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zoom RSS 妃宮さんの中の人 9-8

<<   作成日時 : 2012/12/20 20:11   >>

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 お別れの時。

 思えばここまで長かったです。

**********




「楽しかったパーティーではありますが、次で最後の一曲となります。みなさん、大事な方と最後の一時をお楽しみ下さい――」

 初音の言葉がスピーカー越しに聞こえると、あたしは「やっとか」とも「もう終わり」とも思う不思議な気分になった。一体何人を相手にしたのやら、だ。
 う〜ん、誰も誘いに来ないな。最後の一曲ってことで遠慮してるんだろうか。

「薫子ちゃんも相手が居ないの?」
「千歳も?」


 みんな、奥ゆかしいと云うよりは自分よりも相応しい相手が居るからって感じなんだろうな。その証拠に、あたしの所に千歳が来たらみんなが期待するような目で見ているんだもの。

「千歳、最後の一曲をお相手して下さい」
「うん。こちらこそ」


 少々気取った物云いで千歳に手を差し出すと、千歳もまた真面目な表情になってあたしの手を取った。そのまま手を繋いでフロアへと出る。

「薫子ちゃんは何人ぐらいと踊ったの?」
「百人から先は覚えていない! な〜んて」
「もう、嘘ばっかり。……薫子ちゃん、どっちのステップにする?」
「あたしが男役をやるよ。みんなの期待もそうみたいだしさ」


 みんなの視線を感じる中、男性ステップの構えで千歳と向き合う。やがて、最後の一曲が流れ始め、あたしたちはゆっくりと身体を動かし始めた。

「……薫子ちゃん。ありがとうね」
「……うん」


 色んな意味の籠められている言葉を、頷きだけで受け取る。気の利いたことは云えないし、千歳だって長い言葉が要るとは思えないから。
 ……何であたしは千歳より背が高いのかな。あたしの背が低ければ、零れそうな涙を上を向いて我慢することが出来るのに。ダンスのパートナーを見ずに天井を見るなんてマナー違反だ。

「薫子ちゃん……ありがとう」

 滲んだ視界の先で、千歳がもう一度お礼を云った。あたしはもう一度頷いて……最後の曲が終わった。





 ダンスパーティーが終わって会場を後にするみんなを、千歳や初音たち運営委員と一緒に見送った。
 どうやら雪は止んだようで、道路が薄らと白くなる程度で済んだようだ。うれしそうに笑う子たちに注意を促しつつ、確りと最後まで手を振り続ける。そうして運営委員以外の子がみんな帰った後で、あたしたちは漸く一息吐くことが出来た。

「みんな、お疲れさまでした。特にホスト役の千歳ちゃんと薫子ちゃん、パーティーが大成功に終わったのは二人のお陰です。ありがとうございました」
「いやいや、あたしたちだけが頑張った訳じゃないんだからさ」
「そうだよ〜。初音ちゃんたちもお疲れさまだよ」


 一頻りみんなで頭を下げ合って、パーティーの成功を祝いつつ労をねぎらう。
 沙世子さんの掛け声で後片付けを始めようとみんなが動き始めると、初音があたしたちの所にやって来た。

「そうそう、二人は後片付けは免除です。とっても疲れてるでしょう?」
「え、良いの?」
「そりゃ助かるけど、疲れてるのはみんなだって同じでしょ」
「ふふっ……私たちは踊り疲れているわけじゃないですから」


 まあ、生徒会も運営委員も会場を回るだけで精一杯で、踊る余裕なんか無かっただろうけどさ。正直な話、足が震えているのは事実なので、免除って云うのはとても助かるけれど。
 ばつの悪そうな顔をしているのに気が付いたのか、初音がちょっと悪戯っぽく笑った。あたしたちに近付いてこっそりと囁いてくる。

「それに、ここだけの話ですけれど。粗方片付け終わった後は、生徒会と運営委員だけでダンスをするんです。これも数年前からの伝統なんですよ」

 えっ、そんなのが有ったの? そう云えば去年も由佳里さんと初音の帰りはやけに遅かったっけ。あたしは足の震えてるお姉さまと一緒にさっさとお風呂に入っちゃったりしたけれど、そんなことをしていたとは。

「うふふ……優雨ちゃんと踊るの楽しみなんだ」
「それが本音か……分かった、お言葉に甘えるよ。良いよね、千歳?」
「うん。……それじゃあね、初音ちゃん」


 千歳が小さく手を振ると、初音は一瞬だけ表情を歪めて……でも、同じように手を振り返してくれた。千歳は沙世子さんや優雨ちゃんにも見えるように手を振り直すと、小さく頭を下げてから、あたしと一緒に体育館を後にする。

「……千歳さま」
「あ、史」


 傘を持って雪の積もったアスファルトを歩くと、直ぐ其処に史ちゃんが佇んでいた。千歳から傘を受け取った史ちゃんは、何も云わずにあたしたちの隣を歩いている。
 足を滑らせないように注意しながらゆっくりと寮の入り口まで戻ってくると、二階のテラスに香織理さんと陽向ちゃん、そして一子さんが居るのが見えた。

「お帰りなさい。もう用事はすんだのかしら?」
「ん〜……もうちょっとかな」
「そう」


 香織理さんは千歳の言葉に頷くと、あたしと千歳を交互に見てから何事かを考えて。

「それじゃあ、あとは薫子に任せるわね。……千歳、お休みなさい」

 それだけ云うと小さく手を振って、寮の中へと入っていった。隣に立っていた陽向ちゃんはいきなりのことに香織理さんとあたしたちを見比べてから、がりがりと頭を掻いてヤケクソ気味に言葉を吐き出した。

「あ〜もう! あ〜〜〜もう! ええと、千歳お姉さま! 今までありがとうございました!」

 驚いて動きを止めたあたしたちを余所に、陽向ちゃんは香織理さんの名前を呼びながら追い掛けていく。何だかよく分からなくて千歳と顔を見合わせていると、ちょっと苦笑した一子さんがテラスから飛んできて説明してくれた。

『お二人とも、千歳さんにどんなお別れの言葉を云うか考えていたんですよ』
「……そっか。ありがとう、香織理ちゃん、陽向ちゃん」

 ……きっと香織理さんは、千歳の用事がまだ残っていると聞いてあたしたちに見送りを任せてくれたんだろう。それに、香織理さんはお別れの時に涙とかを見せるのが苦手な人だ。人情家の癖に格好つけの見栄っ張りで、何でもないように振舞って見せる。でもまあ、今は陽向ちゃんが居るから大丈夫だろう。

「……千歳さま」

 史ちゃんが、目に涙を浮かべながら千歳に近付く。傘を抱えたままの史ちゃんは、まるでそれを理由にするかのようにギュッと抱き締めている。……史ちゃんも、ホントに不器用なんだから。
 あたしは史ちゃんに近付くと、その傘を腕の中から抜き取って自分の小脇に抱え込んだ。いきなりのことに驚く史ちゃんの背中を押して千歳との距離を縮めてあげると、史ちゃんはちょっと躊躇った後で千歳の腕の中に飛び込んだ。

「……千歳さま」
「史も、今までありがとう」
「……千歳さま」


 名前以外の言葉を云えない史ちゃんを、千歳は優しく抱き締めている。史ちゃんも千歳の背中に手を回して確りと抱き締めていた。
 やがて、どちらからともなく体を離し、名残惜しそうに見つめ合う。史ちゃんは最後に一度、深くお辞儀をしてからあたしの方を向いた。

「後は、宜しくお願いします」
「えっ……あっ」


 あたしが何かを云う前にそれだけを呟いた史ちゃんは、あたしの抱えていた傘を奪い取るようにして引っこ抜くと、そのままの勢いで寮の扉の向こうへと消えていった。
 ……きっついなあ。でも、みんながあたしに任せてくれたのは、あたしのことを信頼してくれているからだよね。

「千歳、用事って?」
「うん。薫子ちゃん、ちょっと付いてきて」


 何だろう。千歳は悪戯をする時みたいに笑うと、桜並木を歩き始めた。一子さんがそれに続き、あたしも慌てて後を追う。どうやら行先は礼拝堂のようだ。

「おじゃましま〜す」

 こっそりと扉を開けて、隙間に滑り込むようにして中に入っていく千歳。一子さんも平気で扉をすり抜けていくので、仕方無しにあたしも中に入った。
 礼拝堂の中は、ミサの時には暖房が聞いていたけれど、今はすっかり空気も冷えてしまっている。壁際に並ぶ小さな常夜灯しか光源が無いので、足元が頼りない。
 そんな中を歩いていった千歳は一番前の席に腰掛けると、あたしを手招きして隣のスペースを手で叩いた。どうやらそこに座れと云うことらしい。
 何が何だか分からないけど、取り敢えずは大人しく云うことを聞いた。

「それじゃあいくよ。えいっ!」
「わっ……」


 ちょっと、抜けるならそう云ってよ。周りの暗さも相俟って酷く目が眩む。目を擦りながら何とか周囲を伺うと、困惑した様子の千早と、空中に浮かんでニヤニヤ笑っている千歳と一子さんが見えた。

「千歳さん、本当にするんですか?」
『そうだよ〜。お姉ちゃんからの最後のお願いなんだから、ちゃんとやってみせてよね。それに、折角買ったのに渡さないんじゃ勿体無いじゃない』
『そうですよ、千早さん。千歳さんの未練を残さないようにする為にも、是非! 私の大事な思い出もお話してあげたんですから!』

 ……何だろう、酷く嫌な予感がするよ。千早は何だか重たい溜め息を吐くと、制服のポケットの辺りをごそごそと探り始める。

「千歳さん、箱は?」
『邪魔だから置いてきちゃった』
「……剥き出しとか、勘弁してくださいよ……」
「ねえ、何の話? 分かるように説明してよ」


 嫌な予感と云うよりも、やけに不安になると云うか……何だろう。口元まで出掛かっているこの感じ。凄くドキドキする。
 千早はやがて、あたしの方に向き直って真っ直ぐに見詰めてきた。ごくりと息を飲むのが分かり、あたしも緊張して咽喉が渇いてくる。

「薫子さん、その、手を貸してくださいますか」
「て、手?」


 え、ちょっと。ここって礼拝堂だよ。もしかしてとは思うけど、マジで漫画みたいなことをする心算なの? 何となくこの後の展開が分かってきたあたしは、赤くなってきた顔を誤魔化すように左手を差し出した。
 ……あっ! ちょっと待て、何で左手を出したっ!? 右手でも良かったでしょ!?

「……失礼します」

 千早は何だか複雑な表情をして、ちょっと震えているあたしの左手を取った。そして、懐から差し出した右手に有るのは、見間違いようも無い……指輪だ。

「お、おおおうぅ……」
「僕には未だ、この指に指輪を嵌める資格は無いと思っているんですが……薫子さんが一緒に居ると云ってくれましたから」


 言葉にならないあたしを余所に、千早はあたしの薬指に指輪を通してしまった。ちょっと待ってよ、気が早過ぎるよ。あたしが告白したのってついこの間でしょ。千早が返事をしてくれたのってこの間でしょ!?

『おめでと〜、二人とも〜』
『ヒューヒュー!』


 二人の幽霊は盛り上がってるけど、あたしはそれどころじゃない。これはそう、所謂「頭がフットーしそうだよおっっ」てやつだ。頭がくらくらしながらも、一応と思って聞いてみる。

「ち、千早……一緒に居るってどういうこと……?」
「えっ」

『えっ』
「……えっ?」

 ……何でそんな不思議そうな顔をするのさ。ちらっと見ると千歳と一子さんも同じ顔をしている。どう云うこと?

「いや、だって、薫子さん。……もしかして薫子さん、全然気が付いていなかったんですか?」
「……何が?」
「いえ、アルバムを受け取った時に、思い出を共有してくれるって……」

『それって、ちーちゃんと一緒に居てくれるってことだよね?』
『薫子さんにしては捻ったプロポーズですよね〜』


 ぷろぽっ!? ……えっ!? あれっ!? そう云うことになっちゃうのっ!?
 ただでさえ頭に血が上っていたところにそんなことを云われたあたしは、視界が真っ赤に見えるほどに興奮して――

「……はうっ」
「えっ……ちょっと、薫子さん!?」






『あ〜、面白かったなあ』

 くそう、そんなに笑わないでよ。千早の肩を借りながら礼拝堂を出たあたしに、幽霊二人の遠慮ない笑い声が降り掛かる。
 千早から貰った指輪は、同じく千早が用意したチェーンに通されて、今はあたしの首に掛かっていた。いくらなんでも指に付けたままでは居られないからね。

「ち、千早。分かってると思うけどさ……」
「ええ。でも、好きな人に指輪を贈るぐらいは構わないでしょう? 婚約や結婚以外にも、薬指に指輪を嵌めることは有るんですから」


 そりゃそうかもしれないけどさ、一般的には他の理由なんて無いじゃない。ああもう恥ずかしい……幾ら千歳のお願いだからって、この指に指輪を嵌める意味を分かってるの?

『……薫子ちゃん、ニヤニヤしてる』

 あたしは咄嗟に空いている手で顔を撫でた。くそう、自分でも分かってるよ、ホントは嬉しいってことくらいさ!
 ああ、顔を冷やしたい。もう一回雪が降ってこないかな。空を見上げてみると、遠く体育館の方からワルツが聞こえてきているのが分かった。雪が降っている間は音が吸収されてしまうけれど、今は雲も薄くなっているのでこれ以上は降らないだろうな。

『そろそろ、時間ですかねぇ』
『そうだね』


 あたしたちの前を飛んでいた千歳が寂しそうに云うと、自然とあたしたちの足が止まった。思わず時計を探そうとして、馬鹿なことだと首を振る。

「千歳。遣り残したこと、無い?」

 何を聞いてるんだろう。そんなの、きっと一杯有るに決まってるのに。泣きそうな顔をしているあたしと千早を見た千歳は、ちょっと困ったように笑ってから首を振って……でも、途中で俯くと申し訳無さそうに呟いた。

『実は、後一つだけ有るんだ』
「何? あたしに出来ることなら手伝うよ」
「そうですよ、千歳さん。遠慮しないで」

『うん……でも、きっと無理だと思う』
「……何でよ」

 ここまで来て、今更そんなことを云わないでよ。沢山有るだろう願いの中から、それでも一つだけ、どうしても云いたかったことなんでしょう?
 あたしたちがじっと見詰める中、千歳は暫くの間迷っていた。でも、やっぱり一度漏らしてしまったことを黙っているのは嫌だったみたいで、ぽつりと呟くようにその願いを口にした。

『あのね……私、ちーちゃんをぎゅっと抱き締めてあげたかったの』
「えっ……?」
『私はちーちゃんの身体を借りてるから、抱き締めることが出来なかった。お母さんも史も抱き締めてあげられたけれど、私が一番抱き締めたかったのはちーちゃんなんだよ』
「それは……」

 そうか。千歳が千早に取り憑いて自分を抱き締めたんじゃ意味が無い。千歳は幽霊の状態でも千早に触れるけれど、体格差の関係で抱き締めるなんて無理だもんね。……これは、確かに難しいかもしれない。

『ふむふむ。それでしたら、私が力になれそうですね』
「えっ? 一子さん、何か良い考えが有るの?」

 それは何と云うか、失礼な云い方だけど意外だった。いや、役に立たないって訳じゃないけれど、一子さんって積極的に動かずに見守るポジションだったから何もしないのかなって思ってたよ。

『千歳さんが本音を云ってくれたんですから、私もちゃんとお手伝いしますとも』
「そ、そうですか。それで、具体的にはどうやって?」
『え〜と……それじゃ、ここに一列に並んでくれますか?』

 恐る恐ると云った感じで尋ねた千早に対し、一子さんはあたしたちに整列するように指示する。千歳を先頭にして、あたし、千早と並んだけれど……はて、これで一体何をするのやら?

『それじゃみなさん力を抜いて〜。行きますよ〜?』

 あたしたちの前に回った一子さんが、勢いを付けるように腕をぐるぐると回し始めた。何だろう、さっきに続いて何か嫌な予感がするんだけれど。

『せ〜のっ、へやっ!』
『えっ……わあっ!?』


 や、やっぱりか! 一子さんが千歳を両手で突き飛ばし、あっと思う間も無く千歳の身体があたしを突き抜けて。……不意に体の力が抜けて足が縺れた。

「っと! 大丈夫ですか薫子さん」

 おお、助かったよ千早……。あれ? 身体が動かない……ってか、口も動かないぞ!? 何だこれ!?

「う、う〜ん……もう、酷いよ一子ちゃん、いきなり突き飛ばすなんて」
「へっ? ……あの、薫子さん?」


 慌てて何とかしようとしていると口が勝手に動いた。いや、口だけじゃない。身体も勝手に動いてる。……ちょっと待て、これってもしかして、もしかすると……。

『ふふん、どうですか? ちゃんと薫子さんの身体に取り憑けたでしょう?』
「えっ……」
「あっ……! た、大変だよ! 私、薫子ちゃんに取り憑いちゃった!」


 や、やっぱりかぁ!? 人に断りも無く何してんのよ一子さんってば! ……って、こら千歳、人の身体を撫で回すんじゃない、くすぐったいでしょ!

「ほ、本当に千歳さん?」
「うん……そうみたい。……あ〜、ごめんね薫子ちゃん。ちょっと身体を借りるね」


 千歳が直ぐに立ち直ったのは、いつも千早の身体で体験しているからなのか。千歳はあたしに謝ると、千早に寄りかかっていた身体を起こして振り向いた。ううっ……千早の顔が近いよ千歳。はっ!? ちょっと待って千歳、あたしにも心の準備ってものが!
 ……うわあああ! ぎゅっとした! 千早をぎゅっとしてる! 首元に千早の息があぁぁ!

「えへへ……」
「千歳……ねえさん」


 うひっ、耳元で囁かないで! 腰に手を回さないで! 何だこの羞恥プレイ、あたしが恥ずかしくて死んじゃうよ!

「あはっ、薫子ちゃんが騒いでる。……ちょっと名残惜しいけれど、このくらいかな」
「あっ……」


 は、離れたのか……。あたしの考えてること、千歳にも伝わってるみたいだ。……千早が寂しそうに千歳を――あたしを――見ている。切なさで胸が一杯になった。寂しさとか温かさとか何だか訳が分からない感情が一杯になって、涙が零れそうになる。
 愛しさと切なさを同時に感じていて、不意にそれが何なのか気が付いた。これはきっと千歳の感情だ。
 あたしは自分の気持ちが千歳の邪魔にならないように、必死に心を落ち着かせる。そうしていると、千早と見詰め合っていた千歳が、遠くから聞こえてくるワルツに胸を弾ませるのが分かった。

「……ねえ、ちーちゃん。私と踊ろうよ」
「……はい」


 涙を浮かべた千早が、差し出された手をそっと握った。まるで癖になっているようにどちらも男のステップを踏もうとして、舌を出して苦笑する千歳が女のステップに変える。

「足元に気を付けて。雪で滑りますよ」
「凍ってないから大丈夫だよ。ちーちゃんこそ、疲れてるんだから無理しないで?」
「薫子さんだって相当に疲れている筈ですよ?」


 そうだね。千歳は大丈夫なんて云ってるけれど、自分の身体だから良く分かる。ふくらはぎの辺りがぴりぴりと痺れていて、明日は歩くことも出来なくなってるだろう。
 やがて、どちらからともなく足を止めて、身体を寄せ合ったままでお互いを見詰め合った。正直な話、もの凄く恥ずかしいけれど……でも、ここは我慢だ。

「……千歳さん、もう一人で大丈夫ですか?」
「うん。……ちーちゃんこそ、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。一人じゃ……独りじゃ、ありませんから」
「そっか」


 千歳が呟くと同時に、不意に身体の力が大きく抜けた。慌てて千早の体にしがみ付く……あ、身体が動くってことは。

「大丈夫ですか、薫子さん」
「うん、何とか。……千歳、先に一言云ってよね」

『えへへ……でも、役得でしょ?』

 何が役得だよ、もう。後ろから聞こえてきた声に内心で文句を云いながら、だるい身体に精一杯力を入れて何とか振り向いた。

「何か……凄く疲れてる……」
『あ〜、きっと慣れない憑依で体力を使ったんですね』
「そんなに軽く云わないでよ、一子さん」

 まあ結果的に千歳が満足してくれたから、これ以上の文句は云わないけどさ。さっきの言葉じゃないけれど、明日はまともに動けないだろうな。

『……もう、行くね』
「……良いの?」
『うん。安心出来たから』

 千歳が何を見て安心と云っているのか、なんとなくの予想は付くけどさ。
 あたしと千早が見守る中、千歳の身体がゆっくりと薄くなっていく。千歳の向こう側の景色がはっきりと見えるようになって……。

『ちーちゃん、薫子ちゃんと仲良くね。……かおるこちゃん、ちはやのこと、よろしくね……』
「千歳さん!」
「千歳!」

『それじゃ……バイバイ!』

 とびっきりの笑顔で手を振りながら、呆気無いほどの唐突さで。……千歳の姿が小さい光の集まりに変わり、まるで踊るようにクルクルと回りながら空へと昇っていく。あたしたちは光の昇っていく先をじっと見詰めながら、それが完全に見えなくなるまで見送っていた。













 あたしの身体を支えていた千早の手に、きゅっと力が籠もるのが分かる。……泣いてるのかな。でも、ここは泣いても良い場面だよね。だってあたしも泣いてるもの。
 あたしは千早の手に自分の手を重ねながら、ちょっと涙声で囁いた。

「……いっちゃったね」
「……いっちゃいましたね」

『これで私の役目も終わりですね』
「「うわあっ!?」」

 ビ、ビックリしたなあ! あたしたち二人だけだと思ってすっかり気を抜いていたのに!

「何で一子さんが残ってるのよ。千歳を導くのが役目なんでしょ?」
『ああ、それは自分で天に昇ることを決められないときの話でありまして。千歳さんのように確りと自分で先に進むことを決められたのなら大丈夫ですよ。それに、ちゃんと「道」は教えましたし』
「そ、そう云うものなんですか……? それじゃ、千歳さんが途中で迷ったりとかは……」
『心配無いですよ。あんなに楽しそうに昇っていったんですからね』

 一子さんが笑顔で肯定するのを見て、千早がホッと息を吐いた。いや、本当にビックリしたよ……一子さんが付き添わなかった所為で千歳が迷ったりしようものなら大事だもん。

「でもそれなら、一子さんの用事も終わったんでしょう? 帰らなくて大丈夫なの?」
『いやあ、実は私、ちょっと野暮用が有りましてね。そちらを済ませてから帰る予定です』

 野暮用って何さ? いや、それ以前に(自称)天使が野暮用を済ませてって……どこからどう突っ込めばいいのやら。

『それじゃ、私もこれでお暇します。お二人とも、色々と有難うございました』
「ああ、いや……こちらこそ」
「一子さん、本当に有難うございました」


 あたしたちはお互いに頭を下げて礼を云う。一子さんが来てくれなかったら色々と大変だっただろうし、あたしたちだって少しは一子さんの役に立てただろう。まあ、千歳の為に力を合わせたからこその、この結果だと思うけれどさ。
 一子さんはあたしたちよりも高い位置に浮かび上がると、ひらひらと手を振った。

『それじゃ、またいずれお会いしましょう』
「えっ……一子さんには悪いけれど、あたしは暫く会いたくないなあ。だって一子さんに会うときって……」
「……お迎えが来るときですよね……?」


 つまりそれは身内に不幸があるときだ。あたしと千早はお互いを見詰めてから、それはちょっとどうなんだと首を傾げる。そんなあたしたちを見た一子さんは、ニシシ、と変な笑い声を上げた。

『お二人はご存じないんですか? 天使のお役目と云うのは主に人を導くことですが……もう一つ、有名なものが有るんですよ』
「有名なもの?」
『はい。ガブリエルさまは特に有名ですよね〜』

 ガブリエル? ガブリエルって確かマリアさまの絵で有名な……受胎告知とか……。

「ふえあええっ!?」
「ちょちょちょ……そそそれって……」

『むふふ……お二人のところに来るのは案外早いかもしれませんね〜』

 火が出るんじゃないかってぐらい真っ赤になっているあたしたちを見て一頻り笑った後、一子さんはゆっくりと空に上っていった。……って、コラ! 云いたい放題云っておいて逃げるんじゃない!

『我が愛しの瑞穂お姉さま、貴方の一子が今、会いに行きますよ〜!』

 えっ……?
 微かに聞こえてきた声に気を取られている間に、一子さんは既に遠くの空に飛んでいってしまった。

「う〜ん……一子さん、瑞穂さんの家を知ってるのかな」
「……どうでしょう。でも、無事に辿り着けたとしても……」


 あたしたちは思わず顔を見合わせる。だって昨日、あたしは西岡さんから聞いているのだ。瑞穂さんたちはスキー旅行に行っているって。
 何と云うか。一子さんは最後まで、どこか抜けた感じの天使さまだったなあ。案外、出会えなかった〜って泣いて戻ってくるかもしれないぞ。

「ふふっ……」
「くくっ……」
「あ〜もう、折角しんみりしてたのに台無しだよ」
「良いんじゃないですか? 千歳さんだって、僕たちが泣いているのは嫌でしょうし」
「そうだね」


 さて、それじゃ寮に戻りますか。香織理さんたちに千歳がちゃんと天に昇っていったことを教えないとね。……っとと、やば、まだ身体に力が入らないよ。……ふむ。

「ね、ねえ千早」
「何ですか?」
「え〜と、さ。未だ身体に力が入らないんで、お、負ぶってくれたりすると嬉しいかな〜って」
「……」


 あ、何で溜め息を吐くかな! それなりに勇気を出して云ったんだぞ!

「この足だと途中で薫子さんを落としてしまうかもしれませんからね。肩を貸しますから、それで我慢して下さい」
「む……それもそうか。それじゃ」
「はい」


 あたしが千早の首に腕を回すと、千早は肩であたしの体重を支えるようにしてから歩き出した。足元が雪で滑って危ないので、ゆっくりと、慎重に歩を進める。

「……まあ、これはこれで悪くないかな」
「……そうですね。……薫子さん」
「ん、何?」
「これからも、宜しくお願いします」
「え……あ、うん。こちらこそ」


 まあ、色々と乗り越えることは有るだろうけれど。取り敢えずは寮まで辿り着くことを目標にしましょうか。




 バイバイ、千歳。またいつか、ね。




**********

 次回、エピローグ。

 

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薫子さん、せっかくの指輪なんですから左手薬指にはめましょうよ。
きっと面白…ケホン、からかわれ…ケホン、祝福してくれますよ。(笑)

「……何だろう、酷く嫌な予感がするよ。千歳は何だか重たい溜め息を吐くと、」
の「千歳」は「千早」ではないでしょうか?
ナカユウ
2012/12/20 22:16
ナカユウさん、こんばんは。
誤字、報告感謝です。早速直しました。

>指輪
薫子はうっかり属性有りなので、きっと一人でニヤニヤしてるところを見付かったりします(笑)

後はエピローグが一本か二本です。もう少しだけお付き合いくださいませ。
A-O-TAKE
2012/12/20 22:27
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