでした。

でも、どうしたって、千歳は天に昇らなければいけないんですもんね。
しっかりと、受け止めたいと思います。
そして、少しの間の千早ハーレムを楽しみたいと思います(笑)

そーいえば、パラダイム刊の小説は、恐ろしい事にまだ続くようです。
あや先生の方もあと1冊ありますね。
予想外の粘り腰に感心しています。ありがたいことで。
4コマはともかく、小説については最後まで付き合い、楽しもうと思っています。

ちなみに、アニメの方は…「どうしてこうなった」がAmazonのレビューに溢れてますね。
えるうっど
2012/10/15 20:41
えるうっどさん、こんばんは。
そうですね、この話でもそろそろ千歳とお別れです。
まあ、原作での千歳のアレは蛇足的な感じでしたけど、こちらでは別に戻ってきたりはしないので。ちなみに由佳里ルートの一子さんが一番のお気に入り。

小説は兎も角として、アニメの方はまるっきり「二次創作」っぽい感じがするらしいので見ていません。まあ、同じキャストを使ったパラレル的な話になるアニメなんて沢山有りますしね(笑)

ここんとこずっと、サーバーが重たくてログイン状況が不安定……どうにかならないものか。
A-O-TAKE
2012/10/16 22:40
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