A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-4

<<   作成日時 : 2012/11/11 20:19   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 星は出ているか?

 聖應は浦和に有るそうですが、果たしてそこまで星が見えるのかどうか、という話は置いといて。

**********



 帰りの挨拶が終わって先生が教室から出て行った後、あたしは上体を机に投げ出した。
 やっと終わった。あたしを苦しめ苛むものは去ったのだ。

「これでやっと楽になれる……」
「やれやれ。毎度毎度、良く飽きないね。薫子さんは」
「お疲れさまでした、薫子さん」


 べちゃっと机に潰れていたあたしの周りに、自己採点をしていた茉清さんたちが集まってくる。いつも思うのだけれど、テストが終わる度にどうしてあたしの所に集まってくるんだろう。

「薫子ちゃんを見てると飽きないからじゃないかな〜?」
「人の内心に突っ込みを入れるのは止めい。……千歳はテストはどうだったのさ」
「ばっちり!」


 左様ですか。まあ、人に勉強を教えることの出来る頭なら、特に苦労することは無いんだろうけれどね。
 あたしは千早と色気の無い個人授業をしたお陰で、何とか平均点くらいは取れるんじゃないかってところまでは書き込めたと思う。但し、代償として体重は2Kg増えたが。毎日夜食を食べちゃったからなあ……。

「まあ、既に終わったことだ。早く忘れよう」
「ふふっ、薫子さんったら男前なんだから。……これで週末がお休みになって、後は大掃除とダンスパーティーですね」
「こよりさん、ダンスパーティーより先にミサがあるのですけれど……」
「あら、聖さんは参加するの?」


 こよりさんに突っ込んだ聖さんは、思わぬ反撃を受けて黙ってしまった。
 学院的にはミサがメインである筈なんだけれど、参加するのは全校の4分の1程度なんだよね。ちなみにダンスパーティーと両方出る子はもっと少ない。

「あたしも人のことは云えないけれど、偶にはマリア様に感謝するべきじゃないのかね?」
「おや。それじゃ薫子さんは参加するの?」
「ん〜……まあ、あたしは最近、神さまの存在と云うものをヒシヒシと感じておりまして。偶にはそれも良いかなあと」


 あたしがそんなことを云うと、茉清さんたちは一様に驚いた顔をした。自分でも似合わないって分かってるけどさ。でも、千歳が迷わないようにお願いするくらいはしても良いでしょ。

「……? なあに、薫子ちゃん?」
「何でもな〜い」


 意味有りげなあたしの視線に気が付いた千歳が首を傾げるけれど、あたしは肩を竦めて誤魔化した。こんなことはわざわざ口に出すことじゃないしね。
 あたしたちがそうやって終業式までの話をしていると、開いたままの教室の扉をノックする音が聞こえてきた。

「失礼します、3−Aの皆瀬初音と申しますが――」
「こんにちは、初音会長。エルダーのお二人に御用事ですか?」
「あ、はい。お願いします」


 ノックの音に素早く扉の傍まで移動した聖さんが、初音の声を聞いてあたしに手を振った。それに手を上げて応えてから、廊下で待っている初音に近寄る。後ろを付いてきた千歳が廊下に出るのを待ってから、初音が口を開いた。

「みんなに告知するのは来週になるんだけど、二人には先に話しておこうかなって思って」
「ああ、例のアレね」
「もう集計しちゃったんだ。早いね〜」
「うん。そう云う訳なので、生徒会室までお願い出来ますか?」


 テストも全部終わって午後からは休みだし、この後は寮に帰ってお昼を食べるくらいなので、あたしと千歳は初音に連れられて生徒会室へと足を運ぶことにした。

「はい、どうぞ」
「ありがと。失礼しま〜す」


 扉を開けてそのまま支えている初音に礼を云ってから、生徒会室の中へと入る。中には既に沙世子さんを始めとした生徒会メンバーが勢揃いしていた。

「みんな、早いねぇ」
「生徒会は何時でも時間不足だもの。お二人のお手伝いも大歓迎よ?」
「あはは……」


 さり気無く扱き使おうとする沙世子さんに苦笑で返している間に、初音は定位置である大きな机の向こう側に回って、数枚の紙を手に取った。そこに書いてある文字に軽く目を通し、何故かちょっと笑いながらあたしへと手渡してくる。

「見ちゃって良いの?」
「うん。驚かないでね?」


 気が付くと、沙世子さんもさくらちゃんも笑っている。耶也子ちゃんはどちらかと云うと苦笑気味だ。はて、アンケートの結果がそんなに面白いものなのだろうか。
 早速、中身を確かめるべく一枚目を捲る。千歳もあたしの隣に立って一緒に紙を覗き込んだ。
 ふむ、パーティーに参加するのは生徒の七割程度。その内で既にパートナーが居るのは半分弱の百十六組と。本来は一組で参加になる筈のものなのに、上級生がホスト役をしている人の中には下級生を三人連れている例も有ったりした。……良いのか、それで。
 次の項目はあたしと千歳のどちらと踊りたいか、だったっけ。あたしは紙を捲ってその結果に目を通す。……思わず瞬きして、その結果を見直した。

「……は? 何これ」
「あはは……みんな、意外とちゃっかりしてるんだね……」


 あたしを相手にと云うのが八十人。千歳を相手にと云うのが九十三人。そして二人と踊りたいと云うのが百七十六人。
 ……別に千歳に負けたのは構わないけれど。ふと顔を上げるとあたしたちを見ている初音と目が合った。

「……あは。実は、アンケートに『どちらか片方だけ』って注意書きを入れるのを忘れちゃいまして」
「初音ぇ……」


 笑って誤魔化そうとしてるけど、これって確信犯でしょ!
 あたしは以前、奏お姉さまから聞いたことが有るのだ。生徒の要望によって二人で卒業式の答辞をした読むことになった人たちが居たと云うことを……!
 ……待てよ? ってことは次の項目もなのか? 紙を捲って内容を確かめる。
 あたしと友だちになりたい生徒は三人。千歳と友だちになりたい生徒は五人。両方と友だちになりたい生徒は六百十四人。

「アンケートの意味無いじゃん!」

 思わず紙束を机に叩き着けてしまった。

「まあまあ。全校生徒の数からこれを引くと、少なくとも百人程度は貴女たちのことを友だちだと思っているってことなんだろうから、それで納得しておいて」
「沙世子さん、それ無理矢理すぎるんじゃない?」
「私たちのクラスと〜、初音ちゃんたちのクラスと〜、香織理ちゃんのクラスのみんなだと思うなあ」


 千歳が指折り数えるのは、その三クラスの人数の合計だろう。クラスのみんなが全員友だちってことは無いだろうから半分くらいを見込んで、それでも六十人強は居るってことだ。他の学年も合わせれば、まあ妥当な数字なのか……?

「まあ、友だちの数は置いておくとして。エルダーのお二人には、この数字を大体の目安としてダンスパーティーを頑張って頂くことになりますネェ」

 む……まあ、アンケートの本来の目的はパーティーのことなんだから、事情を良く知らないさくらちゃんがそう云うのは仕方が無いか。

「はっ……!? いや待って、八十人とか時間的にも無理でしょ?」
「ぶっ続けで踊れば無理じゃない……かもしれない」
「え〜っ? が、頑張ってはみるけど〜……」


 沙世子さんの無茶振りに、千歳が脱力しながらも頷いている。みんなが楽しみにしているのが分かるから、千歳も嫌だとは云い難いだろう。千歳は年下の子に優しいし。
 でもなあ……千歳はあんまり疲れすぎたりすると、強制的に千早に入れ替わっちゃう可能性も有るからなあ。いつもならあたしが確り見ておくんだけど、今回は自分のことで手一杯になるだろうから、他の人に頼んでおかなきゃ。

「ところで、二人はステップの方は大丈夫ですか?」
「一応は大丈夫だと思うよ。ちゃんと練習にも出てるし」
「私も平気〜。体が覚えてるもん」
「へえ、千歳お姉さまのような人が、男性ステップをそんなに踊り慣れているのか?」


 耶也子ちゃんが、意外そうな声で問い掛ける。見た目がいかにもお嬢様な千歳だから、その気持ちも分からなくもない。実際は、踊り慣れているのは千早の方なんだけどね。

「週明けからは、ダンスの先生は毎日来て下さいますから、心配だったら見てもらって下さいね」
「りょうか〜い。……ところで生徒会は、やっぱり今年も参加出来ないの?」
「全体の調整だけで手一杯ですね。みんなが帰った後に、四人だけでこっそり踊る心算なの」


 去年も一昨年も、生徒会はパーティーの監督で踊ることなんて出来なかった。由佳里さんと初音はパーティーが終わった後に二人で踊ったとかで、初音はそれを真似するんだろう。

「広い会場を独り占め〜って感じでそれはそれで楽しみだよね。ね〜ややぴょん?」
「むっ、まあそうだな。……うん」


 耶也子ちゃんが沙世子さんの方を見て、なにやら気合を入れている。これだけ分かりやすいのに沙世子さんが気が付かない訳も無いし……まあ頑張れ。



 話が終わって生徒会室を出たあたしたちは、さくらちゃんと耶也子ちゃんを見送ってから教室へと戻る。今日は掃除当番でもないし、このまま鞄を取ってから真っ直ぐ帰るだけだ。

「そう云えば、今日はケイリちゃんがお泊りに来る日ですけれど……薫子ちゃんは何か聞いていますか?」
「ああ……ええと、何だったかな。今日はみんなで夜更かししたいから、夕食後に仮眠したいとか何とか」
「夜更かし? 何考えてるのかしら」


 規則に煩い沙世子さんが眉根を上げた。寮生活のお陰で色々と丸くなった沙世子さんだけど、それでもケイリの突拍子の無さには戸惑っていることが多い。
 まあ、あたしだって未だに慣れてるとは云い難いのだ。いつもあたしの部屋に泊まっていくから、他の人よりも色々と知っているってだけで。

「夜更かしかあ。いつもいつも見逃すのは悔しいし、私も頑張ってみようかな!」
「お〜、初音ちゃんが燃えている」


 この間のラーメンがそんなに悔しかったのか、初音が両手で気合を入れた。無理しなきゃ良いけどなあ。いや、それこそ仮眠すれば大丈夫なのかな?

「まあ、明日はお休みだから、大騒ぎでもしない限りは私も煩く云わないけれど……」
「あんまり遅くなるようだったらあたしからも注意するし、緋紗子先生も何か云うだろうから、それほど心配しなくても大丈夫でしょ」


 不安そうな沙世子さんを宥める為にそんなことを云ってはみたものの、あたしがケイリの考えを読めたことなんて無い訳だし……はてさて、今回はどんなことになるのやら。千歳の思い出になるようなものなら良いんだけどな。



 あたしたちがそれぞれ荷物を持って寮へと帰ると、既にケイリが大きめのスポーツバッグとトランクケースを持って寮の前に佇んでいた。中に入って待っていればいいのに、一体何を見ているのやら。

「ケイリ、待たせちゃったかな?」
「ああ、みなさん、お帰りなさい。私も今来たところですよ」
「優雨ちゃんたちはもう帰ってきてますよね? 中に入っていて良かったんですよ?」
「いえ、別に皆さんを待っていたわけではなく……ちょっと空を見ていまして」
「空?」


 ケイリの言葉に合わせて空を見上げる。雲一つ無い冬晴れの空だけど、特に気を引くようなものは見当たらない。あたしたちは首を傾げながらも、ケイリを促して寮の中に入った。

「ケイリの荷物はあたしの部屋で良いんだよね?」
「ええ。ですが、今日は薫子の部屋に泊まる訳ではありませんので」
「はっ? それってどう云うこと?」
「それは、みなさんが食堂に集まってからと云うことで」


 あたしの部屋に荷物を置いたケイリは、綺麗にウィンクを決めて部屋を後にする。あたしとしてはどう反応して良いやら分からなくて、慌ててケイリの後を追った。
 階段を下りて食堂へ向かうと、どういう仕掛けが働いたのか、既にみんなが集まっている。……なんか怖いぞ、こういうの。

「あら、二人とも降りてきたのね」
「では、お二人の分のお茶も用意致します」


 香織理さんが手を振ってあたしたちを食卓に招くと、控えていた史ちゃんが厨房へと入っていった。

「最近思うのだけれど、ここも大分寄宿舎らしくなってきましたね」
「それは、人数的にって意味ですか?」
「ええ。初音もそう思いませんか?」
「そうですねえ。賑やかで楽しくなったとは思いますね」


 ケイリの問い掛けに対して初音が嬉しそうに笑う。優雨ちゃんの為に来年のことも確りと考えている初音は、少しずつ増えてきている来客を喜んでいる。尤も、泊り掛けで遊びに来るのはケイリしか居ないけれど。
 まあ、お姉さまが卒業した時点では今年は三人だけなんじゃないかって話をしていたくらいなんだから、引き込み役になった千歳様々って感じだよね。史ちゃんの淹れてくれる美味しいお茶が飲めるのだって、千歳が来てくれたからとも云えるのだし。

「それで、さっきも聞いたけど。今日は夜更かしが何とか云っていたけど、それって何?」
「ああ、そうそう。その話でしたね」


 ケイリはみんなの顔を見回しながら、悪戯を披露するような怪しい笑い方で右の人差し指を天井へ向けた。

「私は星を見るのが趣味なんですが、丁度今の時期に、天体観測をする上で外せないイベントが有るんです」
「イベント?」
「ふたご座流星群、と云うんです。ピークは過ぎてしまいましたけれど、まだまだ十分に見れますからね」
「ああ、それでケイリは仮眠したいなんて云ってたんだ」
「ええ。何しろ一番良く見えるのは、夜中の二時過ぎですからね」


 二時!? それはまた随分と遅い時間だ。あたしはそのくらいの時間まで起きていることは有るけれど、初音なんかは確実に……と思って横を見ると、案の定初音が机に突っ伏していた。

「ううっ……また私が仲間外れになっちゃいますぅ〜……」
「あ〜……なんだ、初音。初音もご飯が終わったら仮眠しなよ。起こしてあげるから。ねっ、優雨ちゃん」
「……うん。がんばる」


 優雨ちゃんは初音を励ますように両手を胸の前で握る。優雨ちゃんだってそう長くは起きていられないだろうから、一緒に仮眠するんだろうけれど。

「……はっ? いや、待ちなさいよ。ケイリさん、個人的にするならまだしも、みんなを巻き込んでの流星鑑賞なんて大丈夫なの?」
「ええ、その辺りは了承を貰っていますよ、他ならぬ理事長代理にね。子供だけで行動するのは危険と、付き添いも買って出てくれました」


 緋紗子先生に了承を貰ったと聞いて言葉に詰まる沙世子さん。寮のトップでもある緋紗子先生が認めているなら、それはもう正式なイベントと云っても問題無いだろう。情操教育の一環と云うことで提案したらOKしたんだそうな。

「何だ、つまりケイリは予め外堀を埋めてきたのね。相変わらず卒が無いわね」
「お褒めの言葉と受け取っておきます、香織理」
「ま、そこまで決まっているのなら反対する理由も無いか。……ところで、どこで見るの? 寮のテラスとか?」
「いえ、そこだと外灯の明かりが邪魔ですからね。学院の校庭を借りました」


 校庭? そりゃまた本格的なことで。……え、つまり何か。あたしたちはこの寒空の中、学院の校庭に集まってボヘッと空を見上げると云うことか。

「最初は本校舎の屋上を借りようと思ったのですが、テスト期間中の夜の校舎に入れるのは流石に無理だと云われまして」
「そりゃそうですよ、ケイリお姉さまも大胆なんですから。……ところで、何が必要になりますかね」


 楽しければ何でも良いと云うだけあって、すっかりその気になっている陽向ちゃんが必要なものを指折り数えていく。防寒着は当然として、疲れたときに座れるような折り畳みの椅子とか、レジャーシートとか。

「はっきりそれと分かるほど星が流れる訳ではないので、暇潰しになるようなものを持っていくと肝心な時に見逃しそうですね」
「ええ。だから一番必要なのは忍耐力かもしれません。ね、薫子?」
「何でそこであたしに振るかな?」
「ふふふ……」


 笑って誤魔化すな。確かにあたしは一箇所でじっとしているようなのは苦手だけどさ。

「後は……小腹が空いた時の為におやつとか、温かい飲み物ですかね?」
「……むしろ、陽向はそれにばっかり集中しそうな気がするのだけれど」
「嫌ですよお香織理お姉さま。私だって独り占めしたりはしませんって」
「一人分、三百円までよ」
「少なっ! ……ところで、バナナはおやつに入りますか?」


 あたしはじゃれ合いを始めた香織理さんたちを横目で見ながら、みんなの後ろに控えていた史ちゃんに声を掛けた。

「史ちゃん、図々しいかもしれないけれど、色々とお願いできるかな?」
「はい、お任せ下さい」
「あっ、お菓子なら私も作るよ。史、一緒に作ろうね!」
「……はい」


 あっ……史ちゃんが嬉しそうに頬を赤らめた。あたしもちょっとだけ経験が有るから分かるけど、二人で力を合わせてお菓子を作るのって結構楽しいんだよね。去年、お姉さまと一緒に作ったサーターアンダギーは、卵で練った粉を丸めて油で揚げるだけのものだったけど、それでも結構楽しかったから。

「はいはい、じゃれるのはそこまで。緋紗子先生が了承したって云うなら、それはつまり学校行事みたいなものなんだから。真面目にやるわよ、真面目にね」

 自分の中に折り合いを付けたらしい沙世子さんが手を叩いて、その場の空気を纏めに掛かる。何はともあれ先ずは御飯を食べてからだ。こちらの様子を伺っている寮母さんを見付けたあたしたちは、慌てて夕食の準備を始めた……。





 現在時刻は夜の十時を過ぎた頃。一応の集合時間になっても初音たちが起きてこないので、準備を他の人に任せて沙世子さんと二人で初音の部屋に来たわけだけど。

「えへへ〜……優雨ちゃ〜ん……」
「うにゅ……はつね……」


 う〜む。仮眠を促したのはあたしたちなんだけど、二人ともこんなに幸せそうな寝顔をしていると、起こすのが可哀想になるな……。優雨ちゃんを背中から抱き締めるような格好で寝ている初音は、優雨ちゃんの髪の毛に鼻先を突っ込むような感じで寝言を呟いている。いつものようにお風呂に入ったのが駄目だったのかもしれない。
 どうやって起こそうか考えていると、いきなり耳元で「キローン」と云う電子音が聞こえた。振り向くと、沙世子さんが携帯を初音たちの方向に向けていた。どうやら写真を撮ったみたいだ。

「なんかさ、最近は沙世子さんも自重しなくなってきたよね」
「良いじゃない、役得と云うやつよ」


 どんな役よ。寮内の真面目さん枠か? まあ良いや。沙世子さんが変な行動に出る前にさっさと起こそう。

「は〜つね〜、お〜きろ〜」

 ゆさゆさと揺すっても中々起きない。それどころか、肩を掴んでいた手を平手で払われてしまった。……ちょっとムカッと来た。これが夏なら布団を引っぺがしてやったんだけど、冬場だと寒いだろうから止めておくが。

「……擽ってみようかしら」
「揺すって起きなかったのに擽って起きる訳ないじゃん。ここはやっぱり、将を射んと欲すればってやつで」


 沙世子さんを目で牽制してから、優雨ちゃんの身体をそっと揺する。暫くは起きなかったけれど、首がカクンと動くと同時にクワッと目が開かれた。居眠りしていていきなり目が覚めたときみたいな感じだ。

「……? ……ん〜……」
「わわっ、待った待った、優雨ちゃん寝ちゃ駄目!」
「……? かおるこ、おはよう……?」


 周囲を見回した優雨ちゃんの目が再び閉じられていったので、慌てて声を掛けてみると、なんで居るんだろうと云う目で見られてしまった。これ、寝惚けてるのかな。……後、さっきから後ろで「キローンキローン」と煩いよ。

「優雨ちゃん、流れ星見るんだったよね。覚えてる?」
「……うん。思い出した」
「そりゃ良かった。もう時間だからさ、初音を起こしてくれるかな?」


 何度か瞬きした優雨ちゃんは、ゆっくりと布団を捲って自分の身体に巻き付いている初音の腕を見た。んしょ、と云う可愛らしい掛け声で初音の腕を解くと、身体を反転させて初音と向き合う形に移動する。

「はつね……起きる」

 え、と云う声が聞こえた。あたしの声かそれとも沙世子さんの声か。なんと、優雨ちゃんは小さな手を初音の顔に伸ばすと、額をぺちぺちと叩き始めたのだ。……そう云えば今、優雨ちゃんは「起きて」じゃなくて「起きる」って命令形だった。

「ふぁ? ……優雨ちゃん、おはよう……?」
「おねえさま、起きる時間」
「えっ? ……あっ、薫子ちゃんに沙世ちゃん。……ね、寝坊しちゃった?」
「……いや、大丈夫だけど」


 幸か不幸か、優雨ちゃんが額を叩いていたことに気が付かなかった初音は、普通に身体を起こしてあたしたちに戸惑いの目を向けた後、時計を見てホッと息を吐いていた。

「ねえ、沙世子さん。あたし今凄いものを見た気がするんだけど」
「奇遇ね、私もよ」


 優雨ちゃん、やけに慣れた手付きだったんだけど……もしかして、いつものことだったりするんだろうか。何となく聞くのが怖くなって、あたしたちは今見たものを忘れることに決めたのだった。





「それじゃみなさん、準備は出来ましたか?」
「は〜い!」
「それじゃ、出発しましょう」


 小学校の遠足みたいだな、なんて思いながら先頭の緋紗子先生に付いて歩く。史ちゃんの持つバスケットの中には夜食が入り、千歳の手には地面に敷くレジャーマット、一番力持ちだと云うことであたしに押し付けられたのは、レジャーマットの上に敷く毛布だった。
 硬く冷えた校庭の土の上じゃ、レジャーマット一枚敷いた程度じゃ寒くて堪らないからね。幾ら防寒着を着てたって、足元から冷えるのは防げない訳だし。
 カラフルなマフラーやコート、ダウンジャケットを着て夜の学院を歩く一団と云うのは、傍から見ると変な集団なんだろうな。

「ケイリお姉さまの持っている鞄は何が入っているんですか?」

 あたしの前を歩いていた陽向ちゃんが、緋紗子先生の後ろを歩くケイリに声を掛けた。キャスター付きのトランクケースは星を見るには不向きな感じで、陽向ちゃんだけじゃなくてみんなが気にしているみたいだ。

「これかい? これは天体望遠鏡だよ。これが有れば少しは退屈しないで済むでしょう?」

 ほほう、望遠鏡! ケイリのことだから何かしらの隠し玉ぐらいは有ると思ってたけど、本格的な物を持ってきたなあ。

「望遠鏡ですか……私、そう云うのって見たこと無いんですよね」
「……わたしも、無い」
「ふふっ……では、今日は色々見て楽しんでもらいましょうか」
「良いんですか? やったね、優雨ちゃん!」
「うん。ありがとう、けいり」


 優雨ちゃん、嬉しそうだな。……ちなみに、あたしも望遠鏡なんて使ったことは無い。優雨ちゃんの後で使わせてもらおうかな。

「勿論、みんなも見てもらって構いませんからね」
「うっ……ケイリめ、あたしの心を読んだな?」
「あははっ……別に心なんて読まなくても、薫子の顔に書いてありますよ」


 む……空いている手で自分の顔を撫で回す。そんなに分かり易かったかな? まあ良いや、あたしの表情が読まれやすいのは今に始まったことじゃないし。
 そんなこんなを話しながら道を歩き、校舎と屋内プールの建物の間を通って校庭へと向かう。

「みんな、この辺りは暗いから躓かないように注意してね」

 緋紗子先生と初音が手に持っていた懐中電灯で足元を照らした。外灯が無い場所は本当に暗いから気を付けないと。
 でも、いつもこんなに暗かったかなあ? ふと気になって夜空を見上げた。

「……ああ、そうか。今日はまだ月が出ていないんだ」
「そう云えばそうね。光源が無いと随分と暗いものね」


 あたしに釣られて空を見た香織理さんが、そのまま視線を振って辺りを確認する。

「今日は下弦の月。星を見るのに月の光を気にしなくて良い日だから、きっと沢山星が見えるはずだよ」
「へえ、そうなの?」
「下弦の月は真夜中に東の空から昇ってくるんだ。中天に明るい月が無ければ星は見やすいからね」


 成程ねえ……普段は月の運行とか気にも留めないから知らなかったよ。あたしが知ってるのは満月が上に来るのは真夜中だってことぐらいだ。
 狭い道を抜けて漸く校庭の見える場所まで着く。この時間になると、部活動用の大きな照明も当然ながら消えていて、校庭を照らす光は校舎の周りの外灯だけだ。それはあたしたちの背後に有る訳で、大きな校庭は本当に真っ暗だった。
 校庭の周りには外部からの覗き対策の為に背の高い木々が植えられているので、学院の外からの光も殆ど入ってこない。

「ちょ、ちょっと怖いですね〜……」
「普段の生活で、どれだけ周囲に明かりが有るかってことよね」
「ふわあ……まるで停電の時みたいだねえ。ところでケイリちゃん、どこで星を見るの?」
「そうだね、どうせなら視界に邪魔なものが入らない場所が良いね」


 そう云ってケイリが指差したのは、校庭の真ん中に薄らと見えている朝礼台だった。大胆と云うか何と云うか……グラウンドの真ん中で寝っ転がったことは無いけれど、確かにあそこなら余計なものは見えないだろう。



 史ちゃんが敷いたレジャーシートの上にあたしの持ってきた毛布を敷く。レジャーシートがあたしの予想よりもずっと大きくて、半分に折っても全員が寝られるぐらいの余裕が有った。

「こんなシートが寮に有ったなんて知らなかったよ」
「10m×10mですからね。リフォーム前に雨漏りとかした時に使ってたみたいですよ」
「いやあ、そんなのを見付けてきた初音と史ちゃんの方が凄いでしょ」


 備品の目録片手に寮三階の荷物置き場を探すのは面倒だったろうに。……あの場所にはまだ掘り出し物が有るような気がするな。昔の寮生も全部の荷物を持って卒業した訳ではないだろうし。

「わ〜い、一番乗り〜」
「あっ、コラ千歳!」
「じゃあ二番〜」


 柔らかい毛布の上に靴を脱いだ千歳が飛び込んで、それを見ていた初音が優雨ちゃんを連れて後に続く。こう云うのは敷いた人間に先を譲るもんだろうに。
 朝礼台を机代わりにしてお茶を淹れ始めた史ちゃんと、天体望遠鏡を準備するケイリを除いたみんながシートの上に載る。いち早く上体を倒して仰向けになった千歳が、ふわぁと気の抜けた声を上げた。

「凄いねぇ。星が一杯だよ」
「どれどれ? ……あ〜……確かに」


 ありきたりな感想になってしまうけれど、本当に星空しか見えないや。視界の端の空が僅かに白んで見えるのは、商店街の方の町の明かりが見えているからだろう。
 昔……本当に子供の頃、親爺たちと一緒に旅行した山奥の温泉を思い出した。社員旅行と銘打った男だらけの中、あたし一人だけが小さな女の子で。親爺と一緒に温泉に露天風呂に入ったんだよな……。

「やっぱり、こうしてみるとプラネタリウムとの違いが分かりますねぇ」
「あら、陽向はプラネタリウムに行ったことが有るの?」
「そりゃ勿論ですよ。文筆家志望としてはあらゆるものに興味を持たないとですね――」
「……と云っていますけれど、沙世子先生、その辺りはどうなんでしょう?」
「ちょ、最後まで聞いて下さいよ!」


 や〜れやれ、こう云うときでもこの二人は元気だね〜。しんみりしている時間なんて無かったよ。話を振られた緋紗子先生は、両腕を後ろに回して上体を支えながら夜空を見ていた。あたしからはその顔が見えないけれど、何となく苦笑している感じがする。

「そうねえ、やっぱり話に聞くだけなのと自分の目で見るのとでは違うから、色んなことに興味を持つのは良いことかしらね。……それらしい言葉を使うなら、インスピレーションが湧く、とか云うべきかしら」
「ほ〜らほ〜ら! 私は間違っていませんよ〜だ」
「あら生意気。アナウンスが無ければ星座の位置も分からなそうなのに」
「うっ……オ、オリオン座ぐらいは分かりますよ?」


 オリオン座か、星が三つ並んでるから見付けるのは簡単だよね。まあ、あたしもそれしか知らないんだけれど。え〜と、他に何が有ったんだっけ? 確か、やたらと目立つ明るい星で冬の大三角形だとか何とか……。

「三ツ星の周りに明るい星が四つ有るでしょう? その左側……じゃ分からないか。カタカナのハの字になっている広い側の左、ちょっと赤く見える星がベテルギウス。ハの字の下側に有る明るい星がシリウス。そこからあっち側に有るのがプロキオンよ」
「わぁ〜、沙世ちゃん凄いね!」
「……うん。さよこ、すごい」


 空に指を差しながら初音たちに説明しているのは沙世子さん。云っちゃ悪いが星空とは縁が無さそうなのに何でそんなことを知っているんだろう?

「予習してきたのよ」
「うわぁ……試験が終わったばかりなのに良くもまあ……あたしには真似出来ないな」


 頭を振りながら身体を起こすと、望遠鏡を組み立て終わったケイリと目が合った。

「ふふっ……星を楽しむのに理屈は必要無いけれど、知識として有った方がより楽しめるのは間違いないよ。ただまあ、難しいことを考えるくらいなら、純粋に見ることに集中した方が良いかもね」
「む〜……それは遠回しにあたしを馬鹿にしてないか?」
「ありのままの星空を楽しもう、と云う話だよ。……さ、薫子」
「あれ、あたしが一番で良いの?」


 ケイリに促されるままに、靴を履いて望遠鏡に近寄った。う〜む、こんな高そうなものを触るのはちょっとおっかなびっくりだけれども、覗くだけなら大丈夫だろう……多分。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ちゃんとふたご座に合わせて有るから、そのまま覗いてごらん?」
「うん……おお……」


 あたしは目が悪い方じゃないけれど、流石に肉眼と望遠鏡じゃ見え方が違うなあ。あまり光っていない星も良く見える。

「中心に合わせてあるのがカストルで、そこを頂点として星が流れるんだ。残念ながら流星のピークは過ぎてしまったから、あまり多くは見えないかもしれないけどね」
「そうなんだ……」


 ん〜、見つけられるならそれに越したことは無いけれど、こうやって星を見るだけでも新鮮な感じだよ。

「あっ、流れた!」
「えっ! どこどこ!?」


 千歳が突然声を上げた。慌てて尋ねては見たものの、声を出す頃には当然ながら流星の尻尾も視界の端から消えている訳で。

「おやおや、千歳に先を越されてしまいましたね」
「むうう……ケイリ、やっぱりパス。あたしは自分の目で直接見つける!」
「はいはい。……じゃあ、次は誰が見たいですか?」
「ほら、優雨ちゃん」
「……うん」


 初音に促された優雨ちゃんがあたしに代わって望遠鏡の前に立つ。ケイリに説明を受けているその姿を見ながら、あたしは千歳の隣に寝転んだ。次はあたしの方が先に見つけてやるんだからね。



 冬の星座の説明をする人。望遠鏡を覗く人。お茶を飲む人。ちょっと行儀悪く、寝転びながらバナナを食べている人。流星を眺める方法は様々だ。

「――ポルクスは一人で神さまになることを良しとせず、ゼウスにお願いします。『兄は自分の分身のようなもの。自分だけ生きている訳には参りません』と。その強い願いにゼウスは一つの提案をしました。『お前がカストルと同じ運命を望むのなら、お前の不死の半分をカストルに分けよう。お前たちは、一日の半分を天界で、残り半分を地で暮らすと良い』――」

 沙世子さんが語るふたご座の話が、静かな夜に広がっていく。思い出したように流れていく星を見ながら、あたしは隣に寝転んでいるケイリにそっと声を掛けた。

「……ねえ、どうしていきなり星なんて見ようって云い出したの?」
「特に、深い理由は無いんですよ。ただ……」
「ただ?」
「……そう、ただ一人で星を見ていると、寂しくなってしまうじゃないですか」


 やけにセンチメンタルなその言葉に、あたしは思わず顔を横に向けた。思ったよりも近くにあったケイリの顔もこちらを向いていて、ちょっと驚いて身体を引く。

「それに、一人で星を見ていると、どうしても色々なことを考えてしまうから」
「誰だって、ひとりで居るのは寂しいものよ。綺麗なものを見ていると、特にね」
「香織理さん……」


 あたしたちの声を聞いていたのか、向きを逆にして寝そべっていた香織理さんが頭を寄せてきた。上から見ると三ツ矢の形になって寝ている感じだ。

「何か、哲学的な話をしているなと思ってね? 『ああ、いかに感嘆してもしきれぬものは、我が頭上の星の輝きと、我が心の内なる道徳律よ』」
「え? な、何それ?」
「カントだね。ドイツの哲学者だよ。我々は何を知りうるか、我々は何を為しうるか、我々は何を欲しうるか……」
「パス! パース! 難しい話はノーサンキュー!」


 あたしは両手を上げて――必然的にその手はケイリと香織理さんの顔辺りに伸びて――話を打ち切った。哲学なんて分からないっての。あたしの柄じゃないし……そう云う話をすると、どうしても千歳のことを考えてしまうから。

「私も難しい話は要らないかなっ」
「おっと……千歳?」


 あたしの足元に座った千歳が身体を滑らせて、毛布を巻き込みながらケイリとの間に無理矢理入ってきた。

「こら、狭いのに無理しないの」
「え〜、この方が温かいよ」
「むむっ? 面白そうなことをしていますね」


 肩を押し合いしながら身を寄せ合っていると、朝礼台の上に乗っていた陽向ちゃんが悪戯っぽい声を上げた。ぴょんと飛び降りて視界から消えたと思うと、あたしと香織理さんの間に割り入ってくる。

「それじゃ私はお姉さまの隣にでも……おっといけない、手がお姉さまの胸に……」
「ちょっと陽向……それ、わざとでしょ」
「じゃあ私はこっち! 優雨ちゃん、おいで〜」
「……はつね、せまい」
「……出遅れました」
「ちょ、ちょっと……いきなり何なのよ……」


 ごちゃごちゃと歪な円を書いているだろうあたしたち。みんなノリが良いと云うか何と云うか……もう良い時間だし、夜更かし特有の妙なテンションになっているのかもしれない。

「まあ、なんだ。一人で星を見るよりは楽しいって云うのは分かったよ」
「ふふ……全くだね」


 あたしの呟きが聞こえたのか、ケイリが楽しそうな声を上げた。頭と頭がぶつかるような押し合いをしているのが可笑しくて、流星とか関係ないじゃんなんて思ってしまう。

「はあ……先生は仲間外れですね……。まあ、ここは撮影役に徹しましょうか」

 緋紗子先生の声が聞こえたかと思うと、朝礼台の上に携帯を構えた姿が現れる。その意図を察して千歳が楽しげな声を上げた。

「いちたすいちは〜?」

 に〜!




**********



 字数制限が有るのでちょっと中途半端です。
 もうちょっと色々書きたかった……。

 二人で答辞=これは本来紫苑ルートでの話ですけれど、このSSでは貴子ルートがベースの話になってます。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
妃宮さんの中の人 9-4 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる