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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜1

<<   作成日時 : 2013/02/07 23:20   >>

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 番外編開始。

 注意事項!
 このお話は、『妃宮さんの中の人』のアフターストーリーです。従って、千歳は全く出てきません。その点をご注意下さい。

**********



 それは、二月の初めの日曜日のこと。



 薫子は昼食の終わった食堂で、香織理と陽向、優雨と共に春物の服のカタログを見ているところだった。
 千早は史と共に実家に帰っており、初音と沙世子は受験に備えての最後の勉強中。ちなみに薫子と香織理は聖應の大学部にそのまま進むので、試験を兼ねた三学期末のテストに照準を合わせて、少しばかり時間の余裕が有った。

「う〜ん、やっぱりあたしはスカートを選ぶの苦手だよ」
「だから、それはやっぱり何度も経験してセンスを磨くしかないでしょう?」


 薫子は香織理の言葉に眉を寄せながら、カタログを適当に捲っていた。
 中学までは私服のスカートなど一着も無かったし、聖應に入ってからは奏に選んでもらったものこそあれ、自分で見繕ったものは無かったりする。

「薫子お姉さまは足が綺麗ですからねぇ。それだけ細くてスラッとしてればパンツが似合いますから、そっちに意識が向く気持ちも分かりますけれど」
「甘い、甘いよ陽向ちゃん。あたしぐらい背が高くなるとね、股下で合わせるとウエストやヒップが緩くなるし、だからってウエストで合わせると丈が短くなるんだよ」
「……あ〜……」


 ムスッとした顔で説明する薫子を見て、陽向はバツが悪そうに頭を掻いた。香織理や初音はパンツルックばかりと云うが、それだって苦労してサイズを探して選んだものなのだ。

「それに、背の高い女性用の服って、やっぱり需要が少ないせいか割高だしね……」
「まあ、確かにブランド物とかもその傾向は有るけどね」
「……かおるこは、スカートはきらいなの……?」
「え? いやあ、特に嫌いって訳じゃないんだけどさ」


 純粋に不思議そうな顔で尋ねる優雨に、今度は薫子が困った顔をする。
 薫子は、スカートが嫌いと云うよりは、単に穿き慣れていないだけと云った方が正しい。制服のスカートは足首まで覆うようなロングスカートなので気にはならないが、中途半端な長さのスカートだと足元が頼りなく感じるのだ。
 例えばこれがショートパンツにタイツと云う組み合わせだったりすると普通に過ごすことが出来るのだから、実に不思議なものである。

「足元をヒラヒラするのが苦手なのかもしれないわね」
「中学の時の制服は普通のセーラー服だったんだけどなあ……」
「制服と私服は違うでしょう?」
「そりゃ、そうだけどさ」


 制服と云うのは集団で着用するものなので、集団の中に入ってしまえば恥かしいと云う気持ちも少なくなるのだろう。

「でも、惜しいですよねぇ。私、薫子お姉さまはガーリーファッションも十分に似合うと思うんですけれど

 薫子は頭の中に、いかにも女の子と云った感じのピンクのワンピースを着た自分を想像して、直ぐに頭を振ってそれを追い払った。

「止めてよ陽向ちゃん。ああ云うのは優雨ちゃんや陽向ちゃんみたいな可愛い女の子に似合うんであって、あたしや香織理さんみたいなのには似合わないんだから」
「薫子、一緒にしないで頂戴」
「えっ、だって香織理さん、ピンクのミニワンピとか着てみたいと思う?」


 例えばこんなの、と薫子はカタログぱっと捲って目に付いたニットのミニワンピースを指し示した。ゆったりとした感じのモヘヤ混ニットで出来たピンクのミニワンピースを見た香織理は、自分の身体を見下ろして、身に纏っているワイシャツの裾を引っ張ってみたりする。

「……それほど悪くないと思うけど。裾の長さも同じくらいだし……それに私、ピンクって結構好きよ?」
「……と、兎に角あたしにはそういうのは似合わないから」
「大学に入ったら制服は無いのだから、今の内からちゃんと勉強した方が良いと思うけれどねえ」
「むむむ……」


 仲間に恵まれなかった薫子は、一声唸ってからそのカタログを閉じてしまった。香織理が肩を竦め、陽向が苦笑する。優雨は薫子が何故むくれたのかが分からなかったのか、暫く考えてから別のカタログを薫子の方に差し出した。

「かおるこ、なかみでしょうぶ」
「え、中身って……」


 カタログを受け取った薫子は、それが有名な国内ブランドの下着カタログだと分かって眉を寄せた。薫子は下着を選ぶのは私服を選ぶよりも苦手なのだ。何せ今までは実用一点張りのものしか身に付けていないのだから。

「ああ、そうね。薫子は中身を見せる機会も有るかもしれないし」
「ちょ、や、止めてよ香織理さんのエッチ!」


 赤くなった薫子は、優雨にこんな言葉を教えただろう初音に心の中で文句を云ってから、それでも優雨の手からカタログを受け取った。しかし、一ページ目を捲って其処に載っているのが総レースの下着だったと分かると、あっと云う間にそれを閉じる。

「ちょっと……何で女の子が女性物の下着を見て赤くなるの」
「あたしにこう云うのはまだ早いもん!」
「何を云っているの。女がここ一番の勝負をするときは、下着から気合を入れるものよ!」
「……」


 ぐっと握り拳を作って力説した香織理に、薫子と陽向は思わず顔を見合わせてから首を振った。一体何の勝負をする心算なのか。
 香織理は薫子からカタログを受け取るとそれを机に広げて、優雨と一緒にそれを見ながら話を始めた。

「優雨ちゃんはどんなのが好き?」
「……これとか、かわいい、かも」
「これね? ……そうね、似合うかも。ふふっ、優雨ちゃんは趣味が良いわね」
「……」


 香織理に褒められて赤くなる優雨。薫子と陽向は再び顔を見合わせると。

「優雨ちゃんに負けてる気がします」
「奇遇だね。あたしもだよ」
「ほら、薫子だってこういうのなら大丈夫でしょう?」


 香織理に手招きされてカタログを覗き込む薫子。レースの下着のページは既に過ぎて、フリルが付いた可愛い系の下着のページだった。
 フェミニンな下着の写真はモデル共々可愛らしく写っていて、薫子は確かに悪くないなと頷く。モデルを自分に置き換えて、ポーズを取っているところを想像してみた。

「……悪くない、けど、恥かしいかも」
「贅沢ねぇ、色々選べる立場なのに」
「香織理お姉さまだって、こういうの似合いそうですけど?」


 香織理の肩口に回り込んだ陽向が、香織理の視線を追いながら下着の写真を指差した。以前に香織理の衣替えを手伝った陽向は、箪笥の中身が割とおとなしい感じの下着しか無かったことを知っているのだ。
 香織理は陽向の指差した下着を見て、確かに悪くないかもと頷きながらサイズの方へと視線を動かし……小さく嘆息した。

「……サイズが小さいわ」
「……」
「……」
「……かおり、大きいの?」
「……ええ」


 嫌な沈黙がその場を支配した。半眼になった陽向が素早く薫子の傍に移動すると、その耳元に手を当てて、内緒話をするように話し掛ける。

「奥さま、聞きまして? 大きいんですってよ?」
「えぇ、聞きましたわ。大きいんですってね」
「ちょっと、止めなさいよ」
「へ〜んだ! お姉さまなんてその大きいお胸にお似合いのセレブリティなレースの下着でもお召しになれば宜しいのですのことよ!」
「そうだそうだ、香織理さんの乳セレブ!」
「……ち、乳セレブって……」


 妙なセンスの悪口に香織理は絶句し、額に手を当てて嘆いてみせた。悪口だと云ったってもう少し捻りようが有るだろうに。

「あのねぇ、薫子――」
「――っと、待った。電話みたい。ゴメンね?」


 流石に一言ぐらい文句を云おうとした香織理だったが、不意に薫子が携帯電話を取り出したのを見て言葉を止める。薫子は片手で軽く謝ると、そのまま廊下へと出て行った。
 逃げられちゃいましたねイッシッシ、と笑う陽向を香織理が小突いていると。

「――は? 親爺が倒れた?」

 扉の向こうから、どこか呆気に取られたような感じの薫子の声が聞こえてきた。声音に合わない物騒な内容に香織理と陽向は思わず動きを止めて、優雨と一緒に食堂の扉を見詰める。
 三人がそのまま黙って待っていると、やがて薫子が首を傾げながら食堂へと戻って来た。何事かを考える薫子に優雨が近付く。

「かおるこ」
「……ん〜、あ〜、……大丈夫だよ。ありがとうね、心配してくれて」
「ん……」


 じっと見上げてくる優雨の目を見た薫子は、その中に自分を労わる色が有ることに気が付いて、そっと頭を撫でながら微笑んだ。
 優雨は安心したのか目を細めて、薫子の掌を黙って受け入れる。香織理は軽く息を吐きつつも、一応はと薫子に問い掛けた。

「薫子、気休めとかではなくて?」
「うん。……ぎっくり腰だってさ」
「……なるほど」


 確かにそれならば直接的な命の心配などは無いし、直ぐにどうこうなると云う訳ではないだろう。しかし、腰は人体に与える影響も大きいので、安心するのは早計だ。香織理の内心に気が付いたのか、薫子は苦笑交じりに口を開いた。

「まあ、今日はまだ時間も有るし、ちょっとお見舞いに行って来るよ。正月にも帰らなかったしね」
「そう? ……そうね。薫子がそう思うのなら、顔ぐらい見せてくるのも良いかもしれないわね」


 会いたくても会えないと云う状況になることだって有るのだし、と香織理は小声で言葉を続ける。千歳の親友である薫子なら、きっと自分よりもその思いが強いだろうと思いながら。






 あふた〜すと〜り〜
   バレンタイン綺想曲






「う〜む……」

 勢い込んで家まで帰ってきたものの、薫子は門の前で二の足を踏んでいた。何故自分の家に入るのに躊躇わなくてはいけないのかと思いつつも、この三年間で家に帰った回数が片手で足りる程度なので、どうしても気後れしてしまう。
 時刻は既に十六時を回り、夜の気配が空に広がり始めている。見舞いとして買ったネット入りの蜜柑をぶら下げつつ、薫子はついに決心して携帯電話を取り出した。

「……あ、もしもし順一さん?」
「お嬢? どうしたんですかい?」
「うん、今、家の前なんだ。ちょっと出迎えてよ」
「……はあ?」


 間抜けな声が電話口から漏れ出して暫くすると、態度も口調も呆れてますと云わんばかりの順一が門を開けて薫子を出迎えた。

「あ〜……まあ、お帰んなさい。親爺の見舞いっすよね?」
「うん。……そ、そんなに呆れなくてもいいじゃない」
「喧嘩して家出したガキが泣きべそ掻いて家の前をウロウロしてるようなことをされちゃ、呆れるのも当然でしょうが」
「何、そのやけに具体的な例は」


 薫子の立場的には、中らずと雖も遠からずと云うところだろう。玄蔵と喧嘩している訳ではないが気拙いのは確かなのだから。
 順一は口を尖らせた薫子に構うことなく、門の中に薫子を招いてその背中を押した。薫子の場合、手を引っ張ってやるほど甘やかすと逆効果だとしっているのだ。親子揃って素直じゃないのはやはり遺伝だからだろうか、などと思う順一である。
 薫子と順一はそのまま連れ立って、屋敷の奥に在る玄蔵の私室へと向かう。

「親爺、お嬢が見舞いに来ましたぜ」
「あん?」


 順一が障子越しに声を掛けると、意外そうな玄蔵の声が聞こえた。何故かごそごそと身動ぎする音が聞こえた後で、入っていいぞと声が上がる。取り敢えず追い返されるようなことにならないと分かった薫子は、順一の後に続いて部屋に入った。

(親爺の寝室に入るのって何年ぶりだろう

 妙に狭く感じる部屋に入った薫子は、ふと記憶を思い返す。
 自分の部屋が用意されてからも時々甘えに行くことは有ったものの、それも小学校を卒業する前の話。違和感の原因は自分の背が伸びたからだろう。視線の高さが違うのだから。
 そんな狭そうで広い寝室の真ん中、布団の中に入っている玄蔵は、腰に負担を掛けないように横を向いて寝ていた……しかも、薫子たちとは反対側の方を向いて。

「……親爺。痛いくせに、無理して寝返り打たないで下さいよ」
「偶々だ、偶々」


 玄蔵は、呆れた声を出す順一にとぼけた返事を返す。は、と軽く息を吐いた薫子は、布団の傍に近寄ってから腰を下ろした。和室なので、一応はお嬢様らしくと正座をする。

「思ったよりも元気そうじゃない」
「順一が大げさに云っただけだ。こんなもん二・三日寝てりゃ直る」


 薫子は不貞腐れたような声を上げる玄蔵を見て、親爺ってこんなだったかなと首を傾げた。
 見上げる大きさだった父親の背中が小さく感じるのは仕方が無いかもしれないが、常に感じていた力強さが無い。調子が悪いこと、背中を丸めて寝ていること、そう云ったものが関係しているのは分かるのだが。

「まあ、何だ。娘が親の見舞いに来るのは別に可笑しいことじゃないでしょ」
「一端にお嬢様らしいことを云いやがる。聖應に行かせた甲斐があったってところか?」
「むっ」


 反射的に文句を云いかけた薫子は、何とかそれを飲み込んだ。憎まれ口を叩く元気は有るのかと苛ついたものの、顔の見えない相手と喧嘩をするのは疲れるだけだ。見舞いに来たのにその相手と喧嘩をしても仕方が無いのだし。

「はい、これ見舞いの蜜柑。後で食べて」
「おう」


 薫子は手元に置いたままだった蜜柑を玄蔵の枕元に置いて、取り敢えずの目的を果たす。父親が向こうを向いているからといってこれで帰るのも素っ気無いし、さてどうしようかと思っていると、玄蔵が一足先に口を開いた。

「薫子。お前、確か大学はそのまま聖應に行くんだったな。ちゃんと進路のことを考えてるのか?」
「うん。はっきりとした進路は決めてないけど、取り敢えずそのままエスカレーターで上がる予定。大学に寮は無いから適当なところを借りて一人暮らしの心算だけど……何、まさか今更、駄目とか云わないよね?」
「今まで云いに来なかったのはそっちだろうが」
「うっ、そりゃそうだけど」


 思わず言葉に詰まる薫子。卒業も間近になってから親と進路の相談なんて、確かに自分が今まで話してこなかったのが悪いのだが。思ったよりも真面目な話になりそうな予感に身を硬くして、玄蔵の言葉を待った。

「しかし、そうか。……実はな、お前に見合いの話が来てるんだが」

 玄蔵の言葉が薫子の耳を通り過ぎて、たっぷり十秒。沈黙する薫子の様子を気にした玄蔵が、そっと首を捻って背後を見ようとしたその時。

「はああああっ!? いや、え、見合いって!? え、あたしに!?」
「……声を落とせ、煩いだろう」
「いや、だって……え? 親爺の見合いじゃないの?」
「何で俺が見合いをするんだ。お前のに決まってるじゃないか」
「だ、駄目だよ! そんなの困るってば!」


 薫子は両手を前に出して、意味も無いのに玄蔵の口を塞ごうとする。急な話とは云え薫子のあまりの慌てっぷりを見て、玄蔵はふと閃いたものが有った。

「何だ、お前……もう好きな相手が居るのか」
「えっ!? ……あ……えっと……うん」


 問い掛けられた薫子は、瞬時に顔を赤くしたかと思うと視線を彼方此方に彷徨わせながら、ゆっくりと頷いた。玄蔵と、傍で話を聞いていた順一も、思わず絶句するほどの乙女ぶりだった。

「ちょっと待て、お前本当に――ぐおっ!?」

 始めて見ると云っていい薫子のその表情に、玄蔵は思わず身体を捩ってちゃんと話をしようとして――激痛に身を固まらせる。ぎっくり腰で腰を捻るのは自殺行為、そんなことも頭から抜けるほどの驚きだったのだ。

「ちょ、動いちゃ駄目なんでしょ!?」
「お、親爺、無茶しないで下さい!」


 中途半端な体勢で動きを止めた玄蔵に、薫子と順一は慌てて身体を支えたのだった。





 ――暫くの後。

「お、落ち着いた……?」
「……ああ」


 薫子が恐る恐る尋ねると、父親の威厳や男の見得を遠くに放り投げた玄蔵は、渋々と云った感じで頷いた。ちなみに今の体勢は、膝を立てた状態の仰向けである。散々みっともないところを見せたのだから、娘を見上げるような格好で喋るのも今更なことだった。

「あ〜……で、何だったか。そう、惚れた男が居るって話だったな」
「えっ、やっ……もうその話はいいでしょ?」
「ふん……まあ、決めた相手が居るんなら、見合いをしろなんてことは云わん。どうしてもって話じゃないからな」


 鼻を鳴らして不機嫌そうに云う玄蔵だったが、それでもその言葉を聞いて、薫子は安堵の息を吐いた。
 薫子は自分の家が所謂「お金持ち」の部類に入ることは知っている。そしてそう云う家のお嬢様の場合、政略結婚のような見合い話があることも知っているのだ。
 聖應でも、卒業後に直ぐ結婚するという生徒は年に何人か現れる。最悪の場合、自分がそうなっていたかもしれないと思うと、思わず身体を震わせてしまうのも無理は無いだろう。

「ところで、一つ確認だが」
「何? 云っておくけど家に連れて来いとか云うのは無しだからね?」
「そんな話はまだ先だ。肝心なのは、お前、そいつのことをちゃんと捕まえておけるのか?」
「えっ?」
「家事なんて大したことは出来ねえんだろう? 例えば料理。男を射止めるんなら飯は美味くなきゃ駄目だ」


 唐突に始まった恋愛指導に、薫子は呆気に取られて言葉を無くした。
 玄蔵とはただの世間話でさえも何年もしていなかったのだ。頑固な堅物と云う印象しか無かった玄蔵のまさかの言葉に、意味も無く口を開け閉めするしか出来ない。

「順一よ、やっぱりお前も飯は美味い方が良いだろう?」
「はっ? いや、そりゃまあそうですが……何で俺に振るんです」
「気にするな。それで、どうなんだ薫子。料理は出来んのか?」
「それはまあ、調理実習でやったようなものなら出来るけどさ……」


 薫子は質問の意図が読めないながらも、何とかそう返事をする。自慢するほど上手な訳ではないが、それでも包丁を持ったことも無いお嬢様よりはマシな筈だ。

「自信が無いか? 『将来の夢はお嫁さん』なんて考えてるんなら、大学に行くよりも花嫁修行でもした方が良いかもしれんな」
「な、何でそう極端な話になるのさ! そりゃ、その、そう云うことも考えなくもないけどさ、そう云うのはもっと後の話だって!」


 薫子が迷っている間に玄蔵の話が勝手に進んで行く。堪らずに途中で声を上げるものの、既に自分の考えに入っている玄蔵は、鬱陶しそうに手を振るだけだった。

「早いか遅いかの話なら、そりゃ早い方が良いに決まってる。靜香だって――」

 玄蔵の言葉が不自然に途切れた。薫子は、玄蔵の口から殆ど出たことの無い母親・静香の名前に眉を動かす。しかし、そのままじっと待っていても玄蔵の口から続きの言葉が出ることは無く、薫子に見られているのを感じた玄蔵は、決まりが悪そうに視線を天井へと向けた。

「あ〜……兎も角だ。大学に行くのは構わんし、見合いもしなくて良い。だが、碌に家事も出来ないんなら一人暮らしをさせる訳にはいかん」
「何でよ。別に構わないじゃない」
「不安だからに決まってるだろうが……」


 苦いものを咬んだような表情で不安を口にする玄蔵を見て、薫子は再び呆然としてしまった。玄蔵に真正面から心配されたことなど殆ど無いからだ。中学時代は順一などにボディーガードを命じて薫子を守らせていたが、それでも薫子本人に説明をするようなことは無かった。
 面と向かって心配されたと理解すると、薫子はどうにも恥かしくなってしまい、頭を掻きなら視線をあちこちに彷徨わせ始める。
 順一が不器用な親娘を見て笑いを堪えるのに苦労すること暫し。薫子が意を決したように姿勢を正して口を開く。

「要するに、親爺が不安にならないように証明して見せれば良いの?」
「……証明か。それなら、そうだな……家の厨房で料理でも作ってみせろ」
「え゛っ?」


 薫子としては、一人暮らしの心構えやらなんやらの精神的な話だと思っていたのだが、玄蔵の反撃は予想外の方向からだった。玄蔵は顎を撫でながら何事か考えると、薫子に視線を合わせて言葉を続ける。

「花嫁修業もしねえで、一人暮らしで男を捕まえようって云うんなら、俺が納得できるような飯を作れ。そうしたら認めてやろうじゃないか」
「なっ……ぬっ……だ、だから、何でそっちの話になるのさ!?」
「自信が無いのか?」


 玄蔵は、顔を赤くして詰め寄ってくる薫子を挑発するように、意地の悪い笑みを浮かべる。掃除や洗濯ならば兎も角として料理では自信が有ると云えない薫子は、歯軋りしながら沈黙する。

「とは云え、抜き打ちでテストってのは薫子の分が悪いだろうから……どうするかな」

 どうするかなと呟いて玄蔵もまた沈黙した。そんな玄蔵を助けたのは、騒動を楽しんでいる節のある順一の言葉だった。

「……親爺、一つ提案が有るんですがね」
「あん?」
「ほら、もう直ぐバレンタインじゃないですか。男にくれてやるってなら、チョコでもいいんじゃないですかね?」
「ちょ、順一さん!」


 普通の料理ならまだしも菓子作りの経験は無い薫子は、慌てて順一を止めようとする。「この裏切り者」と視線で訴える薫子を一瞥しながら、順一は玄蔵に近寄って言葉を続けた。

「どうです? そうすりゃ十四日まではまだ日も有りますし、練習時間が有ればお嬢だって少しはまともな物が作れるようになりますぜ」
「……ふむ」


 顎に手をやって思案する玄蔵を見て薫子は呻き声を漏らす。玄蔵の態度は順一の提案が考えるに足る内容だと云うことであり、それは即ち――

「面白そうだな。それで行くか」
「……やっぱりか」
「何だ、不満か? 俺は別に、今から適当なもんを作ってもらうのでも構わないんだが」
「分かった、分かりました! 十四日に親爺にチョコを作れば良いのね?」
「おう、俺を満足させるようなもんを頼むぜ?」






「……何であんな提案をしたのよ」

 薫子は玄蔵の部屋を出て玄関へと向かう途中、隣を歩く順一を睨み付けた。順一は薫子の視線を軽く受け流しながら、肩を竦めて言葉を返す。

「俺としちゃ、良い落とし所だと思ったんですがね。お嬢だって、準備する時間が取れたでしょう?」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」


 ブツブツと口の中で文句を云い続ける薫子を見て順一は苦笑する。実際のところ、そろそろ薫子と玄蔵の冷戦状態を何とかしようと考えていた時だったので、この騒動を利用しようと咄嗟に思い付いたのだ。
 玄蔵だって愛娘からチョコの一つでも貰えれば、それなりに機嫌は良くなるだろう。順一の覚えている限り、薫子が玄蔵にチョコを渡していたのは小学校の頃までだ。その頃のことを思い出して、仲直りの一助になればと考えたのだった。

「……親爺にだって、少しは花を持たせてやらにゃいけないからな」
「えっ、何?」
「いや……あ〜、お嬢の彼氏ってのはどんなのかと思いましてね?」


 順一は首を傾げている薫子に、話を誤魔化すついでとばかりに質問をする。どうせ、後で玄蔵から調べるように云われるのだから、本人から直接聞いておくのも悪くない。
 彼氏と云う言葉が出た時点で、薫子は顔を赤くしてうろたえるとそっぽを向いた。初心な様子でもごもごと口の中で呟いたかと思うと、へらりと口元に笑みが浮かぶ。

「……お嬢、人前でその顔は止めた方が良いと思いますぜ」
「はっ!?」
「しかし何だ、聖應に通ってて男と接点の無いお嬢にそんな顔をさせるなんざ、大したもんですな。どこで知り合ったんです?」
「とっ、友だちの弟なんだよ。それ以上は秘密!」
「そりゃ残念」


 最低限の情報を入手した順一は、薫子に見付からないようにひっそりと笑った。そのまま雑談をしながら玄関を出て、薫子の為に門を開ける。日が伸びたとは云え、既にあたりは暗くなり始めていた。

「もう暗いんで、駅まで送っていきますよ」
「良いの? それじゃ、お願い」
「へへっ……ここで恩を売っとけば、俺の分もチョコを作ってくれますかね?」
「……ちゃっかりしてるなあ。考えといてあげるよ」 






**********



 玄蔵さんの性格がおかしい? それは仕様です!

 原作とは違って『中の人』では暑中見舞いとか贈っている関係上、薫子と玄蔵の仲はちょびっとだけ改善していると思って下さい。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
待ちに待った続編
これからどうなるのか楽しみです。
やっぱり、千早にお菓子作りを教わるのでしょうか?

追伸
順一さん、「俺としちゃ、良い落とし所だと思ったんですかね。」って疑問形になっていますよ。
ここは「ですがね。」と自信を持って言いましょうよ。(笑)
ナカユウ
2013/02/11 21:12
ナカユウさん、こんばんは。

誤字、直しました。報告有難う御座います。

>教わる
一日ぐらいは自分で頑張ってみる薫子さん、の予定です。
薫子「逆に聞こう。いつからあたしがお菓子作りが出来ないと錯覚していた?」(笑)
まあ、出来ないんですが(爆)

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/02/11 22:49
 A-O-TAKE様、初めまして。いつも楽しく拝見させて頂いております。
 今回は香織里がかわいらしい下着を着られず残念がる処が、自身の弱味を出さぬ口達者な女帝にしては微笑ましかった。後珍しく薫子の「乳セレブ」が(^o^)でした。
 今後も楽しみにしております。
ヨシハ
2013/02/24 09:36
ヨシハさん、こんばんは。

楽しんで頂けているようで、一安心です。
>自身の弱味を出さぬ
優雨には人を素直にさせる力が有る……と云うよりも、優雨に遠回しな言い方はしたくない、と思っているのでしょう。
>乳セレブ
薫子ならこういう頓珍漢な略語を言いそうだと思って。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/02/24 22:53
妃宮さんの中の人 あふた〜1 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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