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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜2

<<   作成日時 : 2013/02/16 00:11   >>

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 薫子のチョコ作り、練習編。

 薫子でもこれくらいは出来る……と思う。

**********




「はあ……また、やってしまった……」

 順一さんに見送られて駅へと入り、電車に揺られること暫し。本桜台の駅に着いた頃には、あたしの頭はすっかり冷えてしまっていた。
 売り言葉に買い言葉って訳じゃないけれど、あたしってばどうにも口車に乗せられやすい。云い争いになったときにちゃんと回ってくれない自分の口が憎らしい……。
 すっかり暗くなってしまった空を見上げながら、どうしたものかと考える。

「そもそも、料理の腕前は千早の方がずっと上手なんだもんな」

 男の胃袋をがっちり掴む! なんてのは相手の男が料理を出来ない場合の話であって、あたしと千早の場合は逆に千早の作るお菓子にあたしの胃袋が掴まれているようなものだからなぁ。
 家事全般に関してならどうだろう。千早は史ちゃんと云う出来る侍女さんが居るので、自分では滅多に掃除や洗濯はしないと云っていた。しないだけで出来ないと云っていないところがミソだけど。
 料理だけじゃなくて家事全般が負けていたらと考えると……あたしってば、何の役にも立たない駄目っ子ですか!?

「いやいやいやいや、そんなことは無い。あたしだってこの三年、寮暮らしとは云え一人で生活してきたんだ。掃除や洗濯なら大丈夫」

 ……ははっ。口に出しても不安が消えないよ……。
 いやっ、落ち込んでいる場合じゃない! 取り敢えず目先の目標であるチョコ作りから頑張ろう!
 あたしだって、去年のバレンタインでは奏お姉さまの為にチョコを手作りしたんだ。それが溶かして型に流すだけのものだったとしても、全部自分でやったんだから。
 アレから一年、スキルアップした料理の腕があれば、もっと難しい……いや、もうちょっとだけ難しいチョコでも作れる……筈!

「そうと決まれば早速――って、電話?」

 駅前のデパートでチョコ作りの材料を買い込もうと歩き出す、その直前にポケットの中の電話が震えだした。親爺と会うんでマナーモードにしてたんだっけ……あ、初音だ。

「もしもし、あたしだけど。初音、どうかした?」
「あ、薫子ちゃん。今、時間は大丈夫ですか?」
「うん。今、駅前まで帰ってきたところだよ」
「そうですか。御夕飯はどうするのかなって思って連絡したんだけど……」
「あ、忘れてた……勿論食べます!」
「ふふっ、分かりました」
「あ、そうだ。ちょっと買い物してから帰るんで、もしかすると時間に間に合わないかもしれないけれど、先に食べちゃってて良いからね」
「はい。あんまり遅くなるようだったら、連絡して下さいね」


 通話を切って電話をしまい、ホッと息を吐く。
 初音が気を利かせてくれて助かった。危うく御飯抜きになるところだったよ。香織理さんたちはぎっくり腰の見舞いだって知ってるから、一泊するようなことは無いだろうって初音に云ってくれたんだろう。

「さて、それじゃ改めて、材料を買いに行きますかね」

 初音にはああ云ったけれど、やっぱりみんな揃って御飯を食べたいもんね。急いで買いに行かなきゃ。
 一人暮らしを認めさせる為に料理するだなんて変な話だけど、ぎっくり腰で気が弱っているにしても、あの親爺が正面からあたしのことを心配してくれたんだ。美味そうなチョコを作って驚かせてやろうじゃないか。
 さて、では改めてデパートに行くとしようか。目的地はデパートの中、普段のあたしでは近寄らないような店舗の奥に在る、お菓子とパンの材料や道具などを販売する専門店だ。

「知り合いとか居ませんように……あれ?」

 そこはあたしの予想を裏切って、それほど混雑してはいなかった。今の時期なら、材料や道具を求めて女の子が集まってると思ったんだけど。手作りよりも既製品を買う方が主流なのかな?

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「手作り用のチョコと、後はココアパウダーかな」


 生クリームやチーズとかは寮に有った筈だ。千早がお菓子作りをするのに必要だからって、在庫としてそれなりの量を確保してあった。パウダー系も有ったとは思うけど、失敗したときのことも考えて自前で用意しておこう。
 店員さんに案内されて、様々な材料が置いてある場所に足を運ぶ。あ〜、何か懐かしいな。前は初音と一緒に来たんだったっけ。
 ふふ、久しぶりだね、チャンク状のチョコレート君。またお世話になりに来たよ。あたしは包丁でチョコを刻むのとか苦手だからね、今年も宜しく頼むよ?
 ……去年はお姉さまの為にストロベリーのパウダーを混ぜ込んだりして、色々失敗したんだったっけ。今年はそんなことにならないように、手堅く攻めようじゃないか。

「む? そう云えば、親爺って甘いのは大丈夫なんだっけ?」

 袋に入ったチョコチャンクの棚を前にして、あたしはふと親爺の味の好みを知らないことに気が付いた。
 あたしは親爺に料理を作ったことなんか無いし、親爺はいつも仕事が忙しくて家に帰ってくるのが遅かったから、一緒に食事をしたことも殆ど無い。長期休みのときは一緒だったけど、その時に食べるものなんてカレーとかシチューとか大量に作っても大丈夫なものばかりだったし。

「だからって、カレー味のチョコとかは流石に駄目だよねぇ」

 カレー粉を使えばそんな味に出来るかもしれないが、親爺がどんな反応をするかなんて考えるまでも無い。
 まいったな。取り敢えず、ブラックとミルク、ホワイトをちょっとずつ買っておくか。後で順一さんに電話して、それとなく聞いておかないとな。
 ココアパウダーは、っと……うっ、財布の中身が心許ない。

「……寮で初音が飲んでるココアの粉でも大丈夫だよね」

 あれはヴァンホーテンのパウダーだった筈だ。飲み物用のインスタントじゃなかったから、あれを使えば大丈夫……だろう、うん。
 あたしは500gのチョコを三袋だけ買って、寮に戻ることにした。あるものは有効利用しないとね。節約、節約。







 一晩開けて、次の日の朝。

 センター試験も終わり、早い人は合格の知らせが届いていたりもするこの頃だけど、クラスメイトのみんなは毎日ちゃんと登校している。
 授業も殆ど終わってしまってテスト勉強や自習ばかりなんだけど、今の時期は勉強よりも思いで作りの為に学校に来ているようなものだからね。

「みんな、おはよう」
「おはようございま〜す」


 欠伸を噛み殺すあたしと元気に挨拶する千早が教室の中に入ると、みんなからも挨拶が返る。今日はちょっと遅かったせいか、結構人が集まっているみたいだ。
 ……そう云えば、千早が千歳の真似をして生活するようになってから、なんとなく千早の性格が変わったような気がする。千早はどっちかって云うと大人しめの性格だったけど、演技であっても元気良く振舞っているうちに、それに慣れてしまったのかもしれない。最初は敬語だったけど今は結構フランクだし。

「おはよう、薫子さん。今日は随分と眠そうだね?」
「おはよう茉清さん。ちょっと夜更かしして予習をしてたんでね」


 自分の机に鞄を乗せて、近寄ってきた茉清さんに挨拶を返す。

「へえ、大学部への進学が懸かっているだけあって、真面目に勉強しているんだね」
「……えっ」
「……えっ?」


 ……。

「……テスト勉強をしていたんだよね?」
「アッハッハ、ヤダナ、テスト勉強ニ決マッテイルジャナイデスカ」


 やばい、すっかり忘れてた。昨日はチョコのレシピを確認したりするのだけで精一杯だったよ。一人暮らしを認めてもらっても進学できないとか云う状態になったら、家に強制連行されてしまう。
 テストまで未だ時間はあると云っても、何もしないで居られるほど余裕が有るわけじゃないんだから!

「……茉清さん、茉清さん」
「うん?」


 離れたところに居た聖さんが茉清さんを手招きして、あたしの方を見ながら屈んだ茉清さんの耳元に何かを囁いている。……うん、あたしの精神安定の為に見なかったことにしよう。
 椅子に座って鞄の中身を机の中に移していると、チャイムが鳴って緋紗子先生が教室に入ってくる。

「はい、みなさん席に付いて下さい」

 うん、せめて学校に居る間くらいはテストのことに集中しないとね。後で千早に声を掛けて、勉強を見てもらうことにしよう。



 昼休み、お昼ご飯を食べた後の時間を使って勉強をしようと、千早を図書室へ誘ってみたけれど。

「なるほど、それで私のところに勉強を教えてもらいに来たと」
「うん。宜しく」
「……いや、まあ良いんだけどね?」


 口ではそう云いながらも、何故か呆れた様子の千早先生。実はほんのちょびっとだけ下心が有ったりします。寮に帰ってからはチョコ作りの練習をしたいので、今のうちに千早と二人きりで個人授業なのだ。ふふふ……。

「……何を笑っているんです?」
「え? あ、いや。そ、それにしても他のみんなはどこに行ったんだろうね? 初音も香織理さんも居ないなんてさ」


 ちなみにこれは口から出任せじゃない。うっかり邪魔されたくないから釘を刺しておこうとかゲフンゲフン……千早にも得手不得手が有るので、初音たちに協力して貰えたら良いな、くらいには考えていたのだ。
 え、千早に不得手な部分が有るのかって? 千早はね、スパルタ式の教育方法なんだよ。飴と鞭で云うならば鞭ばっかりなのだ。飴であるお菓子は勉強の後で出てくるけど。

「さあ……特に何も聞いていないですけど」
「まあ、居ないんじゃしょうがないよね。そう云うわけで、お手柔らかにお願いします」
「……時間も少ないことですし、厳しく行きますか」


 うっ!? な、何故だ、上目遣いで優しくお願いしたと云うのに! し、しかしここは我慢だ。ここで文句を云うと当社比二倍くらい厳しくなるからね。

「それじゃ先ずはこっちの参考書から。とは云え、今更基礎から勉強する必要は無いだろうから、ここの応用問題からいこうか」
「りょ、了解であります」


 図書室の中には、あたしたちの他にも勉強をしている人が結構居る。お昼休みの時間も無駄にしたくないと云う、あたしの同類――切羽詰った感じ――だろう。
 ノートにペンを走らせる音が支配する空間で、あたしは隣で本を読んでいる千早にそっと声を掛けた。

「そう云えば、ちょっと云い忘れていたんだけどさ」
「どこか分からないところでも?」
「ああ、勉強じゃなくて。その……夕御飯が終わった後で厨房を使いたいんだけど、買い置きしている食材をちょっと分けて欲しくてさ」


 あたしがそう云うと、千早は口を開けて固まってしまった。何か文句を云い掛けて、ここが図書室だと思い留まったらしい。そのまま呆れ顔に変わった千早は、低い声で呟いた。

「こんな時間から、夕御飯の後の夜食の算段ですか?」
「えっ……い、いや、睨まないでよ。別にそう云う訳じゃないって」


 やばっ。勉強を教えてもらってるのに、それに集中しないでこんな話題を出したのは流石に拙かった。身震いしたあたしは何とか小声で言葉を続ける。

「その、気分転換と云うか、日頃のお礼と云うか……偶にはあたしがお茶菓子を用意しようかなと思いまして。ねっ?」
「……」


 言葉を吟味するように、じっとあたしを見詰めてくる千早。
 咄嗟に云い訳してしまったけど、試作品を渡すと思えばそれほど悪くない。元から千早の分も作るつもりだったんだし。……話が初音たちにも伝わると、材料が足りなくなるだろうけれど。

「……まあ、良いですよ。全く別のことをして身体を動かすと云うのも、悪くはないだろうし。薫子さんは長時間の集中は苦手みたいだし?」
「はうっ……ス、スイマセン。集中致します」
「そうして下さい。時間も無いし」


 さ、寒い……千早の言葉が冷えてるよ……。
 これは試作品だからと云って手を抜く訳にはいかないな。親爺の云う通り、美味しいもので千早の心を掴まなければ……!





 寮での夕食後、あたしはみんなが食堂から居なくなった頃を見計らって、作戦を開始することにした。
 作戦名はズバリ、ハートキャッチ作戦! こう云うのは分かりやすいのが良いって聞いたことが有るからね……あ、プリでキュアなアニメとは何の関係も有りませんので、あしからず。
 抜き足差し足忍び足、と脱衣場の扉の前をそっと通り過ぎて食堂へと向かう。今の時間、初音と優雨ちゃんはお風呂だし、他のみんなは期末テストの前と云うことで部屋で勉強している筈だ。だからこそ、こっそりとチョコ作りの練習をすることも出来るのだけど。

「失礼しま〜す……」

 食堂の扉をそっと開けて中の様子を窺う。うむ、寮母さんはもう洗いものを済ませて帰っているし、他に人が居る様子は無い。あたしは素早く食堂に入り込むと、背後の扉をそっと閉めた。

「さて、それじゃ始めるかな」

 手に持っていたチョコの袋を調理台に置き、冷蔵庫の中から生クリームなどの食材、棚から調理器具を取り出す。しょっちゅうお菓子を作っている千早のおかげで、どこに何の道具が有るかは大体覚えているからね。
 では、指差し確認だ。

「レシピよ〜し、材料よ〜し、道具よ〜し。……うむ。ではこれより、作戦を開始する」
「……チョコ作りですか?」
「うひゃおうっ!? だ、誰!?」


 背後からの声に文字通り飛び上がってしまい、直ぐさま振り向いて声の正体を確かめる。……って、陽向ちゃんじゃないか。何で居るのさ!

「いえ、TVを見る為ですけれども」

 食堂の明かりが点いてましたでしょ? と云う陽向ちゃん。
 気が付くべきだった。何故、誰も居ないはずの食堂で明かりが付いたままになっていたのかを。つまりそれは、誰かが直前まで居て、直ぐに戻って来るってことだ。

「番組が始まる前にちょっとおトイレに行ってまして、戻ってきたら薫子お姉さまが厨房に居たもんですから、何事かな〜と思いましてね」
「そ、そうなんだ……じゃあ、陽向ちゃんはTVを見ていて良いからさ」
「え〜、こっちの方が面白そうなんですけど〜」
「……練習の心算だから、脇から手を出したりしないでよ?」


 口を尖らせて文句を云う陽向ちゃんに、一応の釘を刺しておく。追い払ってもこっそり覗いてくるだろうし、どうせ本番でも親爺や順一さんが見てるんだろうから、人目を気にしないようにならなくちゃね。

「バレンタインのチョコですよね。誰に上げるんです?」
「親爺」
「え〜」


 何で疑わしそうな声を上げるかな。あくまでも親爺がメインなだけであって、余ったものを他の人にあげるだけなんだから。うん、あたしは間違ったことを云ってないぞ。
 さて、いつまでも喋っていたってしょうがないので、作業をしようか。間違えないようにレシピを確認っと。

「ええと、まずは湯煎だね」

 あたしは夕御飯の前にこっそりと60℃の温度設定にしておいた電気ポットから、お湯をたっぷりと鍋に移す。ちなみにこの電気ポットは緋紗子先生しか使う人がいなかったりする。去年までは、あたしもカップ麺を食べるのに使ってたけどね。
 冷たい鍋に移した為にお湯が冷えたらしく、大体50℃くらいまで下がったようだ。テンパリングする為のお湯を別に用意しておいてから、ステンレスのボウルを鍋の中に入れ、チョコチャンクを一粒放り込んでみる。

「う〜ん、やっぱり刻んだ方が溶けやすいかなあ」

 チョコを溶かす時は焦ったりしたら駄目だって云うのは分かってるんだけど、あたしはどうしても気が逸っちゃうんだよね。
 チョコが溶けるのを確認してから、ボウルを浮かべた鍋をコンロに移動させる。お湯が冷めすぎたら火を点ける為だ。本当はたっぷりのお湯を鍋に用意しておいて、お湯が簡単に冷めないようにしてから溶かしていった方が良いんだけど、今は去年のことを思い出しながら練習しているだけだからこれで済ませる。
 塊がくっつかないように注意しながらチョコを入れて溶かしていく。荒っぽく掻き混ぜるとお湯がボウルの中に飛んだりして失敗してしまうので、ただひたすら丁寧に掻き混ぜる。

「結構手馴れてますねぇ」
「去年もお姉さまの為に作ったからね」
「ああ、なるほど」
「うん。陽向ちゃんも、香織理さんに作って上げたりすれば喜んでくれるんじゃない?」
「う〜ん……私はやっぱり市販品ですかね。それで、寝る前のお茶の時間で一緒に食べます」
「あはは……それでも良いかもね」


 陽向ちゃんはチョコを作ることよりも香織理さんとの会話を選ぶか。自分の作ったチョコを摘みながらってのも、話の種になると思うんだけどね。

「それにしても、地味ですね」
「そりゃ仕方が無いよ。ひたすら掻き混ぜて、溶かし終えたら型に流すってのが基本だもの」


 ぐーるぐーる。笑顔でもう一度。ぐーるぐーる。良い感じ。ぐ〜〜〜るぐ〜〜〜る。

「なんか、錬金術のようなものを見ている気分ですねぇ」
「何で錬金術なのさ」
「いや、笑顔でぐるぐるしてますから」


 陽向ちゃんお得意のサブカルチャーかな? 何のネタか分からないけど。
 じっくり溶かして滑らかになったのを確認してから、温度計を入れてみる。うん、48℃ってことは丁度良い感じだね。
 ボウルを鍋から上げて、冷水を入れたボウルへと浮かべる。ここでもまた急激に冷ますんじゃなくて、じっくり時間を掛けて掻き混ぜながら冷ましていく。ボウルの底にチョコがこびり付かないように注意しなきゃ。

「ほうほう、急激な温度変化はチョコレートの結晶が崩れる原因になる、と。チョコの結晶ってどんな形なんですかね?」

 退屈になってきたのか、陽向ちゃんがあたしの持ってきたレシピを流し読みしている。

「さあ、どうなんだろ。雪の結晶みたいなのかな?」

 雪の結晶みたいに繊細な形なら、確りと温度管理しないと美味しくならないってのも分かる気がするけどね。チョコの量が少ないので、こまめに温度計を入れて確認しながら冷ましていく。一度冷ましてからまた上げる、そのタイミングが重要なのだ。

「……そろそろかな。それっ!」

 再びボウルをお湯の入った鍋に移し、27℃まで下げたチョコを30℃まで上げる。このタイミングが難しいんだよな。結構簡単に温度が上がっちゃうから、気を付けないと30℃以上になっちゃう。
 精神集中……千早は温度計を見なくても経験で大体分かるんだよな……本人は趣味で料理をしてるって云うけれど、ホント大したもんだよ。
 温度計をちょっと早めに用意して、温度が上がり過ぎないように確認しながら掻き混ぜる。……良し、今だ!

「おっしゃ、流すよ!」
「おお、いよいよですね!」


 陽向ちゃんが見守る中、去年も使ったハート型の容器にチョコを流していく。ヘラを使ってボウルから綺麗に掬い取り、隅々まで流していく。

「薫子お姉さま、トントンを忘れてますよ。トントン」
「え? ああ、空気抜きか」


 流し入れるときにチョコの中に空気が混ざるんだよね。陽向ちゃんの云う通り、トントンと容器を机に当てて揺すりながら空気を抜いた。後はこれで、暫く待っていれば固まるのだ。さて、上手くいっていれば良いんだけどな。

「これで終わりなんですか?」

 陽向ちゃんが、余っている食材を見ながら首を傾げている。ふふん、勿論これだけじゃないよ。ただ型に流すだけじゃ面白くないでしょ?

「いや、この後ガナッシュでデコレーションして、ココアパウダーを振って、それで完成」
「そうなんですか。ガナッシュって、生チョコのことでしたよね」
「何だ、結構詳しいじゃない?」
「文筆家志望としては、技術は兎も角として知識は色々と仕入れているのですよ」
「ふ〜ん」


 胸を張って偉そうに云う陽向ちゃん。本人曰く乱読家と云うことだし、知識欲と云うのも結構馬鹿にならないものだ。その割には結構偏った知識だと思うけど。

「って云うかさ、それだけ知識が有るなら、やっぱり陽向ちゃんも香織理さんに作って上げたらどうなの? 実際に体験してみないと分からないことって有るでしょ?」
「……いやあ、その……手作りって照れるじゃないですか」


 ……し、しおらしいことを云うなあ。ポリポリと頭を掻きながら云う陽向ちゃんに、思わず生暖かい目を向けてしまう。日頃のお返しにちょっとからかってみようかな、なんて思っていると、それより前に当の香織理さんの声が遠くから聞こえてきた。

「陽向〜、居るの〜?」
「あ、はいはい、居ますよ〜!」


 食堂の方から聞こえてきた呼びかけに、これ幸いとばかりに逃げていく陽向ちゃん。

「もう良い時間よ。お風呂に入っちゃいなさいな」
「あ、ホントだ。態々スイマセンです」


 うん? ……げっ。もう九時を過ぎてるじゃん。今からガナッシュを作ってデコレーションしてたら、お風呂に入る時間が無くなっちゃうよ。生クリームの封を切る前だったし、区切りも良いからここで止めておくか。
 あたしは食卓用の虫除けネットを広げてチョコの上に被せる。お風呂に入っている間に冷えて固まるだろうから、それから冷蔵庫に入れれば良いや。

「陽向ちゃん、あたしもお風呂を一緒して良いかな?」
「良いですよ〜。でも、チョコ作りは良いんですか?」
「時間も無いし、今日はここまで。テスト前だから、一応は勉強もしなくちゃね」
「うはっ……今の今まで忘れていられたのに、薫子お姉さまのイケズ……」


 いや、そんなこと云われてもな……。





 お風呂から上がったあたしは、早速チョコの様子を見に行くことにした。陽向ちゃんも当然のようにくっ付いてくる。まあ、あそこまで見せておいて完成品を見せないんじゃ、流石に意地悪ってもんだろう。

「何て云うか、今更な話なんですけれど……チョコの匂い、結構分かりますね」
「そうだね……予想外だったよ」


 作っている最中は気が付かないけれど、お風呂に入って石鹸の匂いを嗅いでからだと、チョコの匂いが廊下にまで漂っているのが良く分かる。きっと寮の暖房がセントラルヒーティングだからだろう。空気の対流で寮全体を温めているのだから、その空気の流れに乗って匂いも広がるのだ。

「さ〜て……どうなってるかな……」

 あたしは食堂の扉を開け……直ぐに、さっきと同じ状況なのに気が付いた。食堂の明かりが点いている。それは即ち、誰かが居ると云うことだ。あたしは陽向ちゃんを置いて食堂に飛び込み、そのまま厨房へと向かう。

「そこに居るのは誰――って……」
「ちょ、薫子お姉さま、待って下さいよ〜――って、あれ、何でみなさんお揃いで?」


 陽向ちゃんの言葉が耳を擦り抜けていく。
 そう、そこに居たのは「誰」ではなくて「みんな」だった。千早、史ちゃん、初音、沙世子さん、香織理さん、そして優雨ちゃんに緋紗子先生まで。

「あら、薫子。もう上がったの?」
「いや……うん……ってか、何でみんなそこに居るのよ」
「あはは……寝る前のお茶を用意しようと思って来てみたら、あま〜い匂いがしていたもので、つい……」


 初音が誤魔化し笑いを浮かべながら理由を話す。つまり、みんな匂いに釣られたってことなのか? 何人かが口を動かしているのを見てハッとして調理台の上を覗くけど、流石にあたしのチョコに手を付けるようなことはしていなかった。でも、その代わりに……。

「ああ……寝る前にチョコレートとか食べたりしたら太っちゃうのに……でも美味しい……」
「千早君はお菓子作りも上手なのね。コーティングしないガナッシュだけのショコラって云うのも美味しいわ。……お酒が飲みたくなっちゃう♪」


 悩ましげな顔をして千早の作ったチョコレートを食べている沙世子さんと、ニコニコしながら皿の上のチョコに手を伸ばす緋紗子先生。
 ……そう、みんなで千早の作ったチョコを食べていたのだ。

「こ、これって虐めだろ〜〜〜!?」
「あ、薫子さんと陽向ちゃんの分もちゃんと有りますよ?」
「そう云う問題じゃない!」
「あ、じゃあ私も一つ」


 ひ、陽向ちゃんの裏切り者!
 試作で作ったチョコの隣で、それより出来の良いチョコを食べるとか……おのれ千早め!
 あたしが恨みの籠もった目で睨みつけてやると、千早は視線を逸らしながら云い訳を始めた。

「いえ、材料がそのまま出ていたので……お茶請けに、勉強の気分転換も兼ねて……薫子さんが作ると云うのは覚えていましたけど、その……」

 ちらっ、と香織理さんの方に目を向ける千早。なるほど、つまり香織理さんにリクエストされたと云うことか。

「くっ……あたしにも分けろ!」
「あ、はい」


 自棄になって、差し出された皿の上のチョコを口に入れる。……う・ま・い・ぞ〜!
 ……ううっ。だけど涙が出ちゃう、女の子だもん。




**********

 本桜台の駅=聖應の最寄り駅だと思ってください。特に資料が有る訳ではないけれど、聖應女学院の所在地が浦和区桜台なので。

 プリでキュア=ハートキャッチなアニメでは、キュアフラワーの名前が薫子です。



 千早は香織理に口八丁で丸め込まれて、チョコを作るハメになりました。
 流石にこれじゃ薫子がかわいそうなので、次回は糖分過多でお送りします(笑)



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ハートキャッチでプリでキュアなアニメは見たことがないので調べましたところ、
主人公の1人の決め台詞が「私、堪忍袋の緒が切れました」でした。
薫子さん、今ならこの台詞を言っても良いと思いますよ。(笑)

追伸
薫子さん、確か千早は掃除も洗濯も完璧だったはずですよ。
ということは、薫子さんはダメな子?
ナカユウ
2013/02/16 12:02
ナカユウさん、こんにちは。

>堪忍袋
自分より美味しいものを作られると、怒りたくても怒れないじゃないですか〜(笑)

千早は家事万能……と言うよりも出来ないことは殆んど無いので、薫子が家事で勝てることはとても少ないです。高いところに手が届くとか(爆)
いらない子になるか、駄目な子になるか……その辺りは微妙ですね。御門邸で生活していれば史も付いてきますから。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/02/17 10:45
先月パソコンが壊れたのでお久しぶりです。
今はPS3からでネットしてます。

あふたーのお話、嬉しいですね。
やっぱり、この空気感は好きです。
千歳の話し方をする千早は、どうにも想像しにくいですけど(笑)
また最初からゲームやろうかな。

笑顔でぐ〜るぐ〜るはアトリエでしょうか。
私はPSVitaのトトリで挫折しました。
あれも、雰囲気は可愛いですね。
錬金術が面倒でしょうがないですけど(泣)

さて。それでは、これから3を見ます〜。
えるうっど
2013/02/27 19:59
えるうっどさん、こんばんは。

パソコンが壊れてしまいましたか……お気の毒です。私のPCも最近は冷却ファンが回りっぱなしなんだよなあ……。
>喋り方
実は私もあんまり想像できません(笑)
明るくて丁寧語ではない、文章にすると薫子と被ることが多そうです。
>アトリエ
自分はロロナもトトリもやってなくてPS3のメルルです。後はリリーかな、
やったことがあるのは……。
旧三部作と比べると、錬金術レシピ等はかなり簡単だと思いますが、その分タイムリミットが厳しいし、DLコンテンツの隠しボスが強くて……。

ちょっとスランプ気味なので、4話目はもう少しかかりそうです。新年度が始まると忙しくなるので、今のうちに何とか進めたいです。

では、またお越し下さい。


A-O-TAKE
2013/03/03 21:25
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