A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-EX-1

<<   作成日時 : 2012/10/27 08:32   >>

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 今回は三人称で。

 なんか三人称が上手くいかない。中途半端に登場人物の内面が混じるけど勘弁。

**********


 その日、いつもと同じように待ち合わせをした茉清と聖は、仲良く揃って教室の扉を潜った。

「おはようございます」
「みなさん、おはようございます」


 朝の挨拶を済ませたところで、茉清は自分の声が妙に大きく響いたことに気が付いた。ふと首を傾げ、朝の教室らしからぬ静けさがその理由だと思い付く。
 試験前の部活動停止期間に入っているので、教室に居るクラスメイトの数は普段よりも多い。それに反比例するような静けさに、茉清は聖と顔を見合わせてから彼女たちが半円を描いている教室後方へと移動する。

「何か有ったの?」
「あら、茉清さん、聖さん。おはようございます。……何か有ったと云うか、その、薫子さんが」


 茉清は円の外側に居たこよりに話し掛けた。軽く会釈を返したこよりは、視線を元の場所へと向けることで二人を促す。
 薫子はここ何日か憂鬱そうな雰囲気を纏っていて、その原因はどうも千歳との仲違いに有るようだった。その状況に変化が出たのかと考えた二人は、クラスメイトの間に入って薫子へと視線を向ける。

「……はぁ」

 自分の席に座って片肘を突きながら、物憂げに溜め息を漏らす薫子。ここ最近と変わらないのではないかと思った茉清は、一度肩を竦めると薫子に声を掛ける為に近付こうとして、その表情がいつもと違うことに気が付いた。

「……笑ってる?」
「……ええ」


 思わず囁き声でこよりに尋ねると、こよりも同じように囁いて返した。不意にぐふふふふと云う音が聞こえ、それが乙女らしからぬ笑い声だと気が付いて茉清は思わず額に手を当てる。なるほど、確かに昨日までの憂鬱そうな薫子ではないのだろう。時折出る溜め息は、どうやら薫子の中の妄想が洩れ出ているようだった。
 昨日までの憂鬱の原因が千歳なら、今日のこの変化もきっと千歳が原因。多くのクラスメイトと同じ推理をした茉清は、千歳の姿を探して教室を一瞥した。

「千歳さんはどこに?」
「図書室に勉強をしに行くって云っていたそうですよ」
「へえ、それはまた殊勝なことで。どうせなら薫子さんも連れて――」
「おはようございま〜す!」


 言葉の途中で教室の扉が開き、当の千歳が挨拶と共に教室に入って来た。こよりと聖はそのタイミングの良さに笑みを浮かべるが、茉清は視界の端に、千歳の声を聞いた瞬間にビクリと身を震わせて視線を彷徨わす薫子を見た。明らかに何かしらの関係が有ると見た茉清は千歳へ歩み寄った。

「おはよう、千歳さん」
「おはよう茉清ちゃん。……何か、今日はみんなの様子が変だけどどうかしたの?」
「ああ、実は千歳さんを待っていたんだよ。薫子さんがあんな様子なんでね」
「えっ?」


 千歳が人の輪の中心に居る薫子に視線を向ける。薫子は千歳のことに気が付かない振りをしているのか、窓の方へと視線を向けて沈黙していた。

「薫子さんは朝からあんな調子なのかな?」
「う〜ん……何となく理由は分かるんだけど……」


 千歳は珍しく苦笑を浮かべ、薫子へと近寄っていく。千歳の席は薫子の左斜め前で薫子の視線の前だったが、千歳が近付くに連れて首の回転を大きくして視界から外そうとしている。
 クラスメイトたちがハラハラしながら見守る中、机に鞄を置いた千歳は振り向いて薫子に声を掛けた。

「薫子ちゃん?」
「ひぁっ」


 薫子はバッと両手を顔の前に掲げて千歳の視線を遮る。それは小さい子供が親に怒られた時に顔を庇うのにそっくりな行動だった。

「……薫子さん、何か千歳さんを怒らせるようなことをしたんでしょうか」
「……さあ、それにしては千歳さんの様子が普通だけど」


 明らかに変だと分かる挙動だが、千歳はそんな薫子を見て首を傾げた後、薫子の腕の隙間を覗き込むようにして声を掛ける。

「薫子ちゃん?」
「みぃっ」
「……」
「……」


 シン、と教室が静まった。薫子から一歩離れた千歳は、腕を組んで頭を何度か振った後、ニヤリと笑う。それを見たクラスメイトの心が一つになった。

(あっ……何て悪そうな笑顔!)

「薫子ちゃんっ」
「にゃっ」
「か〜おるこちゃんっ」
「にゅっ」
「……」
「……」
「か・お・る・こ・ちゃ〜ん!」
「にょおおおおお〜っ!」


 ぐるぐると薫子の周りを歩きながら声を掛けていた千歳は、ついにその背中に凭れかかって肩越しに顔を覗き込む。奇声を上げた薫子は、真っ赤になっている顔を隠しながらじたばたと悶え始めた。

「……なんでしょう、あれ」
「見たままを単純に云うなら、千歳さんに顔を見られたくないんだろうね。……いや、千歳さんの顔を見たくないのかな?」
「……顔が真っ赤です。……照れてますよね、あれ」


 薫子が本気で逃げる気が無いのは、席から立って教室から出て行ったりしないことで分かる。その姿は、傍から見ればじゃれ合っているようにしか見えなくて。

「まあなんにせよ、仲直りは出来たんでしょう。昨日までのような空気は遠慮したいけれど、アレは見てても和むだけだから別に良いんじゃないかしら」
「……そ、そうですよね。……そうですかね?」


 聖とそんな話をしながらも、茉清は内心で首を傾げる。薫子とは一年生の時から同じクラスで過ごしてきた友だちではあるが、あんな姿を見たのは初めてだ。千歳は一体どんなことをして、薫子があんなに恥ずかしがるようになったのだろうか?

 同じ顔をした双子の弟に告白されて、恥ずかしくて顔が見れない――流石の茉清でも、薫子のそんな内心が分かる筈も無かった。





 そして、その日の夜。千歳の逆療法(?)によってなんとか落ち着きを取り戻した薫子は、夕食後の食堂で千歳と共に皆と対峙していた。



「え〜……先ずはテスト前の忙しい時期に、こうして集まってくれて有難うございますっ」

 テーブルを間に挟んで、初音の前に立っているのは千歳と薫子、そして史の三人。対してこちら側は、初音を中心にして沙世子と香織理、優雨、そして陽向。寮母は既に帰っており、緋紗子は未だ仕事中なので、寮に居るのは生徒だけと云う状況だ。
 いつになく真面目な様子でピョコッと頭を下げた千歳は、緊張しているのかそれ以上の言葉が続かないでいる。そんな千歳の脇から小声で声援を送っているのが薫子で、いつもは牽引役の薫子が脇に回っているのは珍しいと思いながらも、皆はじっと言葉を待っていた。

「ほら、勇気出して。最終的に決めたのは千歳でしょ」
「ああ……うう……分かったよ。ふんすっ!」


 口で鼻息を表現したのか、妙な掛け声と共に気合を入れる千歳。

「じ、実は私、幽霊なんですっ!」

 目を硬く瞑って一息に云った千歳は、余った息を口の端から漏らしながら皆の反応を待った。果たして長くて短い数秒が過ぎ、一世一代の告白に対する皆の反応はと云えば。

「……えっと……」
「……千歳お姉さま、それはあんまり面白くない冗談ですよ」
「まあ、私はこの前聞いたばかりだけど」
「結局みんなに云うことにしたのね。千歳さんが決めたのならそれも良しか」
「……?」


 事情を全く知らない初音と陽向は冗談と取り、事情を知っている香織理と沙世子は頷くにとどめ、優雨は首を傾げた。

「はいはい、混乱するのは分かるけど、今から証拠を見せるから」
「証拠?」
「そうだよっ、良く見ててね!」


 両手に力を籠めて息む千歳に、どんな証拠が出てくるのかと初音と陽向が注目する。千歳が出てくるときに「光る」と知っている沙世子が二人に注意をする前に――食堂全体が強い光に包まれた。
 悲鳴も出せない一瞬の出来事の後、瞬きを繰り返して視力を取り戻した初音たちが見たものは、頭からすっぽり被るタイプの患者衣を着た10歳くらいの女の子だった。

『じゃじゃ〜ん。私が千歳で〜す!』
「「……」」
『あれ? あんまり驚かないね』

 可愛らしく首を傾げる千歳。それを見て思考停止から復活した陽向は、千歳が宙に浮いていること、その体の向こう側が透けて見えることに気が付いて身体を振るわせ始めた。

「ま、まさか、本当の幽霊……」
『あっ……や、やっぱり怖がらせちゃったかな……』
「ふ、ふふふ……ふわははは! 最高です聖應女学院! いやホント、学院に入学を決めたときの私の選択は間違っていなかった! こんな得がたい経験、文筆家冥利に尽きるってもんです「落ち着きなさい!」よ゛っ」
『あっ……』
「じ……じだがんだ……」

 興奮の余り千歳の身体に手を伸ばす陽向を止める為、その背後に回った香織理が容赦の無い手刀を脳天に落とした。口元を押さえた陽向がその場に蹲る。わたわたと慌てる千歳を余所に、沙世子は動きを止めている初音と優雨に近寄ってその肩を揺する。

「初音、優雨さん、大丈夫?」
「……はっ? あ、うん。てっきり今の千歳ちゃんと同じ姿かと思ってたから、子供が出てきてビックリしちゃって……」
「え? 驚くところそこなの?」
「……てんしさまがふたりにふえた……」


 呆然とした感じの優雨の呟きがやけにはっきり聞こえて、薫子は思わず頭を押さえた。どうしてこうなったと肩を落とす薫子を、千早がそっと慰める。その様子を見た初音は仲良さげな二人を見て笑ったかと思うと、目の前に居る幽霊姿の千歳を見て声を上げた。

「えっ? あれ、千歳ちゃんが幽霊でここに居ると云うことは、そちらの抜け殻さんは誰なんですか?」
「ぬ、抜け……殻……!」


 無自覚な言葉の刃が千早を裂いて、千早はふらふらと後退りしたかと思うと床にぺったりと座り込んだ。膝を抱えて虚ろな笑いを浮かべ始める千早を見て、立場が逆になった薫子が慌てて慰めに行く。

「ち、千早〜!? しっかりして、傷は浅いよ!?」
『ち〜ちゃん! 大丈夫だよ、ち〜ちゃんはちゃんと中身も有るから!』
「ああっ、済みません! ついうっかり……」

 予想外の事態に初音が慌て始め、左右を見回して説明を求める。香織理と沙世子は肩を竦めると、香織理に目線で促された沙世子が初音に説明を始めた。

「初音。あの人は千歳さんの双子の弟で、千早さんって云うの。千歳さんに身体を貸してるんですって」
「えっ……弟って……男の人なんですか!?」
「リアル男の娘キターーー!!」
「陽向、もう一度喰らいたいのかしら?」


 最早、収拾不可能のグダグダな雰囲気。こうして薫子や千歳の予想に反して、初音たちは済し崩し的に千歳を受け入れたのだった。

『……あのう、私の出番は未だなんでしょうか……』

 天井裏で出待ちをしている一子が寂しそうに呟く。彼女が食堂に呼ばれるのは一時間以上も経ってからのことだった。





「何ですか、それはっ」

 幽霊三等兵改め天使見習いと名乗った高島一子の事情説明は、初音の怒鳴り声と云う貴重なものを引き出した。勢いのままにテーブルを両手で突いて身体を起こすと、そのまま薫子たちの方へと身を乗り出す。

「薫子ちゃんも千歳ちゃんも、どうしてもっと早く云ってくれなかったんですかっ」
「うっ……それはその……」

『あううっ……』
「初音、落ち着いて。怒鳴っちゃ駄目よ」
「だって……!」


 人の和を大事にする初音からすれば、怒っているからといって怒鳴り声を上げることは殆ど無い。初めて怒鳴り声を聞いた優雨は身を大きく竦ませて、驚きながら初音を見た。
 そんな優雨の怯えた様子と、怒鳴られた千歳が目の端から流した涙がテーブルに落ちる前に消えたのを見て、初音は少しだけ息を整えて椅子に座り直す。

『初音さん、怒らないで上げて下さい。元はと云えば私が頼んだことですし……それに、友だちと二度と会えなくなるなんて云う残酷な宣告、簡単には云えなかった薫子さんの気持ちも……』
「……そうですね。ごめんなさい、大声出しちゃって」

 初音は宥めるように云う一子の言葉にハッとすると、目を伏せて謝った。誰だって、貴女の友だちはこれから何日の後に居なくなってしまいます、なんてことは云い難いに決まっている。それは不治の病を患者の家族に告げる医者に似ている。

「……ちとせ、居なくなっちゃうの?」
『……うん。ゴメンね、今まで嘘付いてたりして』

 中に浮いている千歳を見上げる優雨の言葉に、千歳は自分の涙を指で拭ってから寂しそうに笑った。まるで千歳の代わりとでも云うように、千早がそっと優雨の頭を撫でる。優雨はその手を取って両手で抱えると、じっと何かを考え込んでいた。
 重苦しくなった空気を吹き飛ばすように、香織理が咳払いをしてから千歳に声を掛ける。

「ところで、卒業とか友だち百人とか、その辺りのことはどうするのかしら」
『うん、ちょっと残念だけど……卒業式は、ち〜ちゃんが私の代わりに出てくれるから』
「あら、そうなの?」
「はい。ですから、皆さんには申し訳ないですけれど、三月まではこの寮で生活させて頂けたらと」


 千早は香織理に対して頷くと、寮監である初音に話を向けた。
 卒業するだけならば実家に帰って当日に出てくるだけでも構わないだろうが、残り僅かな日数でもエルダーである以上不登校と云うのは外聞が悪いので、怪しまれないようにする為にも寮で生活したい。千早と史が簡単に説明すると、初音もそれを了承する。

「今の時期から寮を出たりすると、寮内で喧嘩でもしたんじゃないかって噂になっちゃいますからね」
「そうね……男性と一つ屋根の下って云うのはちょっと抵抗があるけれど、うちの学校はその手の噂が広まるのは早いものね。まあ、今まででも特に問題は無かったんだし、千早さんの理性に期待するわ」


 初音の言葉を継いだ沙世子が苦笑交じりに云うと、昨夜にお互いに気持ちを知った薫子と千早はビクリと身体を震わせた。不審に感じた沙世子が眉を寄せると、薫子は慌てて話題を逸らす。

「そ、そうだ千歳、友だち百人の方は?」
『うん、そっちは……確かに友だちが多いのは大事だけど……必要なのは数だけじゃないからね』
「えっ?」

 その言葉に首を傾げる薫子。千歳はそんな薫子を見てにっこり笑うと、薫子の頭に圧し掛かるような位置取りをした。勿論千歳は薫子に触れられないので、重さなどは感じないのだが。
 訳が分からずに混乱する薫子を余所に、初音たちは嬉しそうな千歳の姿を見て納得する。百人の友人も大事だけど、一人の親友も大事なのだと。

「も〜、なんなのよ」
『えへへっ。……あ、でもでも、それほど数に拘ったりはしないけれど、何人くらいが私を友だちだと思っているかって云うのは興味が有るかな』
「え? それは……どうなんでしょう?」

 何気無い問い掛けに初音は首を傾げる。エルダー選挙の時は全生徒の4分の1程の支持率では有ったが、それは別に友だちの数ではない。支持率がそのまま友だちの数だったらとっくに百人を超えているので千歳だって満足していただろう。
 う〜ん、とその場に居る皆か首を傾げる中、不意に壁掛け時計が小さな音を鳴らした。午後九時と云うその表示を見て、薫子が初音に声を掛ける。

「もうこんな時間か。初音、優雨ちゃんと一緒にお風呂に入ってきちゃいなよ」
「えっ? あっ……う〜ん、でも……」


 初音は迷いながら千歳を見る。友だちの一大事にのんびりお風呂に入って寝る準備をするなんて、と小声で呟くのを聞いた千歳は、安心させるように微笑んだ。

『大丈夫だよ。今直ぐに居なくなるわけじゃないもの。初音ちゃんたちが調子を崩さないことの方が大事だよ』
「……分かりました。優雨ちゃん、一緒にお風呂に入ろう?」
「……うん」


 初音は隣に座っていた優雨の手をそっと握る。優雨もまた暫くの逡巡が有ったようだが、結局は頷いて初音の手を握り返した。





 風呂から上がった初音は、優雨を脱衣所の大きな鏡の前に在る椅子に座らせると、その長い髪をバスタオルで挟んで水分を拭っていく。
 髪をバスタオルで巻きながら頭の上に纏め上げる……と云うことが出来たら問題は無いのだが、小柄な優雨がそれをやると頭が重たくて大変なことになってしまう。優雨自身は初音がやっているそれを見て自分も同じように、と思っているようでは有ったが、初音に髪を整えられる感覚も好きなようで、結局はされるがままに大人しく座っていた。

「ふんふんふ〜ん……こんなものかな〜」

 鼻歌交じりに二枚目のバスタオルで髪を拭う初音。ドライヤーを使える状態まで髪の水分を減らしてから、ドライヤーとブラシを両手に構えて優雨の背中に立った。

「……お姉さま、たのしそう」
「ん〜? 優雨ちゃんの髪は癖の無いストレートだからね〜」


 初音は温風で水分を飛ばしながら丁寧に髪を整えていく。初音自身の髪質は柔らかくて癖も有り、色々な髪型を試せないのが少々不満ではあった。その点、優雨の髪は乾かす時に気を付ければ、寝癖にもならない素直な髪質だ。

(もしかして、本人の性格が髪にも現れるんじゃないかなあ。薫子ちゃんも長髪のストレートだし)

 初音は髪を整える手を止めずにそんなことを考える。尤も初音に云わせれば、千歳のふわふわな柔らかウェーブも、本人の優しげな性格が出ているからと云うことになるのだが。結局は悪いところを結びつけるのではなく、良いところを見つけて結びつけるのが初音なのだ。
 髪を引っ掛けて優雨が痛がったりしないよう小分けにしながら丁寧に梳いていくうちに、初音は徐々に先程の千歳との会話を思い出していく。千歳の人気を計る方法、どんなものがあるだろうか?

「お、お姉さま……熱い……」
「あっ!? ご、ごめんなさい、大丈夫!?」


 気が付かない間に思考に囚われて手が止まっていた初音は、熱さを訴える優雨の声に驚いて慌ててドライヤーを遠ざけた。
 火傷になっていないか髪を丁寧に分けながら地肌を調べる初音。熱かったところを撫でられながら、優雨は初音の顔を鏡越しに見た。

「お姉さま、悩んでる?」
「……うん。さっきの千歳ちゃんの話で」
「……そう」


 髪を梳くのを再開した初音を眺めつつ、優雨は可愛く腕を組んだ。以前はそんな格好をしなかったのに、最近は陽向や千歳に影響されているらしい。初音はそんな優雨を見て口元を緩ませながら、先程のように手を止めないよう注意する。
 ふと、鏡越しに初音と優雨の目線が合った。

「……お姉さま、みんなに直接聞くのは駄目なの?」
「え? 直接ですか? う〜ん、それは難しいですね」
「どうして?」
「えっと……みんな、恥ずかしがり屋さんですから、直接合うと上手く喋れなくなっちゃうんですよ」
「……そうなんだ」


 優雨の問い掛けに思わず云い訳してしまった初音だが、その考えはそう外れているものではない。実際、エルダーを前にして友だちになってくれるかと問われれば、きっと大半の生徒は恥ずかしがって喋れなくなるだろう。
 髪を乾かし終えてドライヤーを止めた初音は、ブラシから櫛に持ち替えて軽く優雨の髪を梳く。櫛が素直に髪の終わりまで通るのを確認してから、内側に籠もった熱を取る為に、何度か両手で髪を持ち上げてはふわりと流すのを繰り返した。

「……直接聞かなければ大丈夫なの?」
「えっ? う〜ん……そうか、そういう手も有るんですよね」


 椅子から立って着替えを始める優雨と入れ替わりに、自分の髪を乾かし始める初音。直接聞かないで済む方法を考えているうちに、またもやドライヤーを持つ手が止まり始める。

「う〜ん……そうだ、いっそのこと無記名……あっつい!?」
「……! お、お姉さま、大丈夫!?」
「あ、あはははは……だ、大丈夫ですよ〜」


 若干涙目になりながら優雨に手を振って落ち着かせた初音は、立った今閃いたことを忘れないようにと周囲を見回して、少々行儀が悪いかと思いながらもリップクリームで鏡にそのアイデアを書いた。

 ――無記名投票によるアンケート調査、と。





 テスト勉強の合間の息抜きに、と云う名目で行われたダンスパーティーに対するアンケートは、以下の三項目に答えるようになっていた。
 一つ、ダンスパーティーに参加する人に対してパートナーが居るか否か。
 一つ、ダンスのパートナーが居ない人は、千歳と薫子のどちらと踊りたいか。
 一つ、千歳と薫子のエルダーを友だちになれるとしたらどちらが良いか。
 最後の一つの項目に首を傾げる生徒も居たが、息苦しいテスト勉強の合間の娯楽と云うことで、突発的なものにも拘らず生徒たちには好評だった。





 内陸部の山裾に在る聖應女学院は、夏は熱く冬は寒い。ケイリは屋上へと続く扉を開きながら、はっきりとした四季を体感させることも情操教育の一環、と入学案内に書かれていた一文を呟いた。
 昼間とは云え、風が吹けば体感温度はグッと下がる。ケイリは周囲を素早く見回して目的とする人物を探すと、直ぐに相手を見付けることが出来た。

「千歳、こんな所で何をしているんですか?」
「……あ、ケイリちゃん。こんにちは〜」


 日常的な挨拶の筈なのに聖應では滅多に聞けないその言葉は、間延びした千歳の云い方もあって不思議と笑みを浮かべてしまう。ごきげんようと云う画一的な挨拶が好きではないと云ったケイリの言葉を覚えていたのが嬉しかった。

「昼間とはいえ寒いですよ。……随分と元気な子たちも居るようですが」

 千歳の隣に並んだケイリは手摺越しにグラウンドを見下ろして、賑やかに笑っている生徒たちの集団を見る。距離の離れた屋上まで声が聞こえるとなると、かなりの声量なのだろう。

「他人事ながら、あの大声ではシスターに見付かったら大変だと心配になりますね」
「あははっ、元気なのは良いことだよっ」
「それは、その通りですけど……ね」


 ケイリは苦笑しながら目を凝らすと、その生徒たちはどうやら手に小さな紙切れを持っているのが分かった。流石に何が書いてあるかまでは読めないが、話題の的になっているのはアンケートだ。試験日程の書かれたプリントなどではないだろう。

「日程を見てあそこまで笑えるのだとしたら、それはそれで凄いですけどね」
「えっ? 何か云った?」
「いえ、何でもありません」


 自分の考えに苦笑しつつ、ケイリは千歳の方へと向き直った。千歳はその動きに気が付いたようだったが、目線は変わらずグラウンドに注がれている。

「千歳は、自分の目的を確りと理解していますか?」
「…………うん」


 唐突に投げかけられたケイリの言葉に、千歳はたっぷり時間を掛けてから、ゆっくりと頷いた。

「そうですか。……目的は、果たせそうですか?」
「うんっ」


 今度は即答で。その嬉しそうな顔を見て、ケイリもまた満足そうに頷いた。

「……心配性に、過ぎましたかね?」
「そんなことないよ。ありがとう、ケイリちゃん」
「どういたしまして、と云っておくよ」


 傍で聞いているものが居たら首を傾げるような会話だが、ケイリはそれだけで十分だった。千歳が動く気配を見せないので、ケイリは一人で扉へ向かう。途中、ふと思い出して振り向いた。

「ああ、そうだ。千歳、試験が終わったら寮へお邪魔するので、初音に確認をお願いするように伝えてくれますか?」
「りょうか〜い。試験が終わってからなら……二十日だよね?」
「ええ」


 ひらひらと手を振る千歳に笑顔を返し、ケイリは扉を潜って足を止める。背後から、何か囁くような声が聞こえた。





『危なかったです……ケイリさんって鋭いですよね〜』
「多分、見付かってたと思うよ?」
『千歳さんのこともばれてるみたいでしたしねぇ』
「怖いねぇ」
『怖いですねぇ』





「そんなに怖がられると、ちょっと心外なんですけどね」

 ケイリは扉から背中を離し、苦笑しながら階段を下りていった。




**********

 とある夜の香織理の部屋。

 お茶会の為に香織理の部屋を訪れた陽向は、世間話をしていた香織理と一子の姿に驚いて、慌ててお盆を机の上に置いた。じっと見詰めてくる陽向に、一子もまた話を止めて注意を向ける。
 合わせ鏡のように向き合う陽向と一子。不思議と初めて会った時から他人のような気がしない。暫く見詰め合っていた二人は、全く同じタイミングで両腕を上に伸ばした。

「……」
『……』

 ばっ、と陽向が右腕を横に伸ばすと、一子はタイミングを合わせて左腕を横に伸ばす。

「……」
『……』

 陽向がばっばっ、と踊るようにポーズを決めると、当然のように一子も合わせてみせた。

「むむむ……」
『ふふふ……』

 ばっばっ、しゅっしゅっ、ぴしがししぐっぐっ! ばっ……ばばっ!
 フェイント混じりの動きにも確り対応した一子は、してやったりと陽向を見た。

「……はっ!? まさか貴女は、死に別れのお姉さん!?」
『な、なんだってー!? 妹よー!』
「自重しなさいよ貴女たち」

 がしっと抱き合う二人を見ていた香織理は、千歳と千早に聞かれたら割と洒落にならないんだから、と嘆息した。



**********

 一発ネタのギャグから始まった本作ですが、千歳の行動は千早を助ける為、という原作での行動原理はそれほど変わることはありません。

 次回は閑話。

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薫子さん、いくらなんでも「ぐふふふ」という笑い方は淑女としてどうなのでしょうか(笑)

それと、誤字の報告です。
「初野の言葉を継いだ沙世子」は「初音の言葉を継いだ沙世子」ではないでしょうか。
ナカユウ
2012/10/30 00:00
ナカユウさん、おはようございます。

誤字修正しました。報告ありがとうございます。

>笑い声
いやあ、一応淑女ですよ、妄想の中では。
前作のまりやの笑い声とか、どうもそういう笑い方は耳に残るんですよね。うへ、うは、うふふふふっ(笑)

A-O-TAKE
2012/10/30 05:44
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