A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-3

<<   作成日時 : 2012/11/05 22:42   >>

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 あ〜ん、お腹減った〜。

 アクセス集中しすぎで全然ログイン出来ないんだもん。いつまで待たせるのさ。

**********


 千歳のことをみんなに話してから暫く経った。
 最初はみんな千歳の為に色々と考えて行動を起こそうとしていたみたいだけれど、当の千歳が既に成仏する気満々と云うか、未練らしいものを殆ど見せなかったので、今までと同じ日常を過ごそうと云うことに落ち着いていた。
 変わったのは、寮の中で千歳と千早が一緒に行動する時間が増えたと云うこと。
 今までは、千歳がずっと憑いていると千早が消耗してしまうので、週に二日ぐらいは千早が表で行動していた。そういう時、千歳はずっと部屋に篭って千早が帰ってくるのを待ってたんだけど、隠す意味が無くなった今は千早にくっついて行動するようになったのだ。
 何となく感じたんだけれど、千歳の一番の望みは千早と云う個人をみんなの輪の中に入れることだったのかもしれない。千早と一緒にみんなと話をしている千歳は、妙に嬉しそうに見えたから。





 週明けから二学期末の試験が始まるという土曜日の夜。あたしは……本棚の整理をしていた。

「ええっと……こっちは千歳が読み終わったからもう仕舞っちゃって、と」

 つい昨日まで千歳が一子さんと一緒に読んでいた漫画を、本棚から引き出してダンボールの中に入れる。
 こっちの雑誌は持って帰るんじゃなくて資源ゴミとして出す。このファッション誌は……ってこれ香織理さんが押し付けてきた秋冬物の本じゃないか。
 後で返す為に雑誌を脇へ除けていると、部屋の扉がノックされた。

「お〜い、薫子ちゃ〜ん」
「は〜い開いてるよ〜」


 扉を開けて入ってきたのは、千歳と史ちゃん、それと一子さん。時計に目を向けると、もう夜のお茶の時間だった。あたしは本を取る手を止めて床の上をざっと片付ける。千歳が呆れた顔をしながら定位置である椅子に座った。

「薫子ちゃん、こんな時間にお掃除?」
「いや、なんだ。テストの前って本棚の整理とかしたくなるでしょ?」
「そうかなあ……」


 むむ、この気持ちが分からないとは。さては千歳め、テスト勉強で困ったことなど無いとみえる。

『薫子さんの気持ちは分かりますけれど、やっぱり勉強しましょうよ』

 一子さんは、勉強机の上に広げてあった教科書とノートを見て苦笑いを浮かべていた。まあ、教科書は広げただけでノートは真っ白じゃ、あたしには反論のしようもない訳だが。
 だけど、こっちは勉強してるのに隣で漫画を読まれるのも集中力が続かない訳で。あたしの勉強が進まないのは千歳たちの所為でもあるんだぞ、と云いたいところだけど流石にそれは格好悪い。

「勉強しろ〜と云うならば、千歳があたしに教えて頂戴よ」
「え〜? 千歳は教えるのが下手だって、この間も文句云ってたのに」
「むう……」


 口を尖らす千歳を見ながら、史ちゃんの淹れてくれた紅茶を啜る。うむ、美味し。……だって千歳、何が分からないかが分からない、なんて云うんだもんな。まあ、千歳の今までの生活から考えると、人に教えた経験が無いだろうってのは分かってるんだけど。

「そう云えば、史ちゃんも成績は良い方だよね。誰かに教えてもらったりしているの?」
「私は、千早さまに勉強を見て頂いておりました」
「えっ、千早に?」


 それは意外と云うか何と云うか。そうか、千早か。な〜んだ、結構近くに良い教師が居るじゃないの。

「うむ。そう云う訳で、千歳」
「……え〜……」
「何よ、千歳が教えられないなら、千早に代わってくれても良いじゃない」
「そうなんだけどさ〜……知らないよ?」


 ふふふ、良いじゃないか千早先生ってのも。……二人っきりの深夜の個人授業とか……ってイカンイカン! そんなピンク色の考えをしている場合じゃないっての!
 いくらエスカレーター式の聖應とは云え、成績が悪けりゃ蹴られちゃうんだから。それ以前に、エルダーが赤点なんて取る訳にはいかんのだ。聖應の長い歴史の中で、赤点を取ったエルダーなんて不名誉な名前を残すのは御免被る。

「しょうがないな〜。ちょっと待っててね?」

 何故か知らないけれど、妙に言葉を濁す千歳。渋々と云った感じで紅茶を飲み干すと、どうにも嫌そうな感じで部屋を出て行った。多分色々と準備をする為なんだろうけれど……何がそんなに嫌なんだろう?
 暫く待っていると、千早が千歳を連れて部屋に戻ってきた。ひらひらのネグリジェからジャージ姿に変わっている。男であることを隠さなくなった分、こういう格好で居ることも増えてきたなあ。

「さて、千歳さんから聞きましたけれど……本当に、僕が教えて良いんですか?」
「うん。宜しくお願いします」


 あたしは素直に頷いて、勉強机の前に座る。教えてもらう立場では有るけれど、実は結構顔が近くなるのでドキドキだったりする。
 史ちゃんが紅茶のセットを下げに部屋を出た後、あたしの隣に座った千早は、どこからともなく眼鏡を取り出してスチャッと掛けた。

「あれ、千早って目が悪いの?」
「いえ、これは雰囲気作りです」
「……は?」


 雰囲気作り? 何で?
 戸惑うあたしを余所に、千早は広げられたままの教科書に目を向ける。銀色の細いフレームが光を弾いた。

「じゃあ、教科書も出ていることですし、英語から始めましょうか。先ずはテスト範囲を軽く当たって、どこが分かってどこが分からないかを見てみましょう」
「は、はい。お手柔らかに……」


 ……何だろう。何かあたしの危機察知能力にビンビンと感じるものがあるんだけど。

「ほら、よそ見しないで。次の問いの内、括弧に入るのに最も適したものを選べ。 The soccer game was shown on a big screen in front of 〔 〕 audience.」
「え? ま、まえ?」
「……方向は関係ないですよ?」


 千早に睨まれた。あ、あれ!? 何かあたしの考えてたのと違うよ〜?





「千早さま、薫子お姉さま、一度休憩に致しましょう」
「ん? ああ、もうこんな時間ですか。確かに根を詰め過ぎてもいけませんからね」
「……あ〜……う〜……」


 休憩? ああ、そうか。休めるのか……。

『薫子さんが煤けてます』
『だから云ったのにな〜』

「千早さまの教えは厳しいですから。初心者には辛いかもしれません」
「そうですかね? そんなことは無いと思いますけれど」


 耳に入る言葉が擦り抜けていく。教えが厳しいって、そんな程度の話じゃなかった。あれはスパルタ教育と云うものだ。確かに、分からなければ分かるまで教えてくれるのは助かるけれど……千歳の綺麗な顔が怖いと思ったのは初めてだよ。

「どうぞ、薫子お姉さま」
「ありがと……」


 淹れたての紅茶を火傷しないように注意しながら啜る。ああ、この温かさはホッとするね。何となく凝った感じのする肩を動かしながら、改めて机の上の教科書を見る。ふむ、この短時間でテスト範囲の半分ほどを勉強したのか。随分と進んだなあ。

「まあ、教える方法については色々と云いたくなるけれど、苦労に見合った分は得られたかな」
「そうですか。それなら、残り半分も頑張れそうですね」
「うぇ!? す、直ぐにですか!?」
「……? 何か、問題でも?」


 いや、問題って……。おかしい、世間一般のみなさんは、こんな風に詰め込むような勉強をしているのか? せめてもう少し休んでも良いじゃないか。明日は学校も休みなんだし、もう少しのんびりやろうよ。

「そのね、千早。気持ちは嬉しいんだけど――」

 思わず遠慮の言葉が口から出そうになったその時。

 グウウゥッッ。

 ――と、あたしのお腹が鳴った。

「……また、このネタだよ……」
『薫子ちゃん、相変わらず凄い音だね〜』
『うぷぷ……流石は薫子さん、期待を裏切らないですね!』

「申し訳ございません。お茶菓子もご用意するべきでした」

 謝らないで史ちゃん! もの凄くいたたまれない気持ちになるから! あと一子さんは何を期待していたのか知らないが後で怒る!
 恥ずかしくて赤くなっているだろう顔を、何も云わない千早の方へと向ける。……何よその笑うのを無理矢理止めたような顔は。笑うなら笑えよぅ。

「……ええと。何か夜食でも作りましょうか」
「えっ? 良いの?」
「まあ、このまま勉強しても効率が悪そうですし……ね」


 上目遣いで申し訳無さそうに尋ねてみると、千早は頭を掻きながら肩を竦めるという器用なことをしてみせた。呆れているのか笑っているのか分からないけれど、まあ……千早の手料理ゲットと云うことで、ここは納得しようかな。





 さて、そんなこんなで何故かみんな揃って食堂へとやって来た訳だけど。

「あれ? なんで香織理さんと陽向ちゃんが居るの?」
「あら、みんな揃って珍しいわね」


 扉を開けてみると、何故か食卓に座って勉強をしている香織理さんと陽向ちゃんの姿があった。いや、香織理さんは勉強していると云うよりも陽向ちゃんに教えているみたいだね。

「こっちは、ちょっと夜食でもと思って」
「夜食! 良いですねえ!」
「陽向、よそ見しないの」
「うっ……は〜い……」


 力を無くしてノートへと視線を戻す陽向ちゃん。香織理さんも中々スパルタみたいだ。千早と史ちゃんが厨房へと入っていくのを見送った後、あたしは香織理さんの隣に座って二人の様子を覗いてみる。

『香織理ちゃんと陽向ちゃんは、何で食堂で勉強しているの?』
「……私の部屋でも陽向の部屋でも、この子は長く集中出来ないのよ。テレビ以外に置いてあるものがない無い食堂なら、よそ見して上の空になったりしないでしょう?」
『なるほど〜』
『ありゃりゃ、それじゃあ夜食の間にテレビを見ると云うアイデアは無しですかね……』

「何だ、一子さんはそんな目的で付いて来たの?」

 やれやれ。まあ、部屋で一人待っているのも寂しいだろうし、今までは深夜テレビとか見る機会も無かっただろうから、興味を持っても当然か。
 あたしは香織理さんに目を向けると、香織理さんは苦笑して手をテレビへとひらひら振った。見ても良いと云うことみたいだ。これだけ人が集まったら陽向ちゃんも集中出来ないだろうしね。
 初音や優雨ちゃんはもう寝ている時間だし、沙世子さんや緋紗子先生はこの時間に部屋から出てくることは殆ど無い。あたしは適当なチャンネルを点けてからボリュームを絞った。土曜日の夜って何を放送してたかな……?
 あんまり見たことのないお笑い芸人が司会をしているバラエティを眺めていると、千早が厨房から顔を出した。

「あれ、もう出来たの?」
「……いえ、その、特にめぼしいものが無いものでして」
「ええっ、そうなの?」


 そんな……食べる気満々だったのに何も無いなんて……。

「……コンビニにでも行きますか?」
「駄目よ陽向、流石にこの時間の外出は怒られるわ」
「うわ香織理お姉さまがルールを守ろうとするなん――いえゴメンナサイだから笑いながら拳を振り上げるのは止めて下さいよぅ」


 頭を抱えて怯えた振りをする陽向ちゃんを横目に、あたしは千早と一緒に厨房へと入った。調理台の端に用意されている食材は明日の朝食の為のもの。明日はホットサンドみたいだ。……くうっ、目の前に有るのに食べられないなんて。
 何か、何か無いか。食べられるものは。……あ、待てよ?

「千早、そっちの食器棚の上の引き戸に何か入ってない? いや、ガラスじゃなくてその上の方」

 あたしの声に従って、千早が食器棚の上の収納スペースを確認している。今まですっかり忘れてたけど、あたしの記憶が確かならアレが有る筈。

「あ、もしかしてこれですか?」

 おお、やっぱり有ったか! 頭よりも高い位置に在る収納スペースを手探りしていた千早が引っ張り出したのは、『ハコダテ一番』と云う袋入りのインスタントラーメン5個パック。
 夏休みの最中、昼間に誰も居ない時に手軽に作って食べる為に買ったんだよ。すっかり忘れてたけど。

「即席麺? 薫子、貴女そんなものを買ってたの?」

 食堂の方から覗いていた香織理さんが驚いた声を出した。どうせあたしが料理するのはおかしいとか云う心算なんだろう。

「カップ麺だと初音や奏お姉さまが怒るんだよね。だから、これぐらいなら作れるようにって色々教わったの」
「……どうせ、煮てから卵を落とすくらいでしょう。それってカップ麺と殆ど変わらないわよ?」
「うぐっ……ち、違うよ。葱とかもちゃんと刻んだもん」


 いや、あたしだって料理が全く出来ないって訳じゃないんだぞ? 由佳里さんに教わりもしたし、聖應の授業にだって調理実習は有る。他の人と比較すれば出来ないってだけなんだから。……うう、反論が空しいよ。

「薫子さん」
「ん? 何よ千早」


 千早もあたしの料理スキルに文句を云う訳? そりゃあ千早や千歳のように上手くは作れないだろうけど、そんな申し訳なさそうな目で見なくたって良いじゃないか。

「凄く云い難いんですが、賞味期限が切れてます」
「……はっ?」


 なんですと!? そんな筈はないと思って千早の持っている袋を取り上げると、確かに賞味期限が切れている。しかも十日ほど前だ。

「……十日位なら何とかならないかな」
「止めておいた方が良いわよ」
「えっ?」


 意外なことに香織理さんから反対の声が上がって、あたしは思わず振り返った。香織理さんはあたしの持っている袋を見て、珍しく口元を窄ませている。

「それ、確か油で揚げている即席麺よね? それって油が酸化する所為で賞味期限が過ぎると油臭くなるのよ」
「……やけにはっきり云うけれど、もしかして」
「……若気の至りよね」


 目線を逸らして頬を掻く香織理さん。実感の籠もったその言葉に陽向ちゃんが目を丸くしていた。香織理さんがそんな失敗をするってのは確かに珍しいけれど、若気の至りって……一体、何時の話なのさ。

「しかし、そうか……食べられないのか」
「ああ、ご相伴に預かろうと思ってましたのに……」


 あたしは陽向ちゃんと二人、力を無くして椅子に座り込む。期待していただけにこの肩透かし感は半端無いよ。うう、こうなったらそこら辺の缶詰でも開けて……。

「……仕方が無いですね。これを、何とかしてみますか」
「えっ!?」

『ち〜ちゃん、それ食べられるの?』
「まあ、麺に付いている油を落とせば何とかなると思いますよ。史、手伝ってくれるかな?」
「はい」


 おおっ、希望の光が見えてきたじゃないか! 頑張れ千早!



 厨房に戻った千早は、中華鍋の他に寸胴鍋を二つ用意すると、寸胴の方には水を入れて火を点けた。さっき色々と探している時に見付けたのか、トッピング用の具材も用意してある。ツナの缶詰とスイートコーンの缶詰、後は水に戻して使うワカメ。どれもサラダ用に使っているものだった筈。これはそれなりに買い置きが有るから大丈夫なんだろう。
 後は同じく付け合せ用に買ってあるキャベツ。これは適当に切って使うみたいだ。

「史は麺の方を頼むね。こっちのたっぷりのお湯の方で煮て、解れてきたら一度上げて流水で洗うんだ。油を落とすのと同時に水で麺を締める意味も有るから、しっかりね」
「承知致しました」


 おお、水で締めるとか何か本格的な感じだぞ?
 後ろでちょろちょろすると迷惑だろうから、少し離れたところから千早たちを観察する。ふと気が付くと、香織理さんたちもあたしの隣に立っていた。
 千早は十分に焼けた中華鍋に缶詰から出したツナを入れる。油が焼けるジュワッと云う音が響いた。ツナを炒めて香ばしくするみたいだ。

「千早さま、麺を入れます」
「うん。一度洗った後はこっちの鍋で麺を少し温めてから、お椀に移してね」
「はい」


 ぽちゃぽちゃと鍋の中に五人分の麺を投入する史ちゃん。片手に菜箸、反対側に振りざるを持って鍋の中を見詰め始めた。……振りざるなんて去年の年末に年越し蕎麦を作ったときにしか使ってないよ。良く引っ張り出してきたなあ。
 千早はツナの様子を見ながら、粗く切ったキャベツを中華鍋に入れた。キャベツから出る水分の蒸発する音が美味しそうで、あたしの期待もどんどん上がる。

「千早、スープはどうするの?」
「こっちで沸かしているお湯を使います。インスタントのラーメンは、麺の煮汁を使わない方がスープが美味しくなるんですよ」
「へえ〜」


 麺を軽く温めるのに使うと云っていた鍋を示す千早。麺を洗った後なら大して雑味もでないから、と云うことらしい。コンロが三つしかないから、そうするしかないんだけど。
 そうこうする内に、麺をお湯から上げた史ちゃんが菜箸を使って丁寧に麺を洗い始めた。
横目でそれを見ていた千早が、中華鍋に水切りしたスイートコーンを放り込む。いよいよ大詰めのようだ。

「千早さま、こちらは済みました」
「うん」


 麺を温めてお椀に移した史ちゃんが、スープの素を寸胴鍋に入れて菜箸で軽く掻き混ぜる。千早はそこからお玉で一杯分のスープを掬うと中華鍋に放り込んだ。途端に、今までで一番の音と蒸気が上がる。
 中華鍋を一旦置いてスープをお椀に入れた千早は、間を置かずに中華鍋を持って丁寧に具材を入れていった。史ちゃんが素早くワカメを乗せていく。……見事なコンビネーションだ。

「……完成?」
「いえ、もう少し」


 千早は最後にツナ缶を持つと、中に残っていた油を少しずつお椀の中に垂らしていく。隠し味か何かだろうか?

「はい、これで完成です」
「よっしゃ!」
「みなさま、食卓の方へお移り下さい。直ぐに配膳致しますので」
「えっ、それぐらいは自分で――」
「さ、お早く」


 ……侍女として譲れないところなんだろうか。両手であたしたちを促す史ちゃんの迫力に負けて、あたしたちは大人しく食堂に戻った。椅子に座ると、史ちゃんは箸と一緒に素早くお椀を並べていく。
 千早と史ちゃんが席に付いて、さて食べようかと箸に手を伸ばそうとしたところで。

「薫子さん、お祈りを」
「えっ? あ、あ〜。主よ、今から我々がこの糧をいただくことに感謝させ給え。アーメン」
「うわ、はやっ」
「薫子ったら、もう……」


 もの凄く早口で云ってしまった。陽向ちゃんや香織理さんが呆れている声を余所に、あたしは早速一口を……むうっ!?

「……あら、美味しい」
「うわ〜! これ、私が自分で作るのとは全然違いますよ!」
「……満足です」


 悔しいけれど、これは確かに美味しい。賞味期限切れとは思えない。これじゃあ香織理さんの云うように、あたしの作ったモノがカップ麺と大差無いって評価も仕方が無い。

「そんなに感心されると恥ずかしくなるんですが……」

 賞賛の声を浴びた千早が照れくさそうに笑っている。……ん? 何でこっちを見るの? ……ああ。……うん。

「凄く……美味しいです」
「そうですか。良かった」


 安心したようににっこりと笑う千早。
 不覚にも、あたしはその笑顔に見惚れてしまった。何だよ、千早だって千歳みたいに綺麗な笑い方が出来るんじゃないか。
 あたしは赤くなっている顔を見せたくなくて、慌ててラーメンを食べることに集中する。……あ〜、折角のラーメンの味が良く分からなくなっちゃったよ……。

『あ〜……良いな〜……』
『せめて匂いだけでも……』
『ち〜ちゃん、変わって〜?』

「えっ……し、仕方が無いなあ。麺が伸びても文句を云わないでよ?」
『やったっ! ち〜ちゃん大好き!』
『あっ……あああっ……私も誰かに取り憑ければ……っ!』


 ちょっ……一子さん、そんな物騒なこと云わないでよ!



「ふ〜……ごちそうさま! 美味しかった〜」
「本当、美味しかったわ」
「あ、食器はそのままで結構です。私が片付けますので」
「いつも済みませんです、史お姉さま」


 あたしたちが手を出す暇も無く、史ちゃんが食器を片付けていく。史ちゃんにとっては当然のことなんだろうけれど、こういう夜食の時まで片付けてもらうのは申し訳なく思っちゃうな。
 ……ふわ……、食べたら眠くなってきたよ。

「さて、それじゃもうちょっとだけ頑張っちゃいますかね」
『あ、そう云えば二人とも勉強してたんでしたよね』
「そうね、食べた分のカロリーを勉強することで消費しないとね」
「それって、どれだけ頭を使えば消費されるんです?」
「……そんなのが分かるんなら、テスト勉強なんてしなくても大丈夫なんじゃないかなあ」


 あたしが呆れたように云うと、香織理さんと陽向ちゃんが納得したように頷いた。どんだけ複雑な計算が必要か知らないけれど、偉い学者さんでもない限り分からないだろう。
 そんなことを思っていると、話が聞こえたのか史ちゃんが厨房から顔を出した。

「頭の……と云うか、脳の消費するエネルギーはブドウ糖だけと云われておりますので、たんぱく質や脂質は消費出来ません。ラーメンを食べた分のカロリーは身体を動かす必要が有ります」

 云いたいことだけ云って再び厨房に戻る史ちゃん。呆気に取られた顔でそれを見送ったあたしたちは、お互いの顔を見合わせる。

「まあ、今日一日位なら大丈夫でしょ」
「そうね。今日一日は大目に見てもらいましょうか」


 香織理さんと陽向ちゃんはそのまま勉強を再開するようなので、あたしは二人に手を振ってから食堂を出た。面倒臭いと思いながらも千歳と一緒に歯を磨いてから部屋へと戻る。

「さて、お腹も満たされたことだし、そろそろ寝ますかね〜」

 部屋の扉を開けながらそんなことを呟くと、ガシッと肩口を掴まれた。つんのめりそうになって蹈鞴を踏み、文句を云おうと思わず振り返ると。

「何を云っているんですか」
「……あ、あれ? いつの間に千早に戻ったの?」
「さあ、勉強を再開しますよ。その為に夜食を作ったんですから」


 肩を掴んで引き止めたくせに、今度はあたしの背中を押して部屋へと押し込もうとする千早。

「薫子さんから云ってきたことですからね。今夜は寝かせませんよ」
「……うわ〜、シチュエーションが違うだけで、こうまで嬉しくない台詞になるとは。も、もうちょっとロマンチックな時に云ってもらいたいかな、なんて……」
「……その煩悩が消えるくらい厳しく行きますからね?」


 藪蛇だった!? にこやかに笑いながら手を振る二人の幽霊を廊下に置いて、無常にも部屋の扉が閉まる。
 こうしてあたしは、有る意味で望んだ通りの個人授業を受けることになったのだった……。





 ちなみに、このことを翌日に知った初音は、仲間外れにされたと泣きながらぶーたれてました。

「初音は太りやすいんだから、夜にラーメンなんて食べちゃ駄目でしょ」
「……!? さ、沙世ちゃんの意地悪〜!」





**********

 文章内の英語問題の答え
 「a large」
 2008年センター試験問題集より。


 ちなみに、脳は安静にしていても1日120g、1時間に5gものブドウ糖を消費するそうです。そしてブドウ糖はそれほど体内に留めておけない為に、常に摂取する必要があるんだとか。
 

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薫子さんはやっぱり一夜漬けなんですね(笑)
ちなみに自分はアサ漬け派でした。
漬物の話じゃないですよ。勉強の話ですよ。

注釈:アサ漬けは朝早く起きて勉強することです。
   尚、この言葉は自分と友達との間だけで通じるもので、
   普通の方に「アサ漬け」と言うと漬物の「浅漬け」のことと思われて
   しまいますので、普通の方には使わないことをお勧めします。(笑)
ナカユウ
2012/11/08 21:06
ナカユウさん、こんばんは。

薫子の場合、「明日から本気出す」→「明日がテスト!?」ってパターンだと思います。原作でも勉強シーンは出てくるものの、一人で勉強している時はほとんど進んでいないみたいですし。

ちなみに自分は淡雪と同じでテスト前の勉強はほとんどしなかったです。今更慌てな〜い! って感じで。
A-O-TAKE
2012/11/09 22:40
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